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琅邪の鬼 [読書・ミステリ]

琅邪の鬼 (講談社文庫)

琅邪の鬼 (講談社文庫)

  • 作者: 丸山 天寿
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/06/14
  • メディア: 文庫



評価:★★★☆

秦の始皇帝の時代。山東半島の港町・琅邪(ろうや)は、
斉の滅亡と共に秦の領土となった。

不老不死の仙薬の入手を命じられた徐福は琅邪へ赴き、
東海にある蓬莱(日本)へ渡るための大船の建造を開始する。
同時に琅邪で "塾" を開き、易占・医術・剣術などの
さまざまな特殊技能・能力を持つ者(方士)を集めていた。

その琅邪の町で奇怪な事件が続発する。
豪商・西王家の秘宝 "璧"(へき) が盗まれ、
太守への嫁入りが決まった東王家の娘が行方知れずとなる。
やがて娘は死体となって発見されるが、
葬儀の夜に息を吹き返して棺から姿を消す。
しかし、墓の中に収めた棺の中に
いつの間にか再び死体となって戻ってきた。
徐福塾の方士の一人は井戸の底で死体となって見つかり、
あげくの果てには屋敷が一軒、一夜のうちに姿を消す。

"璧" の探索を依頼された求盗(警察官)・希仁(きじん)だったが
続けざまに起こる怪事件に遭遇し、徐福塾に助けを求める。

医師の残虎(ざんこ)、易占術の安期(あんき)、
房中術の権威・佳人(かじん)、人の "思念" が見える幽見(ゆうけん)、
そして剣の達人・狂生(きょうせい)。
彼らは自らの特殊能力をもって事件の解明に乗り出す。

探偵役を務めるのは、中盤過ぎから登場する徐福の弟子・無心(むしん)。
人品卑しからぬ風体で、わけありの過去がありそうな青年だが
複雑に絡まり合った事件を快刀乱麻を断つごとく解明してみせる。

一言で言うと「名探偵・無心と徐福探偵団」(笑)。

古代中国が舞台なのだが、歴史物という雰囲気はあまりない。
私の知識が乏しいせいもあるのだろうが
読んでいる最中の感覚は異世界ファンタジーに近い。

ホラーっぽい描写もあるし、アクションシーンも多い。
終盤では派手な大立ち回りも用意されていて
文庫で460ページを飽きさせずに読ませる。

ミステリ的にも、よくできている。
正直なところ、読んでいる途中は
「こんなに大風呂敷を広げてしまって、大丈夫なのか?」
って心配になったくらい。
ところが、序盤から中盤の何気ない描写に潜んだ巧みな伏線、
そしてあちこちに散らばっていた大量の謎が
ものの見事にするする解けていくラストには唸らされる。
とても新人作家の第一作とは思えないほど達者だ。

 まあ、「おいおい、それでいいのか」って
 ツッコミどころも無いわけではないが、
 でも、細かいところにこだわるより
 作者渾身の大仕掛けを、おおらかに楽しむのが
 本書の正しい読み方だろう。

キャラクターの書き込みも充分。
徐福塾のメンバーも奇人変人揃いだが、女性陣も負けていない。
貴婦人から侍女、行商人のおかみから飲み屋の娘まで、
みなたくましく強かに生きている。

肝心の徐福は、出番は意外と少なく台詞もほとんど片言のみ。
しかし流石に存在感は抜群。

文庫版の表紙には5人の人物が描かれているが
ひときわ目を惹く手前の女性は、徐福塾の看板娘・桃姫(とうき)。
可愛いだけでなく武芸にも秀でていて本編中でも大活躍する。
実は私がいちばん気に入ったキャラだったりする。
残念ながら(?)人妻なのが玉にキズ(おいおい)。

作者は本書で講談社のメフィスト賞を受賞してデビューした。
55歳での受賞は最年長記録だそうな。おお、熟年の星。

本書はシリーズ化が構想されていて、
徐福とその一行が蓬莱へ渡ったあとまで予定されているという。
なかなか壮大な物語になりそうだ。

とりあえず、手元に本書の続編「琅邪の虎」があるので、
近々読む予定。


柚木春臣の推理 瞑る花嫁 [読書・ミステリ]

柚木春臣の推理 瞑る花嫁 (双葉文庫)

柚木春臣の推理 瞑る花嫁 (双葉文庫)

  • 作者: 五代 ゆう
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2013/06/13
  • メディア: 文庫



評価:★★★☆

作者の名前、どこかで聞いたなあと思ったら、
ハヤカワ文庫で出てた
「クォンタムデビルサーガ アバタールチューナー」(全5巻)
の人だったんだね。
これは近年珍しくスケールの大きな、しかも面白いSFだった。
ライトノベルかゲーム原作が主戦場の人かと思ってたんだけど
こんなにしっかりとしたミステリが書けるとは知りませんでした。


ユキこと柚木春臣は、コンサートやスタジオ収録の時に
足りない楽器を演奏して稼ぐ "音楽屋"。
ユキと相棒のタカシ、そして高校生の徹くんの3人は、
アルバイトとして引き受けた仕事で山梨の旧家を訪れた。
当主の河原崎憲明が亡くなり、遺品の楽器類が処分される。
それを査定し、引き取るためだ。

しかし河原崎家で彼らが出くわしたのは
死んだ当主が、莫大な財産に物を言わせて
蒐集した品々を展示した<驚異の部屋>、
そしてそこの "王と女王" たる男女一対の白骨体だった。

故人の意向で、1年間遺言状の開封が禁止され、
当主の長男・利憲の処遇も明らかではない。
利憲の本妻の子二人と愛人の子二人も
遺産をめぐって諍いをはじめる。

そんな中にユキたちが到着し、その夜、
<驚異の部屋>の地下で新たな死体が発見される・・・


舞台は2015年の夏に設定されているのだが
途中に2つの過去のエピソードが挿入される。

一つは2003年。
ユキとタカシが通う高校で起こった援助交際がらみの殺人事件。

そしてもう一つは1998年。
まだ幼さの残る少年時代のユキが登場する。
作中で描かれる楽器演奏を通しての対決シーンは迫力充分。
そして、とても印象的なエンディングになってる。

この2つの挿話は、単に探偵役のユキとタカシの
キャラの掘り下げだけでなく、
実は二つとも河原崎家と関わっている。
利憲の愛人の子供らや当主・憲明が登場し、
彼らの人となりの紹介にもなっているのだ。
もちろん事件の伏線もしっかりと。

そして、いちばん未来に属するはずの2015年の事件が、
いちばんレトロな雰囲気のミステリになっているのが面白い。

莫大な財産を持つ地方の旧家で当主が亡くなり、
遺族が遺産をめぐって争い、そして殺人が起こる。
横溝正史ばりにクラシックかつオーソドックス。

型どおりではあるのだけど、型にはまった感じを受けないのは
端役に至るまで、キャラクターそれぞれが自分のドラマを持ち、
生き生きと描かれているからだろう。

ミステリなのであまり詳しく書けないのが残念だが
本書を読み終わって感じたのは、犯人への "同情" だった。
これも、殺人に至るまでの犯人の心情が、
しっかり描かれていたからだろう。

トリックやロジックが軽んじられているわけではないが
より "物語重視" のミステリ、だとは思う。

探偵役のユキが、時として非人間的な冷酷さを見せるのも面白い。
そんな "暴走" を、タカシが "軌道修正" するという役回り。
彼らは二人で一組の探偵なんだね。
ワトソン役は、2015年のパートで語り手を務めていることもあって
徹くんに割り振られている。

徹くんが二人と知り合ったのは、
本書以前に起こった事件の時らしいのだが、それは
『「Aの旋律」というタイトルで2013年秋には文庫で刊行予定』
って解説にあるんだけど、2015年1月現在、未刊のようだ。

うーん、「グイン・サーガ」続編プロジェクトで忙しいからかな?


宇宙戦艦ヤマト2199 第6巻 (コミック) [アニメーション]

宇宙戦艦ヤマト2199 (6) (カドカワコミックス・エース)

宇宙戦艦ヤマト2199 (6) (カドカワコミックス・エース)

  • 作者: むらかわ みちお
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2015/01/23
  • メディア: コミック



帯に「星巡る方舟 全国ロードショー公開中!」
ってあるのはご愛敬だね。
本来なら本書は12月発売のはずだったから。

 「追憶の航海」のエンディングの画を描いたり
 トークショーだかに駆り出されたりと
 お忙しい身体でしたからねえ。


※以下の文章はネタバレを含みます。未読の方はご注意を。


内容は、主にTVアニメ版12話・14話がベース。

冒頭はバレラスでのドメル叙勲式からはじまる。
墓地でのエリーサとの再会、そして
シュルツの墓参りに来たヒルデとの邂逅へと続く。

彼女にかけるドメルの言葉が、実に心にしみる。
いやあ、ヒルデ嬢にこんなに泣かされるとは・・・
萌えキャラとして人気が出たけど、コミック版では
しっかりと血肉を備えた人間として描かれている。

そして舞台はヤマトへ移り、ミレーネルによる精神攻撃へと続く。
アニメでは描かれなかったキャラたちの過去も垣間見える。

○相原
 音大志望だったというのは驚き。
 高校時代はけっこうモテてたんじゃないのかい?
 父親を襲った悲劇などPart.1のエピも拾ってる。

○山崎
 ここは12話の内容がほぼそのまま描かれている。
 芹澤の言うところの「確かな情報」とは
 どんなもので、どこから得られたもののか?
 気になるところだが、今後それが明かされることはあるのか?

○沖田
 "あの写真" を撮影するシーンがある。
 "あの写真" に写っているのは沖田の息子ともう一人の女性。
 彼女は息子の奥さん。大方の予想通りだね。
 息子さんは戦死したことは分かっていたけど
 奥さんの方は本編では何も描かれなかった。
 たぶん遊星爆弾で亡くなっているのではないか・・・と
 私は思っていたし、同じような予想の人も多かったと思う。
 だが、コミック版は意外な "真実" を描く。
 (あくまでむらかわ氏の解釈だろうが。)
 これはかなりショッキングなものだが
 TV最終話で写真を見ながら涙する沖田の姿を思い出すと、
 これくらいの深い "業" を背負っていても
 不思議ではないようにも思う。
 あと、火星沖海戦とおぼしき戦いで、古代守が砲雷長らしき役割で
 沖田が指揮する艦のブリッジにいるシーンもある。

○伊東
 TV版で見せた、屈折した人間不信ぶり。
 そしてあの「これだから女は!」の台詞。
 彼がそうなった原因の一端を垣間見せてくれる。

○山本
 山本の記憶の中に入り込んでいる時、
 ミレーネルが涙を流すシーンが。
 彼女にも山本と重なるような哀しみがあった、ということか。

○真田&新見&古代守
 17話での真田の回想シーンも盛り込んである。
 新見さんは真田にも守にも
 「自分に正直になったほうがいい」って言われる。
 真田さんからは「古代守を愛してる」と思われ、
 守からは「真田を愛している」って思われている、
 ・・・てことなのかな?
 ならば彼女の "正直な気持ち" ってのはどこにあるのか?
 これも、今後の展開で明らかになるのかな。

 しかし、守というのは完璧超人だね。
 戦士としても人間としても、進のはるか先にいる。
 もし守がヤマトに乗り込んでたら、
 沖田はどんなに心強かっただろう。まあ、それだと
 かえって病気で寝込むのが早まったかも知れないけど。
 (女性陣も守を囲んでハーレム状態になったかもなぁ。
  でもそれを延々と描いたらヤマトではなくなってしまうなぁ。)

○古代進&森雪
 最後はTV版どおり主役コンビでシメ。
 古代の頬にキズがある理由が分からなかったんだけど
 最後で明かされる。
 で、読み返してみると5巻の段階からちゃんと
 伏線が張ってあったんだね。いやあ、たいしたもんです。


今回は戦闘シーンはほとんどなく、
キャラの内面を掘り下げる内容がメイン。
もちろん、ファンがそれぞれのキャラに対して
長年にわたって(笑)持っているイメージというのがあるから、
内容によっては受け入れがたいと感じる人もいるかも知れない。
そのへんはリメイク作品の宿命だろう。

 でも、アニメでは描かれなかったキャラの内面描写は、
 (たぶん、ほとんどはむらかわ氏のオリジナルだと思うけど)
 私には興味深く、かつ、面白く読ませてもらったけど。

アニメは "ひと区切り" ついてしまったから
コミック版は貴重な "ヤマト源" (笑)。

全12巻予定と聞いているので、本作で折り返しのはず。
残り6巻、たぶんあと3年くらいは楽しめるだろう。
期待しています、むらかわさん。
頑張って完走して下さい!

次巻は次元潜航艦とビーメラ星かな?


いま語るべき宇宙戦艦ヤマト ーロマン宇宙戦記 40年の軌跡ー [アニメーション]

いま語るべき 宇宙戦艦ヤマト

いま語るべき 宇宙戦艦ヤマト

  • 作者: M.TAKEHARA
  • 出版社/メーカー: 竹書房
  • 発売日: 2014/12/04
  • メディア: 単行本



まず、表紙に注目である。
これは "宇宙戦艦ヤマト" ではない。
たぶん、旧日本海軍の "大和" だろう。

そして「ヤマト」のロゴも、
あの独特の、力まかせに筆を走らせたような
独特な字体ではなく、活字体っぽい。

そのあたり、読む前に疑問を持ったのだが
「あとがき」に、その答えが書いてあった。
本書はもともと同人誌の企画で、
それを商業用に作り直したもののようだ。

たぶん、著作権者(いまは誰が持ってるのだろう?)から
発行の許可はもらったのだろうし、
たぶん、利益は一部はそちらにも支払われるのだろう。
でも、版権の絵もイラストも一切使わないという、
公式から一定の距離をとってつくられたところに、
本書の存在価値があると思う。

内容は、1974年の「宇宙戦艦ヤマト」(いわゆるPart.1)から
最新の「2199」まで、シリーズ全般にわたって網羅し、
その概要を伝えようとするものだ。

全体の1/4弱がPart.1で占められているのはまあ仕方がないが
それ以外の作品も比較的ページを割いて紹介している。

特筆すべきは、作品ごとに、かなり細かく
編集のバージョン違いに至るまで着目してるところか。

例えば「Part1」ならTV版、再編集された劇場版(上映版)、
それとは結末の異なる劇場版(TV放映版)。

「ヤマト2」や「ヤマトIII」では
TV放映版以外に、スペシャル番組用の総集編まで。

「完結編」に至っては35mm版と70mm版があるのは有名だが
それ以外にも、ラストシーンや
ソフト化される際のトリミングの違いなどで
総計8バージョンが存在する、なんてトリビアが披露されている。

さらには途中で頓挫した「2520」や、
企画はされたものの映像化されることなく終わった
「デスラーズ・ウォー」とかの幻の作品群も
資料を発掘して紹介している。


40年が過ぎた今も、ヤマトのファンは熱心に活動しているし、
資料的なデータをまとめたwebサイトもある。
おそらく、本書に記載されている内容ならば
ほとんどはネットを探せばどこかに載っていると思う。
しかし、ヤマトシリーズ全体を新書版210ページという
手頃でコンパクトなサイズにまとめたものは珍しいのではないか。

本書は人によっていろいろな読み方をされるだろう。

古くからのファンならば、
懐かしみながらも記憶を新たにする拠り所として。
実際、私も忘れていたり勘違いしていたところが随所にあった。

「2199」等で、新たにファンになった人なら、
40年前から始まった「ヤマト」という作品が
どんなものであったかを知るためのガイドブックとして。

どんな人でもそれなりに役立つようなつくりになってるかと思う。


ヤマトは、Part.1から続く長大な続編群が存在し、
40年の歴史を持つ作品でもある。
当然、ファンもいろいろである。
「"Part.1" しか認めない人」もいれば
「"さらば" で終わったと思う人」もいるし、
「シリーズ全部を認める人」もいるだろう。
ヤマトファンが100人いれば、
"その人の認めるヤマト" も100通り存在するのだろう。

本書の著者は、極力、客観的に作品を見ようとしていると思う。
賛否が分かれる続編群についても、
褒めるべき点があれば取り上げるし、苦言を呈することも忘れない。
このあたりは、やはり公式と距離を取っているからこそ
書ける部分だろう。

ただ、著者の評価と私の評価は一致するわけではない。
同意できる部分もあるし、異議を唱えたくなる部分もある。
そしてそれは、本書を読む誰にも当てはまることだろう。
上にも書いたが100人のヤマトファンがいれば、
評価も100通り存在するだろうから。

でも、評価が異なるからといって
読み続けることに抵抗や支障は全くなかった。
それはやはり、著者の姿勢というか文章に
"ヤマト愛" が感じられるからだろう。

新書で200ページを超えるという、
決して少なくない文章を、情熱を込めて書き上げている。
これは決して容易なことではないからね。

本書で取り上げている最後の作品は「2199 追憶の航海」である。
発行が2014年12月11日だから仕方がないのかも知れないけど、
もし間に合っていたら「星巡る方舟」はどのように書かれたのか
気になるところではある。
いつの日か増補改訂版が出ることを期待しよう。

「復活編」「実写版」「2199」と、近年再びヤマトが映像化されてきて
それがあってこその本書の出版なのだろうが、
40年の時を経ても「ヤマト」シリーズを扱った本が出る。
そのこと自体は素直に嬉しいと思う。
願わくば、今後も本書のような "研究本" が
どんどん出てくるといいなあ。

何だかだらだらと書いてしまったなあ。
ヤマトがらみだとついつい長くなってしまう・・・


蒼穹騎士 -ボーダー・フリークス- [読書・SF]

蒼穹騎士: ボーダー・フリークス (ハヤカワ文庫JA)

蒼穹騎士: ボーダー・フリークス (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 榊 一郎
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2013/06/21
  • メディア: 文庫



評価:★★★

『昇化』。
音速を超えたジェット機が、パイロットと共に "竜" と化す現象。
空を飛ぶ機械の塊が、人間を取り込み、一体の異形の生物となる。
(作中での描写が、もうホントに美しくてファンタスティック!)

この現象が "確認" されて数十年。
発生した竜は、旅客機を襲い、町を襲い、人を襲うようになった。
空は人間のものではなくなり、
人間は竜と戦わなければ生きていけなくなった。

そんな時代に生まれたのが、
亜音速の戦闘機を駆って竜を倒す「蒼穹騎士」である。

主人公のダインは蒼穹騎士の一人。
3年前、目の前で親友の "昇化" を止められなかった彼は、
竜となったその親友を倒すことを誓って、今日も空を駆ける。

ある日、ダインの前にメリルという若い女性が現れる。
彼女は竜の研究者で、その生態を調べるために
ダインの戦闘機への同乗を申し出てきたのだ。

メリルもまた、肉親を竜によって失っていたが
彼女は竜に対して憎しみではなく、意外な感情を抱いていた・・・


竜に対して、ある種の倒錯した思いを抱く一組の男女が
音速ギリギリの世界で竜と戦う。
音速を超えると、自らも "昇化" してしまうことを知りつつも
そこにあるのは恐怖ではなく、ある種の "陶酔" 。
心の底には、"竜になる" ことに憧れる気持ちも潜んでいるのだ。
人間の側に踏みとどまるか、竜になるか。
その狭間に揺れながら二人は亜音速の世界を駆け抜ける。

だから、「ボーダー・フリークス」というサブタイトルなんだね。

ストイックで感情を表さないダインに
一風変わった性的嗜好をもつメリル。
(変態というほどではないけどね。でもいくら非常時だからって、
 嫁入り前の娘が殿方の前であんなことを口走ってはいけないよなぁ、
 ってオジサンは思うのであった。)

"昇化" というファンタジックな設定を舞台に、
二人の物語が綴られるんだが、
それをラブ・ストーリーと言っていいのかはチョイと悩むところ。
なにしろ二人はほぼ全編を通じて、
お互いを見ずに竜ばかり見ているので
普通のラブコメを期待すると当てが外れるだろう。


"昇化" についてのSF的解釈はほとんど示されない。
(巻末の付録でちょっと仮説らしきものが提示されてるが)

ただ、"昇化" を防ぐ方法を見いださない限り、
音速の壁を超えることはできず、したがって人類は
地球から外へ出ることができない、という設定は重い。

だからこそ「 "昇化" は人類の進化だ」と見なす考え方も
出てきたりとか、この設定、まだまだ広げる余地がありそうだ。

ダインの "目的" にはひとまずの決着がつくが
二人の仲はまだ端緒に就いたばかり。

上に書いたように、テーマ的にも物語的にも
まだ未完のようにも思えるんだが、はたして?


葬式組曲 [読書・ミステリ]

葬式組曲 (双葉文庫)

葬式組曲 (双葉文庫)

  • 作者: 天祢 涼
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2015/01/15
  • メディア: 文庫



評価:★★☆

作者の名前、どこかで見たなあと思ったら
「キョウカンカク」の人だったんだね。
あそこまでぶっ飛んではいないけど、本作も一風変わった設定。

葬式を無駄と考える人が増え、遺体は火葬して終わり、
というのが普通になったパラレルワールドが舞台。
そんな中でS県だけは「葬儀は文化」とする人が多く
全国で唯一、葬式が行われる地域になっている。

そのS県で、死んだ父の後を継いだ若き女社長・北条紫苑と、
彼女が率いる北条葬儀社の面々が活躍する。

人が殺されるミステリではなく(もう死んでるんだし)、
葬式にからむさまざまな謎をめぐる、連作ミステリである。


「父の葬式」
 造り酒屋の杜氏が亡くなるが、遺言で喪主に指名されたのは
 跡継ぎの長男ではなく、7年も音信不通だった次男だった・・・
 この手の作品は "父親の隠された思い" ってのが明らかになって
 "ホロリ" とさせる人情もので終わる、ってのが定番。
 この作品もその範疇に入るとは思うんだが
 作者の "芸風" なのか "照れ" なのか分からないが
 途中の紆余曲折がありすぎて、なかなか物語が収まらない。
 この短編、第66回日本推理作家協会賞短編部門の
 候補作だったらしいけど、惜しくも受賞を逃したそうな。
 もっと素直にキメテれば、あるいは?

「祖母の葬式」
 亡くなった祖母の葬儀で、喪主である孫娘は、
 「棺を自作するから葬儀を延期しろ」と言い出す。
 すべては "絶対神ゼロの戒律" なのだという・・・

「息子の葬式」
 葬儀の廃止を訴える議員・御堂克樹の息子・潤が交通事故死した。
 主張通り、火葬のみで済まそうとする克樹だが、
 その夜、棺の中から潤の遺体が消えてしまう・・・

「妻の葬式」
 妻が自殺して2ヶ月。火葬にして送った夫だったが
 時折、妻の声が聞こえるようになってきた。
 義母の願いもあって、きちんと葬儀をすることにしたが
 幻聴はますます酷くなってゆく・・・

「葬儀屋の葬式」
 この短編によって、それまでの作品がすべてひとつながりになる、
 という連作短編集のシメらしい作品になっている。
 登場人物たちの会話につれて、全体に隠された真相が
 二転三転するという、かなりアクロバチックな展開だけど、
 その内容についてはかなり好みが分かれそう。


北条葬儀社の皆さん、キャラ立ちは充分かと思う。
葬儀屋稼業の大ベテラン・餡子邦路、
(変わった姓だが本人は本名だと主張してる)、
意外な過去を持つ寡黙な裏方・高屋敷英慈、
そして、初めて知る業界の慣習に戸惑う新入社員の新実直也。

物語はおおむね新実の視点で語られ、
餡子が謎解き、最後に高屋敷がひと働きして事態を収める、
というのがだいたいの役回り。

それに比べて、社長の紫苑さんの魅力が今ひとつ伝わってこない。
最終話はともかく、それまでの4話での出番が少ないのも原因か。

表紙イラストのように容姿に恵まれてるし、
母親との関係や、父の後を継ぐ決意など、
個々の要素では魅力がたくさんありそうなんだけどね・・・
なんだかもったいない。


アルファベット・パズラーズ [読書・ミステリ]

アルファベット・パズラーズ (創元推理文庫)

アルファベット・パズラーズ (創元推理文庫)

  • 作者: 大山 誠一郎
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/06/28
  • メディア: 文庫



評価:★★★☆

長年にわたる弁護士稼業をリタイアした峰原卓は、
四階建てマンションのオーナーに収まり、
悠々自適の生活を送っていた。

警視庁の刑事・後藤慎司、翻訳家の奈良井明世、
精神科医の竹野理恵は、みな峰原のマンションの住人で
しばしば峰原を囲んでお茶会を開いていた。
話題は、彼らの巻き込まれた事件について。

三人による推理合戦の果てに、明晰な頭脳で真相を示す峰原。
タイトル通り、「パズラー」としての推理小説に徹した
連作短編集(うち一つは中編だが)である。


「Pの妄想」
 明世と理恵が招かれたのは資産家の女性・西川珠美の屋敷。
 彼女は、自分が毒殺されるのではないかという妄想に囚われて、
 お茶まですべて缶飲料に代えてしまうという徹底ぶりだった。
 しかしそんな彼女が毒を飲んで死んでいる姿が発見される。
 うーん、推理のロジックは凄いよく出来てるんだけど、
 その前提になってる事実がねえ・・・
 珠美の○○が○○○いるというのを○○ため、っていうのは
 ちょっと受け入れがたいなあ。
 だって○○○の○○でわかるかい?
 少なくとも私はわからないよ~。鈍感だから?

「Fの告発」
 <仲代彫刻美術館>の特別収蔵品室で、学芸員が殺害される。
 その部屋は指紋認証によるセキュリティが施されており、
 指紋を登録した者以外は入れず、すべての入退室は記録される。
 しかし当日美術館にいた人間は皆、
 犯行が不可能だったことが判明する・・・
 これも大技といっていいトリックが使われてるんだけど
 そううまくいくかなあ・・・私は難しいと思うんだけどなぁ。

「Cの遺言」
 東京湾クルーズ船に乗り込んだ明世と理恵。
 二人は化粧品会社社長の千歳百合子と知り合うが、
 彼女がロイヤルルームで殺される。
 死体の手にはライター、そして傍らのテーブルクロスには
 「C」の形の焦げ跡が。
 ロイヤルルームに出入りできたのは4人の重役のみだったが
 彼らすべてが「C」の頭文字を持っていた・・・
 ダイイング・メッセージを扱った作品は多いけれど
 これは素直に驚いた。スゴいしおもしろい。
 詳しく書けないのがもどかしいけど、こういうのもアリだ。

「Yの誘拐」
 文庫で170ページほどの中編。本書の約半分を占める。
 第一部「成瀬正雄の手記」では、
 12年前に京都で起こった小学生の誘拐事件が
 父親の手記として綴られる。
 一人息子・悦夫を誘拐され、犯人の要求に応じて奔走するも
 人質は殺害され、事件は未解決に終わる。
 続く第二部「再調査」では、
 ネットに公開された「手記」を読んだ明世と理恵が、
 慎司と峰原を巻き込んで再調査を始める。
 京都へ赴いた彼らの推理は二転三転しながらも、
 事件に隠された意外な真相に迫っていく。
 ここで明かされる犯人の "真の目的" には、
 誰もが驚かされるだろう。
 年のせいか、父親の苦悩を延々と語る第一部がもう
 読んでいてつらくてつらくて・・・
 途中で涙がボロボロ出てきて止まらなくなってしまったよ。

最初の2作にはちょっと難癖をつけてしまったが、
好みは人それぞれなので、気にならない人も多いと思う。

本書に収録されている4作どれもが、
ものすごく考え抜かれて、見事な論理展開を見せる
良くできたミステリなのは間違いないし。

ミステリとしてなら★4つなんだけど
物語としてみるとねえ・・・
「Yの誘拐」の第一部が悲惨すぎて★半分減点しちゃいました。

ミステリ作品を、そんなところで減点してはいけない、
とは思うんだけどねぇ・・・スミマセン。


謎解きはディナーのあとで3 [読書・ミステリ]

謎解きはディナーのあとで 3 (小学館文庫)

謎解きはディナーのあとで 3 (小学館文庫)

  • 作者: 東川 篤哉
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2015/01/05
  • メディア: 文庫



評価:★★★

国立署の刑事・宝生麗子は、
実は大財閥・宝生グループ総帥のご令嬢。
勤務が終われば豪邸に帰還し、
執事・影山にかしずかれて暮らす身分。

しかしこの執事、腹黒で毒舌ではあるものの推理力は抜群。
かくして麗子嬢は難事件が発生して捜査が行き詰まると
ついつい影山に頼ってしまうのだった・・・

というベストセラーシリーズの第3弾。
もうすっかりパターンが確立し、安定感もあるのだが
本書では2作ほど変化球を混ぜてきた。
マンネリを危惧したのかも知れないけど。

第3話「怪盗からの挑戦状でございます」
 宝生家にある財宝「金の豚」をいただく、という予告状が
 "怪盗レジェンド" を名乗るものから送りつけられてきた。
 麗子は警察に知らせず、"かかりつけの探偵"・御神本を呼ぶ。
 (宝生家には、かかりつけの医者ならぬ
  かかりつけの探偵が存在するのだ。)
 しかし、密室から怪盗が盗んでいったのは・・・
 いつもの風祭警部に代わり、御神本が三枚目役をつとめる。
 怪盗と影山の知恵比べが読みどころ。

第6話「さよならはディナーのあとで」
 なんだかシリーズ完結みたいなタイトルだが、そんなことはない。
 たしかに "さよなら" があるんだけどね。
 この作品によって、シリーズに一つの区切りがついて
 次回からは新展開があるのかも知れない。
 「サザエさん」みたいに、時間経過がないシリーズだと
 思ってたんだけど、そうでもなさそうだ。
 ならば、いつの日か麗子と影山の仲にも決着がついて
 "真の完結" を迎える日が来るのだろうか。
 最後の一行がなんとなく意味深だしねえ。

ボーナストラックとして「探偵たちの饗宴」が収録されてる。
これは影山と名探偵コナンが共演するという
小学館だからこそ可能な作品だね。
コナンの一人称で物語が進むんだが、
影山も麗子も無理なくストーリーに絡んでいて、
二人の仲を訝しむコナンの独白が爆笑を誘う。
いやあ、よくできてるよ、これ。


南極。 [読書・その他]

南極。 (集英社文庫)

南極。 (集英社文庫)

  • 作者: 京極 夏彦
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2011/12/15
  • メディア: 文庫



評価:★★★

勘違いしそうだが、本書のタイトルは、
ペンギンが大挙して歩いている、あの氷の大陸のことではない。

本書の主人公(?)、人気最低の四流小説家・南極夏彦のことなのだ。
(文庫の表紙でソフビの人形になってる、
 バカボンのパパの弟みたいなキャラだ。)

さらに敏腕編集者・椎塚有美子、売れないライター・赤垣廉太郎、
心霊研究家・中大岡百太郎といった "胡散臭い" 面々を
レギュラーメンバーとする "ギャグ小説" の連作集である。

内容はあるようでないような。
「がきデカ」とか「マカロニほうれん荘」とか「こち亀」みたいな
不条理ギャグ漫画を小説にしたようなものと思えば、
たぶんあまり違わないのではないか。

内容も、有名作品をもじった脱力感満載なタイトルと、
それに見合ったバカバカしいお話。

宍道湖に出現するUMA(未確認生物)を
女子高生と一緒に探す「宍道湖鮫」とか。

生放送中に放屁を連発して芸能界から消えた
女子アナウンサーをめぐる「ガスノート」とか。

猛毒を持ち、棘を使って動き回る海胆が
タケノコを煮る老婆の幽霊と対決する
「毒マッスル海胆ばーさん用米糠盗る」とか。

本書には、この手のギャグ小説が8編も(!)収録されてる。
しかも短いものでも文庫で60ページ、
長いものは100ページを超えるというボリューム。
8編合わせると700ページを超えるのである。
堂々とした厚みを誇る本で、さすがは京極夏彦なのである。

しかし。

読んでて思ったが、この手の小説は
普段の読書の合間に "ちょっと" 読むぶんにはとても面白い。
だが、まとめて読むのはいかがなものか。

いくら "世界の三大珍味" でも、三度三度の食事で
キャビアやフォアグラやトリュフばかり食べさせられたら苦痛だろう。
(どれも食べたことないけど)

いくら好きでも映画「フーテンの寅さん」シリーズを
48本まとめて見せられたら身体を壊すだろう。
(やったことないけど)

本書だって、不条理ギャグを700ページにわたって
延々と読まされるのは "苦行" の範疇に入るのではないか。


そして読後の空虚感。

他の地方ではどうか知らないが、関東地方では日曜の午前中に
TBSで「サンデージャポン」という番組を放送している。
司会は爆笑問題で、その週に起こった事件やニュースに
スタジオにいるテリー伊藤とか西川史子とかが
テキトーにツッコミを入れて笑い飛ばすバラエティである。
けっこう面白がって観てるんだが、終わった後にふと思う。
「貴重な日曜の午前中に、いったい私は何をしてたんだろう・・・」

"時間を無駄使いした" 感が半端ない。
そういう番組だとわかってはいるんだけど、
何だか観ちゃうんだよねー。

本書もそれに似たところがある。

読んでる最中はそれなりに面白いんだけど
読み終わった後、ふと思う。
「700ページもこの手の話を読む時間があったら、
 普通のミステリかSFが、2~3冊読めたなあ・・・」

いや、ホント読んでる最中は面白いんだよ。
でもねえ・・・

もし本書を読むなら、1週間に1編ずつ、
8週間(2ヶ月)くらいかけて読むと、いい案配なんじゃないかなァ。


カンナ 京都の霊前 [読書・ミステリ]

カンナ 京都の霊前 (講談社文庫)

カンナ 京都の霊前 (講談社文庫)

  • 作者: 高田 崇史
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2015/01/15
  • メディア: 文庫



評価:★★★

歴史ミステリのはずが、いつの間にか
すっかり伝奇アクションっぽくなってしまった「カンナ」シリーズ、
全9巻のラストを飾る完結編である。

一連の事件の黒幕である "玉兎" との決着をつけるため
京都へ向かう甲斐と貴湖。
月読神社近くの山中で、諒司と竜之介も加わって
最後の戦いが始まるのだが・・・

ただ、玉兎の方々の目的が今ひとつピンと来ない。
要するに現天皇家に取って代わると言っても
天皇は政治的実権を有していないわけで
成り代わったところで、一体何ができるのだろうか・・・
第一、そんなことが可能なのか。

表舞台に出てきて、古文書を一冊、振りかざしてみたところで
はたしてどれだけ説得力があるのか。

本書の中には描かれてはいないが、
一部の政治的勢力が後押ししているとか、
首都圏の自衛隊が武装蜂起する手はずになっているとか、
本気で体制変革を狙っているなら、
それくらいの準備なり根回しは済んでないとねぇ。

 もっとも、本気でそんな話を書こうとしたら、
 この倍くらいの巻数が必要になってしまいそうだが。

そのあたりのリアリティが今ひとつ感じられないので
玉兎と波多野村雲流の闘争シーンも緊迫感が薄い。

ラストも "伝奇SFアクション" 的な派手さはなく、
組織としての玉兎の崩壊もあっけない。そして
物語はいつもの "歴史ミステリ" 的謎解きに収束していく。

作者は、ポリティカルサスペンスを書く気はもともと無くて
"隠された歴史の闇にスポットを当てる" という、
当初のスタイルを大きく崩すつもりはなかった、ということなんだね。


なんだか文句ばかり書いてるみたいだが、本書で語られる
蘇我氏と聖徳太子を巡る "新解釈" は、さすがの面白さ。
「QED」から数えたら30作近い歴史ミステリを書いてきたのに
まだこれだけのネタを披露できるなんて、スゴイとしか言いようがない。

貴湖ちゃんは相変わらず可愛いし、
前作で、てっきりお亡くなりになったと思ったあの人も
しっかり御存命で、入院先で健気に頑張っている。

評価は★2つ半にしようかなって思ったんだが
聖徳太子と女性陣の魅力で★半分増量だ!


解説で、大矢博子氏が
「第1作の段階で、タイトルに隠された仕掛けに気づいた人はスゴイ」
旨のことを書いてるんだけど、
「トイレット博士」を愛読して「七年殺し」にシビれた、
我々50代のオジサンなら余裕だよねぇ。