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円 劉慈欣短編集 [読書・SF]


円 劉慈欣短篇集 (ハヤカワ文庫SF)

円 劉慈欣短篇集 (ハヤカワ文庫SF)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2023/03/07

評価:★★★★


 長編SF『三体』で話題になった中国人SF作家・劉慈欣(りゅう・じきん)の、日本オリジナル短編集。作品選択は著者本人によるものだそうです。

* * * * * * * * * *


「鯨歌」
 検出技術の進歩で、麻薬の密輸ができなくなったワーナーおじさん。しかし息子が連れてきた男が、脳に電極を埋め込んで制御できるシロナガスクジラを使って麻薬を運ぶ方法を提案するが・・・
 ラストの展開は「なるほど」というべきか「やっぱり」というべきか。


「地火(じか)」
 炭鉱労働者だった父を亡くした劉欣(リウ・シン)は、地下の石炭をその場でガス化して地上に取り出すという新技術を、周囲の猛反対を押し切って導入するのだが・・・
 いつの時代も、技術の進歩は試行錯誤の連続なのだが、この話は哀しいなあ。


「郷村教師」
 私財をなげうち、辺境の村の子どもたちの教育に人生を捧げた男。しかし彼の寿命は尽きようとしていた。
 一方、遙か宇宙の彼方では炭素生命とケイ素生命の間で二万年も続いた星間戦争が終わろうとしていた。
 二つの物語を交互に語りながら、最後はひとつにつながっていく。なかなかの力業。


「繊維」
 "繊維" とは、この作品でいうところの「並行世界」のこと。F-18のパイロットだった "ぼく" は、飛行中に "繊維乗り換えステーション" に迷い込み、他のさまざまな "繊維" から来た人々と出会うが・・・
 ユーモア溢れるSF法螺話。


「メッセンジャー」
 田舎町ブリンストンに暮らす老人が、二階で毎夜、趣味のバイオリンを演奏している。あるときから、窓の下に青年が現れ、演奏を聴くようになるが・・・
 老人の正体は早々に見当がつく人が多いだろう。青年が老人に伝えようと携えてきたメッセージだが、発表時の2001年ならともかく、現在ではどうだろう。


「カオスの蝶」
 北京で蝶が羽ばたくとニューヨークで嵐が・・・で有名な "バタフライ効果" がテーマ。
 主人公は気象学者と思しきセルビア人アレクサンドル。彼は秘密裏にロシアのスパコンを利用してある計算をさせる。
 それは彼の妻子が住むベオグラードをNATOに空爆させないため、常にその上空を厚い雲で覆っておくには、世界のどこでどんな変化を起こせばいいかを計算させていたのだ。
 その結果を基に、世界中を駆けずり回るアレクサンドル。しかし彼の娘カーチャは難病を抱えていて・・・
 感動的な話なんだが、それゆえにこのラストが哀しすぎる。


「詩雲」
 異星人国家〈呑食帝国〉に侵略され、家畜化されてしまった人類。しかしその〈呑食帝国〉が "神" と崇める上位種族の異星人が現れる。
 その "神" が漢詩の存在を知り、その魅力に取り憑かれてしまう・・・
 なんとも壮大な法螺話なんだが、ここまで徹底してしまえるのは素直にスゴいと思う。
 ちなみに本作の前日譚(〈呑食帝国〉と地球人の戦い)は『呑食者』というタイトルで短編集『流浪地球』に収められている。


「栄光と夢」
 かつてスポーツが栄えていたシーア共和国。しかし17年前の戦争とその後の経済制裁で凋落の一途を辿る。
 そんなとき、シーア国内で細々と活動していたスポーツ選手たちが集められ、強制的に北京へ連れてこられた。そこでは第29回オリンピックが開かれるのだが、開催者はIOCではなく、国連だった・・・
 このテーマ(アイデア)の作品は過去にもあるが、現代的な状況で使われるのは珍しいだろう。


「円円(ユエンユエン)のシャボン玉」
 生後5ヶ月目にはじめてシャボン玉を目にした円円。その魅力に取り憑かれた彼女は、その思いを持ったまま成長していく。やがて非凡な能力を見せ始めた彼女はさらにシャボン玉にのめり込み、大学ではナノテクノロジーを専攻。彼女が開発した新技術で起業した会社は数年で奇跡的な成長を遂げるが・・・
 娘の天才ぶりに驚きつつ同時に心配もしながら成長を見守ってきた父親。そんな親子の "ちょっといい話"。


「二〇一八年四月一日」
 主人公の "ぼく" は、改延(遺伝子改造生命延長技術)を受けようかどうか迷っている。その処置を受ければ、寿命を300歳まで延ばすことができる。
 その費用はあまりにも高額で、一部の富裕層にしか手が出ないが、"ぼく" は会社の金を横領して資金を都合する目処がついていた。
 では何故迷うかというと、恋人の簡簡(ジェンジェン)の存在だ。改延をやめて彼女と共に生きるか、別れて長寿を手に入れるか・・・
 技術の進歩は格差を埋めるどころか、さらに広げていく・・・てのはこの作品に限らず、現実世界でもありそうだが。


「月の光」
 ある夜、主人公の携帯電話に掛けてきた声の主は "未来の自分" だと名乗る。その未来では、地球温暖化のために上海が海に沈んでいるという。
 画期的な新技術を送るから、それを今から普及させろ。そうすれば温暖化が防げる。主人公のもとには、新技術の内容を示すファイルが十数本届いていた。
 未来を救う決意をした主人公だったが、そこに再び携帯電話で "未来の自分" が連絡してきた・・・
 過去に干渉しようとする歴史改編SFなのだが、このパターンの話、どこかで読んだような気もする。それくらい、時間SFとしてはある意味 "王道" のつくりなのだろう。


「人生」
 大脳の未使用領域には、実は前世代(母親)の記憶が保存されていたことが明らかにになった。それを利用して、胎児の脳と会話する技術が開発された。要するに、胎児と普通の会話が交わせるということだ。その結果、胎児に起こったことは・・・
 これは皮肉が効きすぎていて可哀想。


「円」
 秦の始皇帝に仕える学者・荊軻(けいか)が、円周率を計算する話。
 計算機の無い時代。荊軻は300万人の兵士を使って、人力の計算機を実現する。要するに人間ひとりに1ビットを担当させ、”人間コンピュータ” を形成させるのだが・・・
 同様の発想の作品は複数存在するけど(『アリスマ王の愛した魔物』[小川一水]など)、さすが中国、スケールが半端ない。
 ちなみに本作は長編『三体』中のエピソードのひとつを改作したものだとか。


 中国製のSFというのを初めて読んだけど、意外に違和感がなかった。むしろ懐かしさみたいなものを感じた。
 日本の1970年代あたり、小松左京をはじめとするSF第一世代の作家たちが書いていた、スケールが大きくて「いかにもSF」な話が溢れていた頃の雰囲気をちょっぴり思い出したよ。

 かと言って、劉慈欣の小説が古くさいわけではもちろんなく、現代的なアイデアや世界情勢に合わせてアップデートされている。
 さらに、途轍もない発想の雄大さには甲を脱がざるを得ない。それはやはり大陸で生まれ育ったせいなのか? 国が広いと発想もそうなるのだろうか。



タグ:SF
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