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命の砦 [読書・冒険/サスペンス]


命の砦 (祥伝社文庫)

命の砦 (祥伝社文庫)

  • 作者: 五十嵐貴久
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2024/02/09

評価:★★★★☆


 12月24日の夕刻、クリスマスセールで賑わう新宿駅地下街で、同時多発的に火災が発生する。これは多人数のグループによる計画的な放火事件だった。地上への出口が閉ざされた地下街には数万に及ぶ人々が取り残されてしまう。
 未曾有の大火災に、東京都を含む近隣から消防士たちが総動員されるが、地下街には水と化学反応を起こして爆発する物質が大量に集積されていることが判明する。
 消防士・神谷夏美(かみや・なつみ)が所属する銀座第一消防署は、救難・消火活動の中枢を担うことになるが・・・

* * * * * * * * * *

 女性消防士・神谷夏美を主人公とするシリーズ・第3作。

 ハンドルネーム・"エンジェル" という人物が「自殺を止めるため」と銘打って立ち上げたウェブサイト・"ノー・スーサイド"。
 そこには苛めや虐待に悩む者、人生に理不尽さを感じて生きる気力を失っている者たちが集まってきた。"エンジェル" は彼ら彼女らの心を掴み、不平不満を巧みに煽って、自らの "計画" への賛同者を増やしていった。途中で去って行った者もいたが、最終的に30名ほどの者が残った。

 そして1ヶ月後の12月24日。クリスマスセールで賑わう新宿駅地下街で同時多発的に火災が発生する。"エンジェル" の計画が発動したのだ。
 参加メンバーたちは事前に地下街の防災センターを襲撃、さらに随所に用意されている消火器を使用不能の状態にしておいたため、火災は地下街全域に広がっていき、数万人の人々が地下街へ閉じ込められてしまう。

 新宿近縁の消防署が出動するが、あまりの規模に全く太刀打ちができない。
 東京を大災害から守るために設立された銀座第一消防署(通称ギンイチ)にも、地下街での大火災発生の知らせが入ってくる。1000人もの精鋭消防士を率いる村田大輔(むらた・だいすけ)消防正監は、直ちに総員出場を命じる。

 その日、新宿地下街の飲食店に3人の男女が集まっていた。2年半前のファルコンタワー火災(シリーズ第一作『炎の塔』)から生還した倉田秋絵(くらた・あきえ)、大学講師で夏美の恋人の折原真吾(おりはら・しんご)、そして夏美の先輩消防士の柳雅代(やなぎ・まさよ)。雅代は村田の婚約者でもあった。
 夏美の到着を待っていた3人だが、火災の発生によって地下街に閉じ込められてしまう。そして3人の元へ向かっていた夏美は、火災の発生によってギンイチへ呼び戻され、そのまま村田の指揮の下、消火活動の最前線へと突入していくことになる。


 大火災の物語と並行して、放火犯を扱う警視庁捜査一課第七強行犯係の活動も描かれる。火災調査官の小池洋輔(こいけ・ようすけ)はいち早く現場に人員を投入、火事見物の野次馬の中に放火犯の一人を発見する。そこから首謀者の存在を知った小池は、現場にいるはずの "エンジェル" を追い始める。その意外な正体も本書の読みどころだろう。


 ギンイチが消火活動を開始したのも束の間、驚愕の事実が判明する。
 その日、新宿地下街の特設ブースではIT機器のセールが行われていて、PCやタブレットなどが大量に搬入されていた。IT機器の筐体や部品に用いられているマグネシウム合金は高温に晒されると発火し、しかも水を加えると化学反応を起こして爆発するのだ。
 もし現場に集積されたマグネシウム合金が一斉に大爆発を起こした場合、被害は地下街だけに留まらない。地上のビル群も倒壊して新宿駅の周辺一帯が壊滅することになる。
 消火活動の最大の武器である ”水” を封じられた消防士たちは、苦闘を強いられることになる。


 多くのキャラクターが登場するが、その中で印象に残る筆頭は村田消防正監だろう。消火活動の総指揮を執る立場にあるが、時と場合によっては現場へ出ることも厭わない。今回の現場には婚約者の柳雅代もいるのだが、私情を挟むことも一切ない。
 時に独断専行することもあるが傑出した消防士であり、特別功労賞で表彰4回というのは他の追随を許さない。消防士としての能力は折り紙付きだが、自分が指揮する現場では部下に対して絶対服従を要求する。
 だが、下にも厳しいが上にも厳しく、納得できない命令には公然と無視もする。だから功績の割に昇進が遅い(笑)。いつでも辞表を出す覚悟で職務に取り組むなど、信念の塊のような男。その心の中には熱い ”消防士魂” が燃えていて、昭和の浪花節がよく似合う。

 夏美は三作目にして消防士長へと昇進し、小隊を率いることになる。そのメンバーの一人、溝川征治(みぞかわ・せいじ)は、総務省の事務職からの出向で、消防署勤務は省への復帰までの腰掛けだと思っている。だから今まで現場への出場を拒んできた。しかし今回の火災では全職員動員となったので、初めての現場となった。
 大災害を前にして、文句と泣き言ばかり吐いていた溝川だったが、夏美を始めとする消防士たちの活動に次第に感化されていく。消防士として ”覚醒” した彼の、終盤での奮闘ぶりもまた本作の読みどころだろう。

 大混乱に陥った地下街にあって、必死に生存の道を探る倉田秋絵や柳雅代についても書きたいことはたくさんあるのだが、もういい加減、長い文章になったのでやめておこう。


 後半では、最大のマグネシウム合金の集積場所となる区画・イーストスクエアの攻防が描かれる。ここに迫る火災を一気に鎮火させるという起死回生の作戦が立案されるが、成功の可能性は限りなく小さく、危険は限りなく大きい。
 夏美の率いる小隊は、この分の悪すぎる作戦の中核となって噴煙渦巻く焦熱地獄の中へ飛び込んでいく・・・


 大災害の中、多くの消防士たちが斃れていく。自らの身を挺して他者を救う者たちも。涙で文字が追えなくなってしまうこともしばしば。
 しかし斃れた者の後には、必ず続く者がいる。生き残った者は使命や責任を受け継ぎ、背負っていくことになる。

 今まで上司や先輩に育てられ導かれてきた夏美だったが、これからは夏美自身が後輩を育て導く立場になっていくことを予感させて本編は幕となる。


 当初このシリーズは "三部作" とアナウンスされてきたが、「あとがき」によると、もともとは五部作の構想だったらしい。ここで作者は三部作構想を変更し、さらに書き継ぐ(おそらく最低でも残り二作)ことを宣言している。
 そして第四作は森林火災を描くらしい。第五作の内容については語られていないが、ギンイチの設立目的からすると、首都圏を襲う巨大地震が舞台となるのではないかと予想している。
 それとは別に、夏美の新人時代を描いたスピンオフ長編『鋼の絆』も刊行されている。もうしばらく、このシリーズを楽しめそうだ。



タグ:サスペンス
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アンダードッグス [読書・冒険/サスペンス]


アンダードッグス (角川文庫)

アンダードッグス (角川文庫)

  • 作者: 長浦 京
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2023/09/22

評価:★★★★☆


 1996年、中国返還が直前に迫った香港。そこのメガバンクからは世界各国の要人に関する機密情報が運び出されようとしていた。
 かつて政争に巻き込まれて失脚した元官僚・古葉慶太(こば・けいた)は、大富豪マッシブによって機密情報奪取計画への参加を強いられる。現地へ飛んだ古葉は、彼と同じ "負け犬" の寄せ集めチームを率いることに。
 米露英中の諜報機関が暗躍し、謀略と銃弾が飛び交う中を "負け犬たち" が駆け抜ける、スパイ・アクション大作。

* * * * * * * * * *

 ちょっと調べてみたら、タイトルの「アンダードッグス」(underdogs)には、意味が3つほどあるようだ。
 (1)勝ち目のない人やチーム  (2)敗残者、負け犬  (3)弱者

 主人公の古葉慶太は32歳。かつては農林水産省の官僚だったが政争に巻き込まれ、詰め腹を切らされる形で省を去り、証券会社に拾われた。まさに「敗残者」であり「負け犬」だ。

 1996年12月末、古葉は香港在住のイタリア人大富豪マッシモに呼び出され、ある作戦への参加を要請される。
 いま香港では、中国返還前にメガバンクから世界中の要人に関する秘密情報を海外へ持ち出そうとしている。それを奪取しろ、というものだった。
 かつて自分を陥れた者たちへの復讐の機会を与えられた古葉は現地へ向かうが、作戦開始直前にマッシモが暗殺されてしまう。しかし彼の残した組織は健在で、計画中止は裏切りと同義で、死を意味する。

 計画続行を決めた古葉の元に、マッシモが選んだメンバーが集まってくる。元銀行員のイギリス人マクギリス、元IT技術者のフィンランド人イラリ、政府機関に勤める香港人・林彩華(ラム・チョイワ)。みなそれぞれ挫折した過去を抱える「負け犬」たちだ。
 チームの警護役のオーストラリア人ミア・リーダス以外は、古葉を含めて諜報活動に関してはみな素人。だが、いまの香港には米露英中、各国の諜報員が大量に投入されて跋扈している状態だ。そんな中へ割って入る古葉はまさに「弱者」であり、彼らは「勝ち目のないチーム」に他ならない。

 「アンダードッグス」とは、まさに本書にぴったりの題名だろう。

 メンバーが揃ったのも束の間、謎の集団による銃撃を受け、ここからジェットコースターのような危機また危機の展開が幕を開け、爆音と硝煙と流血がほぼ途切れることなく終盤まで続く。

 各国の諜報機関に加えて香港警察までも介入してきて、事態は混迷の度を深めていく。それに輪を掛けてストーリーを紛糾させていくのは、登場キャラクターほぼすべてが、裏の顔をもっていること。
 各国の諜報機関同士が離合集散したり、登場キャラが自らの立ち位置を変える(つまり裏切り)も日常茶飯事。だから敵味方がめまぐるしく変転する。そんなスパイの世界が描かれていく。

 古葉は諜報とは無縁の元官僚。腕っ節が強いわけでもない。そんな彼の唯一の武器は "頭脳" だ。並外れた観察力と記憶力、高い先見性と計画性、そして決断力。それを強固な復讐心が支えている。

 彼はいわゆる素人であり弱者だ。だが、それ故に常に頭脳はフル回転し続ける。事態の推移する先を予想し、可能性の分岐を考える。そして、どう転んでも対処できるように事前の準備を万全に整える。実際、降りかかってくる危機を次々と乗り越えていく姿は読む者を驚かせるだろう。
 まさに「こんなこともあろうかと」(笑)。

 もちろん古葉の方も無傷で済むはずもない。時には自らの身を囮として「肉を切らせて骨を断つ」ような反撃も決行するので、古葉は次第にボロボロの満身創痍になっていくのだが、最後まで諦めることはない。

 本編の舞台は1996年末~97年初頭なのだが、その合間合間に2018年のパートが挿入される。こちらの主役は古葉瑛美(えいみ)という若い女性。慶太の「義理の娘」である彼女は、ある組織から招かれて香港へやってくる。
 彼女のパートはいわゆる本編の「後日談」になっているので、どんな経緯で彼女が慶太の ”娘” になったのかも含め、彼がどんな運命を辿ったのかを予想しながら読むことになるだろう。

 全編がハラハラドキドキの激しいアクションで彩られ、ページを繰る手が止まらない本書は、エンターテインメントの傑作だ。楽しい読書の時間を約束してくれるだろう。


 素人が、素人故の発想と手段でプロの敵を出し抜いていく姿は、往年の山田正紀の "超冒険小説" 群を思い出させる。『火神を盗め』(1977年)、『謀殺の弾丸特急』(1986年)なんかがまさにそれだった。うーん、久々に読み返したくなってしまったよ。



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おれたちの歌をうたえ [読書・冒険/サスペンス]


おれたちの歌をうたえ (文春文庫)

おれたちの歌をうたえ (文春文庫)

  • 作者: 呉 勝浩
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2023/08/02

評価:★★★★☆


 令和元年。元刑事の河辺久則(かわべ・ひさのり)のもとへかかってきた電話は、幼馴染みのサトシ(五味佐登志:ごみ・さとし)の死亡を告げるものだった。
 長いこと音信不通だったサトシは長野県松本市にいた。彼の部屋に残された文庫本には、暗号めいた謎の文章が。河辺は暗号の謎を追いながら、42年前から現在までを回想していく。
 第165回直木賞候補作。

* * * * * * * * * *

 主人公の河辺久則は元刑事。還暦間近となったいまは、デリヘル嬢の送迎ドライバーで生計を立てている。

 令和元年(2019年)。河辺のもとへかかってきた電話は、幼馴染みのサトシの死亡を告げるものだった。長いこと音信不通だったサトシは長野県松本市にいて、地元のヤクザの世話を受けながら酒に溺れる生活を送っていた。

 五味の面倒を見ていたチンピラ・茂田(しげた)によると、生前の五味は金塊を隠し持っていたらしい。部屋に残された文庫本には、その隠し場所を示すと思われる暗号めいた謎の文章が記されていが、茂田はそれを解くことができず、五味の携帯に残っていた河辺の番号へ連絡をしてきたのだ。


 物語は令和元年の河辺と茂田の行動を軸に、河辺の回想を挟みながら進行していく。
 五味の死に他殺の疑いを持った河辺は、暗号の謎を追いながら、42年前から現在までを振り返っていく。


 昭和51年(1976年)、長野県真田町(現上田市)で暮らす河辺は、仲間たちとつるみながら高校生活を送っていた。
 サトシ、コーショー(外山高翔:そとやま・こうしょう)、キンタ(石塚欣太:いしづか・きんた)、フーカ(竹内風花:たけうち・ふうか)、それに河辺を加えた五人は、4年前の小学生時代に起こった出来事から「栄光の五人組」と呼ばれていた。名付けたのはフーカの父で、高校教師だった三紀彦(みきひこ)だ。

 しかしその年のクリスマスの日、フーカの姉・千百合(ちゆり)が失踪、年が明けて絞殺死体として発見される。
 捜査が停滞する中、近所に住む朝鮮人の青年が犯人ではないかとの疑いが持ち上がり、それがもとで凄惨な大量殺人事件が起こってしまう。
 しかしその数日後、雪の山中に放置されていた車の中で男の自殺死体が発見される。助手席には千百合の遺品があったことから、その男が殺人犯だったとして事件は終結した。
 そして千百合の死をきっかけに「五人組」は別々の道を歩むことになった。


 22年後の平成11年(1999年)。河辺は東京で刑事となっていたが、前年に起こった集団強姦事件の扱いを巡って上層部と衝突、捜査の一線から外されてしまう。上司や同僚は河辺を辞職に追い込むべく、パワハラを仕掛けてくる日々だ。

 そんなとき、コーショーから連絡が入る。彼は高校卒業後に上京、バンドを組んでデビューしたが早々に見切りをつけて裏方にまわった。いまは音楽スクールの雇われ校長だ。
 コーショーのもとに、22年前の大量殺人事件と「五人組」の関わりを記したルポを発表するという脅迫電話があったという。やめてほしければ一人200万、総額で1000万円支払えというものだった。

 対策と金策のために、他のメンバーを探し始める河辺とコーショーだったが、事態は意外な方向へ進み、再び殺人が起こる・・・


 文庫で670ページほどもある大作。プロローグが昭和47年(1972年)、ラストシーンが令和2年(2020年)なので、作中時間は足かけ48年。大河ドラマ並みの時の流れを追っていく大長編だ。

 サトシの死と暗号の謎を追う河辺の探索行は、そのまま「五人組」の42年間の人生を追う旅となっていく。
 「五人組」の紅一点で、メンバーたちから密かに想いを寄せられていたフーカは消息不明になっていて、いちばん非力だがいちばん頭が切れたキンタは物語後半のキーパーソンとなる。

 とにかく「五人組」のキャラ立ちが素晴らしい。平穏無事に生きてきた者は一人もおらず、みな見事なくらい波瀾万丈な人生を全速力で駆け抜けていく。ある時は協力しあい、ある時は対立していく彼らの生き様が最大の読みどころだろう。

 なにせ長い物語なので、途中でじつにいろいろな事件が起こっていくのだが、最終的に河辺が辿り着くのは、「五人組」たちの人生の起点ともなった "千百合殺し" の真相。長大な物語が、回り回って最初の場所に戻ってくると云う構成は嫌いじゃない。

 千百合事件の ”真相” は作中で二転三転するが、ラスト近くで明かされる意外な真実に驚かされる人も多いだろう。
 本書は重厚なサスペンス小説であるが、それと同時に、よくできたミステリでもあったことに気づくことになる。



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バッドビート [読書・冒険/サスペンス]


バッドビート (講談社文庫)

バッドビート (講談社文庫)

  • 作者: 呉勝浩
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2021/04/15

評価:★★★★


 ワタルとタカトは、ヤクザの兄貴分である新津蓮(にいつ・れん)から「荷物運び」の仕事を請け負う。しかし受け渡し場所にいたのは謎の巨漢。そして次の瞬間、意識を失う。
 気がつくと、そこには3人の男の死体が。俺たちをハメたのは誰だ?


 房総半島の西に浮かぶ玄無(くろん)島。人口3000人あまり。特産品も観光資源もない離島だった。しかしここ10年で様相は一変した。島の西側が埋め立てられて面積が倍以上になり、そこには観光特区として誘致されてきたカジノが建設され、巨大アミューズメント施設「レイ・ランド」として開業したのだ。

 ホテル、レストラン、人工ビーチなどが整備され、観光客が大挙して押し寄せてきた。しかし経済的な潤いはほとんど "フロントステージ"(新地区)に集中し、"バックヤード"(旧地区)はそのおこぼれを頂戴して細々と生きながらえていた。

 玄無島出身のワタルは、都内で違法ネットカジノの店員をしている若者。暴力団・江尻組の新津蓮は兄貴分だ。彼から ”荷物運び” を請け負ったワタルは、預けられたアタッシュケースを持って相棒のタカトとともに故郷であるレイ・ランドへやってくる。

 しかし受け渡し場所にいたのは筋肉の塊のような謎の巨漢。あっという間に彼にノサれてしまった二人が気がつくと、そこには見知らぬ3人の男の死体が。どうやら彼らがアタッシュケースの受取人だったらしい。

 なぜかアタッシュケースは現場に残されていた。ワタルは新津に連絡を取り、受け渡す相手が用意してきた「もの」が現場から消えていたことを知る。そして相手の組織は、ワタルたちが3人を殺して「もの」を持って逃げたと思っているらしいことも。
 誰かが俺たちをハメた。だがその目的は何か? チンピラ二人をハメても得るものはない。しかしこのままでは相手組織の報復に遭って命が危ない。

 ワタルはバックヤードの顔役・敷島を頼り、真相を探り始める。どうやら一連の事件を引き起こした黒幕はフロントステージに潜んでいるようだ。
 ワタルは敷島の "孫娘" で、天才的なポーカーの名手であるハコと手を組み、フロントステージに乗り込んでいくのだが・・・


 どこかの組織が横取りを企んだのか、新津を排除しようという江尻組内部の権力抗争なのか、とかいろんな可能性が見え隠れしていくが、後半に入るとレイ・ランドの利権が絡み始め、次第に背後関係が明らかになっていく。

 そんなトンデモナイ事態に巻き込まれたワタルだが、目の前に迫り来る危機から逃げ出すのは意外と得意。機転と知恵を巡らせて(というか彼にはそれしかない)必死の生き残りを模索していく。
 相棒のタカトは、地下格闘技のチャンピオンだが、食欲と闘争本能だけで生きている(笑)、いわゆる脳筋キャラ。物事を深く考えることは苦手で、そういう面倒くさいことはすべてワタルにお任せである。
 頭脳労働担当のワタルと肉体労働担当のタカトというわけだ。

 ハコはクール・ビューティーな外見とは裏腹に中身は歴戦のギャンブラー。(当たり前のことだが)そのポーカー・フェイスは完璧だ。無敗の戦績を誇る彼女なのだが、今作では最大のライバル・我那覇(がなは)との対決を迎える。

 この3人が揃って二十歳前後という設定なのだが、不自然さを感じないのはやはりキャラクターの描写が巧みなのだろう。

 これ以外にもユニークなキャラは多い。バックヤードでパブを営むジーナは年齢不詳の女性。ハコの付き人(みたいなもの)を勤める佐高(さたか)は胡散臭いオネエキャラ。独特のプレースタイルで、次第にハコを追い詰めていくギャンブラー・我那覇、レイ・ランドの「管理者」を務める世良(せら)は典型的なボンボンだったりと多彩だ。

 もちろん、謎の筋肉巨漢とか、どこの所属か分からない正体不明の追っ手とか、"荒事" 担当の登場人物も数多く、ワタルとタカトの行く先には血と暴力が渦巻き、銃弾が飛び交う。とにかく序盤から最後まで緊張感が途切れずに読ませるのはたいしたもの。
 作者は本作の2年前に『白い衝動』で第20回大藪春彦賞を受賞しているが、本書中盤の銃撃シーンは本家大藪春彦に負けてない迫力だ。

 ワタルは知恵を、タカトは腕力を振り絞り、多くの人の助けを得て、やっとの事でラストシーンへ辿り着く。ただ、このエンディングは、一連の事態が解決したのかしてないのか、ちょっと判断に苦しむ。いささかの猶予を得ただけのようにも見えるし、いわゆる "千日手" に近い状態に持ち込んだと考えると、双方の痛み分けなのかなぁ。うーん。



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野獣死すべし/無法街の死 日本ハードボイルド全集2 [読書・冒険/サスペンス]


野獣死すべし/無法街の死: 日本ハードボイルド全集2 (創元推理文庫 M ん 11-2)

野獣死すべし/無法街の死: 日本ハードボイルド全集2 (創元推理文庫 M ん 11-2)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/10/19
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 日本ハードボイルド小説の勃興期を俯瞰する全集、第2巻は大藪春彦。
 デビュー作の中編「野獣死すべし」を筆頭に長編1作、短編8作を収録。


「野獣死すべし」
 大学院生・伊達邦彦(だて・くにひこ)が、大学の入学金強奪を実行する話。
 序盤は彼の生い立ちが語られる。第二次世界大戦前の中国で生まれ、終戦による混乱から脱出、必死の思いで帰国を果たす。
 名門高校へ進学し、演劇部を通じて複数の女性と関係するが、その一人が自殺し、その葬儀の場で自分の心の中に「野獣死すべし」という幻聴を聞く。
 大学では欧米のハードボイルド小説を研究、大学院に進学してから本格的に犯罪に手を染めていく。警官を殺して銃を奪い、同級生の真田を利用して現金強奪計画を推し進めていく・・・
 伊達邦彦は冷静沈着で怜悧な頭脳の中に、破壊への衝動を併せ持つダーク・ヒーローだ。wikipedia によると、彼の物語はシリーズ化され、日本はおろか世界を股に掛ける "ワン・マン・アーミー"(一人だけの軍隊)として様々な事件に関わっていく。


「無法街の死」(長編)
 東海道線沿いの街・杉浜(すぎはま)では、戦前から根を張っている和田組と、戦後の新興勢力・共和会という二つのヤクザ同士の間で抗争が起こっていた。警察幹部もヤクザから流れる金で買収されていて、まさにここは "無法街"。
 主人公・高城(たかぎ)は、ヴァイオリンケースに収めた短機関銃を武器とする殺し屋だ。彼が共和会に雇われ、杉浜にやってくるところから物語が始まる。
 それを嗅ぎつけた和田組のチンピラが高城を拉致しようと待ち構えているが、彼はあっさりと返り討ちにする。驚くのは、そこからラストに至るまで、暴力と殺人が延々と続いていくことだ。
 高城の行動は先のことはほとんど考えていない短絡的なもので、ひたすら目の前の障壁を突き破ることが最優先。だからストーリーはあってないようなもの。
 二組のヤクザの対立は、高城という "火種" が加わったことによって爆発的にエスカレートしていく。


「狙われた女」
 主人公の私立探偵・田島は、オリンピック射撃競技の候補にもなっている男。彼の元に「私は狙われている。守ってほしい」という女性からの依頼が。引き受けた田島だが、彼女の "藤倉秋子" という名乗りからして偽名らしい・・・


「国道一号線」
 私立探偵の "俺" は、宮田幸子という女性を探す依頼を受ける。3年前、高校2年生だったときに失踪したのだという。国道一号線沿いの深夜食堂での目撃情報だけを頼りに探し始めるのだが・・・


「廃銃」
 過去5年間で、摘発などにより暴力団等から押収した拳銃・散弾銃、さらに老朽化した警察用拳銃など、併せて一万挺近い銃器が、鉄工所の溶鉱炉に投げ込まれる寸前に強奪されてしまう。警視庁捜査第四課の秘密捜査官の "私" は、暴力団への潜入捜査に臨むが・・・


「黒革の手帖」
 警視庁淀橋署捜査一課の三村警部補は、関森組のヤクザ・大塚を正当防衛を装って射殺、彼が所持していたヘロインを奪う。しかしそれに感づいた "ジョー" という男が現れて・・・。いわゆる "悪徳警官" もの。


「乳房に拳銃」
 園井は保守党の有力者の娘・麻矢子と結婚したが、5年後の今はほとんどヒモ状態にあった。麻矢子の所有する宝石店は順調に発展し、園井の営む銃砲店は赤字続き。イタリア人ヤクザから借金の返済を迫られた園井は、麻矢子のもとへ向かうが・・・


「白い夏」
 享楽的に生きる若者・登志夫は、右翼の若者ともめ、ナイフで刺し殺してしまう。その直後、かつて仲間と共に輪姦した美子(よしこ)という女に出くわし、二人でドライブに出かけるのだが・・・


「殺してやる」
 豊島組組長の妻・悦子は、準幹部の石井と浮気していた。ある日、組長の豊島に呼ばれた石井は、対抗組織の花谷組組長の暗殺を命じられる。報酬は大幹部への昇格。ただし、警察に捕まっても、あくまで個人で行ったことだと証言することが条件だった・・・


「暗い星の下に」
 土井は友人の加藤から3000万円の物件を紹介される。土井の婚約者・順子の父は退職金を前借りして購入を決めるが、加藤はその金を持ち逃げしてしてしまう。物件の所有者・中田の元へ相談に行った順子は、その場でレイプされ、土井の前から姿を消す。すべてを喪った土井の復讐が始まる・・・


 ほぼ全作が犯罪小説/暴力小説。それも銃器がらみの話がほとんど。
 作者のデビューは衝撃的だったらしいが、それも理解できる。「野獣-」の伊達邦彦のキャラ造形は極めて刺激的だし、「無法街-」の、ほぼ全編にわたるガンアクション・シーンには圧倒される。

 巻末のエッセイでは、作家・馳星周氏が、高校2年生の頃に大藪春彦を読みまくった経験が綴られている。私も、この異様な熱気を纏う小説群を思春期に読んでいたら、その後の読書人生がいささか変わっていたかも知れない。

 また、そのエッセイの中では、純粋なハードボイルド作品や冒険小説が減っていることに懸念を示している。出版不況の現代では、その手の小説は "売れ筋" ではないらしい。
 馳氏はこのジャンルの復興を願ってエッセイを締めているが、私もそれには期待したい。大藪春彦的なバイオレンス小説はちょっと胃にもたれるが(笑)、冒険小説の傑作はぜひ読みたいものだ。



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全能兵器AiCO [読書・冒険/サスペンス]


全能兵器AiCO (講談社文庫)

全能兵器AiCO (講談社文庫)

  • 作者: 鳴海章
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/07/12

評価:★★★


 郷谷良平(ごうたに・りょうへい)は航空自衛隊のベテラン・パイロットだ。彼は次世代機開発計画への参加を命じられる。それはAIを搭載した無人ステルス戦闘機で、メインとなる開発者は、かつて空自パイロットだった佐藤理(さとう・おさむ)だった。
 一方、尖閣諸島上空で民間のセスナ機が墜落、現場から回収されたカメラのデータには中国人民解放軍の戦闘機が映っていた・・・


 2014年10月。航空自衛隊パイロット・郷谷良平は2佐に昇進、同時にATD-X(先進技術実証機:Advanced Technological Demonstrator - X)開発計画への参加を命じられる。

 その目標はステルス戦闘機にAIを搭載して無人化しようというもの。AiCO(Artificial intelligence of air COmbat:アイコ)と呼ばれる搭載AIの開発者は佐藤理。彼は東京大学工学部航空宇宙工学科出身という異色の経歴で空自パイロットとなったが、訓練の過程で先輩たちの凄腕ぶりを目の当たりにし、自分の才能に見切りをつけて退職したという過去があった。

 郷谷の役目は彼の操縦技術をAiCOに学習させること。フライト・シミュレーターでの操縦、そして実機での操縦から得られた、彼のあらゆる "操縦/空戦テクニック" のデータをAiCOは学習し、"成長" していく。

 機体の性能が極限まで進歩していったとき、パイロットが人間であることが最大の ”弱点” となるというのが佐藤の主張だ。AIが操縦すれば、人間では耐えられないような高Gでの空戦機動も可能となり、判断ミスもゼロとなる。佐藤の目的は、戦闘機から人間を "引きずり下ろす" ことだった。

 一方、尖閣諸島上空で民間のセスナ機が墜落、現場から回収されたカメラのデータから、中国人民解放軍の戦闘機の関与が推測された。
 セスナ機のパイロットは元自衛官、乗員はカメラマン。警視庁公安部外事二課の世良融(せら・とおる)は、二人の経歴から自衛隊OBの国会議員へと辿り着く。二人は、戦闘機の飛来時刻を事前に知っていて、何らかの映像を撮ろうとしていたのではないか?

 さらに、人民解放軍が所属不明のステルス機の攻撃を受け、撃墜されるという事態が発生する。被弾した機体の調査から、使用された武器はレールガン(電磁誘導で弾体を撃ち出す武器)であることが判明する。
 ちなみにレールガンの初速は通常の機銃の初速の2倍くらい速いらしい。

 物語の進行と共に、台湾・東南アジア・日本の一部に、ある "陰謀" が進行していること、佐藤もまたそれに加わっていたことが明らかになっていく。放置すれば日本と中国の武力衝突へつながるという最悪の事態になりかねない。

 クライマックスの舞台は、尖閣諸島上空。佐藤の開発したAiCO搭載のステルス戦闘機と、郷谷の駆るF-15の一騎打ちが描かれる。
 相手は「無人」というアドバンテージを持ち、郷谷の空戦テクニックを学習/熟知し、レールガンを搭載した無敵の戦闘機。郷谷は、この圧倒的に不利な状況を覆すことができるのか・・・


 本書の初刊は2016年だが、この7年間でのAIの進歩は著しい。現在はChatGPTに代表される生成AIの扱いが議論されているが、本書のように戦争にAIを投入するという研究も密かに進んでいるだろう。AI搭載のドローン兵器なんかも報道されているし。
 ウクライナに続いてパレスチナと、世界から戦争がなくなりそうにない。そのうちAIが人間を殺しまくる未来が来そうではある。『ターミネーター』の世界だな。


 作者の鳴海章氏は、1991年に第37回江戸川乱歩賞を受賞してデビュー。受賞作『ナイト・ダンサー』は、サスペンス溢れる航空アクション小説の傑作で、大興奮しながら読んだのを覚えてる。
 初期は航空サスペンスが多かったけど、そのうち他のジャンルに移っていった。でもたまに、こんな小説も書いてくれる。これは嬉しいことだ。



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還らざる聖域 [読書・冒険/サスペンス]


還らざる聖域 (ハルキ文庫 ひ 5-10)

還らざる聖域 (ハルキ文庫 ひ 5-10)

  • 作者: 樋口 明雄
  • 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
  • 発売日: 2023/07/14
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 九州の南に浮かぶ屋久島に朝鮮人民軍が襲来、警察署を爆破し通信を妨害、あっという間に島を占拠してしまう。彼らは島に核兵器を持ち込み、それによって日本政府に "ある要求" を突きつける。
 屋久島署の山岳救助隊に所属する高津夕季(たかつ・ゆき)巡査は、襲撃から逃れて山に逃げ込む。一方、山岳ガイドの狩野哲也(かの・てつや)は、山中で1人の女性を救出する。彼女は朝鮮人民軍特殊部隊の士官だった・・・


 北朝鮮内でパク・スンミ将軍率いる反乱が起こり、内戦状態に陥った。反乱軍は優勢に戦いを進め、キム総書記の身柄もパク将軍が押さえているらしい。
 本書の物語は、その反乱勃発から一年後に始まる。

 九州の南に浮かぶ屋久島は、直径30kmほどのほぼ円形の島だが、1000m級の高山を多数抱え、「洋上のアルプス」の異名を持っていた。

 ある夜、リ・ヨンギル将軍率いる朝鮮人民軍が屋久島に襲来し、警察署を爆破し通信を妨害、あっという間に島を占領してしまう。
 彼らが日本政府に突きつけた要求は「キム同志の解放と亡命」だった。彼らによると、今回の反乱は海外勢力(日米)の手引きによるものなのだという。
「日本そして合衆国はその責任を取り、パク将軍と交渉せよ。要求が容れられない場合は島に持ち込んだ核兵器を起爆させる」

 屋久島署の山岳救助隊に所属する高津夕季(たかつ・ゆき)巡査は、署への襲撃からただ1人、脱出に成功して山に逃げ込む。

 環境調査のため山中にいた山岳ガイド・狩野哲也と相棒の清水敦史(しみず・あつし)は、国籍不明の複葉機が爆発・墜落する現場に遭遇する。脱出者と思しきパラシュートを追った彼らが発見したのは、1人の女性兵士だった。
 彼女は朝鮮人民軍特殊部隊長ハン・ユリ大佐。機体からの脱出の際に重傷を負ったものの、救護にやってきた狩野たちを逆に拘束し、リ将軍のもとへの道案内を命じるのだった。
 一方、リ将軍は配下のカン・スギル中佐率いる特殊部隊を彼女の回収に向かわせる。

 日本政府は屋久島への奇襲を決定、海上自衛隊特殊部隊員18名は、屋久島の地理に詳しい環境省職員・寒河江信吾(さがえ・しんご)を伴い、ステルス特殊高速艇で上陸を目指すのだが・・・


 敵味方双方の離合集散、組織内部の裏切り、制圧された島の住民たちが始めるレジスタンス活動など、メインストーリー以外にも読みどころは多い。

 屋久島の山中はもちろん、市街地や海までも舞台とした戦闘/アクションが展開される。しかも核兵器は既に起爆スイッチが入っており、爆発までの秒読みが始まっているというタイムリミット・サスペンス。
 その核兵器をコントロールするキーを持っているのがハン・ユリ大佐、そして彼女と行動を共にしているのが主人公となる狩野だ。


 その狩野のキャラがいい。豪快でおおらか、そして敵味方の区別なく、困った者がいれば救いにいくという信念のもとに行動する。

 ダブルヒロインの1人となるハン・ユリ大佐もなかなか魅力的。軍内部での栄達のためにストイックな人生を送ってきた。他者へ当たりも容赦なく、そのために多くの軋轢を抱えることになる。
 今回、屋久島の部隊に加わっているカン・スギル中佐もまた彼女に深い恨みを抱いており、彼との対決も本書のヤマ場のひとつだ。
 頑ななまでに軍人としての信念に凝り固まった彼女が、狩野の人間性に触れて変わっていくあたりは、ベタと云えばベタだが、彼女の心境を丁寧に追うことで読者を納得させる。

 もう1人のヒロイン・高津夕季は、狩野とは友人以上恋人未満のような関係らしい。中盤からストーリーに絡んでくる寒河江信吾も夕季とは旧知の仲で、やはり彼女へ想いを寄せているようだ。

 巻末の解説によると、屋久島を舞台にした作品をもう一作、執筆中とのこと。狩野・夕季・寒河江の行く末もそこで描かれるのかも知れない。



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ダーク・ブルー [読書・冒険/サスペンス]


ダーク・ブルー (講談社文庫)

ダーク・ブルー (講談社文庫)

  • 作者: 真保 裕一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/08/10
  • メディア: 文庫

評価:★★★★


 海洋調査のため、深海潜水艇「りゅうじん6500」と支援母船「さがみ」はフィリピン沖へ向かう。しかし武装テロリストの襲撃を受けて「さがみ」は占領され、船員は人質となってしまう。
 彼らの目的は海底に沈む「宝」の回収だった。現場海域への台風の接近というタイムリミットを抱え、「りゅうじん」パイロット・大畑夏海(おおはた・なつみ)はテロリストを乗せて深海へ潜航することに・・・


 主人公は大畑夏海。国立研究開発法人JAOTEC(日本海洋科学期間)で深海潜水艇「りゅうじん6500」のパイロットとして働いている。
 海洋調査のため、「りゅうじん」と支援母船「さがみ」はフィリピン沖へ向かうことになった。同乗するのは栄央(えいおう)大学工学部の奈良橋教授と研究員・久遠蒼汰(くどお・そうた)。今回の調査航海は、彼らが開発して「りゅうじん」に搭載したマニュピレーター(ロボットアーム)の試験も兼ねていたのだ。

 蒼汰は夏海の恋人だったが、現在は冷戦状態になってしまっている。ロボットアームの研究開発が、将来的に潜航艇の無人化につながると夏海は思ったのだ。

 「さがみ」がフィリピン近海まで航行してきたとき、故障で救援を求める漁船に遭遇する。しかし乗っていたのは武装したテロリスト集団だった。彼らは瞬く間に「さがみ」を制圧してしまう。

 テロリストによると、「宝」を積んだ輸送船が嵐で沈んだのだという。その沈没地点を確定し、「りゅうじん」を用いてそれを回収することが彼らの目的だった。

 しかし数日後には台風が接近してくることが判明する。海が荒れれば、潜航艇の運用はできず、もちろん回収作業も不可能になってしまう。
 タイムリミットを抱えながらも、「さがみ」は総力を挙げて沈没船の発見に成功、そして夏海はテロリストのメンバー1名を伴い、深海へ潜航してゆく・・・


 冒険アクションと云うよりは、この事件に関わることになったメンバーそれぞれのドラマにスポットが当たっていく。

 夏海と蒼汰の "諍い" も、潜水士たちとロボットアーム研究者たちの間の反目が根底にある。どちらも海底探査の安全化・効率化という目標は同一ながら、立場の違いが対立を生んでしまう。

 「さがみ」船長の江上安久(えがみ・やすひさ)は、厨房で副料理長を務める女性・笠松文佳(かさまつ・ふみか)に対して "負い目" を抱えており、今回の航海を最後に船を下りる決断をしている。

 奈良橋俊彦教授は、軽口ばかり叩く、いたずらっ子がそのまま大人になったようなやんちゃなキャラで、テロリストたちの要求に逆らったり、あちこちに "仕掛け" を施してまわるなど、前半ではもっぱらトラブル・メーカーとして描かれている。
 助手の蒼汰も、もっぱら彼の "お守り役" としての苦労が目立つ(笑)。しかし教授の "仕込み" が終盤で効いてくるあたりは上手い。

 その他にも、航行に関わる船員たち、海底探査を受け持つ調査員、「りゅうじん」整備を担当する技師たちなど、さまざまな人物が登場する。
 台風の接近によるタイムリミットが迫り、短時間で広大な海域を探査することにる隊員たち。テロリストからの過大な要求も加わり、悪条件が重なる。しかしそんな中でも常に最善を尽くし、自らの職務を全うしていく姿は、いかにもその道の "プロ" らしい。

 クライマックスは、深海に沈んだ輸送船の残骸から「宝」を回収しようとする「りゅうじん」、そしてそれを操縦する夏海の奮闘だろう。
 しかしそれも、潜水艇単独でできることではない、母船にいる支援チームからの的確なサポートなしには、安全かつ確実な成功は望めない。

 そして、実は「宝」の回収後こそが最大の危機となる。果たして、テロリストたちは「さがみ」の船員たちを生きたまま解放するのだろうか・・・?


 最初は海洋版『ダイ・ハード』みたいな作品かと思っていたのだが、アクションシーンはあまり多くなく(終盤にはそれなりにドンパチがあるが)、「さがみ」側・テロリスト側の両方を含めて、人間のドラマにウエイトを置いた作品といえるだろう。
 "スカッと爽やか" 系の派手な冒険活劇というわけではないが、これはこれでなかなか読ませると思う。



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マーダーズ [読書・冒険/サスペンス]


マーダーズ (講談社文庫)

マーダーズ (講談社文庫)

  • 作者: 長浦京
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/06/15

評価:★★★★


 商社員・阿久津清春(あくつ・きよはる)と現職刑事・則本敦子(のりもと・あつこ)。2人とも、それぞれ過去に殺人を犯しながらも、それが露見せずに生きてきた。
 しかし2人の前に現れた女性・柚木玲美(ゆずき・れいみ)は「あなたたちの罪の証拠を握っている」と告げ、19年前に起きたことの調査を命じる。玲美の母が自殺し、姉が行方不明となっていた事件だ。
 清春と敦子は命じられるままに探索を開始したが・・・


 本書の冒頭は、元刑事・村尾邦宏(むらお・くにひろ)が、ある民家に侵入して住人の男・伊佐山(いさやま)をなぶり殺し(!)にするというショッキングな場面からスタートする。
 村尾は多くの未解決事件を独自の視点で追い、警察も気づいていない多くの証拠を手にしていた。伊佐山は長年にわたって複数の女性を誘拐・監禁・暴行の末に殺害するという極悪人でありながら、司法の手から逃れていたのだった。

 柚木玲美(ゆずき・れいみ)は、余命幾ばくもない村尾から彼の持つ "資料" を譲り受けた。その中から選んだのが商社員・阿久津清春と警視庁の現職刑事・則本敦子。どちらも過去に殺人を犯し、法の手から逃れていた。

 2人に接触した玲美は告げる。「あなたたちの罪の証拠を握っている」と。そしてある調査を命じる。
 19年前、玲美の母・祐子(ゆうこ)と姉・麻耶(まや)が失踪した。5ヶ月後、祐子は遺体となって見つかったが麻耶は行方不明のまま。
 祐子は自殺と判定されるが、玲美は納得できない。清春と敦子は、祐子の死の真相と麻耶の行方を突き止めるように強要されることに。

 祐子は縊死したものと思われたが、遺体の状況が似ている事件が過去に複数起こっていたことが判明する。しかも調査を進めていくうちに、それらが相互に関連を持っていたことが明らかになっていく。
 ここを突破口に、祐子を殺害した犯人に迫ろうとする2人だが、謎の妨害者が現れる・・・


 殺人犯を使って殺人犯を狩り出そうとする玲美。
 清春は大事な人を奪った者たちへの復讐のため、敦子は命に関わる悲惨な境遇から抜け出すために、2人は自らの手を血で染めていた。
 清春も敦子も、常人では持ち得ない感覚を以て殺人犯の "匂い" を嗅ぎつけ、追い続ける。

 清春は極めて有能な商社員であり、近々結婚式を挙げる妹を気に掛けている。敦子も警視庁の第一線で働きながら、離婚した夫の元に残した娘を心配する。
 外見的には普通の一般人の姿をしているが、その裏にはダークな殺人者の顔を持っている。時にそれは牙をむき、容赦なく冷酷非情な対応ができる人間として描かれる。


 玲美を含めて極悪な主人公3人組なのだが、彼らが調査の結果で "掘り当ててしまった" ものは予想外に強力な "敵"。
 この設定はいささか意表をつく。詳しく書くとネタバレになるのだが、清春も敦子も、もっと早い時期にこの "敵" に接触していたら、逆に取り込まれていたかも知れない。

 終盤に入ると、この巨大な "敵" を相手に、清春も敦子も文字通り身を挺し命を賭けて、激しい戦いに身を投じていくことになる。
 周到に罠を張り巡らせて迫る "敵" に対して、徒手空拳の清春が反撃していくあたりは、やはり ”常人” にはできない芸当だろう。こういう人物でなければ本書の主役は務まらない。
 敦子もまた、意外なところに潜んでいた "敵" に足をすくわれ、満身創痍の身となりながらも最後まで挫けることなく抗い続ける。やはり "戦うヒロイン" はカッコいい。
 このあたりのアクション描写は凄まじく、ハラハラドキドキの連続でページを繰る手が止まらない。極上のエンタメ作品であるのは間違いない。

 本書は徹底的に 殺人者 vs 殺人者 の戦いを描いていく。タイトルの「マーダーズ」にはそういう意味が込められてるのだろう。

 思えばデビュー作『赤刃(セキジン)』で、極悪非道な辻斬り集団に立ち向かうのは、自らも死に魅入られた旗本・小留間逸次郎だった。
 第2長編『リボルバー・リリー』で、軍部の陰謀から少年を守って戦うのは、50人以上の要人暗殺に関わったとされる凄腕の女スパイ・小曽根百合。
 "巨大な悪" の前に立ちはだかるためには、自らも "強き悪" でなければならない。そんなダーク・ヒーロー / ダーク・ヒロインの戦いを描き続けていくのが作者のテーマなのだろう。


 そして迎えるラストシーン。清春や敦子の運命も気になるが、それ以上に、物語を推進させてきた原動力である玲美がどんな着地点を迎えるのか。多くの読者の興味はここに集まるだろう。
 「これでいい」とうなずくか「これはない」と首を振るか。いろんな感想があるだろう。
 ちなみに私は、100%の納得はできなかったのだけど、じゃあどんな結末だったら良かったのか、って云われると頭を抱えてしまうんだよなぁ。そう考えると順当な落とし所だったのかも知れない。


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クメールの瞳 [読書・冒険/サスペンス]


クメールの瞳 (講談社文庫)

クメールの瞳 (講談社文庫)

  • 作者: 斉藤 詠一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/06/15
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 主人公・平山北斗(ひらやま・ほくと)は、大学の恩師・星野教授から電話を受ける。「預けたいものがある」と。しかしその2日後、星野は不審な死を遂げてしまう。
 友人の栗原均(くりはら・ひとし)と星野の娘・夕子(ゆうこ)とともに教授の遺品整理を始める北斗。恩師の死とメッセージの謎を追う3人は、やがて「クメールの瞳」と呼ばれる秘宝の争奪戦に巻き込まれていく・・・


 大学の理学部で鳥類学を専攻していた平山北斗は、卒業後はIT企業でSEとして働きながら、副業として鳥専門のカメラマンをしていた。ある日、大学の恩師だった星野教授から電話を受ける。「預けたいものがある」と。
 しかしその2日後、星野はフィールドワーク中に崖から転落死してしまう。

 北斗は大学で同期だった友人の栗原、星野の娘・夕子とともに教授の遺品整理を始めるが、その中に星野が北斗あてに残したメッセージを見つける。
 どうやら、何か大事なものがどこかに隠してあるらしいのだが、具体的なことは書かれていない・・・


 物語は、2つのラインで進んでいく。
 ひとつは北斗・栗原・夕子が、星野の死の真相と、彼が隠した遺品に迫っていく、現代のストーリー。
 もうひとつは、19世紀のインドシナ半島から始まる過去編。カンボジアの遺跡で発見された秘宝「クメールの瞳」が辿る、数奇な運命が語られていく。

 「クメールの瞳」は一見すると水晶のペンダントだが(文庫表紙の中央に描かれている)、実は、"不思議な力" が備わっており、それを手にするものには大いなる利益がもたらされる。

 この2つはストーリーが進むとひとつに合流し、北斗たちの恩師の死因を探る行動は、秘宝を巡る争いへと変貌していく。
 「クメールの瞳」奪取を目論む勢力が登場し、北斗たちも生命の危機に晒されていく。星野教授の "高校時代の親友" と名乗る謎の男・塩谷(しおや)の存在も不気味だ・・・


 第64回(2018年)江戸川乱歩賞を受賞した『到達不能極』に続く、2作目が本書だ。

 前作の印象があったから、表紙のイラストを見て、てっきり「こんどはインディ・ジョーンズか!」って思い込んでしまったよ。日本を飛び出して東南アジアあたりのジャングルを駆け巡る秘境冒険小説かな? ってね。

 南極を舞台に、第2次大戦のナチスドイツを登場させるなどスケールの大きな冒険小説だった前作『到達不能極』。
 ただ、終盤に至ると御都合主義的展開が目立って、いささか失速した感は否めなかった。大風呂敷を広げたはいいが、その畳み方が今ひとつだったというか。そのあたりをけっこう叩かれたんじゃないかなぁ・・・と推察する。私だって「いくらなんでも、それはないだろう」って思ったし。

 でも、こういう "壮大な法螺話" って嫌いじゃないんだよねぇ。『終戦のローレライ』(福井晴敏)なんて、私の好きな小説のトップ3に入ってるくらいだから。

 前作で受けた評価のせいかは分からないけど、本書では ”安全運転” になったのかな?というのが読後の第一印象。(過去編はともかく)現代編は国内のみで完結するなど、舞台もずいぶんコンパクトになった。

 現代編のストーリーも、普通の(?)サスペンス・ミステリとして進行していく。終盤ではそれなりにアクション・シーンもあり、そつなく破綻なくまとまってると思う。

 でも、この作者さんに私が期待してたのとはちょっと違うかなぁ。でもそれは私の勝手な思い込みで、わがままな言い分なんだろう。何を書くかは作者が決めることなんだから。

 文句ついでに、もうひとついちゃもんをつけると、主人公カップルである北斗と夕子(いま気がついたけど『ウルトラマンA』みたいなネーミングだ)の関係も、もう一段踏み込んでほしかったなあ。そのへんも、不完全燃焼を感じる理由の一つだ。
 それとも、そこも『A』をなぞってる? まさかね。


 巻末の解説にもあるけど、"この手の話" を書いてくれる作家さんって、いそうでいない。だから貴重だと思う。
 ぜひぜひ、いつかデビュー作を超えるような "壮大な法螺話" を書いてほしいなぁって思ってる。



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