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塞王の楯 [読書・歴史/時代小説]


塞王の楯 上 (集英社文庫)

塞王の楯 上 (集英社文庫)

  • 作者: 今村翔吾
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2024/08/01
塞王の楯 下 (集英社文庫)

塞王の楯 下 (集英社文庫)

  • 作者: 今村翔吾
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2024/08/01

評価:★★★★☆


 時は戦国時代。
 石垣職人 "穴太衆" の飛田匡介は、鉄壁の石垣を築くことで戦の絶える世を夢見る。
 一方、鉄砲職人 "国友衆" の国友彦九郎は、鉄砲の脅威を以て戦なき世を目指す。
 最強の楯と至高の矛を自負する二人が、関ヶ原の合戦前夜の大津城で激突する。その決着は・・・

 第166回(2022年) 直木三十五賞 受賞作。

* * * * * * * * * *

※かなり長文です。
 基本的には褒めてます。というか激賞してます。
 でも、最後にちょっとだけ文句というか疑問点を書いてます。
 悪しからず。


 時は戦国。越前浅倉家は織田軍の侵攻によって滅亡した。その戦乱のさなか、家族を喪った少年・匡介(きょうすけ)は "穴太衆(あのうしゅう)" の飛田源斎(とびた・げんさい)に拾われる。

 "穴太衆" は、城の石垣積みを請け負う職人集団。その中でも源斎率いる飛田屋は図抜けた存在であり、頭領の源斎は「塞王」(さいおう)と呼ばれていた。

 匡介は石を扱うことにかけて非凡な才能を発揮して(作中では「石の "声" を聞くことができる」と評される)、頭角を現してゆき、やがて源斎からは次期頭領の指名を受けるまでに成長する。
 幼少期に落城を経験した匡介は、どんな武器も通じない "鉄壁の石垣" を築くことができれば、戦いのなくなる世が来るのではないかと考えていた。。


 一方、鉄砲製造の "国友衆"(くにともしゅう)は、伝来してきた鉄砲に独自の改良を施し、高機能化・大型化を実現してきた驚異の職能集団だ。頭の国友三落(さんらく)は「砲仙」(ほうせん)と呼ばれている。
 三落の後継者と目されている若き鬼才・国友彦九郎(げんくろう)は、どんな守りも貫いてしまう ”最強の鉄砲” を創り出せば、その脅威によって戦は絶えると信じていた。


 やがて太閤秀吉が没し、石田三成と徳川家康の間の緊張は、急速に高まっていく。

 家康が上杉討伐へ向かった隙を突いて挙兵した三成は、軍勢を東へ進める。
 近江の大名・京極高次(きょうごく・たかつぐ)は、当初は三成に与していたものの、突如軍を引き返して琵琶湖畔にある居城・大津城に立て籠もってしまう。

 大津城の石垣修復を請け負っていた匡介たち穴太衆もまた、城内に籠もって作業を続けることに。

 京極軍3000に対し、そこへ押し寄せたのは毛利元康率いる15,000の軍勢。その中には名将・立花宗茂(たちばな・むねしげ)、さらには彦九郎が率いる国友衆も、総力を挙げて作り上げた "新兵器" とともに参戦していた。

 西へ向けて引き返してくる家康率いる東軍は、三成率いる西軍といずれ激突することになるわけだが、大津城を取り囲む毛利軍はその決戦までに三成軍に合流しなければならない。つまりいつまでも大津城に関わってはいられない。
 逆に考えれば、大津城が持ちこたえている限り、三成は15,000の毛利軍を欠いたまま家康との決戦に臨まなければならない。
 大津城の攻防は、図らずも天下の行方を左右する重要な戦いとなった。

 激烈な攻撃を仕掛ける毛利方、そして国友衆。
 必死の防戦を続ける京極方、そして穴太衆。

 最強の楯を築こうとする「塞王」匡介と至高の矛を駆使する「砲仙」彦九郎。
 道は違えど、戦のない世を目指す二人の死闘の行き着く先は・・・


 読んでみてまず驚くのは、「石垣積み」のイメージがガラッと変わることだ。

 石の切り出し・輸送・石積みと工程も職人も細分化され、綿密なスケジュールを以て計画的に実行されていく。さらには石もただ積むのではなく、最適な組み合わせや積む順番を事前に見極めるという緻密かつ繊細な作業が要求される。

 さらに「積んだら終わり」ではない。壊れたら修復するのはもちろんだが、合戦に際しては組み替えたり、新たな石塀を建造したりと、戦術や状況に合わせて短時間で石組みを柔軟に変化させていく。
 もっと驚くのは、攻城戦のまっただ中であっても作業を請け負うことだ。銃弾や矢が飛び交う中でも、下手をすれば白兵戦のさなかであっても、石を積み続ける。
 職人は非戦闘員であるから、攻め手側も狙って殺すことはないが、それでも犠牲者は出る。まさに命がけの仕事だ。

 寄せ手側の戦法・戦術に合わせて柔軟に石を組み替える。これは本書において随所で描かれる部分で、穴太衆、ひいては匡介の腕の見せ所でもある。
 寄せ手側の裏を掻くために策を巡らす。石積みの頭領でありながら、匡介の主な仕事は意外にも "頭脳労働" だったりするのだ。

 そしてそれが最大限に発揮されるのは本書の後半で描かれる大津城攻防戦だ。
 「塞王」を目指す匡介と、「砲仙」の名を受け継いだ彦九郎。
 二人がお互いの手の内を読んでゆくくだりは、さながらチェスの名手同士のよう。読み間違いはそのまま敗北につながるのだから必死だ。
 京極側と毛利側の攻防を描くシーンが続くが、その根底にあるのは匡介と彦九郎の頭脳戦だ。


 匡介のライバルとなる彦九郎は、物語上の立場としては敵なのだが "悪人" としては描かれない。彼もまた、彼なりに平和な世界を目指す理想を掲げていて、自分の行いがそれに近づく方法だと信じている。
 戦なき世を目指すという同じ理想を抱きながらも、方法が異なることによってぶつかり合う二人は、実はお互いを最も良く理解する者同士でもある。

 毛利方の立花宗茂は、他の武将たちの反対を押さえて国友衆が力を最大限に発揮できるように取り計らっていくという、さすがの智将ぶりを示す。

 だが、本書の中でもっともユニークなのは、京極高次とその妻・初(はつ)だろう。この二人の異色ぶりは群を抜いている。

 京極高次は、妹が豊臣秀吉の側室となり、織田信長の姪(淀君の妹)の初を妻に迎えた。そのため、彼女たちの "(尻の)七光り" で出世したとして、人々からは "蛍(ほたる)大名" と揶揄されていた。
 しかし彼はそんなことは歯牙にもかけない。彼にとって大事なものは家臣であり、なにより領民を第一にするという姿勢を終始貫いていく。
 外見も小太りで愛嬌のある体型で、大名としての威厳や貫禄とも全く無縁。誰に対しても人なつこく語りかけるという態度は戦国武将としてはいささか頼りない。だがそれ故に「自分たちが支えなければ」と家臣たちに思わせ、忠誠が集まるという不思議な人でもある。
 彼が西軍から離反したのも「このままでは近江が戦場になり、領民が苦しむ」という思いから。よって領民もすべて大津城内に収容しての籠城戦となった。

 高次の妻・初に至っては、夫以上の天然キャラ。大名の妻などと云うプライドは欠片もなく、極めて腰が低い。石垣を修復する穴太衆に対しても分け隔てなく親しく接し、やがて彼らから圧倒的な信望を集めていく。

 血なまぐさい合戦が続く本書に於いて、京極夫妻は唯一にして最大の "癒やしキャラ"(笑) となっている。二人が登場するシーンでは、自然と口元がほころんでしまう。

 初の侍女・夏帆(かほ)と匡介のロマンスの行方など、読みどころは多いのだけど、もういい加減長くなったのでそろそろ終わりにしよう。


 終盤における死闘激闘をくぐり抜けた先の終章にいたり、読者は深い満足感を味わいながら本を閉じることになるだろう。
 直木賞受賞も納得の、傑作戦国エンタメ大作だ。



 ・・・と、ここまでは本作を褒めてるのだけど、この記事の冒頭に書いたとおり、ちょっと文句というか疑問点がある。

 作中、大津城の外堀(水のない空堀)に琵琶湖から水を引き入れる、というシーンがある。ところが(文中の記述によると)堀の地面は琵琶湖の水面より標高が高いのだ。
 水を引き込むための ”仕掛け” の工事については、作中で細かく描写されている。どうやらサイフォンの原理を使っているようなのだが、そもそもサイフォンは、途中に高低差があってもいいが、流れの終点(外堀)の水面が起点(琵琶湖)の水面よりも低くなければ機能しない。

 外堀の中央部を掘って深い部分をつくり、そこに水を引き入れているので、その部分だけは湖面よりも低いのかなとも思ったのだが、後半になったら毛利軍に “仕掛け“ を破壊されて水が琵琶湖に抜けてしまう、という下りがあるので、やはり湖面よりも高いところへ ”引いた” ようだ。

 この ”水を引く” 工事のところで私は読むのを中断し、しばし考え込んでしまった。どうにも理解できなかったからだ。
 これは私だけかと思ったのだけど、ネットを見てみたら同じ疑問を持った人はけっこういるようだ。

 おそらくこの本の読者には「読んでいて気がつかなかった人」「気づいたけど気にしなかった人」「気にはなったけどとりあえず読み続けた人(私はこれ)」など、いろいろな人がいたのだろう。

 でもネットの感想をみてみると「気になって読むのをやめてしまった人」も一定数いるようだ。
 「あまりのリアリティのなさに、読む気が失せた」「ファンタジーになってしまった」と酷評する人もいる。

 このエピソード、物語の構成において必要不可欠か、と言われたらそうでもないと思う。この部分抜きでもストーリーに大きな支障はないし、作者の力量なら充分に盛り上げることができたと思う。

 この部分に作者がどれくらいの ”思い入れ” があったのかはわからないが、このせいで読者の一部を失っているとしたらもったいないことだ。
 最後まで読んでもらえれば、クライマックスでの ”あの感動” が味わえたのだが・・・

 フィクションなのだから、多少史実と異なる部分や誇張された部分があってもいいとは思うが、「物理法則を無視するのはやり過ぎだ」という意見もうなずける。
 私などは「これだけ面白いのだから、まあいいか」って思ってしまったのだけど、そういう人ばかりではない、ということだ。

 ちなみに、私も無条件で受け入れたわけではない。
 私は本書に星★5つをつけてもいいかな、と思った。
 だけど星★4つ半にしたのは、ここの部分があったから。
 ものすごい傑作だと思っただけに、ちょっと残念でした。



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鬼哭の剣 [読書・歴史/時代小説]


鬼哭【きこく】の剣【けん】 (ハヤカワ文庫JA JAジ 20-1)

鬼哭【きこく】の剣【けん】 (ハヤカワ文庫JA JAジ 20-1)

  • 作者: 進藤 玄洋
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2022/04/09

評価:★★☆


 元禄2年(1689年)、弘前藩津軽家の江戸屋敷の門前に死骸が放置される。遺体は津軽家の忠臣・蠣崎仁右衛門のもので、首が切断され、口には黒百合が咥えさせられていた。
 津軽家嫡男・津軽信重は剣の同門である越前屋充右衛門とともに真相を探り始める。やがてすべての根源が20年前の蝦夷地にあることが明らかになっていくのだが・・・

* * * * * * * * * *

 舞台は元禄2年(1689年)の江戸。
 津軽家嫡男・津軽信重(つがる・のぶしげ)は毎晩のように吉原通いをする放蕩者だが、ある日、遊郭で客の接待をしていた越前屋充右衛門(えちぜんや・みつえもん)という男と知りあう。

 二人はともに二十代の若者。町人ながら剣の道場に通っている充右衛門が小野派一刀流の同門であり、しかも信重と並んで一門中でも屈指の腕前を持つと知り、二人は急速に親しくなっていく。

 そんなとき、弘前藩津軽家の江戸屋敷の門前に死骸が放置されるという事件が起こる。遺体は津軽家の忠臣・蠣崎仁右衛門(かきざき・にえもん)のもので、首が切断され、口には黒百合が咥えさせられていた。

 蠣崎を父のように慕っていた信重は仇討ちを誓い、充右衛門とともに真相を探り始める。

 事件の原因は蠣崎の過去にあるとみた信重は、自身の父親であり、かつ事情を知るであろう津軽家当主・信政と対峙する。
 一方、充右衛門も両親が自分に対して何か隠し事を持っていることを知る。

 やがて、信重と充右衛門は、20年前からの因縁でつながっていたことが明らかになっていくのだが・・・


 ・・・と書いていくと、二人の因縁を探っていく話かと思われるが、さにあらず。
 本書は「序章 寛文九年(1669年) 十月二十二日 松前」という章から始まっているのだが、ここで描かれているのは蝦夷地で起こった、いわゆる "シャクシャインの戦い" が終結する顛末だ。

 あからさまには描かれていないが、これが事件の背景にあるのは明らかで、これを読んだあとで本編に進むと、登場人物の過去や背負った事情がある程度推察できてしまう。

 本来だったら、ここは主役二人の探索行の中で明らかになっていく内容で、本編の中では中盤以降に置かれるべき章だともいえる。

 冒頭に置かれたことで、全体の見通しはとてもよくなった(なりすぎた)。格段に判りやすくなったのだが、同時にミステリ的な楽しみは半減したとも云える。この構成は好みが分かれるのではないかと思う。


 父親に反発して、藩が潰れても構わないと思いつつ放蕩を続ける信重。自らの出自を知って悩む充右衛門。
 主役二人もいいけれど、充右衛門に思いを寄せる振袖新造(ふりそでしんぞ:未だ客を取っていない遊女見習い)の初音(はつね)など、脇キャラも魅力的だ。
 ちなみに、初音さんの "物語における着地点" も描かれるのだけど、うーん、彼女はこれでよかったのでしょうか・・・


 遺体放置事件に絡む謎のいくつかは、美濃部平四郎(みのべ・へいしろう)という北町奉行所の同心が主役二人に協力して解明されていき、それが20年前の出来事へとつながっていく。
 そのあたりはよくできているのだけど、上にも書いたように冒頭で盛大にネタバレされてしまっているので、どうしても ”答え合わせ” をしている感が否めない。ちょっと残念というか、もったいない気がする。

 遺体事件自体は中盤までに決着がつき、終盤はサスペンス劇に移行する。クライマックスでは「時代劇」らしい剣戟シーンもある。

 本書は「ハヤカワ時代ミステリ文庫」と銘打たれたレーベルの一冊。とはいうものの、上記のように ”時代ミステリ” よりも "判りやすい時代劇" を目指したつくりになっている。そのあたりはちょっと私の好みとは合わないと感じた。



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じんかん [読書・歴史/時代小説]


じんかん (講談社文庫)

じんかん (講談社文庫)

  • 作者: 今村翔吾
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2024/04/12

評価:★★★★


 悪名高き戦国武将として知られる松永久秀。主家を乗っ取り、将軍を暗殺し、東大寺大仏殿を焼き払った。
 しかし、彼は巷間に伝えられるようなそんな "大悪人" だったのか?
 夜盗だった少年時代から、三好家の重臣となり、やがて近畿でも有数の戦国武将に成り上がっていく希代の梟雄の生涯を描く。

* * * * * * * * * *

 松永久秀(まつなが・ひさひで)は、上洛を果たし、天下人になりつつある織田信長に臣属したものの、二度にわたって謀反を起こす。二度目の時は信長も激高すると思われたが、意外にも「降伏すれば許す」と言い出す。
 驚いた側近たちに、信長は久秀の生涯を語り出す。
 かつて二人は夜を徹して語り合ったことがあるのだと。そのときに信長が知った、久秀の "真実" とは・・・


 物語は、14歳の多門丸(たもんまる)を頭とする子どもだけの夜盗集団のエピソードから始まる。しかし所詮は子ども。彼らは返り討ちに遭ってしまい、生き残ったのは九兵衛(くへえ)と甚助(じんすけ)の兄弟、そして日景(ひかげ)という少女の三人のみ。この九兵衛が後の久秀である。

 摂津(せっつ)国の本山寺(ほんざんじ)に身を寄せた三人は、そこで武野新五郎(たけの・しんごろう)という皮商人に出会う。彼は阿波国の国人・三好元長(みよし・もとなが)の密偵であり、京の情勢を三好家に伝えていた。

 武野を通じて三好元長の「戦のない世を作る」という理想に共鳴した久秀は、その実現のために人生をかけることになる。
 また武野は茶の湯にも詳しく、九兵衛(久秀)は彼によって茶の世界へと入っていく。後世、松永久秀によって有名になった ”平蜘蛛の釜” もここで出てくる。


 本書の前半6割ほどは、一介の商人の家に産まれた少年が、理想の実現を目指して戦場を駆け、逞しい青年へと成長していく日々が描かれる。
 後に生涯の臣下となる者たちとも出会い、弟・甚助も松永長頼(ながより)と名を改め、城持ち武将へと出世していく。

 しかし後半に入ると苦難の時が訪れる。三好家の中で栄達していく久秀は一族や旧臣たちからの嫉妬と反撥を買い、彼を陥れようとする者も現れる。
 三好家の後継者を巡る内紛に巻き込まれたことで、主家の乗っ取りを謀る奸物との誹りも受ける。

 のちに久秀が ”大悪人” と呼ばれることになった原因である将軍の暗殺も、東大寺大仏殿の焼き討ちも、作者は新しい解釈で彼の本意ではなかったことを示し、理想を胸に抱きつつも、それとはかけ離れた人生を歩まざるを得なかった彼の悲哀が語られていく。


 タイトルの「じんかん」とは、「人間」の読み仮名のひとつ。この読みになると、”人の住む所” とか ”人の世” とかの意味になるそうだ。
 織田信長が好きでよく舞ったという能の『敦盛』(あつもり)の一節、「人間五十年・・・」の「人間」は「にんげん」ではなく「じんかん」と読むという説もあるそうな。
 主人公・松永久秀が「じんかん」(=人の世)の未来に対して抱いていた ”夢” を描いた作品だ。


 松永久秀は、織田信長の生涯を扱った作品ではほぼ100%の率で顔を出すキャラだろう。知名度も決して低くはないが、"大悪人"というイメージが先行して、その人となりやどんな生涯をたどったのかは余り知られていないような気がする(単に私が不勉強なだけかも知れないが)。
 私の場合で云えば、NHK大河『麒麟がくる』で吉田鋼太郎が演じていて、"こいつは曲者だなぁ" くらいの印象しかなかった。

 もちろん小説の主役となった時点で、ある程度は美化されているのだろう。本書に書かれていることが久秀の "真実" だとは思わないが、戦国時代を駆け抜けた異色の武将であることは間違いないだろう。
 これから歴史小説や時代劇で松永久秀が出てきたら、今までとはちょっと違った目で見ることになりそうだ。



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八本目の槍 [読書・歴史/時代小説]


八本目の槍(新潮文庫)

八本目の槍(新潮文庫)

  • 作者: 今村翔吾
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2022/04/26

評価:★★★★


 「賤ヶ岳の七本槍」と呼ばれた男たち。羽柴(豊臣)秀吉に見いだされ、本能寺の変から大阪の陣までを駆け抜けた7人の武将それぞれを主役にして彼らの人生を描く連作短編集。
 そしてそこから浮がび上がってくるのは "八人目の槍"・石田三成。豊臣家への忠誠を胸に、友を信じ未来を見つめ、徳川という巨大な敵に抗い続けた男の姿。
 かつてない "石田三成像" を提示する、第41回(令和2年)吉川英治文学新人書受賞作。

* * * * * * * * * *

 織田信長が本能寺の変で倒れた翌年の天正11年(1583年)、信長の遺臣同士である羽柴(豊臣)秀吉と柴田勝家が激突した賤ヶ岳の戦い。ここで名を挙げた7人の武将はやがて「七本槍」と呼ばれるようになった。歴史小説や大河ドラマ等でもよく出てくる加藤清正、片桐且元、福島正則もこの中にいる。
 本書は7人それぞれを主役にして彼らの人生を綴る連作短編集。一編あたり文庫で約70ページほどである。括弧内はその武将名だ。
 だが、真の主役は彼らではない。「七本槍たち」の人生を通して、石田三成という男の "真の姿" が描かれていくのだ。

「一本槍 虎之助は何を見る」(加藤清正)
「二本槍 腰抜け助右衛門」(糟屋武則)
「三本槍 惚れてこそ甚内」(脇坂安治)
「四本槍 助作は夢を見ぬ」(片桐且元)
「五本槍 蟻の中の孫六」(加藤嘉明)
「六本槍 権平は笑っているか」(平野長泰)
「七本槍 槍を探す市松」(福島正則)

 ちなみにタイトルにある名は、それぞれの武将の幼名である。そして三成の幼名は佐吉。本作では、七本槍に三成を加えた8人は、生涯にわたってお互いを幼名で呼び合うことになる。


 「七本槍」は皆、振り出しは秀吉の小姓。そこから武将として世に出て行った。そこには石田三成もいた。いわば七人の "同期" 的存在。まさに「同じ釜の飯を食った」仲で、彼らの間に結ばれた絆は、途中で袂を分かっても、終生途切れることはなかった。

 そんな7人からみた佐吉(石田三成)とはどんな男だったのか。一般的なイメージは、朝鮮出兵終了後に、現地で実際に戦った武断派の武将たちから、兵站を司っていた文治派の三成が総スカンを食らって・・・という図式が思い浮かぶが、本書はそんな上っ面な解釈は採らない。そしてそれは三成だけではなく、七本槍の各武将についても同様だ。

 例えば「一本槍 虎之助は何を見る」での加藤清正は、猛将というイメージからはほど遠い、豊臣家の財務を担当する官僚として登場する。実は清正はデスクワークの達人だったらしい(このあたりは最近の歴史研究で確認されたことらしい)のだが、私は素直に驚いてしまった。

 ところが秀吉の九州平定後、肥後19万石の大名に封じられた。それを秀吉に進言したのは三成だと聞いて、官僚としての出世の邪魔だと思われて追い払われたのではないかと清正は怒る。
 さらに、朝鮮出兵では22000人の軍勢の指揮を任される。しかし清正はそれまでせいぜい5000人の兵しか扱ったことがない。任が重いと悩む清正。しかしそこにも三成の差配があった。

 もちろん物語が進むにつれ、三成の真意が明らかになっていくのだが、このあたりは出来の良いミステリのようで、読んでいて「そうだったのか!」と膝を打つ展開が待っている。そして終わってみれば、一般的なイメージ通りの加藤清正がちゃんと "できあがって" いる。

 これは「二本槍」以降でも同様で、各話で登場する三成の不可解な言動の裏に、じつは途方もない深謀遠慮が潜んでいたことが判明していき、読者は驚きを味わい続けることになる。
 そして彼ら8人以外の登場人物(例えば大蔵卿局など)も、作者によって新しい息吹を吹き込まれ、生き生きと歴史の舞台の上で活躍していく。

 本書で描かれる三成は、鋭い洞察力で来るべき徳川との対決を予期し、それに向けて様々な布石を打っていくなど、卓越した戦略眼を持っている。
 関ヶ原の戦いも作者は新たな解釈で、家康に充分拮抗できる方策を三成は見いだしていたことを示していく。さらには戦のなくなった泰平の世は、武士が不要になる社会だと見抜くなど、その目は遙か未来をも見据えている。
 このように従来の三成像とは一線を画すものになっている。

 そして関ヶ原の戦いの後、家康は征夷大将軍になる(1603年)のだが、大坂の陣(1614年)を起こして豊臣家を滅亡させるまで11年の間がある。何が家康をそこまで待たせたのか。これが本書の終盤の謎なのだが、そこにも三成の存在がある。
 関ヶ原の戦い(1600年)で既に死んでいる彼が、如何にして家康を止め得たのか。そのあたりは読んでいただくのがいいだろう。


 「七本槍」と呼ばれた7人は「秀吉の小姓」というスタートラインは同じでもゴールはそれぞれ様々だ。一国一城の主になった者もいれば、その何十分の一しかない扶持に終わる者もいた。しかし彼らを見つめる作者の目は、みな等しく温かい。
 7人(+三成)それぞれの人生の哀歓を豊かに、しかも少なくない驚きを伴いながら描き出す七編の連作短編は、どれもみな読み応えに溢れている。

 この作者の本を読むのはこれが始めてなのだけど、想像以上に面白かった。もう少し読んでみようかと思っている。



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赤刃(セキジン) [読書・歴史/時代小説]


赤刃 (講談社文庫)

赤刃 (講談社文庫)

  • 作者: 長浦 京
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2015/11/13
  • メディア: 文庫

評価:★★★★


 三代将軍・徳川家光の治世。江戸の街に出現した、凄腕の "辻斬り集団" は、2ヶ月で120人を超える犠牲者を出していた。その首魁は元津藩士の赤迫雅峰(あかさこ・まさみね)。
 老中・松平伊豆守信綱によって結成された "掃討使" も彼らには全く歯が立たない。そこで伊豆守は長崎から若き旗本・小留間逸次郎(こるま・いつじろう)を召喚、この凶悪テロ集団の殲滅を命じる・・・


 寛永16年(1639年)、三代将軍・家光の治世。隅田川河畔に現れた謎の浪人は瞬く間に青年武士3人を含む5人を殺害する。この日から、江戸市中に殺戮の嵐が吹き荒れる。
 2ヶ月の間に120人を超える人間が犠牲となり、町奉行所の捜査でも下手人は不明。そんなとき、老中・松平伊豆守の屋敷に文が投げ込まれた。
 送り主の名は元津藩士・赤迫雅峰。一連の事件は自分を含む6人の浪人によるものだとの犯行声明だった。

 赤迫は秀吉の朝鮮出兵に16歳で初陣、戦闘中に行方不明になるも2日後に敵の首を16人分持って生還、大阪夏の陣では、大阪城内に突入して女子どもを容赦なく惨殺。
 太平の世になっても行状は収まらず、刃傷沙汰で多くの人命を奪ってきた。ついには斬首が決まるが、古刹の住職が引き取りを申し出、寺で蟄居の身に。
 しかしその17年後、寺の僧8人を斬り殺して消息を絶っていた。それが今、江戸の街に現れたのだ。

 伊豆守は腕に覚えの旗本たちを招集し、"掃討使" を結成する。伊豆守は彼らを前にして告げる。
「心せよ。これは江戸市中にて行われる合戦である!」

 しかし、期待の掃討使たちも赤迫たちには全く歯が立たず、全滅してしまう。その間にも赤迫一味は大名屋敷を次々と襲撃、嫡男を拉致していく。
 事ここに至り、伊豆守は旧知の旗本・小留間逸次郎を江戸へ呼び寄せる。

 逸次郎は3700石の旗本・小留間家の次男として生まれた。幼少時より武芸の才に優れ、槍・刀・弓・馬の4つすべてが "逸品" とされたことから "四逸" の二つ名を持った。
 14歳の時に16歳の相手から真剣での勝負を挑まれ、あっさり勝つが相手は死亡。はじめての人殺しを経験する。
 その後、父が奉行として赴任している先へ出され、そこで数々の "汚れ仕事" を処理するようになる。
 やがて島原の乱が勃発。参戦した逸次郎は総大将・松平伊豆守の指揮の下、一揆軍が立て籠もる原城内へ突入、百姓浪人はもちろん、女子どもまで容赦なく突き殺す。そして、その掃討戦の中で強い酩酊感を覚えてしまう。彼もまた死に魅入られてしまったのだ・・・

 このときの逸次郎の "獅子奮迅の働き" を覚えていた伊豆守によって、赤迫一味を殲滅する切り札として江戸へ呼び寄せられたのだ。


 欲望のままに殺戮を繰り返す赤迫一味は本書の中では "絶対悪" として描かれる。しかし彼と対決する逸次郎もまた "悪" なのだ。
 本書で描かれる戦いは "悪と悪" の激突。伊豆守の狙いは、"毒を以て毒を制する" ことにある。

 だから彼らの間に "正々堂々の戦い" など存在しない。逸次郎と赤迫一味の戦いでは、緒戦から火薬玉が爆発し毒を塗った吹き矢が飛び交う。
 戦いでは結果がすべて。ゆえに "目的は手段を正当化する"。だから戦場に罠を仕掛けることさえ当たり前のように行われる。どちらが先に相手の息の根を止めるか。まさに 非道 vs 外道 の戦いだ。

 6人の超人的な手練れ集団を向こうに回し、逸次郎は苦戦する。浪人を集め、その中から使える腕をもつ30人を選び、さらにその中の精鋭4人を "馬廻り"(親衛隊) とし、自ら率いて戦いに臨むが、総合力での敵の優位は動かない。

 もとより自らの生還など期待していない。それでも逸次郎は死闘を乗り越え、1人また1人と倒していく。満身創痍の身となりながら、首魁・赤迫を討ち果たすべく、ひたすら戦いに身を投じてゆく・・・


 主役となる2人以外にも魅力的なサブキャラがきら星のごとく登場する。
 赤迫以外の辻斬り軍団も、理性のタガが外れた奴ばかり。対する逸次郎の馬廻り4人組も一筋縄ではいかない曲者が揃ってる。さらに戦いには直接関わらないが、諜報活動や補給を司る後方支援隊にもユニークなキャラがたくさん。

 いちいち紹介しているとキリがないので1人だけ。逸次郎の槍持(やりもち)をしている鎌平(かまへい)という男。
 彼自身も武術の達人だが、戦闘に於いては逸次郎の補佐に徹する。逸次郎も鎌平に背中を預けることで存分に戦える。主従一体とはまさに彼らのこと。逸次郎の危機を何度も救い、最後まで運命をともにする。
 彼こそ、本作における "隠れMVP" だろう。


 本作は第6回小説現代長編新人賞を受賞した、作者のデビュー作。
 この次作が、今夏映画化された『リボルバー・リリー』だ。壮絶なアクション描写は、すでに処女作から確立していたのだね。



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島津戦記 (一)・(二) [読書・歴史/時代小説]


島津戦記(一)(新潮文庫nex)

島津戦記(一)(新潮文庫nex)

  • 作者: 新城カズマ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/12/08



島津戦記(二) (新潮文庫nex)

島津戦記(二) (新潮文庫nex)

  • 作者: カズマ, 新城
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/11/29

評価:★★☆


 戦国時代の薩摩国を支配する島津家に生まれた四兄弟(義久、義弘、歳久、家久)の活躍を描いていく。


 物語は桶狭間の戦いから遡ること18年、天文11年(1542年)に始まる。戦国時代の真っ只中の日本で、最南端という場所にありながら、世界につながる海に臨む薩摩国。
 火縄銃の伝来、宣教師ザビエルの渡来もこの時期。その後の日本を大きく変える出来事が島津から始まっているし、物語中でも大きく取り上げられている。

 序盤は主に次男・義弘、三男・歳久の視点から描かれる。祖父・日新斎から受け継いだ「天下静謐」の大義、それを実現するべく明の巨大帆船の復活を夢見る兄弟たち。

 戦国時代といえばどうしても信長・秀吉・家康の活躍、つまり西は畿内、東は関東あたりが舞台になることが多い。薩摩は今までの物語要素(室町幕府や三英傑)からは遠い場所で、特に私みたいに関東の人間からはなじみが薄い。

 そのせいか、本書に登場する薩摩は、いままで語られてきた戦国時代の雰囲気とはいささか異なる。流れ着いた異国の姫を桜島に匿っていたり、元服の儀式がかなり異様だったり。誤解を恐れずにいえば、ファンタジーにおける異世界みたいな印象を受ける。
 作者はSF小説『サマー/タイム/トラベラー』で第37回星雲賞を受賞している人。本書が戦国歴史小説としてはひと味違う理由も、そのあたりにありそう。

 もちろん、九州にあっても時代の変化とは無縁ではいられない。薩摩と並行して畿内での織田信長の行動なども描かれる。面白いと思ったのは、戦国時代の某有名武将が、身分を偽って薩摩に侵入していたりする。このあたりは、今後の展開の伏線になるのだろう。

 評価の星が少ないのは、「島津 "戦記"」と謳いながら、島津家の合戦シーンがかなり少ないこと。これから島津家の九州統一が始まるのだろうが、そのとっかかりまでしか描かれていない。ここで終わりならタイトル詐欺になってしまう。

 思うに、本作は大河シリーズの序盤部分なのだろう。どうせなら少なくとも関ヶ原の戦いに臨む島津家までは描いてほしいし、それには最低でもこの10倍くらいの分量が必要になりそう。でもそこまで描いてこそ "戦記" って名乗れると思う。
 四兄弟それぞれのキャラも上手く書き分けられてる。みな優秀なのだが、それぞれ得意分野が異なるみたい。本書の中ではまだ若いので、個別に活躍する場面が本格的に描かれるのはまだ先になりそう。
 残念ながら現時点で続巻は出ていないようだ。期待してるんだけどね。



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黄砂の籠城 [読書・歴史/時代小説]


黄砂の籠城(上) (講談社文庫)

黄砂の籠城(上) (講談社文庫)

  • 作者: 松岡圭祐
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/04/14
黄砂の籠城(下) (講談社文庫)

黄砂の籠城(下) (講談社文庫)

  • 作者: 松岡圭祐
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/04/14

評価:★★★★☆


 西暦1900年(明治33年)、中国大陸・清朝末期。外国人排斥を叫ぶ武装集団・義和団が各地で暴徒化していた。やがて義和団は北京へも侵攻、「東交民巷」と呼ばれる外国公使館区域を包囲してしまう。
 寄り合い所帯の各国軍をまとめ、2ヶ月にわたる籠城戦を指揮した日本の駐在武官・柴五郎陸軍中佐の活躍を描く。


 西欧列強の進出に反発し、「扶清滅洋」(ふしんめつよう:清を助け、西洋を滅ぼせ)を叫ぶ義和団が中国大陸各地を席巻していた。
 やがて彼らは北京へも侵攻、各国公使館が集中する「東交民巷」地区を包囲してしまう。そこに居住していた外国人は、日本人を含めて900人あまり、さらに義和団によって排斥された中国人クリスチャン約3000人が逃げ込んでいた。

 20万人にのぼる包囲軍に対し、各国公使館の戦力は護衛兵が主体で、民間人から募った義勇兵を合わせてもわずか480名ほど。
 さらに各国の思惑もあって足並みが揃わない。そんな寄り合い所帯を任されることになったのが日本の駐在武官・柴五郎陸軍中佐だった。


 物語の視点人物は櫻井隆一、24歳。階級は伍長。下士官の中でも最下位である。しかし、中国語やロシア語をはじめ、数カ国語に堪能なことから柴中佐の側近として抜擢され、行動を共にすることになる。

 物語の序盤はもっぱら櫻井の目を通じた柴の描写が主となる。柴に対する周囲の評価は必ずしも高くなかった。
 まず、出身が会津藩士であったこと。明治維新においては逆賊だったわけで、明治も30年を超えようという時期にあっても、いまだ出自による偏見は大きかったようだ。
 また、各国首脳の会議においても自ら意見を述べることなく、大勢に流されているように見え、櫻井もそこに不満を覚えていく。

 しかし物語が進むにつれて、柴が(当時としては)類い希な情報収集能力とその活用力を示すことで、次第に総軍の指揮権を任されるようになっていく。これが序盤の読みどころだろう。

 中盤からは包囲軍の攻撃が始まり、籠城側も応戦する。柴の指揮の下、果敢に戦うのだが如何せん多勢に無勢、次第に包囲は縮まっていく。
 作中の要所要所には「東交民巷」における勢力地図が載っていて、じりじりと籠城側が窮地に陥っていく様子が示される。

 もちろん外部との連絡も絶たれ、北京へ向かっているはずの各国の援軍の動向も全く分からなくなり(たまに入ってくる知らせは悲観的なものばかり)、絶望的な状況が続いていく・・・


 基本的には実話を基にしている(柴中佐は実在の人物)のだが、フィクションの部分も多そうだ。
 視点人物の櫻井や、彼を取り巻く人物たちはおそらく創作だろうと思う。彼の戦友や上官たち、彼と関わりを持つ他国の兵士たちも。
 中でも、ロシア人兵士ラヴロフが印象的だ。初登場時は日本人を敵視する、典型的な "嫌な奴" で、櫻井とは角突き合わせるのだが、籠城戦で共に戦う内に関係が変化していく。

 終盤では、包囲軍が占領地域内に巨大な砲台を築き、その砲撃によって籠城側は多大な被害を受けてしまう。さらに射程距離の長さから、たとえ援軍が来ても砲撃によって足止めされて北京へ接近できないことが予想された。

 そこで籠城側は、砲台の破壊を目的として少人数の部隊を向かわせることになる。このあたりはまんま「ナバロンの要塞」だったりする。そして、決死隊には櫻井とラヴロフも加わることに。
 砲台攻略戦におけるラヴロフの奮闘ぶり、そして櫻井との間に生まれた絆の描写はベタだけど感動的だ。
 もっとも、この4年後には日露戦争が始まってしまうのだが・・・

 登場人物がほとんど男ばかりなのだけど、数は少ないが女性キャラも存在感を示している。立ち位置的にメインヒロインとなるのは、関本一等書記官の娘・千代、17歳である。
 冒頭で義和団の襲撃によって母親を殺されるが、彼女は辛くも逃れる。そして収容された病院で櫻井と知り合うことになる。

 激戦の続く中、2人は時たま言葉を交わすだけで、恋愛的な描写はほとんどない(ラスト近くにちょっぴりだけある)。まあそんなことにかまける暇はない状況なのだけどね。
 そのあたりはちょっと不満に感じるが、2人のその後がどうなるかは読者の想像に任せる、ということなのだろう。当時の情勢を考えると前途は多難そうだけど。



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麒麟児 [読書・歴史/時代小説]


麒麟児 (角川文庫)

麒麟児 (角川文庫)

  • 作者: 冲方 丁
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/11/20
評価:★★★

 幕末の動乱のさなか、江戸の街を巡る攻防を勝海舟の視点で描いた物語。

 慶応4年(1868年)、西郷隆盛率いる5万の官軍は江戸の街に迫っていた。崩壊寸前の幕府にとどめを刺すためだ。
 対する幕府は勝海舟を担ぎ出し、官軍との和平交渉を任せることに。勝は戦乱回避を最優先に、西郷との対面に臨むのだが・・・


 歴史に疎い私でも知ってるくらい、江戸城を巡る勝と西郷の物語は、激動の連続である幕末の中でも有名なエピソード。

  逆に言うと、起こったイベントが多すぎて、その背景も時系列もよく分からない、ってのが幕末という時代だと私は認識している。
 幕末を扱った大河ドラマも観たことがあるけど、どうにも興味が続かなくて最後まで観たことがない(笑)。

 私以外にもそういう人は多いのかもしれない。だって、本書の序盤には、勝が維新の流れというか背景を説明するシーンがあるんだもの。

 15代将軍・徳川慶喜の命を受け、官軍との交渉に向かうという幕臣・山岡鉄太郎に「そもそも、なぜ倒幕派は幕府を倒そうとするのか」と訊かれて、その理由を滔々と語ってみせるのだ。
 さすがはストーリーテラーの冲方丁だけあって、この下りはするすると頭に入ってきて、非常に良く理解できた。そうか、明治維新ってこういうふうに進んできたのか・・・。
 ただ、本書を読み終わって数時間後には、綺麗に頭の中から抜けていたのには困ったが(おいおい)。


 和平交渉が決裂したときは、即座に江戸の街に火を放つ ”焦土戦術” をちらつかせる勝。
 戦乱を避けたいのは同じだが、幕府の要求を聞き入れ過ぎると将兵たちの不満が高まり、制御不能になる危険性もあるので安易に妥協できない西郷。

 二人に共通するのは、相手だけではなく自分の身内すら ”敵” であるということ。

 旧態依然とした体質で既得権益にしがみつきたい幕臣たちは、これまで勝が成し遂げてきたことを否定したり潰したり。果ては将軍慶喜自らが、勝の功績を引っくり返したり。
 そのたびに「やってられるか」と辞表を叩きつけるのだが、幕府のほうは窮地に追い込まれるたびに勝を引っ張り出しにくる。
 かといって全権を与えるのかというとそんなことはなく、”手足を縛られた状態で跳ぶ” ことを強要するような無理難題が命じられる。

 常人だったらとっくの昔に愛想を尽かすような相手に、文句を言いつつも最後までつきあい、幕府を ”看取る”。
 まあ、そんな人物だから偉人として名が残るのだろうけど。

 戦っているときに背中から弾が飛んでくるのは西郷の方も大差なく、結局、交渉で対峙している勝と西郷の二人こそが、お互いの ”最大の理解者” であり、心情的には ”最大の味方” である、というなんとも皮肉な状況が描かれていく。


 史実として、江戸の街は戦禍を免れ、江戸城も無事に開城されるのだが、物語はその後の西郷と勝の物語も綴っていく。
 幕末の動乱を通じて、西郷のことを ”かけがえのない友” とまで感じるようになっていた勝にとって、西南戦争は痛恨の出来事だったろう。
 西郷に対する勝の心情を描いたエピローグが感動的だ。



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剣樹抄 [読書・歴史/時代小説]


剣樹抄 (文春文庫)

剣樹抄 (文春文庫)

  • 作者: 冲方 丁
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2021/10/06
評価:★★★

 時代は、徳川家康が江戸に幕府を開いて半世紀経った頃。

 主人公・了助(りょうすけ)は幼い頃、無宿人だった父を旗本奴に殺されてしまう。旗本奴とは、将軍家に仕える青年武士の中で、やさぐれた者たちのこと。現代で言うところのチンピラみたいなものか。

 父の仲間だった三吉に引き取られたが、その三吉も、火災で喪ってしまう。明暦3年(1657年)に江戸の町の大半を灰燼に変えた大火災・「明暦の大火」だ。以後、芥(あくた)を運ぶ仕事をしながら我流で木剣の修行をしている。

 もう一人の主人公は、水戸藩第二代藩主・水戸光圀。
 父・頼綱から隠密組織の立ち上げを命じられた光圀は、親を喪って幕府に保護された子どもたちの中で、特殊な技能を持つ者を選抜し「拾人衆(じゅうにんしゅう)」を結成する。

 みざるの巳助。カメラのような記憶力を持ち、1度見たものは絵として完全に再現することができる。
 いわざるの鳩。1度聞いた相手の声を、完璧に真似ることができる少女。
 きかざるの亀一。並外れた聴力を持ち、遠くの声や会話を聞き、覚えることができる。

 「拾人衆」の設立目的は、火付け(放火犯)の摘発。明暦の大火をはじめ、火事は江戸にとって極めて重大な脅威であり、放火は重罪なのだ。

 火付けの容疑者・秋山官兵衛を追っていた光圀だったが、その官兵衛が一人の少年に倒されてしまう現場に出くわす。その少年こそ了助だった。

 光圀によってスカウトされた了助は「拾人衆」のメンバーとなり、様々な事件に関わっていく、というのが本書のあらまし。
 本作はシリーズ化されていて、次巻以降も刊行中だ。


 巻末の解説では、光圀と「拾人衆」を ”明智小五郎と少年探偵団” になぞらえているが、あまりそんな感じはしないかな。なんといっても「拾人衆」は子どもの集団なので、凶悪犯と対峙する事件解決の場に至ると、どうしても大人たちの陰に隠れがちになってしまう。

 もっとも、二十面相みたいにシリーズ共通の敵も登場するので、あながち間違いでもないかも知れないが。

 この作品に登場する光圀は、”ある秘密” を抱えていて、これがシリーズの今後の展開にも関わってきそうだ。
 了助に思いを寄せていそうなお鳩ちゃんも可愛い。このあたりの進展も楽しみだ。


 作者には、10年前に『光圀伝』という長編があるのだけど、そちらの光圀像ともほぼ同じキャラとして描かれているので、そちらからのスピンオフ、あるいは外伝的位置づけとしても楽しむことができる。

 個人的に嬉しかったのは、光圀の正室・泰姫と再会できたこと。『光圀伝』の中でもピカイチに魅力的かつ印象に残るキャラだったので、彼女が登場したシーンでは思わず涙が出てしまったよ(笑)。
 『光圀伝』の方も、未読の方がいたら、ぜひ一読をお勧めする。


 本作はNHKでドラマ化されてる。私は観てないんだけど(おいおい)。
 若き光圀を演じるのは山本耕史。大河ドラマにも出てるね。堀北真希の旦那でもある。泰姫役は松本穂香。『光圀伝』では美人薄命キャラだったけど、こちらはどんなふうに演じてるんでしょうね。
 宿敵となる錦氷ノ介は加藤シゲアキ、水戸家家臣役で西村まさ彦、他にも舘ひろし、石坂浩二、北乃きい、中島朋子など。
 ちなみに了助とお鳩ちゃんはそれぞれ13歳と11歳の子役の方が演じてるみたい。



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秀吉を討て [読書・歴史/時代小説]

秀吉を討て (角川文庫)

秀吉を討て (角川文庫)

  • 作者: 武内 涼
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/01/25
  • メディア: 文庫
評価:★★★

時代は天正12年。
本能寺の変で織田信長が討たれて2年、
秀吉は天下取りに邁進していた。

未だ日本各地で戦いが続いている中、紀州は特異な状況にあった。
一国を統べるような戦国大名は存在せず、複数の寺社勢力や土豪たちの
いわば ”連合国家” ともいうべき状態で、彼らの集団指導体制は
戦国時代の中にあっては民主的で、一種の ”理想郷” でもあった。
しかしその紀州にも、遠からず秀吉は侵略の手を伸ばしてくるだろう。

主人公・林空(りんくう)は紀州根来寺に使える下級武士だが、
実は根来忍者の総帥・隠形鬼(おんぎょうき)のもとで
厳しい忍術の修行を積み、さらには鉄砲術まで身につけていた。
その林空に隠形鬼から密命が下る。「秀吉を暗殺せよ」と。

林空はベテラン忍者の叡海(えいかい)、親友・俊念(しゅんねん)とともに
小牧・長久手の戦いへ向かう秀吉を鉄砲で狙撃することになる。

隠形鬼の ”秀吉暗殺チーム” は林空たちだけでなく、
“二の矢”、”三の矢”・・・と ”別働隊” が用意されており、
いよいよとなったら隠形鬼自ら暗殺に加わる手はずだったのだが・・・

もちろん、秀吉も暗殺対策は万全だ。
山中長俊率いる甲賀忍者が周囲を固めている。

林空たち根来忍者と甲賀忍者の戦いが前半の読みどころ。
体術の限りを尽くした忍者同士の攻防は、
白土三平の『カムイ外伝』さながらの白熱ぶり。
隠形鬼の放つ秘技は、もう忍術の域を超えて
山田風太郎の『忍法帖』の世界だ。

後半に入ると、いよいよ秀吉の紀州侵攻が始まる。
各地の寺社や城は次々と落ち、最後に残った抵抗勢力は
和歌山の太田城に立て籠もることになる。
林空もまたその中にあって、壮絶な戦いに身を投じていく・・・

 この太田城を巡る攻防は、「備中高松城の水攻め」、
 「武蔵忍城の水攻め」(『のぼうの城』で描かれた)とならんで
 「日本三大水攻め」として有名なのだそうだ。

林空はもちろんだが、脇を固めるキャラも魅力的。
幼馴染みでかけがえのない相棒・俊念、頼りになる先輩・叡海、
当初は林空のライバルであったが、
戦いを通じて固い友情で結ばれることになる蟠竜(ばんりゅう)、
林空を ”男” にしてくれた遊女・かごめ、
太田城で共に戦うことになる可憐な少女・若菜など、
さながら綺羅星のごとく、ここには書ききれないくらいだ。

秀吉の天下統一は史実なので、林空たちの戦いも
最終的には敗北に終わることはわかっているのだが、
自らの ”理想の国” を守ろうと戦い続ける彼ら彼女らを
最後まで応援せずにはいられない。


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