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プロジェクトぴあの (上下) [読書・SF]


プロジェクトぴあの 上 (ハヤカワ文庫JA)

プロジェクトぴあの 上 (ハヤカワ文庫JA)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2020/03/18
  • メディア: 文庫
プロジェクトぴあの 下 (ハヤカワ文庫JA)

プロジェクトぴあの 下 (ハヤカワ文庫JA)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2020/03/18
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

1962年公開の東宝特撮映画『妖星ゴラス』。

地球の5000倍の質量を持つ星・ゴラスが
地球と衝突するコースで接近してくる。
人類は南極に巨大な核融合ロケットを建設し、
地球を動かして(!)滅亡の危機から逃れようとする・・・
という、まさに驚天動地のストーリーのSF作品。

この作品に感動/感激した作者・山本弘が執筆したのが
21世紀版リメイクとも言うべき『地球移動作戦』だ。

これについては10年ほど前に記事に書いたので、
このblog内で検索していただければ読めると思うが、簡単にまとめると


2075年、太陽系から1200億kmの地点で
謎の新天体シーヴェルが発見される。
2083年、探査船から送られてきたデータによって判明したのは、
シーヴェルは地球の620倍の質量を持つこと、
24年後に地球から42万3000kmの地点を通過すること、
そして、その接近によって地球環境が壊滅的な打撃を受けること。

空前の危機を前に人類は総力を結集し、空前の規模のプロジェクト、
〈オペレーション・アースシフト〉を開始する・・・


地球自体を動かしてシーヴェルの接近から逃れようという大筋は同じだが
当然ながら地球にロケットをつけて動かそうなんて荒唐無稽な設定では
20世紀ならともかく、この現代では受け入れられないだろう。

代わりに地球を動かす方法として登場するのが、
超光速粒子タキオンを用いた推進システム ”ピアノ・ドライブ” である。
もちろん架空の技術だが、仮にも地球みたいな超大質量の物体を
動かすんだからね、これくらいの大法螺は必要でしょう。

本書『プロジェクトぴあの』は、この『地球移動作戦』の前日譚であり
”ピアノ・ドライブ” の開発者・結城ぴあのの物語だ。

 もっとも、ストーリー上のつながりはないので本書単独でも楽しめる。
 むしろ、『地球移動作戦』に登場する様々な技術やアイテムの
 原型なども登場するので、これから『地球ー』を読もうという方は
 本書を先に読んでおくとなおいっそう楽しめるかも知れない。
 (読んでなくても十分楽しめるけどね。私がそうだったし)


語り手となる貴尾根(きおね)すばるは、女装を趣味とする男子、
私はこの種のカルチャー(笑)には疎いんだが、
いわゆる ”男の娘” というものですかね。
(文庫版下巻の表紙イラストの ”女性” が彼だと。うーん)
もっとも、外見が女性なだけで、メンタリティは普通の(?)男子だが。

2025年7月のある日、すばるは秋葉原の電気街で
電子部品を大量に箱買いしている少女と出会う。
彼女こそ本書のヒロイン・結城ぴあのだった。
(文庫版上巻の表紙イラストの ”アラレちゃん” みたいなお嬢さん)

アイドルグループ<ジャンキッシュ>の一員という顔を持つ
ぴあのだが、わずか17歳にして科学に関する膨大な知識と
桁外れの才能を有する、突然変異的な超天才だった。
自宅を改造した ”研究室” では様々な実験を日夜行っている。
その研究費を稼ぐためにアイドル活動をしているのだ(おいおい)。

アイドルとしては ”その他大勢” だったぴあのに
スポットライトが当たるときが来た。

自称「天才科学者」・塩沼は、そのイケメンぶりもあって
マスコミの人気者だった。その彼が ”私が発明した” と称して
TV局のスタジオに持ち込んできた ”真空エネルギー抽出装置”
なるもののカラクリを、生放送の中でぴあのが暴いてしまったのだ。

これをきっかけに一気に彼女の知名度は上がり、
”結城ぴあの” はトップアイドルへの道を歩み出す・・・


なんといってもヒロイン・ぴあののキャラが秀逸。
彼女の目標は、アイドルとして大成することでも、
科学の世界で名を残すことでも(結果的に残るのだけど)ない。

物語の中盤、彼女は既存の理論を超越した、
画期的な超光速粒子推進システムである
ピアノ・ドライブの開発と実用化に成功するのだけど
それすら彼女の最終目標ではない。

彼女の願いは、宇宙へ行くこと。
それも月や火星なんて近場ではなく、はるか太陽系を越えて
恒星世界を目指して地球を飛び出すこと。
ピアノ・ドライブの発明さえ、その目的実現のための
ワン・ステップでしかない。


本書は一人の天才の伝記小説であるのだけど、それだけに納まらない。

背景となるのは、AIの進歩・VR技術の普及によって
バーチャル・アイドルが広く受け入れられるようになり、
生身の肉体を持つリアル・アイドルとの ”競合” が始まった時代。

それを示すのが、「ぴあの vs メカぴあの」のエピソード。
ぴあのの歌声の完璧な模倣を可能にした、究極のボーカロイドとも言える
”メカぴあの” とのジョイント・コンサートは上巻のヤマ場となる。

”生身のアイドル” としてのライバル、青梅秋穂(おうめ・あきほ)も
随所に登場して、ぴあのと丁々発止のやりとりをするのだが
二人の関係が、いつしか対立を越えて友情めいたものに
変化していくあたりも楽しい。


語り手のすばる君は、常にぴあのの傍らにあって、
彼女のサポートに徹する役回りなのだけど、時が流れるにつれて
彼の中にはぴあのに対する特別な感情も育っていく。

しかし彼女の ”愛” は常に宇宙に向けられていて、
地上の人々に向けられることはない。
本書は、宇宙に ”片思い” をした少女が
その ”愛” を貫いていく物語でもある。


結城ぴあのという特異なキャラクターの魅力で一気に読ませる、
一人のアイドルのビルドゥングスロマンであり、
ハードSF(専門用語が頻出するけど、理解できなくても大丈夫)であり、
新技術が世界を変えていく様子を描いたシミュレーション小説でもあり、
(すばる君からすれば)切ないラブ・ストーリーでもある。


最後に悲報がひとつ。
「あとがき」によると、本書『プロジェクトぴあの』は
山本弘氏による最後の ”ハードSF” になるのだという。

その理由はここには書かないけど
(知りたい人はネットで調べてください)
たいへんショックではあります。

でも、今までたくさんの面白い小説を読ませていただいたことには
お礼を言いたいと思います。
ありがとうございました。

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山城柚希の妖かし事件簿 (1~3) [読書・ファンタジー]


山城柚希の妖かし事件簿: 縁は異なもの!? (ポプラ文庫ピュアフル)

山城柚希の妖かし事件簿: 縁は異なもの!? (ポプラ文庫ピュアフル)

  • 作者: 青谷 真未
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2014/09/05
  • メディア: 文庫
(P[あ]8-2)もののけ結婚式大騒動 (ポプラ文庫ピュアフル)

(P[あ]8-2)もののけ結婚式大騒動 (ポプラ文庫ピュアフル)

  • 作者: 青谷 真未
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2015/03/05
  • メディア: 文庫
(P[あ]8-3)夏の桜の満開の下 (ポプラ文庫ピュアフル)

(P[あ]8-3)夏の桜の満開の下 (ポプラ文庫ピュアフル)

  • 作者: 青谷 真未
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2015/09/01
  • メディア: 文庫
評価:★★★

主人公・山城柚希(やましろ・ゆずき)は
デパートの化粧品売場で働いている。
29歳の誕生日を迎え、彼女の同級生たちはどんどん結婚していき、
親友の美幸からは ”おめでた” まで打ち明けられる。

美人で性格も悪くないのに、男に縁がないのは
彼女の家系に伝わる ”特殊体質” にあるのだと思っている。

柚希の祖父も父も、そして彼女も
”あやかしのもの” たち、いわゆる妖怪が見えてしまうのだ。

祖父の源重郎は、暇さえあれば野山から妖怪を拾ってきて(笑)、
自分の家に住まわせてしまう。
そのせいで彼女の家は、大小さまざまな ”あやかし” が住む
妖怪屋敷になってしまっていた。

しかし、外から嫁に来た祖母も母には、そういう類いの ”力” は
まったくなく(だから妖怪たちの姿も見えず)、
ただただ、柚希の ”行き遅れ” を心配するだけ(笑)。

そんなある日、柚希は職場で和装の若い男性から声をかけられる。
彼は同じ市内にある柳神社の宮司・柳正臣(やなぎ・まさおみ)だった。

すわナンパか、と色めき立った柚希だが、彼はこう言った。
「あなたの背後に邪悪な妖怪の気配を感じます」
さらにこう付け加える。
「すぐにお祓いをしましょう!」

なぜか妖怪を目の敵にする正臣。
第1巻「縁は異なもの」では、その理由が明らかになっていく。
物語の中で、妖怪が見える柚希に対して
次第に尊敬の念を抱くようになったのはいのだが
ラストにおいて、なんと正臣は柚希に ”弟子入り” してしまう(笑)。
恋人になれるかと思いきや、”師匠” に祭り上げられてしまった
柚希のぼやき(笑)は、全巻を通して描かれていく。

第2巻「もののけ結婚式大騒動」では、
妖怪が引き起こすトラブルの解決に奔走する二人の姿を描く中編を
3作収めている。

第3巻「夏の桜の満開の下」では、
桜の巨木がある公園に現れる ”鬼” の噂の出所を探る二人の前に
”ぬらりひょん” が現れるのだが・・・


本作では、妖怪は人間が産み出したもの、という設定。
自然現象の背後に超常の存在を想像した人間たちの思念が
具象化したものが妖怪、ということだ。

だから妖怪たちの行動の背後には、彼らを産み出した人間たちがいる。
妖怪が引き起こすトラブルの理由を知るには、
彼らに関わった人間たちの思いを知らなければならない。

さらに、人間の妖怪に対する認識(イメージ)が、
時代の移り変わり等によって変容してしまうと、
妖怪たちのの姿形や性質もまた、それに従って変わっていく、
という展開も面白い。


人間だけでなく、妖怪たちも多く登場するのだけど
その中で一番出番が多いのはカラス天狗の黒兵衛だ。
一回り大きなカラスの外見に山伏の衣装と帽子。そして人語を喋る。
高齢だが博識で、柚希の傍らに控え、いつも彼女のことを気にかけている。

 黒兵衛は柚希のことを ”姫” と呼ぶのだが、
 そうすると差し詰め黒兵衛は ”姫付きの家老” みたいである。

柚希、正臣、黒兵衛の3人(?)がレギュラーメンバーで
妖怪の引き起こす騒ぎに飛び込んでいく。
もっとも、正臣には黒兵衛のことは見えないし
彼の話す言葉も聞こえない。気配だけは感じるみたいだが。


柚希の誕生日は5月頃らしいのだが、第1巻が6月、第3巻が9月の話。
なので、まだ柚希は30歳になってない(笑)。
3巻のラストでは、いまだ柚希と正臣は師匠と弟子のままなのだが
心の距離はかなり縮まった様子が描かれる。
このまま完結ともとれるし、その気になれば続けられるようにも思える。

でも第3巻が出たのが5年前で、その後に続巻は出てないし、
第3巻の惹句に「集大成」とも書いてあるので、
多分これで完結なのでしょう。

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SF飯 / SF飯2 [読書・SF]


SF飯:宇宙港デルタ3の食料事情 (ハヤカワ文庫JA)

SF飯:宇宙港デルタ3の食料事情 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 銅 大
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/11/30
  • メディア: 文庫
SF飯2 辺境デルタ星域の食べ物紀行 (ハヤカワ文庫JA)

SF飯2 辺境デルタ星域の食べ物紀行 (ハヤカワ文庫JA)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/05/17
  • メディア: 文庫
評価:★★★

時代は、人類が銀河宇宙へと広がった、かなり先の未来。

主人公は中央星域の名家オリュンポス家の御曹司。
いちおう ”マルス” という名はあるのだけど、誰もその名では呼ばず
もっぱら ”若旦那” と呼ばれている青年。

人はいいものの騙されやすいという典型的な二代目のぼんぼんで
実家を勘当されて辺境デルタ星域の宇宙港・デルタ3へと流れてきた。

さまざまな生物や異星人が暮らすデルタ3には
貨物船や探査船が発着し、多くの人間/異星人が働いている。
当然ながら、毎日彼らは必ず何かを食べているわけで、
そこには大衆食堂も存在する。

ヒロインはその大衆食堂<このみ屋>の孫娘・コノミ。
16歳の彼女は、先代の店主だった祖父が亡くなって
閉めてしまった店の再開を目指して料理の修行をする日々。
とはいっても料理はもっぱら食料合成機がやってしまうので
その調整や使用法の習熟に務めるのが主な日課。

ある日コノミは、空腹で行き倒れになっていた若旦那を助ける。
彼女は3年前までオリュンポス家に奉公に上がっていた(笑)ので
若旦那とは顔なじみだったのだ。

辺境星域は食材も乏しく、メニューも味も単調そのもの。
そんな中で、コノミと若旦那は創意工夫と試行錯誤をくり返して
既存の調理法の改良、そして新しい料理の開発に挑んでいく・・・


強いて分類すればスペースオペラの変種、かな。
ビームもミサイルも飛ばないし宇宙船のドッグファイトも無いけれど。

”食” をテーマにしたSFは今までにもあったと思うけど、
それをスペースオペラ的世界設定の中で展開していくというのが面白い。

かつて人類に対して徹底的に奉仕していた機械知性(AI)たちが
自発的に人類世界から ”旅立ってしまった” という設定のもと、
残された一部の機械知性たちがいくつかの派閥に分かれて争っていたり
人類に対して陰謀を企んでいたりとか、
スペオペ的道具立ても用意されているのだけど
それらはあくまでストーリーの味付け的存在。

メインはあくまで、コノミと若旦那。
この二人が、辺境の食生活を変えていこうと奮闘する姿を
ユーモアたっぷりに描いていく。


サブキャラもふくめて、登場人物はみな個性的なんだけど、
やっぱり主役二人がいい雰囲気を醸し出してる。

本作の中での若旦那の描かれ方は、
いわゆる古典落語に登場するところの ”若旦那” そのもの。
かなり ”与太郎” が入ってるが(笑)。
SF的な設定と舞台の中を
”古典落語の人” が闊歩するギャップも面白い。

ヒロインのコノミさんのキャラも好きだなぁ。
祖父の店を再建するために奮闘する健気さは特筆ものだ。
物語が進むにつれて、若旦那にほのかな恋情を抱いていくあたりも可愛い。


いまのところ2巻目まで刊行されているのだけど、
コノミさんと若旦那の仲の決着もついていないし、
ラストにはさらなる波乱要因まで出てきたので、
作者はまだ続けるつもりなのだろうなあ。

とは言っても、1巻と2巻の間は半年間ほどだったのだけど
2巻が出てから2年経っても続巻は出てない。

さて、はたして3巻目は出るのか?

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海妖丸事件 [読書・ミステリ]


海妖丸事件 (光文社文庫)

海妖丸事件 (光文社文庫)

  • 作者: 秀文, 岡田
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/02/08
  • メディア: 文庫
評価:★★★

名探偵・月輪龍太郎が活躍するミステリシリーズ第3弾。

第1作「伊藤博文邸の怪事件」は正直なところ
首をひねってしまう出来だったんだけど
第2作「黒龍荘の惨劇」は、驚きの傑作だった。

そして本作。

語り手の杉山潤之助は、月輪の友人にして下級官吏。
彼に上海への出張命令が下る。
彼の地に滞在しているフランスの高名な植物学者に会い、
農業試験場設立のためのアドバイスを得るためだ。

ところがそこへ、月輪から連絡が入る。
秘書を務める氷川蘭子嬢と結婚したので、
新婚旅行で上海へと向かうのだという。

かくして豪華客船・海妖丸で同行することになった3人だが、
出港する直前の横浜港では乗客に対する殺人予告が発見される。

しかし華族、貿易商、そして富豪たちを乗せた海妖丸は予定通り出航。
月輪と蘭子がさっそく大げんかを始めて杉山が閉口するも
船内では乗員乗客による仮面舞踏会が行われる。
しかしその幕間に、客室で実業家・佐々木健三の
他殺死体が発見される。

さらに船内には「深海の虹」と名付けられたサファイアと
”呪いのルビー” とも呼ばれる「妖女の紅涙」という、
高名な宝石が2つも積み込まれていることが判明、
その所有者の醜聞をネタに宝石を巻き上げようと狙う
脅迫者まで乗り込んでいることが明らかになり、
事態は混迷の度を深めていく・・・


洋上に浮かぶ客船という ”クローズト・サークル” を舞台にした
ミステリは、多分たくさんあるのだろうけど、
本書もその題材に新しい発想で挑んでいる。

ラストで月輪が指名する犯人はたしかに意外なんだけど
反則技ぎりぎりな感じがしないでもない。

私も読んだときには「えーっ」って口に出してしまったし。
人によっては怒り出すんじゃないかと
他人事ながらちょいと心配になったりする。

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ブルーローズは眠らない [読書・ミステリ]


ブルーローズは眠らない (創元推理文庫)

ブルーローズは眠らない (創元推理文庫)

  • 作者: 市川 憂人
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2020/03/12
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

前作『ジェリーフィッシュは凍らない』で
メイントリックを成立させるために、
パラレルワールドをまるごとひとつ作ってしまった作者だが、
これは意外に使えるのかも知れない。

本作『ブルーローズは-』は前作と同じパラレルワールドの
U国(モデルは明らかにアメリカだが)を舞台にした
”青いバラ” を巡るミステリ。

wikiによると、バラはもともと青い色素を持たず、自然交配のみで
青いバラを作り出すことは不可能だと判断されているらしい。

 だから英語での Blue Rose(青いバラ)には、
 「不可能」といった意味が含まれるという。

しかし本書の世界では、1983年に二人の人物が
ほぼ同時に青いバラ作成に成功し、それが事件の始まりとなる。

 またまwikiの情報で恐縮だが、”我々の世界” では、
 ”青いバラ” は2004年に日本のサントリーの系列会社と
 オーストラリアの植物工学企業との共同研究開発で成功している。
 もっとも、ここでできた「青いバラ」なるものの色は
 「青みを帯びた薄紫」という感じで(wikiに写真が出てる)、
 絵の具やクレヨンみたいな一般的なイメージの ”真っ青” ではない。
 より ”青色” に近づける研究も進んでいるらしいが。

1983年11月18日、牧師にして園芸家としても知られる
ロビン・クリーブランドが青いバラを作り出したと発表する。
自然交配の過程で偶然に生まれたものだという。

そして翌19日、C大学の生物工学科教授フランキー・テニエルが
遺伝子編集技術を用いて青いバラの作出に成功したと発表した。

前作から数ヶ月後、事件を解決したマリアと漣の刑事コンビに
これも前作で知り合ったドミニク刑事から捜査依頼が入る。
「テニエル教授を探ってほしい」と。

依頼のままにテニエル教授と面談し、ついでに
クリーブランド牧師とも会った二人だが
その翌日、テニエル教授が殺害されていることが判明する。

現場は教授の別宅の裏庭に建てられた温室の中。
遺伝子操作で作り出した青バラの咲き誇る中に、
教授の ”首だけ” が転がっていたのだ。

発見当時、温室の扉、窓、天窓などはすべて内側から施錠されていた。
しかも、窓を含めて温室の内側全面にバラの蔓が張っており、
蔓を傷つけずに出入りすることは困難と思われた。
そして、出入り口の扉には文字が殴り書きされていた。

 【Sample-72 Is Watching You】「実験体72号がお前を見ている」

そして温室の中には、教授の首以外に人間が一人いた。
教授の研究室の学生アイリーン。飛び級で大学に入学した少女だ。
しかし彼女は手足を拘束された上に目隠しと猿ぐつわをされていた。

前作『ジェリーフィッシュー』と同様に、
物語は2つの視点から語られる。
マリアと漣のパートと並行して、一人の少年の手記が綴られていく。


両親のDVから逃れて、家を飛び出してきた少年を保護したのは
遺伝子研究を行うテニエル博士の一家だった。

テニエル博士は、なぜか少年の事情を詮索しようとはせず、
彼に「エリック」という新しい名を与えて
妻のケイト、そして娘のアイリスとともに暮らすことになる、

「エリック」は博士の助手として、そして
アイリスの勉強仲間としての同居生活を始めるのだが
安息な日々は長くは続かない。
ある夜、一家を悲劇が襲う・・・


メインのトリックはもちろん温室の密室に関するものだが
これは単に密室をひとつ作るだけにとどまらず、
他のトリックとも密接に絡み合っている。
こういうのは珍しいんじゃないかな。
詳しく書くとネタバレになってしまうのだが、
実によく考え抜かれたものになっている。

マリアと漣のパートは典型的なミステリ的に描かれ、
エリックのパートは時にホラー調になる。
特にテニエル博士の家の地下室に
”あるもの” を発見するくだりを読んでると
テニエル博士が途方もないマッド・サイエンティストにも思えてくる。

もちろんミステリであるから、この二つは最終的に一つになって
真相につながるのだけど、このあたりも予想外の展開。
さらにラスト近くにはもう一つ大ネタが潜ませてあって、もう脱帽。

ミステリとしての出来も素晴らしいのだけど、
最終的にすべての謎が明らかになったときに
ひとつのラブ・ストーリーが浮かび上がってくる。

このあたりを読んでいたら目が潤んでしまったよ。
ストーリー・テラーとしても達者なところを見せてくれる。

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鹿乃江さんの左手 [読書・ファンタジー]


([あ]8-1)鹿乃江さんの左手 (ポプラ文庫 日本文学)

([あ]8-1)鹿乃江さんの左手 (ポプラ文庫 日本文学)

  • 作者: 青谷真未
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2013/10/04
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

第2回ポプラ社小説新人賞・特別賞受賞作。

舞台は私立の女子高校、代島(だいしま)女子学園。

そこでは生徒の間に、ある噂が代々語り継がれてきた。すなわち
「この学校には魔女が棲んでいて、
 どんな願いでも一つだけ叶えてくれる」のだと。

3つの短編のオムニバス形式で、
それぞれの主人公が ”魔女と関わった顛末” を描いていく。

「からくさ萌ゆる」
主人公の ”私” は代島女子学園に入学するが、
入学式終了後早々からクラスの雰囲気に馴染めず、
教室を抜け出して図書室に逃げ込む。
そこの窓から ”私” は一人の女生徒を見かける。
不思議な雰囲気の彼女を見つめているうちに ”私” は直感する。
彼女こそが「魔女」だと。
学校生活が始まると、”私” は昼休みを図書室で過ごすようになる。
イラストが趣味の ”私” は、ある日クラスメイトの
中園鹿乃江(なかぞの・かのえ)の左手を描いていた。
そこへ現れた”魔女”が、 ”私” に語りかける。
「魔女は、この学校の生徒ののぞみを、なんでも一つ叶えてあげるんだ」
やがて、”私” の前に、不可思議な光景が現れるようになっていく・・・

「闇に散る」
主人公の陽奈子(ひなこ)は、クラシックバレエを習っていたが
高校1年の時に辞めてしまっていた。
ところが2年生の文化祭で、クラスの出し物が
「バレエ・白鳥の湖」に決まってしまう。
素人に踊れるわけがないと反発する陽奈子だったが、
クラスメイトの真矢の熱意に負け、彼女の踊りのコーチ役となる。
かつて空手を習っていたという真矢は、意外にも飲み込みが早く
陽奈子の予想をこえて上達していく。このままいけば、
かつての陽奈子を超えるのではないかと思われるほどに・・・
そんな真矢の姿を見て、陽奈子は穏やかならざる思いを
抱くようになるのだが・・・

「薄墨桜」
代島女子学園の養護教諭・ハルカは、学園の卒業生でもあった。
30歳を迎えた今も独身で、変化のない生活に焦りを覚えてもいる。
卒業式も近づいたあるとき、3年生の冴木(さえき)から相談を受ける。
なんと彼女はハルカのことが「好き」なのだという。
冴木の言葉から、高校時代の同級生に
好意を抱いていたことを思い出すハルカ。
冴木の行動に戸惑うハルカの前に ”魔女” が現れる・・・


作者は本書がデビュー作のはずなのだが、驚くほどよくできてる。

「からくさー」と「薄墨ー」では、後半に不可解な現象が現れる。
まあファンタジーだからそうだよね、と思って読んでいたのだが
意外にもその現象の九割方は、終盤で合理的に説明されてしまう。
つまり、ミステリとしても読めるのだ。

特に「闇に-」などはあちこちに伏線も張ってあり、そのまま
”日常の謎系” ミステリとして読んでも違和感は少ないだろう。
しかも終盤にかけての陽奈子と真矢の間のサスペンスの盛り上がりは
半端ではなく、我を忘れてページを繰ってしまった。

唯一、”魔女” の存在だけは合理的な解釈は示されず、
最後まで ”神秘のベール” に包まれている(笑)ので
「ファンタジー」に分類したけれど、
上記のように、ミステリもサスペンスも達者にこなせる力量は
やはり新人離れしているだろう。

この作家さん、ちょっと追っかけてみようと思う。

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殺生関白の蜘蛛 [読書・ミステリ]


殺生関白の蜘蛛 (ハヤカワ文庫JA)

殺生関白の蜘蛛 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 日野 真人
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/11/21
  • メディア: 文庫
評価:★★★

以前の記事にも書いたが、
私は今年の大河ドラマ「麒麟がくる」にハマっている。

これについて書き出すと長くなりそうなので横に置いといて(笑)、
登場人物の一人に吉田鋼太郎さん演じるところの松永久秀がいる。

「麒麟ー」では、まだそこまで時代が進んでいないが
(なにせ桶狭間さえ、まだ8~9話くらい先らしい)
この松永弾正(久秀)、最後は織田信長に叛逆したことから
居城・信貴山(しぎさん)城を秀吉の大軍に囲まれてしまう。

信長は弾正が所有していた天下の名器「平蜘蛛(ひらぐも)の茶釜」を
差し出せば助命するつもりだったらしいが、弾正はそれを拒み、
茶釜を打ち壊して天守閣に火を放って自害する。
一説には、茶釜に爆弾を詰め込んで火をつけ、
その茶釜を抱えたまま一緒に爆死したともいう。

 ネットでは既に「ボンバーマン」ってあだ名がついてるらしい(笑)。

本書はその「平蜘蛛の茶釜」が信貴山城では失われなかった、
という設定で始まる歴史ミステリだ。

ちなみに第7回アガサ・クリスティー賞で優秀賞を受賞している。


主人公は松永弾正の家臣だった舞兵庫(まい・ひょうご)。

籠城中の信貴山から、弾正は松永家の血を絶やさぬために
姫の一人を毛利家へ落ち延びさせることにした。引出物は平蜘蛛の茶釜。
そして姫と茶釜を護衛する一員として兵庫も指名された。

しかし兵庫は、既に秀吉から調略を受けて信長方に寝返っていたのだ。
姫は落ち延びる途中を待ち伏せされて命を落とし、茶釜は織田軍の手に。
しかし茶釜を手に入れた秀吉はそのことを信長に知らせず、
その後長い間、自ら秘蔵してしまう。

時は流れ、本能寺の変で信長が倒れて秀吉の天下がやって来る。

信貴山落城(1577年)から18年後の1595年。
豊臣秀吉が関白の位を甥の秀次に譲って4年ほど経っているが
2年前には淀君が秀頼を生んでおり、
秀次が自らの地位に不安を覚えていた頃に物語は始まる。

弾正を裏切り、平蜘蛛奪取に貢献した兵庫は秀吉の家臣を経て
いまは関白・秀次の家臣となっていた。

ある日、兵庫は秀吉から呼び出しを受け、驚くべきことを聞かされる。
かつて、秀吉の手に渡った平蜘蛛の茶碗を見た千利休が
「これは贋物」と断言していたのだという。

そしてつい先日、利休の弟子の茶人・古田織部(ふるた・おりべ)のもとへ
佐々木新兵衛と名乗る浪人が訪ねてきて、士官と引き換えに
平蜘蛛の茶釜を献上する、と述べたのだと。

佐々木新兵衛とは、かつて兵庫と共に
信貴山から落ち延びる姫と茶釜の護衛にあたった人物だった。

兵庫は秀吉より本物の茶釜の探索を命じられるが、
その数日後、今度は秀次から呼び出されて、
全く同じ命令を受けることになる。

平蜘蛛の茶釜を巡り、兵庫は太閤・秀吉と関白・秀次の間で
繰り広げられる暗闘に巻き込まれていくことに・・・・


物語は秀吉の後継者を巡る権謀術数を背景に
石田三成、豪商・納屋助左衛門(呂宋助左衛門)などの実在の人物や、
イエズス会なども登場し、事態は混迷の度を深めていく。

 ちなみに呂宋(ルソン)助左衛門は
 1978年の大河ドラマ「黄金の日日」の主役だ。

特に秀次は「茶釜を手に入れることが自らの天下人としての証し」
という考えに取り憑かれているのだが、その理由は中盤過ぎに明かされる。

ここで明かされる茶釜の正体が「いくらなんでもそれはないだろう」
なんだけど、発想としては奇抜で嫌いじゃない。
そして、平蜘蛛の茶釜が持つ ”効力” についても、
当時の人ならそう思い込むこともアリかなぁ、と思わなくもない(笑)。


探偵役は兵庫自身が務める。
彼は当初からこの茶釜騒ぎ自体が、何者かがウラで糸を引く
陰謀なのではないか、との思いをずっと抱き続けているのだが、
その真相に到達するのがラストシーン。

それが合戦のさなか、というのも斬新ではある。
ミステリ史上、こんなシチュエーションで謎解きをしたのは
これが最初じゃないかなぁ。少なくとも私は初めてだ。


作者は、別のペンネームで既に歴史小説を発表している人らしい。
どうりで、全体の雰囲気も語り口も堂に入ってる。

主人公以外のキャラも個性的で素晴らしいが
私のお気に入りは、兵庫の後妻に入った「せい」さん。
かいがいしく夫の面倒を見る世話女房ぶりがとっても健気で愛おしい。

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彼女の色に届くまで [読書・ミステリ]


彼女の色に届くまで (角川文庫)

彼女の色に届くまで (角川文庫)

  • 作者: 似鳥 鶏
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/02/21
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

主人公兼語り手を務める緑川礼(みどりかわ・れい)は、
画商の一人息子で、将来の画家を目指す高校生。
画廊を経営する父と二人暮らしだが、その父は絵の売買のために
外国への出張が多く、ほとんど家にいない。

ヒロイン・千坂桜(ちさか・さくら)は緑川と同学年の少女。
校内で起こった事件をきっかけに、緑川は彼女の中に
天才的な美術センスが眠っていることに気づく。

彼女はいわゆる ”不思議ちゃん” キャラ。
作中、緑川とは長い時間を共に過ごしていくのだが、
彼でさえ、千坂が何を考えているのかは最後までよく分からない(笑)。

絵に熱中すると、周囲が見えなくなってしまうくらいの
集中力を示すのだが、その反面、他人とのコミュニケーションが苦手。
唯一、緑川にだけは心を開くようになっていく。
彼が部長を務める(とは言っても部員は緑川ひとりだが)
美術部に入った千坂は順調にその才能を開花させ、
二人はそろって芸術大へと進学していく。

本書は、絵画によって結びついた二人が、高校 → 大学 → 社会人へと
成長していく7年間を追った青春小説であり、
精緻な仕掛けが施された驚きのミステリであり、
そして極上のラブ・ストーリーでもある。


「第一章 雨の日、光の帝国で」
ある雨の日の放課後、1年生の緑川は下駄箱の前で
膝を抱えて眠り込んでいる女生徒を見つける。
目覚めた彼女に傘を貸してあげる緑川。それが千坂との出会いだった。
翌年の文化祭が終わった数日後、彼は理事長室へ呼び出される。
美術室に飾ってあった理事長の私物の油絵に、
何者かが落書きをしていたのだ。
犯人として疑われる緑川だが、その場に千坂が現れて・・・

「第二章 極彩色を越えて」
『御子柴現代美術館』で展覧会が開催されることになり、
緑川も父の手伝いでその準備に駆り出されていた。
しかし開館直前に展示室の床にペンキがぶちまけられ、
さらに異臭が発生、それに紛れて
画壇の大御所・大園菊子の作品が損壊されるという事件が発生する。
しかしその作品に近づくには、床のペンキの上を歩かなければならない。
いわば ”ペンキの密室” による不可能犯罪だった・・・


この「第二章」は独立した短編として
アンソロジーにも収録されていて、私はそちらで先に読んでいた。
しかし、本書では一部構成が異なっている。
真相の一部が外されて「最終章」に回されているのだ。
長編としてみれば、もちろんこちらの流れの方が効果的になってる。


「第三章 持たざる密室」
緑川と千坂はそろって芸術大へと進学する。
入学と同時にアパートで一人暮らしを始めた千坂だが
いったん絵に没頭すると寝食を忘れて描き続けるようになった。
生活能力皆無な彼女のもとへ通い、身の回りの世話をする緑川だが
周囲の友人たちからは ”飼育係” と揶揄される始末(笑)。
そんな中、美術学部棟の4階にある倉庫でボヤ騒ぎが起こる。
そこには、雑多なガラクタが詰め込まれていて、
その中にあった古タイヤに放火されたらしい。
しかしそこは厳重に施錠されており、人の出入りは不可能だった・・・

「第四章 嘘の真実と真実の嘘」
某財閥系主催の美術展に出品した千坂の作品はいきなり金賞を受賞し
プロ画家としての将来が開けるが、なぜか彼女は
顔も本名も隠した覆面画家としてのデビューを決める。
一方、絵画の世界で芽の出なかった緑川は、大学卒業後に
父の画廊で働き出し、画商見習いとしての日々を過ごしていく。
ある日、画廊の二階に飾ってあった絵画が1点、無くなってしまう。
しかし二階への唯一の通路には緑川自身がいて、
誰も絵を持ち出すことは不可能だった・・・


さて、冒頭にも掲げたけど私はこの作品に星4つ半つけた。
1年を通しても数作にしかつけない高評価なのだけど、
その理由をこれから書いていこうと思う。

ある程度、物語後半の内容に立ち入ったことも書くと思う。
致命的なネタバレはしないつもりだけど
ミステリとして、そして物語としての興を削ぐ部分もあると思うので、
ここまで読んできて「面白そうだな」「読もうかな」と思った人は
以下の文章を読まずに、書店へ走るなりネットでポチることを推奨する。


まず、主役二人の造形がいい。

緑川は努力を怠らない秀才タイプ。
自分の絵の才能を信じ、ひたすら描き続けることを信条とする。
対して千坂は典型的な天才タイプで、
緑川がとうてい到達できない高みにも、軽々と届いてしまう。

それは努力では埋めることのできない圧倒的な差だ。
作中、緑川は何度もそれを思い知り、絶望的な思いさえ抱く。

しかし彼は、千坂の才能を羨望し、嫉妬しつつも
彼女の足を引っ張ろうなんてことは考えもしない。

それは千坂のことを、彼女の ”才能込み” で愛しているからだ。
絵を描いている千坂の姿こそ、何よりも彼が守りたいと願うもの。
千坂の傍らにあって、彼女の天賦の才が発揮される瞬間に立ち会う。
それこそが彼にとって至福の時間なのだ。

そして千坂もまた、緑川に対しては
信頼を越えた感情を抱いているであろうことが、
彼女の言動からは明らかに感じ取れる。

緑川が望めば、友人以上の関係に進むこともおそらく容易だろう。
しかしその後に起こる(かも知れない)事態を彼は恐れる。

ある意味、”理想的” である現在の状態が崩れてしまうのではないか?
自分の行動が、結果的に彼女の才能を曇らせてしまうのではないか?

それゆえに、彼はその先への一歩が踏み出せないまま、時は流れていく。


ミステリとしてはどうか。

天才ゆえに、時折突拍子もない行動を取る千坂と
年齢以上に落ち着いた常識人として描かれる緑川。

こう書くと千坂がホームズ、緑川がワトソンかと思うだろう。
しかし本書ではいささか様相が異なる。

実際、先に真相に到達するのはいつも千坂なのだが
緑川も現場に残された矛盾点に瞬時に気づくなど分析能力が高く、
千坂がいなくても、真相にたどり着くのは時間の問題だったりする。

天才らしい直感型の千坂に対し、分析と論理を積み重ねていく緑川。
二人の探偵としての能力は、実はほとんど拮抗しているといっていい。

しかも、”答え” は分かっても、なぜそこに至ったかを
上手く周囲に伝えられない千坂に対して
真相を一般人に対して論理的かつ分かりやすく説明する能力では、
緑川の方が圧倒的に勝る。

つまり本書には ”名探偵が二人” いて、
千坂と緑川は ”二人で一組の名探偵” として機能していく。

その緑川が、単独で ”名探偵” として活躍するのが
「最終章 いつか彼女を描くまで」である。


ここから先はほとんどネタバレになるので、要注意。
興味がある人は読まないことを(以下略)


画家を目指す純朴な少年として登場した緑川は
いつの間にか、したたかな駆け引きのできる青年へと成長し、
どんな相手であっても怯まず互角に渡り合う
”タフ・ネゴシエイター” としての力量を身につけていく。
その才能は経営者としても遺憾なく発揮され、
読者は、彼が将来的に画商として成功することを疑わないだろう。

千坂との間も、学生時代の ”友人以上恋人未満” から
社会人としての ”画家と画商” という関係へと移行していくが
「第四章」での絵画盗難騒ぎをきっかけに、
緑川は高校時代から今までの間に、千坂と共に出会った事件の
背景に潜む ”ある可能性” に気づく。

そして緑川は、自分の人生を、さらには
千坂とともに生きていく将来をかけた、ある ”決断” を迫られる・・・

ここは全編を通してのクライマックスで、
読者は緑川の下す ”決断” を、息を呑んで見守るだろう。
冒頭で、本書を「極上のラブ・ストーリー」と書いたが
その理由がここにある。


「最終章」の最後、ひとまず千坂と緑川が歩んでいく方向が
示されるのだが、それがずっと続いていく保証はない。

でもこの二人なら、彼らなりの ”幸せのかたち” を
見つけられるようにも思う。
そんな二人の行く末を祝福するような、
希望に満ちたシーンで物語は幕を閉じる。


各章の事件は不可能犯罪を扱ったミステリとしてもよくできていて、
そちらの興味も十分満たしてくれるのだけど、
青春小説としても素晴らしい出来映えだと思う。

とても充実した読書の時間を過ごさせてもらいました。
今のところ、私にとっては似鳥鶏氏の最高傑作。

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ココロ・ファインダ [読書・ミステリ]


ココロ・ファインダ (光文社文庫)

ココロ・ファインダ (光文社文庫)

  • 作者: 相沢 沙呼
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2014/10/24
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

高校の写真部に籍を置く4人の女子高生。
2年生のミラ・カオリ・シズ。そして1年生の秋穂。
それぞれを主役とした ”日常の謎” ミステリの連作短編集。

「コンプレックス・フィルタ」
語り手はミラ。この愛称は彼女の本名・”鏡子” から来てるらしいが
自分の容姿に自信が無い彼女は、鏡を見るのが嫌いだ。
それに対してカオリはかなりの美人で、
カメラを向けるとモデル並みに素晴らしい表情を連発する。
そのカオリが部活動に顔を見せなくなった。
どうやらシズと仲違いしたらしい。
写真部の中で最もカメラの腕が確かなシズ。
そのシズが撮ったカオリの写真に原因があるらしいのだが・・・

「ピンホール・キャッチ」
語り手の秋穂は、コンプレックスの塊のような少女。
友人とのコミュニケーションも上手くとれず、
やることなすこと鈍くさい。
その劣等感ゆえ、父親との関係もうまくいっていない。
そんなとき、ミラの持っていたSDカードに謎のデータが見つかる。
「works」というそのフォルダの中には、
校舎内外の壁という壁が撮影された写真データが・・・

「ツインレンズ・パララックス」
語り手のカオリは、4人の中でいちばんの美少女。
ある日彼女は、同級生の男子・松下からコクられる。
彼は同じ中学校の出身で、かつてはカオリ自身も彼に思いを寄せていた。
しかしカオリは松下に平手打ちを喰らわせ、撃退してしまう・・・

「ペンタプリズム・コントラスト」
語り手のシズは、裕福な家庭に育った優等生。
幼い頃から英語とピアノを習い、PCも早いうちから与えられ、
小学校高学年からは家庭教師までつけてくれた。
高校生となった今は、両親から ”いい大学へ入る” ことを期待され、
日々、予備校に通う生活を送っている。
しかし、彼女は胸に期するものがあった。
中学生の時に叔父から教えてもらったカメラによって
彼女の世界は大きく変わっていった。
いつしかプロの写真家を目指すことを決めたシズは
芸術学部への進学を考えるようになるが、
写真なんてしょせん ”遊び” に過ぎないと考える両親には
自分の思いを打ち明けられずに、悶々としている。
そんなある日、文化祭で展示した写真を整理していたシズは、
その中で1枚だけ、赤茶色に ”日焼け” しているものを見つける。
すべて写真屋に現像とプリントをしてもらったはずなのに、
1枚だけインクジェットプリンタで印刷されたものが混じっていたのだ。
それは、夜の公園で赤い傘を差したカオリが写ったものだった・・・


日常の謎系ミステリではあるのだけど、それよりも
羨望、妬み、抑圧など、閉鎖されてストレスが充満しがちな
学校生活の中を生きる少女たちの姿を描くことの方に重点がある。

友人・家族・異性など、人間関係が大きく変化していく高校時代。
作者の描く、4人の少女たちが悩み葛藤する姿が
私にはとてもリアルに感じられた。

ちなみに文庫判の表紙イラストの少女はカオリさん。
首から提げている二眼レフカメラは、
写真部顧問の戸嶋先生から借りたもの。

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神楽坂謎ばなし [読書・ミステリ]


神楽坂謎ばなし (文春文庫)

神楽坂謎ばなし (文春文庫)

  • 作者: 愛川 晶
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/01/05
  • メディア: 文庫
評価:★★★

「神田紅梅亭」に続く、落語ミステリ・シリーズの1巻め。

主人公は31歳独身の編集者・武上希美子(たけがみ・きみこ)。

幼い頃に両親が離婚、父・寅吉が家を出た後に母は早世してしまい
今は祖母・道代と二人暮らしである。
道代と寅吉の間にはかなりの確執があったようで、
父親がどんな人だったのかと希美子が聞いても、道代は黙して語らない。


「セキトリとセキテイ」

希美子が働く「中内出版」は、教科書の出版で手堅く経営してきた
中堅どころだったが、3年前に30代の若さで経営トップについた
三代目社長・中内達也は、新分野開拓として
大学時代の同級生で落語家の鶴の家琴平(つるのや・きんぺい)の
書き下ろし本の出版を提案する。
社内の会議では非難囂々だったが、実際に出版してみると大当たり。

気を良くした三代目が次に企画したのが、
日本一の人気落語家・寿々目家竹馬(すずめや・ちくば)の書いた
コラムの書籍化。琴平の仲介で竹馬の了解は得られたが
編集作業の最中に担当の女性編集者が産休に入り、
彼女の上司も急病で入院してしまう。

そんなわけで、急遽この本の担当が回ってきた希美子だが
落語は彼女にとって全くの未知の世界でもあり
最終段階の校正で大ポカをしてしまう。

 落語のことを全く知らなかったら、こういう勘違いはしそうではある。
 でもまあ、詳しい人の方が少数派だろうけど。

刷り上がった本を見た竹馬は激怒し、販売禁止を言い出す。
もし出版できなかったら会社は莫大な損害を被ることになり、
その上、5年越しの恋人・志田健太郎の浮気まで発覚してしまう。
まさに踏んだり蹴ったりのどん底に落ちてしまうのだが・・・


「名残の高座」

竹馬の出版騒動の結果、不思議な巡り合わせで
希美子は老舗の寄席・神楽坂倶楽部への3か月の出向を命じられ、
席亭 "代理“ として働くことになる。
しかし寄席の経営状態は左前で、先の見通しも決して明るくない。
そんな中へ飛び込むことになった希美子の奮闘が描かれていく。


基本的にはミステリなのだけど、本書では希美子の生いたちの描写に
ページが割かれ、物語が進むにつれて両親の離婚の真相とともに
父親と祖母との確執の理由も少しずつ明らかになっていく。

もちろん寄席の中でもささやかながら ”謎” が発生し、
それの解明も語られていく。
探偵役となるのは、数少ない寄席の使用人のひとりで
下足番の稲城養蔵(いなぎ・よしぞう)老人。
寄席で下足番として働き出した後になぜか警官へ転身、
敏腕の刑事となったらしいのだが、今は再び寄席の下足番。
この人も何かウラがありそうではある。

主役の希美子さんが、ごく普通の感覚を持つ人として描かれているので
寄席の中で働く人たちやそこで芸を披露する落語家たちとのギャップも
興味を引くし、読んでて笑いを誘う。”お仕事小説” としても面白い。

希美子の恋人の健太郎というのがまた典型的なダメンズで、
彼女の男を見る目を疑ってしまうのだが(笑)
二人の関係も次巻以降に引っ張るのかな?

このシリーズは、3巻目まで出ていて、
そこで止まってるので3巻で完結なのかな?
とりあえず手元にあるので近いうちに読む予定。

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