横濱エトランゼ [読書・ミステリ]
評価:★★★
主人公・千紗(ちさ)は女子高生。3年生の秋を迎え、推薦入試で大学も決まったことを機にアルバイトを始めた。
バイト先は〈横浜タウン社〉。週一で無料のタウン誌を発行している小所帯の出版社だ。しかし編集長を兼ねていた社長が急病で入院、長期の療養を命じられてしまう。
急遽、編集長代理となったのは小谷善正(こたに・よしまさ)。なんと入社三年目の25歳だ。
千紗がこの会社をバイト先に選んだのは、実は幼い頃からよく知っていた善正(彼の家は千紗の家の隣の隣)に仄かな好意を抱いていたからだった。
・・・というわけで、タウン誌の編集部で働くことになった千紗が出会う、横浜の街にまつわる謎を描く ”日常の謎” 系ミステリの連作集だ。
「元町ロンリネス」
千紗は洋装店のマダムから、かつて夫とともに ”元町百段” という大階段を昇ったという話を聞く。しかし善正によると、その階段はマダムが生まれる前に関東大震災で崩壊し、現存していないのだという・・・
「山手ラビリンス」
読者からの投書によると、”横浜山手 洋館七不思議” なるものがあるという。千紗はビストロ・ランタンのシェフに七不思議について尋ねるが、なぜか彼は狼狽えてしまう・・・
「根岸メモリーズ」
千紗はクラスメイトの菜々美から相談を受ける。彼女の曾祖父・喜助は生前、「自分は外国の生まれだ」と言っていたという。
しかし彼をよく知る親類によれば、日本生まれに間違いない。喜助が生まれたのは大正元年。その頃、横浜の中に ”外国” があったのだろうか・・・
「関内キング」
〈横浜タウン社〉の大口広告主であり、コラムの執筆者でもある寿々川氏が突然、会社に対して今後の付き合いを一切やめると宣告してきた。千紗は寿々川氏が書いたコラムに登場する ”ある女性” について調べ始めるが・・・
「馬車道セレナーデ」
千紗の母方の従姉妹・恵里香がアメリカから帰ってきた。彼女は善正とは高校の同級生だった。そして善正は恵里香に好意を抱いていたらしい。
恵里香と再会することで、善正の思いが再燃してしまうのではないか? いや、そもそも彼はずっと恵里香を思い続けていたのではないか?
千紗は心穏やかでない日々を過ごすことに・・・
ラストでは千紗、善正、恵里香の、それぞれの ”新たな道” が描かれるのだけど・・・短編でもいいから、数年後の3人の様子が知りたいなぁ・・・
総閲覧数230万回到達 & 近況 [このブログについて]
昨日(6/27)、このブログの総閲覧数が230万に達しました。
2006年1月2日の開設以来、約16年半での達成です。
日数で数えると6020日め。アクセス数は単純平均で1日あたり380くらい。
220万アクセス(2022/1/29)からは149日かかりました。この間の1日平均アクセス数は670くらいです。
たくさんの方に覗きに来ていただいて、本当にありがとうございます。
それでは、毎回恒例の近況報告などを・・・と書いてみたのですが、前回とほとんど変わっていません。
昨年から出るようになった年金をもらいつつ、再雇用でパートタイム労働に勤しんでおります。
3月末にはかみさんも定年退職を迎え、あちらも再雇用で働くことにしたのは同じですが、なんとフルタイムを選択、週に5日間頑張っております。
なんて仕事が好きな人なんでしょう・・・と感心してはいるのですが、仕事量は変わらないのに、もらえるお金が減るのはいずこも同じ。
「割に合わないわぁ・・・」とこぼしてます(笑)。
再雇用生活も4年目に入り、来年度いっぱいまでは(希望すれば)働けるのですが、最近ちょっと迷ってます。
どうも仕事に対するモチベーションの低下を感じるようになっていて・・・
もちろん、職場ではきっちりと働いているつもりなのですけれど、ここ2年くらい仕事量が明らかに増えていて、しかも、もらってるお金は変わってない。
だから「そこまでするほどの金はもらってないぞ・・・」って気持ちがどうしても湧いてくるんですねぇ・・・
「働く場所があるだけありがたいんだから、多少のことには文句を言わずに働けよ!」ってご意見があるのは重々承知しておりますが・・・
「すっぱり辞めて悠々自適の生活に入ろうかな」って気持ちは抑えがたい。
この ”野望” のいちばん大きな壁は、実は職場の上司でも同僚でもなく、かみさんですね(笑)。先日、「もう辞めようかな、って思ってる」って漏らしたら、すかさず「辞めて何するのよ?」って返されました。
うーん、私は ”何もしなくていい日々” ってのに憧れてるんですけどねぇ。
ちょっぴり言い訳させていただくと、私がナマケモノであること自体は否定しませんが(おいおい)、それだけではなくて、体力面での不安を少しずつ感じるようになったりとか、老齢の母親が病院に通う頻度が最近増えてることもあったりとか、いろいろ思うところもあるのですよ・・・
このブログの総閲覧数が240万回に到達する(たぶん半年くらい先)頃には、結論が出てるかとは思いますが。
その他の話題については・・・
旅行については「そろそろいいかな」って思っていて、夏には国内旅行に出かける予定です。無事に済んだら、記事に書くかも知れません。
最後に。
毎回書いてますが、まとまりのない駄文を垂れ流してきたこのブログ、なんとかここまで続けてこられているのは、のぞきに来ていただいてる皆様のおかげです。ありがとうございました。
そして、これからもよろしくお願いします。 m(_ _)m ぺこり
こうして誰もいなくなった [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
ノンシリーズものを収録した短編集。ミステリに限らず、いろんなジャンルのものが入っている。
おおむね ファンタジー系 → ホラー系 → ミステリ系 となるような順に並べてあるとのことだが、私の印象ではちょっと異なるものも。
以下の紹介文は、収録順(目次順)ではないことをお断りしておく。
■ラジオでの朗読作品として書かれたもの
「館の一夜」
恋人を連れて東北の旧家を訪ねた民俗学研究者。しかしその帰りに道に迷い、山中にあった無人の屋敷で過ごすことに。
「出口を探して」
迷路の中で意識を取り戻した女性。そこで出会った男性とともに出口を探し始めるが・・・
「謎のアナウンス」
語り手は60代の男性。彼がスーパーマーケットに行くと、毎回同じようなアナウンスが流れるのだというが・・・
どれも短く、ジャンル分けすると即ネタバレになりそう(笑)。
■ファンタジー
「線路の国のアリス」
謎の世界へ迷い込んだアリスが、不思議な列車に乗って旅する話。
■奇妙な味?
「名探偵Q氏のオフ」
名探偵Q氏と助手のF嬢の物語。ラスト2ページの描写は読んでて笑ったけど感心した。書くのが大変だったろうなぁ。
「まぶしい名前」
ショートショート。描いている内容は現代なんだけど、なんとなく昔のSFっぽい雰囲気を感じた。
■ホラー
「妖術師」
町外れの公園で興行を始めた ”妖術師・サンド伯爵”。得意の演し物は人体消失だ・・・
■SF
「怪獣の夢」
アンソロジー『怪獣文藝の逆襲』で既読。子どもの頃から怪獣の夢を見続けていた少年は、大人になった時・・・
■タイポグラフィー
「矢」
タイポグラフィーといえば夢枕獏の「カエルの死」が有名だけど、有栖川有栖が書くとこうなるのか。
■ミステリ
「劇的な幕切れ」
アンソロジー『毒殺協奏曲』で既読。自殺願望を抱えた青年は、同じ思いを持つ女性とネットで知り合い、一緒に ”心中” することになるのだが・・・
「未来人F」
アンソロジー『みんなの少年探偵団2』で既読。
少年探偵団シリーズのパスティーシュ。明智小五郎がアメリカに出かけて不在の時、”未来人F” を名乗る怪人物が現れる。未来に起こることをいくつも言い当て、さらには国立博物館から国宝を盗み出すと ”犯行予告” までするが・・・。
ミステリとして解決するのだけど、ラストでメタフィクショナルな展開が。
「盗まれた恋文」
盗まれた手紙を取り戻した名探偵。しかし彼にはある問題が・・・。文庫で3ページ、しかもミステリなオチという離れ業。
「本と謎の日々」
書店を舞台にした ”日常の謎” ミステリ。作者は元書店員だったので、なかなか面白いネタが。シリーズ化されないかな。
「こうして誰もいなくなった」
文庫で約140ページと、本書の厚さのおよそ1/3を占める表題作。
孤島に10人の人間が集められて、一人一人死んでいく・・・という「そして誰もいなくなった」パターンを有栖川有栖が書くとこうなる。
舞台は伊勢湾に浮かぶ孤島。集められたのは8人。彼らは ”デンスケ” と名乗る謎の人物に呼ばれたのだが、そのデンスケの姿はない。実はもう一人呼ばれるはずで、デンスケを含めて総勢10人だったはずなのだが、最後の一人もなぜか姿を現さない。そして起こる連続殺人・・・
各登場人物が抱える事情も今風だったりして、21世紀の「そして誰もー」になってる。人が死ぬたびに容疑者が減っていくので、犯人を隠すのが難しくなるのだけど、それでも犯人は分からないんだなぁ。さすが有栖川有栖。
虚像のアラベスク [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
芸術探偵・神泉寺瞬一郎(しんせんじ・しゅんいちろう)が登場する中編ミステリ2作を収録している。
「ドンキホーテ・アラベスク」
パリの国立バレエ団で活躍した烏丸大也(からすまる・ひろや)は、30代を迎えて帰国し、烏丸バレエ団を設立した。現在、団は創立15周年を迎え、記念公演『ドンキホーテ』を来週に控えていた。
そこへ脅迫状が舞い込む。「公演を中止しなければ、舞台上でとんでもないことが起こる」と。
しかしこの記念公演は、来日する欧州委員会委員長マルグリット・シャンパルティエ女史が鑑賞に訪れることが決まっており、今更中止なんてとんでもないことだった。
女史の警護に当たることになった警視庁の海埜(うんの)警部補は、甥の神泉寺瞬一郎に協力を仰ぎ、バレエ団の内情調査を始めるのだが・・・
序盤からバレエの専門用語が頻出して混乱するのだけど、〈芸術探偵シリーズ〉ではこういう感じの ”蘊蓄の披露” は毎度のことなので、軽く読み流しても大丈夫(おいおい)。
ラストまでいくと、ミステリではあるけどけっこう ”いい話” になっていて、読後感は清々しい。
「グラン・パ・ド・ドゥ」
これについては紹介が難しい。何を書いてもネタバレになりそう。とにかく読んでくださいとしか言いようがない話。
でも、私は冒頭部分をちょっと読んだら、作者が何をしたいと思ってるのか分かっちゃいましたが(笑)。
ハケンアニメ! [読書・青春小説]
評価:★★★★☆
映画化もされた長編小説。今回は ”観てから読む” パターンになった。
全体は四章構成になっていて、それぞれ中心人物が異なる。
「第一章 王子と猛獣使い」
有科香屋子(ありしな・かやこ)は、アニメーション製作会社・スタジオえっじのプロデューサー。現在の担当作品は、王子千晴(おうじ・ちはる)監督の新作『運命戦線リデルライト』。彼の得意とする ”魔法少女もの” だ。
王子は9年前の初監督作『光のヨスガ』で ”天才” との評価を得たものの、その後は監督としては沈黙の時間を過ごしていて、今回が復帰作となる。
しかし、製作発表まで1週間と迫ってきた時期に王子が失踪してしまう。制作側も混乱し、監督交代案まで取り沙汰される事態に。しかし王子の才能に惚れ込んだ香屋子は、徹底的に彼を守ろうとするのだが・・・
「第二章 女王様と風見鶏」
斎藤瞳(さいとう・ひとみ)はアニメ業界最大手のトウケイ動画に勤務している。大学の法学部を出て公務員をしていたが、アニメへの思いが断ちがたく、退職してこの業界に飛び込んだ。
ゲーム内アニメの製作で評価され、ついに新作アニメ『サウンドバック 奏の石』で初監督を務めることに。謎の敵に対して、主人公の少年少女たちが不思議な石の力を借りて戦うという王道ロボットアニメだ。しかしスタッフや声優たちと衝突を繰り返す日々で、製作は順調ではない。
担当プロデューサーは、敏腕と名高い行城(ゆきしろ)。スポンサーとの打ち合わせや販促イベントなどに次々に引っ張り出されて、こちらも瞳にとってはストレスの種だったが・・・
「第三章 軍隊アリと公務員」
並澤和奈(なみさわ・かずな)は、新潟県選永(えなが)市にあるアニメ原画スタジオ「ファインガーデン」のアニメーター。最近の担当作品が ”神作画” と評価され、アニメファンたちの人気を集めている。
選永市の風景が『サウンドバック』の舞台モデルとして使われたことから、市はアニメファンの ”聖地巡礼” を当て込んで観光振興を図ることになった。
担当者となったのは市の若手職員・宗森周平。彼は「ファインガーデン」に協力を依頼し、和奈が周平とともに ”街おこし” に取り組むことに。
最初はいやいや参加していた和奈だったが、素朴で実直を絵に描いたような周平を行動を共にしていくうち、だんだんと心境に変化が起こっていく・・・
「最終章 この世はサーカス」
選永市で行われる祭りに『サウンドバック』が参加することになり、瞳・行城に加えて王子と香屋子までやってきて、さながらカーテンコール状態に。
とにかく ”アニメ愛” にあふれた作品だと思う。アニメーターを初めとして、制作者の労働環境が概して劣悪であることもしっかり書かれているけれど、それを上回る ”情熱” もまたしっかり描かれている。
王子千晴、斎藤瞳、並澤和奈、三者三様の ”アニメ愛” が、読む者の心に染みていく。
特に「第二章」のラスト、行城と瞳のシーンは感動ものだ。最後の一行まで来たとき、涙腺が崩壊してしまった。
これは本書に登場するアニメ関係者全員、そしてアニメを愛するすべてのファン全員が抱く思いだろう。
作者は ”この一行” を書くために本作を書いたんじゃないかと思ったよ。
小説は終わっても、登場人物たちは作品世界の中で生き続ける。瞳や王子の次回作も知りたいし、和奈さんの ”ラブコメ”(笑) の様子も知りたいなぁ。続編熱烈希望。
最後に、原作小説を読んで改めて映画版について考えたことを。
本書は文庫で600ページあるのだが、番外編となる短編が40ページあるので、「ハケンアニメ!」本編は560ページほどになる。
これが2時間ちょっとの映画になったわけで、当然ながらかなりの内容がカットされてる。たいていの場合、「あのシーンがない」「あのキャラの出番が削られた」とかの不満が爆発するものだが、不思議と映画版を観てから本書を読んでも、そういう思いにほとんど駆られない。
まあ、映画→小説という順番だったからかもしれないけどね。逆だったら不満を覚えたのかもしれないが。
「第三章」の “街おこし” 部分を思い切ってカットし、『リデルライト』と『サウンドバック』の話に絞り込んだのが上手かったと思う。
この2作、小説では同一クールの放映ではあるものの時間帯は異なっていた。それを映画版では同一時間帯の放映に設定して ”天才監督 vs 気鋭の新人” の直接対決へと構成を変更し、瞳・王子・香屋子・行城の4人の同時進行の物語として描き出した。結果的にこれが大正解だったと思う。
原作小説での印象的なシーンや台詞も過不足なく取り込み、全体を目配せして効果的なところにしっかり織り込んである。
作中作となる『リデルライト』と『サウンドバック』も、どちらもしっかりとした作画&豪華声優陣で、単独の ”アニメ作品” としても実に魅力的に見える。両方とも1クール作品として映像化してほしくなったよ。
小説版とは異なるところも多分にあるのだけど、映画として成立させるためには有効なことだったと納得できる。2時間ちょっとの中できっちり起承転結をつけ、しかも終盤の盛り上がりも半端ない。
監督さんと脚本家の才能もまた素晴らしかったのだと思う。
ダブルトーン [読書・SF]
評価:★★★☆
主人公・田村裕美(ゆみ)は30代初め。パート勤めの主婦だ。5年前に結婚した夫・洋平と保育園に通い始めた娘・亜美との3人で、熊本に暮らしている。
倦怠期というわけではないが、仕事疲れからか家での洋平は怠惰で、夫婦の会話も減った。そんな日々の生活に単調さと夢の無さを感じ始めている。
もう一人の主人公は中野由巳(ゆみ)。24歳のOL。学生時代のアルバイト先だった〈タカタ企画〉にそのまま就職した。会社の業務は広告代理店の下請けだ。
社員が3人しかいないので仕事は多岐にわたるが、そのぶん給料もいい。アパートで一人暮らしをしながらも、充実感を覚える日々を過ごしている。
裕美は最近、不思議な体験を続けていた。
朝になって目覚めると、中野由巳という別人になっていて、1日のあいだ由巳の生活を経験する。そして翌朝は裕美に戻っているのだ。
そして、”由巳だった” 間に裕美が経験したことも、記憶としては頭の中にしっかり残っている。
そして同じことは、由巳のほうにも起こっていた。朝になると裕美になり、裕美の生活を経験し、翌朝には由巳に戻る。
裕美と由巳の2人は、記憶を共有しつつ生活を続けているのだ。
そしてある日、由巳の会社〈タカタ企画〉に洋平が現れた。彼は文房具販売の営業職なので、そのセールスのためにやってきたのだ。
裕美の記憶から相手が洋平であることに気づき、驚く由巳。しかし目の前の洋平は裕美の記憶の中と異なり、営業スマイルもあるのだろうが、なかなか魅力的に見えてちょっと心が動いてしまう。
それ以降、洋平はちょくちょく〈タカタ企画〉に顔を出すようになる。どうやら、彼は由巳に好意を寄せているらしい。そして由巳もまた、彼に惹かれるものを感じ始めてしまう。
しかし彼には、裕美という妻と、亜美という娘がいるはずではないのか?
コイツは妻子がいることを隠して独身OLを籠絡しようとしている極悪不倫男(笑)なのか?
疑問に思った由巳は、洋平の家族のことを調べ始めるが、そこで意外な事実を知ることになる・・・
ここまでのストーリー紹介で気づく人もいるだろうし、”意外な事実” の内容まで読み進めれば、たいていの人がわかるだろう。
本書の基本となるアイデアは、何年か前にヒットした某アニメ映画によく似ている。あえて題名は挙げないけど、分かる人は多いと思う。
まあ、古今東西、さまざまなアイデアや物語のパターンは、数多の作品で繰り返し使われてきたわけで、似ているからといってそれが問題になるわけでないのだけど、ちょっと時期が悪かったかな。やっぱり人口に膾炙した作品だったからねぇ、”アレ” は。本作も、もう数年あとの発表だったらよかったと思う。
もちろん、ベテランの梶尾真治のことだから、似たようなアイデアから出発しても、かなり雰囲気の異なる物語に仕上げてきている。
文庫本の裏表紙にある惹句の最後には ”ラブ・サスペンス” とある。
その宣伝文句の通り、SFとして始まり、サスペンスとして進行し、終盤では再びSFとして締めくくられるのだけど、ミステリとしても読めるかな。
メインのストーリー以外での本書の読みどころは、由巳の変化かな。
公私にわたり充実した独身貴族の由巳は、結婚する気などさらさらなく生きているのだけど、洋平に出会ったことで心に波立つものを感じ始める。
結婚したことで得られる幸せもあれば、失う幸せもある。そしてそれは結婚しない場合でも同じ。
人間には手が2本しかないからね。2つのものをつかんでいたら、3つめはつかめない。それを得ようと思ったら、どちらか片方を手放さなければならない。
ラストシーンに由巳さんが登場するのだけど、彼女が幸せになってくれたらいいなあ・・・って思いながら本を閉じた。
短編ミステリの二百年2 [読書・ミステリ]
評価:★★★
短編ミステリの歴史を俯瞰するアンソロジー、全6巻の2巻目。
本書には11編を収録。
「挑戦」(バッド・シュールバーグ)[1949]
商業画家のポールは、水上スキーをしていた女性・ジェリーに一目惚れしてしまう。彼女に付き合ってカジノへ行ったり、深夜にキューバ料理店へ行ったり。そしてある日、彼女から夜の海へ泳ぎに行こうと誘われるのだが・・・
「プライドの問題」(クリストファー・ラ・ファージ)[1940]
銀行役員のジョーは、1週間後が釣りの解禁日なのを知り、友人のエディとともにディア川へ出かける約束をする。しかしその日は、メドフォードとの会食の約束が入っていた。彼はディア川を所有する組合のトップだったのだが・・・
「チャーリー」(ラッセル・マロニー)[1936]
チャーリーは、人を揶揄うことが大好きだ。そんな彼が大がかりな悪ふざけを思いつき、実行したのだが・・・
「クッフィニャル島の略奪」(ダシール・ハメット)[1925]
サンフランシスコ湾の北部にあるクッフィニャル島は富豪がすむ島。ある夜、そこに強盗団が襲来する。仕事で訪れていた探偵 ”オプ” は銃声が響く中、外へ飛び出していくが・・・
「ミストラル」(ラウール・ホイットフィールド)[1931]
主人公の ”おれ” は探偵社の社員。イタリアのレストランで奇妙な男を見つけ、行動を共にすることに。時を同じくして探偵社から連絡が入る。ある男の居所を調べろという。その男こそ、”おれ” が一緒にいる男だった・・・
「待っている」(レイモンド・チャンドラー)[1939]
ホテルに雇われた探偵トニーは、深夜、宿泊客のミス・クレッシーに声をかける。彼女はジョニーという男を待っているのだが、ギャングのアルもまた彼を待っていた。ジョニーは組織の金を持ち逃げしたと見なされていたのだ・・・
「死のストライキ」(フランク・グルーバー)[1938]
敏腕セールスマンのオリヴァーは、工場で辞書を売り込んでいた。しかし突然ベルが鳴り響き、従業員たちはストライキに入ってしまう。出入り口も閉鎖されてしまうが、その工場内で銃殺された死体が見つかる・・・
「探偵が多すぎる」(レックス・スタウト)[1956]
探偵ネロ・ウルフと助手のアーチー、さらに5人の探偵が州務長官に呼び出された。しかし、集められた建物の一室で死体が発見される。探偵たちは皆、遺体の人物から盗聴の依頼を受けていたという共通点があった・・・
「真紅の文字」(マージェリー・アリンガム)[1938]
探偵アルバート・キャンピオンは、友人ランスとともにかつて暮らしていた建物を訪れる。しかし空き家だったはずの部屋のクローゼットの壁には、真紅の文字で ”外に出して” と綴られていた・・・
「闇の一撃」(エドマンド・クリスピン)[1952]
ジョシュアはヴァシティという女性に求愛中だ。しかしそこにペンジという恋敵が現れた。そしてジョシュアの姉・シスリーはペンジに好意を抱いているらしい。この四角関係(!)の中、ジョシュアが銃で殺されてしまう・・・
「二重像」(ロイ・ヴィカーズ)[1954]
エルサは夫のジュリアンにそっくりな男を度々見かけるようになった。それは自分ではないと否定する夫。しかしジュリアンの言動には少しづつ不審なものが混じり始める。夫は、実は偽物ではないのかと疑い始めるエルサだが・・・
前巻よりはぐっとミステリ度はアップしたかな。
「死の-」「探偵が-」「真紅のー」「闇の-」はよく出来たミステリ。ここに「クッフィニャル島-」を入れてもいいかな。とくに「探偵が-」は出色の出来。文庫で約90ページと、本書の中でも最長だけど、小説としても面白い。
「ミストラル」「待っている」「二重像」もよくできたサスペンス。
「チャーリー」はショートショートという感じ。
「挑戦」「プライド-」は・・・何だろう。
このへんになると、編者の方の ”ミステリ” の定義がよく分からなくなってくる(笑)。
戦争獣戦争 [読書・SF]
評価:★★☆
1994年の冬、IAEA(国際原子力機関)の職員・蒔野亮子(まきの・りょうこ)は北朝鮮・寧辺(ニョンビョン)の核処理施設の査察団に加わっていた。
使用済み核燃料が沈むプールの中に、彼女は2体の異形の生物を目撃する。
全長15センチほどで鱗に覆われ、節足動物のように全身がいくつもの体節に分かれ、体節ごとに2本ずつ足が生えている。私のアタマに浮かんだイメージは ”ゴツいムカデ” (笑)。それが核燃料プールの中を、足を使って泳いでいたのだ。
それは、”戦争” を糧に成長する四次元生命体〈戦争獣〉だった・・・という印象的な導入部から始まる。
物語はそこから時を遡り、あるいは下りながら語られていく。
まずは1950年。
広島のヤクザ・石嶺夏男、その友人の彪牙(ひょうが)冬二、華麗島(モデルは台湾かと思われる)の製鉄所で働く憑生智(フォン・ジョンジー)、東京の病院で下働きをしている女性、オ・ジオン。
彼らの共通点は ”異人(ホカヒビト)” であること。華麗島の山奥に暮らす漂流叛族(はんぞく)出身の彼らは、体に彫られた入れ墨を実体化させて使役することができ、さらに、世界に2体だけ存在する〈戦争獣〉の存在を感知することができる。
その年に起こった朝鮮戦争を皮切りに、太平洋戦争末期である1945年、1968年のベトナム戦争などを舞台に、彼ら ”異人” たちの過去から未来までが綴られていく。
戦争が起こるたびに〈戦争獣〉はその力を増していく。その先には、ついにはすべての人類と文明を滅亡させる最終戦争が待っているらしい。
何せ2体の〈戦争獣〉同士だって、時空を超えて戦い続けているという設定なのだから、首尾一貫しているというか徹底してるというか。
1994年に始まり、過去の出来事が語られ、終盤では1995年に帰ってくる。
ここで、過去の断片が組み合わさって、1995年の状況と登場人物たちの行動に綺麗につながっていくのは、ミステリ作家としても優れている山田正紀らしいとはいえる。
「想像できないことを想像する」
山田正紀が、かつて語った言葉である。
本書の中でも、とくに〈戦争獣〉の登場するシーンは、作者が想像力の限界に挑戦したかのような描写で、正直言って「私のアタマはついて行けてない」って感じることも多々。
若い頃の山田正紀は、「進化」「時間」「戦争」とかの、ど真ん中のSFテーマを扱っても、それを読みやすく消化しやすいエンタメとして仕上げてきたのだが、やはりいつまでもそこで止まってはいないのだなぁと思った。
同じことを繰り返していては進歩がないと感じたのかもしれないけどね。
それでも、やっぱり昔の山田正紀の方がよかったなあと思ってしまう私は、アタマが堅いのかも知れないが。
忘却城 鬼帝女の涙 [読書・ファンタジー]
評価:★★★
異世界・亀珈(かめのかみかざり)王国。
ここは死者を蘇らせる ”死霊術” によって栄えた国だ。死霊術士たちの長は「名付け師」と呼ばれ、当代は縫(ほう)という92歳の男が務めている。
この「名付け師」の代替わりを巡り、王都で開かれた死霊術の祭典・幽冥(ゆうめい)祭での騒乱を描いたのが前作『忘却城』。
そして本書はその続編ということになる。とはいっても前作の主役だった青年・儒艮(じゅごん)や重要キャラだった金魚小僧も登場しない。
代わって主役を張るのは、これも前作でのメインキャラの一人だった異民族の女戦士・曇龍(ウォンロン)。
前作から数ヶ月後、今は死霊術士たちの総本山である霊昇山に身を寄せ、幽冥祭以来ずっと昏睡状態にある千舞蒐(せん・ぶしゅう)の世話をしている。
ちなみに名付け師・縫の弟子たちは ”御子(おこ)” と呼ばれており、千舞蒐はその中で唯一の女性である。
前作でもそうだったが、今作でも御子たちは仲が悪い。上位の弟子たちは次の名付け師の座を目指してお互いがライバルであるのだが、そうでない弟子たちも総じて小競り合いを繰り返している。まあ、死者を蘇らせようなんて考える時点で普通の感覚ではないのだろう。
しかし本書に登場する千魘神(せん・えんしん)は珍しくまっとうな若者らしい。物語の中では、彼が曇龍の相棒となって活躍する。
前作と同じく、複数のストーリーラインで物語は綴られていく。
物語の序盤では各登場人物の様子が点描される。何せ登場人物一覧には30人以上の名前があるんだから(笑)。
ダブル主役の曇龍と千魘神、縫の一番弟子の千魍千(もうせん)と二番弟子の千魎千(ろうせん)の角逐、王国の辺境・剥(はく)州の女領主・白芍(びゃくしゃく)とその周囲の人々、など。
そしてそれらの合間に、亀珈王国とは別の大陸で暮らす、異民族の少女テオドラの数奇な、そして悲しい物語が挿入されていく。
前作でも感じたが、イメージが豊かというか、豊かすぎて(笑)読んでいて時々迷子になってしまう。個々のシーンやキャラクターの印象は強いのだが、それが全体の中でどんな意味や位置づけにあるのかがなかなか把握しづらい。
このへんは私のアタマが悪いのが原因の大部分だろうけど(おいおい)。
さて、亀珈王国の辺境各地には、過去の大戦を通じて ”二十四大鬼” と呼ばれる、退魔不可能とされる強力な ”魔” たちが封印されている。
その一人、”鬼帝女(きていにょ)” に復活の兆しがあるという。
霊昇山に退魔の要請が入るものの、名付け師の力をもってしても倒すことは叶わないという。そのミッション・インポッシブルを買って出たのが千魘神で、彼と曇龍が鬼帝女と対決するのがクライマックスになる。
複数のストーリーラインが終盤に向けてきれいに収束していくのも前作通り。昏睡状態の舞蒐も、意外な形で物語に関わってくる。このあたりの構成力はやっぱりスゴいと思う。
さて、次作では儒艮も金魚小僧も再登場するようだ。近々読むつもり。
だから殺せなかった [読書・ミステリ]
評価:★★★★
第27回鮎川哲也賞優秀賞受賞作。
まず、首都圏で3件の連続無差別殺人事件が起こっていることが語られる。
大手である太陽新聞社は、発行部数の長期低落に苦しみ、それに加えて今期は初の赤字決算を記録した。
業績を挽回すべく立ち上げた、社会部渾身の企画「シリーズ犯罪報道・家族」は、過去の重大事件を取り上げ、報道の中で加害者/被害者の家族が受けた苦悩、そして現状を伝えるものだった。しかしそれでも部数向上にはつながらず、好意的な反響もあったが、非難も少なくなかった。
「しょせん記者は他人。当事者の痛みは分からない」
「実際に犯罪に関わった記者でないと、家族のことなど書けるはずがない」
それに応えるべく、ベテラン記者・一本木透に白羽の矢が立つ。
新人記者だった20年前、彼は群馬県の前橋支局に勤務していた。そこで担当した県庁内の汚職事件の取材は、彼の人生において最大の痛恨事となり、その苦渋に満ちた記憶は今でも彼を苛んでいたのだ。
その記憶を記事に起こした「記者の慟哭」の反響は大きかった。そしてそれは意外な副産物をもたらした。
自らを首都圏連続殺人事件の犯人と称する人物が投書してきたのだ。差出人の名は「ワクチン」。
投書の中には、犯人でしか知り得ない事実が記載されており、「ワクチン」はまさに真犯人だと思われた。
さらに「ワクチン」は、一本木記者に対して太陽新聞での公開紙上討論を要求する。「ワクチン」の投書に対し、ただちにその返答を紙上に掲載せよ、というものだった。
「人間=ウイルス」と見なし、駆除されるべき存在であると豪語する「ワクチン」。それを真っ向から受けて反論し、対話の糸口を掴もうと模索する一本木。
連続殺人犯 vs 新聞記者、という対決は多くの人々の耳目を集め、社会は騒然となっていく。
そして、期せずして太陽新聞は発行部数が上向き、この紙上討論をできる限り長引かせることを願う幹部まで現れる。一本木もまた、報道の使命と企業の利益のせめぎ合いに巻き込まれそうになるが・・・
・・・と書いてきて感じると思うのだが、ここまではゴリゴリの社会派ミステリである。
「鮎川哲也賞」って、こういう雰囲気の作品がもらう賞じゃなかったよなぁ・・・と思っていると、ストーリーの2/3を過ぎたあたりで、ある人物が一本木を訪ねてきたところから、物語のトーンが少しずつ変わり始める。
ここまで、どちらかというとゆったりと進んできた物語もスピードを速めつつ、終盤になだれ込んでいく。
「なだれ込んで」と書いたが、まさに終盤は二転三転、もっといえば、真犯人が判明してからもさらに捻りがあるという驚きの構成。
タイトルの「だから殺せなかった」の意味も、ここでしっかり回収される。
読み終わってみれば「納得の鮎川哲也賞優秀賞」でした。