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失恋の準備をお願いします [読書・青春小説]


失恋の準備をお願いします (講談社タイガ)

失恋の準備をお願いします (講談社タイガ)

  • 作者: 浅倉秋成
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/12/15

評価:★★★☆


 男子から受けた告白をなんとか断ろうとあの手この手の嘘をつく女子高生、嘘発見器機能を内蔵した人形を持つ探偵気取りの男子高生、尋常でないくらい異様にモテる男子高生・・・ぶっ飛んだキャラたちが織りなす5つのコメディ。それらが相互に絡み合い、最終話では大騒ぎに・・・意外な伏線回収に驚く連作短編集。


「第一話 状況間近のウィッチクラフト」
 1ヶ月後に高校卒業を控えた千代子は。男友達の日野くんから告白を受ける。しかし千代子は東京の大学に、彼は地元の大学に進学する。
 遠距離恋愛に自信が持てない千代子は、「私は魔法使いだから」(おいおい)と嘘をついて断ろうとするが、日野くんは「たとえ魔法界を敵に回しても構わない」と、彼女の嘘を真っ向から受け止めてしまう。
 千代子はさらに嘘を重ねていき、どんどんドツボにはまっていくのだが・・・


「第二話 真偽不明のフラーテーション」
 高校3年生の "僕" は、孤高の天才科学者(笑)・漆原博士から、嘘発見器機能を内蔵した市松人形・"小百合" をもらう。
 かねてから名探偵に憧れていた "僕" は、"小百合" を持って学校へ行き、喧嘩をしているカップル・翔子と正をみつける。浮気をしたと翔子が疑うが、正はそれを否定していた。"僕" は "小百合" を使って真相を確かめようとするのだが・・・


「第三話 不可抗力のレディキラー」
 ヒロイン・梅子のクラスに転入してきた蕗太郎(ふきたろう)は、異様なまでに女性にモテる男だった。このモテ方がまた半端ない(ほとんどコントである)。そのため、蕗太郎はまともな人間関係が築けないという悩みがあった。しかしなぜか、梅子は蕗太郎に全く魅力を感じなかった。この梅子さん、なかなかの ”女傑” キャラである
 そんな梅子に蕗太郎は相談を持ちかける。「この "モテ病" をなんとか克服したい」と。梅子が漆原博士に相談したところ、ある発明品を手渡される・・・


「第四話 寡黙少女のオフェンスレポート」
 小学4年生の折尾くんのクラスで、盗難事件が起こる。体育の授業後にボールペンが盗まれていたのだ。体育の授業で最後に教室を出たのは芙蓉さんだったことから彼女に容疑を掛けられるが、折尾くんがかばったことでその場は収まる。
 しかし放課後、芙蓉さんから自分が犯人だったことを打ち明けられる。しかも、そのことを彼女は全く悪いことだと思っていなかったのだ・・・


「第五話 勤勉社員のアウトレイジ」
 外回りの営業中にサボっていたサラリーマン・藪田は、近くを通りかかった女子大生風の女性・奈々子を襲うが返り討ちにされてしまう(おやおや)。ブラック企業での労働に疲れていた藪田は、不祥事を起こせば会社を辞められると思ったのだった。
 事情を聞いた奈々子は、藪田に協力を申し出るのだが・・・


「第六話 失恋覚悟のラウンドアバウト」
 互いに独立していたと思われていた5つの物語の登場人物たちが挙って登場し、ドタバタな大騒ぎを繰り広げる。各話の隠された関係が明らかになり、ばら撒かれていた多数の伏線が絡み合い、意外な形で回収されていく。


 作者の前作『フラッガーの方程式』と同傾向の作品だが、今回は5つの物語を一つに組み上げていくというなかなかの力業を披露してくれる。
 ”伏線の名手” という異名は伊達ではないようだ。



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ノワール・レヴナント [読書・青春小説]


ノワール・レヴナント (角川文庫)

ノワール・レヴナント (角川文庫)

  • 作者: 浅倉 秋成
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/09/18

評価:★★★★


 互いに面識のない4人の高校生たち。彼ら彼女らに届いたのは東京の有明ビッグサイトで開かれる5日間のイベントへの招待状。呼んだのは誰か? 何のために集められたのか? そして4人に託された "願い" とは?


 まず、本の厚さに驚いてしまう。文庫で750ページを超えるという、往年の京極夏彦みたいなつくり。流石にこれで殴っても人は殺せないだろうが、コブくらいは作れそうだ(笑)。

 内容についても、一口で言うのが難しい。いちおう ”青春小説” に分類したけれど、SF、ミステリ、サスペンス、ファンタジーなど様々な要素が入り交じり、甚だジャンル分けしにくい。


 主人公となるのは4人の男女。みな高校生なのだが、共通するのは一種の "特殊能力" を備えていること。

 大須賀駿(おおすが・しゅん)は高校2年生。彼は他人の背中に "数字" が見える。
 その数字は、その人物の今日一日の "幸運度" ともいうべきもの。それは云ってみれば "偏差値" みたいなもので「50」が "普通"、それを上回れば幸運、下回れば不運ということになる。

 三枝(さえぐさ)のんは高校1年生。無類の読書好きな彼女の能力は、本の背をなぞるだけで、本の内容をすべて記憶できる、というもの。しかしこれは体力を消耗するのでちょくちょくは使えない。

 江崎純一郎(えざき・じゅんいちろう)は高校2年生。彼には毎朝、不思議な声が聞こえてくる。それはその日のうちに彼が耳にすることになる "台詞" だ。
 その数は5つ。しかし誰がいつ口にするのかまでは分からない。かなり中途半端な "予知能力" ともいえる。

 葵静葉(あおい・しずは)は高校3年生。彼女の能力は "破壊"。心に念じることで、触れたモノを壊してしまうことができる。

 この4人のところへ、招待状が舞い込む。夏休み中に東京の有明ビッグサイトで開かれる5日間のイベントに参加できるというもの。
 当然ながら、イベントに合わせてビッグサイトに隣接したホテルに5日間宿泊もできるという、至れり尽くせりの招待状だ。

 しかし開催初日にビッグサイトへやってきた4人は、これはイベントへの招待ではなく、何者かが意図的に彼ら彼女らをこの場所に集めたらしい、ということを知る。
 ホテルへの宿泊は有効だったので、4人はホテルに陣取り、自分たちが集められた目的を探ることにする。

 4人の受け取った招待状に共通しているのは、主催者とおぼしき「株式会社レゾン電子」という記載。社長・黒澤孝介のもと急成長を遂げてきた会社だ。
 さっそくレゾン電子にあたる4人だが、どうやら招待状はレゾン電子が出したものではないらしい。では、誰が、何のために4人を集めたのか? そして、なぜ "この4人" だったのか?


 4人の "能力" は生来のものではなく、4年前の "ある日" を境に現れたものだった。
 レゾン電子を探るうちに、黒澤孝介の過去が明らかになり、4年前の "ある日" には、彼の身に "ある事件" が起こっていたこともわかってきた。
 どうやら4人の "能力" は、黒澤孝介の遭遇した "ある事件" と関わりがある。そして招待状の "差出人" は、4人に "何事か" をやらせるために集めらたらしい・・・


 タイトルの「ノワール・レヴナント」について。
 「ノワール」は "黒"、「レヴナント」は "死から甦ってきたもの" という意味になるが、本書ではいくつかの意味を含めている。

 4人がレゾン電子を探るうちに見つけ出したのは、一連の事態の背後で、1人の少女が謎の死を遂げていたこと。まずはこの少女を指すのだろう。たぶん文庫版の表紙イラストの少女もこの子だ。

 もう一つ、作中に登場するカード・ゲームの名前が「ノワール・レヴナント」だ。おそらく架空のゲームで、かなり変わったルールで勝ち負けが決まるが、終盤ではこのゲームを使った勝負の場面があり、ここがクライマックスの一つにもなっている。


 本書がこんなに厚い理由はいくつかあるだろうが、一つには4人の背景を深く掘り下げられていることがあるだろう。
 キャラクターというのはストーリーの登場時点で生まれるのではなく、ちゃんと生まれてから今日までの物語を背負っているわけで、4人についてはかなり突っ込んだ描写がある。
 例えば葵静葉は、かつて衝動的に "能力" を行使してしまったことによって、深く苦しんでいることが描かれる。他の3人も程度の差はあれ、自分に与えられた能力について葛藤を抱えている。
 ページ数は増えてしまうが、このあたりを深く描写しておくことで、物語中での彼らの行動や選択について、説得力を与えているといえる。


 さて、物語の進行とともに、のん・純一郎・静葉の "能力" は大活躍するのだが、駿くんにはほとんど能力行使の見せ場がない。まあ、そういう能力なのだから仕方がないといえばそうなのだが。
 しかしエピローグにいたって、彼がこの "能力" を与えられた意味が明らかになっていく。案外、"差出人" がいちばん期待していたのは彼かも知れないと思ったりする。

 また、エピローグでは他の3人も、未来への選択をする様子が描かれる。

 元々ストイックだった静葉さんはさらに孤高の道を歩むことに。そこまで自分を追い詰めなくてもいいかとも思うが、延々と700ページ越えで描いてきた物語の結末としては、納得できる選択ではある。
 純一郎くんもまた、選択をするのだが・・・これはやめておいた方がいいんじゃないかと思うのだけど、これもまた本書で描かれてきた純一郎くんなら、仕方がないかなとも思う。
 のんさんがいちばん平穏な結末かな(笑)。

 ジャンル分けが難しい作品だが、文庫で750ページという大部を破綻させず、最後まで読ませる筆力は只者ではない。そしてこれがデビュー作だというのだから畏れ入る。この作者、しばらく追いかけてみようと思う。



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空に咲く恋 [読書・青春小説]


空に咲く恋 (文春文庫)

空に咲く恋 (文春文庫)

  • 作者: 福田 和代
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2020/07/08


評価:★★★☆


 実家の花火屋に嫌気がさし、飛び出した青年・三輪由紀(みわ・よしき)。しかし放浪先で出会った花火屋の跡取り娘に感化され、一念発起して花火づくりに取り組むことに。しかし彼の行く道は前途多難だった・・・。


 群馬県前橋市郊外にある花火店・三輪煙火工業。そこに生まれた由紀は誰もが認めるイケメンだったが、子どもの頃のトラウマから女性アレルギーになっていた。女の子が接近してくると呼吸困難になるという、なんともトボけた話だが、本人からすれば死活問題なのだろう(笑)。

 厳しく気難しい父、有能すぎる姉・京(みやこ)、一年がすべて花火のことで埋められてしまう花火師という職業に嫌気がさし、由紀は大学卒業後に実家を飛び出し、本州各地を放浪する旅に。

 新潟県山古志村で行き倒れ寸前になっていた彼を救ったのは、農業を営む老人・猪貝久造。いまは彼の計らいで古民家に住んでいる。

 久造の手伝いをして暮らしているある日、由紀は自動車の玉突き事故に遭遇する。前後を挟まれて動けない軽トラックには、大量の花火が積まれていた。火薬の扱いには経験があった由紀は、引火を防ぐために花火を運び出す作業に協力することに。

 軽トラは地元の花火師・清倉花火店のもので、乗っていたのはそこの跡取り娘・清倉ぼたん。高校卒業後、家業を継いで一人前の花火師となるために修行中だという。なぜかぼたん相手にはアレルギー症状が出ないことを不思議がる由紀。
 彼女の夢にかける情熱に触れた由紀は花火の素晴らしさに目覚め、再び家業と向き合う決意をするのだが・・・ 


 物語は二部構成で、ここまでが第一部。
 第二部では実家に帰った由紀が、新米花火師としてスタートするところから始まる。

 由紀の前には、いくつもの試練が立ちはだかる。

 厳しく指導していた父が交通事故に遭って首を負傷し、花火が造れない状態になってしまう。大黒柱を欠いた三輪煙火工業は存亡の危機を迎える。

 大阪の花火業者・蒼天煙火商会の後継者である児島道顕(どうけん)は、新進気鋭の花火師としてマスコミにも取り上げられている存在だが、どうやら彼もぼたんに惚れているらしい。

 一人前の花火師となり、実家を救って、ぼたんと対等につきあえるような存在になりたい。
 由紀は自らのアイデアを基に創作花火を作り上げ、ぼたんも道顕も参加する花火競技大会に臨むが・・・


 花火がテーマの "ボーイ・ミーツ・ガール" のラブコメだが、花火業界の内幕を描いた "お仕事小説" としても面白い。
 "女性アレルギー" というのはいささかマンガ的だけど、彼の精神的な未熟さを象徴しているのだろう。

 ボーイッシュでサバサバしたぼたん、鼻につく言動で典型的ライバルキャラの道顕、有能だが上昇志向が強い姉・京など、みな性格づけがわかりやすい。だから物語にも簡単に入り込めるし、リーダビリティもいい。楽しい読書の時間を過ごせるだろう。

 楽しい物語を読んだ後はいつも思うのだが、彼ら彼女らの "その後" が知りたくなる。長編でとはいわないが、短編でもいいから後日談が読みたいな。主人公カップル以外にも、いろいろ気になる要素がいっぱいだ。



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イマジン? [読書・青春小説]


イマジン? (幻冬舎文庫 あ 34-8)

イマジン? (幻冬舎文庫 あ 34-8)

  • 作者: 有川 ひろ
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2022/08/04
  • メディア: 文庫

評価:★★★★

 映画制作の夢破れ、フリーター生活を送る良井良介(いい・りょうすけ)。しかし映像制作会社の仕事に誘われたことから彼の人生は大きく変転する。トラブルの波が続々と押し寄せるが、情熱と想像力を駆使して切り抜けて、再び夢を取り戻していく。


 連作短編形式の全五章構成。


1『天翔る広報室』

 幼少時にTVで観た「ゴジラvsスペースゴジラ」に衝撃を受け、映画制作の夢を抱いて上京した良介だったが、入社した映像制作会社が計画倒産してしまう。

 以来、定職に就けずにフリーター生活を送ってきたが、バイトで知り合った佐々賢治から映像制作会社「殿浦イマジン」の仕事に誘われる。

 ひとくちに "映像制作" といっても、その業務は多種多様、そして多忙だ。
 製作スタッフの人材派遣もすればロケ地候補の選定や情報収集、現地との折衝もするし、かと思えば撮影現場の弁当の手配、給湯場の設営、ロケバスの運転、ゴミの収集、クレーム対応までやるという、いわば下働きの "何でも屋"、雑用全般を請け負う、縁の下の力持ち的な存在だ。

 そして良介が飛び込んだのは連続TVドラマ『天翔る広報室』の撮影現場。日曜夜9時放映で、自衛隊の広報室を舞台にしたものだ。
 これはもちろん作者自身の小説およびそれをドラマ化した『空飛ぶ広報室』がモデルだね(笑)。ドラマの方は観なかったけど小説は面白かったよ。

 初めての体験ばかりで、てんてこ舞いをしながらも良介はこの仕事に魅せられていく。


2『罪に罰』

 映画監督・雑賀才壱(さいか・さいいち)のオリジナル脚本による映画『罪に罰』の制作に参加した「殿浦イマジン」。
 しかし雑賀監督はそのワンマンぶりで有名で、彼に潰された人材は数知れず。"スタッフクラッシャー" の異名をとるほどだった。

 そんな中、良介は他の制作会社からきている助監督・島津幸(しまず・さち)が上司から理不尽な扱いを受けているのを見て怒りに燃えるのだが・・・

 ところどころ「罪に罰」のシナリオが挿入される。基本的には少女二人の友情を描いた物語なんだけど、後半の展開は意表を突くもの。有川ひろはこんなダークな話も書けるんだなあと驚いた。引き出しの多い人だ。


3『美人女将、美人の湯にて~刑事真藤真・湯けむり紀行シリーズ~』

 「刑事真藤真・湯けむり紀行」は定番の二時間ドラマ・シリーズだ。
 主役の真藤刑事の相棒として出演するのが若手お笑い芸人の丸太マルタ。しかし彼と関わったことで良介は意外なトラブルに巻き込まれていく。本作中ではいちばんユーモアに溢れたエピソード。


4『みちくさ日記』

 冴えない生物教師と女子高生との恋愛を描き、ベストセラーとなった小説を映画化した『みちくさ日記』。

 良介たちはロケ地にぴったりのレストランを見つけたものの、店主が頑としてOKしてくれない。

 一方で、主役に起用されたタレントについて原作ファンからのバッシングが起きる。"冴えない生物教師" のはずなのに、イケメンで茶髪はおかしいと。
 原作ものの映像化では多かれ少なかれ起こることではある。特に「原作へのリスペクトが感じられない」ってファンが感じたら、騒ぎは大きくなるものだ。

 良介たちは現場にいるから、出演者の苦労や制作陣の思い入れもよくわかるのだが、観客からしたら「出てくる情報」「完成した映像」がすべてだからね。受け入れられるかどうかは蓋を開けてみないことにはわからない。
 本書では映画公開後の反響までは描かれていないのだけど、好意的に受け入れてもらえていたらいいなあ、と切に願ってしまう。


5『TOKYOの一番長い日』

 東都テレビ開局50周年記念映画『TOKYOの一番長い日』。
 国際テロ組織による無差別テロに襲われる東京と、それに立ち向かう警視庁特殊部隊SATの活躍を描く超大作映画だ。

 この仕事の受注に成功した「殿浦イマジン」は沸き立つ。大ヒットすれば続編制作への参加も決まっているという。
 例によってトラブルの連続の撮影だったが、良介たちは総力を挙げて乗り切り、無事に映画の完成にこぎ着けるのだが・・・

 本書とは別に、これはぜひ単独の小説として読みたいなあと思った。
 過去には「自衛隊三部作」や「図書館戦争」を発表してるんだから、そろそろまたパニック・アクション大作を望みたい。だって書ける人なんだから。


 映像制作の現場というのは強烈な個性の奇人変人の集まりかと思いきや、(本書を読む限り)案外そうでもないみたい。でもみな総じてプロ意識の塊で、こだわるものを持っているんだなと感じた。まあそうでなくては人の心を揺さぶる作品は作れないだろうけど。

 中盤から登場してメイン・ヒロインとなる島津幸さんもなかなか魅力的だし、良介のいる「殿浦イマジン」の同僚たちのキャラも立っていて "お仕事小説" としては抜群に面白い。

 現在のところ本書に続編はないけれど、10年後か20年後かの未来、幸が監督として一本立ちし、それを支えるプロデューサーにまで成長した良介、そんな2人の物語を読んでみたいと思った。



タグ:お仕事小説
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いつかの岸辺に跳ねていく [読書・青春小説]


いつかの岸辺に跳ねていく (幻冬舎文庫)

いつかの岸辺に跳ねていく (幻冬舎文庫)

  • 作者: 加納朋子
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2021/08/05
評価:★★★★☆

 森野護(もりの・まもる)と工藤徹子(くどう・てつこ)は幼馴染み。2人の幼少時から青年期までの物語。友人以上恋人未満、ラブ・ストーリーになりそうでならない、2人の微妙な関係が綴られる。
 後半に入ると予想外かつ怒濤の展開にハラハラドキドキ。けれども2人が迎えるこの結末は、多くの読者を納得させるだろう。


 本書のジャンルは「青春小説」としたんだけど、実は他のジャンルの要素を多分に含んでいる。
 ただそれを示すと、ネタバレにつながりそうなので・・・


 本書は二部構成。主人公の男女それぞれの側からみた物語が展開する。


第一部「フラット」は森野護の一人称で描かれる。

 森野護からみた工藤徹子は、ものすごい ”変わり者” だ。

 例えば、いきなり道端で見知らぬおばあちゃんに抱きつく。理由を聞くと「あのおばあちゃんに取り憑いていた悪霊をあたしが浄化した」のだと言う。
 例えば、護が交通事故で足を骨折して入院した時、病室に現れて「ごめんね」と言いながら涙を流す。
 例えば、模試の結果で ”合格間違い無し” と出た高校に落ちても、ケロリとしてにっこり笑ってる・・・

 護にとって徹子は幼馴染みではあったが、”変わり者” 過ぎて全く恋愛対象ではなかった。けれど、なぜか気になる、放ってはおけない、そんな存在だった。

 2人は別々の高校に通うが、徹子は高校で林恵美(はやし・めぐみ)という親友を得る。そして徹子は恵美の ”ある困りごと” を護に相談する。その裏には、どうやら護と恵美をくっつけようという思惑があるようだ。結局、それはうまくいかないのだが。

 その後も護と徹子はつかず離れず、友人以上だが恋愛にまでは至らないまま、成人式を過ぎ、社会人となっていく。家が近いのでたまに2人で酒を飲みにいくくらいの関係を保ちながら。

 しかし27歳を迎えた頃、ついに護はこう切り出す。
「もし、お互い30歳になっても相手がいなかったら、俺たち、つきあってみてもいいんじゃないか・・・?」
 徹子の方も満更ではなさそうなリアクションを返すのだが・・・

 ここまでだったら、不器用な男女の ”長すぎた春” を描いた青春ラブ・ストーリーになりそうなんだが、次のページの一行でぶっ飛んでしまう。
 なんと徹子は結婚が決まったのだという。相手はスゴいエリートらしい。


第二部「レリーフ」は工藤徹子の一人称で描かれる。

 ただ、この第二部はネタバレなしに紹介するのが難しい。
 でもそれでは記事にならないので、ここまではいいかな・・・というところまでを書いてみると・・・

 時系列的には、第一部と重複するところから始まる。つまり彼女の幼少期から描かれる。彼女の数々の ”奇行” にも、実は理由があったことも語られる。

 そして時間軸が進行するにつれて、どんどん不穏の度が増していく。第一部のような平和でほのぼのとした雰囲気は欠片もなく、やがて陰鬱なサスペンスが物語全体を覆っていくようになる。正直言って、読み進むのが躊躇われる気分にさえなってしまった。

 だけど、そこで思った。この本を書いてるのは加納朋子だ。
 彼女がそんな×××・××××××な物語を描くはずがない。
 ただその一点を信じて読み進んでいったのだが・・・

 冒頭に掲げた、本書の星の数を見てほしい。
 信じて良かった、とだけ書いておこう。



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カーテンコール! [読書・青春小説]


カーテンコール!(新潮文庫)

カーテンコール!(新潮文庫)

  • 作者: 加納朋子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/09/01
評価:★★★☆

 閉校が決まった萌木(もえぎ)女学園。私立の女子大学だ。しかし問題なのは単位不足で卒業できなかった学生たち。学長は、対象者たちを半強制的に(もちろん親の了解を得て)合宿所に軟禁し(笑)、半年間の特別補講を行うことに。
 学生たちが留年した理由もそれぞれだが、総じてみなダメ人間ばかり(笑)。そんな彼女らが寝食を共にするうちにお互いの様々な事情を知り、新たな人間関係を築きながら再起のきっかけをつかんでいく。


「砂糖壺は空っぽ」
 初っぱなから恐縮だが、この話はネタバレなしに紹介するのが難しい。読んでみてくださいとしか言いようがないのだが・・・まあ、現代的な問題の話ではあるかな。


「萌木の山の眠り姫」
 過酷な受験生活を送ったにもかかわらず希望の大学に落ち、萌木女学園に不本意入学した梨木朝子。そのためか心がポッキリ折れ、遅刻を繰り返す日々を送ることになって留年が決定する。
 特別合宿に参加しても相変わらず朝は起きられず、同室になった有村夕美の世話のおかげでなんとか講義に参加できていた。しかしその夕美にも、ある秘密があった・・・


「永遠のピエタ」
 合宿参加者の金剛真美(こんごう・まみ)。不眠症に悩まされる彼女の、現在の興味は隣室の2人の様子を観察すること。仲のよい梨木朝子と有村夕美を見ながら、ある ”妄想” にふけるのだが・・・


「鏡のジェミニ」
 出席日数不足で留年になり、合宿に参加することになった小山千帆。同室となった細井茉莉子(まりこ)は拒食症でガリガリに痩せ細っていた。なんとか彼女に食事を摂ってほしいと願う千帆なのだが・・・


「プリマドンナの休日」
 矢島夏鈴(かりん)は、風の吹くまま気の向くままに暮らしていたい ”フーテン気質” の持ち主。そのせいか留年が決まって特別合宿に参加となる。同室となった喜多川菜々子は夏鈴とは対照的な、絵に描いたような模範的優等生だった。参加者が皆、何故こんな子が留年したんだろうと不思議に思うのだが・・・
 菜々子が留年となった理由も意外だが、彼女がそういう ”選択” をした理由にはさらに驚かされる。


「ワンダフル・フラワーズ」
 自殺願望からリストカットを繰り返していた清水玲奈は、特例として合宿中は学長夫妻と一緒に寝起きすることになった。
 玲奈から問われるままに、学園創立の頃の昔話を語り始める学長。そこには哀しい思い出があった・・・

 最終話のラストは合宿終了の9月。参加者たちの ”卒業式” が描かれる。

 合宿参加者たちの抱える事情の多くは、”家族” 由来のもの。22年かけて積もり積もった ”心の病” は、たかだか半年程度で何とかなるものではない(なかには一生つき合う必要のあるものも)。
 でも参加した学生たちは自分の心の中の闇に向き合い、乗り越えるまでは至らなくても、なんとか折り合いをつけて共存するすべを模索し始める。それは人間としての確実な成長だろう。
 オール・ハッピーエンドとまではいかないが、学生たちの新しい旅立ちと希望を描く、タイトル通りの「カーテンコール」となる。


 登場するキャラたちがとてもユニークなのに加え、ミステリ作家でもある作者は随所に小さな ”謎” を仕込んでいる。そのためか単調な合宿生活を描いているのに、読者の興味を巧みにつないで最後まで読ませる。
 中でも「砂糖壺-」「プリマドンナの-」は ”日常の謎” ミステリとしてもよくできてると思う。



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祝祭と予感 [読書・青春小説]


祝祭と予感 (幻冬舎文庫)

祝祭と予感 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 恩田陸
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2022/04/07
評価:★★★

 直木賞と本屋大賞をダブル受賞し、2019年には松岡茉優さん主演で映画化もされた長編小説『蜜蜂と遠雷』。そのスピンオフ短編集。

 ちなみにWikipediaには ”続編” って書いてあるけど、本書収録の短編6作の中で本編後の話は2作しかないし、内容も ”後日談” という感じ。


「祝祭と掃苔」
 本編である芳ヶ江(よしがえ)国際ピアノコンクールでは、終了後に入賞者によるコンサートツアーが行われる。芳ヶ江と東京でのコンサートが終わり、最後の開催地であるパリに向かう直前、亜夜とマサルが幼少時にピアノを教わった綿貫先生の墓参りに行く話。
 で、なぜかそこに風間塵がついてくる。まあ、この3人はホントに仲良くなったからねぇ。ついでに塵のお母さんのことも明らかになる。これはびっくり。
 ちなみに ”掃苔” は ”そうたい” と読むそうで、墓参りのこと。なるほど、墓石に着いた苔(こけ)を掃除する、というわけだ。

「獅子と芍薬」
 芳ヶ江国際ピアノコンクールで審査員を務めていたナサニエル・シルヴァーバ-グと嵯峨三枝子。かつて夫婦だったという2人の、30年前の馴れ初めが描かれる。なかなか運命的というか衝撃的な出会いを果たしてたんですねぇ。
 この2人の過去から現代までの物語を読んでると、亜夜とマサルの将来に思いを馳せてしまいます。どうなるんですかね、あっちの2人は。

「袈裟と鞦韆」
 主人公は音大教授で作曲家の菱沼。芳ヶ江国際ピアノコンクールの課題曲「春と修羅」を作曲した人です。ちなみに「春と修羅」というのは宮沢賢治の詩集の題名でもあるんだけど、彼がこのタイトルで曲を作ったきっかけが描かれる。
 菱沼の教え子・小山内健次は、音大卒業後に郷里の岩手に戻った。実家のホップ農家を継ぐのだという。
 家業の傍らコツコツと作曲を続けていた小山内は、卒業して10年後、新人作曲家の登竜門である賞を受賞することができたのだが・・・
 ちなみに ”鞦韆” は ”ブランコ” と読むそうで。冒頭に菱沼が公園のブランコに乗ってるシーンがある。

「竪琴と葦笛」
 本編の数年前、ジュリアード音楽院時代のマサルの物語。
 ピアノ科教授のミハルコフスキーに師事することになったマサル。しかしミハルコフスキーの同僚であるナサニエル・シルヴァーバ-グは、マサルの才能が潰されてしまうのではないかと危惧を覚える。
 ある日、ナサニエルはマサルを ”ある場所” に連れ出すのだが・・・
 教師というのは、教える力量も大事だろうけど、こと芸術家になると、師弟の相性というのもかなり大きいというのは、ありそうに思える。何せ強烈な個性の持ち主同士なんだろうから・・・

「鈴蘭と階段」
 本編の主役・栄伝亜夜の音大での先輩にして学長の娘・浜崎奏。
 亜夜の付き添いとして芳ヶ江国際ピアノコンクールに臨み、終了後はヴァイオリン奏者からヴィオラ奏者へと転向した。しかし、なかなか自分の気に入った楽器に巡り会えずに悩んでいる。ようやく3つまで絞り込んだものの、どれにするか決めかねていたのだが・・・
 本編では亜夜の世話を献身的にこなしていたのに、映画では出番がなかった(出てたかも知れないけど、観た記憶がない)。ちょっと不憫だなあと思ってたのでこの作品は嬉しかったですね。
 あと、芳ヶ江国際ピアノコンクール終了後、亜夜はどうしているのか。その一端もちょっと語られます。

「伝説と予感」
 ピアノ演奏の巨匠ユウジ・フォン=ホフマン。ある日、彼は訪れたフランスの古城で、誰かが弾いているピアノの音を耳にし、衝撃を受ける・・・
 ホフマンと、彼の最後の弟子となった風間塵との出会いの物語。


 「あとがき」によると、『蜜蜂と遠雷』の続編を書く予定はないそうで、関連する物語も本書をもってお開き、ということのようです。
 まあその後のことは読者の想像に任せるというのが正しい道なのでしょう。

 とはいっても、ちょっと不満なのは本編の主役4人のうち高島明石が登場するのが一編もないこと。これはちょっと淋しいかな。
 でもこれは、彼の物語は本編の中で完結してるってことなのでしょう。彼の登場する最後のシーンで、涙腺が崩壊してしまったことを思い出しましたよ。

 コンクールのあと、プロへ転向するのか、それともサラリーマンを続けながらアマチュア演奏家として生きていくのか。それこそ読者が思い描けばいいことなのかな。
 どちらも大変な道ではあろうけども、彼ならどちらを選んでも地道に続けていくのだろうし・・・


 あと、巻末に音楽関係のエッセイが何作か収録されてる。

 『蜜蜂と遠雷』のファンとしては「『蜜蜂と遠雷』登場曲への想い」「ピアノへの憧れから生まれた『蜜蜂と遠雷』」あたりを読むと、執筆の裏舞台をちょっと覗いた気分になれる。
 作者はもともと幼少時からピアノを習っていて、小学校から大学まで音楽とともに生活してきた。エッセイに登場する内容もクラシックのみならず、ジャズも歌謡曲(松本伊代とか「夜のヒットスタジオ」とか)もと幅広い。

 そういう人だからこそ、『蜜蜂と遠雷』を書くことができたのだなぁと改めて思う。



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ハケンアニメ! [読書・青春小説]


ハケンアニメ!

ハケンアニメ!

  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2017/09/06
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

 映画化もされた長編小説。今回は ”観てから読む” パターンになった。

 全体は四章構成になっていて、それぞれ中心人物が異なる。


「第一章 王子と猛獣使い」
 有科香屋子(ありしな・かやこ)は、アニメーション製作会社・スタジオえっじのプロデューサー。現在の担当作品は、王子千晴(おうじ・ちはる)監督の新作『運命戦線リデルライト』。彼の得意とする ”魔法少女もの” だ。
 王子は9年前の初監督作『光のヨスガ』で ”天才” との評価を得たものの、その後は監督としては沈黙の時間を過ごしていて、今回が復帰作となる。
 しかし、製作発表まで1週間と迫ってきた時期に王子が失踪してしまう。制作側も混乱し、監督交代案まで取り沙汰される事態に。しかし王子の才能に惚れ込んだ香屋子は、徹底的に彼を守ろうとするのだが・・・

「第二章 女王様と風見鶏」
 斎藤瞳(さいとう・ひとみ)はアニメ業界最大手のトウケイ動画に勤務している。大学の法学部を出て公務員をしていたが、アニメへの思いが断ちがたく、退職してこの業界に飛び込んだ。
 ゲーム内アニメの製作で評価され、ついに新作アニメ『サウンドバック 奏の石』で初監督を務めることに。謎の敵に対して、主人公の少年少女たちが不思議な石の力を借りて戦うという王道ロボットアニメだ。しかしスタッフや声優たちと衝突を繰り返す日々で、製作は順調ではない。
 担当プロデューサーは、敏腕と名高い行城(ゆきしろ)。スポンサーとの打ち合わせや販促イベントなどに次々に引っ張り出されて、こちらも瞳にとってはストレスの種だったが・・・

「第三章 軍隊アリと公務員」
 並澤和奈(なみさわ・かずな)は、新潟県選永(えなが)市にあるアニメ原画スタジオ「ファインガーデン」のアニメーター。最近の担当作品が ”神作画” と評価され、アニメファンたちの人気を集めている。
 選永市の風景が『サウンドバック』の舞台モデルとして使われたことから、市はアニメファンの ”聖地巡礼” を当て込んで観光振興を図ることになった。
 担当者となったのは市の若手職員・宗森周平。彼は「ファインガーデン」に協力を依頼し、和奈が周平とともに ”街おこし” に取り組むことに。
 最初はいやいや参加していた和奈だったが、素朴で実直を絵に描いたような周平を行動を共にしていくうち、だんだんと心境に変化が起こっていく・・・

「最終章 この世はサーカス」
 選永市で行われる祭りに『サウンドバック』が参加することになり、瞳・行城に加えて王子と香屋子までやってきて、さながらカーテンコール状態に。


 とにかく ”アニメ愛” にあふれた作品だと思う。アニメーターを初めとして、制作者の労働環境が概して劣悪であることもしっかり書かれているけれど、それを上回る ”情熱” もまたしっかり描かれている。

 王子千晴、斎藤瞳、並澤和奈、三者三様の ”アニメ愛” が、読む者の心に染みていく。
 特に「第二章」のラスト、行城と瞳のシーンは感動ものだ。最後の一行まで来たとき、涙腺が崩壊してしまった。
 これは本書に登場するアニメ関係者全員、そしてアニメを愛するすべてのファン全員が抱く思いだろう。
 作者は ”この一行” を書くために本作を書いたんじゃないかと思ったよ。

 小説は終わっても、登場人物たちは作品世界の中で生き続ける。瞳や王子の次回作も知りたいし、和奈さんの ”ラブコメ”(笑) の様子も知りたいなぁ。続編熱烈希望。


 最後に、原作小説を読んで改めて映画版について考えたことを。

 本書は文庫で600ページあるのだが、番外編となる短編が40ページあるので、「ハケンアニメ!」本編は560ページほどになる。

 これが2時間ちょっとの映画になったわけで、当然ながらかなりの内容がカットされてる。たいていの場合、「あのシーンがない」「あのキャラの出番が削られた」とかの不満が爆発するものだが、不思議と映画版を観てから本書を読んでも、そういう思いにほとんど駆られない。

 まあ、映画→小説という順番だったからかもしれないけどね。逆だったら不満を覚えたのかもしれないが。

 「第三章」の “街おこし” 部分を思い切ってカットし、『リデルライト』と『サウンドバック』の話に絞り込んだのが上手かったと思う。
 この2作、小説では同一クールの放映ではあるものの時間帯は異なっていた。それを映画版では同一時間帯の放映に設定して ”天才監督 vs 気鋭の新人” の直接対決へと構成を変更し、瞳・王子・香屋子・行城の4人の同時進行の物語として描き出した。結果的にこれが大正解だったと思う。

 原作小説での印象的なシーンや台詞も過不足なく取り込み、全体を目配せして効果的なところにしっかり織り込んである。

 作中作となる『リデルライト』と『サウンドバック』も、どちらもしっかりとした作画&豪華声優陣で、単独の ”アニメ作品” としても実に魅力的に見える。両方とも1クール作品として映像化してほしくなったよ。

 小説版とは異なるところも多分にあるのだけど、映画として成立させるためには有効なことだったと納得できる。2時間ちょっとの中できっちり起承転結をつけ、しかも終盤の盛り上がりも半端ない。
 監督さんと脚本家の才能もまた素晴らしかったのだと思う。



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あとは野となれ大和撫子 [読書・青春小説]

あとは野となれ大和撫子 (角川文庫)

あとは野となれ大和撫子 (角川文庫)

  • 作者: 宮内 悠介
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/11/21
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

「アラル海」というものをご存じだろうか。

ヨーグルトで有名な(笑)「カスピ海」というのがある。
ユーラシア大陸の内陸部、中央アジアと呼ばれる場所に位置していて
名前こそ「海」だが、実は日本とほぼ同じ面積をもつ世界最大の湖だ。

私が小中学生の頃、社会科の地図帳を開くと、
その「カスピ海」の東に小さい湖があった。
小さいとはいってもカスピ海と比べるから小さく見えるが
日本の東北地方くらいの面積があった。それが「アラル海」だ。

「あった」と過去形なのは、21世紀の現在、
アラル海はその80%が干上がってしまい、
かつての1/5の面積に縮小してしまっているからだ。

 20世紀半ばから、ソビエト連邦が綿花栽培の灌漑に使うため、
 アラル海へ流れ込む川の水を利用するようになり、
 その結果急激に面積が縮小してしまった。
 これは後に「20世紀最大の環境破壊」と呼ばれるようになる。

前置きが長くなってしまった。
本書は、そのアラル海が干上がってできた土地に建国された
”アラルスタン” という架空の小国家が舞台になっている。

国内には地域紛争に追われて流れ込む多民族の難民とテロ組織を抱え
周囲の国は国土の南部に発見された油田の権益を狙う。
そのような微妙な力の均衡の上に成り立つ国だ。

主人公は日本人少女・ナツキ。
父親はODAでアラスルタンに来た農業技術者だったが
彼女が5歳の時に紛争に巻き込まれて両親は死亡、
ナツキは ”後宮(ハレム)” に引き取られることになった。

そこは、初代大統領の頃は文字通りの ”ハレム” だったのだが、
二代目大統領アリーは、そこを次代の人材養成のための
女子の高等教育を行う ”学校” へと作り替えていた。

ナツキはそこで多くの仲間と共に15年間を過ごし、”卒業” 後は
父のような技術者になって、砂漠に雨を降らせることを夢見ていた。

しかしアリー大統領の暗殺によって情勢は一変する。
反政府組織AIM(アラルスタン・イスラム運動)が蜂起し、
首都マグリスラードへ進撃を開始したのだ。

しかも、国会議員をはじめ国の中枢を占めるメンバーのほとんどが
首都から逃亡してしまうという事態に。

そんなとき、後宮で学ぶ女たちのリーダー・アイシャは
とんでもないことを始めようとする。
なんと、自分たちで「臨時政府」を立ち上げようというのだ。
アイシャは大統領代行、ナツキは国防相に就任してしまうことに・・・

突然、国家権力の空白を埋めることになってしまった少女たちが
次から次へと襲いくる試練を乗り越えて ”国家” を ”運営” していく。
しかし彼女たちの表情に悲壮感はない。
軽やかにしなやかにおおらかに、ぼやきながらも笑顔は忘れない。
逞しく強かに生き抜いていく乙女たちの痛快冒険物語だ。

こういう物語の常だが、登場人物のキャラが見事に立ってる。

主役のナツキ。もともと楽観的な性格なのだろうが、
銃弾や爆撃機が飛び交うような最中でも明るさ元気さを失わない。
まさに、この物語のテーマと雰囲気を体現するお嬢さんだ。

アイシャが立ち上げた臨時政府に参加した仲間の一人、ジャミラは
他人と群れない一匹狼的なところがあるのだが、実は意外な過去が。

アラルスタン国軍大佐アフマドフは、なぜかナツキのことが気に入って
なにかと後ろ盾になってくれる頼もしい大人。

「臨時政府」最初の敵となるAIMの若き幹部・ナジャフは、
過去にナツキと ”ある因縁” でつながっていたことが明らかに。

イーゴリは後宮に出入りする、自称 ”吟遊詩人” だが
裏ではいくつもの顔をもつ謎の男。

そして後宮の ”お局様” 的存在のウズマ。
何かと「臨時政府」を敵視し、裏で何やら画策していて
物語終盤のキーパーソンとなる人物。

個性的かつ多彩なキャラが架空の砂漠の国を舞台に大活躍。
文庫で500ページ近い大作だが、ページを繰る手が止まらない。
楽しい読書の時間を過ごせる一冊だ。


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青い海の宇宙港 春夏編/秋冬編 [読書・青春小説]


青い海の宇宙港 春夏篇 (ハヤカワ文庫JA)

青い海の宇宙港 春夏篇 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 川端 裕人
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/07/04
  • メディア: 文庫
青い海の宇宙港 秋冬篇 (ハヤカワ文庫JA)

青い海の宇宙港 秋冬篇 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 川端 裕人
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/07/04
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

日本列島の南に位置する多根島は、
豊かな自然と、日本宇宙機関(JSA)の宇宙関連施設が同居する島だ。

 モデルは、言わずと知れた種子島でしょう。JSAはJAXAかな。

この島には「宇宙奨学生」という制度がある。
島外からやってきた小学生は1年間、里親の元で過ごしながら、
党内で催される様々な宇宙関係のイベントに参加する、というもの。

東京から来た天羽駆(あもう・かける)、北海道から来た本郷周太、
橘ルノートル萌奈美(もなみ)はフランスから来たハーフ。
そして地元・多根島の大日向希実(おおひなた・のぞみ)を加えた
4人の小学生が本書の主人公だ。
ちなみに萌奈美が5年生、他の3人は6年生。

自然を楽しむことを目的に島へ来た駆だったが、
周太の熱意に押され、4人でロケットの打ち上げを目指すことになる。
そんな彼らの、島で過ごす1年間を描いた物語だ。


同じ作者の「夏のロケット」の小学生版とも言えるのだけど
時代も20年経ち、何よりIT技術が進歩したことによって
小学生でも機体設計や軌道計算ができるようになっているなど
打ち上げを巡る様相は一変している。

前編である「春夏編」は、駆たち4人が
島の特産品であるサトウキビからとった黒糖を材料にして
固体燃料を作り、それを使った ”キャンディ・ロケット” を
打ち上げようとする話。

そして後編「秋冬編」では、本格的なロケットの打ち上げを目指す。
それも地球の衛星軌道を超え、太陽系を脱出し、
宇宙の彼方まで届くような・・・

もちろん子どもたちだけでできるわけはなく、
さまざまな大人たちの協力が欠かせない。
小学校の先生たち、こどもらの里親たち、
島の人々、そしてJSAの職員たち。

”キャンディ・ロケット” までは笑顔で協力してくれるが
いざ本格的なロケットとなると、途端に慎重になる。
まあその気持ちもわかるが。

そんな頑なな大人たちの ”壁” を、子どもたちの情熱が突き崩していく。
子どもたちの夢を、かつての自分の夢に重ね、
島民の心が一つになって、1本のロケットに結実していく。
このあたりはなかなか感動的。

私は年のせいか、大人たちのほうに感情移入してしまう。

JSAで働いてはいるものの、自分に割り当てられる仕事に
疑問を抱く加勢(かせ)、そしてその同僚で
生物学が専門という異色の経歴の大日向奈々(希実の従妹)は、
読んでいていちばん気になる恋人未満カップルだったりする。

神社の宮司で周太の里親でもある岩室が、
ロケット部品の加工工場を経営してたりと
そのへんにいるおじさんおばさんが、
意外なところでロケットに関わっていたりする。

子どもたちの姿が生き生きと描かれているのはもちろんなんだけど
登場してくる大人たちも、みんな個性的だ。

そして終章は3年後。

成長した子どもたちは、それぞれが自分の未来へ向かって歩んでいる。
そしてロケットの打ち上げは、大人たちにも変化をもたらし、
中には意外な転身を果たしている者も。

そんな子どもたち大人たちの姿、
そして島の現在を描いて物語は幕を閉じる。

明るい未来を感じさせる話は、やっぱり読んでて楽しい。

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