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高座のホームズみたび 昭和稲荷町らくご探偵 [読書・ミステリ]

高座のホームズみたび 昭和稲荷町らくご探偵 (中公文庫)

高座のホームズみたび 昭和稲荷町らくご探偵 (中公文庫)

  • 作者: 愛川晶
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2019/10/31
  • メディア: 文庫
評価:★★★

『高座のホームズ』『黄金餅殺人事件』に続き、
昭和の落語界の重鎮にして名人、八代目林家正蔵が探偵役を務める
ミステリ・シリーズ、その第3巻。

時代は昭和の終わり頃。今回の主人公は佃家梅臓(つくだや・うめぞう)。
現在32歳、3年前に真打ちに昇進したが師匠・佃家傳藏(でんぞう)からは
なぜか疎まれていて改名を許されなかった。

兄弟子の傳朝(でんちょう)とも不仲、
弟弟子の花臓(はなぞう)は人気と実力で梅臓を追い越す勢いで、
入門8年めにして異例の真打ち昇進を決めるなど順風満帆、
そんな兄弟弟子2人に挟まれて、なかなか辛い環境にいる。

前半部の「二眼国」では、真打ち昇進披露を控えた花臓が
高座で『犬の目』を演じているさなか、
酔った客に左眼を殴打されるという事件が語られる。

左眼は失明の恐れもある重傷で、廃業の可能性も。
梅臓は傳朝と仲直りし、危機に陥った弟弟子の支援に乗り出すが
その矢先、酔った傳朝が夜道で襲われるという事件が起こる。
同道していた梅臓が傳朝に犯人の特徴を問うが、
傳朝はなぜか、落語『一眼国』のサゲの台詞をつぶやくのだった・・・

梅臓から話を持ち込まれた林家正蔵師匠は
殴打事件の真相と、襲撃事件の犯人を見抜く。

後半部の「ホームズの企み」では、殴打事件発生の背景が明らかになる。

なぜか襲撃事件の犯人と関わりを持ってしまう梅臓、
そこから傳藏師匠の娘・洋子を巡るラブコメ展開に巻き込まれる。

そして終盤、梅臓は落語家人生最大の危機を迎える。
正蔵師匠が介入し、事態は丸く収まるかと見えたが・・・

シリーズ既刊と同様、本書にも「プロローグ」「幕間」「エピローグ」と
現代のエピソードが挿入される。

落語がテーマだけに、基本的にはコメディ調の物語なのだけど
失明に至るような負傷が描かれたり、亡くなる人も出たりと
いささか暗鬱な雰囲気も感じられる。

しかし「エピローグ」に至り、事件に関係した人々のその後が語られる。

気がかりだったキャラたちが、後半生において
不遇や不運を跳ね返して意外な転身を遂げていることに驚いたり、
納まるべきところに納まっていて安心したり。
ほっこりとした気分で本を閉じられる。


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天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和 [読書・ミステリ]

天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和 (宝島社文庫)

天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和 (宝島社文庫)

  • 作者: 里見 蘭
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2018/04/05
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

以前記事に書いたアンソロジー『泣ける!ミステリー 父と子の物語』。
この中の一編「神様のペテン師」を第一話とする連作短編集。

かつて天才詐欺師として謳われたが、現在休業中の夏目恭輔。
その彼の前に、ある日突然一人の女子中学生が現れる。
彼女の名は藤川小春。かつて恭輔の恋人だった藤川みひろの忘れ形見だ。

母の残した「もし本当に困ったことがあったら頼りなさい」
という言葉に従い、小春は父親である恭輔に助けを求めにきたのだった。

・・・というわけで、突如として
思春期の娘の父親となってしまった恭輔は
小春のために ”現役” に復帰することになる。

「第一話 神様のペテン師」
恭輔と別れたみひろは修道院に入って尼となり、
小春はそこに併設されている児童養護施設で育った。
しかし修道院の建つ土地の地主・脇坂は、
その土地にマンションを建設して高値転売をしようと考え、
修道院に立ち退きを迫ってきていた。
”娘” の危機に立ち上がった恭輔は、脇坂の ”野望” を阻止すべく
一計を案じて仲間を集め始める・・・

「第二話 ユーチューバーが多すぎる」
工務店を営む大館夫妻には子供がいなかったため、
小春のいる養護施設から翼という男の子を引き取り、養子とした。
大館は翼のために発売予定の人気ゲーム機をいち早くゲットすべく、
発売日の朝に抽選券配布の列に並んだのだが、結果は外れ。
しかしその抽選に不正があったのではとの疑いを持った大館は、
小春を通じて恭輔に相談を持ち込んできた。
販売店の内情を調べ始めた恭輔は、事態の背後に
悪質なユーチューバー・グループが介在していることに気付くが・・・

「第三話 回転寿司とルーレット」
小春と同じ養護施設で育った竹村めぐみは現在26歳。
施設を卒園した後は就職して一人暮らしをしていた。
あるとき、加宮成道(かみや・なるみち)という男性と知り合うが
彼は結婚詐欺師で、なけなしの貯金までだまし取られてしまった。
恭輔は、加宮がいままでの詐欺で多くの女性からかき集めた金を
ごっそり吐き出させるべく、新たな仲間2人に声をかけて計画を立てる。

「第四話 怨霊と棲む男」
小春の同級生、山岡奈菜の祖母がインチキ祈祷師に傾倒し、
お布施と称して多額の金銭を欺し取られていた。
祈祷師の名は千里塚龍子(せんりづか・りゅうこ)。
小春の頼みで彼女の身辺を調査した恭輔は、
その背後に橋爪修吉という黒幕がいることを知る。
橋爪はかつて結婚詐欺で捕まって刑務所に入っていたことがあり、
恭輔は、彼こそが小春の真の父親ではないかと密かに疑っていた・・・

詐欺師という仕事にポリシーをもっている恭輔。
彼と、彼が率いる ”チーム夏目” のメンバーがとにかく魅力的。

恭輔の相棒となる蔵本はギャグ要員だが、詐欺師としての ”腕” は確か。
お洒落なイケメンで落とせない女はいない小次郎、
強力無双な巨漢で威圧感たっぷりの石動(いするぎ)、
ハリウッド顔負けのSFX系特殊技能を持つクァンとマイケル、
全くの別人のように変身してみせる変装の達人・”姫”、
ネット系の ”仕込み” を担当する ”ぼすとろるん”・・・

彼らが、市井の庶民を食いものにする悪党どもに鉄槌を下すさまを、
ユーモアたっぷりに描き出す痛快コン・ゲーム小説だ。

小春も折目正しい正統派の美少女で、こんなお嬢さんから頼まれたら
どんなお父さんだってイヤとは言えないでしょう。

第四話のラスト近くの小春さんの台詞は、
某有名アニメ映画のオマージュかな。
こんなこと言われたら、世のお父さんたちは泣いてしまうよ・・・
それに応える恭輔も、最高にカッコいい。

現在のところ、これ1巻しか出てないのだけど
できれば続きが読みたいなぁ。続編熱烈希望。


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『「宇宙戦艦ヤマト」という時代 西暦2202年の選択』公開日決定 [アニメーション]

金曜日(9/25)の夕方、かみさんから知らされました。
「ヤマトの情報がネットに出てるよ」

最近のかみさんは、すっかり『半沢直樹』にハマってしまい
そればっかり検索してたはずなのに
しっかりヤマトのほうもチェックしてたんですねぇ。

私もちょくちょく『2202』の公式サイトを見てたつもりなんですが
かみさんに先を越されてしまいました。油断していたようです(笑)。
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公式サイトの「イントロダクション」にもありますが
『「宇宙戦艦ヤマト」という時代 西暦2202年の選択』という
タイトルからして、単なる総集編ではないそうな。

公開と同時に発売されるディスクの紹介では
”上映時間約120分” とある。決して長くはないですよね。
この尺をどう使うのか、楽しみでもあり心配でもあり。

”「ドキュメンタリー映画」に近い手触りを志向” とか
”「宇宙叙事詩」としての総括” とか、
いろんな文句で煽っていますが、さてどうなるか。

「構成・監修・脚本」として関わる福井晴敏氏のコメントには
”総集編と侮っていると目を回しますのでご注意を” とあります。

ぜひ、目の回るような作品であってほしいものです。
もちろん、良い意味で、ですが(笑)。

さて、この映画の公開告知と一緒に、公式サイトに出たのが
『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト2202』発売のお知らせ。
去年(2019年)10月のコンサートの時にも
宮川彬良氏がちょっと触れてましたが、いよいよ発売になるのですね。
発売は映画公開と同時の来年1月15日。これは期待してしまいます。

1月15日まで、いや、いつになるか分からないけど
「2205」の公開までは、
コロナウイルスに負けずに生き延びなければ(ああ、切実)。

以下はどうでもいい話をちょっと。

ドキュメンタリーといってもいろんなアプローチがありますが
個人的に思ったのは、
「2275年くらいの時代の人々が75年前を振り返る」
なんてのは面白いかな、とか。

ちょうど今年(2020年)が太平洋戦争終結後75年ですからね。

未来世界は寿命も延びてるだろうから、
旧乗組員で生きてる方もたくさんいそうだし、
そんな方々へのインタビューを積み重ねていく、とかね。

古代や雪の証言が紹介されるのは当たり前だけど、それに加えて
おそらく続編でも生き延びるであろう真田さんとか
南部とか太田とか相原とかが語る ”実はあの時は・・・” とか
あったら面白そうだなぁ。

で、ところどころに『デスラー総統回顧録』からの引用が入れば完璧。
いや、『評伝・ヒス 副総統から民主宰相へ』とかでもいいけど(笑)。

 もしゲール君が『自伝』を書いてたら、読んでみたいな(おいおい)。

「2199」の頃の記事に書いたこともあったかと思うけど
イスカンダルから帰還直後のヤマトクルーが
どんな扱いを受けたのかとか知りたいよねえ。
地球を救った英雄のはずなのに、誰も昇進してなさそうなのはなぜ?
とかいろいろネタはありそう。
ガトランティス戦役から半年後に還ってきた古代と雪が
どんな扱いを受けたのかも知りたい。
・・・とはいうものの、さすがにこのあたりは
今度の映画でも描かれないだろうなぁ・・・


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メインテーマは殺人 [読書・ミステリ]

メインテーマは殺人 (創元推理文庫)

メインテーマは殺人 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/09/28
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

『カササギ殺人事件』でミステリ関係の賞を総なめにした
アンソニー・ホロヴィッツの新作である。

資産家の老婦人ダイアナ・クーパーは、
葬儀社を訪れて自らの葬儀の手配を済ませるが、
まさにその日のうちに自宅で絞殺されてしまう。

”私” こと、作家のアンソニー・ホロヴィッツは
ダニエル・ホーソーンという男から連絡を受ける。
元刑事で、いまはロンドン警視庁の顧問をしているというその男は
さまざまな難事件を解決していて、
今はダイアナの殺害事件の捜査に協力しているという。

そんな自分の姿を本に書いてみないか?
ホーソーンから申し出を受けた ”私” は、
彼と共に事件の渦中へと入っていくのだが・・・

生前、ダイアナが何者かに脅迫されていた手紙も見つかり、
彼女が10年前に交通事故を起こしていたことも明らかに。

”私” とホーソーンは、事件の関係者に会っていくうちに
彼ら彼女らの様々な事情が浮き上がってくる。

ダイアナの家に通う掃除婦、
ダイアナが手配した葬儀社の社員、
ハリウッド俳優となったダイアナの息子とその恋人、
ダイアナが投資していた演劇のプロデューサー、
ダイアナの起こした交通事故を裁いた判事、
その事故で息子を喪った夫婦。

そんな中、第2の殺人が起こる・・・

ちろん終盤にはホーソーンによる ”謎解き” があって
真犯人が指摘されるのだが、本当に正統派の犯人当てミステリだ。

全ての手がかりが読者に対して提示されるのはもちろんなのだが
上手いところは、その ”見せ方” ではないかと思う。

実は読んでいる途中、登場人物たちが交わす会話の中で
「ん?」って引っかかったところがあった。
しかしそれは大きな疑問には育たず、読み進めるうちに
そのまま意識の下に沈んでしまったのだが、まさにその部分が
犯人指摘に関わるピースのひとつであったことが後で分かる。

手がかりを読者の前にきっちり提示し、記憶の片隅にしっかり残す一方、
それだけでは真相に到達できないようになってる。

この手がかりも、物語の別の場面で語られるエピソードと
関連付けられれば一気に犯人に迫れるのだが、
それができそうでできないんだよねぇ。
まさに職人芸というか匠の技というか・・・
「やられたなぁ」と思わせる。脱帽です。

さて、本格ミステリの探偵役と言えばエキセントリックなキャラと
相場が決まっているのだが、本書のホーソーンもなかなかユニーク。

”私” と初めて顔を合わせたときも、初対面にも関わらず
いろいろと ”私” の方の事情を言い当てる。まさにホームズ。
もっとも、自分のプライベートは一切語ろうとしないが。

 エピローグ部分で彼の私生活の一部が明らかになるが
 これもなかなか面白い。私も遥か昔に彼と同じ趣味を持ってたよ。

”私” の書く本の収益の半分を要求するなどがめつい面もあるが
仕事には妥協せず、言いたいことは言うし聞きたいことは必ず聞き出す。
ちょっとした情報から導き出す推理は的を射ているし
能力的にはピカイチの探偵だ。

そんなホーソーンに対抗意識を燃やす ”私”。
彼よりも先に真相に到達しようと、事情聴取に口を出したり
独自の行動に打って出たりするのだが、みな失敗に終わり、
最後には自らの生命の危機に陥ったりまで。

なんとも散々な目に遭うのだが、それがまた
本書を読み進ませる原動力にもなっている(笑)。

本書はホーソーンを探偵役とするシリーズの第1巻で、
全10巻を予定しているという。
2巻目の『その裁きは死』も先日刊行されて手元にあるので
近々読む予定だ。

その次に出版されるのは『カササギ殺人事件』の続編で
探偵アティカス・ピュントが登場する作品らしいので
ホーソーンものの新作が読めるは再来年かな。


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バチカン奇跡調査官 王の中の王 [読書・ミステリ]

バチカン奇跡調査官 王の中の王 (角川ホラー文庫)

バチカン奇跡調査官 王の中の王 (角川ホラー文庫)

  • 作者: 藤木 稟
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/08/25
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

カソリックの総本山、バチカン市国。
世界中から寄せられてくる "奇跡" 発見の報に対して
その真偽を判別する調査機関『聖徒の座』。

そこに所属する天才科学者の平賀と、
その相棒で古文書の解析と暗号解読の達人・ロベルト。
「奇跡調査官」である神父二人の活躍を描く第20弾。
長編としては16作目になる。

オランダ第4の都市ユトレヒトにある聖ファン・クーレン教会から
奇跡の申請がなされた。

ある朝、キリスト像のある祭壇前の床に、金色に輝く足跡が現れたのだ。
調べたところ、それは本物の黄金でできていることが判明する。

聖ファン・クーレン教会には、”聖遺物” が所蔵されている。
それは「十字架にかけられたキリストの体に打ち込まれた」と伝わる
鉄釘で、「聖釘(せいてい)」と呼ばれている。

 もっとも、「聖釘」なるものは世界各地に存在していて
 その総数は30本を超えるという。
 もし「聖釘」が実在するとしても、実際に十字架に打たれた
 「釘」の総数はせいぜい3~4本のはずだよねぇ・・・

”黄金の足跡” に加え、さらに ”奇跡” が発現する。
「聖釘」を祀る儀式のさなか、礼拝堂の中空に輝く複数の球体が現れ、
参列していた人々は不思議な体験をする。
燃え上がるユトレヒトの街並みを幻視する者、
天啓を授かった者、病気が快癒した者、
認知症患者は記憶を取り戻し、
さらには天使に邂逅したと称する者まで・・・

儀式を執り行っていた司祭たちを含めて
総勢42名もの人間に起こった ”奇跡体験” を調査すべく、
平賀とロベルトはユトレヒトに向かう。

長編も16作目となり、いままでさまざまな ”奇跡” が語られてきた。
ロベルトと平賀はそれらを科学的な証拠と合理的な論理で解明してきた。
二人の掛け合いや日常生活の様子もすっかりお馴染みで、
毎回彼らと再会できるのはとても楽しみでもある。

奇跡の解明に関しても、読んでいるこちらとしては
毎回程度の差はあるけど驚かされたり感心させられたり。
そのカラクリも、最新の科学的なトピックスを織り込んだりして
ホントに良く調べてるし、アンテナも広く張ってるんだろうと思う。

では今回の ”ネタ” はどうかというと、
奇跡の ”理屈づけ” としてはちょっと弱いかなあ・・・と思う。
まあ、”それ” が起こる周辺の条件をかなり整えていて
成立する可能性が高くなるように工夫してるのだろうと思う。

でも ”それ” ってホントにこんな風に見えるのかなぁ。
私も見たことないので、YouTubeを検索してみた。
挙がってるいくつかの動画を見た感じでは
ちょっと都合よく使いすぎじゃないかなあとも思う。

そして参列者が体験した不思議体験を可能にするには、
上に書いた ”それ” が成立しなければならない。
仮定の上に仮定を重ねていかなければならないわけで。

その不思議体験を引き出した原因についても、
扱いがちょっと万能すぎる気も。

かなり前に読んだミステリでも同様のネタが使われてたけど
これがOKなら、もう「何でもあり」になっちゃうよなあ。

奇跡にまつわる話以外の要素も書き込んであって、
物語を補強してるのもわかるけど、それはやっぱり
作者自身もメインの謎がいまひとつ、って感じてるのかなぁ、
なんて思ったり。

文句ばっかり書いてしまったけど、
キャラたちの日常生活の様子とかも描かれていて
シリーズのファンとしては楽しい作品になってる。
私もその点では楽しませてもらいました。


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泣ける!ミステリー 父と子の物語 [読書・ミステリ]

泣ける! ミステリー 父と子の物語 (宝島社文庫)

泣ける! ミステリー 父と子の物語 (宝島社文庫)

  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2019/06/06
  • メディア: 文庫
評価:★★★

「父にまつわる短篇を」というオファーのもと、
5人の作家さんが競作したアンソロジー。

「進水の日」岡崎琢磨
6歳の航輝(こうき)は進水式に参加した。その船は、船乗りである父が
これから乗り組む予定のもので、その日から航輝自身も
船乗りになることを夢見るようになった。
小学校に入ると船の設計士を目指す和斗と出会い、親友となる。
しかし父が異動で地上勤務になり、航輝の一家も
そろって引っ越すことになってしまうのだが、
それがきっかけで航輝は和斗と不仲になってしまう。
やがて引っ越しの当日を迎えるのだが・・・
息子のトラブルを助けてくれるお父さんが
とても頼もしく描かれている、ほのぼの系ミステリ。

「神様のペテン師」里見蘭
かつて天才詐欺師として謳われたが、現在休業中の夏目恭輔のもとに
ある日突然、一人の女子中学生が現れる。
彼女の名は藤川小春。かつて恭輔の恋人だった藤川みひろの忘れ形見だ。
小春は父親である恭輔に助けを求めにきたのだ。
恭輔と別れたみひろは修道院に入って尼となり、
小春はそこに併設されている児童養護施設で育ったが、
その土地にマンションを建設し、高値で転売しようと考えた
地主・脇坂が修道院に立ち退きを迫ってきたのだという。
”娘” の危機に立ち上がった恭輔は、脇坂の ”野望” を阻止すべく
一計を案じて仲間を集め始める・・・
ユーモアたっぷりに描かれるコン・ゲーム小説。
詐欺師という仕事にポリシーをもっている恭輔、
彼の相棒となる蔵本はギャグ要員だが、詐欺師としての ”腕” は確か。
二人に協力する ”チーム夏目” のメンバーも魅力的。
小春もしっかりした正統派の美少女で、こんなお嬢さんから頼まれたら
お父さんはもうイヤとは言えないでしょう。
本作は連作になっていて、続きもあるそうなので読むことにした。

「家に帰ったら」友清哲
都会で出合った蔵人(くらひと)と香春(こはる)は
長閑な生活を求めて田舎の里山に移り住み、幸せな新婚生活を送る。
しかし年月を経ていくうちにその思いは希薄になっていって
いつしかお互いに離婚を考えるようになっていたが、
それをなかなか口に出せないまま、時間だけが経っていく。
そんなある日、蔵人は仕事を終えて家に帰る途中の道で
5歳ほどの少年に出会ったのだが・・・
読んでいくなかでところどころ引っかかるところがあり、
どういう話なのかがだんだん分かっていくようにできている。
話としては面白いと思うけど、これはミステリなのかなぁ。

「美女とお父さんと私」小路幸也
主人公・山河和衣(やまかわ・かずよ)は大学2年生。
父親の山河悟郎は、和衣の通う大学の文学部で教授を務めていた。
そんな父が、3年生の橋本美智に対して
セクハラ行為をしたという疑惑が持ち上がる。
美智はいろいろ不穏な噂があって、周囲から敬遠されている学生だった。
父に限ってそんなことはあり得ない、と思う和衣。
そんな中、大学の帰りに美智から呼び止められるのだが・・・
父の無実を信じる和衣さんが健気なんだけど、これは小説の話。
現実の世界では、こんな騒ぎが起こったら、
いくら普段の言動がまともでも、やっぱり一度は疑われてしまうのが
父親というものではないかなぁ。
そう思うのは私の心が曲がっているせい?(笑)

「バイシクル」冲方丁
8歳になる息子が自転車に乗れるようになるために
いろいろがんばって応援するお父さんの話・・・なんだが、
まずお母さんとの仲がよろしくないみたいで
離婚してるのかな・・・なんて思ったりする。
とにかく読んでいくと次第に不穏な雰囲気になっていく。
このアンソロジーで、ここまでの4編は
基本的に穏やかな、あるいはハッピーな話だったんだけど
最後の最後でこうきたかぁ、という話。

本書の冒頭にある「進水の日」を読みながら考えたことがある。
父親の職業、あるいは家業というのはどういうものなのだろう。

父の姿に憧れて、あるいはその仕事に意義を見出して
「後を継ごう」と思うのか、
父の姿から伝わってくる、その仕事に伴う苦労が耐えられないと思ったり
あるいはその仕事(家業)が家庭にもたらす悪影響を見ていて
「絶対継ぎたくない」と思うのか。

だいたい世の子どもたちはこのどっちかになると思うのだけど、
私は後者だった。もう物心ついた頃からそう思っていたよ。
このあたりを書き出すと長くなるのでやめておくけど(笑)。

「進水の日」に出てくる航輝くんは純然たる前者で、
こういう息子を持ったお父さんはさぞ嬉しいだろうなあとは思う。
全く同じではなくとも、似たような分野に進んでくれたら
それはそれで悪い気はしないだろうとも思うし。

たまたま、昨夜BS放送を見ていたら、
イタリアで親子揃ってタクシー運転手という人が出ていた
かの国では、子が親と同じ仕事に就くのは
ごく当たり前のことなのだとか。
お国柄はそれぞれである。


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オスプレイ殺人事件 [読書・ミステリ]

オスプレイ殺人事件(新潮文庫)

オスプレイ殺人事件(新潮文庫)

  • 作者: 月原渉
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/11/16
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

タイトルのオスプレイとは、近年あちこちのニュースでお馴染みの
あの ”V-22 オスプレイ” である。

両翼に備えたローターで垂直離着陸とホバリングを可能にし、
巡航時には翼が90度回転、双発の航空機のように飛行する。
ヘリコプターと固定翼機の ”いいとこ取り” を狙った機体で
アメリカでは2007年から運用が開始、
日本でも今年(2020年)になって運用部隊が創設された。

本書は、オスプレイが正式配備される前の、
テスト段階の頃が舞台になっている。

太平洋上を航行する米軍の強襲揚陸艦ボノム・シャールから
1機のオスプレイが岩国基地へ向けて飛び立つ。
目的は飛行訓練で、乗員は操縦士・副操縦士の他に
キャビン内に9名の人員を乗せていた。

しかし発進から30分後、キャビン内の乗員の1人が突然苦しみ出す。
彼は出血しており、やがて死亡が確認された。

亡くなったのは白鳥源一郎三佐、自衛隊の航空機調達部門に所属していた。
そして死因は胸部への刺傷、つまり他殺だったのだ。

NCIS(海軍犯罪捜査局)の捜査官ディック・ヌーナンは
岩国に到着したオスプレイに向かうが、
そこに現れたガートナー中佐によって捜査の中止を要請される。

本格運用前のゴタゴタを避けるために ”事故” として処理せよ、と。

しかしヌーナンはそれを押し切り、助手のジーナ・プルシェンコとともに
事件に介入、乗員たちへの聞き取り調査を開始する。

しかし事件発生時は全員がキャビンに着席し、
シートベルトで厳重に体を固定していたので
誰も被害者に近づくことができなかったことが判明する。

唯一、「白鳥が苦しみ出す直前に ”歌” が聞こえた」という
解釈に苦しむ証言が複数の乗員から得られたのみ。

遅々として進まない捜査の間、関係者はみな岩国基地内の官舎に
軟禁状態に置かれていたが、そこで火事が発生する。
火災現場に到着したヌーナンはそこで正体不明の男と遭遇し、
壮絶な格闘戦の末、瀕死の重傷を負ってしまう。
そして消火後の現場からはガートナー中佐の焼死体が発見される・・・

ヌーナンが探偵役かと思っていたのだが、中盤で負傷退場となり
代わって登場するレヴィア・スター上級特別捜査官が探偵役を引き継ぐ。
巻末の解説によると、本書はもともとスター上級特別捜査官を
主役とするシリーズの2冊目だったので、これは予定の流れなのだろう。
ちなみに第1作は横須賀基地が舞台とのことだが、
こちらは文庫化されてない。その理由は不明だが
オスプレイという知名度が高く話題としても大きい題材を扱っているし、
時期的にもこちらが ”旬” なので、本書の方を先に文庫化したのだろう。

ミステリとしてのキモは、もちろんオスプレイの機内で起こった
”空中密室” 殺人事件なわけで、捜査が進んで状況が明らかになるごとに
その不可能性が強調されていく。

ただまあ、不可能性が高まればそれだけ
トリックのバリエーションが絞られてしまう、という面もある。

例えば、犯人が現場に外から侵入して外へ脱出した(密室へ出入りした)、
というのは、地上で構成された密室の場合は、
その可能性を完全に消去するのはなかなか難しいと思う。
過去の作品でも、それを可能にするトリックが多数考案されてきたし。

しかし今回の場合、犯人が飛行中のオスプレイの中に侵入し、
犯行後に脱出したなんてのは真っ先に排除されてしまうだろう。

まあ、機体の外壁に張り付いていた(笑)、という可能性も
全くゼロではないかもしれないが、それをやったらギャグだよねぇ。
バカミスだったらOKかも知れないが。
気密状態のキャビン内への侵入だって可能そうに見えないし。

作者からすれば、自らハードルを高めてしまっているわけで、
なかなかのチャレンジャーだなあとは思う。

終盤、スター捜査官が関係者全員をオスプレイのキャビンに集めて
犯行時を再現しながら謎解きをする。

密室トリックだけでなく、その周辺の状況も丁寧に語られる。
犯行の動機も、なぜ現場がオスプレイだったのかも。
このあたりの書き込みは十分で、むしろここが本書のメインだろう。

軍人は命令に逆らうことを許されない、
いわば ”個人の意思” を喪失した存在であり
戦争において英雄と呼ばれる者は
見方を変えれば大量殺人者でもある。
そういう、軍隊というものの特異性までも取り込み、
スター捜査官は事件の全容を解明してみせる。

中盤での謎の男とヌーナンとの一騎打ちは、
さながらアクション小説の一場面のようで迫力十分。
卓越した戦闘能力を有する相手に立ち向かうヌーナンも
かつては軍で特殊部隊に所属し、中東の戦場で勲功を挙げた猛者だ。
戦場から離れていたというハンデにも関わらず、
最後まで男に食らいついて戦い続ける。

作者は鮎川哲也賞を受賞してデビューした経緯もあり
謎解きミステリが本業なのだけど、こういうシーンを読むと
本格的に冒険/サスペンス小説に挑戦した作品も読んでみたいなあ・・・
なんて思いました。

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シチュエーションパズルの攻防 [読書・ミステリ]

シチュエーションパズルの攻防 :サンゴ先生シリーズ (創元推理文庫)

シチュエーションパズルの攻防 :サンゴ先生シリーズ (創元推理文庫)

  • 作者: 竹内 真
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2016/01/18
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

一浪の末に大学に合格した ”僕” は、入学と同時に
叔母が ”ミーコママ” として経営する
銀座のバー『ミューズ』でアルバイトをすることになった。

 考えてみたら、”銀座のバー” って単語はよく聞くけど
 私自身は一回も行ったことがないのに今さらながら気がついた。
 自宅も職場も片田舎の平サラリーマンにとっては ”異世界” だよなぁ。
 たまに都会へ酒飲みに行っても、せいぜいビアガーデンだもんなぁ。

『ミューズ』は有名な作家や出版社の編集者などが集う
いわゆる「文壇バー」だった。

そのなかでも、常連の辻堂珊瑚朗(さんごろう)は
酒とタバコと女が大好きな大御所ミステリー作家。
バーの中を飛び交う話題の中に謎を見つけた珊瑚朗先生は
素晴らしい推理力で真相を解き明かしてみせる。

というわけで、珊瑚朗先生の安楽椅子探偵ぶりが描かれる
日常の謎系ミステリー5編を収録した短編集。

「クロロホルムの厩火事」
『ミューズ』のホステスであるミリは、珊瑚朗先生のために
切れたタバコを買いに外出するが、そこで若い女が
口元に布を押し当てられて、ぐったりしたところを
車で連れ去られる光景を目撃する。
事件の可能性に怯えるホステスたちを安心させようと
自信たっぷりに ”解説” を加える珊瑚朗先生なのだが・・・

「シチュエーションパズルの攻防」
『ミューズ』のFAXが謎の文章を受信する。
そこに書かれていたのは ”シチュエーションパズル” と呼ばれる
思考パズルの問題だった。
 ここにその内容を書こうと思ったのだが
 wikiで ”シチュエーションパズル” を検索したら、
 そこに載っている「例題」と全く同じものだった。
 興味がある方は検索してください。
この問題の解釈を巡って、珊瑚朗先生と、そのライバル作家である
藤沢先生との間に議論が巻き起こるのだが
最大の謎は、誰が何の目的で『ミューズ』にFAXを送りつけたか、だ。

「ダブルヘッダーの伝説」
”僕” は、サークルの合宿で宿泊したペンションで見つけた
小説誌のバックナンバーの中に、珊瑚朗先生の記事を見つける。
今を去ること十数年前、珊瑚朗先生と藤沢先生の両方を手玉に取った
伝説的なマダムが銀座にいたらしい。
タイトルにある ”ダブルヘッダー” とは、
プロ野球用語で1日に2試合行うことを指すが、
ここではもちろん違う意味で用いられている。
詳しくは書かないが、まあそんな意味だ(おいおい)。
”僕” は、その ”伝説のマダム” が叔母のミーコではないかと疑い、
彼女と珊瑚朗先生に探りを入れるのだが・・・

「クリスマスカードの舞台裏」
実家の納戸を大掃除していた ”僕” は、
珊瑚朗先生が叔母(ミーコ)宛に出した絵はがきを見つける。
どんな経緯で出されたものなのか叔母に聞いたところ、
二人が出合ったきっかけとなった盗難事件が語られる。
本書の中ではいちばんミステリらしい作品。

「アームチェアの極意」
新人賞の受賞で作家デビューした甲町(こうまち)。
次作で「安楽椅子探偵もの」に挑戦することになったのだが
今までに書いたことのないジャンルに悩んでいた。
そこで『ミューズ』を訪れて、新人賞の選考委員の一人だった
珊瑚朗先生に相談してみるのだが・・・

たいていのミステリは、探偵役が真相を語ればそれで終わりなのだが
珊瑚朗先生の場合はちょっと異なる。
彼が推理を示し、解決したかと思われた後に「実は・・・」と
新たな解決が現れてきたりする。

では、珊瑚朗先生は無能なのかというと、そうとも言い切れない。
しっかり真相に到達しているのだが
謎解きの場が『ミューズ』なので、ホステスたちのウケを狙って
あえて異なる説を開陳しているようでもあるのだ。
このあたり、なかなか底が知れない御仁である。

本書のタイトルにもなっている ”シチュエーションパズル” だが、
wikiを見てたらいろんなことが書いてある。
なかでも、1960年代後半から70年代にかけて大ベストセラーとなった
クイズ本『頭の体操』(多湖輝)シリーズにも
”シチュエーションパズル” がかなり含まれていることも驚きだったし
このシリーズが最終的に23冊も刊行されてたのもびっくりだった。

私も初期の6冊位までは買った覚えがあるなぁ。
とっても面白いシリーズだったよ。
ミステリ好きならきっと楽しめると思うので、未読の方はぜひ。


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富士学校まめたん研究分室 [読書・SF]

富士学校まめたん研究分室 (ハヤカワ文庫JA)

富士学校まめたん研究分室 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 芝村 裕吏
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2013/10/25
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

主人公・藤崎綾乃は30歳。陸上自衛隊の技官として働いている。
しかし生来の口下手と極端な対人恐怖症のため、彼氏いない歴も30年。

大学でロボット工学を専攻、大学院を卒業して防衛省に採用され、
2年間の国費留学までさせてもらうが、
帰国した後、先輩自衛官の引き起こしたセクハラ事件に巻き込まれて
その責任を負わされる形で左遷されてしまう。

異動先は陸上自衛隊富士学校、仕事は資料整理。
閑職に回されてしまったが、
ヒマを持て余した彼女はロボット戦車の研究を思い立つ。

最後に質の高い研究結果を上司に見せつけて、
彼女の存在価値を再認識させた上で
「自衛隊に三行半を叩きつけてやる!」と思ったわけだ。

時間だけはたっぷりある綾乃の研究は順調に進む。
直径1mの球体に全機能が納まるという小型軽量で、
各種センサーと武器を装備、搭載したAIによる自律行動も可能。
目的を歩兵部隊に随行して支援することに絞り、
量産化を前提に低コストも狙う。

 『攻殻機動隊』に登場するタチコマの超小型版みたいなところか。
 人は乗れないけど。

しかし、自分一人の秘密の研究だったはずが
同僚の伊藤信士(しんし)に知られてしまう。

彼と綾乃は留学生時代に共に学んだ仲で、
いろいろと複雑な感情を抱いた相手だった。

綾乃の研究内容を知った信士の計らいで、
小型戦車は正式に開発企画として提案されることになる。
綾乃にとって苦手なプレゼンはみな信士がこなしてくれて
上層部への ”当てつけ” として始めた研究は
トントン拍子で正式な開発計画へと昇格し、
”まめたん” なんて愛称までついてしまう。

一方、大陸や半島では不穏な動きが顕在化する。
北朝鮮が崩壊し、それに対応すべく中国や韓国が軍を動かし、
日本にも危機が迫ってきそうな不安定な情勢が。

そんな中、先行試作された12機の ”まめたん” による実戦テストが
富士駐屯地で行われることになるのだが・・・

物語は綾乃の一人称で進行するのだけど
身の回りで起こること全てをネガティブ思考で自虐的に捉える。そんな
仕事でも恋愛でも拗らせてしまったアラサー女子の一人語りが絶品だ。

生活はアパートと職場を往復するだけ。食事はコンビニ弁当。
冷蔵庫に入っているのはアイスクリームのみ。
最近聞くようになった ”喪女” というのがこれかも知れない。
(本書の初刊は2013年なのだが、その頃からあった語なのかな?)

そんな生活が、信士の登場と開発計画への昇格によって変わっていく。
かつて抱いていた彼への恋情が再燃するのも自覚するが、
生来の口下手と自信のなさとから、その思いをひたすら隠そうとする。
しかし、人間関係については不器用極まる綾乃さんだから、
一挙手一投足に至るまで、もうダダ漏れである。

このあたりの綾乃さんの、揺れに揺れまくる
乙女心を綴った部分を読んでると、その健気でひたむきなところに
思わず「頑張れ」って応援したくなってしまう。

そして本書はロボットSFでもある。
終盤、綾乃と信士が陥る絶体絶命の危機をひっくり返すべく
12機の ”まめたん” が連携して大活躍するところがクライマックス。

綾乃が持つ端末を通して ”会話” するのだけど、
その ”反応” ぶりがとっても健気で感動的ですらある。
やっぱり、SFに登場するロボットたちはこうでなくてはね。

ここで終わればめでたしめでたしなんだが、
ラストには実戦テスト後の ”まめたん” が
その後の世界でどんな ”活躍” をするのかが描かれる。

綾乃さんの暴走/迷走するラブコメにすっかり忘れてしまっていたけど
彼女の開発していたのは「兵器」だったのだということを
改めて読者に思い出させて、物語は終わる。

それまでの流れと異なり、重く暗い雰囲気を感じさせるが
現代世界の時間軸の延長上にある物語として描く以上、
「綾乃さんは信士くんと幸せに暮らしました」だけで
終わらせることはできなかったということなのだろう。


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アンマーとぼくら [読書・その他]

アンマーとぼくら

アンマーとぼくら

  • 作者: 有川 浩
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/08/13
  • メディア: 文庫
評価:★★★

作者は昨年(2019年)、筆名を「有川浩」から「有川ひろ」に改めた。
やっぱり「ひろし」って誤読されることが未だに多いのかしら?
ちなみに、タイトルにある ”アンマー” とは、
沖縄地方の方言で ”母親” のことだという。


東京で暮らすリョウは、2泊3日の予定で沖縄に里帰りする。

出迎えたのは ”おかあさん”。
リョウが幼い頃に実の母は病死し、
その後、父が再婚した相手が ”おかあさん” だ。
その父も今はすでに亡い。

リョウは ”おかあさん” と共に、父との思い出の場所を巡り始める。

物語はリョウの一人称で進行していく。
二人の ”旅” を綴る現在のパートと、
実の母と死別し、それまで生活していた北海道を離れて
カメラマンの父と共に沖縄へ移住、そこで始まった
新しい ”おかあさん” との生活を描く過去のパートが並行して語られる。

とにかくリョウの父親のキャラが強烈だ。
冒頭、実の母が今際の際にリョウに語りかけた言葉が掲げられているが
この言葉が、ほぼ全編にわたって物語の内容を示している。

「お父さんを許してあげてね。
 お父さんは、ただ、子供なだけなのよ」

最初の妻を喪って以後、リョウの父は奇行が目立ち始める。


 奇行はそれ以前からあったのかも知れないが
 リョウが幼くて分からなかったのだろう。

最初のうちは、妻を喪った寂しさを紛らわせ、
息子を励ますためなのかとも思っていたが
読み進めるうちに、どうやらそうではないらしい、ということに気付く。

リョウの父は、本当に「子供」だったのだ。
まあよく言えば純粋で繊細だったのかも知れないが、
幼いリョウにとっては理解できない行動ばかりに見える。

息子というものは、多かれ少なかれ
父親というものに反発を覚える時期があると思う。

一番身近な同性の大人であるから、否が応でも意識せざるを得ない。
どんなに立派な人間だろうと、100%完全無欠な奴はいないから
息子から見れば、どうしても好意的に捉えられないところは出てくる。

もし立派な大人であっても、その「大人の理屈が嫌だ」とか
一所懸命に稼いでも、「金儲けばかりしてる」とか
まあ父親からすると理不尽なところで嫌われることもあるだろう。

 私の父親も、金は人並み以上に稼いでくれたが
 家庭人としての評価は辛かった。さすがにDVとかは無かったが
 けっこう嫌いだと思ってた時期は長かった。
 「まあ親父もあれはあれで大変だったんだな」と思えたのは
 自分が家庭を構えてからだったが・・・

ましてや、どうしようもない悪い奴だったら仕方がないのだろうが、
本書に登場するリョウの父は、基本的に善人なのだ。

作中でどんな行動を取ったのか、具体的には挙げないけれど
彼の行動はすべて、基本的には善意から発している。

相手(リョウ)に対してよかれと思って行動するのだが
それが相手(リョウ)からすれば
ことごとく我慢ならない愚行に思えてしまう。

読んでいると、ホントに腹が立ってくる。
もしこの親父が目の前にいたら、
殴りかかってしまうんじゃないかとすら思う。

ここまで感情をかき乱されるのは珍しいが、
そこはやっぱり有川ひろ、その筆力は伊達じゃない。


さて、”おかあさん” と共に沖縄各地を巡るうち、
リョウはしばしば不思議な体験をする。
これについてはネタバレなので書かないが、
SFともファンタジーとも解釈できそうな現象。

 とは言っても、この作品をそういうくくりで
 ジャンル分けするのは「無粋」というものだろう。

そして、どうやらこの3日間が終わるとき、
何かが起こりそうな ”気配” がゆっくりと醸し出されていく。

これについてもネタバレなので書かないが
本書の初刊が2017年7月。文庫版の刊行が2020年8月。
どちらも ”夏” というのがポイントか。


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