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円 劉慈欣短編集 [読書・SF]


円 劉慈欣短篇集 (ハヤカワ文庫SF)

円 劉慈欣短篇集 (ハヤカワ文庫SF)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2023/03/07

評価:★★★★


 長編SF『三体』で話題になった中国人SF作家・劉慈欣(りゅう・じきん)の、日本オリジナル短編集。作品選択は著者本人によるものだそうです。

* * * * * * * * * *


「鯨歌」
 検出技術の進歩で、麻薬の密輸ができなくなったワーナーおじさん。しかし息子が連れてきた男が、脳に電極を埋め込んで制御できるシロナガスクジラを使って麻薬を運ぶ方法を提案するが・・・
 ラストの展開は「なるほど」というべきか「やっぱり」というべきか。


「地火(じか)」
 炭鉱労働者だった父を亡くした劉欣(リウ・シン)は、地下の石炭をその場でガス化して地上に取り出すという新技術を、周囲の猛反対を押し切って導入するのだが・・・
 いつの時代も、技術の進歩は試行錯誤の連続なのだが、この話は哀しいなあ。


「郷村教師」
 私財をなげうち、辺境の村の子どもたちの教育に人生を捧げた男。しかし彼の寿命は尽きようとしていた。
 一方、遙か宇宙の彼方では炭素生命とケイ素生命の間で二万年も続いた星間戦争が終わろうとしていた。
 二つの物語を交互に語りながら、最後はひとつにつながっていく。なかなかの力業。


「繊維」
 "繊維" とは、この作品でいうところの「並行世界」のこと。F-18のパイロットだった "ぼく" は、飛行中に "繊維乗り換えステーション" に迷い込み、他のさまざまな "繊維" から来た人々と出会うが・・・
 ユーモア溢れるSF法螺話。


「メッセンジャー」
 田舎町ブリンストンに暮らす老人が、二階で毎夜、趣味のバイオリンを演奏している。あるときから、窓の下に青年が現れ、演奏を聴くようになるが・・・
 老人の正体は早々に見当がつく人が多いだろう。青年が老人に伝えようと携えてきたメッセージだが、発表時の2001年ならともかく、現在ではどうだろう。


「カオスの蝶」
 北京で蝶が羽ばたくとニューヨークで嵐が・・・で有名な "バタフライ効果" がテーマ。
 主人公は気象学者と思しきセルビア人アレクサンドル。彼は秘密裏にロシアのスパコンを利用してある計算をさせる。
 それは彼の妻子が住むベオグラードをNATOに空爆させないため、常にその上空を厚い雲で覆っておくには、世界のどこでどんな変化を起こせばいいかを計算させていたのだ。
 その結果を基に、世界中を駆けずり回るアレクサンドル。しかし彼の娘カーチャは難病を抱えていて・・・
 感動的な話なんだが、それゆえにこのラストが哀しすぎる。


「詩雲」
 異星人国家〈呑食帝国〉に侵略され、家畜化されてしまった人類。しかしその〈呑食帝国〉が "神" と崇める上位種族の異星人が現れる。
 その "神" が漢詩の存在を知り、その魅力に取り憑かれてしまう・・・
 なんとも壮大な法螺話なんだが、ここまで徹底してしまえるのは素直にスゴいと思う。
 ちなみに本作の前日譚(〈呑食帝国〉と地球人の戦い)は『呑食者』というタイトルで短編集『流浪地球』に収められている。


「栄光と夢」
 かつてスポーツが栄えていたシーア共和国。しかし17年前の戦争とその後の経済制裁で凋落の一途を辿る。
 そんなとき、シーア国内で細々と活動していたスポーツ選手たちが集められ、強制的に北京へ連れてこられた。そこでは第29回オリンピックが開かれるのだが、開催者はIOCではなく、国連だった・・・
 このテーマ(アイデア)の作品は過去にもあるが、現代的な状況で使われるのは珍しいだろう。


「円円(ユエンユエン)のシャボン玉」
 生後5ヶ月目にはじめてシャボン玉を目にした円円。その魅力に取り憑かれた彼女は、その思いを持ったまま成長していく。やがて非凡な能力を見せ始めた彼女はさらにシャボン玉にのめり込み、大学ではナノテクノロジーを専攻。彼女が開発した新技術で起業した会社は数年で奇跡的な成長を遂げるが・・・
 娘の天才ぶりに驚きつつ同時に心配もしながら成長を見守ってきた父親。そんな親子の "ちょっといい話"。


「二〇一八年四月一日」
 主人公の "ぼく" は、改延(遺伝子改造生命延長技術)を受けようかどうか迷っている。その処置を受ければ、寿命を300歳まで延ばすことができる。
 その費用はあまりにも高額で、一部の富裕層にしか手が出ないが、"ぼく" は会社の金を横領して資金を都合する目処がついていた。
 では何故迷うかというと、恋人の簡簡(ジェンジェン)の存在だ。改延をやめて彼女と共に生きるか、別れて長寿を手に入れるか・・・
 技術の進歩は格差を埋めるどころか、さらに広げていく・・・てのはこの作品に限らず、現実世界でもありそうだが。


「月の光」
 ある夜、主人公の携帯電話に掛けてきた声の主は "未来の自分" だと名乗る。その未来では、地球温暖化のために上海が海に沈んでいるという。
 画期的な新技術を送るから、それを今から普及させろ。そうすれば温暖化が防げる。主人公のもとには、新技術の内容を示すファイルが十数本届いていた。
 未来を救う決意をした主人公だったが、そこに再び携帯電話で "未来の自分" が連絡してきた・・・
 過去に干渉しようとする歴史改編SFなのだが、このパターンの話、どこかで読んだような気もする。それくらい、時間SFとしてはある意味 "王道" のつくりなのだろう。


「人生」
 大脳の未使用領域には、実は前世代(母親)の記憶が保存されていたことが明らかにになった。それを利用して、胎児の脳と会話する技術が開発された。要するに、胎児と普通の会話が交わせるということだ。その結果、胎児に起こったことは・・・
 これは皮肉が効きすぎていて可哀想。


「円」
 秦の始皇帝に仕える学者・荊軻(けいか)が、円周率を計算する話。
 計算機の無い時代。荊軻は300万人の兵士を使って、人力の計算機を実現する。要するに人間ひとりに1ビットを担当させ、”人間コンピュータ” を形成させるのだが・・・
 同様の発想の作品は複数存在するけど(『アリスマ王の愛した魔物』[小川一水]など)、さすが中国、スケールが半端ない。
 ちなみに本作は長編『三体』中のエピソードのひとつを改作したものだとか。


 中国製のSFというのを初めて読んだけど、意外に違和感がなかった。むしろ懐かしさみたいなものを感じた。
 日本の1970年代あたり、小松左京をはじめとするSF第一世代の作家たちが書いていた、スケールが大きくて「いかにもSF」な話が溢れていた頃の雰囲気をちょっぴり思い出したよ。

 かと言って、劉慈欣の小説が古くさいわけではもちろんなく、現代的なアイデアや世界情勢に合わせてアップデートされている。
 さらに、途轍もない発想の雄大さには甲を脱がざるを得ない。それはやはり大陸で生まれ育ったせいなのか? 国が広いと発想もそうなるのだろうか。



タグ:SF
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機巧のイヴ 帝都浪漫篇 [読書・SF]


機巧のイヴ 帝都浪漫篇 (新潮文庫 い 130-3)

機巧のイヴ 帝都浪漫篇 (新潮文庫 い 130-3)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/01/29
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 人間そっくりの機巧人形(オートマタ:アンドロイド)・伊武(イヴ)を主役とした和製スチームパンクSFシリーズ、第3巻。
 前作『新世界覚醒編』から25年後の日下国(日本国)、女学校の生徒となった伊武と親友・ナオミの前にひとりの男が現れ、波乱の物語の幕が開く。

* * * * * * * * * *

 前作から25年後の通天12年(1918年)、伊武は帝都で女学校の生徒となっていた。"通天" というのは作中に登場する架空の年号で、"こちらの世界" の「大正」に相当する。だから伊武の世界でも浪漫とモダニズムの時代だ。

 伊武と並んで本作のダブル主役を務めるのはナオミ・フェル。世界的な企業であるフェル電器産業の社主マルグリッド・フェルの一人娘にして、女学校における伊武の親友だ。

 マルグリッドは前作の後、機巧人形の研究のために伊武を連れて日本へ移住、一時は結婚して娘を儲けたもののその後離婚、シングルマザーとしてナオミを育ててきた。
 ナオミの父親については、本作の中盤以降で物語に登場してくる。

 前作では少年だった轟八十吉(とどろき・やそきち)も既に四十代。帰国後に始めた工務店を大企業へと育て上げ、実業家として成功を収めている。
 一方で伝統的な武術・馬離衝(バリツ)の師範でもあり、教え子が多く警察官となっているので、警察組織へも一定の影響力を持っている。
 表向き、伊武は彼の "養女" となっているので、彼女の "戸籍名" は「轟伊武」である。


 物語の序盤は、まさにマンガ『はいからさんが通る』(大和和紀)の世界だ。
 女学校への通学に、人力車(専用車夫付き)の送迎を受けるナオミ、颯爽と自転車を駆る伊武。二人の学生生活が描かれていく。

 ある日、少女雑誌の表紙絵などを描いている姫野青児(ひめの・せいじ)画伯が女学校近くにある猫地蔵坂ホテルを定宿にしているという話を伊武から聞き込んだナオミは、彼に会おうとホテルに押しかける。

 ナオミはそこで林田馨(はやしだ・かおる)という男に出会う。彼は無政府主義者の活動家で、常に特高(特別高等警察:思想犯を追う)の監視/尾行を受ける身だった。
 林田の醸し出す "危険な雰囲気" に惹かれたのか、ナオミは彼のもとへしばしば顔を見せるようになる。ナオミの "初恋" が進行していくのと並行し、物語には次第に戦争が陰を落とし始める。

 そして帝都を大震災が襲い、それをきっかけに悲劇が起こる・・・というところで前編が終了。
 後編は10年後の1928年へ飛び、舞台は大陸、如州(にょしゅう)へ移る。

 如州は "こちらの世界" でいうところの満州国に相当する。そして後編のキーパーソンとして活躍するのは遊佐泰三(ゆさ・たいぞう)。
 彼は前編では憲兵隊大尉として登場し、後編では大陸の映画会社・如州電影協会理事長として再登場する。この経歴から分かるように、彼は "こちらの世界" での「甘粕正彦」がモデルだろう。

 後編では伊武も意外な役どころで登場し(なにせ彼女は歳をとらないから)、終盤では驀進する大陸横断鉄道(シベリア鉄道)に複葉飛行機が舞い、一大冒険活劇が展開する。


 物語は本巻で一区切りとなるが、謎のいくつか(それもけっこう大きなもの)は残されたまま。
 ラストシーン近く、機巧人形の起動/停止(覚醒/休眠)について、マルグリッドは "ある仮説" に到達するのだが、これが正しいなら、いつか再び伊武の物語は書かれるだろう。

 彼女自身は少女のまま、周囲の人々の世代だけが入れ替わっていく。このシリーズは伊武の物語であるのと同時に、彼女と関わりを持った人たちの物語でもある。次の時代に彼女を取り巻くのはどんな人たちなのか。

 私もぜひ伊武さんの "その後" が知りたい。そしてそのときは、"宿題" もしっかり解決してもらいたいものだ。



タグ:SF
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梟の胎動 / 梟の好敵手 [読書・SF]


梟の胎動 梟の一族 (集英社文庫)

梟の胎動 梟の一族 (集英社文庫)

  • 作者: 福田和代
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2023/12/07
梟の好敵手 梟の一族 (集英社文庫)

梟の好敵手 梟の一族 (集英社文庫)

  • 作者: 福田和代
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2024/01/11

評価:★★★


 忍者の末裔にして、眠らない特殊体質をもつ〈梟〉(ふくろう)の一族。彼らが隠れるように住んでいた山奥の里が壊滅して4年。
 一族の生き残りのひとりで、大学生になっていた榊史奈(さかき・ふみな)の前に現れたのは、並外れた臭覚をもつ〈狗〉(いぬ)の一族だった。
 さらに、〈梟〉の力を借りたいという男が現れるのだが・・・

 『梟の一族』、続編登場。

* * * * * * * * * *

 『-胎動』『-好敵手』は二ヶ月連続刊行され、内容的には前後編になっている。


『梟の胎動』

 太古の時代から存在し、眠らない特殊体質をもつ〈梟〉(ふくろう)の一族。その特性ゆえに忍者の供給源ともなって、その時代の支配者に仕えてきた。
 しかし彼らが隠れるように住んでいた山奥の里が急襲され、壊滅してしまう。それから4年。一族の長の孫だった榊史奈(さかき・ふみな)は東京で大学生となっていた。

 ある夜、史奈は彼女を尾行する男たちに気づく。鍛えた体術を以てしても、なぜか振り切ることができない。彼らが並外れた臭覚をもっていることに気づいた史奈は、それを逆手にとって逃げ延びる。

 その翌日、史奈は〈梟〉の力を借りたいという男・出水敏郎(いずみ・としろう)と逢うことに。彼の話では、エマリスタンという国が、国家を挙げて遺伝子改変による身体能力の強化、つまり "遺伝子ドーピング" を行っているらしい。
 それに関わっていた日本人研究者・十條(じゅうじょう)が、帰国後に消息不明になっているという。彼を探し出すことが出水の依頼だった。

 そして、史奈をつけ回していた男が再び接触してきた。彼は森山疾風(もりやま・はやて)と名乗り、自分たちもまた古代から続く〈狗〉(いぬ)の一族なのだという。

 彼によると、近々新しいスポーツ団体が旗揚げされる。「ハイパー・ウラマ」というその新競技は、バスケットボールと陸上のトラック競技と格闘技を融合させたような競技で、特筆すべきは、あらゆる人体強化の手段が許されるということ。ドーピング、遺伝子編集など、違法でない限り何をしても自由だ。そして〈狗〉の一族もその競技に参加するという。

 やがて正式発表された「ハイパー・ウラマ」は、かつてドーピングで選手生命を絶たれた "超有名アスリートたち" が大挙して参戦することが判明、一気に世間の注目を集めることに。

 史奈の従兄弟で、〈梟〉の一族でもある長栖諒一(ながす・りょういち)は、その体力を活かしてスポーツ用品メーカーのアテナと専属プロ契約を結んでいたが、彼もまた「ハイパー・ウラマ」への参戦を表明する。
 ただし、一切のドーピング行為無しの状態で、正々堂々と勝負し、そして優勝してみせる、と宣言する。

 しかし「ハイパー・ウラマ」は3人チームによる集団戦というルールを提示してきた。競技団体の裏側に遺伝子ドーピングや〈梟〉の一族を滅ぼそうという陰謀を感じ取った史奈は、諒一の妹・容子とともに彼のチームのメンバーとしてハイパー・ウラマへの参戦することになる。


『梟の好敵手』

 第一回ハイパー・ウラマ世界大会予選が開かれる。
 史奈の〈梟〉チームの他には、〈狗〉のチーム、ステロイドでガチガチに筋肉をつけたマッチョなチーム、かつてドーピングで失格となった選手のチームなど、"個性豊か" な総計13組が参加し、いよいよ一回戦が始まる・・・

 大会予選では、チームごとの戦いの模様を通じて、このゲームの異様さもまた描かれていく。史奈たち〈梟〉のチームと森山たち〈狗〉のチームの試合ももちろんある。
 ストーリーはこの大会予選の行方を追いつつ、出水敏郎の野望も明らかにしていく。しかし〈狗〉の一族の実態や決着のついていない要素も残され、そのために史奈が東京を離れて旅に出ることを決意するところで幕となる。

 この2巻で「第二部・完結」とはなるが、いつか書かれるであろう「第三部」に乞うご期待、というところ。



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機巧のイヴ 新世界覚醒篇 [読書・SF]


機巧のイヴ―新世界覚醒篇―(新潮文庫)

機巧のイヴ―新世界覚醒篇―(新潮文庫)

  • 作者: 乾緑郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/11/30

評価:★★★


 人間そっくりの機巧人形(オートマタ)・伊武(イヴ)を巡る物語、第2巻。
 1892年、万国博覧会開催が迫る新大陸の都市ゴダム。会場ではパビリオン建設が進んでいる。万博の利権を巡り、人間たちの権謀が渦巻く。
 そんな中、日下國のパビリオンに眠っていた伊武が覚醒する。

* * * * * * * * * *

 ”こちらの世界” でいうところの幕末期の江戸(作中では ”天府”)を舞台にした前作からおよそ100年後の1892年。
 場所は世界コロンビア博覧会(いわゆる万国博)の開催が一年後に迫った新大陸の都市・ゴダム(モデルはアメリカのシカゴ)。

 伊武は日下(くさか:日本)国を離れ、博覧会会場に建設中の日下國パビリオン「十三階」(前作に登場した建物を移築したもの)の最上階で眠って(機能停止して)いた。

 ゴダムには、万国博覧会を巡って様々な思惑や目的を持った人間が集まってくる。

 日向丈一郎(にゅうが・じょういちろう)は、日下に残した妻子のために、ある仕事を請け負う。「十三階」から伊武と、機巧人形が詳しく図解されている文書を盗み出すことだ。

 八十吉(やそきち)は15歳ほどの少年で、パビリオン建築現場で見習いをしている。「十三階」の中で伊武を目撃した八十吉は、その美しさに "一目惚れ" してしまい、それ以後は毎晩、真夜中になると最上階まで忍んでいき、ひたすら伊武を眺める日々を送っていた。

 ある夜、八十吉はいつも通り最上階で伊武を眺めていたが、そこには日向も忍び込んでいた。その時、伊武は突如として目を覚まし、活動を再開する。

 そしてもう一人の重要キャラがマルグリッド・フェル女史。
 新大陸では、商業電力の送電方式で争いが起こっていた。交流送電を推し進めるテクノロジック社と、直流送電を主張するフェル電器産業がしのぎを削っている、そのフェル電器の社主がマルグリッドだ。まだ20代の若さでありながら大企業を率いる身。
 彼女も万博会場の送電方式をフェル電器で握るため、ゴダムへとやってきた。

 ほぼ主役的立ち位置にいるのは日向だろう。新大陸に渡る前は、軍事探偵として大陸の華丹国(モデルは中国か)に潜入していた。このときの彼の行動は作中で明かされていくが、時には非道な振る舞いも行っていて、それがトラウマとなっている。
 伊武と出会うことによって、彼もまた予想外の道へと進んでいくことになる。


 本作では連作短編集から長編へと形式も変わったが、いちばんの変化はコメディ要素の増加だろう。
 前作では神秘的な雰囲気を纏っていた伊武さんなのだが、今作ではトボけた言動をみせるようになる。もともとこういう性格(?)だったのか、それとも100年にわたる機能停止のせいなのかは分からないが、読んでいてこちらの方が断然楽しく、彼女への感情移入度も増していく。

 マルグリッドは、眼鏡なしでは目の前にいる人の顔すら判別できない極度の近眼という設定で、彼女が出てくるシーンでは、毎回見当違いの相手に話しかけるのが "お約束のギャグ" になっている。
 幼少時から天才的なエンジニアの才能を開花させていたマルグリッドだが、伊武の存在を知ってからは「機巧人形」という、ある種のオーバーテクノロジーにのめり込んでいくことになる。

 万博都市・ゴダムを舞台に機巧人形・伊武の争奪戦が展開され、目覚めた伊武に関わった人々の運命が変転していく様が描かれていく。


 ちょっと先走るが、続巻の『機巧のイヴ 帝都浪漫篇』では本作の25年後が描かれる。八十吉、マルグリッド、そして日向の妻と息子も重要キャラとして登場し、日下と大陸を舞台に新たな物語が綴られる。
 こちらも読了しているので、近々記事に書く予定。



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機巧のイヴ [読書・SF]


機巧のイヴ(新潮文庫)

機巧のイヴ(新潮文庫)

  • 作者: 乾緑郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/02/16

評価:★★★★


 首都・天府に開かれた幕府から国を支配する将軍家、女系で継承される天帝家。そんなパラレルワールドの日本(と思われる国)で、美しき女の姿をした機巧人形(オートマタ)・〈伊武〉(イヴ)が誕生していた。
 〈伊武〉を巡る5つの物語を綴る連作短編集。

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 時代設定はこちらの世界の幕末頃かと思われる。科学技術のレベルも概ねそれくらい。そんな世界に於いて人間型ロボットである〈伊武〉は超科学的存在。
 物語は〈伊武〉が絡む物語から、やがて "彼女" の誕生の秘密へと迫っていく。


「機巧のイヴ」
 牛山藩の武士・江川仁左衛門(えがわ・にざえもん)は、闘蟋(とうしつ)会のあと、幕府精錬方手伝・釘宮久蔵(くぎみや・きゅうぞう)のもとを訪れる。江川は闘蟋会の報償として得た品と引き換えに、釘宮にある仕事を依頼する。それは、十三層(天府にそびえる高層建築。内部は遊郭)にいる遊女・羽鳥(はとり)とそっくりの機巧人形(オートマタ)を造ることだった・・・
 ちなみに「闘蟋」とは、コオロギを闘わせて勝敗を決めるもので、8世紀の中国が発祥の昆虫相撲の一種らしい。
 釘宮は機巧人形師としてはこの世界でNo.1の地位にある男で、この連作集にもレギュラーとして登場する。
 シリーズ劈頭を飾る本作は、SFであると同時によくできた本格ミステリでもある。けっこう昔の某有名SFマンガにも似たようなオチのものがあったが、テーマもシチュエーションも異なるので問題なし。


「箱の中のヘラクレス」
 湯屋(銭湯)で働く天徳鯨右衛門(てんとく・げいえもん)は18歳。恵まれた体格を活かして相撲で活躍をし始める。しかし八百長相撲に誘われ、それを拒否したために騒動に巻き込まれてしまう・・・


「神代のテセウス」
 公儀隠密・田坂甚内(たさか・じんない)は、幕府精錬方を探るよう命じられる。どうやら釘宮久蔵のもとへ、謎の大金が流れているらしい。
 やがて甚内は機巧人形(オートマタ)製造技術の出所、さらには天帝家の秘密に触れることになる・・・


「制外のジェペット」
 京の御所に暮らす今上帝は生来の虚弱で、世継ぎを産むことが期待できなかった。彼女の兄である比留比古(ひるひこ)親王と妃の間に女児が生まれたことをきっかけに(天帝家は女系で継がれていくことになっており、男子には帝位継承権がない)、幕府は譲位を迫っていたが、それは天帝家の勢力を削ぎ、支配下に置こうとするものだった。
 公儀隠密・田坂甚内はある密命を受け、今上帝に仕える娘・春日を御所から連れ出そうとするが・・・


「終天のプシュケー」
 天帝崩御から10年。数十年ぶりに開かれた天帝陵の中から、鉄製の厨子が見つかる。そこには『神代の神器』(かみよのじんき)が収められているという。そしてそれは、〈伊武〉などの機巧人形(オートマタ)製造技術の源でもあるはずだった。
 その厨子の中身と対面した釘宮久蔵は驚愕する。それは〈伊武〉そっくりの機巧人形(オートマタ)だったのだ・・・


 イヴはロボットであるはずなのだが、外見も言動も人間そのもの。見分けることはほとんど不可能なほど "完璧な人間" となっている。そしてそれが(こちらの世界では)19世紀頃の技術で造られているという。
 本書の初刊は2014年で、AI(人工知能)という言葉がこんなにメジャーになるとは想像もできない時代だったが、今になってみれば、人間と見分けのつかないような受け答えをするAIも絵空事ではない時代になってしまった。
 さて、本書の中に登場するオーバーテクノロジーにはどんな設定が隠されているのか、なかなか楽しみになってきた。

 上にも書いた機巧人形製造の秘密など、謎の一部を持ち越して本書は終わるが、その後『機巧のイヴ 新世界覚醒編』『機巧のイヴ 帝都浪漫編』と続編が出ていて、とりあえず3巻で完結しているらしい。
 どちらも手元にあるので、近いうちに読む予定。



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この恋が壊れるまで夏が終わらない [読書・SF]


この恋が壊れるまで夏が終わらない(新潮文庫nex)

この恋が壊れるまで夏が終わらない(新潮文庫nex)

  • 作者: 杉井光
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2022/04/26

評価:★★☆


 主人公は高校1年生の柚木啓太(ゆずき・けいた)。彼には "時を遡る" という特殊能力があったが、あまり活用もせずに生きてきた。
 だが高校に入り、恋をする。相手は図書委員の久米沢純香(くめざわ・すみか)。しかし夏休み最後の日、校舎裏で彼女の死体が発見される。
 純香を救うため、啓太は時を遡るのだが・・・

* * * * * * * * * *

 柚木啓太には、"時を遡る" という特殊能力が生まれつき備わっていた。頭の中で念じることで、きっかり12時間前の過去に遡ることができる。
 記憶はそのままなので何が起こるかは分かっている。その気になればテストで満点を取ることもできるし、ギャンブルも賭け放題。
 しかし、副作用として激しい頭痛と体力の消耗を伴うことから、滅多に使うことはなく、今まで生きてきた。

 そんな啓太だったが、高校へ入学早々、恋をしてしまう。相手は3年生の図書委員・久米沢純香。啓太も図書委員となり、放課後で彼女と過ごす時間はたまらない幸福のひとときだった。

 しかし夏休みの最終日、校舎裏で純香の死体が発見される。彼女を救うために啓太は時を遡るのだが・・・


 いわゆる "タイムリープもの"。この手の話では、一度の "巻き戻し" で事態は解決しないことが多い。その例に漏れず、本書でも啓太が12時間過去に戻って "やり直し" をしようとしても、結果的に純香の死を回避できない状況が続き、結果として何度もタイムリープを繰り返すことになる。

 "特殊能力" を繰り返し使うことで、副作用もだんだん激しく。だから遠からず限界が来るんじゃないか、ということも示唆される。
 体力を消耗し尽くして立ち上がることもできなくなるとか、能力が "擦り切れ" て行使できなくなるとか、最悪の場合は死んでしまうんじゃないかとか、読者はいろいろ心配するのだが、それでも啓太は "タイムリープ" を繰り返していく。まあこれも "お約束" だろう。

 啓太が自分の命を削るような思いをして救おうとする純香さん。基本はラブストーリーなのだから、メインヒロインの純香さんには、それだけの魅力がなければならないと思うのだけど・・・私には、彼女のキャラ設定がどうにも感情移入がしにくいものに思えるんだけどねえ。まあそのへんは人によるとは思うんだが。
 そして、それでも純香さん一筋を貫く啓太くんは、たいしたものだと思う。

 啓太が所属する美術部の2年生・道永佐世(みちなが・さよ)さん、啓太とは幼馴染みで同じ高校に通う水泳部の燈子(とうこ)さんなど、魅力的な女性サブキャラ陣もいるのだけれど、啓太くんは脇見はしない(笑)。

 もちろん終盤では純香さんの死の真相も明らかになる。途中からなんとなくそうじゃないかと思わなくもなかったのだけど、わかってみるとちょっと肩透かしな感じが否めない。
 加えて、さらにもう一つの事実が明らかになる。SFとしてはこっちのネタのほうがメインになるのかもしれないけど、これも唐突な気がする。

 どうもいまひとつ楽しめなかった、というのが正直な感想です。いろいろ書いてきましたが、私とは相性がよくない作品のようです。



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ポストコロナのSF [読書・SF]


ポストコロナのSF (ハヤカワ文庫 JA ニ 3-6)

ポストコロナのSF (ハヤカワ文庫 JA ニ 3-6)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2021/04/14
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 本書の刊行は2021年4月。コロナウイルス流行に伴う3回目の緊急事態宣言(最大21都道府県が対象)が出た頃だ。
 未だ出口の見えないコロナ禍の中で、19人のSF作家が「コロナ後」の世界をテーマに競作した書き下ろしアンソロジー。

* * * * * * * * * *

 いずれも文庫で20~30ページほど。

「黄金の書物」(小川哲)
「オネストマスク」(伊野隆之)
「透明な街のゲーム」(高山羽根子)
「オンライン福男」(柴田勝家)
「熱夏にもわたしたちは」(若木未生)
「献身者たち」(柞刈湯葉)
「仮面槽」(林讓治)
「砂場」(菅浩江)
「粘膜の接触について」(津久井五月)
「書物は歌う」(立原透耶)
「空の幽契」(飛浩隆)
「カタル、ハナス、キユ」(津原泰水)
「木星風邪(ジョヴィアンフルウ)」(藤井太洋)
「愛しのダイアナ」(長谷敏司)
「ドストピア」(天沢時生)
「後香(レトロネイザル) Retronasal escape」(吉上亮)
「受け継ぐちから」(小川一水)
「愛の夢」(樋口恭介)
「不要不急の断片」(北野勇作)

 いままでの日常生活がコロナによって変質していく様子を描いたもの、
 コロナに適応した生活に移行したはずが次第に異様な状況へ変質していってしまうさまを描いたもの、
 コロナと闘う医療従事者を描いたもの、
 コロナが蔓延してもいっこうに進歩しない人間の愚行を描いたもの、
 抗菌滅菌に異様に拘る人間を描いたもの、
 コロナ禍での男女の愛欲の有り様を描いたもの、
 ウイルスが次第に毒性を高めて人類を滅亡へ追いやっていく様を描いたもの、
 遙か遠未来にまでウイルスの脅威が残っている世界を描いたもの・・・

 コロナ禍のもと、将来に対する漠然とした不安から悲観的かつ過激な妄想まで、いろんなことを考えたと思うのだけど、SF作家さんはそれらを独自に拾い上げて作品に仕立て上げている。

 歳をとるに従って、新しいSF作家さんの作品に対して理解に苦しむことが多くなってきた(笑)のだけど、今回は「コロナ禍」というテーマの縛りがあるせいか、比較的分かりやすいものが多かった印象。



タグ:SF
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人ノ町 [読書・SF]


人ノ町(新潮文庫nex)

人ノ町(新潮文庫nex)

  • 作者: 詠坂雄二
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/08/09

評価:★★


 かつて栄えていた高度な文明が衰退した、おそらくは遠未来と思われる地球。そこを旅する女性が6つの町を巡っていく。行き先々で出会う人々の営みに関わりながら。やがて明らかになる彼女の目的と正体とは・・・


 文明が崩壊しつつある世界を巡る旅人は、さまざまな町を訪れる。そこで行われる、人々の不思議な営みや、不可解な事件の中に、"意味" を見いだしていく連作短編集。
 広義のミステリとも云えるが、それよりはファンタジーやSFの雰囲気の方が勝るように思う。


「風ノ町」
 旅人がやってきたのは、常に風が吹いている町。
 いたるところに風車があり、動力や発電装置として利用されている。そこで旅人は風来(フェンライ)に出会う。風を動力として動き続ける、大小様々な骨格模型のような装置だ。
 その町では、先週、風車を管理している電力屋が亡くなった。風で折れた風車の羽根に押し潰されたのだと云うが・・・


「犬ノ町」
 凍死寸前だった旅人は、一頭の老犬に救われた。辿り着いたのは犬ノ町。
 老犬の飼い主は旅人を町に住む学者と引き合わせる。学者は考古学的、生物学的、あるいは社会学的観点から、"犬" の定義について長々と語り始める。
 そして翌朝、学者は死んでいた。自殺か他殺か判然としない状況で・・・


「日ノ町」
 一年を通して日差しが強く乾燥した気候。乏しい農作物で細々と生きる町。
 しかしそこには "玉座" があった。巨大な立方体の形状をした、用途不明の建造物だ。
 旅人は聖職者と思われる男と出会い、"玉座" について問う。しかし男も町の住民たちも、何らかの宗教施設であろうくらいの認識程度しかないようだ。
 旅人はひそかに "玉座" への潜入を図るが・・・
 "玉座" の正体はけっこう意外。読んでいると忘れそうになるが、この世界は遠未来なのだと云うことを改めて思い出させる。


「北ノ町」
 一年の大半を氷に閉ざされる海岸にあり、極光(オーロラ)が見られる北ノ町。
 旅人はそこで "氷穴掘り" に就く。氷河の底から、旧文明の遺物を掘り出す仕事だ。しかし仕事の初日に、旅人は氷の中に人の屍体を見つけてしまう・・・


「石ノ町」
 無数の石積みが残された廃墟の町。そこに旅人と商人と医師が訪れる。そして町中では医師が何者かに襲われる。襲撃者は、注射器で医師の血液を抜いていったというのだが・・・


「王ノ町」
 大河を挟んで栄える町。そこを統べる王は、一代でこの町を築いたという。
 治安を守り、争いごとを鎮め、堤防を築いて災害を防ぐ。治水のための堰堤(川の流れをせき止める小規模なダム)上に居を定めている。
 そこへやってきた旅人は、王が会談を希望していると告げられる・・・


 4話目の「北ノ町」のラストは驚かされた。なんとなく6つの話は時系列順になっていたと思い込んでたのが、実はランダムに並んでるのかも? って。
 でも次の「石ノ町」でその疑問は氷解する。同時に旅人の正体も目的も明らかに。
 そして「王ノ町」に至ると、旅人は○○○○○○○だった可能性に気づかされる。
 基本はSFで、異世界ファンタジー的雰囲気も強く感じる短編群なのだけど、最後まで読んでみると意外とミステリ要素も潜んでたんだなと思った。



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NOVA 2021年 夏号 [読書・SF]


NOVA 2021年夏号 (河出文庫)

NOVA 2021年夏号 (河出文庫)

  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2021/04/03
  • メディア: 文庫

評価:★★☆


 書き下ろしのSF短編を10作収めたアンソロジー。

 目次のページに、各作品について書かれた "ひと言" があるので、それを掲げます(< >で囲んだ部分がそれ)。


「五輪丼」(高山羽根子)
 <2020年、僕の入院中に、東京でオリンピックが開催されたよね?>
 2020年の夏、世間から隔絶された三ヶ月の入院を終えた "おれ" は退院した。世間ではオリンピックが開催されたらしい、という情報が流れているが、"おれ" にとってはどうにもあやふやだ。果たしてオリンピックは開催されたのか?
 間接的な情報だけが肥大化していくと、事実が不明になってしまう・・・という現代を皮肉った作品、なのだろうなぁ。


「オービタル・クリスマス」(池澤春菜 堺三保:原作)
 <宇宙ステーションV3が放つ、優しい奇跡。堺三保第一回監督作品原作、池澤春菜の初小説。>
 宇宙ステーションに月から密航してきた少年。彼の母親は先週病死していた。離婚した父親が住む地球に降りようとしていたらしいが、父親がいた成田空港は核テロ攻撃を受けていた・・・
 父親の消息をつかむためにステーション・クルーのアリが奮闘する、ちょっといい話。池澤春菜さんは声優にして文筆家のようです。


「ルナティック・オン・ザ・ヒル」(柞刈湯葉)
 <丘の上の兵士は地球が回るのをただ見ていた。ギャグ漫画みたいに間抜けな戦争が続いている。>
 月と地球が戦争状態になる。月側の兵士二人は地球を見上げながら、月面上で過酷だがマンネリ化した戦闘を繰り返していたが・・・


「その神様は大腿骨を折ります」(新井素子)
 <「あの、あたしは山瀬メイって申します。"やおよろず神様承ります" って仕事をしてまして」>
 『NOVA 2019年 春号』掲載の短編がシリーズ化されたみたい。困っているひとに、"ぴったりな神様" を紹介して回るという山瀬メイさん。今回はブラック企業に勤める井上くんに、"俺がんばるな" の神様をオススメする話。
 新井素子さん、1977年に高校2年生で作家デビューというスゴい人。なのでキャリアは40年以上。でも作風というか作品の雰囲気はずっと変わらない。これはたいしたもの。


「勿忘草 機巧のイヴ 番外編」(乾緑郎)
 <「私のお姉様になってくださいまし」失われた手紙が生んだ帝都の浪漫。>
 パラレルワールドの江戸時代にアンドロイド・伊武(イヴ)が造られた・・・というスチームパンク的SFシリーズ・・・といっても、本編読んでないんだよね。長編で3冊あって、みな手元にあるんだけど。近いうちに読もう(笑)。


「自由と気儘」(高丘哲次)
 <大戦時に日本が開発したゴーレムに課せられた最後の使命は、猫の世話だった。>
 連合国が投入したゴーレム兵によって、大戦に敗れた日本。国内でもゴーレム兵の研究は進んでいたが間に合わず、完成したのはわずか一体のみ。それが本作の主人公兼語り手の "私" だ。
 大戦後、"私" は製造者・川田隆二に仕えていたが、彼は5年後に病死する。その遺言で、"私" は川田の財産の管理を任されるが、それには彼が生前に飼っていた猫・小雪の世話も含まれていた・・・
 猫とゴーレムの交流を描くという、ちょっとファンタジーがかってはいるが、いわゆるロボットSFの一種だろう。機械仕掛けではなく、「ゴーレム」という神秘的な要素をうまく取り入れてるのがミソか。


「無脊椎動物の想像力と創造性について」(坂永雄一)
 <市内全域を無数の蜘蛛の巣に覆われた古都、京都の全面的な焼却が決定された。>
 遺伝子操作された蜘蛛が大学の研究室から逃げ出したことによって、京都全域が蜘蛛の巣に覆われる。その中心となったかつての大学の廃墟に、当時は学生で今は研究者となった者たちが調査に入ることになって・・・
 往年の円谷特撮TV(『ウルトラQ』や『怪奇大作戦』)みたいな雰囲気を感じさせる破滅SF。


「欺瞞」(野崎まど)
 <最も高等かつ極めて高尚な精神を獲得した神に等しい生命の一個体への愛の手紙。>
 ごめんなさい。私はこの作品が全く理解できませんでした。


「おまえの知らなかった頃」(斧田小夜)
 <遊牧民の語り部と天才プログラマーの間に生まれた少年よ、おまえの母の成した秘密を語り聞かせよう。>
 競技プログラミングの世界で天才と謳われたヒロインは精神を病み、リハビリを兼ねてチベット自治区の精密機械再生工場で働き始めるが・・・
 ところどころよく分からないが(笑)、ハッピーエンドらしいので良しとしよう(おいおい)。


「お努め」(酉島伝法)
 <ランタンの灯る居室を出、果てしない廊下を巡り、今日も食堂へ。美食に舌鼓を打ち続ける男の任務。>
 毎日、居室と食堂を往復して美食を食べるだけの男。彼は何のために生きているのか?
 十年一日のような平穏な序盤から、ラストは大規模なカタストロフに突入する。うーん、わかったような、わからないような(笑)。



タグ:SF
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件 もの言う牛 [読書・SF]


件 もの言う牛 (講談社文庫)

件 もの言う牛 (講談社文庫)

  • 作者: 田中啓文
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/12/15

評価:★★★


 大学生・美波大輔(みなみ・だいすけ)は、岡山県の山中で謎の一団が牛の出産に立ち会う "儀式" を目撃する。そこで生まれた仔牛は、人語を話し、時の首相の寿命を告げて絶命した。
 それは、牛から生まれ、予言をしてたちどころに死ぬという、伝説の "予言獣・件(くだん)" が誕生した瞬間だった・・・


 大学生・美波大輔は、卒論のために全国の一言主(ひとことぬし)神社を取材中。岡山県の山中にやってきたが、そこで豪雨に遭ってしまう。そこで斜面の崩落に巻き込まれた女子高生・浦賀絵里(うらが・えり)を救い、彼女の実家である畜産農家に泊めてもらうことに。

 その夜、大輔と絵里は謎の一団が牛の出産に立ち会う "儀式" を目撃する。そこで生まれた仔牛は人語を話し、時の首相の寿命を告げて絶命した。それは、伝説の "予言獣・件 "が誕生した瞬間だった。
 謎の一団は2人の存在に気づき、絵里は捕らえられてしまうが、大輔はなんとか逃げ出すことに成功する。

 一方、東京では首相が急死し、後継者選出を巡って混乱の中にあった。そんな中、朝経新聞の政治部記者・宇多野礼子(うたの・れいこ)は、次期首相候補の一人・鵜川陽介(うかわ・ようすけ)が「みさき教」という団体の施設に出入りしていることをつかむ。
 「みさき教」は宗教法人ではなく、実態が全く分からない謎の団体だった。しかしそのことを伝えられた礼子の上司は顔色を変え、「みさき教はタブーだ。関わるな」と言い出す。

 村口毅郎(むらぐち・たけろう)は奈良県警の刑事。礼子の高校時代の同級生で元カレでもある。別件で「みさき教」を追っていた村口は、礼子と共闘することになる。

 絵里を救出すべく岡山へ戻った大輔は、礼子・村口とも合流し、日本政界の裏で蠢く陰謀に迫ることになる。
 やがて彼らは「みさき教」が古代からその時々の政権の陰にあり、「件」を利用して政治を動かしてきたことを知っていく。

 現代の科学技術を用いて、さらなる勢力拡大を目指す「みさき教」。政府はもとより警察、マスコミまで操り、日本全土が彼らの支配下に入っていく終盤は、ホラーというよりディストピア・テーマのSFのような雰囲気を感じる。
 圧倒的な権力を手にした「みさき教」の野望を、大輔たちは打ち砕くことはできるのか・・・


 作者お得意の "ダジャレネタ" は封印し(笑)、シリアスなストーリーが進行していく。とはいっても大輔と絵里の会話はユーモアたっぷりで、それが随所にある陰惨な描写(けっこうホラーでスプラッターだったりする)を緩和しているともいえる。

 歴史的背景もけっこうきっちり固めてあるみたいで、伝奇要素も興味深く読ませる。物語のとっかかりである「一言主神社」は全国にあるらしいのだが、茨城県常総市にもある。
 実は、毎年この神社の前を通って初詣に行ってる(ちなみに初詣先はお寺)。作中ではこの常総市の一言主神社にも言及があって、ぐっと身近に感じてしまったよ。この次はちょっと寄り道してみようかな、なんて思った。


 あんまり書くとネタバレになるのだけど、このラストは皮肉が効いていてよくできてる。ここは笑うべきシーンのはずなのだけど、一抹の恐ろしさも感じる。ホラーSFのエンディングとしてはいい案配だと思う。



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