その裁きは死 [読書・ミステリ]
その裁きは死 ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ (創元推理文庫)
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2020/09/10
- メディア: 文庫
『カササギ殺人事件』でブレイクした作者の
『メインテーマは殺人』に続く、元刑事ダニエル・ホーソーンを
探偵役とするシリーズの第2作。
不動産業者エイドリアン・ロックウッドは
妻で作家のアキラ・アンノと別れることになり、
離婚を専門に扱う弁護士リチャード・プライスに依頼する。
リチャードは離婚問題をエイドリアンに有利なように導くが
二人がレストランで会食中のところに出くわしたアキラは激高し、
リチャードに向けて「ワインボトルでぶん殴ってやる!」と口走る。
そしてその直後、リチャードは自宅で撲殺死体で発見される。
凶器はなんとワインボトル、そして殺害現場の壁には
ペンキで ”182” という謎の文字が描かれていた・・・。
作家アンソニー・ホロヴィッツは、元刑事でロンドン警視庁顧問の
ダニエル・ホーソーンに引っ張り出され、再び殺人事件に関わることに。
リチャードのパートナーで、画廊を経営するスティーヴン、
リチャードの法律事務所の共同経営者オリヴァー、
リチャードの学生時代の友人チャールズ、その妻ダヴィーナ、
そしてもちろんエイドリアンもアキラも、ホーソーンの捜査によって
彼ら彼女らに隠されていた様々な真実が明らかになっていく。
そしてリチャード殺害の24時間前に、彼の友人だったグレゴリーが
鉄道の駅で線路に落ち、轢死していたことが判明する。
これは事故なのか、自殺なのか、それとも他殺なのか・・・
前作に引き続き、アンソニーはホーソーンと縁を切ろうかと悩んだり、
逆に対抗意識を燃やして彼より先に犯人を突き止めようと奮闘したり、
いろいろと奔走しまくりなのだけど、毎回空振りに終わってしまうのは、
まあお約束の展開ではある(笑)。
そして今回、ロンドン警視庁のカーラ・グランショー警部の介入も
アンソニーを苦しめる。ホーソーンのことを快く思わない警部は
あの手この手でアンソニーに嫌がらせを仕掛けてくる。
これがまあ、えげつないというか嫌らしいのなんの。
もっとも、やられてそのままで済ますホーソーンではない。
どこかのドラマの「倍返し」ではないが、終盤に至り、
痛快な方法でカーラにギャフンと言わせる(古い表現だなあ・・・)。
多くの登場人物が様々な言動をしていくので事態は錯綜し、
真相へ至る道は混迷を極めるように見えるのだが
終盤の謎解きシーンで、ホーソーンが真っ先に ”ある事実” を
明らかにすることによって、すべてのピースが一気に組み上がって
するすると事件が解きほぐされていく。
あたかも、難解な図形の証明問題に1本の補助線が引かれることで
解答への筋道がすーっと浮き上がってくるように。
数学の問題を、効率よく鮮やかに解くことを
「エレガント(elegant:優雅)な解法」というそうだが
本作の論理の筋道はまさにそれ。
20年以上前のことだが、有栖川有栖の『孤島パズル』の
解決編を読んだときのことを思い出したよ。
前作に引き続き、「上手いなあ・・・」とうならせる、流石の出来。
ちなみに、数学の問題を強引な力業で解くことは
「エレファント(elephant:象)な解法」というそうだ。
満月の泥枕 [読書・ミステリ]
主人公・凸貝二美男(とつかい・ふみお)は35歳。
5年前まではペンキ屋を営んでいたが、一人娘のりくを
”ある事故” で失って以来、刷毛を持つことができなくなってしまう。
妻は去り仕事も失い、荒れた生活を送った二美男は、とうとう
夜逃げをする羽目になり、物語の舞台となる池ノ下町に流れてきた。
そんな二美男だったが、病死した兄の一人娘・汐子(しおこ)を
引き取ることになり、「コーポ池の下」という安アパートの一室で
1年前から二人暮らしをしている。
りくと同い年の汐子に、ついつい亡き娘を重ねて見てしまう二美男だが
当然ながら汐子ちゃんはそんな目で見られることを嫌がる(当然だね)。
ある夜、三国公園で泥酔して眠り込んでいた二美男は、ふと目を覚まし、
白髪の老人がもう一人の男と連れだって、
公園内にある玉守池の方へ歩み去るのを目撃する。
その後、叫び声と共に何かが水に落ちたような音が・・・
二美男は、白髪の老人が近所で剣道場を開いている師範、
嶺岡道陣(みねおか・どうじん)ではないかと思い当たるが、
その二美男のもとへ道陣の孫・猛流(たける)が訪ねてくる。
彼は小学4年生。汐子の同級生でもあった。
猛流は語る。祖父の道陣が行方不明になっており、
それは伯父の将玄(しょうげん)が殺したのだ、と。
もしそうなら道陣の遺体は玉守池に沈んでいるはず。
しかし広大な池を捜索するのは少人数では不可能だ。
二美男は、1年後の「三国祭り」を利用して、
玉守池から遺体を見つけ出そうというとんでもない計画を思いつく・・・
主人公の二美男がとにかくダメなオッサン。
汐子の保護者でありながら、喧嘩はするし酔って公園で寝てしまうし。
その日暮らしで将来の展望なんてモノは欠片もない。
しかし、そうなった理由が理由なので、彼の行動を責める気には
なかなかなれず、同情的に見てしまう。
周囲の人たちを巻き込んで悪巧みをするなど
変なところでリーダーシップを発揮するので、
物語の主人公としてはちゃんと機能する人(笑)。
登場するキャラも個性的。
大阪育ちの関西弁で、シャキシャキ喋る汐子ちゃんは元気いっぱい。
自分はりくの代わりにはなれないとはっきり言い切るなど
二美男よりよほどしっかりしている。
二美男が夜逃げする際に知り合った女性・奈々子は、なぜか彼のことを
いろいろ気にかけて世話をしてくれるマドンナ的存在だが
二美男のほうが気後れしていて一向に仲は進展しない。
彼女もまた二美男とともにドタバタ騒ぎに巻き込まれていくが
もっぱら汐子ちゃんのお姉さんというか保護者みたいで
メインヒロインはあくまで汐子ちゃん。
猛流は剣道を生業とする家の子とは思えないようなひ弱な体型ながら
終盤に展開される大活劇では奮闘するところを見せる。
二美男が計画に巻き込むのはこの3人に加え、
「コーポ池の下」に住まう人たち。
様々な理由で社会からドロップアウトしかかっている面々が
彼らなりの理由で二美男の計画に関わっていく。
この住人たちもユニークなキャラが揃っていて
各人を主人公にスピンオフの短篇が書けそうだ。
「三国祭り」当日に二美男が引き起こした大騒ぎから始まり、
汐子・猛流・奈々子に「コーポ池の下」住人を加えた
総勢10人以上の大人数によるドタバタ劇が進行する。
物語はこの後二転三転、なぜか彼らをつけ狙う謎の組織まで登場し、
二美男たちはなぜ追われているのかも分からないまま、
ジェットコースターのような事態の変化に翻弄されていく。
メインの物語と並行して、汐子の身の振り方も二美男を悩ます。
かつて夫(二美男の兄)と娘(汐子)を捨てて出て行った
生みの母・晴海(はるみ)が現れ、汐子の引き取りを申し出たのだ。
りくを失った二美男にとって、汐子は生きがいになっていたが
再婚して裕福な生活を送っている晴海のもとで暮らした方が
汐子の幸せではないのか・・・
ラストに至り、玉守池の遺体騒ぎに始まった事件を巡る謎は
すべて解明され、八方丸く収まって解決するが、
登場人物たちの人生は事件の後も続いていく。
汐子の選択、二美男と奈々子の仲、そして「コーポ池の下」の住人たち。
短篇でも良いから彼ら彼女らのその後が知りたいなあ。
ヴァイオレット・エヴァーガーデン (映画版) [アニメーション]
※「映画版」の結末部分に触れています。
コロナが心配ではあったけど、席も間隔を開けて販売されているし、
なにより平日の昼間に映画館にそうそう人がいるはずはない。
そう思って行ったのだけど、思ったより人は入っていたし
私くらいの年配のオジさんも数人いて、ちょっと安心(笑)。
■TVシリーズと「映画版」の関係
「映画版」で描かれる内容はTVシリーズの後日談であり
その中で未消化だった「ギルベルト少佐の消息」について
決着がつく話であり、(おそらく)シリーズの「完結編」となる話。
「外伝」は単発のエピソードで、本筋との関係もほとんどないので
「映画版」を観るに際しては、必須というわけではないと思う。
でも、TVシリーズは観ておいた方がより理解できると思うし、
制作側もそれを前提に作っているように思う。
もちろん、TV版を見ずに映画から入ってくる人のために
必要最小限の説明描写(TVシリーズからのシーンの挿入)はあるので
理解できないこともないが・・・
■「映画版」を見終えて
上映時間140分と長めだが、私は楽しませてもらったと思う。
途中、描写がやや冗長かなと思うところや、
やや展開が乱暴だなと思うところもなくはなかったが、
見終わってみればまあまあ満足、
100点満点で言えば75点くらいかなあと思った。
減点分は何かというと、見終わった後に
ちょっとモヤモヤしたモノが残ったからからなのだが
これを説明するには映画の結末に触れなければならない。
というわけで、これ以後はネタバレ全開で書くので
映画版をこれから観ようという方は読まないことを推奨する。
■ギルベルトの消息
実はTVシリーズを見終えてwikiを読んでいたら
「原作ではギルベルトは生存している」という文章を発見してしまった。
だから、映画版ではギルベルトとの再会が描かれるのだろうなぁ・・・
と思っていたのだが、実際そうだった。
映画のかなり早い段階でギルベルトの生存は明かされる。
後半では当然ながらヴァイオレットは彼のもとへ向かうのだが、
ギルベルトは彼女と会うことを拒絶してしまう。
■「モヤモヤ」その1:ヴィオレットの「最後の手紙」
ギルベルトに拒絶されたヴァイオレットは
傷心を抱いて帰路に就くことになるのだが
その際、1通の手紙を彼に残していく。その内容が「モヤモヤ」その1。
ひたすらギルベルトへの感謝を綴ったもので、彼への思いの深さは
十分に分かるのだが、それが深すぎるのだろう。
私には、その文面があまりにも従属的、依存的に感じられた。
よく言えば実に古風。明治や大正の頃の女性が書いたみたいである。
もっとも、この作品世界は20世紀初頭の頃がモデルだろうから
それを考えれば、そんなに不自然な文章ではないのかも知れないが。
令和のこの時代に、こういう手紙を書くキャラに
お目にかかるとは思わなかったし、ちょっとした驚きだった。
とは言っても、私自身は昭和育ちの古~い人間なので、
こういう奥ゆかしい女性は嫌いではない。
嫌いではないんだけど、2020年の映画に登場したのはびっくりだ。
ギルベルトを見つけたら、まず一発張り手を噛まして
消息不明をなじり、それから相手の首根っこをつかんで
切切と自分の気持ちを訴える・・・
なんてのが今風のヒロインではないかなぁ。
すみません、私の勝手な思い込みですが。
まあ、そんな現代だからこそ、
ヴァイオレットのキャラは際立つとも言えるが・・・
そして「映画版」を観た翌日になって、ふと思った。
この手紙、まるで遺書みたいだったな、と。
まあ実際に死ぬことはないのだろうけど、自分の人生はここで終わりで
この先には一切の夢も希望もない、そんなことを感じさせる文章だ。
TVシリーズ後半や「外伝」では実に堂々と仕事をこなし、
(本人にそのつもりはないだろうが)結果として
依頼人の人生をも変えてしまうような影響を与えてきた。
大陸全土に名を知られ、C.H郵便社でもトップの人気を得るまでになる。
そして、ギルベルトとの再会を信じつつも、
彼の存在しない世界を受け入れて、前を向いて生きていく。
TVシリーズのラストで描かれたのは、そんなふうに
自立して生きていく女性としてのヴァイオレットだった、
と受け止めた人もいただろうし、
そういう人は、映画終盤の彼女を見て戸惑うだろう。
ネットの感想もちょっと見てみたのだけど、
そのあたりに不満の人も一定数いるみたいだ。
とは言っても、私はギルベルトが生きていて
二人が再会できたことをよかったと思ってますよ。
私はヴァイオレットが幸福になることを望んでましたし
彼女にとっての幸福とは「ギルベルトと共に生きること」でしたから。
■「モヤモヤ」その2:二人の間にあったのは恋愛感情だったのか?
こちらの疑問は、TVシリーズを見てるときも
映画を観てるときも、頭の片隅にあったことなんだが・・・
二人が出合ったとき、ギルベルトは既に少佐になっていたのだから
どんなに若くても20代半ば~後半だろう。
ヴァイオレットは、最後の戦いで負傷し、回復し、
義手のリハビリを終えてC.H郵便社に入ったときが14歳だから
たぶん出合ったときは、いいとこ12歳くらい?
どう考えても一回り以上の年齢差。下手すれば15歳以上離れてる。
まあ世の中にはそれくらいの年齢差のカップルもいるが
(つい最近、知人の30歳の女性が50歳の相手と結婚したと聞いて驚いた)
いくらなんでも10代前半の少女に恋愛感情を抱くものなのか?
劇中でのギルベルトの言動を見る限り、
彼のヴァイオレットに対する感情は、男女の恋愛感情としてより
父親的な、あるいは年の離れた兄のようなもののようにも思える。
映画の中で、彼が頑なにヴァイオレットに会おうとしなかったのを見て
なんてヘタレな奴なんだ、と思ってたが、父親や兄として
ヴァイオレットに接していたのなら、分かるような気もする。
自分のせいで娘や妹が不幸になったと思えば
そりゃあわせる顔がないと思うよなぁ・・・
ヴァイオレットにしても、家族というものを知らずに育ってくれば、
父や兄としての役割をギルベルトに求めるのは当然だろう。
二人が築いてきたのは、”擬似的な家族” としての関係だったと考えると
いろいろ腑に落ちるようにも思う。
映画のラストシーンは、戦争で断ち切られてしまった
”疑似的な家族” としての絆を、再びつなぎ直すことを確認した、
という風にも解釈できるように思うし。
思い返してみれば、二人の間に恋愛感情が育つには、
あまりにも言葉と時間が不足していたように思う。
もちろんそれらが十分に満たされれば、二人の間の感情が
恋愛へと成長していくことも十分あり得ることだろうだけど、
映画版ではそこをすっ飛ばして、いきなり
別れ別れになっていた最愛の恋人同士が劇的に再会した、
みたいに演出されていたのがモヤモヤの理由なのだろう。
■二人が恋愛関係になるために
映画版では、ヴァイオレットは一旦仕事に戻り、
予約分をこなしてからギルベルトの暮らす島へ渡ったと語られる。
劇中での台詞から、その期間は最低でも3か月と思われるが
このあたりを膨らませてもよかったんじゃないかなあ。
映画ではギルベルトとの生存確認と再会のみに絞って
上映時間も90分位にして。
ギルベルトは島に残り、ヴァイオレットは仕事に戻り、
第2シーズン12話くらい、作品内時間で1年くらいかけて
二人の関係をゆっくり進展させる。
例えば、二人に手紙のやりとりをさせるとか。
そうすれば作品のテーマにも沿うし、ついでに京アニにとっても
営業的に美味しいんじゃないかな(おいおい)。
なんだか「あしながおじさん」みたいだが、
あっちも手紙が重要なモチーフだったし、いいんじゃない?(笑)。
そんなことを思いました。
■終わりに
こんなに長くなるとは思わなかったのだけど
書き出したらけっこう書けましたよ。
それだけ作品に力があったということなのでしょう。
いろいろ好き勝手なことを書いてしまったので
ファンの方の中にはお気に触った人もいるんじゃないかと思います。
もしそうなら、申し訳ないことですが
所詮、にわかのオッサンの書いてる戯言なので
ご勘弁願えたら助かります。
最後に、声優さんについてちょっと書かせてもらって終わります。
ヴァイオレット役の石川由依さんは、
デビュー作『ヒロイック・エイジ』(2007)のディアネイラ王女役で
知りましたが、いい声優さんになりましたねぇ。
ディアネイラといいヴァイオレットといい、
純真で一途な女性がよく似合いますね。
『蒼穹のファフナー EXODUS』の水鏡美三香みたいな
元気いっぱいのお嬢さんも好きですが(笑)。
もう一人、カトレア役の遠藤綾さんも大好きな声優さん。
OVA『舞-乙HiME 0〜S.ifr〜』(2008)のレナ役以来、
いくつかの作品で見てますが、包容力のある優しい声で癒やされてます。
往年の大河アニメ『銀河英雄伝説』のリメイク版である
『銀河英雄伝説 Die Neue These』ではフレデリカ役をされてますね。
旧作では榊原良子さんでしたが、遠藤さんのフレデリカも楽しみです。
こちらは、そのうちまとめて観ようと思ってます。
本格王2019 [読書・ミステリ]
2018年に発表された短篇ミステリの中から
ベストな作品として選ばれた6編を収録する。
ベストな作品として選ばれた6編を収録する。
「ゴルゴダ」飴村行
小説家志望の青年・岡光明彦は、伯父の英一から手紙をもらう。
長年連れ添った妻を亡くし、さらに退職したのを機に
10日間の旅行に出るので、その間の留守番を頼みたい、と。
しかし伯父の家に着いた矢先に謎の男・重富(しげとみ)の訪問を受け、
英一には妻の存命中から愛人がいたことを聞かされる明彦。
さらに英一の家には、かつて昭和中期に活躍した
ミステリ作家・掘永彩雲が暮らしていたこと、
そして彼が愛憎に満ちた壮絶な人生を送ったことを知る。
英一の人生と彩雲の人生が微妙にシンクロするホラーな話かと思いきや
ラストには大技が炸裂して背負い投げを食らってしまう。
でもこれは私的には反則技だなあ・・・
「逆縁の午後」長岡弘樹
消防官・吉国(よしくに)の息子・勇輝(ゆうき)は
父と同じ消防士となるが、消火活動中の事故で殉職してしまう。
勇輝の葬儀を終えた吉国は、改めて「お別れの会」を開く。
会場となるホテルの一室に集まった参加者を前に、吉国は語り始める。
勇輝の誕生、幼い日々の思い出からやがて成長して消防士となり、
そして死の当日の火災現場の模様まで・・・
読んでいると、途中で勇輝の死の真相が見えてくるだろう。
ミステリである以上、早めに真相が割れてしまうのは
必ずしもいいことではない(むしろよくない)のだが
作者はあえてそういう風に書いているのだろう。
「枇杷の種」友井羊
アンソロジー『特選 the どんでん返し』で既読。
主人公・蔦林(つたばやし)は、過去の ”事情” により定職に就けず
仕事を転々としていた。いまの職場でも単純作業に従事している。
休日の夜、河川敷を歩いていた蔦林は高校生の変死体を発見する。
この街では連続殺人が起こっており、犯人は同一と思われていた。
警察に第一発見者として取り調べを受けた蔦林は、
解雇されることを覚悟するが、上司の事業部長・陣野は
なぜか蔦林を支えると言って自宅に招くのだが・・・
陣野がいかにも胡散臭く、実際ウラがあるのだが、これは想定の範囲内。
連続殺人事件の犯人も意外だが、私が一番驚いたのは
蔦林の ”事情” の中身だったりする。
”罪を背負う(背負わされる)” にも、いろんな形があるのだろうが・・・
「願い笹」戸田義長
北町奉行所の同心・戸田惣左衛門は、吉原に逃げ込んだ
お尋ね者の芳三(よしぞう)を捕らえ、
それがきっかけで人気花魁・牡丹(ぼたん)と知り合う。
一方、牡丹の所属する遊女屋を経営するお千(せん)は、
怪しげな信仰にかぶれた夫・富蔵を殺すことを決意する。
その計画の一端として、お千は富蔵宛に殺害予告の手紙が来た、という
虚偽の理由をでっち上げて、惣左衛門に夫の護衛を頼みこむ。
夜を徹して祈祷をするという富蔵と同じ部屋で過ごす惣左衛門だが、
彼の眼前で富蔵は何者かに刺し殺されてしまう。
誰もその部屋に出入りすることはできなかったという密室状況に、
惣左衛門自身が殺人の容疑者とされてしまう。
進退窮まった惣左衛門の危機を救ったのは、意外にも牡丹だった・・・
トリック自体は先行例があるけれども、
吉原という特殊な場所ならではのアレンジが秀逸。
惣左衛門とその嫡男・清之介、そして探偵役となる牡丹の
3人を主人公とする連作短篇の1つ。
全12作となる短篇は『恋牡丹』『雪旅籠』の2冊に収められている。
私はすっかり牡丹さんに惚れ込んでしまったので、
このあと2冊とも読んでしまった、近々記事にアップする予定。
「ちびまんとジャンボ」白井智之
アングラで違法な ”大食い大会” を取り仕切る『もぐもぐ興業』。
そこが主催した ”大日本フナムシ食い王決定戦” に参加した
フードファイター・ちびまんが ”競技” 中に死亡する。
フナムシを喉に詰まらせたことが死因と報道されるが
実はアコニチン(トリカブト)による毒殺だった。
『もぐもぐ興業』からの借金を抱える主人公・すすむは、
犯人を探し出すことを強要されるが・・・
うーん、ここまで読んできた人は予想がつくかも知れないが
全編これグロとゲロ(笑)だらけの怪作としか言いようがない(苦笑)。
本格ミステリとしては優れているのかも知れないが
私はダメですねぇ。生理的に受け付けません。
こういうのに目がない人も、世の中に一定数いるのでしょうが・・・
「探偵台本」大山誠一郎
刑事の和戸宋志(わと・そうじ)は帰宅途中に火事に遭遇する。
彼が現場から救出した意識不明の男は春日壮介。劇団付きの脚本家だ。
春日が抱えていた原稿は、劇団用に書き下ろした推理劇の脚本。
しかし一部は損傷して読めず、結末部分も失われていた。
主役の和戸は、”周囲にいる人間の推理力を飛躍的に向上させる” という
“ワトソン力(りょく)” なるものを持っているという設定で、
病院に集まってきた劇団員たちは、劇の真相を巡って
様々な推理を凝らしていくことになる。
ミステリ作家さんというのは、いろんなことを考えるものだねぇ。
文庫で30ページほどだが、なかなか濃密。
ヴァイオレット・エヴァーガーデン (TVシリーズ) [アニメーション]
ちょっと前、Netflixに入った。
何でかというと、本を読むのにちょっと飽きてきたから、かな。
コロナ禍で家に籠もる時間が増えたので
もっぱら読書に充ててきたのだけど、考えてみたら
去年の今頃はけっこう映画館にも足を運んでいた。
ここらでちょっと、映像が見たいなあ・・・と思って。
Netflixを選んだのは、ネットでちょっと調べてみたら、
どうやら現在のところシェアが一番高そうだったからという
いたって単純な理由。
Netflixオリジナルのアニメ作品があることと
TV版「スタートレック」シリーズの全作品が見られることも
選んだ理由のひとつだったりする。
月額料金はちょっと高めだけど、追加の課金なしに
全コンテンツが見られるのでいいかな、と。
まあ、コスパが悪いと思ったら解約すればいいので。
■ヴァイオレット・エヴァーガーデン
以前、このブログにこの作品を薦めるコメントを頂いたことを
思い出したので、見てみることにした。
不幸な事件で話題となってしまった京都アニメーション製作の
ファンタジー・アニメーション作品で、
先月(9月)からは映画版も公開されている。
この作品はまずTVシリーズが放映され、「外伝」映画が公開され、
そして現在の映画版は「完全新作」だというので、
見る順番はまずTVシリーズからだろうな、と思った。
見終わってみると、この流れでよかったようだ。
■TVシリーズ第1話以前
本作の舞台は、20世紀初頭を思わせる世界。
大陸を二分する戦争のさなか、一人の少女が軍に拾われる。
親の顔も知らない孤児であった彼女は少年兵としての訓練を受け、
やがて、たった一人で一個分隊にも匹敵する戦闘力を身につける。
少女はギルベルト陸軍少佐にその身柄を預けられ、戦闘に加わる。
ギルベルトは ”戦争の道具” としての少女の能力を利用しつつも、
あくまで人間として扱おうとする。
名前すら無かった彼女に「ヴァイオレット」という名を与え、
文字も教え、やがて彼にとって少女は大切な存在となっていく。
しかし大戦最終盤の、ある要塞攻略戦において
二人はともに重傷を負い、離ればなれになってしまう。
別れ際、ギルベルトはヴァイオレットに対し「愛してる」
という言葉を残すが、彼女にはその意味が分からなかった。
ここまでがTVシリーズ第1話以前の前振りだ。
■TVシリーズ序盤
戦闘によって両腕を失ったヴァイオレットは精巧な義手を身につけ、
ギルベルトの親友だったクラウディアに引き取られる。
息子を大戦で亡くしたエヴァーガーデン家が彼女の後見人となり、
ヴァイオレットは「エヴァーガーデン」という姓を名乗ることになる。
彼女が装着する義手は21世紀の今日でも製造不可能な高度なもので、
この世界の科学技術の進歩がかなり偏ったものであることがわかるが
ここにツッコミを入れるのは野暮というものだろう。
ヴァイオレットは、クラウディアが経営するC.H郵便社にて、
”自動手記人形(ドール)” として代筆業に就く。
この世界ではまだ文字の読み書きができない、
あるいは苦手な人が多く、手紙の代筆が職業として成立している。
代筆業務は「自動手記人形サービス」と呼ばれ、
その仕事をする女性は ”ドール” と呼ばれている。
なぜ ”人形” なのかは長くなるので書かないが、ちゃんと設定はある。
ヴァイオレットは、少年兵として戦闘に明け暮れた生い立ちのためか、
軍隊時代の習慣がとれず、誰に対しても敬語で話す。
当初は感情の起伏に乏しく、ほぼ無表情。というか
喜怒哀楽という人間の「感情」そのものを理解していない。そのため、
代筆を行っても依頼人の意に沿った手紙を書くことができない。
感情の起伏に乏しくて人間離れした戦闘力、なんて書くと
どこぞのパーフェクト・ソルジャーみたいだな、
って思ったのはナイショだ(笑)。
■TVシリーズ中盤以降
そんなヴァイオレットだが、郵便社の ”同僚ドール” たちと過ごし、
さまざまな依頼人と出会い、彼ら彼女らの ”思い” に触れていくうちに
”感情” というものを少しずつ理解していくさまが綴られていく。
ヴァイオレットはギルベルトが残した「愛してる」という言葉の意味が
いつか理解できるようになることを願い、”ドール” の仕事を続けていく。
■ヴァイオレットの成長の物語として
特筆すべきはヒロイン・ヴァイオレットの造形だろう。
TVシリーズの序盤では、自分にかけられた言葉はすべて
「命令」と解釈したりと、まさに人形かロボットのように反応する。
他人の感情が理解できないので、”空気が読む” ことができない。
思ったことをそのまま口に出したり、
融通さも持ち合わせていないので、四角四面の対応をしたり。
それによってトラブルを引き起こすこともある。
しかしそれは一切の「忖度」をしない、ということであり
「嘘をつかない」ということでもある。
受けた仕事は必ず果たそうとする「使命感」も持っている。
それが伝わって、相手の心の中に入り込むきっかけとなることもある。
代筆の仕事を通じて「言葉の力」と、そこに込められた「感情」を
理解していき、「愛してる」の意味も少しずつ分かってくる。
しかし、ギルベルト少佐は最終話に至っても消息不明のままで、
彼の家族でさえも生存を諦めている。
しかしヴァイオレットは、ギルベルトとの再会を信じて生きていく・・・
というところでTVシリーズは終わる。
■TVシリーズを観終えて
京都アニメーションといえば、女性キャラの美しさは有名だが、
本作でもヴァイオレットをはじめとして
女性陣はみなきれいどころが揃っている(笑)。
特に第7話は素晴らしく、ヴァイオレットが湖面を渡る(?)シーンは
CGの効果も相まって、シリーズ中屈指の美しさだろう。
ストーリーもいい。
第5話は王族間の結婚問題を舞台にした華麗なるラブコメで、
ヴァイオレットの存在が一躍世に広まるきっかけとなった話。
上で書いた第7話も、娘を持つお父さんには刺さる話。
涙腺が緩んでしまった人も少なくないのではないか。
第10話も感涙モノで、この回をベストと押す人も多いだろう。
このように単独の話としても完成度が高いものが多い。
本作が人気が出て、映画化されたのもわかる。
■物語は「映画版」へと続く
現在(2020年10月)、「映画版」が公開されている。
封切りは9月なので、たぶんもうじき公開が終わってしまうだろう。
ということで、コロナ禍の中だけど映画館まで行くことにした。
「映画版」については、また稿を改めて書くことにする。
イメコン [読書・ミステリ]
主人公は、地方都市に暮らす男子高校生・武川直央(なお)。
些細なこと(本人からすれば ”些細” ではないのだが)から
現在は不登校状態で、このままでは留年も時間の問題。
そんな彼の前に現れたのは、一色一磨(いっしき・かずま)という
謎のイケメン。直央の母の幼馴染みである市長・五味(ごみ)の
イメージ・コンサルタントを務めているのだという。
「第一話 キラースマイル」
駅前に向かうために近道をしようと市役所の敷地を突っ切っていた直央。
突然上がった悲鳴とともに降ってきたのは紙吹雪。
二階の窓から紙吹雪が詰まった段ボール箱が投げ落とされ、
落下場所の近くにいた女性が悲鳴を上げたのだ。
駆けつけた警備員に、疑いの目とともに事情を聞かれ、
困惑する直央を救ったのが一色だった。
女性の名は梢水穂(こずえ・みずほ)。市役所内のカフェで働いていた。
直央は一色と共に彼女が狙われた理由を探り始めるが。
「第二話 色メガネ」
駅前広場拡張のため、住民の立ち退きが進む駅周辺の住宅街。
そこを一色と共に通りかかった直央は、ある騒ぎに遭遇する。
アパート「メゾン・タグチ」の玄関スペースに
大量の枯れ葉が詰め込まれていたのだ。
「メゾン・タグチ」は入居者が挙って立ち退きを拒んでいて、
市の説得にも応じないのだという。
立ち退きを担当する市職員・坂井へ指導をする一色は
「メゾン・タグチ」の入居者たちの ”ある秘密” に気づく。
しかし、いくらなんでも作中の坂井みたいなポンコツ職員を
住民対話の場に放り込む上司は何を考えているのか(笑)。
「第三話 デスボイス」
登校を巡って母親と喧嘩した直央は家を出てしまうが、行く当てもない。
そんなところを一色に拾われ、東京にある彼の自宅兼オフィスへ向かう。
20階建てのビルの上層階を占める彼の自宅に驚く直央。
しかしうっかり非常階段へ出てしまい、室内へ戻れなくなってしまう。
仕方なく非常階段を1階まで降りていく途中、
高価な靴が片方だけ置かれているのを見つける。これをきっかけに
二人は広告会社社長・富田萌子(もえこ)を巡る騒ぎに巻き込まれる。
「第四話 うぬぼれ鏡」
市内にあるベアー文化博物館に強盗が入るという事件が起こる。
直央と一色はその博物館を訪れるが、館長の熊谷が
創設者の孫という威光を笠に、職員に対して
パワハラまがいの行為をしているところに遭遇する。
二人は博物館の職員の一人、鶴田が密かに
転職を考えていることを知って協力することになるが、
その矢先、所蔵品の壺が壊されていることが発覚、
鶴田がその犯人と疑われることになってしまう。
人は見た目が8割だか9割だかって本が
一時期売れてたのを思い出したが、たしかに人間の評価には
第一印象が大きなウエイトを占めているのは間違いないだろう。
中身が大事なのはもちろんだが、そこにたどり着く前に
まず外見で評価を下してしまう人も少なくないだろう。
(私にもその傾向があることは否定しない。)
逆に、外見を修正することがその人の内面にまで変化を及ぼし、
総体的な評価が上昇することもあるだろう。さらには、
それによってその人を取り巻く諸々が上手く回るようになり、
結果的に ”仕事ができる” ようになることを目指して、
本書の一色は ”見た目に問題のある” 登場人物たちを指導していく。
そのあたりは作中でもかなり描写されるので
本書には ”見た目改善” の入門書的な効用はあるかも知れない。
一色が「五味市長のイメージ・コンサルタント」という
設定になってるのは、それによって市内で起こる事件に
探偵役として絡みやすくするためだろうとは思うが
海外にも多くの顧客を抱えて、そちらからもかなりの高収入を得ている
(という設定の)一色が、片田舎の地方都市の仕事に、
そんなに熱心に取り組むというのはちょっと不自然さも感じる。
作中では彼なりに理由を述べてるけど、
コスパはかなり悪いんじゃないかなあ?って思う。
そして星の数が少ないのは、やっぱり主人公である直央くんが
どうにも好きになれないところが大きい。
彼が置かれた境遇は同情するし、本書の4つのエピソードを通じて
少しずつ成長していくのは感じるが、
読者の(というか私の)期待に反してそのスピードはかなり遅く感じる。
まあ、人間はそんなに簡単に変われないのだ、
って言われればその通りなのだが。
本書のラストで、彼はある決断をする。
現実世界で考えたら、その選択はアリだと思うし
実際そうしている人も多いだろう。
不登校からひきこもりになり、そのまま社会から
完全にドロップアウトしてしまう人だっているのだろうから
それと比べれば遥かに前向きなことではあるのだが・・・
でも、これはフィクションだからねぇ。
もうちょっと違う選択をして欲しかったかなぁ、と思ったりした。
それは、直央くんにとっては無理難題なのだろうか・・・
誘拐サーカス -大神兄弟探偵社- [読書・冒険/サスペンス]
特殊技能を持つ4人が活躍する「大神兄弟探偵社」シリーズ、第3巻。
探偵社主・大神鏡市は ”頭脳担当”、
その双子の弟・辰爾(たつじ)は ”人脈担当”。幅広い情報網を持ち、
車はもちろんヘリの操縦もこなす、探偵社の ”足” でもある。
雨宮黎(れい)は ”技術担当”。
手先が器用で、毛色の変わった武器を創り出す。
そして新参者の城戸友彦は ”体力担当”。
パルクールが得意な大学1年生で、肉体労働を受け持つ。
ある日、黎は真田蓮(れん)と名乗る私立探偵に呼び出される。
連は、自分が黎の父親なのだと言う。
19年前、地方の警備会社で働いていた漣は、
闇の世界で ”カゲロウ” と呼ばれる犯罪プランナーの陰謀に巻き込まれ、
殺人の罪を着せられて14年間服役していたのだという。
父子としてやり直せないかとの申し出を断り、蓮のもとを去る黎。
一方、資産家・白坂敏也の娘で、アイドル志望の高校生・香音(かのん)は
芸能プロダクション主催のオーディションに参加するため横浜へ向かうが
そこで消息を絶ってしまう。
探偵社を訪れた敏也は3000万円の現金を提示し、
香音を見つけ出すように依頼する。
ネットを駆使して捜索を開始した探偵社に、
香音を誘拐したと名乗るグループから連絡が入る。
3億円の身代金を持って、犯人の命令通りに
受け渡し場所への移動を開始した鏡市たちだが、
その途中で謎の集団の襲撃を受け、黎が拉致されてしまう・・・
単純な誘拐事件かと思われたが、途中から犯人側の意図が見えなくなり、
読む方も混乱しながらストーリーは進行する。
中盤当たりでようやく見通しがついてくるのだが
そこで見えてくるのは、かなりスケールの大きな陰謀であり
その黒幕として全てを仕切っている ”カゲロウ” だった。
終盤になると真田連も加わり、探偵社のメンバーは
敵の本拠地へ乗り込むのだが、ここで繰り広げられる戦闘は
ハリウッド映画さながらの派手さで、外連味もたっぷり。
迎え撃つ ”カゲロウ” は、二段三段の構えで余裕綽々。
憎々しいまでの悪役ぶりはたいしたもの。
リアリティを問われたらちょっと疑問符がつくが
フィクションと割り切れるなら、楽しい読書の時間を過ごせるだろう。
ラスト近くの、蓮と ”カゲロウ” の因縁の決着がやや呆気ないかなぁ。
もうちょっと書き込んでもいいんじゃないかと思った。
ここで満足できれば星半分追加したんだけどね。
今回の事件では、4人ともかなり限界まで振り切った活躍をしたせいか
結末では、探偵社はしばらく休業になりそうな描写がある。
原則として一話完結方式で、その気になればいくらでも続けられるのだが
4巻目以降は未完なので、ここで終わりなのかも知れない。
続きが出れば読みたいと思うシリーズなので、
いつになるか分からないが再開するといいなあ。
火災調査官 [読書・ミステリ]
目黒区の空き家で放火事件が発生し、
現場からは犯人の遺留品と思われる絵画が見つかる。
それはダ・ヴィンチの『岩窟の聖母』の一部を模写したものだった。
やがて都内で同じ手口の放火が連続して発生し、
いずれも現場には同じ絵が残されていた。
しかもその絵には、毎回異なる百人一首の句が書き込まれていた。
東橋消防庁の火災調査官・東孝司(あずま・たかし)は
放火事件の調査を続けていくうちに
絵に書かれた句は次の放火場所を暗示しており、
放火の被害者は皆、かつて乗っ取り被害に遭ったホテルの
関係者であることを突き止めるが・・・
東は有能な調査官だが、心の底では ”炎の美しさ” に
魅せられているという、ある種の ”闇” を抱えたキャラ。
彼と対照的なのが、もう一人の主人公ともいうべき白木亮介。
こちらは正義感とファイトに溢れた、いわば ”正統派” の消防士だ。
とは言っても、この二人がタッグを組むバディものではない。
実際二人はほとんど別行動で、お互いのパートが並行して語られるのみ。
東の抱えた ”闇” についても、それが彼の行動を決める
決定的な因子となることはなく、最後まで彼の心の底に沈められたまま。
彼の心の闇を理解してくれるかも知れない、幼馴染みの女性との
再会も描かれるが、こちらも進展はすることなくそのまま。
私が思うところの、もっと面白くなりそうな要素はあるのだけど、
それは大きく展開することなく進んでいってしまい
ちょっともったいない気がする。
ちょっとネタバレになるが、終盤になって
真犯人には協力者がいることが明かされるのだが
なぜ協力する(協力できる)のかが今ひとつ私には理解できなかった。
まあ、私の読み方が悪い(私の理解力が足りない)のかも知れないが・・・
消防士という職業の実態を描き出す ”お仕事小説” としては
よくできてると思うし、防火という仕事に従事されている方の苦労は
読み手に十分伝わってくるだろう。
ただまあ、私の期待するミステリとしての面白さは
ちょっと足りなかったかな・・・と思った次第。
スタフ staph [読書・ミステリ]
主人公・掛川夏都(なつ)は32歳のバツイチ。
元旦那と共に営むはずだった移動デリ(屋台車)を
一人で切り盛りしているが、借金も多く
14歳の中学生・智弥(ともや)との二人暮らしは楽ではない。
智弥は夏都の姉・冬花(ふゆか)の息子である。
派遣看護師として海外で働く冬花から預けられているのだ。
ある日、移動デリに乗り込んで開店準備中だった夏都は
謎の男に車ごと拉致され、マンションの一室に連行される。
そこにいたのは ”カグヤ” という名の人気中学生アイドル。
そして夏都を拉致したのはカグヤの熱狂的なファン4人組だった。
カグヤの姉は、有名女優・寺田桃李子(とりこ)。
桃李子にはいま、会社社長との結婚話が持ち上がっていた。
しかし11年前、売れない新人アイドルユニットに所属していた桃李子は
相方の室井杏子(きょうこ)とともに、大手広告代理店の営業マン相手に
いわゆる ”枕営業” を一度だけ行ってしまった。
杏子は現在、芸能界を引退して移動デリを経営しているが
二人が当時の ”枕営業” のやりとりを交わしたメールデータを
まだ持っているのだという。
この事実が外部に漏れると桃李子の結婚話がご破算になってしまう。
カグヤは杏子にメールデータの消去を迫るつもりで、
間違って夏都を掠ってしまったというわけだった。
図らずもカグヤの ”陰謀” に巻き込まれてしまった夏都だが、
結局のところカグヤたちに協力することになる。
ついでに、カグヤのファンである智弥をも引き込んで
杏子との交渉に臨むのだが・・・
物語はここから二転三転し、意外な結末へ向かって疾走し始める。
タイトルの「staph」については、作中では明確な説明はないのだけど
食品、とくにおにぎり等に繁殖する病原体、
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)の略かなとも思う。
これは人間の皮膚や鼻の粘膜などに常在している菌で
普段は特に問題にならないのだけど、怪我をして体内に入ったり、
手のひら等を通じて食品内で増殖したりすると中毒を引き起こす。
とは言っても感染症としての意味ではなく、
夏都の拉致事件から始まって、あれよあれよという間に
多くの人を巻き込んで事態がどんどん泥沼化し、
騒ぎが大きくなっていく様を食中毒菌の繁殖に例えたのかなと思う。
登場するキャラクターも面白い。
成績は優秀なのだが、今ひとつ何を考えているのかわからない智弥。
芸能界の荒波を姉と共に乗り切ってきたカグヤもまた
なかなか本心を窺うことはできないが、
智弥の前では年齢相応の顔を見せるようになる。
智弥の通う塾の数学講師・菅沼もまた、夏都に引き込まれる形で
なし崩し的にカグヤたちの ”メール案件” に関わることになる。
生徒からの人気は絶大だが、こと女性に対しては
奥手と不器用の塊で、夏都への好意はダダ漏れな32歳。
不動産屋の棟畠(むねはた)は、典型的なスケベ親父(笑)。
しかし中盤以降になると、彼らが抱えている ”ダークな事情” が
明かされ、これが事件の根底に深く関わっていたことが分かってくる。
裏表がないのは、カグヤの熱狂的オタクファン4人組くらいかな(笑)。
特に、朴訥な好人物かと思わせた菅沼の過去にはちょっと驚かされるし
最終的に開示される事件の ”原点” には、かなり切ない思いを抱かせる。
ラストに至って事件は解決するけれど、各キャラたちが抱えた ”闇” は
いまだ解消されていないようにも見える。
続編は無理かと思うけど、キャラたちの後日談が読みたいなあ。
やっぱり夏都、菅沼、智弥、カグヤの4人のその後は知りたいよねぇ。
作者としては「最終ページの後の物語は読者の想像に任せる」
ってスタンスなんだろうけど、
短編でも良いので書いてくれないかなぁ。
リミット [読書・冒険/サスペンス]
主人公・安岡琢磨は放送局ラジオ・ジャパンの社員。
深夜の人気番組「オールナイト・ジャパン」のディレクターをしている。
その日は、カリスマ的人気を誇るお笑い芸人・奥田雅志が
担当することになっており、さらには、
奥田がパーソナリティとなって5周年という記念の日でもあった。
しかしその番組宛てに1通のメールが舞い込む。
「この番組が終わったら死のうと思います」
安岡は過去の ”ある事情” から、このメールを無視できなかった。
しかし上層部は挙ってこのメールを番組内で取り上げることに反対し、
奥田も5周年記念の番組を邪魔されたくないと拒否する。
そんなこんなで午前1時を迎え、番組は始まってしまう。
ところが、奥田は番組が始まると早々に
「5周年という記念の日にこんなメールを送りつけやがって迷惑だ。
送ってきた奴はオレに対して直に謝れ」
と送信者を挑発する言動を始めてしまう。
ついでに、謝罪先の電話番号として告げたのは安岡の携帯番号(笑)。
どうでもいい話だけど、奥田のモデルは誰だろうって考えてしまった。
キャラ的に近そうなのは松本人志あたりかなぁ・・・?
当然ながら上層部は激怒するが、安岡は地元所轄署の刑事、
そしてリスナーたちまでも巻き込んだ ”送信者捜し” を始める。
しかし番組終了の午前3時が刻々と迫ってくる・・・
私も深夜放送はよく聞いていたなぁ。
「オールナイト・ニッポン」(あのねのね)とか
「パック・イン・ミュージック」(愛川欽也)とか
大好きだったよ・・・(遠い目)。
本署はその深夜番組の舞台裏を見せてくれるお仕事小説でもある。
もっとも、私が聞いていた1970年代と今では
ずいぶん様変わりしてるんだろうけど・・・
作中、安岡は報道機関としてのラジオ局のあり方と、
生命の重さとの兼ね合いを巡って上層部に叛旗を翻す。
フィクションの主人公としては当然の行動なのだろうけど、
実際にこんな場面はほとんどないのだろうとも思う。
実際にこのような不審なメールなんてのは、TV・ラジオを問わず
日夜、さまざまな番組に寄せられてるんだろうけど
ほとんど表に出てこない。
そこには、この作品中のラジオ・ジャパンの上層部のような判断が
少なからず働いているのだろう。
彼らはこの作品の中では主人公と対立する役回りなので
悪役みたいに描かれているけど、公共放送という立場を考えれば
決して間違った考え方ではない。
むしろ安岡のような行動を取る者の方が異端なのだろうし、
だからこそ、この作品が成立しているのだろう。
タイムリミットサスペンスとしてもよくできているし、
後半、安岡が繰り出す秘策はまさにラジオの特性をつかんだもの。
もっとも、出てくる通信手段がメールとFAXだけなのは
本書が書かれたのが平成22年(2010年)のせいだろう。
今だったらtwitterとか他のSNSも使われるはずだろうね。
読んでいると、自分が深夜放送のリスナーだった頃のことを思い出す。
当時、もしパーソナリティがこんなことを言い出したら
自分はどうしたろう・・・なんてこともちょっと考えてしまった。
郷愁感たっぷりでとても面白く読ませてもらったけど
そのわりに評価が今ひとつなのは、
最後に出てくる送信者の正体がね・・・
いや、この人が深刻な事情を抱えていたのはよく分かるんだけどね。
ついついミステリ的にもうひとひねりしたものを期待してしまったんだ。
それは、ないものねだりだったのかな・・・