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Jミステリー 2022 SPRING [読書・ミステリ]


Jミステリー2022 SPRING (光文社文庫)

Jミステリー2022 SPRING (光文社文庫)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2022/04/12
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 第一線のミステリ作家6人による全編新作書き下ろし短編アンソロジー。

* * * * * * * * * *

「リノベの女」(東野圭吾)
 不動産会社で働く神尾真世(かみお・まよ)は、上松和美(うえまつ・かずみ)という女性からマンションのリフォームを依頼される。
 和美は資産家の上松孝吉(こうきち)と結婚したが死別していた。しかし最近になって、二十数年にわたって音信不通だった兄・竹内祐作(たけうち・ゆうさく)が連絡をしてきたという。
 真世の叔父・武史(たけし)の経営するバーで、和美は竹内と会うことになるがその場で竹内は「お前は妹の和美じゃない」と言い出した・・・
 探偵役を務めるのは武史。和美の秘密を探ると同時に "兄妹間のトラブル" も解決してしまう。和美の抱えた事情はちょっとリアリティに欠けるようにも思うが、それをも押し切って読ませてしまうのは流石。


「ある部屋にて」(今村昌弘)
 健吾(けんご)は恋人の優里(ゆり)が住むマンションにやってきた。しかし彼女から別れ話を切り出され、頭に血が上った健吾は優里を撲殺してしまう。
 部屋にあったスーツケースに優里の死体を詰め終わった時、インターホンが鳴る。来客はヨレヨレのコートを着た男で、弁護士の白川と名乗った。優里の依頼で来たという。
 健吾はとっさに「私は優里の兄だ」と名乗ってしまうが・・・
 優里が不在の状況の不可解さを、白川がネチネチと健吾に問い詰め始めるので「刑事コロンボ」パターンの倒叙ミステリかと思いきや、ラストでは二重のひねりわざが炸裂する。


「立体パズル」(芦沢央)
 脚本家の宮野雄一郎(みやの・ゆういちろう)の息子・翔大(しょうた)は保育園に通っているが、同級生の長内達幸(おさない・たつゆき)くんが保育園を休みだしたという。どうやら母親の実家に行っているらしい。
 数日前には、33歳の独身男性が5歳の男児を刺し殺すという事件が起きていた。犯人は未だ逃走中だ。
 雄一郎の妻がママ友たちから仕入れてきた情報によると、長内家が住んでいる邸宅には、5年前まで男児殺害犯が暮らしていたのだという。しかも、最近になって犯人が家の様子を覗きに来ていたらしい・・・
 長内家の行動は、ある意味当然のことなのだが、雄一郎はその裏に潜む、もう一段深い理由に思い至ってしまう。これは子育てをしている親ならではの発想だろう。


「叶えよ、アフリカオニネズミ」(青柳碧人)
 民間企業が設立した《ヤーキー地雷撤去研究所》は、カンボジアの地雷原から地雷を撤去する研究をしている。その研究所の一室で爆発があり、副所長の原竹安和(はらたけ・やすかず)が死亡した。
 発見者は所員の永井愛理(ながい・あいり)。ネズミの世話のために宿直として泊まり込んでいた。この研究所は、訓練したネズミを地雷撤去に使うことを研究していた。
 しかし研究の進捗は思わしくなく、死んだ原竹は本社に対して研究所の廃止を上申していた。一方で地雷マニアでもあり、地雷のサンプル品を集めるのが趣味だった。
 現場は密室だったことから、誰かが火薬の入った地雷サンプルを用意して原竹に渡したのではないか?という疑いが持ち上がる・・・
 現場をわざわざ密室にした理由がキモの作品かな。密室トリック自体はバカミスに近いけど(笑)。


「目撃者」(織守きょうや)
 高部陽人(たかべ・はると)は妻子がありながら愛人との逢瀬を楽しんでいた。
 ところがある晩、陽人が自宅マンションに帰り着くと、妻の彩花(あやか)が撲殺死体となっていた。
 警察はマンションの出入り口にある防犯カメラの映像から犯人を割り出そうとするが、有力な容疑者が浮かんでこない。
 犯行時、二歳の息子・朝陽(あさひ)は熟睡していたらしい。仮に犯行を目撃していたとしても証人能力はないだろう。ところが、その朝陽が陽人の犯行を示すようなことを言い出す。
 「おとうさんが、どんってした。まま、いたいいたいした」・・・
 この "証言" の解釈が本作のキモなんだが、これは気がついた人、けっこういるんじゃないかな。


「黒猫と薔薇の折り紙」(知念実希人)
 未練を抱えたまま死んだ人間は "地縛霊" となって地上に残ろうとする。それを防ぐため、死神は "使い" を人間界に派遣した。"使い" はクロという名の猫の姿になり、日夜、死者が地縛霊にならないように活動している。
 ある晩、クロは平間大河(ひらま・たいが)という青年が首吊り自殺をしようとしているのを阻止し、彼の記憶の中へ入っていく。
 大河は結婚を約束した恋人・美穂(みほ)を残し、料理人になるために東京へ出て行った。7年後、料理人修行を終えて帰って来たが、美穂はすでに別の男と結婚し、娘まで生まれていた。
 しかしその三ヶ月後、美穂の父から彼女が死んだと告げられる。そのうえ「美穂が死んだのはお前のせいだ」と罵られたのだった・・・
 うーん、真相は感涙もののはずなんだが、今ひとつ私好みの話ではないので素直に感動できないなぁ・・・って思っていたら、ラストで意外な超展開が。
 なんとこの話、長編の第一章を短編に改稿したとのこと。続きはぜひ長編のほうを読んでください、ということですね。
 光文社さん、商売が上手い。



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実家暮らしのホームズ [読書・ミステリ]


実家暮らしのホームズ (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

実家暮らしのホームズ (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2024/01/11
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 ミステリ・マニアの資産家オリバー・オコンネルが率いる財団は "探偵発掘プロジェクト" を実施したが、その予選で最高得点を叩き出した人物は、なぜか本選には現れなかった。
 財団の調査で判明したその人物の正体は、実家暮らしのひきこもりの日本人青年だった。彼は財団を騙した代償として、様々な事件の解決に当たることになったのだが・・・

* * * * * * * * * *

 ミステリ・マニアの資産家オリバー・オコンネルが率いる財団は "探偵発掘プロジェクト" を実施した。四次にわたる予選を通過した12名には、本選参加を条件に3万ドルの報奨金が与えられた。
 しかし、予選で最高得点を叩き出した人物は、なぜか本選には現れなかった。

 財団の調査で判明したその人物の正体は、24歳の日本人で、実家暮らしのひきこもり青年・判治(はんじ)リヒトだった。
 彼は財団から報奨金3万ドルの返還を求められたが、既にもう使い果たした後だった。そこで財団は、その代償として様々な事件の解決にリヒトに命じることになった。

 財団の代理人として現れた女性ホルツマン・ユキとともに、リヒトは警察も解決できなかった怪事件に挑んでいく。


「Case 1 8ビットの遺言」
 オリバー・オコンネルの親友だったIT企業社長・城ノ戸純(きのと・じゅん)が自身の別荘で刺殺された。犯人は被害者の生活パターンをよく知った者と思われた。リヒトは遺体の不自然な状況から "ある意味" を読み取るのだが・・・
 リヒトは "何でもお見通し" のホームズ型の探偵なのだけど、この状況から○○○を思いつくというのはちょっとマニアック過ぎるかも。


「Case 2 自殺予告配信」
 『ナチュラル・ボーン・コレクター』と名乗る若い男性ユーザーが一本の動画を投稿した。内容は "24時間以内に自分を見つけてくれなければ自殺する" というもの。
 投稿者の父親から通報があって警察が自宅に乗り込んだが、既に本人は姿を消していた。
 居場所のヒントは彼の部屋に残されているはずとリヒトは判断するが、"コレクター" を名乗るだけあって、部屋の中は雑多な収蔵物であふれかえっていた。しかしリヒトはたちまちのうちにそこから手がかりを見つけだす・・・
 ○○○○○○○○○というアイテムもなかなか。これ気づく人いるのかな? 少なくとも私だったら絶対ダメだな。


「Case 3 撲殺モラトリアム」
 資産家の高須忠彦(たかす・ただひこ)が撲殺された。彼は脳疾患を患って身体が不自由だったが、介護をしている貴久代(きくよ)と春子(はるこ)という二人の娘に対してDVを振るっていた。警察の調べに対し春子が犯行を自供したのだが、状況に不可解な点が多い・・・
 犯行動機の異様さも被害者の性格の悪さ(笑)もひねりが効いている。読後感はイヤミスに近いが。


「Case 4 零下二十五度の石棺」
 漁港の冷凍倉庫で死体が発見された。睡眠薬を飲んで眠った状態で放置されたことによる凍死だった。遺体の持っていたスマホには遺書とみられるメッセージが残されており、さらに倉庫の扉の内部側レバーにはロープが結びつけられて固定されているという密室状態。自殺の可能性も疑われたが・・・
 リヒトが遺書の偽造を見抜くくだりは相変わらずマニアック。盲点と云えばそうなのだけど。
 密室トリックはある意味 "一発芸" なので見当がつく人もいそう。リヒトが出張ってこなくても、警察が地道に捜査すればたどり着ける気もするが。


「Case 5 ダイムの遺言」
 「Case 1」で殺害された城ノ戸社長からオリバー・オコンネル宛てに書簡が届いた。それは城ノ戸が生前、顧問弁護士に託してあったもので、死亡して半年後に投函することになっていた。内容は漢字だけで書かれた謎の文字列による暗号だったが、リヒトは一瞥しただけで解読する見当をつけてしまう。
 手紙には、城ノ戸の娘・北条千恵子(ほうじょう・ちえこ)ともに暗号を解読してほしいとあった。リヒトたちは彼女を連れて「Case 1」の舞台となった城ノ戸の別荘に向かうのだが・・・
 ○の○○が○○れた○○○がそのまま暗号解読表になるとは。云われてみれば "なるほど" なアイデアではある。
 しかしそれはとっかかりに過ぎず、真の解答に至るまでは二転三転するなどひねりが効いてる(効き過ぎてる)。
 さらに「Case 1」で持ち越されていた謎が「Case 5」で解明されるなど、この二編は前後編になってるとも云える。
 そして最期に得られた "もの" も、まあこんなことよく思いついたと感心してしまう。


 リヒトが負った3万ドルの借金は事件解決のたびに減額されるのだが、今回の五件を通じてもさほど減っていないので、さらなる続編があるのかも知れない。
 ひねくれ者のリヒトはともかく(おいおい)、ホルツマン・ユキさんはいいキャラをしているので、彼女にはまた会いたいかな(笑)。



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黒牢城 [読書・ミステリ]


黒牢城 (角川文庫)

黒牢城 (角川文庫)

  • 作者: 米澤 穂信
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2024/06/13

評価:★★★★☆


 時は戦国時代。本能寺の変より四年前、荒木村重は織田信長に叛旗を翻し、有岡城に立て籠もった。さらに織田方の使者としてやってきた小寺(黒田)官兵衛まで城内に幽閉してしまう。
 しかし有岡城内では次々に不可解な事件が起こっていく。放置しては人心に迷いが生じ、城が落ちるきっかけになりかねない。
 窮地に陥った村重は、囚人となった官兵衛に謎解きを求めるのだが・・・

 本作は第12回山田風太郞賞、第166回直木賞、第22回本格ミステリ大賞を受賞、さらに主要ミステリランキングで軒並み1位を獲得したという超話題作。

* * * * * * * * * *

 本書は摂津国川辺郡(現・兵庫県伊丹市)にあった有岡城が舞台となる。物語の99%はこの城内、あるいは城の周辺で進行する。

 本能寺の変の四年前の天正6年(1578年)、荒木村重(あらき・むらしげ)は織田信長に叛旗を翻し、有岡城に立て籠もった。
 有岡城は東西0.8km、南北1.7km。周囲に堀と土塀を巡らし、内部には町屋敷や町家(町人や武士の居住地)がある。村重は籠城にあたり、家臣や周辺住民まですべて城内に収容している。

 さらに村重は、織田方の使者としてやってきた黒田官兵衛(くろだ・かんべえ)の説得にも応じず、彼を捕らえて城内に幽閉してしまう。
 織田方は大軍を動員し、有岡城を取り囲んでの持久戦が始まる。本書はそこから有岡城落城までの一年間、四つの季節を描いている。

 籠城はしたものの、援軍となるはずの毛利軍が待てど暮らせどやってこない。城内に不安が広がる中、不可解な事件が続発していく。これを放置しておいては混乱に拍車が掛かり、城が落ちるきっかけになりかねない。窮地に陥った村重は、囚人となった官兵衛に謎解きを求めるのだが・・・


「第一章 雪夜灯籠」
 冬。
 大和田城に詰めていた荒木方の武将・安部二右衛門(あべ・にえもん)が織田方へ寝返ってしまった。人質として有岡城内に入っていた二右衛門の子・自念(じねん)は11歳。裏切りがあれば人質は殺されるのが戦国の世の習いであったが、村重は思うところがあって彼を生かしておくことを命じる。
 しかしその自念が殺害される。現場は自念が居住していた村重の屋敷の納戸。周囲には監視の目があり、庭に面した戸は開いていたが、そこには一面の雪が積もっており、下手人の足跡はもちろん、何の痕跡も残っていなかった・・・
 いわゆる ”衆人環視の中の不可能犯罪” である。


「第二章 花影手柄」
 春。
 有岡城内に籠もる軍勢は村重の家臣だけではなく、いくつかの勢力の混成軍である。しかし籠城が長引くにつれ、諸派の間での軋轢が起こっていた。
 特に鈴木孫六(すずき・まごろく)が率いる雑賀(さいか)衆と、高山大慮(たかやま・ダリヨ:キリシタンとしての洗礼名)が率いる高槻衆との確執が目立った。それを憂う村重は一計を案じる。
 双方の精兵を20名ずつを起用し、村重自らが指揮を執って織田方の大津長昌(おおつ・ながまさ)の陣への小規模な夜襲を敢行したのだ。
 夜襲は成功し、雑賀衆と高槻衆はそれぞれ二つずつ武士の首を上げてきた。内訳は老武者と若武者それぞれ一つずつ。そこへ長昌討ち死にとの報が入ってきた。長昌の年齢から考えると若武者のはず。ならば、長昌の首を取ったのはどちらなのか?
 ガス抜きのために行った夜襲が、かえって双方の対立を深めかねない事態になり、村重は苦慮することに。


「第三章 遠雷念仏」
 夏。
 周辺の武将も次々に織田に降り、有岡城は孤立無援に陥りつつあった。しかし城内は依然として抗戦派が優勢な状況だった。
 しかし村重は廻国僧(かいこくそう:諸国を巡りながら布教活動を行う僧)の無辺(むへん)を通じ、明智光秀に降伏の仲介をしてもらうための工作を続けていた(光秀の娘が村重の息子に嫁いでいる)。
 しかし明智側は、村重が降る証しとして〈申寅〉(さるとら)を要求してきた。〈申寅〉は村重が所有する茶器の中でも最も有名なものだ。
 村重から〈申寅〉を預かった無辺は、夜陰に乗じて城を抜け出すために町家(城内の居住区)の外れにある庵で時を待つことになった。
 しかしその無辺が殺され、〈申寅〉が持ち去られるという事件が発生する。村重は周囲の証言を集め、無辺が庵に入った昼から遺体が発見される翌朝までの時系列に沿った関係者の動きをまとめるが、下手人は浮かんでこない・・・


「第四章 落日孤影」
 秋。
 「第三章」のラストに於いて、無辺を殺した下手人は死亡してしまうのだが、村重はその状況に疑問を覚える。城内に裏切り者が潜んでいるのではないか?
 死亡時の疑問を解明し、裏切り者を特定しようとする村重だが・・・


 戦国時代に屈指の軍師と謳われた官兵衛を安楽椅子探偵に起用するというアイデアが抜群に光る作品だ。
 対する荒木村重も、決して無能ではない。むしろ推理能力としては常人の遙か上を行く。つまり本書は二人の探偵の対決という側面も持っている。

 官兵衛は村重から城内で起こった事件の概要を聞いて推理を巡らせるのだが、「それはこれこれこういうこと」と答えてしまっては敵である村重を利することになってしまう。
 だから官兵衛は素直に答えない。答えないのだが、全くの無回答ではなく、意味深な言葉を発するのだ。そして村重は、その言葉に隠された真相へのヒントを自ら読み解いていく、というのが二人の推理合戦のパターンとなる。


 本書は連作歴史ミステリとしても秀逸なのだが、それだけで各種ミステリランキングを制覇することはできない。本書の一番のキモは、物語全体に張り巡らされた "仕掛け" にある。 終盤に至ると、「第一章」から始まった一連の事件が再解釈され、村重はそこに意外なつながりがあったことを知ることになる。

 そして官兵衛。地下牢に閉じ込められ、生死を村重に握られていても、一年にわたる幽閉生活を無為に過ごすような人間ではない。胸の中にひとつの "謀(はかりごと)" を秘めながら、村重との対峙を続けてきたのだ。

 だから「第四章」の終盤に至り、官兵衛は村重にこう言い放つ。
 「我が策は、すでに成ったのでござる」と。

 本書のメイン探偵は官兵衛なのだが、ホームズ役というよりモリアーティ役と呼んだ方がふさわしいのかも知れない。
 ネットの書評では『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクターに例える人もいるらしいが。

 ネタバレになるのでこれ以上書かないが、本書が絶賛された理由は、まさにこのような "ミステリの多重構造" にあるのだろう。


 「終章」では籠城が終わるまでの経緯に加え、作中人物たちの "その後" が語られる。
 有岡城が落城に至るまでに荒木村重がどう振る舞ったのかは、歴史に詳しい人なら先刻ご承知のことかも知れないが、それを知らなかった私は想定外の成り行きに驚かされた。
 村重以外の人物も、いかにもな生涯を送った者もあり、意外な末路を辿った者もあり。戦国時代の "人生いろいろ" がうかがえる。

 そして最後には官兵衛自身のことが語られる。ここの部分は知識としては知っていたのだが、作者は "このシーン" で締める、と決めていたのだろう。これも読んでのお楽しみとしておこう。



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異端の聖女に捧げる鎮魂歌 [読書・ミステリ]



評価:★★★★


 1783年10月のフランス。パンティエーブル公妃マリー=アメリーのもとへ手紙が届く。差出人はロワール川の孤島に建つ女子修道院の院長。内容は、近々修道院内で惨劇が起こるのではないかという懸念を伝えるものだった。
 マリー=アメリーは、一年前に協力して殺人事件を解決した相棒ジャン=ジャック・ボーフランシュ大尉とともに女子修道院へ向かうが、男子禁制の修道院とあってジャン=ジャックは入れてもらえない。
 そしてその直後から、修道女たちが続々と殺されていく・・・

 アガサ・クリスティー賞受賞作『ヴェルサイユ宮の聖殺人』に続く第二作。

* * * * * * * * * *

 フランス革命を数年後に控えた1783年。一年前のヴェルサイユ宮殿内ので殺人事件を解決したパンティエーブル公妃マリー=アメリーは一躍、時の人となった。
 その彼女のもとへ手紙が届く。差出人はノートル=ダム女子修道院の院長。近いうちに、修道院内で "目を覆いたくなるような惨劇" が起こるのではないかという懸念を伝えるものだった。

 マリー=アメリーは一年前の事件をともに探った相棒ジャン=ジャック・ボーフランシュ大尉と女官のラージュ伯爵夫人を伴ってパリを発つ。

 ノートル=ダム女子修道院は、フランス中部を流れるロワール川の孤島に建つ城塞を改修したもの。厳しい戒律の中、少数の修道女たちが共同生活を営んでいる。
 マリー=アメリーの一行は到着はしたものの、男子禁制の修道院とあってジャン=ジャックだけが追い返されてしまう。

 修道院長は病床にあるとのことで姿を見せなかったが、副院長エリザベートは二人を受け入れ、修道院内に潜り込むことに。

 一方、ジャン=ジャックは川の対岸にある街・トゥールへ向かい、そこでパリ警察捜査官ランベールと落ち合った。
 トゥールにある聖マルタン大聖堂のギベール主任司祭が一週間前に変死するという事件が起こっていた。未来のトゥール大司教候補とみられていた人物の死亡事件に不安を覚えた現大司教が国王ルイ16世に泣きつき、そこで一年前にヴェルサイユ宮の事件を捜査したランベール(とジャン=ジャック)に白羽の矢が立ったのだ。

 一方、ノートル=ダム女子修道院でも事件が起こる。14歳になったばかりの修道女見習いのアニュスが、変死体で見つかったのだ。

 どちらの死体も目立った外傷はない。二つの死に関係はあるのか? しかし事件はこれだけでは終わらず、さらに修道女たちが殺害されていく・・・


 前作で登場した処刑人シャルル=アンリ・サンソンは、死体に関する豊富な知識から、法医学的な知見を示してくれる貴重なキャラだったが、本作ではパリを遠く離れているため、彼の登場はない。
 その代わり、彼の弟ルイ=シャルル・マルタン・サンソンが登場する。彼もまた現地での処刑人を勤めており、兄に代わってジャン=ジャックたちに協力する。

 その結果分かったことは、ギベールもアニュスも目立った外傷はないのに、窒息死の症状を示していること。何らかの毒物が疑われるが、その正体が分からない(でもこれは、気がつく人はけっこういそう)。

 事件が続き、死者が増えるということは、相対的に容疑者が絞られていくということ。修道院内で探りを入れるマリー=アメリーを取り巻くサスペンスも高まっていく。
 終盤になると、彼女の危機を救うべくジャン=ジャックも命を賭けた行動に出る。ロマンス要素も高まり、二人の距離もぐっと近づいていく。

 修道院に入る動機は人それぞれ。登場してくる修道女たちのキャラも多彩だ。純粋にキリスト教に帰依する者もいれば、花嫁修業の場として一時的に過ごすところと割り切っている者もいる。現世と縁を切ったように見えても、煩悩に悶々とする者もいる。
 最終的に明らかになる真相は、捨てたはずの現世の因縁から逃れられない、人間の業の深さを感じさせるものだ。

 現場となった女子修道院は、200年前の宗教戦争で処刑された者の亡霊が彷徨うという曰く付きの場所。これも物語を盛り上げる要素になっているのだが、具体的にどう関わるかは読んでのお楽しみだろう。


 今回、マリー=アメリーとジャン=ジャックは、物語の八割方は別々に行動することになる。携帯電話など影も形も無い時代なのだが、二人は伝書鳩(!)を使って、意外と緊密に連絡を取り合っていく。この鳩、嵐の中でも果敢に飛んで、二人を繋いでくれるという健気さ。本作で一番頑張ってたのはこの鳩かも知れない(笑)。文庫の表紙にもしっかり描かれているし。

 そのおかげか判らないが、一年前の事件から現在まで中途半端な状態だった二人の関係は、どうやら一歩前へ踏み出したようだ。巻末の後書きには次回作の予告もある。期待して待ちましょう。



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続シャーロック・ホームズ対伊藤博文 [読書・ミステリ]



評価:★★★★


 探偵を引退し、養蜂家となっていたホームズの元へ訃報が届く。伊藤博文が満州で暗殺されたと。
 しかしホームズの前に謎の女が現れ、小さな仏像を残して去って行く。その背には伊藤博文暗殺の陰に何らかの陰謀の存在を示唆する文章が刻まれていた。
 日本で行われる「惜別の会」へ出席すべく、ホームズはワトソンと共に日本へやってくるのだが・・・

* * * * * * * * * *

 本書はタイトル通り『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』の続編となっている。
 1891年、ライヘンバッハの滝でモリアーティ教授を葬った後、日本へ渡ったホームズが、「大津事件」(訪日中のロシア皇太子が日本人警官に襲撃された事件)を巡り不審な行動を取るロシアを相手に、伊藤博文と協力して立ち向かうというのが前作。
 本書はその19年後のエピソードとなる。

 よく続編のキャッチコピーに「ストーリーは独立しているので本書から読んでも大丈夫」なんてのがあるが、本作に限っては「ぜひ前作を読んでから」と云いたい。
 ストーリーの連続性はほとんどないが、前作で培われたホームズと伊藤との関係が本書の根底になっていて、二人の物語は本書で完結するとも言えるので、この二作はいわば前後編と云ってもあながち間違いではないだろう。

 閑話休題。


 49歳となったホームズは、ある事件の解決にケチをつけられたことをきっかけに探偵を引退し、養蜂家となった。
 その6年後、彼の元へ訃報が届く。伊藤博文が満州で朝鮮の民族活動家・安重根(アン・ジュングン)によって暗殺された、と。

 しかしホームズの前に謎の女が現れ、小さな木製の仏像を残して去って行く。その仏像の背には英文で「伊藤博文を殺したのは安重根ではない」と刻まれていた。

 伊藤の暗殺から半年後に開かれる「惜別の会」は、列強各国の首脳・準首脳が集ってくるという大がかりなもの。それに参加するためにホームズはワトソンと共に日本へやってくる。
 しかし日本の政治家たちは、ホームズへ招待状を送った覚えはないという。しかし二人が受け取った招待状は正式なものと同じ用紙、同じ封筒を用いたもので、偽造は困難だった。
 ホームズとワトソンは、招待状が作成・発送された経緯の調査を始めるが、そこで担当者が死亡する場面に遭遇する。

 伊藤が暗殺された満州の哈爾浜(ハルピン)駅での現場にも不審な点があったことが判明、さらに遺体の搬送状況にも疑問点が浮上していく。

 やがて一連の事態の裏に潜んでいた "ある陰謀" が、「惜別の会」に向かって収斂していく。・・・


 物語の中盤では、ある驚愕の事実が明かされる。これは破壊力抜群なのだが、同時に「いくらなんでもそれはないだろう」とも云えるもの。ネタバレになるので書かないが、これから読む人はお楽しみに(笑)。


 前作から19年が経ち、ホームズは55歳、ワトソンは57歳になっている。
 ホームズは引退して養蜂業、ワトソンは医師を続けながら数年前に再婚、二人の子どもをもうけている。
 日々の生活に物足りないものを感じていたホームズは、久々に訪れた "謎" の解明に張り切るが、安定した家庭を持ったワトソンはなかなか日本行きに同意しようとしない。このあたりの対比も面白い。

 日本では伊藤の遺族も登場するが、ここでも時の流れは感じられる。芸妓上がりだが英語を達者に操る梅子は、すっかり大政治家の奥方(未亡人だが)らしく貫禄がつき、前作でおきゃんなお嬢さんだった娘の生子(いくこ)は落ち着いた人妻になっている。
 そして伊藤の長男(庶子だが)・文吉(ぶんきち)は25歳となり、本書ではホームズ・ワトソンに次ぐメインキャラの一人で登場シーンも多い。

 文吉は首相・桂太郎の五女・寿満子(すまこ)と婚約しているのだが、なんと彼女はまだ13歳(!)である。まあ閨閥づくりのための政略結婚だったのだろう。
 ただ、文吉は言動の端々から寿満子を大事にしていることが窺われるし、そんな文吉のことを寿満子の方も憎からず思っていそうなところが救いではある。

 寿満子嬢の登場シーンは多くないのだけど、終盤に至ると俄然、スポットライトが当たる。悪党に掠われて人質にされてしまうと云う "王道ヒロイン"(笑)になってしまうのだ。文吉君は彼女を救うために右往左往することになる。

 物語は「惜別の会」を舞台にした、犯人vsホームズの活劇シーンでクライマックスを迎える。前作と合わせて、明治時代の日本でホームズが活躍する冒険譚を二作、とても楽しませてもらった。
 作者は明智小五郎を主役にした作品も書いているのだけど、これからもこういうパスティーシュを書いてほしいなあ。売れっ子なので忙しいだろうけど。


 最期に余計なことを。
 作中での寿満子さんは、身体が丈夫でなさそうな描写があり、父親の桂首相がそれを嘆くシーンがあった。だけど wikipedia によると、文吉と結婚した寿満子さんはなんと7人の子宝に恵まれたらしい。夫婦仲も良かったのだろう。



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幻月と探偵 [読書・ミステリ]


幻月と探偵 (角川文庫)

幻月と探偵 (角川文庫)

  • 作者: 伊吹亜門
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2024/06/13

評価:★★★★


 1938年の満州。満州国官僚・岸信介の秘書が毒殺された。現場は元陸軍中将の晩餐会。
 依頼を受けた私立探偵の月寒三四郎は、内密に調査に乗り出すが、第二、第三の殺人が発生する・・・

* * * * * * * * * *

 1938年(昭和13年)。太平洋戦争前夜の満州の都市・哈爾浜(ハルピン)。
 満州国国務院産業部の官僚・岸信介(きし・のぶすけ)の秘書・瀧山秀一(たきやま・しゅういち)が毒殺された。現場は元陸軍中将・小柳津義稙(おやいづ・よしたね)の晩餐会。瀧山は義稙の孫娘・千代子(ちよこ)の婚約者だった。

 岸の部下である椎名悦三郎(しいな・えつさぶろう)から依頼を受けた私立探偵の月寒三四郎(つきさむ・さんしろう)は内密に調査に乗り出すが、現場の状況から被害者を狙って毒物を飲ませるのは困難だったことが判明する。さらに晩餐会の客たちと被害者は初対面で明確な動機も見当たらない。

 晩餐会当日、義稙元中将に宛てて、「三つの太阳(たいよう:太陽)を覚へてゐるか」という脅迫状めいた文書が送られていた。犯人の狙いは元中将なのかも知れない。
 しかし義稙の親族、同居する使用人、晩餐会の招待客たちもなかなかアクの強いメンバーが揃っていて、月寒の事情聴取は困難なものとなる。

 奉天会戦(日露戦争末期に行われた最期にして最大の陸上戦)で英雄として称えられた義稙は、引退した後も哈爾浜の社会に大きな "影響力" を持っていた。
 物語が進むにつれて、現役の軍人だった頃に義稙が関わった秘密や、"影響力" の正体が明らかになっていくのだが、それがなかなか真相解明に結びつかない。

 そして月寒に対して、なぜか憲兵隊からの捜査妨害の圧力がかかってくる。さらに第二、第三の殺人が発生するのだが・・・


 探偵としての月寒は、一を聞いて十を知るような叡智型ではなく、地道に歩き回って関係者と対話を重ね、証言と証拠を積み重ねて少しずつ真相をあぶり出していくタイプとして描かれている。
 満州という傀儡国家、そこを支配する関東軍(日露戦争後に日本が中国東北部に設置した陸軍部隊)の思惑、哈爾浜の裏社会など重層的な混迷の中にある舞台を中を動き回るのなら、ハードボイルド型の探偵の方が馴染むのだろう。

 そして明らかになる真相。犯人の正体も意外だが、その動機にはさらに驚かされる。犯人に殺人を決意させたものは、この時代、この舞台だとも云える。紛れもなく "歴史" の上に成立するミステリだと思う。

 本作は、作者の第三作めになる。月寒の登場する長編は現時点でこの一作のみなのだけど、シリーズとして続けていくらしい。太平洋戦争に向かう本作に続く時代の物語になるのか、戦後を舞台にするのか、はたまた時代を遡った過去編になるのかは判らないけど、期待して待ちましょう。


 最期にちょっと余計なこと。

 作中に登場する岸信介と椎名悦三郎は実在の人物。
 二人はこの事件の翌年(1939年)に日本に帰国、政治家へと転身する。岸は昭和32~35年(1957~60年)に首相を務めている。ちなみに安倍晋三は岸の孫である。
 椎名も岸の側近として複数の大臣を歴任している。昭和49年(1974年)に三木武夫総理を誕生させた「椎名裁定」(当時自民党副総裁だった椎名が、新総裁に三木を指名した)が有名だが、これを知ってるのは還暦越えの人だろうなぁ。



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爆ぜる怪人 殺人鬼はご当地ヒーロー [読書・ミステリ]


爆ぜる怪人 殺人鬼はご当地ヒーロー (宝島社文庫)

爆ぜる怪人 殺人鬼はご当地ヒーロー (宝島社文庫)

  • 作者: おぎぬまX
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2023/06/06
  • メディア: Kindle版

評価:★★★★


 東京・町田で起こった誘拐事件。しかし誘拐犯が何者かに殺害されてしまう。救出された少年は典型的な特撮ヒーローのような絵を描いて見せ、「正義のヒーロー」が助けてくれたと語った・・・
 町田の街を徘徊する、ヒーローのコスチュームに身を包んだ殺人鬼。イベント運営会社で働く志村は、真相を突き止めようと活動を始めるが・・・

 第21回(2023年)『このミステリーがすごい!』大賞・隠し玉。

* * * * * * * * * *

 東京・町田にあるイベント運営会社マチダ・ヒーロー・ファクトリー(MHF)は、"ご当地ヒーロー"・「マチダーマン」のTVドラマ制作や、CMのための "企業ヒーロー" の企画製作も請け負っている。

 本書の主人公はそこで働く志村弾(しむら・だん)。デザイナーという肩書きながら、ご当地ヒーロー「マチダーマン」のショーを運営する裏方としての仕事の方がはるかに多い。ワンマン社長の下、日々こき使われていた。

 去年、地元企業から受注し、志村がデザインしたヒーロー・"シャドウジャスティス" はスーツまで完成していたが、発注した企業が倒産したためにお蔵入りとなっていた。
 ちなみにそのデザインは文庫表紙のイラストになっている。イメージとしては『宇○刑○ギ○バ○』を思い浮かべていただけばいいだろう。

 そんなとき、少年の誘拐事件が発生するが、意外な形で解決する。犯人が廃工場で絞殺死体となって見つかったのだ。
 救出された少年は「正義のヒーロー」が助けてくれたと語った。そして彼の描いた絵を見て志村は仰天する。少年が描いた絵は、"シャドウジャスティス" によく似ていたのだ。

 志村がMHFの倉庫を確認したところ、"シャドウジャスティス" のスーツは姿を消していた。社内の誰かが持ち出し、誘拐犯の殺害に利用したのか?・・・


 読んでいてまず驚かされるのは、主人公の志村が働くMHFのブラック企業・パワハラ体質ぶり。ワンマン社長の気分次第で社員は振り回されるているし、失敗すると他の社員が見ている前で、屈辱的な "罰" が課される。この "罰" の内容は、あまりにも品が悪すぎてここに記すことも憚られる。興味がある方は一読してみていただきたい。胸が悪くなること請け合いである(おいおい)。

 しかしそんな会社の中にもプロ意識をもつスタッフはいる。ヒーローや怪人のデザイン、スーツの製作&メンテナンス、観客を前にショーを運営する裏方たち。誰が欠けてもヒーロー・ショーは成り立たない。

 実際に舞台に経つのは俳優たちだが、こちらもショーを足がかりに上を目指す野心満々のヒーロー担当若手俳優、ショー進行の屋台骨となっている悪役担当のベテラン俳優など、彼らの思いも様々。

 作中、志村と協力関係となる私立探偵・仁科(にしな)。彼もまた自前のヒーロー〈真実の探求者・ディテクティバイン〉として活動している(これによる収入はほぼゼロなので、ほとんど趣味の域)。そのために、ヒーロー・スーツも持ち歩いている(車の中に常備)。単なる賑やかしキャラかとも思っていたが、終盤では意外に重要な役回りとなる。

 殺人犯が誘拐犯の居所をどうやって知ったのかという根本的な謎もあるが、第二の犠牲者が発生することで犯人の動機の謎も浮上してくる。

 作者はお笑い芸人やギャグ漫画家という前歴があるためか、殺人やパワハラという暗鬱な内容を扱いながらも語り口はコメディ調で、あまり深刻な気持ちにならずに楽しく読み進めていくことができる。
 MHFの社員たちのキャラも濃いし、作中で描かれるヒーロー・ショーでのドタバタぶりなど笑えるシーンも多いのだが、そんな中にちゃっかり伏線を張り、ミステリとしてきちんと着地してみせるのは流石だ。



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レモンと殺人鬼 [読書・ミステリ]


レモンと殺人鬼 (宝島社文庫)

レモンと殺人鬼 (宝島社文庫)

  • 作者: くわがきあゆ
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2023/04/06

評価:★★★★


 保険外交員をしていた小林妃奈が遺体で発見された。彼女には保険金殺人を行った疑惑があった。派遣社員として働く姉の美桜は、妹の潔白を証明すべく活動を始めるが・・・

 第21回(2022年)『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作。

* * * * * * * * * *

 10年前、父親を通り魔に殺された小林姉妹。母親も失踪し、姉妹は別々の親類に引き取られて成長してきた。

 本書の主人公は姉の美桜(みお)。派遣会社として大学の事務室で働いている。そこへ妹・妃奈(ひな)の訃報がもたらされる。山中で遺棄された遺体となって発見されたのだ。死因は刺殺。刃物で十数カ所を刺されていた。

 妃奈と最期に会ったのは四ヶ月前。そのとき話したのは、姉妹の父親を殺した男・佐神(さがみ)が刑期を終えて出所したことだった。

 妃奈の身辺を取材していた週刊誌記者の報道で、一年前に彼女の元交際相手の男性(仮名A)が死亡していたこと、その生命保険金の受取人が妃奈になっていたことが判明する。そのため妃奈には保険金入手のためにAを殺害した疑惑が持ち上がってしまう。もちろん姉の美桜もマスコミにつきまとわれる身に。

 そんなとき、美桜の前にジャーナリスト志望の学生・渚丈太郎(なぎさ・じょうたろう)が現れる。美桜は彼の助力を得て、妃奈の疑惑を晴らすべく行動を始める・・・


 父親は通り魔に殺され、母親は失踪、親類の家に引き取られ、高校卒業後は派遣社員として勤務先を転々とし、収入も少なく生きていくのがやっと。自身の容姿についても全く自信がなく、歯並びが悪いこともあってコロナ禍が終わってもマスクを外して顔を晒すことができない。
 とまあ、このように主人公の美桜が "不幸のデパート" 状態。それに加えて妹の保険金殺人疑惑が浮上して、精神的には満身創痍。
 そんな彼女が、妃奈の真実を知るために、行動を起こしていく。

 美桜の周囲には多くの人物が現れる。中学時代に美桜をイジメていた海野真凜(うみの・まりん)、農学部の学生でボランティアサークルを運営する桐宮(きりみや)、Aの次に妃奈と交際していた銅森(どうもり)、その幼馴染み兼用心棒の金田(かねだ)・・・。あからさまに胡散臭い人物もいるし、一見して善人そのものに感じられる人物までさまざまだ。

 しかし妃奈を殺した人物はどこかにいるし、出所した佐神の行方も不明だ。ちなみに美桜は佐神の顔を知らない。犯行時に未成年だったために個人情報が開示されなかったためだ。

 物語は終盤に向けてめまぐるしく状況が変転していく。解説には「二転三転四転五転の力業」とあるが、まさにその通り。ジェットコースターのように読者は翻弄されていく。
 最後の最後で明らかになる「殺人鬼の正体」のインパクトはけっこう大きい。"すごい!" とか "やられた!" って感じる人も多いだろうけど、私はちょっと "作りすぎ" かなぁとも思った。まあこのあたりは好みの問題だろう。

 殺人鬼の正体にもビックリだが、私が一番衝撃を受けたのは、中盤過ぎの "あるシーン"。これは直接的なネタバレにならないのだが、物語の根幹に関わる部分なのでここでは書かない。興味がわいた人はぜひ読んで確かめてください。

 作者は本書の一年前に他の文学賞を受賞してデビューしているプロ作家とのこと。さすがの文章力にも納得だ。



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ボーンヤードは語らない [読書・ミステリ]


ボーンヤードは語らない 〈マリア&漣〉シリーズ (創元推理文庫)

ボーンヤードは語らない 〈マリア&漣〉シリーズ (創元推理文庫)

  • 作者: 市川 憂人
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2024/06/19
  • メディア: Kindle版

評価:★★★★


 空軍基地にある「飛行機の墓場」で、兵士の死体が発見される。
 調査に当たった空軍少佐のジョンは、『ジェリーフィッシュは凍らない』事件で知りあったフラッグスタッフ署の刑事、マリアと漣に協力を求めるが・・・

 表題作を含め、シリーズのメインキャラクターに焦点を当てた短編4作を収録。

* * * * * * * * * *

 "真空気嚢" という画期的な技術が開発され、それを応用した "ジェリーフィッシュ" という小型飛行船が飛び回っている1980年代、というパラレルワールドのU国を舞台にしたデビュー作『ジェリーフィッシュは凍らない』から始まったミステリ・シリーズ。そのメインキャラクターたちに焦点を当てた短編集。


「ボーンヤードは語らない」
 A州ツーソン市郊外の空軍基地には、「飛行機の墓場(ボーンヤード)」と呼ばれる場所がある。4000機以上もの退役した軍用機が屋外保管されているのだ。
 そこを夜間巡視していた兵士が発見したのはマーク・ギブソン軍曹の変死体。直接の死因はサソリに刺されたことと思われたが、なぜ彼は深夜にそんな場所にいたのか。調査によって、兵士たちの中に軍用機部品の横流しを行っているグループがあることが判明する。
 捜査に当たったジョン・ニッセン少佐は、過去の事件(『ジェリーフィッシュは凍らない』)で知りあったフラッグスタッフ署の刑事、マリアと漣(れん)に協力を求めるが・・・
 マリアの指摘する真相は、いかにも盲点を突くもの。云われてみればもっともなのだが、読んでいると気がつかないんだよねぇ。そのあたりはホントに上手い。
 ちなみに今回の現場のモデルは、アメリカのアリゾナ州デビスモンサン空軍基地のAMERC(Aerospace Maintenance and Regeneration Center)だろう。ネットで検索すると画像が見られる。なかなかの壮観だ。


「赤鉛筆は要らない」
 舞台は1970年代のJ国。高校生の九条漣(くじょう・れん)が主役となる。
 新聞部の先輩・河野茉莉(こうの・まつり)が母・由香莉(ゆかり)とともに病院から帰るところに出くわした漣は、そのまま二人を送って茉莉の家までやってきた。
 茉莉の父・忠晴(ただはる)は売れない写真家だったが、狷介な性格で妻子にも辛く当たる男だった。夕刻になって叔母の佐古田夏乃(さこた・なつの)とその夫・洋三(ようぞう)が訪れるが、折から降り出した大雪のため、漣も茉莉の家に泊まることに。
 そして翌朝、庭にある小屋の中で忠晴の死体が発見される。しかし雪の上には犯人が逃走した足跡はなかった・・・
 犯人としてある人物が逮捕され、漣はU国へ渡ってしまう。そして10年後、一通の手紙が真相を解き明かす。
 高校生の時から、漣のキャラクターができあがってしまっているのが面白い。彼自身も探偵として高い能力を持っているのだけれど、最期のシメはしっかりマリアが持っていく。


「レッドデビルは知らない」
 舞台は1970年のU国。高校生のマリアが主役となる。
 彼女の在籍するハイスクールは自由を重んじると謳いつつ、実は白人至上主義の巣窟だった。そんな校風に反撥する跳ねっ返りのマリアは "レッドデビル"(赤毛の悪魔)と呼ばれる問題児となっていた(笑)。
 周囲から浮きまくっていたマリアの唯一の友は、J国風の名で黒髪のハズナ・アナンだった。しかし雨模様のある日、ハズナから不穏な電話を受けたマリアは彼女のアパートを訪れる。そこで彼女が見つけたのは、全裸のハズナの転落死体。
 そして不可解なのは、マリアたちを目の敵にしていた資産家の息子ヴィンセント・ナイセルの陰にいて、従者のように忠実だったジャック・タイもまた死体となって発見されたことだった・・・
 金と権力を使って事件を揉み潰そうとする勢力に対抗し、自力で事件解決に挑むマリア。彼女もまたティーンエイジャーにしてキャラが確立している。
 パラレルワールドのU国も人種差別の問題を抱えていて、これが事件の根底にある。それでもミステリとしてはしっかりできている。ハズナの○○○に驚いた人も多いだろう。
 マリアのルームメイトでF国人のセリーヌもいい。どこかで本編に再登場してほしいものだ。


「スケープシープは笑わない」
 舞台は1982年のフラッグスタッフ署。マリアと漣の出会いと、二人で捜査に当たった最初の事件が描かれる。
 初対面でのお互いの印象は最悪だったが、そこへ緊急通報が入る。
「たすけて・・・ママ・・・しんじゃう」
 幼い声の短い通話だったが、そこからマリアは発信元を特定してみせる。そこは車椅子の老婦人、息子夫婦、その娘が暮らす三世帯同居のエルズバーグ家だった。DVの可能性が疑われたが、通報については結局よく分からないまま終わってしまい、マリアたちは引き下がることに。しかしその二日後、エルズバーグ家で事件が起こる・・・
 息子の妻は先住民族の血を引いており、結婚に際しては親族から反対されるなど、ここでもU国の人種差別問題が絡んでいるようだ。『レッドデビル-』事件を引きずるマリアは真相解明に奔走する。
 終盤にはさりげなく『赤鉛筆は-』事件も顔を出し、この二つの事件が二人を警察官の道へと導いたことを窺わせる。
 相変わらずマリアの推理は鮮やか。漣との掛け合いも楽しく、本編のコンビ結成の経緯を知ることができる。


 このシリーズはミステリとしても高水準だけど、マリア・漣・ジョンのキャラクターや関係性も物語を盛り上げ、楽しく読ませる効果を挙げている。
 新作が待ち遠しい、とても楽しみなシリーズだ。



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世界推理短編傑作集6 [読書・ミステリ]


世界推理短編傑作集6 (創元推理文庫 M ン 1-6)

世界推理短編傑作集6 (創元推理文庫 M ン 1-6)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2022/02/19
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 江戸川乱歩が選んだ「世界推理短編傑作集」全5巻が、2018年にリニューアルされて刊行された。本書はそれに漏れた作品の中から選んだ13編を収録した拾遺集。

* * * * * * * * * *

「バティニョールの老人」(エミール・ガボリオ)[1870]
 元理容師の老人が殺される。"わたし" は、アパートの隣人・メシエ氏に誘われて現場へ赴く。死体が残したダイイング・メッセージによって容疑者が逮捕されるが・・・。
 メシエ氏の正体を巡る話かと思ったが、さにあらず。


「ディキンスン夫人の謎」(ニコラス・カーター)[1894]
 資産家ディキンスン氏の夫人が、宝石店で万引きを繰り返しているという。相談を受けて調査に乗り出した探偵カーターは、何者かがディキンスン氏の小切手を偽造していることに気づく・・・


「エドマンズベリー僧院の宝石」(M・P・シール)[1895]
 かつてエドマンズベリー僧院にあった宝石は、ジョスリン・ソウル卿の手に渡っていた。卿はイギリス東部の片田舎に、アル=ジャバルという東洋人と二人で暮らしていた。
 彼の日記に残された異様な記述の謎を、プリンス・ザレツキーが解き明かす。


「仮装芝居」(E・W・ホーナング)[1898]
 ローゼンタールという男が南アフリカのダイヤモンド鉱区で巨万の富を築き、ロンドンへ帰ってきた。怪盗ラッフルズと相棒の "わたし" は、ローゼンタールの屋敷で開かれる宴会に忍び込むことにしたが・・・


「ジョコンダの微笑」(オルダス・ハックスリー)[1921]
 病弱な妻を持つハットン氏は、美貌のミス・ジャネットに近づく一方、若い愛人を囲っていた。そんな中、ハットン夫人が死亡し、やがて彼が妻を殺したとの噂が立ちはじめる・・・


「雨の殺人者」(レイモンド・チャンドラー)[1935]
 カーメンという娘にスタイナーという男が言い寄っている。カーメンの父ドラヴェックは、スタイナーに手を引かせるように "わたし" に依頼してきた。
 スタイナーの家に行った "わたし" が見たものは彼の死体と、その傍らで笑っているカーメンだった・・・


「身代金」(パール・バック)[1938]
 そこそこに裕福なケントは、妻アリン、ブルースとベッツィという幼い二人の子どもたちとともに平和に暮らしていた。しかしベッツィが誘拐され、身代金が要求されてきた・・・
 もうちょっとミステリ的なひねりがあると思ったのだけど。


「メグレのパイプ」(ジョルジュ・シムノン)[1946]
 メグレ警視の元へやってきたルロワ夫人は、自分の留守中に家へ何者かが侵入していると訴える。彼女が帰った後、メグレは愛用していたパイプが消えていることに気づく。そして再びやってきたルロワ夫人は、こんどは息子が失踪したと言い出す・・・


「戦術の演習」(イーヴリン・ウォー)[1947]
 ジョン・ヴァーニィは従妹のエリザベスと結婚した。戦争によって足を負傷した彼は、財産も失い、資産家の妻に養われる身となった。鬱屈した思いは、やがて彼女への殺意へと変わっていく。そんなとき、彼はエリザベスが睡眠薬を服用していることに気づく・・・


「九マイルは遠すぎる」(ハリィ・ケメルマン)[1947]
 「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない。ましてや雨の中となるとなおさらだ」たまたま耳にしたこの言葉から引き出した推理が、殺人事件の犯人逮捕まで至るという、古典的名作。これ以降、同じ趣向の作品もたくさん生み出されるなど、後世への影響も大きい。


「緋の接吻」(E・S・ガードナー)[1948]
 アニータは、愛人クエメンツを殺害し、その容疑を彼女のルームメイトのフェイ・アリスンになすりつけるべく工作をする。フェイの叔母ルイーズは、弁護士ペリー・メイスンに依頼する。法廷で検事と外連味たっぷりにやりあうのは、日本では見られないシーンだ。


「五十一番目の密室またはMWAの殺人」(ロバート・アーサー)[1951]
 アメリカ探偵作家クラブ(MWA:Mystery Writers of America)の月例会で、ミステリ作家ワゴナーは画期的な密室トリックを思いついたと言い出す。それは彼の五十一番目の密室ミステリになるはずだった。しかしそのワゴナーが、密室の中で首を切断された死体となって発見された・・・
 トリック自体は解説にもあるとおり、バカミスに類するものだが、ミステリファンなら一度は聞いたことがあるくらい有名なもの。その元ネタが本作だったんだね。


「死者の靴」(マイケル・イネス)[1953]
 デリィが載っていた列車のコンパートメント席(仕切りのある準個室)に転がり込んできた娘。彼女の座っていた席の向かいにやってきた男は、左右で色の異なる靴を履いていた。男の言動に不審なものを感じた彼女は逃げてきたのだ。
 そしてその日の朝には、色違いの靴を履いた男の死体が発見されていた・・・


 ミステリとしての切れ味なら「九マイル-」「緋の-」かな。結末の意外性では「死者の-」、ストーリー・テリングの巧みさでは「雨の-」「メグレ-」だろう。
 「五十一番目-」もミステリ史的には貴重かな(笑)。



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