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少女は夜を綴らない [読書・冒険/サスペンス]


少女は夜を綴らない (角川文庫)

少女は夜を綴らない (角川文庫)

  • 作者: 逸木 裕
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/06/12
  • メディア: 文庫


評価:★★★★


 中学3年生の山根理子(やまね・りこ)の前に現れた少年は、3年前に亡くなった友人・瀬戸加奈子の弟・悠人(ゆうと)だった。理子の抱えている "秘密" を知っていると語る悠人は、彼女に対して自分の父親殺しに加担するよう強要してくるのだが・・・


 主人公の山根理子は、「人を傷つけてしまうのではないか」という強迫観念に囚われていた。そのため、刃物を手にすることができない。
 頭の中に渦巻く殺人への衝動を、"架空の殺人計画" としてノートに書き出すことでかろうじて精神の平衡を保っている。
 折しも彼女の暮らす街では、ホームレスが殺される事件が起こる。ひょっとして自分が殺したのではないかとまで悩んでしまう理子。

 そんなとき、理子の前に現れたのは中学1年生の瀬戸悠人。理子の友人で、3年前にマンションの屋上から転落死した加奈子の弟だった。
 彼女の死は事故と判定されていたが、実は加奈子の死について、理子は "ある秘密" を抱えていた。
 悠人は「自分はそれを知っている。暴かれたくなければ、自分の "計画" に協力しろ」という。

 彼の "計画" とは、父親・龍馬(りょうま)を殺すこと。悠人は父親からのDVに晒されていたのだ。
 最初は嫌々ながら計画に加わった理子だが、人を殺そうとしている悠人の心の中に、共感するものを感じ始めていくのだった・・・


 悠人の家庭環境は過酷で同情に堪えないが、主人公の理子にも居場所がない。
 高齢になってから彼女を産んだ母親は健康を害してしまい、理子は母親から疎まれながら育ってきた。父親は既に亡く、一回り年上の兄・智己(ともき)は中学校の教師をしているが、まれに暴力的な言動を見せることがあり、理子はいまひとつ信頼することができない。
 しかも理子は、あるきっかけから智己がホームレス殺しの犯人ではないかという疑いを持つようになってしまう・・・

 理子にとって安息の場所はない。家族にも心を許せず、学校に行ってもクラスメイトからいじめられ、かつての友人の弟からは脅迫を受けて殺人計画に加担させられる・・・というわけで、息が詰まるような描写が延々と続く。

 唯一落ち着ける場所は、親友である宮野マキが立ち上げた部活動「ボードゲーム研究会」に参加しているとき。しかしそれも、母に代わって家事をこなさなければならない理子は欠席がちになっていた・・・

 物語は、悠人が進める殺人計画の準備を中心に、ホームレス殺しの犯人捜しが絡めて語られていくのだが、とにかく先の展開が読めない。
 予想外の事態が次々と起こって読者を翻弄する。ストーリーが進むにつれて、"不幸のデパート"(笑)みたいになっていく理子と悠人の2人の運命。
 それは最後の20ページほどの「エピローグ」に至るまで予断を許さない。主人公にとっては過酷なイベントが続き、読み手の胃を痛くする(笑)。

 「作者は、どこまで主人公をいじめたら気が済むんだい?」って思うのだけど、だからこそ彼女の行く末を知りたくなる。ページを繰る手を止めることができなくなる。

 そして、すべての決着がつくラストシーン。これがハッピーなのかアンハッピーなのかは読む人次第かも知れないが、どちらにしろ納得できる結末ではあると思う。前作の時も感じたが、この作者の "語りのうまさ" は絶品だ。



タグ:サスペンス
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招かれざる客 有栖川有栖選 必読! Selection 1 [読書・ミステリ]


有栖川有栖選 必読! Selection1 招かれざる客 (徳間文庫)

有栖川有栖選 必読! Selection1 招かれざる客 (徳間文庫)

  • 作者: 笹沢左保
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2021/10/08
  • メディア: 文庫


評価:★★★☆


 中央官庁の官僚が殺される。さらに彼の婚約者の周囲で第2の殺人が。有力な容疑者が浮上するも事故死してしまい、捜査は終結。納得できない刑事は独自の捜査を開始する。しかし彼の前には鉄壁のアリバイ、兇器無き密室、そして謎の暗号が立ちはだかる。


 生涯において380冊近くの著書を残したミステリ作家・笹沢左保(ささざわ・さほ)。その作品群の中から本格ミステリ色の強いものを選んで復刊するというシリーズ。
 そしてその選者が有栖川有栖とあれば、やっぱり期待してしまうよねぇ。


 商産省の職員・鶴飼範夫(つるがい・のりお)が殺された。彼は労働組合の幹部を務めていたが、組合の内部資料を省側に漏洩した疑いが持たれていた。
 資料の持ち出しを手引きしたのは組合の臨時職員・細川マミ子。鶴飼とマミ子は恋人同士でマミ子は妊娠中だった。

 恋人を失ったマミ子は睡眠薬自殺を図るが失敗。しかしその新聞記事を見たカメラ雑誌編集長・沢上が身元引き受けに名乗り出る。彼はマミ子の父とは親友だったのだ。

 マミ子は沢上の屋敷に引き取られ、ガレージの2階の部屋で寝起きするようになった。そこで第2の殺人が起こる。その部屋をマミ子とシェアしていた女性編集者・二階堂悦子が殺されたのだ。犯人は悦子をマミ子と誤認したのか? しかも現場は密室状態だった。

 有力な容疑者として浮上したのは、組合員の亀田克之助。鶴飼の親友で、マミ子も彼の尽力で採用されていた。そのため、書類漏洩に責任を感じると同時に、彼を裏切った2人に対して怒りをもっていた。
 しかし逮捕される直前に大型トラックにはねられて死亡してしまう。

 容疑者死亡によって捜査は終結へと向かうのだが、それに納得できなかったのが捜査一課の倉田警部補。彼は関係者の中のある人物に疑いの目を向ける。
 しかしその人物を犯人として逮捕するには、多くの困難を乗り越えなければならなかった。鉄壁のアリバイ、密室の謎とそこから消えた兇器、鶴飼の遺体が持っていた名刺に書かれていた謎の文字列、そしてなによりその人物は、鶴飼殺害の現場には入れなかったはずなのだ・・・


 本書が書かれたのは1960年。著者のデビュー作である。この時代、松本清張に代表される社会派ミステリの隆盛期。本格ミステリは時代遅れのものとみられていた。
 著者が目指したのは、社会派ミステリと本格ミステリの "いいとこ取り"。上にも書いたが、魅力的な謎のオンパレード。純粋な本格ミステリだって、こんなに謎をてんこ盛りした作品はそうそうないだろう。

 犯人と目される人物は中盤で明らかになるので、ハウダニットが中心になる。
 アリバイトリックは、ちょっと犯人にとって都合がよすぎるような気もしないでもないが不可能とも言い切れない。
 消えた兇器の謎が明らかになったときには「そんなにうまくいかないのでは」って思ったが、続けて読んでいくと、具体的な科学的裏付けが書かれていて、作者はかなり綿密に検討してるのが分かった。これには素直に脱帽だ。

 社会派らしいところももちろんある。犯人の動機に関わる部分はやはり読みでがある。タイトルの『招かれざる客』とは誰を指すのか。明らかになるのは終盤だけど、読み終わってみると、本作の "背骨" を表すような、いいタイトルだったと思う。

 もちろん、ラストでは倉田警部補が犯人を追い詰めるのだけど、それとは別に気になったのは、彼の家庭状況。
 実は本書後半の彼の捜査は、彼の独断によるもの。もちろん上層部には内緒で。だから下手したらクビになってしまう。倉田には身重の奥さんがいて、彼女が必死になって止めるんだけど、聞き入れないんだよねぇ・・・。
 まあ、それでやめちゃったら小説にならないんだけどね。奥さん実家に帰っちゃうんじゃないかと心配になったよ(笑)。


 さて、このシリーズはいまのところ隔月刊(年6冊)で出てる。文庫の表紙には「笹沢左保サスペンス100連発」ってあるんだけど、このペースで続けたら16年くらいかかるはず。その頃には、私は80歳近いよ(おいおい)。
 とりあえず、このシリーズにはしばらくつきあおうと思ってるんだけど、私の生きてるうちに終わるのか心配だ。いや冗談抜きで(笑)。



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幽霊鉄仮面 [読書・ミステリ]


幽霊鉄仮面 (角川文庫)

幽霊鉄仮面 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/12/22
  • メディア: 文庫


評価:★★★


 神出鬼没の怪人・幽霊鉄仮面が次々と事件を引き起こす。新聞記者・三津木俊助(みつぎ・しゅんすけ)と探偵少年・御子柴進(みこしば・すすむ)が立ち向かう。巨匠・横溝正史の遺したジュブナイル作品だ。


 角川文庫の横溝正史・復刊シリーズの一冊。江戸川乱歩ほどではないけど、横溝もジュブナイル作品を十数編書いている。その第1作だ。
 巻末の解説によると、初出は昭和24年の雑誌連載。でもwikiには昭和12年とある。どっちが正しいの?


 日本一の発行部数を誇る新聞に奇妙な広告が載る。そこには奇妙な鉄の仮面をかぶった人物が描かれており、宝石王として知られる実業家・唐沢雷太(からさわ・らいた)を揶揄するような内容だった。
 そして広告主の正体を調べていた新日報社の記者・折井が殺されてしまう。

 一方、唐沢雷太のもとには脅迫状が舞い込み、折井の同僚である三津木俊助に助けを求めてきた。俊助は予告の日に唐沢邸に泊まり込むが、そこに現れた鉄仮面の男に、唐沢ともどもさらわれてしまう。

 鉄仮面の犯行はこれで終わらず、再び新聞広告の形で次の ”標的” が予告される・・・


 本書の探偵役は、横溝正史のシリーズキャラである "由利先生" こと由利麟太郎(ゆり・りんたろう)と、新聞記者・三津木俊助のコンビが務めるが、由利先生の登場はかなり後になってから。

 代わって俊助とともに主役級の働きをするのは、唐沢の遠縁の者として登場してくる少年・御子柴進。ジュブナイル作品なので、読者に近い年齢のキャラの起用となったのだろう。

 物語は神出鬼没の怪人・幽霊鉄仮面と俊助たちとの丁々発止の対決が途切れなく続く。その合間合間にはいくつかの謎が提示されるが、それらはあまり引っ張ることなく解かれていく。難度も低く、若い読者にも容易に解ける、あるいは見当がつくものが多い。物語がダレるのを防ぎ、読者の興味をつなげるための展開なのだろう。

 冒険とサスペンスてんこ盛りの物語は、ハイテンションを保ったまま終盤まで続く。中盤過ぎでは、幽霊鉄仮面がつけ狙う者たちが、みな過去にモンゴルに滞在していたことが明らかに。仮面の由来もその地にあった。

 文庫で280ページほどなのだけど、ラストの50ページで舞台はすべての因縁の始まった地・モンゴルへと移り、由利先生・三津木俊助・御子柴進も大陸へ渡る。ここまで江戸川乱歩的雰囲気の作品世界で進んできた物語が、一気にインディー・ジョーンズみたいなアクション作品に大転換(笑)。

 幽霊鉄仮面の復讐の物語であると同時に宝探しの物語でもあるという、エンタメの二大要素をぶち込んだ贅沢な作品なのだけど、いかんせん尺が足りない。

 読んでいて、残りページがどんどん減っていくのに、一向に物語が収束しない(むしろ広がりそうなのをなんとか収めようとしてる感がある)のにやきもきしてしまう。実際、最後の数ページで描かれる急転直下の大団円にはびっくりだ。
 しかも、物語が終わってもいくつかの伏線は回収されずに ”投げっぱなし” になってる。

 「収拾がつかなくなった」という見方もできるけど、私はむしろ「構想が膨らみすぎて予定の枚数に収まらなかった」んじゃないかなぁと思う。だって、読んでると行間から「もっと枚数をくれぇ!」っていう横溝大先生の声が聞こえてくるような気がするんだもの(笑)。
 じっくり書いたら、文庫で400ページ近いボリュームになるよ、これ。ジュブナイル作品は長さの制約もキツかったんだろうなと推察。



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ブラウン神父の知恵 [読書・ミステリ]


ブラウン神父の知恵 (創元推理文庫)

ブラウン神父の知恵 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2017/03/21


評価:★★☆


 初刊は1914年。いわゆる "古典的名作" と呼ばれる作品集。丸顔で小柄で不器用なブラウン神父が探偵役として活躍する、全5巻シリーズの2巻目だ。


 前巻の時にも書いたが、後続の作家や作品に取り入れられた、ミステリとして先駆的なトリック・発想・設定がてんこ盛り。
 ただ、星の数が今ひとつなのは、いささか読みにくさを感じるため。改行の少ない文体に加えて、本題の事件に入るまでの描写が長かったり(そこに伏線が潜んでることもあるので一概に責められないが)。現代の作品に馴染んだ身からすると、ちょっとハードルが高く感じる。


「グラス氏の失踪」
 マグナブ家に下宿していたジェームズ・トッドハンターという男が殺された。マグナブ家の娘マリーによると、彼のところをしばしば訪ねてくるグラスという男が犯人らしい。ブラウン博士は犯罪学者のフッド博士とともに現場に踏み込むが・・・
 これもミステリではお馴染みのトリック。でも109年前にはもう使われてたんんだね。


「泥棒天国」
 詩人のムスカリ、その幼馴染みのエッツァ、銀行家のサロゲイト氏とその娘エセル、ブラウン神父を加えた5人の乗った馬車が山超えに差し掛かったとき、盗賊が現れるが・・・
 なかなかひねりの効いたラスト。文庫で30ページ足らずでこの展開を描くのはたいしたもの。


「イルシュ博士の決闘」
 無煙火薬の発明者とされるイルシュ博士。しかし、盲目的な愛国軍人デュボスク大佐はイルシュ博士をドイツ人のスパイだと告発する。イルシュ博士は身の証を立てるために彼と決闘することになるが・・・
 これも古典作品ではよく使われたトリックだけど、使われすぎて廃れてしまったネタかな(笑)。今これでミステリを書いたら噴飯物だろう。


「通路の人影」
 アポロ劇場の横の通路の突き当たりには楽屋がある。女優のオーロラ・ロームがその通路で殺される。現場に居合わせた3人の男は、犯行の直前に人影を見たと証言するが、その姿はみな異なるものだった・・・
 トリックは単純だけど、それが男たちの心理状態を描き出すのが秀逸。


「機械のあやまち」
 オスカー・ライアンという服役囚が脱獄したが、すぐに捕まってしまう。オスカーは資産家トッド氏の殺害を目論んでいたのではないかとの疑惑が持ち上がり、嘘発見器にかけられることになるが・・・
 機械を扱うのが人間である限り、過ちが入り込む余地は常にある。当時としては最新で画期的だったであろう嘘発見器に対して、こういう皮肉な作品が書けてしまう、その発想がすごい。


「シーザーの頭」
 ブラウン神父は、酒場でクリスタベルという娘と出会う。彼女の父はコインの収集家で、コレクションを彼女の兄アーサーに遺した。ある日クリスタベルは、ふとした出来心でコレクションの中から硬貨を一枚くすねてしまうが、その日から彼女の周囲に不気味な男が出没し始める・・・
 オチはありふれてるけど、物語の導入部はよくできてる。


「紫の鬘(かつら)」
 エアー公爵家の当主は、魔女の呪いによって代々巨大な耳を持って生まれてくるという伝説があった。取材のために訪れた記者が会った現当主は、紫色の鬘をかぶって耳を覆い隠していた・・・
 オチがついたあとに、もうひとひねり。上手い。


「ペンドラゴン一族の滅亡」
 さまざまな伝説をもつ海賊船長を先祖に持ち、代々船乗りを生業にしているペンドラゴン家。現当主の父も兄も海難事故で亡くなり、今はたった一人の甥の帰りを待っているという・・・
 伝奇的な歴史を持つ一族が住む島で起こる怪事件。日本が舞台だったら金田一耕助が出てきそう。


「銅鑼(どら)の神」
 海岸沿いを歩いてホテルにやってきたブラウン神父とフランボウ。町でボクシングの試合が行われるとあって、ホテルは開店休業。支配人にここまでの道すがらの出来事を語るブラウン神父だが・・・
 これは「木の葉を隠すには森の中」のバリエーションかな。


「クレイ大佐のサラダ」
 英国砲兵隊のクレイ大佐は、家に強盗が入ったと主張する。彼の隣人パトナム少佐によると、クレイは未開地に住んでいたせいで時たま妄想にとらわれるのだというが・・・
 これはオーソドックスなミステリだろう。


「ジョン・ブルノワの珍犯罪」
 新進気鋭の思想家ジョン・ブルノワは高名な女優と結婚した。夫妻の家の隣には、資産家の有名人クロード・チャンピオン卿の豪邸があった。クロードはブルノワ夫人に思いを寄せていることを周囲に隠さず、彼女との仲を公然と見せびらかすようになっていった。そんな中、クロードが何者かに刺し殺される事件が起こる・・・
 ジョンもクロードもかなり奇特なキャラだが、現実でもこんな人はいそうな気がする。いちばん謎なのはブルノワ夫人の頭の中かな。やっぱり、男にとって女は永遠の謎ということか(笑)。


「ブラウン神父のお伽噺(おとぎばなし)」
 ブラウン神父は、ヨーロッパの小国ハイリッヒバルデンシュタインで20年前に起こった事件を語る。
 ドイツから派遣されて小国を支配するオットー公は、徹底的な武装解除を命じて国中にあるすべての銃を没収してしまった。しかしそのオットー公が城の外の森で銃殺死体となって発見される・・・
 銃がないはずの世界での銃殺事件。種明かしされて納得するか、ちょっとズルいと思うか(笑)。



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殺しへのライン [読書・ミステリ]


殺しへのライン ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ (創元推理文庫)

殺しへのライン ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2022/09/12


評価:★★★★


 元刑事の探偵ダニエル・ホーソーンとミステリ作家アンソニー・ホロヴィッツがコンビを組んで、難事件を解決していくシリーズ、第3作。


 ホーソーンの活躍をホロヴィッツが小説化した第1作『メインテーマは殺人』の発売が迫る。そのプロモーションの一環として、2人はチャンネル諸島のオルダニー島を訪れる。そこで行われる文芸フェスに参加するためだ。

 ちなみにチャンネル諸島とは英仏海峡のフランス寄りにある島々のこと。巻頭に載ってる地図を見ると、オルダニー島は長径6kmくらい、短径2kmくらいの細長い島。
 wikiによると人口は2000人くらいと至って小さな島だ。第二次大戦時には、イギリス領で唯一ナチス・ドイツに占領された場所で、強制収容所も建てられていた。島内にはそこで亡くなった者たちの墓地もある。

 島で行われる文芸フェスには、TV番組で人気の料理人とその助手、盲目の女性霊能者とその夫、島在住の歴史研究家、人気シリーズを抱えた児童文学作家、フランス人の朗読詩人など、多彩な人物が参加する。フェスの主催者は島議会の議員を夫にもつ女性だ。

 序盤では、登場人物たちそれぞれが裏に何か事情を秘めていそうな、あるいは胡散臭さを感じさせるような、そんな細かいエピソードを語られていく。それを積み重ねていくことでじわじわと不穏な雰囲気を醸し出てくるあたり、職人芸だなと思う。

 しかし、島出身の実業家で、オンライン・カジノのCEOを務めるチャールズ・ル・メジュラーが登場すると、そのあまりにも強烈な個性で他の人物もかすんでしまうほど。
 登場後わずか数ページで読者は「なんていけ好かない奴だ」って感じるだろう。典型的な成金キャラ、上から目線の言動、そして無類の女好き。誰もが「殺されるのは絶対こいつだろう」って思わせる。作者の筆力はスゴいの一言だ。
 そして、読者のその "期待" は裏切られないとくる(笑)。

 彼はネットの事業で財を築いただけでなく、島の利権にも関わっていた。
 フランスからイギリスへ送電線を施設する計画があり、オルダニー島を中継点にする予定だった。送電線はル・メジュラーの所有する土地を通るので、計画が実現すれば彼は大儲けというわけだ。
 しかし環境破壊の問題もあって、計画への賛否は島を二分、反対運動に加わる者も多かった。ゆえに、島民の中にも彼を嫌う者は少なくない。

 そしてル・メジュラー邸で行われたパーティーの翌朝、屋敷の離れで彼の死体が発見される。遺体は手足をテープで椅子に固定されていたが、なぜか右腕だけは拘束されていなかった。

 何せ小さい島で、過去に凶悪事件が起こったこともない。ホーソーンは警察の捜査に協力することになる。

 しかし事件は終わらず、やがて第2の殺人が起こる。重要容疑者として浮上してきた人物が死亡してしまい、事件は解決したかと思われるのだが・・・


 もちろん、ラストではホーソーンによって真犯人が指摘されるのだが、毎度のことながら、読者を翻弄する手腕はたいしたもの。
 犯人に至る手がかりや伏線は、きちんと提示されていたのはもちろんなのだが、気づけないんだよねぇ。
 事件全体を眺める視点をちょっと変えれば、真相につながる道筋がきちんと見えてくる(って、読者に思わせる)ようにできているのは、やっぱり達人の技だなあと感心してしまう。


 今までこのシリーズは2冊刊行されているが、その中でホーソーンの過去や人となりが少しずつ明かされてきた。本書でもそれは踏襲されている。
 今回、ル・メジュラーの財務顧問として登場してくる人物こそ、彼がかつて警察を辞職することになった事件の中心人物だったのだ。
 そして、ホーソーンは探偵役ではあるのだけど、”純粋な正義の人” ではないのかも知れない、という可能性も示唆される。そのあたりは、今後のシリーズの中で語られていくのだろう。



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かがやき荘西荻探偵局2 [読書・ミステリ]


かがやき荘西荻探偵局2 (新潮文庫)

かがやき荘西荻探偵局2 (新潮文庫)

  • 作者: 東川 篤哉
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2022/02/28
  • メディア: 文庫


評価:★★★


 シェアハウス「かがやき荘」で暮らすアラサー女子3人組が、持ち込まれた事件を解決するために奔走する。すべては滞納している家賃を相殺してもらうため(笑)。シリーズ第2巻。


 西荻窪のシェアハウスに暮らすアラサーの女子3人組。女子高生のコスプレを普段着(笑)とする関礼菜、怪しげな関西弁を話す占部美緒、ミステリ・オタクの小野寺葵。3人とも働いていた会社をクビになってフリーター状態。

 家賃の支払いに困った彼女らは、大家である実業家・法界院法子(ほうかいん・のりこ)が持ち込む事件を解決するべく、”アラサー女子探偵団” となる。探偵活動の見返りに家賃をまけてもらうためだ(笑)。


「Case 1 若きエリートの悲劇」
 「磯村重機」社長の磯村佐和子は法界院法子の友人だ。彼女の息子・光一には星野香織という婚約者がいるのだが、息子がなかなか結婚に踏み切ろうとしないことに悩んでいた。
 ひょっとすると、他に意中の女性がいるのではないか? アラサー3人組は法子の命によって光一の尾行を始めることに。
 しかしその最中、当の光一が公園で撲殺死体となって発見される。しかも遺体は全裸にされていたのだ・・・
 死体の服を脱がす作品は過去にもあったけれど、これはまたユニークな理由だ。


「Case 2 ビルの谷間の犯罪」
 西荻窪のビル街で若い女性の刺殺死体が発見され、現場に居合わせた礼菜が容疑者になってしまう。現場は5階建てマンションと4階建て雑居ビルに挟まれた、幅1mほどの "谷間" だ。現場に向かった葵と美緒は、そこで被害者の同僚女性と出会う。
 彼女によると、被害者は上司と不倫していたという。そしてその相手は、現場のマンションの5階に住んでいた。しかしマンション玄関にある防犯カメラには、犯行時に彼が出入りする姿は映っていない・・・
 シリーズのサブレギュラーともいえる神楽坂刑事が、なかなかいい味を出してる。毎度のことながらキャラ同士の掛け合いが楽しい。


「Case 3 長谷川亭のありふれた密室」
 和食『はせ川』は有名料理店。オーナーの長谷川隆三が料理人としても腕を振るっている。
 法界院法子はそこで催された食事会に参加するが、泥酔してそのまま泊まることになってしまう。
 そして翌朝、料理人・富田正和の死体が密室の中で発見される。被害者は隆三の一人娘・綾乃の婚約者でもあった・・・
 密室トリックは早々に明かされる(それ自体は他の作家さんにも使用例がある)が、これはいわゆる "捨てトリック" で、そこから先の展開が真骨頂。
 葵の推理は、現場が密室になった真の理由、そして密室になったが故に連鎖的に派生していった出来事を解き明かしていく。他の作品と同様にコメディ調の作品なんだけど、ミステリとしては本書の中で最も骨太にできていると思う。


「Case 4 奪われたマントの問題」
 ゴスロリ・ファッションに身を固めた礼菜は、都内で行われたコスプレ・イベントの参加し、その帰りに公園内を歩いている時に何者かに頭を殴られ昏倒してしまう。
 怪我は軽傷だったが身につけていたマントが盗まれていた。それは限定100人しか手に入れられなかったという、マニア垂涎のアイテムだった。
 犯人捜しを始めた葵と美緒は、礼菜に似たファッションの女性がいるとの情報を入手するが、その女は既にアパートの自室で撲殺死体となっていた・・・
 犯人に対して、いささか都合のよい偶然が重なった感はあるけど、それもあまり気にならないのは、やっぱり作者が上手いんだろうなぁ。



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京都東山 美術館と夜のアート [読書・ミステリ]


京都東山 美術館と夜のアート (創元推理文庫)

京都東山 美術館と夜のアート (創元推理文庫)

  • 作者: 高井 忍
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/01/21
  • メディア: 文庫


評価:★★☆


 学芸員志望だったはずが美術館の警備員になってしまったヒロイン。個性的な同僚や上司とともに働きながら、美術品を巡る事件に遭遇していく。


 主人公・神戸静河(かんべ・しずか)は芸術の世界で働く夢を持って学芸員を目指していたが果たせず、市立美術館(通称:市美)の常駐警備員として採用となった。

 ちなみに美術館/博物館の学芸員と動物園の飼育員は、退職で空きができたぶんしか採用しないという狭き門らしい。

 新米警備員となった静河は、同い年だが2年先輩の葉月渚(はづき・なぎさ)、美術館のフロアマネージャーの天城春海(あまぎ・はるみ)など、個性的なメンバーに囲まれて警備員の仕事をこなしている。


「美術館と夜のアート」
 市立美術館の閉館後、深夜になると裏の日本庭園に現れる男がいる。敷地内での野宿は禁止されているので、男性警備員が退去を求めたところ、「新しいアートの構想を練っている」「ランタンの明かりで庭園を眺めるとインスピレーションがわく」と云い、今までに巡った展覧会や美術館の話を止めどもなく話し続けるのだという。ある夜、静河と渚もその男に遭遇するが・・・


「宝船のイースト・ミーツ・ウエスト」
 市立美術館で「浮世絵コレクション展」が開かれている。市美の非常勤学芸員の野澤紗江子は、その中の一枚が東洲斎写楽の作ではないかと言い出す。
 写楽は能役者・斉藤十郎兵衛のペンネームとされているが、別人説も根強くある。野澤は写楽の "正体" についても独自の説を述べ始めるのだが・・・
 写楽はミステリの題材にもなっていて、何作か読んだこともある。本作で野澤が示す "正体" もなかなか面白い。
 本作で分かったことがもう一つ。一般人には ”謎の浮世絵師” として知られる写楽だが、学問の場で ”真っ当な研究者” が「写楽の正体」について自説を開陳すると、"トンデモナイ扱い" を受けてしまうらしい(笑)。そっちの方が興味深かった(おいおい)。


「御神刀リターンズ」
 終戦後、GHQが行った "刀狩り" によって、刀剣類はみな没収されてしまった。愛宕鍛冶神社にあった奉納刀も同じ運命をたどり、その後行方不明となってしまった。
 しかし最近になって一振りの刀が見つかった。"火伏貞宗"(ひぶせさだむね)と呼ばれ、御神刀とされていたものだ。問題は、その刀の真贋なのだが・・・
 本書収録の作品に共通していることだが、本題に入る前が長い(笑)。美術館の仕事や刀剣の由来など、背景を丁寧に描いているのはわかるのだが、本作は特にそのあたりが込み入ってるように感じられた。
 読んでいても「いったい何が問題になっているのか」「どこがミステリとしてのキモなのか」がなかなか飲み込めなかったのには往生した。うーん、自分のアタマの悪さを実感してしまう。


「スウィフティー画談」
 新田穂波は静河の高校時代の友人で、画家を目指して大阪の画廊で働いている。そこへ、コレクターが一枚の絵を持ち込んできた。日本画なのに絵の中にはポーランド語で四行詩が書き込まれており、描かれている風景も1768年のバール要塞(ウクライナの都市バールにあった要塞)での戦いを描いたものらしいと、いろいろ曰くがありそうだ。穂波から相談を受けた静河は、それを市立美術館のスタッフに見てもらうことに。
 落款によると作者は〈翠釜亭(すいふてい)主人〉、描かれたのは寛政7年(1795年)とある。翠釜亭は一般的な知名度は低いが上方最高の絵師の一人とされており、写楽以上にその正体は謎に包まれた人物だという。
 市立美術館のスタッフがああだこうだと議論を交わしながら、真贋を含めて絵の ”正体” を解明していく下りが読みどころ。ラストの一行が効いている。



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落語刑事サダキチ 神楽坂の赤犬 [読書・ミステリ]


落語刑事サダキチ-神楽坂の赤犬 (中公文庫 あ 79-8)

落語刑事サダキチ-神楽坂の赤犬 (中公文庫 あ 79-8)

  • 作者: 愛川 晶
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2022/08/23
  • メディア: 文庫


評価:★★★


 落語好きで、一時は本気で噺家になろうとした過去を持つ刑事・平林定吉。読みは「さだよし」なのだが、周囲はみな「サダキチ」と呼ぶ。そんな刑事サダキチが、新人女性刑事を相棒に事件に挑む。
 〈高座のホームズ〉シリーズから派生した新シリーズだ。


 落語好きが高じて、一時は噺家に弟子入りしたこともある刑事・平林定吉。
 相棒は新人女性刑事・三崎優子。170cmを超える長身、柔道二段の腕前でついたあだ名が『金太郎』。寄席に行った経験はないが、講談社文庫版の『古典落語』は全6巻はすべて持っているという。
 舞台は昭和50年代。探偵役は〈高座のホームズ〉と同じく、八代目林家正蔵(晩年には彦六と改名した)が務める。


「第一話 放免祝い」
 定吉のところにやってきたのは、かつて常習窃盗犯だった長岡忠治郎。
 3年前、盗みに入ったところをその家の主人に見つかってしまった。しかし主人は見逃してくれたのみならず、立ち直りの資金として10万円の現金をその場で恵んでくれたという。ちなみに現代の価値に換算すると20万円近いのではないかと思う。
 感激した忠治郎は更生することを誓い、警察に自首して3年の刑期を努めて出所してきたのだ。仕事の当ても出来たので、恩人に報告とお礼を言うために上京してきたと云う。
 その恩人が噺家の佃家蝦三(つくだや・えびぞう)だったと聞いて定吉は驚く。蝦三師匠にはいろいろ黒い噂があったからだ。定吉は忠治郎を連れて蝦三の家に向かうのだが・・


「第二話 身投げ屋もどき」
 三崎優子が初めて寄席に行った帰り、神楽坂の路上で2人の男が口論しているところに出くわす。止めに入った優子は、ものの弾みで片方の男性を大外刈りで投げ飛ばしてしまう。
 投げられた男性は噺家の金鈴亭寿喬(きんりんてい・じゅきょう)だった。相手の男性は姿を消し、倒れた寿喬の横に転がるバッグの中には、1000万円近い現金が入っていた。
 寿喬によるとバッグは相手の男性のもので、彼が駅の近くの橋から身を投げようとしていたのを止めに入り、揉めていたのだという。
 バッグの大金はニュースになって世間を騒がせた。そんな中、持ち主だと名乗る男性が警察にやってきた・・・


「第三話 神楽坂の赤犬」
 山桜亭馬八師匠の兄弟子だった河野一郎太(こうの・いちろうた)は20年前に噺家を廃業し、いまは居酒屋を経営していた。その店を新装開店するにあたり、正蔵師匠の元へ挨拶にやってきた。
 そこへ居合わせた馬八は、河野の店の写真を見て驚く。写真の隅に黒犬が写っていたからだ。20年前は大の犬嫌いで有名だった河野に、どんな心境の変化があったのか。
 一方、定吉たちは "アカイヌ" の捜査にかかりきりだった。"アカイヌ" とは警察の隠語で「放火犯」を指す。都内で同一犯の仕業と思われる放火事件が続発していたのだ。
 そのさなか、警察に封書が送られてきた。中身は大学ノートのコピーで、内容はどうやら放火犯の書いた日記らしい。放火犯自身が送りつけたのか、そうでなければ、誰がどんな目的で送りつけてきたのか・・・


 古典落語と微妙にシンクロした事件が起こるのは、作者の落語ミステリの定型だ。当然ながら登場人物も落語家が多い。ほとんどは架空の人物だと思う(断言できるほど詳しくないので)が、皆さん落語家らしく個性の強い人ばかり。そんな彼らの言動を追うだけでも楽しく読める。

 〈高座のホームズ〉シリーズではゲストキャラ扱い(出番はそこそこあったけど)だったサダキチ刑事が、堂々の主役に昇格。

 このシリーズから加わる新キャラ・三崎優子さんもいい。
 高身長で腕っ節も強いが天然ボケ的なところもあって親しみが持てる。刑事という男社会の中では周囲から敬遠されてるみたいだが、そんな中で頑張ってる。
 活字から落語の世界に入っていくというのもなかなかユニークだ。


 ちなみに、彼女が持っているという講談社文庫版は、まさに作中のこの時代に刊行されてたシリーズと記憶している。書店の棚にどーんと鎮座してたのを覚えている。興味が無いわけではなかったが、結局手を伸ばすことはなかった。だって、ものすごく分厚かったんだもの(おいおい)。
 京極夏彦を知ってしまった今ではそれほど感じないけど、当時は十分に威圧的な存在感があったよ(笑)。



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空に咲く恋 [読書・青春小説]


空に咲く恋 (文春文庫)

空に咲く恋 (文春文庫)

  • 作者: 福田 和代
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2020/07/08


評価:★★★☆


 実家の花火屋に嫌気がさし、飛び出した青年・三輪由紀(みわ・よしき)。しかし放浪先で出会った花火屋の跡取り娘に感化され、一念発起して花火づくりに取り組むことに。しかし彼の行く道は前途多難だった・・・。


 群馬県前橋市郊外にある花火店・三輪煙火工業。そこに生まれた由紀は誰もが認めるイケメンだったが、子どもの頃のトラウマから女性アレルギーになっていた。女の子が接近してくると呼吸困難になるという、なんともトボけた話だが、本人からすれば死活問題なのだろう(笑)。

 厳しく気難しい父、有能すぎる姉・京(みやこ)、一年がすべて花火のことで埋められてしまう花火師という職業に嫌気がさし、由紀は大学卒業後に実家を飛び出し、本州各地を放浪する旅に。

 新潟県山古志村で行き倒れ寸前になっていた彼を救ったのは、農業を営む老人・猪貝久造。いまは彼の計らいで古民家に住んでいる。

 久造の手伝いをして暮らしているある日、由紀は自動車の玉突き事故に遭遇する。前後を挟まれて動けない軽トラックには、大量の花火が積まれていた。火薬の扱いには経験があった由紀は、引火を防ぐために花火を運び出す作業に協力することに。

 軽トラは地元の花火師・清倉花火店のもので、乗っていたのはそこの跡取り娘・清倉ぼたん。高校卒業後、家業を継いで一人前の花火師となるために修行中だという。なぜかぼたん相手にはアレルギー症状が出ないことを不思議がる由紀。
 彼女の夢にかける情熱に触れた由紀は花火の素晴らしさに目覚め、再び家業と向き合う決意をするのだが・・・ 


 物語は二部構成で、ここまでが第一部。
 第二部では実家に帰った由紀が、新米花火師としてスタートするところから始まる。

 由紀の前には、いくつもの試練が立ちはだかる。

 厳しく指導していた父が交通事故に遭って首を負傷し、花火が造れない状態になってしまう。大黒柱を欠いた三輪煙火工業は存亡の危機を迎える。

 大阪の花火業者・蒼天煙火商会の後継者である児島道顕(どうけん)は、新進気鋭の花火師としてマスコミにも取り上げられている存在だが、どうやら彼もぼたんに惚れているらしい。

 一人前の花火師となり、実家を救って、ぼたんと対等につきあえるような存在になりたい。
 由紀は自らのアイデアを基に創作花火を作り上げ、ぼたんも道顕も参加する花火競技大会に臨むが・・・


 花火がテーマの "ボーイ・ミーツ・ガール" のラブコメだが、花火業界の内幕を描いた "お仕事小説" としても面白い。
 "女性アレルギー" というのはいささかマンガ的だけど、彼の精神的な未熟さを象徴しているのだろう。

 ボーイッシュでサバサバしたぼたん、鼻につく言動で典型的ライバルキャラの道顕、有能だが上昇志向が強い姉・京など、みな性格づけがわかりやすい。だから物語にも簡単に入り込めるし、リーダビリティもいい。楽しい読書の時間を過ごせるだろう。

 楽しい物語を読んだ後はいつも思うのだが、彼ら彼女らの "その後" が知りたくなる。長編でとはいわないが、短編でもいいから後日談が読みたいな。主人公カップル以外にも、いろいろ気になる要素がいっぱいだ。



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育休刑事 [読書・ミステリ]


育休刑事 (角川文庫)

育休刑事 (角川文庫)

  • 作者: 似鳥 鶏
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/08/24
  • メディア: Kindle版

評価:★★★

 捜査一課の刑事だけど育児休業をとった主人公・秋月春風(はると)。立派なイクメンぶりで乳児の世話をしているはずが、なぜか事件に巻き込まれる。
 甥っ子を溺愛する姉・涼子に振り回されながら、育児に追われるはずが事件の真相を追う羽目に。


 主人公・秋月春風は県警捜査一課の刑事だが、長男・蓮(れん)くんが生まれたことから現在育児休業中。妻の沙樹(さき)はフルタイムで働いている。
 世間の風潮として、まだまだ男性が育児休業を取るのは珍しい。しかも刑事という職業で。実際にはほとんどいないんじゃないかと思うのだけど、だからこそ小説の題材になり得るんだろう。”育休を取ってる刑事” という(たぶん)珍しい存在を、うまくコメディ要素として取り込んでいる。

 春風の姉・涼子は沙樹の高校時代の同級生で、いまは大学の法医学教室で准教授になっている。かなりエキセントリックな性格で、蓮くんをかわいがる様子も半端ではない。
 この春風・蓮・涼子の3人組が巻き込まれた3つの事件が綴られる。


「人質は寝返りする」
 蓮くんを連れて買い物に出た春風は、涼子に付き合って質屋に入る。ブランドものの高級腕時計を換金するためだ。彼女がそんなものを持ってる理由もおかしいのだがここでは割愛。
 しかしそこに、目出し帽をかぶった二人組の強盗が現れ、拳銃で脅して客たちを監禁してしまう。
 春風は強盗の目を盗んで警察への通報に成功する。数分で現場には警官たちが駆けつけるだろう。だが春風が意を決して犯人がいる奥の事務室に踏み込むと、そこには強盗の一人が射殺体となっており、もう一人は姿を消していた。
 しかしそのとき、現場の周囲は春風の通報によって既に警官たちが包囲していた。殺人犯はどうやって逃げたのか・・・?
 ミステリ的なオチとしてはわかりやすいが、読みどころは事件の背景と、それを探り出す春風の捜査ぶりだろう。
 赤ん坊を連れた刑事を主役に起用してるだけに、蓮くんが要所要所で重要な役回りを果たす(蓮くん本人に自覚はないだろうけどね)のが上手い。


「瞬間移動のはずがない」
 車に乗った春風・蓮くん・沙樹・涼子の4人は高速道路に乗るが、事故渋滞に巻き込まれてしまう。たまたま前にいたミニワゴンについてSAに入って休憩することに。その後、ミニワゴンよりも先にSAを出発(時刻は20:20)、その後2時間かけて大渋滞を抜け、一般道に降りた。
 翌日、春風は休業中のはずなのに、職場の上司から呼び出しを受ける。殺人事件が発生したが、その容疑者にはアリバイがあるのだという。
 犯行時刻は前日の20:00。しかしそのとき容疑者は営業用のミニワゴンに乗っていたと主張、実際に20:40に職場の駐車場に帰ってきたのが防犯カメラに映っていた。犯行現場から駐車場に戻るには、高速道路の渋滞を抜けなければならず、2時間以上かかるはず。
 そしてそのミニワゴンこそ、春風たちが20:20にSAで追い越したものだった。容疑者の車は、わずか20分で大渋滞を突破したというのか・・・
 なかなか奇妙で魅力的な謎。トリックも手が込んでて、とてもよくできているけど、実際にやったら(そんな人はいないだろうが)、案外簡単にバレそうでもある(笑)。


「お外に出たらご挨拶」
 県警捜査一課長宛に脅迫文が送られてきた。送り主は中国人半グレ集団のリーダー・"赤蛇"。過去に行われた捜査に対しての報復を宣言したのだ。県警が入手した情報では、どうやらテロを画策しているらしい。
 さて、蓮くんを連れた春風たちは巨大ショッピングセンターに出かけていき、そこでこのテロ騒ぎに巻き込まれていく・・・のだが、これ以上書くと興を削ぐかと思うので、ここまで。


 「人質-」では3ヶ月だった蓮くんも、「お外-」では7ヶ月になり、その成長ぶりも微笑ましい。
 3作全体を通しての "仕掛け" もあるのだけど、これはある程度見当がつく人も多いだろう。
 それでも、本書は楽しく読める。ミステリとしての個々の作品の出来もいいし、登場するキャラが面白く、サスペンスもある。そしてそれらすべてを "蓮くん" を中心に描いてみせるのが秀逸だ。
 子育ての経験がある人は「育児あるある」の数々に嬉しくなるだろうし、経験がない人も十分に楽しめるだろう。将来の "予習" になるかどうかは分からないけど(笑)。



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