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嘘があふれた世界で [読書・その他]


嘘があふれた世界で(新潮文庫nex)

嘘があふれた世界で(新潮文庫nex)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2024/02/28

評価:★★☆


 平成生まれの作家6人+杉井光(『世界でいちばん透きとおった物語』作者)による7編を収録した短編集。

* * * * * * * * * *

「かわうそをかぶる」(浅倉秋成)
 カワウソをイメージしたキャラクターを "かぶって" 活動している人気VTuber・天露(あまつゆ)ゆゆ。彼女と交際しているという噂のあった人気音楽クリエイター「うみの」こと野村海斗(のむら・かいと)が刺殺されるという事件が起こった。犯人は22歳のフリーターで、ゆゆの熱狂的なファンだったらしい。
 幼少期から人気VTuberになるまでの屈折した半生が、ゆゆの独白によって綴られていくのだが・・・
 virtual と real の境目があやふやな現代だが、送り手にとってもそのギャップが苦痛になることもあるかもしれない。


「まぶしさと悪意」(大前栗生)
 15秒の動画が投稿、配信できるアプリ・TipShot。私立布川名和手(ぬのかわなわて)高校に入学してきた赤羽海荷(あかばね・うみか)は、TipShotに投稿した動画が一週間で100万回再生を突破し、一躍人気者となった。学校内では彼女に追随するものが続出し、布川名和手高校は「TipShot強豪校」と呼ばれるようになった。
 しかし3年生に進級した海荷は動画投稿を停止してしまう。若手教師・鮎田小恵子(あゆた・さえこ)は海荷からその理由を聞き出そうとするのだが・・・
 ネットの人気者は憧れの対象なのだろうが、身近な人がそれになってしまうと周囲の人間は平穏ではいられなくなってしまう。それもまた人の情。


「霊感インテグレーション」(新名智)
 霊能力者と相談者のマッチング・サービス(おいおい)を提供するアプリ『スピスタ』。しかしこのアプリによって霊能力者・天津琉依子(あまつ・るいこ)が複数のユーザーから誹謗中傷を受け、自殺したという。
 しかしその後、彼女のアカウントからプッシュ通知(ユーザーに対するお知らせ機能)が届くようになった。そこには誹謗中傷に加担した者の氏名や、その者に対する呪詛の言葉が書き連ねてあるらしい。
 主役は『スピスタ』のメンテナンスを請け負ったソフト会社ピーエム・ソリューションズの社員・多々良。若いが複雑な経歴を持つ彼女がこの謎を巡る騒ぎに巻き込まれていく。
 アプリの謎よりも、多々良さんの出自の方がよっぽど謎だったりする。彼女の話をもっと読みたくなったよ。彼女を主役にした連作とか、ないのかな?


「ヤリモク」(結城真一郎)
 40代のイケメンである ”僕” には、大学生の娘・美雪(みゆき)がいる。最近、外泊が多くなり、身の回りに派手で高価な物が増えてきた。ひょっとしたら何か良からぬことを・・・
 娘の素行を心配しながらも、"僕" はマッチングアプリで女を漁っている(おいおい)。今夜も女子短大生を "お持ち帰り" しようとしているのだが・・・
 ラストはいろんな意味で予想外の展開。


「あなたに見合う神様を」(佐原ひかり)
 主人公・亜子(あこ)は、クラスメイトの権藤(ごんどう)さんと親しくなった。彼女はダンス系YouTuberのWataruの大ファンで、それが高じて自分でもダンスの動画をアップし始めていた。
 亜子は、学校の友人関係では同調圧力に晒され、家庭内では父と妹の不和に板挟みになっている。唯一のよりどころだったのが権藤さんだったのだが・・・
 現代の女子高生って、オジサンには想像もできないたいへんな環境で生きているんだ・・・ってのが分かる一編。


「タイムシートを吹かせ」(石田夏穂)
 "私" は過去3年間、会社の給与システムに違法アクセスしてタイムシートを改竄し、残業代を水増ししていた。
 3年前、現場一筋だった「レジェンド」社員が65歳になったのを機に本社勤めとなり、"私" の隣の席となった。彼の長大な自慢話につき合い、セクハラ発言に耐え、IT音痴の彼がPCを扱うときはほとんどつきっきりで世話する "介護" 状態。その腹いせからタイムシートをイジるようになったのだが・・・
 作中の「レジェンド」はかなりデフォルメされてるが、程度の差はあれ、彼のような人物はどこにもいるだろう。退職直前の私もそうだったのかもなぁとちょっと反省。


「君がため春の野に」(杉井光)
 長編『世界でいちばん透きとおった物語』のスピンオフというか後日談。ストーリー的には独立しているけど、もちろん『世界で-』を読んでいた方が、より楽しめるだろう。
 父親の死をきっかけに巻き込まれた騒ぎを小説化し、作家デビューしてしまった "僕"。作家としての未来がかかった2作目だが、編集者の深町霧子さんの指導のもと、無事にアンソロジー用の新作短編を脱稿した。
 そのアンソロジーの選者から食事会に誘われた "僕" は、そこで奇妙な話を聞く。ミステリ好きで有名な人気アナウンサー・薗田芹香(そのだ・せりか)は、夫でベテラン推理作家だった橋爪錬太郎(はしづめ・れんたろう)を亡くした。
 しかし夫のSNSアカウントはまだ動いていて、未だに "つぶやき続けている" のだ。それも、いかにも "夫がつぶやきそうな内容" なのだという。アカウントのパスワードが分からないため、芹香の手で止めることもできない。
 "僕" をはじめ、会の参加者たちであれこれ推理を巡らすが決定打は出ない。しかしそれを聞いた霧子さんは・・・
 『世界に-』を読んで "僕" の行く末を心配した人(私もだ)は、本作を読んでちょっぴり安心するだろう。



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