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破滅の王 [読書・冒険/サスペンス]


破滅の王 (双葉文庫)

破滅の王 (双葉文庫)

  • 作者: 上田 早夕里
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2019/11/14
  • メディア: 文庫
評価:★★

昭和10年(1935年)、宮本敏明(としあき)は
上海科学研究所に赴任し、細菌学研究員となった。

ここは日中共同の研究施設で所長の新城の方針もあり、
友好的な雰囲気のもとで宮本は研究に勤しむ。しかし、
戦争が激しくなるにつれて軍の専横が目立つようになっていく。

昭和18年(1943年)、宮本は日本総領事館から呼び出しを受け、
総領事代理の菱科(ひしな)と駐在武官の灰塚(はいづか)少佐から
重要機密文書の精査を依頼される。

それは、「キング」という暗号名で呼ばれる細菌の論文であった。
「キング」は土壌中の常在菌であるビブリオ菌に
紫外線を当てて突然変異を促し、さらに
抗生物質への耐性を獲得した、高致死性の細菌兵器だった。
現在のところ治療法はもちろんワクチンさえも存在しない。

執筆者は中国に進出した民間製薬会社の研究員・真須木(ますき)一郎。
彼は論文を分割して米英仏独の各国に送り、
自身は「キング」の菌株をもって行方をくらましていた。

宮本は灰塚から「キング」の治療薬の開発を命じられるが
それは自らの手で究極の細菌兵器を完成させることだった。

 細菌兵器を使うには、使う側が治療薬なりワクチンを持っていることが
 必須条件になる。そうでないと敵と一緒に共倒れだからね。

一方、真須木は危険な細菌を作り出したことによって
精神的に追い詰められ、いっそのこと人類を全滅させようと
「キング」の散布を計画していた・・・


私は主人公は宮本だと思って読んでいた。あながちそれは
間違いではないのだが、主役と言えるほどの活躍かというと疑問符が付く。

宮本が「キング」に関わるのは1943年からなのだけど、
「キング」の研究自体はもう何年も前から始まっている。

物語前半の宮本は、もっぱらその話の聞き役である(笑)。
赴く先々でいろんな人物に会い、その相手から
過去の話を延々と聞かされる、というシーンが続くのだ。

行動自体も彼自身の意思と言うより、強制されたり巻き込まれたり。
要するに「キング」にまつわる様々な人間の思惑や葛藤を
(「宮本」というフィルターを通して)読者に伝える、
というのが役回りのようだ。

主人公らしく活動しようにも、彼には二重三重に
手枷足枷があって、自由に活躍できる余地がほとんどない。
真須木が「キング」をばら撒くのを阻止しようにも、
宮本自身、軍の監視下にあって行動の自由がないし。
「キング」の治療法を開発しようにも、肝心の ”菌” が手元にないし。
だから後半になって「キング」によるものと思われる感染が発生し、
現地へ行っても、対症療法しかとれないし。

先が気になってどんどんページをめくらせる・・・
という思いにかられないのはそのへんに原因があるのだろう。

まあ、そんな環境に置かれても、それでもなお科学者としての
矜持を保とうとする、彼や彼の仲間の研究者たちの姿を
描きたいのだろうけど・・・

主役という点では灰塚少佐のほうがそれらしい。
終盤、「キング」の菌株を手に入れたスパイを追って
降伏寸前のドイツに向かい、連合軍のベルリン突入に合わせて
「キング」の散布を実行しようとする計画を阻止するべく
奮闘する姿は、スパイ・サスペンスとして読み応えがある。

ラスト近く、文庫判で50ページほどの分量なのだけど
ここが一番読んでいて面白かった。
エンタメとしての完成度を追求するなら、
この部分を膨らませて本編に仕立てて
「キング」をめぐる開発や暗闘の部分は圧縮して
背景として示すだけにするのが正解なんだろうけど、
作者が語りたかったのはそこじゃなかったんだろうね。

中国大陸での旧陸軍の細菌兵器開発と言えば
「731部隊」と石井四郎は避けて通れないだろう。
私も『悪魔の飽食』(森村誠一)を読んだ時は驚いたものだ。
本書でも石井四郎は(出番は少ないが)登場するし、
731部隊の人体実験の様子、さらにはナチの強制収容所の様子も
しっかり描かれている。

戦争と科学の関わり合いは古くて新しいテーマ。
科学の進歩が兵器の進歩につながるという ”闇” を描いた本書は
文庫で約500ページという大部で、扱っている対象も「細菌兵器」。
全編を通して重苦しい雰囲気で進行するのは仕方がないのかも知れない。

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白い僧院の殺人 [読書・ミステリ]


白い僧院の殺人【新訳版】 (創元推理文庫)

白い僧院の殺人【新訳版】 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/06/28
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

女優マーシャ・テイトはロンドンで演劇の舞台を踏むが
劇評家たちから酷評され、アメリカへ渡る。

半年後、ハリウッドで人気女優となったマーシャは
かつて自分を酷評した者たちを見返すべく、
イギリスへ戻ってロンドンでの演劇へ出演を決める。

製作担当ジョン・ブーン、脚本はその兄モーリス・ブーン。
相手役は人気男優のジャーヴィス・ウィラードとスタッフも決まり、
新聞業界の大立者カニフェスト卿もマーシャ支援に乗り出す。

しかしそこへハリウッドから映画監督カール・レンジャー、
広報担当のティム・エメリーがマーシャを連れ戻しにやってくる。
彼女はまだハリウッドでの契約が残っていたのだ。

そんな中、マーシャへ届いたチョコレートを食べたティムが
ストリキニーネ中毒で倒れるという事件が起こる。

不穏な雰囲気に包まれたまま、公演準備のために一行は
モーリスが所有する〈白い僧院〉と呼ばれる屋敷に向かう。

しかしその夜、〈白い僧院〉の別館でマーシャが殺害される。
現場は夜間に降った雪が周囲100フィート(約30m)にわたって積もり、
発見者以外の足跡はない。さらに、犯行推定時刻は
雪がやんだ後の時間帯であることが判明する。

マーシャたち一行と共に〈白い僧院〉に招かれていた
外交官ジェームズ・ベネットは、伯父である
ヘンリ・メリヴェール卿に助けを求めるのだが・・・


〈不可能犯罪の巨匠〉の描く ”足跡のない殺人” の古典的名作だ。
トリック自体は、ミステリを読み慣れた人なら
見当がついてしまうかもしれないが、本書の発行が
1934年だということを忘れてはいけない。

今でこそ、本書のトリックはいろんなバリエーションとともに
あちこちの作品で使われているけれど、
おそらく ”一番乗り” の栄誉は本書にある。

それくらい(当時としては)インパクトのあるトリックだったから
後発の作品にも手を変え品を変えて ”応用” されてきたのだろう。
だから、現代の読者がこれを読んでもさほど驚かない
(そういう人もいるだろう)のは、
それだけこのトリックが ”有名” になっってしまった、
ってことじゃないかな。

本書のスゴいところは、トリックが分かったからといって
ミステリとしての興味が少しも薄れないことだ。

「どうやって不可能状況をつくったか」よりも
「なぜわざわざ不可能状況をつくりだしたのか」または
「不可能状況になってしまったのはなぜか」のほうに重点がある。

メリヴェール卿は、当日夜の容疑者各人の行動を緻密に解明し、
不可能犯罪の出現に至る経過をきれいに説明してみせる。
結果として指名される真犯人の名は意外だが、
その根拠も明かされてみれば納得のいくもの。

密室や不可能状況に目がいきがちだけど,
事件に関係する者たちの心理状態への深い洞察こそが
メリヴェール卿の推理の根幹にある。

やっぱりカーター・ディクスン(ディクスン・カー)はたいしたものだ。

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天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ [読書・SF]


天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART1 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART1 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 小川 一水
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/12/19
  • メディア: 文庫
天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ PART2 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ PART2 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 小川 一水
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/01/22
  • メディア: 文庫
天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART3 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART3 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 小川 一水
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/02/20
  • メディア: 文庫
評価:★★★★★

大河SF「天冥の標」シリーズ、第10部にして完結編。
およそ10年をかけて、全17巻にわたって描かれた大長編も、
ここで感動の大団円を迎える。


考えてみると、このシリーズは少女イサリの物語だった。

第6部で〈救世群〉議長の娘として初登場し、
第7部では出番がないけど物語世界の中には存在していたはずだし
第1部と第8~10部では出ずっぱりである。
人外であるラゴスやノルルスカインを除けば、
最も出番の多かったキャラだろう。

作中時間では300年以上経っているけど、
彼女の体感時間は2~3年くらいじゃないかな。
彼女の ”3年間” がこの物語の根幹であり、
第2~5部はその背景を描いているともとれる。
(それぞれちゃんと長編SFとして成立しているけど)

不治の病の保菌者として〈救世群〉居留地に生まれ、
生態系保護用スペースコロニーにでかければ
迷子になって凍死しかけて(おいおい)、
それを助けてくれた男の子にときめいて(笑)。
しかし、強硬派の妹は人類(非染者)を滅ぼしにかかり、
しかもそれはほとんど成功してしまう。
さらには異星人の技術によって異形の甲殻体へと変貌させられてしまい、
そして300年の時を超え、助けてくれた男の子の子孫と
巡り会ったのもつかの間、そこもまた戦場となり、
何度も死線を超えるような危機を超えていく。
最後には太陽系から200光年も離れた宇宙の彼方で
妹と因縁の決着をつけ、異星人の団体さん(笑)とファースト・コンタクト
(カルミアンを入れたらセカンド・コンタクト?)を果たし、
壮烈な宇宙戦争の末、ついには超新星爆発に巻き込まれるという・・・

ひとりの少女の辿る、愛と悩みと苦しみに満ちた波瀾万丈の日々。
そんな中でも、最後まで希望を失わなかったヒロインの物語だ。


先走ってしまった。第10部の内容に入ろう。

情報知性体ミスチフによって操られたドロテア動力炉によって
はるかカルミアンの故郷であるふたご座μ(ミュー)星まで
移動してきたメニー・メニー・シープ(MMS)。

女王ミヒルを駆逐し、ドロテアのコントロールを手に入れたMMS人は
ついに《救世群》との和平を成し遂げるが、
今度はカルミアンの母星、惑星カンム近傍に集結した
”超銀河団種族”(異星人の集まり)の巨大艦隊と対峙することに。

一方、カルミアンの女王オンネキッツは、迫りつつあるミスチフを
殲滅すべく、ふたご座μ星を人工的な超新星爆発に導こうとしていた。

 この宙域に集結した異星人知性体の中では、
 (ノルルスカインとミスチフを除いて)
 カルミアンがいちばん科学技術が進んでいるみたいだ。

しかしそれは、周囲数十光年の恒星系の生命をも危機に陥れてしまう。
(もちろんMMSだってひとたまりもない)
超銀河団種族の目的は、それを阻止することだった。

〈二惑星連合軍〉(2PA)は ”超銀河団種族” と戦端を開くが、
ラゴスを中心とした使節団は ”超銀河団種族” との意思疎通に成功する。
しかし、ミヒルとその残党を掃討する戦闘中に
ミスチフの本体はドロテアから脱出し、惑星カンムの
超新星化制御システムに入り込み、それを乗っ取ってしまう。

かくして、すべての災厄の根源であったミスチフを滅ぼすべく、
MMS人、《救世群》、カルミアン、2PA、そして ”超銀河団種族” 、
この宙域に集まったすべての生命体・勢力による
ミスチフへの総攻撃が開始されるが、ふたご座μ星が
超新星爆発を起こす時刻も刻々と迫ってきていた・・・


完結編だけあって、最終決戦はオールスターキャストである。
イサリ、カドム、アクリラのメインキャラ3人組をはじめ
名のあるキャラクター総動員でクライマックスを盛り上げる。
〈倫理兵器〉まで登場して大活躍するんだからもう(笑)。

そして、それぞれのキャラクターの着地点も描かれる。

人間に奉仕する存在として創造された〈恋人たち〉。
それに疑問を抱いたラゴスの、新たな選択も描かれる。

ミスチフによって体を作り替えられてしまい、
生命の危機に陥ったアクリラにも意外な未来が与えられる。

有史以前から人類を見守ってきたダダーのノルルスカインも、
最終決戦ではついに表舞台に登場し、ミスチフと対決する道を選ぶ。

そして、イサリとカドムにも・・・


SFとしてのつくりも骨太だ。
”超銀河団種族” を構成する異星人の生態や思考・価値観、
カルミアン女王の正体がマイクロ・ブラックホールを利用した
意識の集合体だったりと、想像力の限界に挑戦するような描写が続く。
このあたりは「SFを読む楽しさ」を思い出させてくれる。


ミスチフがばら撒いた冥王斑ウイルスによって
人類は2つの勢力に引き裂かれ、それが800年にわたる確執を生む。

冥王斑ウイルスがなくても、もともと人類は国家や民族や宗教や
なんやかやと理由をつけて差別や対立を生んできた。
21世紀を迎えてもそれはいっこうに無くなる気配を見せない。
「人間とはそういうもの」なのだろう。

本書でも、冥王斑ウイルスは克服されたけれども、
人間のあるところ、また新たな差別と対立が発生していくのだろう。
それでも、未来は今よりもほんの少しはいいものになるはずだ。
それを信じてイサリやカドムたちは生きていく。

雄大で豊穣な物語を読む楽しみも、存分に堪能させてもらいました。
間違いなく、ここ数年で読んだ中で最高のSFでした。


・・・とまあここまで書いてきたんだが、この記事を書いている現在、
世界は新型肺炎を引き起こすコロナウイルスCOVID-19で大騒ぎである。


(今のところ)致死率が2~3%ほどのウイルスに対して
この反応なんだから、「天冥の標」の冥王斑みたいな
致死率95%なんてウイルスが登場したら、
それだけで人類文明は崩壊するんじゃないかなぁ。
ちょいと心配になった今日この頃。

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プリンセス刑事 生前退位と姫の恋 [読書・ミステリ]


プリンセス刑事 生前退位と姫の恋 (文春文庫)

プリンセス刑事 生前退位と姫の恋 (文春文庫)

  • 作者: 喜久, 喜多
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/10/09
  • メディア: 文庫
評価:★★★

2000年以上もの間、”女王” によって統治されてきた
パラレルワールドの日本が舞台。

現女王の妹宮の娘(つまり姪)にして、王位継承権第5位のプリンセス、
白桜院日奈子(はくおういん・ひなこ)殿下がなんと刑事となって
若手刑事の芦原直斗(なおと)とパートナーを組み、
凶悪事件と対峙していくシリーズの第2巻。


東京都下で、段ボールに仕込まれた爆弾が爆発する
連続テロ事件が起こり、いずれも近くにいた者が犠牲となっていた。

段ボール箱にはいずれもオレンジ色の鷹のマークが印されていた。
それは日本の隣国・エミシ王国(こちらの世界での北海道に当たる地域)
の国旗と同じデザインのもの。

日本とエミシ王国とは、古代から文化的な交流が盛んで
言語も同じ日本語を母国語とし、しかもビザなしで行き来できる。

しかし80年前には両国は戦争状態にあり、武力に勝る日本が
エミシ王国を圧倒、その後15年間にわたり併合していた時期もあった。
エミシ王国が独立を取り戻してから60年以上経った現代にあっても
両国の間には感情的なしこりが残っている。

今回のテロ事件にも、日本に反感を持つ勢力の暗躍が疑われたが
日奈子と直斗の捜査は難航する。

そんな中、王室で問題が持ち上がる。現女王・喜和子陛下が
健康問題を理由に、譲位(生前退位)を検討しているというのだ。
しかしそれには王族典範を改正しなければならない。

さらに、女王の次女にして王位継承権第2位の紫桜院理紗子殿下は、
王位継承順位まで合わせて考え直すべきだと主張しはじめた。

理紗子の姉にして次期女王が予定されている優美子殿下、
妹で現役女子高生でもある真奈子殿下、
日奈子の母である白桜院英里子殿下、そして日奈子。
王位継承権を持つ5人の中から、ふさわしい者を選ぶべきだ。

後半に至ると、理紗子の言い出した王位継承問題が
意外な形でテロ事件とつながっていることが明らかになる。


犯人当てのミステリ要素はほとんどないけれど、違う意味で読ませる。
王室といえども人間であり、さまざまな喜怒哀楽を抱えて生きている。
王室の一員として生きるか、一個人として生きるか。

本書を読んでいて連想するのは、「王冠を賭けた恋」として有名な、
イギリス国王エドワード8世のエピソード。
離婚歴のある平民のアメリカ人女性と結婚するために
わずか325日の在位の後、国王の地位をなげうってしまった人だ。

王室の誰がどんなふうに悩んでいるかというのは
ネタバレになるので書かないが
物語は日本とエミシ王国の将来に関わる話へと広がっていく。
王室の人間をメインに据えると、こういう展開も出てくるんだろう。

浮世離れしたお姫様と、世間一般の認識とのズレを楽しむコメディで
始まったはずなんだが、第2巻にしてちょっと路線が変わったかな。
このまま行くのか、次巻からはまた元の路線に戻るのか分からないが。

ちなみに王族典範では、王室の女性は王室の血を引く男性としか
結婚できないという条項があるのだけど、
今後の展開では、これに縛られない事態も生じそう。
直斗君にも一縷の望みが出てくるのか?(笑)

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ベスト本格ミステリTOP5 短編傑作選003 [読書・ミステリ]


ベスト本格ミステリ TOP5  短編傑作選003 (講談社文庫)

ベスト本格ミステリ TOP5 短編傑作選003 (講談社文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/04/16
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

本格ミステリ作家クラブが編集するところの
「本格短編ベストセレクション」シリーズ第3弾。
ノベルスで刊行された2017年版から、更に絞った5作を収録してる。

「何かが足りない方程式」天野暁月
推理作家の浅野克樹(かつき)は、叔母の長野鄕美(さとみ)とともに
和歌山県のリゾートホテルに滞在していた。
そのホテルでグラビアアイドルの本宮渚が殺害される。
4人の容疑者が浮かぶが、みな確固たるアリバイがあった。
郷美の知人である私立探偵・丹町亀弥(たんちょう・かめや)は
犯人の条件を列挙し、それに基づいて意外な人物を指名する。
真犯人の ”真の狙い” が明らかになると、さすがに驚かされる。
非常に論理的にできているんだけど、ちょっと込み入っているので
私は二度読まないと理解できなかったよ(笑)。

「早朝始発の殺風景」青崎有吾
高校生の加藤木(かとうぎ)は、”ある理由” から始発電車に乗った。
しかしそこには既に、彼のクラスメイトの女子・殺風景がいた。
(ちなみに彼女の姓が「殺風景」なのだそうな。)
彼女もまた、彼女なりの ”理由” があって始発電車に乗ったらしい。
二人は会話を交わしながら、お互いの ”理由” を探り合う。
それぞれが仮説を立てては崩しながら、
相手の抱える事情に迫っていくのだが・・・
こんなシチュエーションでも一編のミステリに仕立ててしまうのは流石。

「もう誰も使わない」西澤保彦
連続殺人事件が発生するが、いずれも現場には
女物のショルダーバッグが残され、
被害者はそのストラップで絞殺されていた。
被害者たちをつなぐミッシングリンクと、犯行に至る動機が意外。

「極彩色を越えて」似鳥鶏
主人公は画廊経営者の息子で、画家を目指す高校生・緑川礼(れい)。
「御子柴現代美術館」で〈真贋展〉(真作と贋作を並べて展示する)が
開催されることになり、礼くんも父の手伝いで駆り出されていた。
しかし展示室の床にペンキがぶちまけられ、
さらに異臭が発生するという騒ぎが起こり、それに紛れて
画壇の大御所・大園菊子の作品が損壊されるという事件が発生する。
しかしその作品に近づくには、床のペンキの上を歩かなければならない。
”ペンキの密室” による不可能犯罪だが、礼は、同じ美術部員の
千坂桜(ちさか・さくら)の行動を見ていて事件の謎を解く糸口をつかむ。
解決した後にもう一ひねりあって、芸術の世界はいろいろと奥深い(笑)。
普段から人付き合いが不得手で、絵に熱中すると
周囲が見えなくなってしまうという桜さんのキャラが面白い。
礼くんと桜さんの話をもっと読んでみたくなった。

「交換日記」葉真中顕
新米刑事の日下凛子(くさか・りんこ)は、
先輩刑事の上原佑司(既婚)へ思いを寄せるようになっていた。
そんなとき、小学6年生の江川瑠美が殺害される。
捜査は難航し、容疑者がひとりも浮かんでこない。
唯一の手がかりと思われるのは、瑠美が誰かと交換日記をしていたこと。
彼女はその相手を誰にも告げず、秘密にしていた・・・
ラストで明らかになる真相には、びっくりを通り越して感心した。
いやあ、見事に騙されてしまいました。天晴れです。

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メビウスの守護者 法医昆虫学捜査官 [読書・ミステリ]


メビウスの守護者 法医昆虫学捜査官 (講談社文庫)

メビウスの守護者 法医昆虫学捜査官 (講談社文庫)

  • 作者: 川瀬 七緒
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/12/15
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

「法医昆虫学」とは、死体を摂食するハエなどの昆虫が、
人間の死体の上に形成する生物群集の構成や、
構成種の発育段階、摂食活動が行われている部位などから、
死後の経過時間や死因などを推定する学問のこと。  (by wiki)

しかし日本ではまだまだ発展途上の分野らしい。
本シリーズの主人公・赤堀涼子は、日本で法医昆虫学を確立させるべく、
日夜捕虫網を振り回して研究に没頭する博士号を持つ昆虫学者。
ちなみに36歳独身、小柄で童顔(笑)。

彼女が捜査一課の岩楯祐也警部補とコンビを組んで、
難事件に取り組むシリーズの第4作


東京都の西多摩にある仙石(せんごく)村で、
バラバラにされた男性の両腕が発見される。
しかも指はすべて切断され、掌の皮膚もはがされるなど
身元につながる情報は徹底的に損壊されていた。

法医解剖医が、遺体の腐敗状態から死後10日との所見を出すが
赤堀は遺体に付着しているハエやアブの状況から
死後20日以上との見解を示す。

法医昆虫学に懐疑的な伏見管理官をはじめ
捜査本部は赤堀の意見を無視するが、岩楯は赤堀を信じて、
所轄署で山岳救助隊員を兼務する牛久弘之巡査長とともに捜査を始める。

人口の少ない高齢化した村でもあり、捜査は自ずと
近年住み着いてきた者たちに向けられる。

都心部から引っ越してきて畑仕事をしている一ノ瀬、
その息子・俊太郎はイケメン高校生だが、
親子共々に村人からの評判はすこぶる悪い。
高齢の中丸夫婦の息子・聡(さとし)は40を超えて定職に就かず、
村人との間でたびたびトラブルを起こしている変人だ。
そして、アロマセラピーを通して村人の尊敬を集めている
”村の巫女” こと元調香師の綿貫ちずる。

移住してきた彼らにも、それぞれの抱えた秘密があり、
物語が進んでいくうちに明らかになっていく。

やがて、赤堀の唱える死亡時期の頃、
村に品川ナンバーのタクシーが来ていたことが明らかになり、
それに乗ってきた男が事件の関係者と思われた。

両腕の発見現場は広大な山林の中であり、
遺体の他の部分の捜索は困難を極めるが
赤堀は昆虫学の知見をもとにその発見に成功する。

彼女の協力の下、岩楯は情報を着々と集めていくが
どうにも犯人につながる決定的な手がかりがつかめない・・・


死体にたかるウジやハエを見ると嬉々としてしまう、
赤堀の昆虫ヲタクぶりは健在。
しかし彼女の周囲にいる凡人はたまらない。
山歩きに慣れている牛久くんでさえ、遺体捜索のさなかに
ウジの大群に遭遇し、悲鳴を上げてしまう。
いや、読んでる方もなかなかショッキングではある。

今回の事件では、遺体の身元が終盤になるまで明らかにならない。
それでもミステリとしての興味を終盤まで途切れずに読ませる。
それは、赤堀と岩楯の捜査の過程が丁寧に描かれていて、
容疑者として登場する者たちの背負うサブストーリーがよくできていて、
彼らを血肉の通ったキャラとして感じられるからだろう。

そして特筆すべきは犯行の動機。これは正直驚いた。
私もいろんなミステリを読んできたけど、これは初めてかな。

いやはや、ミステリは奥が深い。

岩楯は既婚だが、結婚生活は破綻していることが描かれてきた。
本書で、妻との離婚が成立しそうな描写があるので、
次巻以降、赤堀との関係が変わっていったりするのかな?
そのへんもちょっと気になったりする。

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ヲタクに恋は難しい [映画]


元々この映画、観にいく予定はなかったのですが
(興味はそれなりにあったのだけどね)
なぜか突然、かみさんが「観にいきたい!」って言い出した。
いったい何が彼女に起こったのでしょうかねぇ・・・

というわけで、観にいったのですけど・・・
うーん、観てる間にいろんな事が頭をよぎったのですが
最終的な結論はこれですね。
これは「高畑充希という希有な才能を愛でる映画」ですな。

wotakoi.jpg
ヒロイン・桃瀬成海(ももせ・なるみ)は会社の同僚と交際していたが、
腐女子であることがバレたことがきっかけでフラれ、
その同僚と顔を合わせづらくなり転職する。

転職先で、成海は幼馴染の二藤宏嵩(にふじ・ひろたか)と再会する。
彼は「廃人レベルのゲーヲタ(by成海)」であり、
成海にとっては、自分の趣味を隠すことなく付き合えるヲタク友達。
ただ「タイプじゃない(by成海)」ため、宏嵩と交際する気はなかった。

しかしある夜、宏嵩は成海に自分と交際した際のメリットを説き、
(まあ要するに「ヲタク同士だから気楽につきあえるでしょ」と)
それを受けて2人は交際を始める。

とはいっても、ヲタク同士で不器用な二人はギクシャクするばかり。
そんな二人の、山あり谷ありの恋愛模様を描いていく。


とはいっても、ストーリーがあるようで、ほとんどない映画だ。

起承転結のうち、起(職場での再会、そしてつき合い始める)、
承(コミケに行ったり、デートしたり、宏嵩の家に行ったり)ときて
かみ合わなかった二人の中が、やっと上手く回り始めるかな・・・
ってところでエンディングを迎える。

つまり、いわゆる普通の映画で言うところの、
”感動のラスト” へ向けての ”転”・”結” となる盛り上がりが
ほとんどなく、終わってしまうのだ。

観客の多くは「え? これで終わりなの?」って思うだろう。

いろいろ考えたんだけど、この映画は
普通の ”尺度” で計ってはいけない作品なんだよ、きっと(笑)。

タイトル通り、「ヲタクの生態」が細かく描写される。
成海が喫茶店で隣に座った男性二人組を観てBL的妄想に耽ったり
居酒屋で憧れのコスプレイヤーに出会って舞い上がったり
コミケに出す薄い本を作るために睡眠時間を削って編集してたり。

とくにヲタク用語が頻出する台詞や、登場するヲタの方々の言動は
正直いって意味不明なところが多いのだけど、それらの解説は一切無い。

 まあ、私も「昭和オタク」の端くれのつもりだから、
 一般人よりは ”耐性” ができてるとは思うんだけど、
 そんな私でも、「令和ヲタク」の皆さんについていくのは
 なかなか容易ではなかったよ。ていうか半分くらいは置いてきぼり。

普通、こういう ”特殊な世界”(笑) を描くのなら、
メインキャラの中に ”普通人” を一人混ぜ、
彼または彼女の視点から描くのが定石の方法だと思うのだけど
そんな ”普通人への配慮” も一切無く、
延々と ”説明抜きのヲタク描写” が続く。

これはもう「分かる人に分かればいい」って割り切ってるんだね。
ストーリーを見せることよりも、現代の ”ヲタクあるある” を描いて
同じ嗜好を持つお客さんたち(この映画の観客の7割は若い女性らしい)に
「わかるー」って言わせる。ただそれだけを目指しているんだろう。

それに加えて、登場人物が劇中、
突然歌い出し踊り出すというミュージカル仕立て。
そっち方面が苦手な人には辛い映画になるかも知れない。

だから、ヲタク属性をほとんど持たない私のかみさんは、
途中で寝落ちしてしまいました(爆)。
でも私は最後まで寝ずに観ましたよ、もちろん。


俳優さんもリミッターを解除したような濃厚な演技で答えてる。

主人公二人の同僚で、アイドル声優オタクの
坂元を演じてるのは賀来賢人。
アイドル声優を熱く語り、劇中では見事なオタ芸を披露する。
この怪演ぶりは素直にスゴい。
『AI崩壊』で見せた真面目な役柄とは対照的で、
演じられる役の広がりを感じさせる。

主人公二人の上司である樺倉を演じたのは斎藤工。
職場では仕事の鬼、酒が入ると泣き上戸という落差が素晴らしい。
撮影中に高畑充希が「笑いが止まらなかった」というのも頷ける怪演。

妖艶な美女・小柳花子を演じる菜々緒。彼女は実は・・・
いやあ、これは未見の人のために書かないでおこう。

そして、二藤を演じたのは山崎賢人。
クールで感情を顔に出さないが、実は成海のことを深く思っている。
こういう男に巡り会えた成海は幸せ者だよ。

そしてそして、主演の高畑充希。ヲタク女子のぶっ飛んだ演技に加え、
劇中で披露する歌の上手いことに驚く。
wikiで見たら、歌手としての活動もしてる人なんだねぇ。
さらに、映画のあちこちで披露されるダンスシーンも素晴らしい。
バックにダンサーさんを従えての登場だけど、
本職のダンサーさんに引けを取らないキレッキレぶり。
とくに、コスプレしてのダンスは眼福(おいおい)。
演技・歌唱力・ダンスと三拍子そろったまさに完璧超人。


ストーリー映画としては如何なものかと思うが(笑)、
記事の冒頭にも書いたけど、この作品はまさに
「高畑充希という希有な才能を愛でる映画」
と考えるのが正解なのだろうと思う。

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分かれ道ノストラダムス [読書・冒険/サスペンス]


私が「ノストラダムスの大予言」(五島勉)を読んだのはいつだったか。
1973年の出版だから、たぶん中学3年生の頃だったろう。
その内容に、ずいぶん怖い思いをしたことを覚えている。

その後、五島氏が執筆したSF小説には「ー500℃の超低温」だかの
とんまな記述があって「トンデモ本」に ”認定” されてしまったそうな。

 念のタメに書いておくと、温度の最低値は「ー273℃」で、
 これより低い温度はこの宇宙に存在しない。
 ちなみに、高校の理科で勉強する内容だ。

要するに、そんな人が書いた与太話だか怪談話だかのレベルの本に
脅かされてたわけだよねぇ・・・

でも、信じてしまった人は一定数いたみたいで、
1999年7月にやってくる ”人類の滅亡” から逃れるために、
オウム真理教に入信した人も多かったとか。

閑話休題。


分かれ道ノストラダムス (双葉文庫)

分かれ道ノストラダムス (双葉文庫)

  • 作者: 深緑 野分
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2019/11/14
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

時代設定は1999年6月。

高校1年生の日高あさぎは、中学時代にクラスメイトだった
宮ヶ瀬基(みやがせ・もとき)の三回忌に出席した。

1997年、中学2年生だったあさぎは、
思いを寄せていた基とけんか別れした形で離れてしまい、
その直後に彼が心臓疾患で亡くなったことで、トラウマを抱えていた。

法要を終えたあさぎは、基の祖母から彼の残した日記を譲り受ける。
しかし彼の日記に不審な記述があった。
1996年に書かれた日記に、93年に交通事故死した
彼の両親の、事故前後の行動が記されていたのだ。

あさぎは、同級生で読書好きの八女研輔(やめ・けんすけ)に相談する。
日記を読んだ八女は、基が ”両親が死ななかった可能性” を
探っていたのではないか、と推測する。

あの日、父と母はどんな行動を取っていたら
事故に遭わずに済んだのだろう・・・

それを知った浅葱は、”基が死ななかった可能性” を考えるようになる。
八女の助けを借りて、日記の記述から
基が死亡する直前の行動を探り始めるのだが・・・

一方、「ノストラダムスの大予言」が人類の滅亡を告げたと言われる
1999年7月を迎えて、世間は騒然としていた。
あさぎたちの暮らす街でも、怪しげな宗教団体「アンチ・アンゴルモア」
なるものが活動し、信者たちがさまざまな騒ぎを引き起こしていた

そして、基が死亡する直前の日記に記された電話番号が、
「結城循環器内科クリニック」のものだったことが判明する。
この医院はすでに閉鎖されていたが、
「アンチ・アンゴルモア」の幹部に結城という人物がおり
これが結城医院の医師だったのではないか、との疑いが浮上する。

基の足跡を追うあさぎと八女は、やがて「ノストラダムスの大予言」を
巡る、「アンチ・アンゴルモア」の陰謀に巻き込まれていく・・・


前半では、高校生たちの日常がじわじわと
謎の不安にむしばまれていく様子が描かれていくが
中盤過ぎあたりから物語は一気に加速を始めて
あさぎは何度も生命の危険にさらされる。

そして終盤は ”予言の成就” を巡る
タイムリミット・サスペンスに移行していく。
極限状態へと追い詰められたあさぎと八女の運命やいかに・・・


まず主役二人のキャラがいい。

ヒロインのあさぎは、感情の起伏がやや大きく、
時には、考えるより先に体が動いてしまうという
ちょっと危なっかしいお嬢さんである。

対する八女君は、本の虫でありながら意外と度胸があって
思慮深く頼れる好青年として描かれる。
これには、彼のユニークな家庭環境もあるのだろうが
このへんの設定も面白い。

あさぎの中学時代の友人である水戸ちゃんや彩瀬ちゃんも
単なる賑やかしではなく、ちゃんとストーリーに絡んでくる。

八女の知り合いでアクアリウムショップの店長・久慈や
あさぎの行く先々で現れる謎のホームレスの老人とか
青少年心理カウンセラー・桐晴彦(きり・はるひこ)とか
胡散臭そうな人物も多々現れ、サスペンスを盛り上げる。

もっとも、黒幕は中盤過ぎには明らかになってしまうので
犯人当てミステリーとしての趣には乏しいけれど、
終盤の緊迫感あふれる描写は半端ではない。
「戦場のコックたち」で戦場のリアルを描いた筆力が
存分に発揮されていると思う。


人生、別れもあれば出会いもある。
本書は、初恋の人・基との悲しい別れを経験したあさぎが、
悲しい思い出を抱えながらも、新しく出会った人たちと共に
それを乗り越えていくまでの物語だ。

物語開始時点で15歳、もし ”予言” が成就したら
16歳になる前に死んでしまうんだなぁ・・・と思っていたあさぎだが
もちろん、彼女にはまだまだ長い人生が待っている。

エピローグでは、あさぎをはじめ物語に登場した人々の、
”予言” を超えたちょっぴり未来の話が綴られる。

このブログのあちこちで書いてるように
私は青春小説なるものが苦手なんだが、
本書はハラハラしながらも面白く読めたし、
物語の締め方も素晴らしい。
楽しい読書の時間を過ごせました。

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天冥の標IX ヒトであるヒトとないヒトと [読書・SF]


天冥の標IX PART1──ヒトであるヒトとないヒトと (ハヤカワ文庫)

天冥の標IX PART1──ヒトであるヒトとないヒトと (ハヤカワ文庫)

  • 作者: 小川 一水
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/12/18
  • メディア: 文庫
天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと PART2 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと PART2 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 小川 一水
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/10/31
  • メディア:文庫
大河SF「天冥の標」シリーズ、第9部。

西暦2804年、”メニー・メニー・シープ”(MMS) を巡って、
”非染者” であるMMS新政府と《救世群》は死闘を続けていた。

一方、”世界” の外へ出たカドムたちは、
”倫理兵器” の激しい攻撃にさらされながらも
シェパード号を発見し、ラゴスの記憶を取り戻すことに成功する。
そして、MMS成立の秘密を知る。

さらに、異星人カルミアンから、驚くべき事実を聞かされる。
途方もないエネルギーを秘めた ”ドロテア動力炉” を手に入れた
《救世群》は、その力によって300年の間MMSを移動させ続け、
今まさにふたご座ミュー星へと到着しようとしていること、
目的地は、そこにあるカルミアンの母星であること、
そして母星近傍には、異星人の集合体である
超銀河団諸族の巨大艦隊が集結し、カルミアンと対峙していること。

 ちなみにwikiによると、ふたご座ミュー星は
 太陽系から約230光年の距離である。
 第7部(西暦2500年頃)の段階で、
 人類はまだ超光速航法を手にしていないので
 この距離を300年で移動しているというのは
 亜光速の移動によるウラシマ効果でMMS内の時間の進みが遅れている
 (太陽系では300年以上経っている)のか、
 それともミスチフによるオーバーテクノロジーのせい
 (太陽系での時間経過と一致する)なのかは
 明言されてないのだけど、読んでるかぎり後者のように感じる。

さらに後方からは、《救世群》を追撃・殲滅するために太陽系を出発した
総計500億隻に及ぶ〈二惑星連合軍〉艦隊も迫ってきている。

異星人の強大な宇宙艦隊に向けて刻一刻と接近していくMMS。
”非染者” と《救世群》、合わせて200万の人間の生死がかかる危機を
乗り越えるためには、まず人間同士の戦いを終わらせなければならない。

”非染者” との融和を目指すイサリは、
《救世群》の本拠地ハニカムへ潜入するが、
彼女はそこで意外な人物の助力を得ることになる・・・


第1巻の時から疑問だったのは植民星MMSがどこにあるのか、だった。
それは第7部で明らかになったが、
MMS自体が移動しているのではないか、というのは
いままでの物語のあちこちで示唆されていた。

第9部に至り、この物語は、単に ”非染者” と《救世群》の
平和共存が果たされて終わるのではなく、人類・カルミアン以外の
多数の異星人をも巻き込む、さらに大きな局面が待っていたことが
明らかになった。

いち植民星の内乱から始まった物語が
どんどんスケールアップして、ついには銀河的規模へ。

SFを読むことの楽しさを味わわせてくれたこのシリーズも、
ついに次の第10部「青葉よ、豊かなれ」で完結である。
既に読了しているので、こちらの記事も近日中にはアップする予定。

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心中探偵 蜜約または闇夜の解釈 [読書・ミステリ]


心中探偵 蜜約または闇夜の解釈 (幻冬舎文庫)

心中探偵 蜜約または闇夜の解釈 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 森 晶麿
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2017/11/09
  • メディア: 文庫
評価:★★

語り手の ”俺” こと、華影忍(はなかげ・しのぶ)は
美術雑誌のライターから作家へ転じ、間もなく2冊目が刊行される。

財産家に生まれ、働かなくても喰っていける身分でありながら
兄と恋人の死から、現世に対する興味を失ってしまう。
以来、酒と女に溺れる日々を送りながら、
死への誘惑に駆られるようになっていた。

ある夜、神社の境内で柳沼水奈都(やぎぬま・みなと)と
名乗る女と出会う。背中に山羊、太股に謎の花の刺青を持つその女は
華影との心中を受け入れ、二人で筋弛緩剤を服用する。

翌朝、女は死体で発見され、華影は命を取り留める。
しかしその死体の女は、心中を図った女とは別人だった。

華影は警察から、死んだ女こそ本物の柳沼水奈都であり、
柳沼財閥の現当主・柳沼水智雄(みちお)の妹であることを知らされる。

水奈都は殺されたのか?
なぜ女は水奈都を名乗ったのか?
そして、その女の正体は?

警察は自殺として処理ようとするが、
華影は真相を求めて独自に情報を集め始める・・・


華影は遊んで食える身分の上、異様に女にモテる。
とにかく、作中で出会う女をことごとく口説いて回るのだが
女の方も満更ではない反応を示すのには
驚きを通り越して呆れてしまった。

まあ私のようなモテない人間からすれば
風上にも置けない存在なのだが、これは純然たる僻みですね。

こんな華影だがしっかり結婚してる。
彼の担当編集者である溝渕くんは、華影の妻・道子に惚れているんだが
彼女が溝渕くんになびく気配は全くなさそうだ(笑)。

そんな溝渕くんだが、探偵の助手としてはなかなか有能で
あちこちから情報を集めてきて真相解明に貢献する。

本作では、同じ作者の別シリーズの探偵役である〈黒猫〉も登場する。
華影の後輩という設定で、彼の勤務する大学を訪れるシーンがある。
〈付き人〉さんのほうもワンカットだけ出演するけど、
華影は彼女に対してまでも粉をかけるんだからもう見境がない(笑)。


本作には、多くの女性キャラが登場してくるのだが、
最終的に明らかになる ”あの女” の正体は・・・

うーん、これはちょっとどうなんでしょう。
「うまくだまされた」と思うか「反則じゃないの?」って思うか。
私は四分六で後者ですな。

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