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飢え渇く神の地 [読書・ファンタジー]


飢え渇く神の地 (創元推理文庫)

飢え渇く神の地 (創元推理文庫)

  • 作者: 鴇澤 亜妃子
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/04/24
評価:★★★★

 10年前に消息を絶った ”家族” を探し続ける主人公。その手がかりを得た彼は西の砂漠の奥深くへ向かう。そこで暮らす謎の教団には、隠し通してきた巨大な秘密があった・・・


 ファンタジーといえば、中世ヨーロッパ風な舞台が多いのだけど、この作品はちょっと異色だ。


 この世界には、ひとつの海を挟んで南北に2つの大陸がある。

 北の大陸にはヨーロッパ的な列強諸国があり、南の大陸には中東地方を思わせる遺跡群とそこに暮らす人々、その西には砂漠が広がる。

 南の大陸に遺された伝説では、西の砂漠は死の神ダリヤが支配する地。飢え渇き、満たされることを知らないダリヤは、妻である豊穣の女神アシュタールの肉体をも食べ尽くしてしまう。遺されたのは、女神の心臓石のみ。
 その心臓石から生み出される ”願い石” は、一つ割れるごとに願いごとを一つ叶えてくれる。その心臓石は、砂漠のどこかに守護者シュトリとともに眠っているという・・・

 北の大陸諸国にはある程度の機械文明が発達しているようだ。飛行機が実用化されていることから、”こちらの世界” でいうところの20世紀初め~中頃くらいの技術水準と思われる。
 それに対する南の大陸の描写も含めて、作品世界は「インディ・ジョーンズ」シリーズを彷彿とさせる。


 主人公カダム・オーウェンは20代後半の青年。大学で考古学の博士号まで取りながら、南の大陸で遺跡の地図をつくることを生業としている。

 亡くなったカダムの父デニスと、その親友のロジェ・ブランシュはともに考古学者だった。カダムはロジェの一家で家族同様に育てられてきたが、10年前にロジェと彼の一家(娘夫婦と孫娘)は遺跡調査のために西の砂漠へ向かい、そのまま消息を絶っていた。カダムはそれ以来、”家族” の行方を捜し続けてきたのだ。

 ある日、カダムの前にレオンという若い宝石商が現れる。警備隊に負われているらしい彼は、砂漠への道案内としてカダムを雇う。

 レオンとともに砂漠の街ガーフェルへやってきたカダムが見たのは、ガラ・シャーフ教団の呪殺士の一団。人を呪い殺すことができると言われている者たちだ。

 カダムはその中に10代半ばの少女がいることに気づく。彼女の顔にロジェの孫娘ソフィーの面影を見いだすカダム。失踪当時5歳だった彼女は、生きていれば15歳のはず。カダムは西の砂漠の奥深く、ガラ・シャーフ教団が暮らすトクサの砦へと向かうが・・・


 インディ・ジョーンズみたいな派手なアクションはないが、教団内部の権力闘争、ロジェの一家が失踪した真相、そして自らの欲望を叶えるべく ”願い石” を求める者たちの暗躍、そしてカダム自身の出生の秘密まで、様々な運命が絡み合う濃密な物語が展開して読み手を飽きさせない。

 第2回創元ファンタジィ新人賞受賞者の長編第2作。文庫で約480ページあるけれど、きれいにまとめ上げてあって新人離れした筆力だと思う。
 新人章受賞作『宝石鳥』は単行本での刊行。文庫化されたら読みます(笑)。



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死神さん 嫌われる刑事 [読書・ミステリ]


死神さん 嫌われる刑事 (幻冬舎文庫)

死神さん 嫌われる刑事 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 大倉崇裕
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2022/07/07
評価:★★★☆

 主人公・儀藤堅忍(ぎどう・けんにん)警部補は、無罪判決が確定した事件を再捜査するという、一風変わった、しかも特殊な任務を負って行動している。

 彼の決め台詞は「逃げ得は許さない」。罪を負うことなく逃げおおせようとする真犯人を追い詰めていくのが儀藤警部補の仕事だ。

 しかしそれは、捜査にあたった者から見れば「真犯人を見つけられなかった」、あるいは「有罪に持ち込めるだけの証拠を挙げられなかった」わけで、”捜査における失態” をほじくり返されることでもある。だから儀藤はどこに行っても邪魔者扱い、冷遇されることになる。

 警察官仲間からは ”死神” と呼ばれて忌み嫌われる儀藤警部補の活躍を描く、シリーズ第2巻。短編4作を収録している。


「死神 対 天使」
 警視庁鑑識課検視係の川代翔子警部は職務に厳しく、同僚や部下に対してパワハラまがいの言動を繰り返していた。そのため上司から大学講師としての出向を命じられてしまう。
 憤慨する翔子の前に現れたのが儀藤警部補。彼女が過去に検視した殺人事件の再捜査をするという。
 2年前、城南病院に入院していた資産家・三谷仁之助が筋弛緩剤を投与されて殺害された。犯人として看護師・船津文子が逮捕されるが、敏腕弁護士・福光万太郎の尽力で無罪を勝ち取っていた。
 翔子をパートナーに再捜査に当たる儀藤の前に、安楽死を請け負う『死の天使』なる者の存在が浮上する・・・
 


「死神 対 亡霊」
 警視庁捜査三課の宇佐見一成は、捜査方針を巡って上司に楯突いたために現場から外され、同僚からも相手にされなくなってしまう。
 生きる気力を失った宇佐見の前に現れたのが儀藤警部補。宇佐見が3年前に担当した、元質屋経営の安達文平が撲殺された事件を再捜査するという。この事件では窃盗常習犯・座間伸介が逮捕されたが裁判では無罪となっていた。
 宇佐見をパートナーに再捜査を始める儀藤。座間の居所を知るために、宇佐見はまず、通称 ”山一(やまいち)” という空き巣狙いを捕まえる。3年前の事件のことを聞かれた山一は、犯人は ”亡霊” だと言い出すのだが・・・


「死神 対 英雄」
 数多くのトラブルを引き起こし、”不祥事のデパート” と呼ばれた交通課警察官・富藤歩(とみふじ・あゆみ)。
 警察を退職し、縁あってスーパー『ジャンボキング』三軒茶屋店で働いている彼女の前に現れたのが儀藤警部補。3年前、『ジャンボキング』祖師ヶ谷大蔵店で起こった強盗殺人事件を再捜査するという。
 覆面の2人組が押し入り、ナイフを振り回した。たまたま来店していた三軒茶屋店長(当時)だった田坂典文が、客をかばおうとしてナイフに刺され死亡した事件だ。犯人として逮捕された兄弟2人組は、その後アリバイが成立して無罪となっていた。
 歩をパートナーに再捜査を始める儀藤だが、当時の関係者の話を聞いていくうちに、”英雄”・田坂の意外な一面が明らかになっていく・・・


「死神 対 死神」
 警視庁副総監・亀島秀康は、彼が15年前に捜査にあたった殺人事件の犯人・大殿(おおどの)浩介の死刑執行を明日に控えていた。
 そこに儀藤警部補が現れる。彼に導かれるまま、元最高裁判事・磯谷達樹に引き合わされる亀島。末期がんで死の床にあった磯谷は告げる。「大殿の命を救ってほしい」「彼への判決は間違いであった」と。
 亀島をパートナーに再捜査を始める儀藤。しかし刑の執行は明日正午。タイムリミットまでわずか24時間・・・

 副総監でさえ、儀藤に指名されたらその指揮下に入らなければならないのだから、たぶん彼は警視総監(あるいはそれより上)からの命令で動いてるんだろうなぁ・・・とか思ったり。


 前巻の記事でも書いたが、どれもミステリとしてよくできているのはもちろんだが、毎回儀藤から指名されるパートナーのキャラクターがとても面白い。

 初めは儀藤のことを文字通り ”疫病神” のように忌み嫌う。同僚や上司の捜査上のミスを見つけ出す仕事の片棒を担いだら、「もう自分の出世は絶望的だ」と思い込む。
 しかし儀藤とともに捜査を進めていくうちに、彼の不思議な魅力に感化されていき、事件が解決した後には、”パートナー” たちはみな笑顔になっている。

 事件が解決しても、彼ら彼女らは決して不幸にはならない。それどころか、未来に希望を抱くようにさえなっている。儀藤の存在を通して、パートナーたちが自分の人生を取り戻してゆく姿が感動的だ。 

 「死神 対 英雄」の最後の一行で示される歩の着地点には思わず頬が緩んでしまうし、「死神 対 死神」のラストで亀島が浮かべる不敵な笑みには、映画のワンシーンみたいでシビれてしまう。



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金田一耕助の冒険 [読書・ミステリ]


金田一耕助の冒険 (角川文庫)

金田一耕助の冒険 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/06/10
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

 横溝正史復刊シリーズの一冊。
 「~の中の女」というタイトルで統一された11編を収録しているけど、作品相互につながりはない。


「霧の中の女」
 霧深い夜、銀座の宝石店で万引きをした女は、店員を刺し殺して逃亡する。

「洞(ほら)の中の女」
 引っ越した先の家の庭にある大木。その洞からセメント漬けの女の死体が。

「鏡の中の女」
 カフェの鏡に映った女の唇から、読唇術で殺人計画を読み取った女性は。

「傘の中の女」
 海水浴場。金田一の隣のビーチパラソルの下で、女の死体が発見される。

「鞄の中の女」
 自動車のトランクの中にあって死体と思われたものは、実は彫刻だったが。

「夢の中の女」
 ”夢見る夢子さん” と呼ばれていたパチンコ屋の看板娘が殺される。

「泥の中の女」
 訪ねた家の中に死体を発見した女。巡査を呼んできたら死体は消えていた。

「棺の中の女」
 美術館から運び出された石膏像の中から、死体が現れるが。

「瞳の中の女」
 1年前、頭を殴られて記憶を失った男。唯一残った記憶は、ある女性の面影。

「檻の中の女」
 隅田川を漂うボートの上に、若い女を閉じ込めた鉄格子の檻が載っていた。

「赤の中の女」
 新婚の夫婦がそれぞれの知人に出会い、翌朝、新妻の死体が海に浮かぶ。


 それぞれ文庫で30~60ページとコンパクトなのだけど、かなりバラエティに富んだ作品集。横溝正史という人の引き出しの多さを改めて感じる。

 角川文庫の復刊シリーズは、この後はジュブナイル作品の復刊に移行してしまって、一般向けは終わってしまったみたい。復刊してほしい作品はもっとあるんだけどね。
 でもまあ、ジュブナイルも読んでみようかと思う。個人的には『怪獣男爵』を楽しみにしてる。



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名刀月影伝 [読書・ミステリ]


名刀月影伝 (角川文庫)

名刀月影伝 (角川文庫)

  • 作者: 高井 忍
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2016/11/25
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

 私はよく知らないのだけど、世は ”刀剣ブーム” らしい。それに便乗したわけではないだろうが、本作は世に伝わる ”名刀” の調査、場合によっては真贋の鑑定まで行う2人組の武士の活躍を描く、連作時代ミステリ短編集。


「第一話 陰陽小烏丸」

 刀剣商・大和屋喜兵衛が平家に伝わる宝剣・小烏丸(こがらすまる)を入手したという。しかし小烏丸は現在、旗本・伊勢家が保有している。ならばどちらかが贋刀のはずだ。

 白河藩主・松平定信から調査を命じられたのは、家臣の山本助十郎(すけじゅうろう)と林幹之助(みきのすけ)という若侍2人組。

 助十郎は剣の達人、ついでに頭も回る。本書ではホームズ役といっていいだろう。幹之助は高名な絵師の義弟で、自身も絵が得意な青年で、ワトソン役といった役回り。

 調査を続けるうちに2人は意外な陰謀に出くわして、最期は剣戟シーンも。


「第二話 楠龍正宗」

 江戸市中で騒ぎを起こした2人は、ほとぼりが冷めるまで上方行きを命じられる。

 廻船問屋・灘屋(なだや)善兵衛が所有する刀剣・楠龍(なんりゅう)正宗を見せてもらいにいくが、善兵衛の娘が誘拐され、身代金代わりに楠龍正宗が要求されるが・・・


「第三話 八幡則国」

 2人は南河内の誉田(こんだ)八幡宮を訪れるが、そこに所蔵されていた名工・粟田口則国(あわたぐち・のりくに)の刀剣が盗まれる。
 しかし助十郎は巧妙な盗みの手口を喝破する。


「第四話 天狐宗近」

 三条宗近(むねちか)の刀剣を所蔵する寺を訪ねた2人だったが、既に何者かにすり替えられてしまっていた。

 同じく宗近の太刀を所蔵するという別の寺に向かうが、その途中、大和柳生家の家臣・狭川新兵衛の率いる一団と出会う。

 さらに2人連れの勧進比丘尼も加わるが、寺に到着した夜に比丘尼の1人が殺されてしまう・・・


 本来は武器であるはずの刀剣が、時代を下るにつれて宝飾品として取引されるようになり、位置づけが変わっていく。
 刀剣についてはからきし無知な私なのだが、それでも楽しく読めたのは、刀剣の歴史や由来が興味深く描かれていたからだろう。

 基本的には刀剣を巡る2人の武士の旅を描き、毎回最期には助十郎の立ち回りがあって、サービス満点。ミステリとしてのつくりも、この時代ならではのトリックであったり動機であったり。

 最終話のラストでは、助十郎がまさに獅子奮迅の死闘を演じることになる。
 そして最期に意外な展開が待っている。それまで、ミステリとして合理的な物語が綴られてきたものが、ここで大きく転換していく。
 正直言って、かなり驚いたし戸惑いもした、でも、”時代劇” というものを一種の ”異世界ファンタジー” として捉えれば、納得もできるかな。

 でもまあ、受け入れられない人もいるだろうな、というのは思うけど。



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幽霊座 [読書・ミステリ]


幽霊座 (角川文庫)

幽霊座 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/05/24
  • メディア: 文庫
評価:★★★

 横溝正史復刊シリーズの一冊。
 中編3作を収録している。


「幽霊座」

  大正時代の初めに創立された稲妻座は、歌舞伎の専用劇場。大手資本が進出してくる中でも独立を保つことができたのは、人気歌舞伎役者・佐野川鶴之助を擁していたため。

 しかし昭和12年(1937年)、当時30歳だった鶴之助が、千秋楽興業の最中に劇場から姿を消してしまう。その後の消息も知れず、生死も不明のまま。

 この鶴之助最期の舞台を観客席で見ていた人々の中に、若き日の金田一耕助もいた。作中の描写によると、金田一は20歳頃から鶴之助と個人的に親交があったという。しかし彼をしても真相は解明されないまま終わってしまう。

 まあこの頃の金田一は、まだ探偵ではなかったし、調査のノウハウもまだ身につけていなかっただろうから。
 ちなみに、作者の言葉によると金田一耕助は大正2年(1913年)生まれなので、このとき24歳のはず。そしてこの後すぐに渡米してしまうわけだ。

 そして鶴之助失踪から17年後。主役に鶴之助の息子・雷蔵を迎えて、鶴之助の追善興行が行われる。しかし楽屋には毒入りのチョコレートが贈られ、連続殺人が始まる・・・

 地方の旧家を舞台にして血族間の骨肉の争いを描いてきた横溝が、本作では歌舞伎界を題材に選んだ。人気役者の一族にもまた、封印された秘密があり、それが惨劇の引き金となっていく。
 終盤になって明らかになる鶴之助失踪の真実はかなり驚かされる。そして犯人の執念もまた尋常ではない。

 横溝正史は何を書かせてもそつがないと思わされる一品。もちろんその裏には、当然ながら人並み外れた研究と努力があったのだろうけど。


「鴉」

 岡山県の山奥で神社の神主を務め、湯治場も営む旧家・蓮池家。
 当主・紋太夫(もんだゆう)は息子夫婦に先立たれ、孫娘・珠生(たまき)だけが残された。貞之助という青年を婿養子に迎えたが、彼は3年前に謎の失踪を遂げてしまった。

 ご神体を収めた神殿に入ったまま、姿を消してしまったのだ。神殿は内部から施錠され、衆人環視の中にあった。神殿内には血のついた鴉(からす)の羽根が一本、そして「3年後に帰ってくる」と記された血文字の書き置きが。

 磯川警部とともに金田一耕助が蓮池家を訪れたのは、貞之助失踪からちょうど3年目、彼が ”予告” した日だった。しかし貞之助は姿を見せぬまま、殺人事件が発生する・・・

 人体消失のトリック自体は驚くほどのものではないが、事件のそもそもの発端となった ”秘密” は、あまりにも重すぎる。
 こういう題材は現代ではなかなか扱えないんじゃないかな。昭和20年代だからこそ書けたのかも知れない。


「トランプ台上の首」

 隅田川沿いのアパートの一室で、ストリッパー・牧野アケミの死体が発見される。遺体は首が切断され、部屋にあったトランプ・テーブルの上に。そして胴体は部屋の中にはなかった。

 現場に残された血の跡から、胴体は川に放り込まれたか、ボートで運び去られたものと思われた。

 捜査に当たる警察の前にさらにもう一つの死体が現れる。それはアケミのパトロンをしていた実業家・稲川専蔵だった・・・

 ”首が切断された死体” は、ミステリでよく使われるシチュエーションだけど、それには首を切る合理的な理由が必要。さらに本作の場合は、胴体を隠す理由も併せて説明されねばならない。
 しかし最期に金田一が示す推理は、事件の全貌を筋道立てて綺麗に解き明かしてみせる。

 巻末の解説によると、高木彬光の『刺青殺人事件』(1948年初刊)が発表されたとき、横溝はこれと似たトリックを考えていてショックを受けたという。
 しかしこれにもめげずに、新たに書き上げたのが本作で、『刺青-』発表の9年後のこと。転んでもただでは起きないのが巨匠たるゆえんということか。



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天空の防疫要塞 [読書・SF]


天空の防疫要塞 (ハヤカワ文庫JA)

天空の防疫要塞 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 銅 大
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/04/26
評価:★★★★

 時代は、人類が銀河の広範囲に移民を果たした遠い未来。
 多くの植民星が繁栄をしていたが、そこに銀河中心核から〈空食い〉(コスモファージ)が侵攻してきた。太古の異星人文明が遺した、単純な思考AIをもつ戦闘機械群だ。
 人類はそれに対抗すべく、防衛戦の拠点となる ”防疫要塞” を建造して〈空食い〉との戦いを続けていた・・・


 全体は二部構成になっている。

 第一部は、辺境惑星〈プリル〉が舞台。
 宇宙での技術者を目指す2人の少年、マックスとエランは順調に訓練をこなしていた。しかし〈空食い〉が〈プリル〉星系への侵攻を開始したことによって義勇防疫団へ入隊、防疫要塞〈パストゥール〉を中心とした、激しい戦いの場へと身を投じていく。
 この第一部は、植民星における未来の人類社会の描写も含めて、なかなかよくできたスペースオペラになっている。

 第二部では、その300年後の時代が舞台。
 この300年間、新たな〈空食い〉の侵攻はなく、義勇防疫団も縮小の一途、割かれる予算も削られて、防疫要塞〈パストゥール〉もその装備や武器のほとんどが ”凍結” 状態に追いやられていた。
 星間情勢も大きく変化した。星系のみならず、宗教団体や企業までが武力を持って睨み合うという、群雄割拠の状態になっていた。
 そんな時代に、冷凍睡眠から目覚めたマックスとエランは放り込まれる。
 2人は、硬直した人類社会を打破し、活力に満ちた時代の創出を目指して行動を開始していく。


 とても面白いのだけど、ラストまで来てもマックスとエランの行程は道半ばの印象。この先は読者の想像に任せるのかも知れないが、できたら続編を期待したいなぁ。
 300年前の〈空食い〉の侵攻はなんとか食い止めたものの、いつだって再襲来はあり得る。そのときまでに、2人は人類社会を変革できるのか。うーん、やっぱり続きが読みたいな。



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死仮面 [読書・ミステリ]


死仮面 (角川文庫)

死仮面 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/05/24
  • メディア: 文庫
評価:★★★

 横溝正史・復刊シリーズの一冊。
 短めの長編である表題作と、中編1作をふくむ作品集。


「死仮面」

 昭和23年、「八つ墓村」事件を解決した金田一耕助は、岡山県警の磯川警部から奇怪な話を聞く。

 岡山市にある野口慎吾というアマチュア芸術家の家から、女性の腐乱死体が発見された。遺体の傍らには、女性の顔をかたどったと思われる石膏製の死仮面(デスマスク)が残されていた。

 遺体は東京で人を殺して手配中だった女のものと判明する。野口は逮捕されるが護送途中で逃亡し、川に飛び込んで行方不明になっていた。

 東京に帰った金田一の事務所を、上野里枝という女性が訪れる。彼女の姉・川島夏代は参議院議員。なおかつ教育者でもあり、川島女学園の経営者だった。
 里枝はそこで教師をしているという。そして岡山で見つかった死体は妹の山内君子だと告げる。3人の姓が違うのはそれぞれ父親が異なるからだという。

 そして、姉・夏代のもとへ、君子のデスマスクと寸分違わぬものが送られてきた。デスマスクは複数つくられていたのだ。それを見た夏代は卒倒して寝込んでしまう。

 さらに、女学園の内外に謎の男の出没が目撃されるようになった矢先、夏代が死体で発見される。その胸の上には、新たなデスマスクが・・・

 巻末の解説によると、本作は雑誌に連載されたきり、単行本にまとまっていなかった。それは横溝自身が作品の出来に不満があり、全面改稿するはずだったから。しかしそれに取り掛かる前に亡くなってしまった。

 そういう目で見ると、いろいろ不備な気もしてくる。ミスディレクションも不十分で、おそらく多くの人はかなり早い時点で真相の見当がついてしまうのではないか。ミステリに関してはニブチンな私でも分かっちゃったし(笑)。

 また中盤から登場する白井澄子という女学生が、終盤に向けて物語展開上の重要人物になっていってしまうのも、いささかバランスを欠くように思える。

 もっとも、彼女はキャラクターとしてはとても魅力的だ。孤児だった彼女は川島夏代に引き取られ、女学園の寄宿舎で暮らしている。
 高校3年生だが、聡明さと勇気を併せ持ち、行動力も人望もある。作中では「さわやかな顔立ち」と描写されているので、美少女でもあるのだろう。
 彼女なら主役だって十分張れる。いやむしろ、彼女が主役の物語を読んでみたくなる。そう思わせるくらい素晴らしいお嬢さんだ。

 たぶん、作者もそのように書き直すつもりだったんじゃないかなぁ・・・なんて想像してる。


「上海(シャンハイ)氏の蒐集品(コレクション)」

 主人公は上海太郎という年齢不詳(たぶん初老くらい)のアマチュア画家。読者は何故そんな名前なのか疑問に思うだろうが、それは物語の終盤で明かされる。

 武蔵野の一角に住み着いた上海氏は、母親と2人暮らしの亜紀という女子中学生と言葉を交わすようになる。上海氏は彼女の成長を見守りながら4年の歳月が流れ、やがて亜紀は高校生になった。

 開発が進む武蔵野ではあちこちに工事が行われていた。亜紀は、団地を建築している現場監督と男女の仲になる。
 亜紀の母親は建設用地として自分の土地を売り、多額の財産を手に入れたが、若い愛人との情事に溺れ、娘とは不仲になっていた。

 そのような状況の中、殺人事件が発生して、上海氏はそれに巻き込まれることになる・・・

 金田一耕助は登場しない。ミステリというよりはクライム・ストーリーかな。最後に明かされる真相には、哀切の思いしかない。



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魔眼の匣の殺人 [読書・ミステリ]



魔眼の匣の殺人 屍人荘の殺人シリーズ (創元推理文庫)

魔眼の匣の殺人 屍人荘の殺人シリーズ (創元推理文庫)

  • 作者: 今村 昌弘
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2022/08/12
評価:★★★★☆

 「あと2日のうちに4人が死ぬ」との ”お告げ” を下したのは、人里離れた辺境に住む、”予言者” と恐れられる老婆。
 神紅大学ミステリ研究会の葉村譲(はむら・ゆずる)と剣崎比留子(けんざき・ひるこ)がその場所を訪れたとき、外界と結ぶ唯一の橋が焼かれてその地は孤立してしまう。
 そして、9人の滞在者の中から1人が行方不明になり、さらにもう1人が殺害される・・・


 「屍人荘の殺人」に続く、シリーズ第2作。

 前作で、〇〇〇に囲まれたクローズト・サークル内での殺人事件から生還した葉村と比留子。事件の背後には、”斑目(まだらめ)機関” という謎の組織が存在していたことが判明する。

 前作から数ヶ月後の11月。比留子は斑目機関の新たな情報を入手した。W県の真雁(まかり)地区という人里離れた場所に、”魔眼の匣(まがんのはこ)” と呼ばれる、斑目機関の元研究施設があるらしい。

 比留子は葉村とともに真雁地区へ向かう。途中で高校生の男女2人組、イケメンの会社員、元住人だった女性、大学教授とその息子、そして月刊雑誌の記者が登場し、総勢9人が ”魔眼の匣” を訪れることになる。

 そこにはサキミという老婆が、彼女に仕える女性と2人で暮らしていた。
 サキミはかつてこの研究施設で行われていた実験の被験者で、その研究内容は ”予知能力の解明” だったらしい。実際、過去にも様々な予言を行い、的中させてきたという。

 そのサキミが告げた。「あと2日のうちに、この地で4人死ぬ」と。さらに、外界と結ぶ唯一の橋が焼け落ちてしまい、真雁地区は孤立してしまう。

 その中で客の1人が行方不明となり、さらに客の女子高生が予知能力を持っているらしいことが判明、そして殺人が起こる・・・


 このシリーズの特徴は、特殊状況ミステリであること。本書の場合は ”予知能力の存在” なのだが、これによって犯人を当てるなんて安易な展開はもちろんしない。しかしこの設定を上手く生かした物語構成になっている。

 終盤で犯人を絞り込むロジックは、シンプルだが意表を突いたもので、しかも「なるほど」って膝を打ってしまうように、納得できる素晴らしいもの。これだけでも読む価値はあるけれど、その後にもさらなるサプライズを仕込んでいる。とても新人の2作目とは思えないくらいの堂々とした語りぶりだ。

 ミステリとしてもとてもよくできているけれど、もう一つの柱が主役の2人、葉村と比留子の関係性だ。前作での大学の先輩後輩という関係から、お互いに好意を抱く状態へと進んでいるものの、比留子は自分の ”宿命” に彼を巻き込むことを恐れ、その葉村はひたすら比留子のために行動しようとする。この状況が、2人にもう一歩先へ踏み出すことを躊躇わせている。

 このシリーズは ”サザエさん時空” ではなく、2人の関係は時間を追って変化していくようだ。この先どうなっていくのかも、このシリーズの読みどころだろう。

 そこはかとないユーモアが漂う文章はとても読みやすく、興味を引くストーリー展開と相まって、ページをめくらせる力が半端ではない。
 第1作もそうだったけど、今作もとても楽しく読ませてもらった。


 第1作「屍人荘の殺人」は映画化されている。それについての記事も書いた。
 葉村は神木隆之介、比留子は浜辺美波だった。なかなかはまり役だったと私は思っている。
 この第2作も、読んでいると脳内映像にこの2人が登場してきた。なかなか楽しい読書体験だったよ。

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風神館の殺人 [読書・ミステリ]


風神館の殺人 (PHP文芸文庫)

風神館の殺人 (PHP文芸文庫)

  • 作者: 石持 浅海
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2022/05/11
評価:★★★☆

 悪徳企業によって不幸のどん底に落とされ、復讐を決意した男女10人。元凶となった会社幹部3人を殺害すべく、高原の保養施設に集まって行動を開始する。しかし1人目を葬った直後、仲間の1人が死体で見つかる。残った9人の中に裏切り者がいるのか?


 家電ベンチャー企業フウジンブレード。ここが売り出した ”フウジンWP1” は家庭用の風力発電機。小型かつ高効率なことからヒット商品となった。
 しかしユーザーの一部に偏頭痛を患う者が出始めた。被害者の中には、重篤な症状から仕事を失ったり、自ら命を絶つ者などが現れ、悲惨な状況に。
 製品から発生する低周波が原因と思われたが、もちろん会社は非を認めない。裁判に訴えた者もいたが、勝訴できる可能性は限りなく低い。

 そのような状況下、フウジンブレードに恨みを抱く10人の男女が高原の保養施設「風神館」に集まり、復讐を開始する。幹部の1人をおびき寄せて首尾良く殺害に成功、残る2人の殺害計画の準備も完了した。

 しかしその直後、10人のうちの1人である一橋創太(いちはし・そうた)の死体が発見される。彼はフウジンブレードの元社員で、WP1の欠陥を理由に販売延期を進言するも、逆に解雇された男だった。

 ”裏切り者” を抱えたまま復讐計画の完遂はできない。残った者たちは疑心暗鬼に囚われながらも、犯人を見つけ出そうとする。しかし殺人はさらに続き、1人また1人と ”仲間たち” は減っていく・・・


 物語は、10人のうちの1人である高原絵麻(たかはら・えま)の視点から語られる。20代の女性で、WP1によって夢も仕事も失ってこの復讐に参加している。

 同じく参加者の雨森勇太(あめもり・ゆうた)は、深い洞察力を示す男性で、物語の進行とともに絵麻と2人で行動することが増えていき、探偵とその助手みたいな関係になっていく。だがもちろんそれを以て雨森の容疑が晴れるわけでもない。むしろ頭が回るだけに犯人の可能性も排除できない。

 参加者の背景もそれぞれだ。復讐に参加する理由は物語の序盤でそれぞれ開示されているのだけど、これも中盤以降になると裏の事情や隠されていた関係が明らかになったりと、一筋縄でいかない者たちばかりである。

 クローズト・サークルで殺人が続けば、必然的に容疑者は絞られていくのだが、それでもなかなか真犯人に到達できない。そのあたりは流石に上手いなあと思う。

 参加者たちは殺人によって人数を減らしていく。当然ながら、残る2人の幹部の殺害計画にも支障が生じていく。しかし残った者たちは計画の完遂をなかなか諦めようとはしない。

 終盤ではもちろん犯人が明かされるのだけど、それ以上に驚かされるのが復讐計画の行方だ。”生き残った者” たちの下す ”決断”。ここが最大の読みどころなのかも知れない。



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猫柳十一弦の失敗 探偵助手五箇条 [読書・ミステリ]


猫柳十一弦の失敗 探偵助手五箇条 (講談社文庫)

猫柳十一弦の失敗 探偵助手五箇条 (講談社文庫)

  • 作者: 北山猛邦
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/08/12
評価:★★☆

 人里離れた山奥の村で起こる連続見立て殺人を食い止めるべく、探偵助手見習いの主人公が奮闘する。探偵役は大学の教官・猫柳十一弦(ねこやなぎ・じゅういちげん)。名前はいかめしいが若い女性である。ちなみにシリーズ第2作。


 主人公兼語り手は、君橋君人(きみはし・きみと)。通称クンクン。
 日本で唯一、探偵助手としての技能と実践を学べる、大東亜帝国大学・探偵助手学部の学生だ。

 ある日、クンクンは後鑑千莉(のちかがみ・ちり)という19歳の女性と引き合わされる。彼女は山奥の村にある旧家・後鑑家の娘で、いまは地方新聞社で働いている。
 彼女の出身地・稲木(いなき)村には、『女子は成人までに結婚せよ』という因習があるのだという。しかし彼女の3人の姉たちも独身で、しかも定職に就かずにぶらぶらしている。それだけに、末娘である彼女にかかるプレッシャーは大きいらしい。

 千莉の20歳の誕生日は2ヶ月後に迫っていた。そこで、クンクンの友人・月々守(つきづき・まもる)が、千莉の彼氏として振る舞うことにし、その様子を村人たちに見せつけることになった。
 しかし偽装のはずの2人の仲はいつのまにか本物になってしまい、やがて婚約という運びに。

 これで一件落着かと思われたが、クンクンのゼミ教官にして探偵の猫柳十一弦は、これから連続見立て殺人が起こる可能性を提示する。ターゲットは千莉を含む四姉妹。
 クンクンと猫柳は殺人計画を阻止すべく、稲木村に向かうのだが・・・


 殺人が実行される前にトリックを暴き、犯人の意図をくじこうという発想はいいけど、それが面白さにつながっているかというとちょい疑問かな。
 作者お得意の壮大な物理トリックも登場するけど、やっぱりそういう仕掛けは、発動したあとの謎解きの方が面白いように思う。

 探偵役の猫柳十一弦というキャラも、メンタルが極端に弱いというおよそ名探偵ならざるユニークさ。だけどこれも、物語の面白さにつながってないような気がする。
 主人公のクンクンとそう年齢差がなく(猫柳は20代後半らしい)、彼女の方がなんとなくクンクンに好意を抱いていそうな描写もあるけど、それがラブコメにまでは発展しないのは、なんとも不完全燃焼だとも感じる。
 もっとも、そこのところは続巻で描かれるのかなとも思うのだが、このシリーズは今のところこの2巻目(刊行は2013年)で止まっていて、ここ10年近く続きが出てない。
 さて、どうなるのでしょうかね?



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