八万遠 [読書・ファンタジー]
評価:★★☆
創世神『天神』(てんしん)の子孫、上王(しょうおう)が統べる地、八万遠(やまと)。そこには自治を許された『直轄七州』があった。
そのひとつ、雪州(せっしゅう)の嫡男・源一郎(げんいちろう)と墨州(ぼくしゅう)の長男・甲之介(こうのすけ)が出会ったときから、八万遠の地に戦乱が巻き起こる・・・
異世界・八万遠を舞台に展開するファンタジー。
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八万遠は、日本列島に似ていなくもない島国だ(かなりデフォルメされているが、モデルが日本というのはわかる)。
太古の昔、創世神『天神』(てんしん)を信仰する一族が全土を統一、"上王" を名乗った。
さらに北から順に氷州・墨州・雪州・陽州・炎州・藍州・碧州の七州を置き、ここの領主には自治を許した。『直轄七州』である。
炎州の南には国内最大の湖・神湖があり、その南に上王の治める天領がある。
ちなみに日本地図に無理矢理当てはめると、天領はおおむね紀伊半島全域、墨州は新潟あたり、雪州は関東あたりという位置関係になる。
物語は、雪州の嫡男・源一郎の前に墨州の長男・甲之介が現れたことから始まる。
場所は炎州。源一郎は、故郷を離れて炎州に預けられていた。これには理由があった。
八万遠は全土が天神信仰で統一されているはずなのだが、雪州だけはいささか事情が異なる。
もちろん対外的には天神信仰を表明しているが、そこに暮らす者たちは、領内にそびえる美しき山・朔山(さくざん:モデルは富士山と思われる)に深い畏敬の念を示す「朔山信仰」が深く根付いていたのだ。このため、上王に対しての密かな叛意を疑う者は多かった。
それがために雪州の世継ぎである源一郎は、他意なきことを示すため、天領近くの炎州に、いわば人質として預けられていたのだ。
源一郎を訪ねてきた甲之介は墨州領主の長男だ。豪放磊落な言動を示し「俺が墨州を継いだら、戦を仕掛けて炎州を獲る」と豪語する。「だから俺の味方になれ」
源一郎は好感を抱いたものの、同時に危うさをも感じるのだった。
ときに源一郎・16歳、甲之介・18歳。
やがて二人は対照的な道を辿っていく。
甲之介の父は、次男・良之丞(りょうのじょう)を溺愛し、家督を継がせる構えを見せていた。甲之介は先手を打って弟を殺害し、父を幽閉して墨州の掌握に成功する。
一方、父の病死によって帰国を許され、家督を継いだ源一郎は、幼馴染みで一歳年上の珠(たま)を正室に迎え、嫡子・徳之進(とくのしん)を儲ける。領民に対しても善政を敷き、雪州は平穏な時を過ごしていた。
そして再び源一郎の前に現れた甲之介は、いよいよ領外進出を宣言、炎州攻略戦を開始する・・・
物語は墨州vs炎州の戦いをメインに、雪州の模様が織り込まれていく。
二人のメインキャラ以外のサブキャラがユニーク、かつ重要な役回りを担っている。
まず東海林市松(しょうじ・いちまつ)。甲之介の懐刀で、彼の意を具現化していくためなら何でもやる。炎州攻略戦においても、実質的な前線指揮官を務める。
源一郎の正室・珠。さして美人でもなく、小柄で華奢、受け答えも物静か。しかし源一郎はそんな彼女をことのほか大事にしている。夫婦仲も睦まじい。
実は彼女は、朔山の "神" とは特別なつながりを持つ、いわゆる巫女のような存在で、"神意" を感じ取ることのできる唯一無二の存在なのだ。
しかし、彼女の存在そのものが上王への忠誠を疑わせる要因となっていく。
墨州と炎州の戦いをよそに中立を保とうとする雪州だが、世の情勢はそれを許さない。源一郎も巨大な戦乱の渦に飲み込まれていく・・・というところで幕。
星の数が今ひとつ少ないのは、物語が完結していないから。これはどう考えても続巻があるはずだ。なにより、源一郎がほとんど動いてないんだから。
この先、おそらく源一郎率いる雪州が立ち上がり、八万遠を二分する戦いに割って入っていくのだろう。ただ、そのとき雪州がどちらを敵に設定して闘うのかはまだ分からない(ひょっとして三つ巴の戦いになる可能性もある)。
どう転ぶにしろ、遅かれ早かれ、いつかは甲之介と源一郎は雌雄を決するべく激突することになるだろう。本書の惹句にも「王は、二人いらない」とあるのだから。
とはいっても、本書の初刊は2015年頃なので、もう10年近い昔。いままで続巻が出てないってことは、作者には書く気がないのか、それとも本書が全く売れなかったのか(笑)。
だけど私は、とっても続きが読みたいぞ。何とかしてくれ(おいおい)。
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幽世の薬剤師5 / 6 [読書・ファンタジー]
評価:★★★☆
異世界・幽世(かくりよ)へとやって来た薬剤師・空洞淵霧瑚(うろぶち・きりこ)と、怪異を祓う巫女・御巫綺翠(みかなぎ・きすい)を主人公としたファンタジー。
幽世を創り出した「国生みの賢者」・金糸雀(カナリヤ)が原因不明の病に倒れた。空洞淵と綺翠は人魚の伝説が残る村へ赴く。そこでは、人魚の肉を口にして不老不死を得たはずの一家が次々と怪死していた・・・
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第5巻と第6巻は、物語が連続しているのでまとめて記事にする。
『幽世の薬剤師5』
幽世を創り出した「国生みの賢者」・金糸雀(カナリヤ)は、不老不死の八百比丘尼(やおびくに)だった。しかし彼女は原因不明の病に倒れてしまう。
そのとき、薬剤師・空洞淵霧瑚(うろぶち・きりこ)と巫女・御巫綺翠(みかなぎ・きすい)の前に現れた「白銀の愚者」・月詠(つくよみ)は、"東の漁村" へ向かえという。金糸雀を治療するヒントがそこにあると。
二人が赴いた琵国(びくに)村に暮らす青蓮(せいれん)家は、かつて人魚の肉を口にして不老不死となり、300年の時を生きてきた一族だった。しかし半年ほど前から、彼らの中で次々と怪死する者が出ているという。
青蓮家を訪れた二人は、現当主の重吾(じゅうご)は既に人事不省状態、さらにその妹の茉奈(まな)も、一人では歩けないほど衰弱していることを知る。
一家の過去や村の調査を進めていった空洞淵は、やがてある "結論" にたどりつく。彼の推理と医学の知識は、青蓮家の人々に起こった症状を合理的に説明していく。
このあたりの展開は、いささか専門的な内容を含むのだが、一般人にも充分に理解できるように語られていく。その当たりは流石に上手い。
しかしその結論は「空洞淵の手には負えない」ことをも意味していた。だが、彼の目前で、あり得ないことが起こってしまう。
そして空洞淵と綺翠の前に現れた月詠は、意外なことを告げる・・・
『幽世の薬剤師6』
このシリーズに於いて、さまざまな怪異・謎の病が登場してきたが、その裏には月詠の暗躍があった。いわばすべての事件の "黒幕" 的存在だったのだが、ここにきて彼女の目的が明かされる。
彼女のいままでの行動は、姉・金糸雀を救うためにあったこと、そのために空洞淵を幽世に連れてきたこと。そして今、すべての準備が整い、月詠の目論見通りに金糸雀は救われることになったのだが・・・
この後の展開はネタバレになるので書かないけど、これくらいはいいかな。
6巻の終盤では、過去の巻に登場した様々なキャラクターが総登場する。みな、"ある願い" を胸にして。さながらカーテンコール状態である。
そして本巻を以て「第一部完結」となる。つまりストーリーにひと区切りはつくが、物語としてはまだ続いていく。
今夏には第二部開始とアナウンスされてるので、あまり待つことなく、また二人に会えそうだ。
波の鼓動と風の歌 [読書・ファンタジー]
評価:★★★
女子高生・来島凪(くるしま・なぎ)は、校外学習での登山中に湖に転落してしまう。目覚めたとき、そこは異世界。そして彼女は人と獣の混じり合ったような異形の姿へと変わってしまっていた。
囚われの身となっていたナギ(凪)を救ったのは、サージェという少年。彼と共に都を目指す旅に出るが、やがてこの世界の過酷な "定め" を知っていく・・・
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高校3年生の来島凪は、運動も勉強も普通の生徒。真面目で努力家だが変わり者と見られていて友人もいない。そんな自分に存在意義や生きる価値を見いだせない日々を送っていた。
高校最後の行事である校外学習での登山中、クラスメイトの北村なぎさと共に湖に転落してしまう。
目覚めたとき、そこは何処とも知れぬ異世界。ナギの身体は人と獣の混じり合ったような異形の姿へと変わっていた。左手は太くて毛むくじゃらで、鋭い爪を持つ指が。両脚には恐竜か爬虫類のような鉤爪が。
この世界では、ナギのような存在は "まじりもの" と呼ばれ、激しい差別を受けていた。ナギもまた囚われの身となり、鉱山で強制労働をさせられていた。
ナギを救ったのは、紺碧の瞳を持つ12歳の少年・サージェだった。鉱山から逃れた二人は都を目指して旅に出る。やがてナギは、この世界の異様さを知っていく。
この世界は、"星の海" と呼ばれる、すべての物体を溶かしてしまう液体で覆われている。陸地は無数の巨大な柱に支えられて、"星の海" のはるか上方に存在している。かつては四つの大陸があったが、柱の崩壊とともに砕けていき、いまは島がいくつか残るのみ。ナギが漂着したのはその島国の一つ、サライだった。
島を支える柱が崩落を続ければ、いずれはサライも "星の海" に飲み込まれてしまう。それを防ぐため、王は自らを "王柱"(おうちゅう)と呼ばれる柱に変えて、島を支える存在になるのだという。
そしてサージェは、自らを "聖王シュレンの喜生(きっしょう)" だと名乗る。シュレンはかつてサライを収めていた仁王であり、"喜生" とはいわゆる「生まれ変わり」のことだ。彼の望みは、サライの王族に "聖王の喜生" と認められ、王柱へとその身を変えることだった。
年端もいかない少年の身で、自らの身体を犠牲にしようとするサージェの目的に疑問を持ちつつも、共に都に向かうナギ。しかし都では、王位を巡る争いが勃発していた・・・
いわゆる異世界転生ものだ。転生に伴ってナギは異形の姿へとなってしまい、衝撃を受けてしまう。まあ年頃のお嬢さんとしては無理もない。
だが、ナギたちを襲う数々の危機を逃れるとき、彼女の身体が得た "獣の力" は大いに役に立つことになる。
また、この世界における "まじりもの" の生態はどちらかというと獣寄りで、ナギのように人間と意思疎通ができる者はいないらしい。そういう意味では彼女はこの世界に於ける唯一無二の存在でもある。
自分が生きる意味を見いだせなかったナギの前に現れたサージェは、自らの身を犠牲にして王柱となることに自分の存在意義を見いだしている。
そんなサージェと行動を共にしていくうち、ナギの意識は少しずつ変化していく。本書はナギの精神的な成長の物語でもある。
物語は、本書でいちおうの区切りを迎えるが、ナギ自身の "元の世界" への帰還までは描かれない。
とはいっても作中では帰還の可能性自体は否定されていないので、続編があるのかも知れないし、この一巻で完結で以後の展開は読者の想像に任せているのかも知れない。
私としては、数々の試練をくぐり抜けたナギが、成長した ”来島凪” として元の世界へ帰って行った後の話が読みたいので、続編を期待してる。
タグ:ファンタジー
誰が千姫を殺したか 蛇身探偵豊臣秀頼 [読書・ファンタジー]
評価:★★★
大坂夏の陣から45年、大阪城が落雷によって損害を受ける。その修復中に見つかったのは、地下深くへと続く石段。そしてその奥には異形の怪物がいた。
自らを豊臣秀頼と名乗るその怪物は告げる。「千姫は大阪城で殺された」のだと・・・
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慶長20年(1615年)5月6日。大坂夏の陣。
大阪城を大軍勢で取り囲む徳川家康のもとに、悲報がもたらされる。孫の千姫が大阪城内で命を落としたのだという。
怒りに燃える家康は決戦を決意、翌日の戦いで大阪城は落城する。しかしなぜか、城から落ち延びてきた女たちの中には千姫の姿があった。
そして45年後の万治元年(1660年)。大阪城の弾薬庫に落雷があり、大爆発を起こして城の一部が破損してしまう。その修復中に見つかったのは、城の地下深くへと向かう石段だった。そしてその奥には、異形の怪物が棲んでいた。
二十歳ほどの若い男の顔の下に、大蛇の胴体をもつその怪物は、自らを豊臣秀頼であると名乗った。
その怪物が云うには、大阪城落城のとき、外部への抜け穴であると地下へと案内されてそのまま閉じ込められてしまったのだという。そして洞窟内に生えていたコケを食らって命を繋いでいるうちに、いつしか体が蛇身へと変わっていってしまった。
そして "蛇身秀頼" は云う。「千姫は大阪城内で殺された」のだと。
「千姫は生きて大阪城から落ち延びてきた」と告げると、
「その千姫は偽物だ」と断言する。
落城後の千姫は、三代将軍・家光の姉として権勢を振るい、現将軍・四代家綱のもとでも、大きな影響力を保持していた。
前半は、落城直前の大阪城内の様子と、千姫殺害の詳細について語られる。そして後半では、"蛇身秀頼" が東海道を下って、江戸にいる千姫と対決するまでが描かれる。
柳生宗矩とか坂崎出羽守とか実在の人物も出てくるのだが、メインとして活躍するのは、いわゆる「真田十勇士」たち。猿飛佐助や霧隠才蔵など有名なキャラたちが続々登場する。
大阪の陣では若き日の彼らが描かれる。何人かはそこで討ち死にしてしまうのだが、生き残った者たちが45年後にも姿を見せ、最後の戦いを演じてゆく。
タイトルに「蛇身探偵」とあり、文庫裏の惹句にも「時代本格ミステリ」とあるのだが、あまりミステリ成分を感じない。
まあ忍者みたいな常人離れした運動能力を持つ者が普通に存在する世界、という "特殊設定もの" と考えられなくもないが。
それよりは、蛇身の秀頼や千姫を騙る者の正体など、伝奇ファンタジーの要素の方が強いかな。それに加えて作者の持ち味であるユーモアも随所に織り込まれる。
歴史考証がうんたらとか史実がかんたらとかムズカシイことは考えず、頭を空っぽにして読めば、楽しい時間が過ごせると思う。
幽霊城の魔導士 [読書・ファンタジー]
評価:★★★☆
魔導士の訓練校になっているネレイス城には、幽霊が出るという噂があった。城の下働きの少女ル・フェ、訓練生のセレスとギィ。城で出会った三人は、城の秘密にまつわる騒動に巻き込まれていくが・・・
著者のデビュー作『魔導の系譜』から始まる〈真理の織り手〉四部作の前日譚にあたる物語。
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異民族の子であることから虐待を受け、口がきけなくなってしまった孤児ル・フェ。12歳となった彼女は魔導士の訓練校・ネレイス城で下働きをすることになり、孤児院を出た。
働き出した最初の夜、城中で迷子になってしまったル・フェは、ローレンという少年と知り合う。なぜか彼の前では、自然に言葉が出てきて話ができることに驚くル・フェ。そして彼と語り合ううちに、彼女は自分の中に魔導士の資質が眠っていることに気づいていく。
ネレイス城には、魔導士を目指す訓練生が集う。ここで実力を認められれば、魔導士の最高機関〈鉄(くろがね)の城〉の幹部候補への道が開かれる。
訓練生のギィは、他人との軋轢を嫌う事なかれ主義がモットーなのだが、頼み事をされると断れない人の良さも併せ持つ少年。
同じく訓練生のセレス・ノキアは天才との呼び声がある少女。訓練生の中にも派閥があり、彼女を自分の陣営に引き込もうという動きはあったが、彼女は全く相手にしないで孤高の状態を貫き、"氷の魔女" という通り名を持っていた。
ネレイス城で働き始めたル・フェは、城の中で不思議な光景に出くわす。廊下の先の闇の中に、豪華な宴とその中で踊る人々の姿が浮かび上がった。そこはかつて大広間があったが、100年前に起こった戦争で燃えてしまい、改装された場所だった。彼女は100年前の光景を見たらしい。
怪異はさらに続く。城の書庫番が何者かに襲われて負傷し、ついには死者まで出てしまう。そしてル・フェにはその殺人容疑が掛けられてしまう・・・
最初はバラバラだったル・フェ、ギィ、セレスが物語の進行とともにひとつになっていき、城の秘密を解き明かしていく、というのが本書のストーリーの縦糸。
横糸は、ハリー・ポッターみたいな学園ものの趣で、訓練の様子や生徒たちの確執も描かれていくところだろう。
他に印象的なキャラとしてはリューリ・ウィールズがいる。彼も訓練生でギィの友人なのだが、セレスとはまた違った性格で、自由闊達に生きることが心情らしく群れることを嫌う。
多くのキャラが登場するが、善玉/悪玉(主役3人に対して宥和的/敵対的)が比較的はっきりしているので、ストーリーはわかりやすい。
謎の少年・ローレンの正体はだいたい見当がついてしまうが、読んでいてそれがマイナスには感じられない。作者はそこまで見越して語っているのだろう。
記事の冒頭にも書いたが、本書は著者のデビュー作『魔導の系譜』から始まる〈真理の織り手〉四部作と世界を同じくする(時代はかなり過去)。登場人物も一部共通しているので、四部作を読んだ人なら「あのキャラの若い頃はこんなだったのか!」的な発見ができるのも本書の楽しみのひとつだろう。
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久遠の島 [読書・ファンタジー]
久遠の島 〈オーリエラントの魔道師〉シリーズ (創元推理文庫)
- 作者: 乾石 智子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2023/07/28
評価:★★★★
〈久遠(くおん)の島〉は、世界中の書物を見ることができる場所。本を愛する者のみが入ることを許される。しかしある日、強欲で身勝手な男が入り込み、島の "要" を盗んでしまい、それによって島は崩壊し、海に没してしまう。
島を守る氏族の生き残りとなった3人の子どもたちの辿る冒険と成長、そして因果応報を描く。
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連合王国フォトの西の沖合に浮かぶ〈久遠の島〉は、1000年前に400人の魔道師が力を結集して作り出した島。本を愛する者のみが入ることを許され、その中心にある〈書物の森〉では、世界中に存在するあらゆる書物の複製が生まれ、誰でも閲覧することができる。島を守るジャファル氏族の管理の下、長い年月を経てきた。
主役となるのは、ジャファル氏族の少年ヴィニダルとその兄・ネイダル。そして二人の幼馴染みの少女・シトルフィ。15歳となったネイダルが、連合王国のひとつである大フォト国で宮廷書記の仕事に就くべく、島を出ていくところから物語は始まる。
その日、島にやってきたサージ国(これも連合王国のひとつ)の王子・セパターは野望を秘めていた。稀覯本の蒐集に熱中していた彼は、ヴィニダルを騙して〈書物の森〉に入り込み、ジャファル氏族に伝わる『誓いの書』を持ち出してしまったのだ。
しかしそれは島の "要" となるものだった。『誓いの書』を失った島は魔法の力を失い、崩壊して海に沈んでしまう。2000人のジャファル氏族を道連れにして。島の住民で生き残ったのはシトルフィとヴィニダルだけだった。
小舟に乗って対岸の港町に漂着したシトルフィは、既に島を出ていたネイダルに会うため、大フォト国を目指す。しかしその背後にはセパター王子の追っ手が迫る。
ヴィニダルは南方の国・マードラの漁師に救われ、一度は奴隷のように人身売買される身に落ちながらも、やがて王宮の神官に仕える魔道師の弟子となる。
物語の前半は、この3人の苦難と成長の物語になる。
伝統的な徒弟制度のもとで厳しい書記修行を続けるネイダル、機転を利かせて追跡をかわしながら旅を続けるシトルフィの逃避行。
島を破滅に導くきっかけを作ってしまったヴィニダルは自責の念に囚われながらも、一方では自分の中に眠っていた魔道師の資質に目覚めていく。
派手なシーンはないのだが、魔法の存在する世界での人々の生活がリアルさを感じられる描写で綴られていくので、冗長さや中だるみ感は全く感じない。それどころか主人公たちの運命が気になって、どんどんページをめくってしまう。
シトルフィが旅の途中で出会う "水の魔道師" オルゴストラなど、ユニークなサブキャラも多く登場して物語を盛り上げていく。
文庫で500ページ近い大部ゆえ、読みどころは多い。
3人の成長譚以外のエピソードも豊かだ。〈久遠の島〉崩壊の責任を追及しようとする動きに対して、フォト連合王国の盟主グァージ王を後ろ盾にして対抗しようとするセパター王子の思惑なども、十分な尺を使って描かれていく。
ネタバレになるのであまり書けないが、物語の後半は写本師の都パドゥキアが舞台になる。作者のデビュー作『夜の写本師』は、この遙か後の時代の物語だが、その源流となるエピソードが語られていく。
そして迎える終盤。物語開始から数年を経て、大人へと成長した3人によって〈久遠の島〉崩壊事件の決着がつけられる。ストーリーは大団円を迎え、読者は大満足して本を閉じられるだろう。
巻末にはボーナストラックとして『テズーとヨーファン』という掌編が収められている。時系列としては物語の開始前、魔法に守られていた頃の島のエピソードが語られる。
作者の後書きによると、執筆の理由は「(物語の冒頭で)島をあっという間に沈めてしまって、もったいないなと思ったから」とのことだ(笑)。
千蔵呪物目録 (全3巻) [読書・ファンタジー]
評価:★★★
各地から集められた "呪物" を保管・封じていた千蔵(ちのくら)家。しかし一族内の確執によって当主一家は亡くなり、呪物は散逸してしまう。
千蔵家の生き残りである少年・朱鷺(とき)と、その兄で獣身となってしまった冬二(とうじ)は、呪物を回収するために旅に出る・・・
ファンタジー・シリーズ、全3巻。
『少女の鏡』
主人公は高校三年生の少女・遠野美弥(とおの・みや)。彼女の通う高校の旧校舎にある鏡に姿を映すと、"鏡像" が鏡から抜け出て襲いに来るという。
そして彼女とそっくりの少女がたびたび目撃されるようになり、ついに美弥自身もその "人影" に出会ってしまう・・・
美弥を救う朱鷺のエピソードと並行して、千蔵家の過去が語られていく。
『願いの桜』
中学生・工藤亜咲美(くどう・あさみ)の通学路には "願いの桜" と呼ばれる木がある。その木に願い事をすると叶うのだという。だが、亜咲美の周囲では原因不明の体調不良に陥る生徒が現れるようになる。
言い伝えや曰く付きの物品に目がない五十嵐宗助(いがらし・そうすけ)は、祖父の代からの知り合いである朱鷺に助けを求めるが・・・
『見守るもの』
旅の途中で体調を崩して倒れた朱鷺は、時藤蓮香(ときとう・れんか)という女性に助けられる。時藤家には "一族を守る石" なるものが伝わっていた。
その持ち主として石に "選ばれた" 蓮香は、常に謎の "視線" を感じ続け、それがために人付き合いも困難になってしまい、引きこもりとなっていた・・・
呪物によってトラブルに陥っている3人の女性を、朱鷺たちが救っていくというエピソードが語られる。3巻目の終わりでどうやら一区切りがついたらしいが、これですべての呪物の回収が終わったわけではなく、まだ物語は続きそうだ。
また、朱鷺と冬二については決着がついても、他の登場人物の行く末はまた別の話。3編はいずれも ”呪物” と関わりのある女性がメインキャラとして登場するが、それ以外にも魅力的なサブキャラは多い。
とくに2巻・3巻に登場する宗助と、彼のもとにいる謎の少女・鈴(りん)については、やっぱり "その後" が知りたくなる。
鈴は山奥にいた神様の化身らしいのだが、人間界で "生きて" いくことになったようだ。どうやら人並みに "成長" もするようで、「あとがき」で作者は、
『セーラー服を着た鈴ちゃんが怪異を解決していく話もいいな』
なんて書いてる。これは私も期待してしまう。ぜひ書いてほしいな。
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烏百花 白百合の章 [読書・ファンタジー]
評価:★★★
異世界・山内(やまうち)を舞台にしたファンタジー、「八咫烏(やたがらす)」シリーズの外伝、第2巻。短編8作を収録。
「かれのおとない」
北領に住むみよしの長兄・茂丸(しげまる)は武勇に優れ、長じては勁草院を経て山内衆(近衛隊)となった。しかしその兄の訃報が伝えられる。使者としてやってきたのは兄の友人・雪哉(ゆきや)だった・・・
「ふゆのことら」
北領・風巻郷(しまきごう)の郷長の息子・市柳(いちりゅう)は、"北領最強" と謳われるほどの剛の者。しかし隣の垂氷郷(たるひごう)の次男・雪哉が若宮殿下の側仕えになると聞き、心中穏やかでない。
しかし北領で行われる武術大会の日、その雪哉が市柳の前に「手ほどきしてほしい」と云って現れる・・・
「ちはやのだんまり」
山内衆の一人、千早(ちはや)は、目の不自由な妹・結(ゆい)を溺愛していた。その結が、「将来を考えている人」がいると云って連れてきたのは、見目も態度も悪い男シン。仕事は門番だというのだが・・・
「あきのあやぎぬ」
弱小貴族の次男坊だった夫が多額の借金を残して亡くなった。2人の子を抱えた妻・環(たまき)は、やむなく西本家の次期当主・顕彦(あきひこ)の十八番目の側室となることを決意するが・・・
「おにびさく」
登喜司(ときじ)は鬼火灯籠の職人である。大貴族西家(さいけ)の「お抱え」だった養父のもとで修行をしていたが、なかなか認めてもらえない。そして二十歳を超えて焦り始めた頃に養父が急逝、仕事が一気になくなってしまう。
そんなとき、皇后陛下が "飾り灯籠" を求めているとのお触れが廻り、一念発起した登喜司は灯籠を作り始めるが・・・
「なつのゆうばえ」
八咫烏の一族を統べる宗家・金烏(きんう)のもと、山内を分割統治する四家。その中で最大勢力を誇る南家(なんけ)に生まれた姫・夕蟬(ゆうぜみ)は、皇后になるべく育てられる。しかし家中には競争相手となる姉妹もいる。それは南家当主の座について同様で、暗殺をも辞さない陰謀が渦巻く。そんな権力闘争の中を生き抜いていく夕蝉の半生が綴られる。
「はるのとこやみ」
東家(とうけ)のもとで楽人見習いとして竜笛(りゅうてき)を学ぶ双子。弟の倫(りん)は師匠の賞賛を浴びるが、兄の伶(れい)は自分の才のなさに悩んでいた。
そんなとき、若宮殿下の妃選びが行われることになった。四家からは、それぞれ選りすぐりの姫が送り込まれる。
その東家の代表となる姫を決める席において、兄弟は見事な長琴(なごん)の演奏を聴く。弾いていたのは、東清水(ひがしきよみず)家の姫、浮雲(うきぐも)だった・・・
作中の描写を読む限り、長琴はピアノを模した楽器のようだ。
「きんかんをにる」
奈月彦(なつきひこ)とその妻・浜木綿、そして幼い娘・紫苑(しおん)の宮の、ある日の風景を描く。文庫でわずか20ページほどだが情報量は多く、不穏な気配も半端ない。
大長編シリーズのメインストーリーには絡まないけど、山内には貴族も平民も多数暮らしていて、そんな彼ら彼女らの哀歓を垣間見るエピソード群にくわえ、レギュラーキャラの意外な過去を知ることができるのも楽しみか。
本編では闇落ちしてる(ように見える)雪哉くんは、少年時代から性格が悪かったんだね、って納得したり(笑)、怖い "あの人" にはこんな過去があったんだ、って驚かされたり。
私のお気に入りは「おにびさく」と「はるのとこやみ」かな。
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この本を盗む者は [読書・ファンタジー]
評価:★★☆
主人公の御蔵深冬(みくら・みふゆ)は高校1年生。
彼女の曾祖父・嘉市(かいち)は、"本の町" と呼ばれる読長(よむなが)町に巨大な書庫「御蔵館」(みくらかん)を作った。
しかしある日、「御蔵館」から蔵書が盗まれたことで〈ブック・カース〉(本の呪い)が発動し、町が物語の世界へと変貌してしまう。
元の世界に戻すためには本を取り戻すしかない。深冬は謎の少女・真白(ましろ)とともに、本泥棒を追って物語の中へと入り込んでいく・・・
女子高生・御蔵深冬の曾祖父・嘉市は書物の蒐集家で、巨大書庫「御蔵館」を建設した。彼の娘・たまき(深冬の祖母)は、受け継いだ「御蔵館」から大量の書物が行方不明になっていることを知り、「御蔵館」の閉鎖(外来者の入館禁止)を決断する。
現在の管理人はたまきの子どものあゆむ・ひるねの兄妹。
あゆむは深冬の父で、柔道の道場を経営している。
ひるねは深冬の叔母で、名前通り、いつも「御蔵館」の中で寝ている。彼女は蔵書のすべてを読んでいるらしいのだが。
舞台となる読長町は別名 "本の町"。書店が50軒以上あり、国内から海外、新刊から古書、絵本に稀覯本まで揃う。ブックカフェなど書物関連の施設も充実、書物を司る稲荷神社まであるという、本好きにとってはワンダーランドだ。
そんな物語の主人公なのだが、深冬は本が嫌いという困った設定(笑)。
怪我をして入院したあゆむの見舞いを終え、「御蔵館」にやってきた深冬は一人の少女に出くわす。深冬と同じ高校の制服を着て、歳も同じくらい。ただ髪の毛は雪のように真っ白だ。彼女は "真白" と名乗り、深冬に告げる。
「御蔵館」の蔵書すべてに、〈ブック・カース〉(本の呪い)が掛けられている。それは御蔵一族以外の者が書物を持ち出したら発動する。本を盗んだ者は "物語の檻" に閉じ込められてしまうのだ。
その証拠に、読長町は見知らぬ異世界(物語の世界)へと変貌していた。元に戻すには本泥棒を捕まえなくてはならない。深冬は真白とともに異世界に飛び込んでいく。
しかし本泥棒は次々と現れ、深冬はそのたびに姿を変える町で展開される様々な "物語" を経験していくことに・・・
「第一話 魔術的現実主義の旗に追われる」
いわゆるマジックリアリズム。一言で説明するのは難しいが、悪夢のようなファンタジー世界、とでも云うか。日常と非日常、現実と非現実が同居するような空間を描いている。
「第二話 固ゆで玉子に閉じ込められる」
文字通りハードボイルド・ミステリ。私立探偵リッキー・マクロイの活躍する世界。
「第三話 幻想と蒸気の靄に包まれる」
スチーム・パンクSF的な世界。圧政を敷く帝国、そして謎の巨大生物。
「第四話 寂しい町に取り残される」
読長町からすべての人の姿が消えてしまう。土俗的ホラーな世界、かな。
変貌してしまう読長町にあって、住民たちはどうしているのかというと、彼らもまた物語り世界の登場人物に "変異" してしまう。例えば私立探偵マクロイは深冬の学校の体育教師だったりとか。もちろん本人は意識までその人物になりきっているのだが。
そして「第五話 真実を知る羽目になる」に至り、物語の根底に関わる謎が明らかになっていく。
そもそも〈ブック・カース〉を引き起こす力の源は何なのか?
「御蔵館」からの大量書物紛失事件の真相とは?
いつも寝ている叔母・ひるねに隠された秘密とは?
そして真白の正体とは?・・・
こうやって内容を書いてみると、とても面白そうではある。でも本書を読むのは、ちょっと難儀だったよ。
思うに、「第一話」のマジックリアリズム世界のエピソードに馴染めなかったのが躓きの原因かな。どうやら私は、ファンタジー世界でもそれなりに筋が通っていないとダメみたいで、何でもありのこの世界にはなかなか入り込めなかった。
そのせいか「第二話」以降のエピソードに入っても乗り切れず、ストーリーを追うだけで精一杯。
まずはハードボイルド世界かスチームパンク世界から始めて、マジックリアリズムは後半にあったほうが、私のアタマには優しかったのかも知れない(笑)。
ラストで描かれる深冬と真白の関係がちょっと感動的だったりと、読みどころも少なくないんだけどね。
本書を通じて、作者が 本/書物/物語 というものに対して、限りなく大きな愛を抱いてるのは痛いほど分かるのだが、それを受け止めるだけの器量が私にはなかったようです。
タグ:ファンタジー
幽世の薬剤師4 [読書・ファンタジー]
評価:★★★
異世界・幽世(かくりよ)へ迷い込んでしまった空洞淵霧瑚(うろぶち・きりこ)は、薬剤師だった経歴を活かして薬処を開く。
巫女・御巫綺翠(みかなぎ・きすい)とともに、幽世で起こる怪事件に立ち向かう、シリーズ4巻目。
空洞淵が営む薬処〈伽藍堂〉(がらんどう)に祓い師・釈迦堂悟(しゃかどう・さとる)が訪れ、奇妙な話を語る。近頃、夜の街に〈死神〉が現れるのだという。
〈死神〉は "人の魂を刈り取っている" らしい。被害に遭った者は "魂を抜かれたように" 意識を失い、死んだように眠ってしまうのだという。
そして死神は、「日本刀を持った、髪の長い女性」の姿をしているらしい。それではまるで綺翠のようではないか?
綺翠は空洞淵とともに夜廻りにでることに。そして〈死神〉に遭遇する。
〈死神〉はたしかに綺翠によく似ていた。それどころではなく、綺翠の抱えた "秘密" のあれこれを知っているようだ。
問答無用とばかりに斬りかかる綺翠だが、なんと返り討ちに遭ってしまう。
"魂を刈り取られた" 綺翠は深い昏睡状態へと陥るのだった。
窮した空洞淵は、幽世の造物主たる金糸雀(カナリヤ)の元を訪れ、綺翠が自らの "破鬼の巫女" の資質について悩みを感じていたことを知る。さらに、〈死神〉の意外な正体を告げられる・・・
毎回、ファンタジー世界の中での謎解きが描かれてきた。本書もその例に漏れないが、今までの巻よりはミステリ要素は薄めな感じ。
その代わり、作品世界全体を通しての "謎解き" というか "事実の開示" が行われ、シリーズのターニングポイントに差し掛かった感がある。
〈死神〉と綺翠との関係、300年前に幽世が誕生したときに、空虚淵の先祖がどう関わったのか。
造物主である金糸雀に対し、その妹・月読は、いままで起こった様々な事件の黒幕的存在として描かれてきた。だがしかし、はたして金糸雀は "善" で、月読は "悪" なのか?
次巻以降では物語の根幹に関わる2人の真意、あるいは思惑も描かれていくのだろう。
そして何より、空虚淵と綺翠の関係がさらに深化したところで本書は終わるので、「次巻で完結」って云われても違和感がなさそう。
さて、このシリーズはどうなるのでしょう?