勾玉の巫女と乱世の覇王 [読書・ファンタジー]
勾玉の巫女と乱世の覇王 (ハルキ文庫 た 26-1 時代小説文庫)
- 作者: 高代 亞樹
- 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
- 発売日: 2018/03/13
- メディア: 文庫
評価:★★★
時は戦国、南伊勢の宿儺村に暮らす少年・真吉は、追い剥ぎに母を殺された少女・小夜と出会い、村の一員として迎え入れた。
第9回角川春樹小説賞最終候補作となった戦国ファンタジー。
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時は戦国、永禄十年(1567年)。有名な桶狭間の戦いから7年後。
ある日、彼は追い剥ぎに母を殺されて記憶を失った少女・サヨと出会う。身寄りのない彼女を ”よそ者” として受け入れようとしない村人たちに対し、真吉はサヨを許嫁として迎え入れると宣言する。
そして一年後。「天下布武」を唱える織田信長は、北伊勢へと軍勢を進めてきた。宿儺村もまた戦渦に巻き込まれようとしていた。
真吉の無事を願う小夜の祈りは、村に眠る「お南無様」と呼ばれる超常の存在を甦らせてしまう。
「戦の世を終わらせる」と豪語する「お南無様」は、小夜を引き連れて織田信長の動向を探り始める。最初はいやいやだった小夜だが、次第に記憶を甦らせ、自らの "定め" を見いだしていく。
こう書いてくると、真吉と「お南無様」の戦いが始まるように思われるが、どうしてどうして、仮にも "神さま" なので一介の子どもがそうそう対抗できるわけもない。
「お南無様」との戦いを主に担当するのは、京の公家・裏部惟敦(うらべ・これあつ)とその配下の者たち。裏部は神祇官に仕え、帝から託された古来よりの秘命を司る。それは「お南無様」が現れたらこれを倒し、封じること。
ストーリーが進むにつれて「お南無様」がいかなる方法で「戦の世を終わらせ」ようとしているのかがわかってくるのだが、これは結構早い段階で予想がつくだろう。
私は和風のヒロイック・ファンタジーな展開を期待していたのだけど、受ける印象は伝奇アクション時代劇、というところ。
真吉と小夜の決着のつけ方も、最初は「それでいいのかな?」とも思ったが、「終章」まで読んでみると「これはこれで上手い結末なのかも」と考えが変わった。
真吉に闘技「とおの技(わざ)」を教える青年・壮介(そうすけ)、真吉の叔父の宗玄(そうげん)和尚、神剣を探す真吉をサポートするお冴(さえ)など、サブキャラにも印象的な登場人物が多い。
褒めてるような、けなしているような文章になってしまったが、このタイプの小説は珍しいとも思うので、もっと読んでみたいものだ。ネットで探したけど、作者の著書は今のところこれ一冊だけみたい。
竜の医師団 1/2 [読書・ファンタジー]
評価:★★★★
人の世に豊穣をもたらす竜という存在。だがひとたび竜が病を得た時、破滅をももたらすことになる。そんな竜に治療を施すのが〈竜の医師団〉だ。
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舞台となるのは極北の国カランバス。そこにある "竜の巣" には、〈竜王〉ディドウスが住まう。
人の世に豊穣をもたらしてきた竜という存在だが、ひとたび竜が病を得れば、それは巨大な災厄ともなる。そこで、竜の病に治療を施す役を果たすのが〈竜の医師団〉だ。
ディドウスも齢を重ね、ここのところめっきり弱ってきた。身体のあちこちにガタが来ているようで、病に悩まされるようになってきた。
本作は、そんな竜の "治療" を描いた連作短編となっている。
「カルテ1 咽喉(のど)の痛みと、竜の爆炎」
「カルテ2 全身の痒みと、竜の爪」
「カルテ3 もの忘れ、ふらつき、そして竜巻」
「カルテ4 死の舞踏と、竜の愛」
いずれも、人間にも同様の症状が出るものばかりだが、竜のことであるから人間のそれが当てはまらない可能性もある。
それでも、竜の治療を続けるのが〈竜の医師団〉だ。国家の壁を越えて集った医師たちが日夜研究を重ね、治療法の進歩を求め続ける。
物語はその〈竜の騎士団〉のもとで、新たな "竜の医師" を目指す若者たちの視点から描かれる。
主人公兼語り手のリョウは16歳。"ヤポネ人" という出自故に迫害され、初等教育さえ受けられなかった。従って医師団への入団試験では筆記が0点。しかし竜と対峙する覚悟と度胸を示し、みごと入団を勝ち取る。しかし勉強面では小学校舎からやり直しとなる(笑)。
リョウの相棒となるレオニートは、名門オバロフ家の御曹司。驚異的な記憶力と豊富な知識で筆記は満点。しかし「血を見るのが苦手」という、医師としては致命的な欠点を抱えている。
ストーリーが進むにつれ、竜とこの世の関わり、ヤポネ人の過去、レオニートの実家であるオバロフ家の役割などが徐々に明かされていく。
この二人に "竜の巣" 生まれの少女でメカに堪能なリリが加わって、主役三人組となる。
サブキャラも多彩でユニークだ。医師団の各セクションのリーダーも個性的なのだが、なかでもリョウとレオニートの指導教官となる竜血管科内科長カイナ・ニーナは、突出している。
基本的にはコメディ調ですすんでいくのだが、終盤になるとシリアスな度合いが増していく。
「カルテ5 咽喉の痛みと、竜の暴走 ~診断編~」
人間においてもこれは避けて通れず、なおかつ正解のない問題なのだが、このテーマ設定は作者の一人(「庵野ゆき」は女性2人の合作ペンネーム)が医師であると云うこともあるのだろう。
本書は「1」「2」と刊行され、ストーリー的には一区切り着いているのでこれで完結とも思われるが、成長したリョウたちや〈竜の医師団〉のその後も知りたいと思わせる。いつの日か続編が登場することを期待したい。
八犬伝 [読書・ファンタジー]
不思議な宿縁に導かれて世に現れた八人の犬士たちが、悪や妖異と戦い続ける「南総里見八犬伝」が描き出す壮大な『虚の世界』
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本書を原作とした映画が公開されたことを機に、読んでみた。
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なぜ彼は、失明しても諦めなかったのか?
江戸時代の人気作家・滝沢馬琴は、友人の絵師・葛飾北斎に、構想中の物語「八犬伝」を語り始める。
里見家にかけられた呪いを解くため、八つの珠を持つ八人の剣士が、運命に導かれるように集結し、壮絶な戦いに挑むという壮大にして奇怪な物語だ。
北斎はたちまち夢中になる。そして、続きが気になり、度々訪れては馬琴の創作の刺激となる下絵を描いた。
北斎も魅了した物語は人気を集め、異例の長期連載へと突入していくが、クライマックスに差しかかった時、馬琴は失明してしまう。
失明してもなお28年の歳月をかけて書き続けた馬琴が「八犬伝」に込めた想いとはー。
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「八犬伝」の物語の内容は、改めてここには記さないが、日本ファンタジーの原点とも言われる作品だ。専任の挿絵画家と組んでの冊子発行で、長大なシリーズとなったことから「ライトノベル」の嚆矢とも云える。
単独の主人公ではなく、8人という集団ヒーローによる勧善懲悪の物語という形式が後世に与えた影響も大きいと思う。
本作自体は文庫で上下巻あわせて約800ページという大部。うち、滝沢馬琴が登場する『実の世界』が締めるのはおよそ三割というところ。
作者である滝沢馬琴が、親友の葛飾北斎に「八犬伝」の構想を語りだすところから始まり、以後28年間に及ぶ執筆期間の生活風景を記していく。
例えば人気作家になった馬琴に大名の毛利家から使者が来る。奥方が会たいという。しかし馬琴は使者を追い返してしまう。
とにかく意固地で頑迷、ついでに吝嗇でもある。現代だったら早々に "老害" 扱いされているだろう。遠くから見ているぶんには面白いが、近くには来ないでほしい人ではある。
そして、原作では(ページ数比で) 虚7:実3 の割合だったものが、映画では(私の体感で) 虚5:実5 という感じで「実」の比重が増している。
ちなみに原作のラストには、映画版のラストのような演出(『フ○ン○-○の○』みたいなアレ)はありません。
虚の部分はいいよ。八犬士はみなイケメンだし、戦闘シーンのCGもよくできてるし。願わくば、2時間×2本の前後編くらいで八犬士の話が観たかった。
私と八犬伝の出会いは小学校の頃。家に子ども向けのリライト版があって、それを読んだのが最初。
1983年には、いま『SHOGUN』で話題の真田広之(当時23歳)が主演した『里見八犬伝』が公開。ヒロインは人気絶頂だった美少女・薬師丸ひろ子(当時19歳)だった。家に Blu-ray があるのだけど、ラスト30分間にわたるアクション・シーンは今観ても素晴らしいと思う。
蒸気と錬金 Stealchemy Fairytale [読書・ファンタジー]
蒸気と錬金 Stealchemy Fairytale (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: 花田 一三六
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2021/02/17
評価:★★
蒸気錬金術によって急速に発展しつつある大英帝国。
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舞台となるのはパラレルワールドの英国。そこは蒸気錬金術(stealchemy)が発達した世界。stealchemy は steam + alchemy で、この世界は科学技術の代わりに蒸気機関と錬金術が融合した技術体系が基盤になっているようだ。
主人公の「私」は売れない小説家。糊口を凌ぐために、編集者から提案された旅行記執筆のため、太平洋上の国アヴァロンに旅立つことに。
アヴァロンは〈使い手〉(ムーヴァ)の島とも呼ばれる。〈恩寵〉(ギフト)の力を元にした〈理法〉(ロー)という超常現象を操る人々が住まうところだ(〈恩寵〉は蒸気錬金の上位技術という説もあるらしいが)。
旅立つにあたり、「私」は謎の紳士を通じて〈帽子〉を手に入れた。正式名称は蒸気錬金式幻燈機。帽子に蒸気錬金機関を組み込んだもので、"起動" すると妖精型幻燈種(ファントム)が現れる。姿形は十代の女の子だが、身長は万年筆と同じくらい(文庫表紙のイラストがそれ)。
最初の起動のくだりで名前の設定を求められたりと、そのあたりの描写はPCのセットアップのようだ。ちなみに「私」は "彼女" をポーシャと名付ける。
ポーシャの設定をPCに例えたが、現代はAIの進歩が著しい。スマホの中に収まったAIが探偵役を務めるミステリまで書かれてるくらい。そのうちAIが人間とタメ口で会話を交わしながら仕事をする時代も遠からず来そうだし。
だから「帽子と一体化した妖精型の秘書」というのも、それだけではファンタジーの物語を引っ張るアイテムとしては弱いかな。
「私」がアヴァロンに上陸してから、謎の大男が現れて襲ってきたり、美女が現れて救ってくれたり、なんだかよく分からないうちに(笑)、騒動に巻き込まれていく。終盤にはアヴァロンを統べる "大賢者" なるものまで姿を現してくるのだが・・・
大抵は、物語が進むうちに "敵" の狙いやら "ポーシャ" の抱えた秘密やらが徐々に明かされていくものなのだが、最期までよく分からないまま。
そして何より、主人公がダメ人間過ぎるように思う。何事にも自信がなく、何をやらせても不器用で、物事を満足にこなすことができない。
もっとも、これはシリーズものの一巻めだから、なのかも知れない。次巻以降で新たな展開と主人公の成長がある、のかも知れない。
ポーシャの設定とキャラはよくできてて面白いと思うのだけどね。
スキマワラシ [読書・ファンタジー]
評価:★★★
太郎と散多の兄弟は古道具屋を営んでいる。弟の散多には、ものに触れるとそこに宿る記憶が見えるという特殊能力があった。
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タイトルの「スキマワラシ」とは、記憶の隙間に隠れている ”座敷わらし” みたいな存在、という意味だ。
纐纈太郎(こうけつ・たろう)と散多(さんた)の兄弟は、古道具屋を営んでいる。具体的な年齢は書かれてないが、兄の太郎は "青年" を脱し、そろそろ "おっさん" に入りかけているようだ。ちなみにどちらも独身。
散多は兄を手伝いながら、夜になると古道具屋の片隅でバーを開いている。兄とは8歳違い。間にもう一人くらいいてもおかしくない年齢差だ。
そして散多には、ものに触るとそれに宿る記憶が映像として見える、という特殊能力があった。
兄弟は商談のために全国を飛び回りながら、タイルの出所を探し始める。
一方、日本のあちこちの廃ビルで、"帽子を被った夏服の少女" を見た、という情報が出回り始める。単純な都市伝説かとも思われたが、これが兄弟の探索行と交錯していく・・・
終盤を除き、ドラマチックな展開とか衝撃的なイベントとかはほとんど起こらない(全くないというわけではないが)。どちらかというと平穏な日常が坦々と進行していくのだけれど、退屈ということはことはなく、細かいエピソードを積み重ねて読者の興味を惹き続けて読ませる。このあたりはさすがの力量だと思う。
中盤過ぎからハナコさんという女性が登場する。これがなかなか魅力的な人で、兄弟とも意外な関わりがあったことが分かっていくのだが、そのへんは読んでのお楽しみだろう。
両親の過去とか、記憶にない女の子とかミステリっぽい要素も感じられ、そのあたりはきっちりと解明される。しかし "夏服の少女" を含めて、最終的にはファンタジーとして着地する。
ストーリーは決着しても、兄弟とハナコさんの物語はこれからも続いていくことを予感させる。続編を書く予定はないみたいだけど、短編でもいいから三人の "その後" が知りたいな。
叡智の覇者 水使いの森 [読書・ファンタジー]
評価:★★★★☆
カラマーハ帝国軍の侵攻で危機に瀕したイシヌ王国。しかし、ジーハ帝に嫁すべく帝家へ赴いた王女ラクスミィが、"夫" を廃して自らが帝位に就き、帝国を掌握することに成功するまでを描いたのが前作『幻影の戦』。
それから6年。国を潤す大河である ”青河” の水位が低下し始めた。それはこの「火の国」全体の命運を左右する危機を意味していた。
水位低下の原因は、"砂の領" に暮らす「見ゆる聞こゆる者」たちが、自分たちの生存のために新たな水路を建設したことにあった。
そしてイシヌ王家に激しい憎悪の念を抱く「見ゆる聞こゆる者」の頭領ハマーヌは、ラクスミィの駆る "万骨の術" を凌駕する "月影族の秘術" を身につけ、最強の丹術士となっていた・・・
『水使いの森』シリーズ、第三巻にして完結編。
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舞台は「火の国」と呼ばれる世界。いわゆる「魔道師」に相当する者は、この世界では "丹術士" と呼ばれる。
西方にある "砂の領" はイシヌ王家が、中央にある "草の領" はカラマーハ帝家が支配している。
しかし、ジーハ帝に嫁ぐべく帝家へ赴いた王女ラクスミィは "夫" を廃して自らが帝位に就き、続く内乱を制して帝国を掌握することに成功する。(前作『幻影の戦』)
そして完結編となる本書は二部構成になっている。
第一部は、前巻『幻影の戦』と同時期の物語。
カラマーハ帝家の侵攻は "砂の領" 南部にも及んだ。そこにある "南境ノ町" は「見ゆる聞こゆる者」たちの本拠地。
その一人で、第一巻『水使いの森』に登場していたハマーヌは〈式要らず〉の異名を持つ屈指の丹術士だった。そして10年後の今は「見ゆる聞こゆる者」たちの頭領となっていた。
カラマーハ帝国軍との戦闘で重傷を負ったハマーヌは、回復の途上で "月影族の秘術" に触れることになる。そして "新たな力" を得たハマーヌは、帝国軍を一気に駆逐してしまうほどの強大な丹術士となっていた。
第二部は、その6年後の物語。
「火の国」を潤す大河・青河(せいが)の水位が低下し始めた。それはこの世界全体の命運を左右する危機を意味していた。
水位低下の原因は、"砂の領" に暮らす「見ゆる聞こゆる者」が、自分たちの生存のために青河の水源から "南境ノ町" へ向けて新たな水路を建設したことにあった。
しかし自らの一族の生存のために、ハマーヌたちは一歩も引くことはできない。千年にわたって圧政を受けてきた「見ゆる聞こゆる者」には、"世界の安寧" を訴えるラクスミィの言葉さえも虚しく響くのみ。
そしてハマーヌが身につけた "月影族の秘術" は、ラクスミィの駆る "万骨の術" を凌駕するものだった・・・
第一部のハマーヌ、第二部のラクスミィと、二人が繰り出す「究極の丹術」の応酬の描写は迫力に満ちていて、ファンタジーを読む楽しさを存分に味わわせてくれる。
両雄の激突が「火の国」に何をもたらすのか、そして前巻のラストで姿を消したイシヌ王家当主にしてラクスミィの妹・アラーニャがどんな運命を選んだのか。そのあたりは、ぜひ読んで確かめていただきたい。
全三巻で、火の国の覇権と治水を巡る戦いには一旦終止符が打たれるが、すべてが解決したわけではない。得られた平穏も永続する保証はなく、波乱の要因はいくつも残されている。
幻影の戦 水使いの森 [読書・ファンタジー]
評価:★★★★
イシヌ王国の女王が逝去した。隣国のカラマーハ帝家はこの機に乗じて大軍を以て出陣、さらには次期当主アラーニャに対し、皇帝ジーハに嫁ぐよう要求してきた。
創元ファンタジィ新人賞優秀賞受賞作『水使いの森』、その続編登場。
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砂漠の地・"砂の領" を治めるイシヌ王家は代々、豊富な水源を支配する力を受け継いできた。そこに生まれた双子の姫、ラクスミィとアラーニャ。決まり通りに妹姫アラーニャが次期当主と定められたが、姉姫ラクスミィを推す者もいた。そんな王宮内の紛糾を畏れたラクスミィは砂漠へと "家出" した。
本作はその10年後、イシヌ王国の女王が逝去するところから始まる。
自分がいなくなったあとの王国の行く末を憂う女王は、娘たちに秘術〈万骨の術〉を記した書の在処を伝えていた。
しかしイシヌの東、"草の領" を統治する大国・カラマーハ帝家はこの機を逃さず、大軍を以てイシヌに進撃してくる。さらには次期当主アラーニャに対して皇帝ジーハのもとへ嫁ぐように要求してきた。
王国は姉姫ラクスミィの指揮の下に果敢な抵抗を続けていく。
しかし物量では圧倒的な劣勢。それに加えて帝国軍の手段を選ばぬ非人道的な戦術、王宮内に潜入した暗殺者の跳梁など、イシヌは徐々に追い込まれていく。
このままでは滅亡を待つだけと判断したラクスミィは、禁断の秘術〈万骨の術〉の封印を解くことに・・・
ここまでが「第一部」、本書の前半部。
第二部に入ると、展開がめまぐるしい。あっという間に○○○○が□□□したりと、ラクスミィは帝国内に大きな波乱を呼び起こしていく。
このあたりを見ていると、つくづく前作『水使いの森』は序章に過ぎなかったんだなぁと思う。
特にイシヌの次期当主となるアラーニャ。前作ではあまり出番がなかったが、本作ではラクスミィと並んで最重要キャラとなる。カラマーハへの隷属は拒みつつ、すべての戦を終わらせようと "ある選択" をするのだが、このあたりも本書の読みどころだろう。
あと意外だったのは、カラマーハに武力で及ばない分、イシヌは情報収集と調略には余念がないこと。
そして、イシヌ王家の物語と並行して語られるのが、"水使いの力" をイシヌ王家と分け合う、水蜘蛛族の物語。
イシヌ王国とカラマーハ帝家を巡る騒乱は、本書で一応の収束を見るが、世界の情勢は未だ安寧にはほど遠い。
水使いの森 [読書・ファンタジー]
評価:★★★★
砂漠の国・砂の領を統べるイシヌ王家に双子の女児が生まれた。双子の姉姫・ミイアは自分が国の乱れとなることを悟り、王宮から逃げ出す。
砂漠で彼女を拾ったのは、西方の森深くに棲み、"水使い" の力を操る伝説の水蜘蛛族だった。
しかしミイアを巡り、砂漠の覇権を狙う者たちが蠢き始める・・・
第4回創元ファンタジィ新人賞・優秀賞受賞作。
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舞台となるのは、広大な "火の国" の西方を占める「砂の領」と呼ばれる地域。そこを統べるイシヌ王家に双子の女児が生まれた。
習わし通りに、妹姫のアリアが世継ぎと定められるが、姉姫・ミイアは妹に先んじて "水使い" の力を身につけてしまった。
王宮近くには「天の門」と呼ばれる、大量の水が湧き出す場所があり、それが "火の国" の大地を潤し、人々の暮らしを支えていた。水を操る "水使い" の力は、イシヌ王家の権力の源泉だ。王位争いなどが生じれば、王家の支配をゆるがすことになる。
幼いながらも、自分の存在が国の乱れにつながることを察したミイアは、王宮から逃げ出す。
砂漠で彼女を拾って保護したのは、西方の森深くに棲む伝説の水蜘蛛族。彼らもまた "水使い" の力を操る者たちだった。
そして砂漠の覇権を狙う者たちは、ミイアの行方を追い始める・・・
まず、登場するキャラクターも多彩かつ魅力的だ。
主人公のミイアは8歳だが、生まれもあって偉そうな口をきくのはご愛敬だろう。世継ぎで妹のアリアはなかなかおおらかな性格で、生来の器の大きさを感じさせる。
二人の母である女王は、本来は忌むべきとされる双子をそのまま育ててきた、慣例に囚われない人物。
王家に仕える二人の武将は、王位継承についての考え方が異なる(これが後半になって国内に波乱を生じさせる遠因となる)。
そして「砂の領」の東隣に位置する「草の領」を支配するカラマーハ帝家は、西方への勢力拡張を虎視眈々と狙っている。
いわゆるファンタジー世界の魔法使い・魔道師は、この世界では "丹術士(たんじゅつし)" と呼ばれる。
彼らを束ねるカンタヴァは、かつてこの地を支配していた一族に連なる者で、イシヌ王家からの支配権奪還を目論む。
そしてカンタヴァのもとでミイアを探す風丹術士のハマーヌ、その相棒の光丹術士・ウルーシャは、体格も性格も正反対のコンビだ。貧しい階級出身の彼らは立身出世のためにミイアを探す過程で、水蜘蛛族の存在に気づいていく。
水蜘蛛族は全身に刺青を入れることで "水使い" の力の制御を行う術を持っていた。ミイアを保護したタータは、一族の中でも指折りの "彫り手" の一人。
しかしタータに対して反撥する者もいて、一族も一枚岩ではない。
このように、キャラ設定と世界設定が絶妙にリンクしていて、砂漠の国の覇権を巡る騒乱が語られていく。
本作は三部作になっていて、次巻は本作の10年後が舞台らしい。本書を読んでいると、それに向けての伏線と思われる記述があちこちにある。
続巻も手元にあるので、近々読む予定。
追憶の烏 [読書・ファンタジー]
大河ファンタジー・〈八咫烏〉シリーズ、第二部第二巻。
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人間と大烏の間を相互に変身できる「八咫烏(やたがらす)」の一族が支配する「山内(やまうち)」の地を舞台にした大河ファンタジー・シリーズ。
長編6巻からなる第一部の終盤では、猿の一族との大戦が描かれた。勝利は収めたものの、猿の陰謀によって、遠からぬ未来に「山内」の地に "破滅" が訪れることが判明する。
第二部の第一巻(前巻「楽園の烏」)では、大戦から20年後の山内について語られたのだが、第一部のラストとはかなり様相が違ってしまっていて、「いったい20年の間に何が起こったんだ?」と、読者の誰もが感じたはず。
その疑問を解き明かすのが本巻。時間軸を第一部終結直後に巻き戻し、改めて物語がスタートする。前巻で感じた疑問の答えも、すべてではないが知ることができる。
とはいっても、今まで長いこと続いてきていて、この後も何巻も続く(であろう)シリーズなので、何を書いてもネタバレになってしまいそう。なので、ほんのさわりだけ紹介する。
猿との大戦終了後、日嗣の御子(ひつぎのみこ:皇太子)だった奈月彦(なづきひこ)は正式に金烏(きんう:山内を統べる者)として即位し、来るべき "破滅" に対する準備のために、東西南北の大貴族四家に対して負担を増やすよう求める。
皇妃との間に長女・紫苑の宮(しおんのみや)を儲けたものの、第二子の懐妊の様子は一向に見られず、奈月彦は紫苑の宮を跡継ぎとすべく根回しを始める。過去に女性が金烏となった例はないためだ。
奈月彦の側近で、猿との大戦では全軍の指揮を執った雪哉(ゆきや)は、"破滅" に際して最悪の場合には外界(人間の世界)への避難も考えていた。そのため、雪哉自身も外界へ長期の "留学" へ出ることに。しかし人間の世界で暮らす雪哉のもとへ、驚きべき知らせがもたらされる・・・
本書の前半で印象に残るのは、雪哉と紫苑の宮の交流だ。信頼と愛情でつながった二人のほんわかした様子に癒やされる・・・と思ったら後半は怒濤の展開で「このときの二人が一番幸せだったんじゃないか」(おいおい)って思ってしまう。
そして今回いちばん感じたのは、作者の構想力。後半のストーリーとそれに関わるキャラを見ていたら、この展開は第一部のかなり早い段階から考えられていたことが分かる。もしシリーズ執筆開始以前から予定していたとしたら、スゴいを通り越してもう脱帽だ。
第一部の一巻と二巻で、同時期の話を視点を変えて描いていたり、第二部の一巻目でいきなり20年も跳んで二巻目で戻るなど、読者の興味を巧みに繋ぐ仕掛けも堂に入ったもの。考えてみれば、もうデビューして12年目。中堅を超えてベテランの風格すら感じる。
ほぼ年の1冊の刊行だけど、続きがとても楽しみなシリーズ。しっかり次巻を待ちます。
八万遠 [読書・ファンタジー]
評価:★★☆
創世神『天神』(てんしん)の子孫、上王(しょうおう)が統べる地、八万遠(やまと)。そこには自治を許された『直轄七州』があった。
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八万遠は、日本列島に似ていなくもない島国だ(かなりデフォルメされているが、モデルが日本というのはわかる)。
太古の昔、創世神『天神』(てんしん)を信仰する一族が全土を統一、"上王" を名乗った。
ちなみに日本地図に無理矢理当てはめると、天領はおおむね紀伊半島全域、墨州は新潟あたり、雪州は関東あたりという位置関係になる。
物語は、雪州の嫡男・源一郎の前に墨州の長男・甲之介が現れたことから始まる。
場所は炎州。源一郎は、故郷を離れて炎州に預けられていた。これには理由があった。
源一郎を訪ねてきた甲之介は墨州領主の長男だ。豪放磊落な言動を示し「俺が墨州を継いだら、戦を仕掛けて炎州を獲る」と豪語する。「だから俺の味方になれ」
やがて二人は対照的な道を辿っていく。
甲之介の父は、次男・良之丞(りょうのじょう)を溺愛し、家督を継がせる構えを見せていた。甲之介は先手を打って弟を殺害し、父を幽閉して墨州の掌握に成功する。
一方、父の病死によって帰国を許され、家督を継いだ源一郎は、幼馴染みで一歳年上の珠(たま)を正室に迎え、嫡子・徳之進(とくのしん)を儲ける。領民に対しても善政を敷き、雪州は平穏な時を過ごしていた。
そして再び源一郎の前に現れた甲之介は、いよいよ領外進出を宣言、炎州攻略戦を開始する・・・
物語は墨州vs炎州の戦いをメインに、雪州の模様が織り込まれていく。
二人のメインキャラ以外のサブキャラがユニーク、かつ重要な役回りを担っている。
まず東海林市松(しょうじ・いちまつ)。甲之介の懐刀で、彼の意を具現化していくためなら何でもやる。炎州攻略戦においても、実質的な前線指揮官を務める。
源一郎の正室・珠。さして美人でもなく、小柄で華奢、受け答えも物静か。しかし源一郎はそんな彼女をことのほか大事にしている。夫婦仲も睦まじい。
墨州と炎州の戦いをよそに中立を保とうとする雪州だが、世の情勢はそれを許さない。源一郎も巨大な戦乱の渦に飲み込まれていく・・・というところで幕。
星の数が今ひとつ少ないのは、物語が完結していないから。これはどう考えても続巻があるはずだ。なにより、源一郎がほとんど動いてないんだから。
とはいっても、本書の初刊は2015年頃なので、もう10年近い昔。いままで続巻が出てないってことは、作者には書く気がないのか、それとも本書が全く売れなかったのか(笑)。