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ダーク・ブルー [読書・冒険/サスペンス]


ダーク・ブルー (講談社文庫)

ダーク・ブルー (講談社文庫)

  • 作者: 真保 裕一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/08/10
  • メディア: 文庫

評価:★★★★


 海洋調査のため、深海潜水艇「りゅうじん6500」と支援母船「さがみ」はフィリピン沖へ向かう。しかし武装テロリストの襲撃を受けて「さがみ」は占領され、船員は人質となってしまう。
 彼らの目的は海底に沈む「宝」の回収だった。現場海域への台風の接近というタイムリミットを抱え、「りゅうじん」パイロット・大畑夏海(おおはた・なつみ)はテロリストを乗せて深海へ潜航することに・・・


 主人公は大畑夏海。国立研究開発法人JAOTEC(日本海洋科学期間)で深海潜水艇「りゅうじん6500」のパイロットとして働いている。
 海洋調査のため、「りゅうじん」と支援母船「さがみ」はフィリピン沖へ向かうことになった。同乗するのは栄央(えいおう)大学工学部の奈良橋教授と研究員・久遠蒼汰(くどお・そうた)。今回の調査航海は、彼らが開発して「りゅうじん」に搭載したマニュピレーター(ロボットアーム)の試験も兼ねていたのだ。

 蒼汰は夏海の恋人だったが、現在は冷戦状態になってしまっている。ロボットアームの研究開発が、将来的に潜航艇の無人化につながると夏海は思ったのだ。

 「さがみ」がフィリピン近海まで航行してきたとき、故障で救援を求める漁船に遭遇する。しかし乗っていたのは武装したテロリスト集団だった。彼らは瞬く間に「さがみ」を制圧してしまう。

 テロリストによると、「宝」を積んだ輸送船が嵐で沈んだのだという。その沈没地点を確定し、「りゅうじん」を用いてそれを回収することが彼らの目的だった。

 しかし数日後には台風が接近してくることが判明する。海が荒れれば、潜航艇の運用はできず、もちろん回収作業も不可能になってしまう。
 タイムリミットを抱えながらも、「さがみ」は総力を挙げて沈没船の発見に成功、そして夏海はテロリストのメンバー1名を伴い、深海へ潜航してゆく・・・


 冒険アクションと云うよりは、この事件に関わることになったメンバーそれぞれのドラマにスポットが当たっていく。

 夏海と蒼汰の "諍い" も、潜水士たちとロボットアーム研究者たちの間の反目が根底にある。どちらも海底探査の安全化・効率化という目標は同一ながら、立場の違いが対立を生んでしまう。

 「さがみ」船長の江上安久(えがみ・やすひさ)は、厨房で副料理長を務める女性・笠松文佳(かさまつ・ふみか)に対して "負い目" を抱えており、今回の航海を最後に船を下りる決断をしている。

 奈良橋俊彦教授は、軽口ばかり叩く、いたずらっ子がそのまま大人になったようなやんちゃなキャラで、テロリストたちの要求に逆らったり、あちこちに "仕掛け" を施してまわるなど、前半ではもっぱらトラブル・メーカーとして描かれている。
 助手の蒼汰も、もっぱら彼の "お守り役" としての苦労が目立つ(笑)。しかし教授の "仕込み" が終盤で効いてくるあたりは上手い。

 その他にも、航行に関わる船員たち、海底探査を受け持つ調査員、「りゅうじん」整備を担当する技師たちなど、さまざまな人物が登場する。
 台風の接近によるタイムリミットが迫り、短時間で広大な海域を探査することにる隊員たち。テロリストからの過大な要求も加わり、悪条件が重なる。しかしそんな中でも常に最善を尽くし、自らの職務を全うしていく姿は、いかにもその道の "プロ" らしい。

 クライマックスは、深海に沈んだ輸送船の残骸から「宝」を回収しようとする「りゅうじん」、そしてそれを操縦する夏海の奮闘だろう。
 しかしそれも、潜水艇単独でできることではない、母船にいる支援チームからの的確なサポートなしには、安全かつ確実な成功は望めない。

 そして、実は「宝」の回収後こそが最大の危機となる。果たして、テロリストたちは「さがみ」の船員たちを生きたまま解放するのだろうか・・・?


 最初は海洋版『ダイ・ハード』みたいな作品かと思っていたのだが、アクションシーンはあまり多くなく(終盤にはそれなりにドンパチがあるが)、「さがみ」側・テロリスト側の両方を含めて、人間のドラマにウエイトを置いた作品といえるだろう。
 "スカッと爽やか" 系の派手な冒険活劇というわけではないが、これはこれでなかなか読ませると思う。



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老警 [読書・ミステリ]


老警 (角川文庫)

老警 (角川文庫)

  • 作者: 古野 まほろ
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/08/24

評価:★★★


 小学校の運動会に男が侵入し、無差別大量殺人事件を引き起こした。男は33歳の「ひきこもり」で、現場に居合わせた警官から銃を奪って自殺してしまう。そして、男の父もまた現役警官で、事件直後に自ら命を絶つ。
 県警警備部長を務める警察キャリア・佐々木由香里(ささき・ゆかり)警視正は混乱を極める県警本部にあって、事実確認を進めていくうちに、驚きの真相に辿り着くが・・・


 伊勢鉄雄(いせ・てつお)は33歳。大学を中退して後、引きこもりとなった。やがて妄想に囚われるようになり、自らに文才があると信じ込んで、"超大作小説" なるものを執筆しては出版社に送りつける日々を送っている(もちろん色よい返事が来るはずもないが)。
 最近、イライラとして落ち着きがない。近所にある五日市(いつかいち)小学校の騒音が気に障っているのだ。運動会が近づいているせいだ。

 そして迎えた運動会当日。校内に現れた鉄雄は瞬く間に、大人と子ども併せて19人の人間を殺傷し、最後は現場に居合わせた警官から奪った拳銃で自殺を遂げる。

 通報を受けた県警本部は、前代未聞の大量殺人という凶悪犯罪に大混乱に陥る。やがて、犯人の父親が警官と判明、警察にとっては "最悪の事態" となり、騒動にはさらに拍車がかかっていく。


 鉄雄の父・伊勢鉄造は、県警警備部に所属する現役の警部だった。父子2人暮らしであったことから、犯人の情報を知る唯一の人間として、警察によってマスコミから隔離されるが、隙を見て自ら命を断ってしまう。

 県警警備部長を務める警察キャリア・佐々木由香里警視正は、混乱の中にある県警の中にあって、上層部の動きに不審なものを感じる。自ら調査を進めていくと、やがて驚きの事実にぶち当たるのだが・・・


 ミステリ的なカラクリについては、かなり早い時期に気づいてしまう人もいるだろう。作者もあまり隠そうとはしていないみたいだし。

 しかしそれよりも作者が描きたかったのは、この事件に対する県警上層部の不可解な対応であり、その理由だろう。むしろこちらの方がミステリのネタとしては重きを置いて描かれている。

 そこには、元警察官僚だった作者らしく、県警内部の暗闘、権力争い、入り組む思惑などが描かれており、さらには地方と中央との関係も大きく絡んでくる。
 このあたりは作者による他の警察ミステリ『監殺』『女警』などでも描かれていることなのだが、いつもながら(フィクションとして "盛ってある" 部分はあるのだろうが)警察といえども組織であり、それ故に、外部からは窺い知れない ”独自の価値観” で動いていることが今回も示される。

 あともう一つ、本書で印象に残るのは、大量殺人犯となる伊勢鉄雄の描写である。引きこもりに入ってからは妄想状態になり、昼夜逆転でひたすら「大傑作小説と自ら信じて疑わない」文章を書きまくる。しかもそれだけではない。家族に対して凄まじい暴言、暴力を繰り返すようになるのだ。
 本書では父親の鉄造がその標的となる。いかに警官といえども既に還暦近い年齢で、息子は立派な体格に成長してしまっているわけで、体力的にも敵うものではない。DVを恐れてひたすら息子の顔色を伺う日々は、まさに "生き地獄" だろう。

 ちょっとネットで検索してみたら、内閣府が2022年11月に行った調査では、15~64歳の年齢層において、その2%を超える推計145万人が(程度の差はあれ)いわゆる「ひきこもり」なのだそうだ。
 2%ということは50人に1人。伊勢鉄造・鉄雄親子のような家庭は、現代日本では決してレアケースではなさそうだ。いささか暗澹たる気持ちになってしまう。

 『監殺』『女警』の記事の時、「警官志望の若者が激減してしまうんじゃないか」って書いたんだが、本書を読むと、それに加えて「子どもをもつことに恐怖を感じる」若者が増えてしまうんじゃないかと心配になる。(作者にそういう意図はないと思うが)少子高齢化を促してしまいそうな "問題作" になってるかも知れない。



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グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船 [読書・SF]


グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船 (ハヤカワ文庫JA)

グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 高野 史緒
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2023/07/19

評価:★★★


 女子高生・藤沢夏紀(ふじさわ・なつき)と大学生・北田登志夫(きただ・としお)は、2021年の夏を茨城県土浦市で迎えた。しかし二人はそれぞれ ”科学技術の進歩が異なる別々の宇宙(並行世界)” に生きていた。
 それなのに、2人にはなぜか幼い頃に "飛行船「グラーフ・ツェッペリン号」を一緒に見た" という共通した記憶があった。
 本来なら、全く触れあうことがない二人のはずだが、ある日、夏紀宛てに不思議な電子メールが届く・・・


 藤沢夏紀は土浦市内の女子校に通う17歳の高校2年生。自らの成績も容姿も平凡であることを自認している少女である。今は夏休みで、学校で行われる外国人講師による英会話講座に参加している。
 パソコン部に所属しているが、PCは筑波大から貰った中古品で、OSだけは最新版のWindows21が入っている。IT技術に関しては、インターネットがやっと普及し始めているというところ。
 しかしその一方で、重力制御技術が実用化されており、月面には恒久的な基地が置かれ、火星開発が進んでいる、というのが彼女が暮らす2021年の世界だ。

 北田登志夫は17歳。小中学校を飛び級で修了して、現在は東京大学2年生。知力はずば抜けているのだが、いわゆる天才キャラではなく「ハタチ過ぎたらタダの人」になってしまうことを本気で心配している、いたって普通の感性をもつ少年だ。
 夏休みを利用して両親の故郷でもある土浦市にやってきた。土浦光量子コンピュータ・センターで1ヶ月間のアルバイトをするためだ。
 登志夫の世界は、量子コンピュータの開発・運用が実現しているが、宇宙開発は発展途上と、ほぼ我々(読者)の世界と近い科学技術レベルにあるようだ。

 異なる並行世界を生きている二人は、本来なら過去・現在・未来いずれにおいても一切、触れあうことのない存在のはず。しかし二人には幼い頃、"飛行船「グラーフ・ツェッペリン号」を一緒に見た" という共通した記憶があった。

 夏紀は覚えている。そのとき、傍らに自分と同じくらいの年頃のトシオという男の子がいたことを。
 登志夫は覚えている。そのとき、傍らに自分と同じくらいの年頃のナツキという女の子がいたことを。

 ドイツの飛行船「グラーフ・ツェッペリン号」は、1929年に世界一周の旅に出発し、その途中の8月19日に、土浦にあった帝国海軍の霞ヶ浦航空隊基地に寄港している。これは夏紀の世界、登志夫の世界、加えて我々(読者)の世界でも、それぞれに共通に起こった ”史実” だった。

 しかしそれならば、なぜ90年以上も過去に起こった出来事に、二人は遭遇していたのだろう・・・

 というのを根底の謎として設定しつつ、二人のひと夏の物語が綴られていく。


 中古のPCで、開通したばかりの電子メールの練習のために、自分宛にメールを送っていた夏紀は、来るはずのない "返信メール" が来ていることに気づき、驚く。

 実はこれは、光量子コンピュータ内の、いわゆる電脳空間に "ダイブ" していた登志夫からのものだった。二人はこれをきっかけにコミュニケーションを取ることに成功、お互いの情報を交換していくようになっていくのだが・・・


 ひとことで云えば、量子コンピュータを介してつながった2つの並行世界における "ボーイ・ミーツ・ガール" を描いたラブ・ストーリー、だろうか。

 ただねぇ・・・並行世界に生きている2人だけに、前途は多難というか、この恋が成就する可能性は限りなく低そうだなぁ、なんて思いながら読んでいた。
 やっぱりこの手の話は、ヒロインの笑顔で終わってほしいなぁ。年を取ったせいか、だんだん哀しい話を受けつけなくなってきたのもあるんだが。

 ・・・と思いながら迎えたラストシーン。ある意味、予想を超えた結末ではあった。SFとしては綺麗に終わっていると思うけど、ラブ・ストーリーとしては評価が分かれそうな気もする。


 最後に余計なことをふたつ。
 ひとつ目は、文庫の表紙。この絵、いいよねぇ。この本を買った理由の六割くらいはこの表紙にある(おいおい)。
 二つ目は、ヒロインの夏紀さんが電子メールの練習で自分宛にメールを送るシーン。これ、私もやりましたよ。それ以外にも、ネット普及期の描写には懐かしさを覚えました。



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卒業生には向かない真実 [読書・ミステリ]


卒業生には向かない真実 自由研究には向かない殺人 (創元推理文庫)

卒業生には向かない真実 自由研究には向かない殺人 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2023/07/18

評価:★★★


 グラマースクールを卒業し、数週間後にはケンブリッジ大学への入学を控えたピップ。しかし彼女の周囲に異変が起こり始める。無言電話、匿名メール、鳩の死骸、謎の落書き・・・。
 いずれも、6年前に起こった連続殺人事件の被害者の身辺に起こっていたこと。しかしその犯人は逮捕されて収監中のはず。ピップは姿なきストーカーと対決することに・・・


 『自由研究には向かない殺人』から始まる、イギリスの田舎町リトル・キルトンに住む少女ピップを主人公とした三部作の完結編。
 前作の時も書いたが、このシリーズは三作全体でひとつの大きな物語を形成している。だから二作目の『優等生は探偵に向かない』では、序盤から一作目のネタバレがあるし、本作の冒頭は、二作目の結末をそのまま引き継いで始まる。
 ついでに二作目のネタバレもあるので(いきなり本作から読み始める人はいないとは思うが)、前二作を読んでおくことを強く推奨しておく。


 前作『優等生は-』終盤におけるピップは、「精神的にいささか不安定になってしまったみたいで心配」って前作の記事に書いたんだが、本作に至ってもそれは改善されるどころか、ちょっとヤバいモノにまで手を出してしまうほど悪化している。
 一作目の "功績" もあって、ケンブリッジ大学への合格も決めたはずの優等生がここまで "変わって" しまい、驚きを通り越して衝撃的ですらある。


 そんなピップにさらなる追い打ちを掛けるように、身辺に奇怪な出来事が起こり始める。無言の電話、匿名のメール、首を切られた鳩の死骸、自宅の私道にはチョークで書かれた "首無し人間" と思しき謎の落書き。何者かがピップに害を為そうと迫ってきているようだ。

 これらの "兆候" を調べたピップは、6年前に起こった連続殺人事件の被害者たちの身辺に起こっていた ”前兆” と一致していることを突き止める。しかしその犯人ビリー・カラスは逮捕され、現在は刑務所に収監中だった。

 ひょっとしてビリー以外に真犯人がいるのではないか? ピップは自らの身を守るためにも、姿なきストーカーの正体を突き止めるべく調査を開始する・・・


 本書は文庫で650ページもある大作なのだが、中盤から物語の様相が一変する。何がどう変わるのかはネタバレなのだが、本書の惹句には「ミステリ史上最も衝撃的な三部作」とある。
 「最も衝撃的」なのかどうかは分からないが、予想の "斜め上" どころではないのは間違いなく、読者の多くは驚愕するのではないか。それくらいインパクトのある劇的な展開ではある。


 読んでみると分かるが、『自由研究-』の時点から既に種は蒔かれていたわけで、第一作の段階からこの結末まで構想していたとすれば、深謀遠慮に畏れ入るというか、作者は意地が悪いというか(おいおい)。
 第一作のヤングアダルト向けな明るめの作風から、ダークな雰囲気の二作目を通って、ブラックな三作目に辿り着いたというか・・・。こういう決着を迎えるとは、大半の読者は思いもよらなかったのではないかな。

 巻末にある作者の「謝辞」を読むと、こういう内容になった理由の一端が垣間見えるのだけど、この結末によってこの三部作は一種の "問題作" とも云える存在になってしまったわけで、評価が分かれるような気がする。

 解説によると、作者は20代でこの三部作を書き上げたとか。三部作合わせると文庫で1800ページくらいあるわけで、その筆力には感嘆するけれど、それに加えて、若いからこそ物怖じせずにこういう物語を描けたのかも知れないなぁ、とも思った。

 三部作を通じてSNSを駆使してきた現代の若者であるピップの物語らしく、本作の最終ページはSNSの一画面が掲載されて〆となる。
 でも、この内容はどう解釈すればいいのだろう。最終的なピップの着地点は読者の想像に委ねられた、ということだろうか。



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アステロイド・シティ [映画]



a-city.jpg

 時は1955年、アメリカ南西部に位置する砂漠の街、アステロイド・シティ。隕石が落下してできた巨大なクレーターが最大の観光名所であるこの街に、科学賞の栄誉に輝いた5人の天才的な子供たちとその家族が招待される。
 子供たちに母親が亡くなったことを伝えられない父親、マリリン・モンローを彷彿とさせるグラマラスな映画スターのシングルマザー──それぞれが様々な想いを抱えつつ授賞式は幕を開けるが、祭典の真最中にまさかの宇宙人到来!?
 この予想もしなかった大事件により人々は大混乱!街は封鎖され、軍は宇宙人の事実を隠蔽しようとし、子供たちは外部へ情報を伝えようと企てる。果たしてアステロイド・シティと、閉じ込められた人々の運命の行方は──!?


 ごめんなさい。私にはこの映画の良さが全く分かりませんでした。あまりのわけの分からなさにネットの評判を見てみたら、けっこう高評価の作品みたいで二度ビックリ。私だけ違う映画を見ていたのでしょうか?

 その評価を読んでいて何となく見当がついたのは、この映画はウェス・アンダーソンという監督の方の個性全開の作品らしいこと。
 だからこの監督さんのファンで、その ”持ち味” を充分に解った人にとっては、とっても楽しい映画なのでしょう。

 コントラストがハッキリした、絵みたいな背景だなぁと思ってたら、実は映画の本編部分は「舞台劇」で、だから「舞台裏/楽屋」まで出てくるというメタ的な二重構造。
 前衛的といえばそうなのでしょうが、私みたいに ”フツーの映画” を期待してきた人は戸惑うばかりで、なかなかついていけません。私のアタマの出来がもう少し良ければ、この映画の良さが解るのでしょうか・・・。

 ストーリーもあるようなないような、そしてヤマもなくオチもない。云ってしまえば、「ついてこれる人」だけを相手にしているようにも思えます。私ははやばやと脱落してしてしまったみたいで、最後まで作品世界に ”入れない” ままラストを迎え、”疎外感” だけが残りました。

 ネットで予告編を観た時には、とても面白そうな映画だと思ったんですけどねぇ。私にとっては「予告編が一番面白かった映画」になってしまいました。


タグ:SF
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コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝 [読書・SF]


コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝 (ハヤカワ文庫JA)

コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 林 譲治
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2023/08/17

評価:★★★★


 150年前に移民が始まった惑星シドン。そこにはビチマという先住生物がいた。人間のような外見・知性を持つが入植当時は奴隷のような扱いを受けていた。
 しかしその後、ビチマは3000年前にワープ事故によって漂着した人類の末裔だと判明する。とは云っても現在でもビチマに対する偏見は未だ根深く残っている。そんなとき、ある遺跡でビチマの惨殺死体が発見される・・・


 ワープ航法が実用化された未来、ある植民星系の周囲の宇宙空間でワープが不可能になり、星系全体が人類文明圏から孤立してしまう・・・という事件を描いた『工作艦明石の孤独』(全4巻)。本書はその "外伝" と銘打ってあるけど、世界設定/技術設定は同じであるものの、時代も異なるし、共通して登場する人物もなく、ストーリーも全く独立している。

 予備知識として必要なのは、本シリーズにおけるワープ航法は、理論が完全には解明されておらず、ブラックボックスの部分が多い技術である、という点。
 転移先を決めるパラメーター設定さえ、試行錯誤を繰り返さなければならない。しかも、ワープによる移動は、空間ではなく時間をも跳躍している可能性も示唆されている。
 だから、ワープ中の事故によって3000年前の世界へ飛んでしまう、なんてことが起こりうるのだ。

 前置きが長くなってしまった。作品紹介に入ろう。


 ある星系で起こった動乱から逃れ、脱出した避難民を乗せた恒星間宇宙船コスタ・コンコルディアは、ワープの事故によって3000年前のドルドラ星系の惑星シドンに漂着した。
 避難民たちは厳しい自然環境に適応して独自文化を形成して生き延びてきたが、やがて技術文明を失っていった。

 そのシドンへ、150年前に新たに人類がやってきた。植民が始まったが、当初より移住者たちは "先住生物" を人類とは知らずに労働力(奴隷)として扱い、彼らの存在を地球政府に報告しなかった。
 先住生物が人類である可能性が浮上したのが100年前だが、コスタ・コンコルディアの残骸(文庫表紙の絵に描かれている)が発見されて、それが確定するまでさらに25年の歳月を必要とした。"先住者" たちは "ビチマ"(イタリア語で遭難者の意味)と呼ばれるようになった。

 現在の惑星シドンの総人口200万人のうち、ビチマは約55万人。今ではビチマにも人権が与えられているが、彼らのことを動物まで退化した劣った存在だという偏見・差別意識を持つ者も少なくない。

 そんなとき、ある遺跡でビチマの惨殺死体が発見され、それによって人類-ビチマ間の緊張がこれまでになく高まった・・・というのが本書冒頭の状況。


 各植民惑星には地球から派遣された弁務官がおり、自治政府を指導・監督しているが、惑星シドンの弁務官クワズ・ナタールは事態を重く見て、調停官の派遣を要請した。これに応えてシドンにやってきた調停官テクン・ウマンが本書の主役となる。
 ウマンには殺人事件の真相解明とともに、それを契機として惑星シドンの民族問題解決への糸口を見つけ出すという任務が与えられていた。

 調停官の指揮の下、調査が進むうちに新たな事実が次々と発見され、謎に包まれたビチマたちの3000年間の歴史が解き明かされていく・・・


 いざとなったら植民惑星の全権を握ることができる弁務官という設定は、眉村卓の〈司政官〉シリーズを彷彿とさせる。もっともあちらの司政官は長い歴史にうちに形骸化しているのだが、こちらの弁務官はまだまだ権威を持っていて、自治政府も勝手はできない。

 物語の途中で現れるピースを組み合わせることにより、終盤ではビチマの歴史が再現されていく。物質文明を失って、未開の石器時代人となったように見えても、彼らの生活様式には意外な事実が潜んでいたことが解明されるあたりは、よくできたミステリのようでもある。


 巻末の後書きによると、本書の構想のもととなったのはBSのドキュメンタリー番組。ネイティブ・アメリカン(アメリカ大陸の原住民、過去には "インディアン" と呼ばれていた人々だ)と、ヨーロッパからやってきた植民者との接触を描いたものだったという。
 もちろんそれはあくまで素材のひとつに過ぎない。本書はきっちりとしたSFとしてできあがっている。作家さんというのは、どこからでもネタを拾ってくるんだね。

 ちなみに〈コスタ・コンコルディア〉と同名のクルーズ客船も実在していたようだ。2012年に地中海で座礁・転覆事故を起こし、2017年に解体されたとwikiにあった。



タグ:SF
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リボルバー・リリー [映画]




 いささか時期はずれになってしまったが、この夏から現在まで何本か映画を見たので、これから簡単に記事にしていこうと思う。


lily.jpg

 舞台は大正時代末。
 秩父に住む細見慎太の家を陸軍が襲い、一家が惨殺されてしまう。辛うじて逃れた慎太は、襲撃の直前に父から託された書類を持って逃亡する。それは陸軍の秘密資金に関するものだった。
 彼を救ったのは小曽根百合。特務機関で訓練を受け、3年間に50人以上の殺害に関わった、冷酷非情にして美貌の諜報員。人呼んで「リボルバー・リリー」。
 百合と慎太は陸軍部隊の追撃を逃れ、列車・トラック・舟と乗り継ぎつつ、東京を目指していく・・・


 原作は文庫で630ページもあるので、映画化が決まった時に心配したのは上映時間。まともに作ったら3時間超えになりそうだなぁ・・・。

 完成した映画は2時間19分。でも今度はどこをカットしたのかが気になった。序盤の秩父のシーンなんてバッサリ切られるかと思ったら、案外残ってた。その代わり、東京へ行くまでがちょっと端折られたかな。
 全体として印象的なシーンは結構残ってたし、アクションにも尺は割いてたのでダイジェスト感はない出来。そういう点では上手くまとめたかなと思う。

 でも興行的には振るわなかったみたい。ちょっと残念ではある。人気マンガの実写化とかTVドラマシリーズの延長としての映画化とかが幅をきかせている昨今なので、なおさらこういう作品には存在価値があると思うんだけどねぇ・・・。

 でも主演の綾瀬はるかはよかった。小曽根百合役に彼女をキャスティングしたのは大正解だ。大正ファッションに身を包み、それでいて大の男をねじ伏せるアクションの華麗さ、リボルバーをぶっ放せば百発百中。
 まさに ”綾瀬はるかを観る” ための映画になってると思う。

 原作とは異なる設定もあちこちに。まあ2時間の枠に収めて映画なりの決着をつけるための変更かとも思うのでそこはいいと思う。
 ただ、ところどころ反戦的なメッセージを含む台詞が出てくるのはちょっと違和感が。別に反戦が悪いというのではなく、この作品にはそぐわないような気がしたので。

 聞くところによると、制作中にウクライナ侵攻が起こり、その最中にこういう ”人がバンバン死んでいく映画” を作るのは如何なものか・・・的な葛藤があったとか、なかったとか・・・

 あと、他のキャストについてちょっと書いて終わりにしよう。

 弁護士・岩見良明は長谷川博己。けっこう原作のイメージに合ってると思うんだけど、不入りの原因みたいに書いてあるネット記事があったのは残念。
 細見慎太少年は羽村仁成(Go!Go!kids)。原作よりも年齢が上になってるけど、足の不自由な役を熱演してると思う。
 百合の仲間を演じたシシド・カフカと古川琴音もいい味出してる。
 不気味な男・南始は清水尋也。こういう雰囲気も出せる俳優さんなのですね。
 陸軍士官・津山ヨーゼフ清親はジェシー(SixTONES)。バラエティでのおちゃらけキャラは封印して、笑顔皆無での熱演。
 山本五十六が阿部サダヲってのはいまひとつ納得がいかないんだが(笑)。
 慎太の父・細見欣也は豊川悦司。うーん、こういう設定にしたんですね。映画としてはこのほうが納まりがいいのかもしれないけど。
 吹越満、橋爪功、石橋蓮司は流石の重厚さ。でも佐藤二朗と板尾創路という配役は、シリアスなのかコメディなのか判断に困る(笑)。


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アンデッドガール・マーダーファルス4 [読書・ミステリ]


アンデッドガール・マーダーファルス 4 (講談社タイガ)

アンデッドガール・マーダーファルス 4 (講談社タイガ)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/07/14

評価:★★★☆


 吸血鬼・人造人間・人狼などの怪物や日本の妖怪たちが公然と(一部は世間から隠れて)跋扈し、それに加えて、多くの名探偵たちや怪盗、犯罪者たちも実在しているというテーマパークみたいなパラレルワールドが舞台。

 時は19世紀末。産業革命から100年、科学文明を得た人類は次第に勢力範囲を拡大しヨーロッパ各地に潜む怪物たちを排除しつつあったが、それでも ”人外の存在” が関わる事件は起こっていた。

 そんな ”怪物事件” を専門に請け負う探偵・輪堂鴉夜(りんどう・あや)、彼女の助手兼下僕の真打津軽(しんうち・つがる)、そして鴉夜に仕えるメイドの馳井静句(はせい・しずく)の3人組が、異形の怪物や犯罪者に立ち向かうシリーズ、第4作。
 今回は短編5作を収録。うち4編は本編開始前の話で、各キャラたちの過去が語られていく。


「知られぬ日本の日本の面影」
 三人組が渡欧する前の話。
 鴉夜と津軽が出会い、契約を交わした翌朝。3人は一人の外国人に声を掛けられる。男は小泉八雲(こいずみ・やくも)と名乗り、帝国大学で英文学を教えているという。
 八雲の教え子・田部隆次(たなべ・りゅうじ)にはとよ子という許嫁がいたが結核で病死したため、せんという女性を娶った。夫婦仲は良好だが、隆次が関西へ旅行したおり、家にいたせんの周囲で声が聞こえたという。
『おまえはあの人にふさわしくない』『出て行け』
 これはとよ子の "霊" なのではないか? 八雲は二人の用心棒を雇ったが、どちらも首を切断されて殺されてしまった・・・
 3人組が引き受けた最初の事件。幽霊騒動の裏に潜むのは意外な事実で、犯人にはこの時代ならではの動機と、歴史ミステリな側面も。そして3人が日本を発つシーンで締め。


「輪(まわ)る夜の彼方へ流す小笹船」
 藤原純友(ふじわらのすみとも)が瀬戸内の海賊退治に乗り出していた頃、浜に漂着した難破船から一人の赤子が見つかる。彼女を拾い、養育したのは蘆屋道満(あしやどうまん)、播磨国に住まう高名な陰陽師だ。年齢は不詳だが、外見は若い女性だ。
 幼女は鴉夜と名付けられて成長していく。12歳になったとき、道満に連れられて都へ上り、安倍晴明(あべのせいめい)と出会うのだが・・・。
 鴉夜の出自、そして不老不死の身体となった経緯が語られる。特に彼女の肉体を変化させた技術の出所には、驚くとともに納得。たしかに、そういう世界だったよね、ここは。


「鬼人芸」
 維新の後、明治政府は "怪奇一掃" を掲げて《鬼殺し》と呼ばれる特設部隊を結成した。狐狸妖怪や天狗・鬼等の規格外生物、いわゆる"怪物" 殺しを専門に請け負う連中だ。複数あるグループの中に、津軽が所属するものもあった。
 いずれも凄腕の仲間たちとともに "駆除" にあたっていたある日、謎の2人組に遭遇する。一人は杖をついた老人。そしてもう一人は両手にナイフをもつ若い男で、瞬く間に仲間たちを殺戮、津軽も囚われの身となってしまう・・・
 津軽が "鬼の力" を身につけるに至った、壮絶な体験を描く。


「言の葉一匙、雪に添え」
 鴉夜が首だけの存在となったときのエピソード。
 彼女が14歳で不老不死となり、幾星霜。956歳となった彼女は信州の山奥で隠棲していた。側に仕えるは馳井家の者たち。その一人である静句は、日常の仕事に加え、武術にも励む日々。
 300年前から続く馳井一族と鴉夜の暮らしは、いつまでも続くかと思われた。ある雪の日に、謎の2人組が現れるまでは・・・


「人魚裁判」
 ノルウェーの古都、トロンハイム。そこである裁判が開かれる。
 地元の名士ラーシュ・ホルトが殺害された。検事に相当する審問官はエイスティン・ベアキート。子爵家長男にして陸軍省の若手ホープ。そしてラーシュの親友でもある。
 そして被告として法廷に引き出されてきたのは、人魚。〈異形裁判〉と呼ばれてはいるが、実際は公開怪物駆除だ。なぜなら ”怪物” の弁護に立つ者などいないからだ。
 しかし今回は違う。人魚の弁護をしようと立候補した者がいたのだ。それは鳥籠の中に入った、首だけの少女だった・・・
 法廷での鴉夜の弁論はきわめて論理的で、エイスティンの理屈を突き崩してゆく。本書の中でもっともミステリ度が高い。怪物が跋扈する世界だが、そこで展開される推理は現実に即したものできっちりと腑に落ちる。
 このあたりを読んでると、作者が鮎川哲也賞でデビューしたミステリ作家であることを思い出させる。


 鴉夜と津軽の間で交わされる漫才のような掛け合いは、このシリーズの名物(?)だったけど、巻数も重ねたせいか本書ではさらに磨きがかかっているようで、長年連れ添った熟年の夫婦漫才みたいな風格さえ漂う。これでは、横で見ている静句さんが心穏やかでないのもわかろうというもの(笑)。

 次章のタイトルは『秘薬』となるらしい。特殊な世界設定、登場人物の多さ(しかもそのほとんどが超有名キャラ)、しかもそれを活かした 事件 / 物語展開 を設定しなければならないのだから、書く方はたいへんだろう。
 作者さんは他のシリーズも抱えているので時間はかかるかも知れないけど、期待して待ちましょう。



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布施明コンサート「AKIRA FUSE LIVE TOUR 2023-2024 刹那の夢がたり」 [日々の生活と雑感]


 先日9月16日(土)、表題にあるコンサートに行ってきました。場所は川口リリア・メインホール。JR川口駅西口に直結した、とても便利な場所にあります。
akirafuse2023.jpg

 このコンサートのことは新聞の広告で知りました。
「布施明がコンサートやるみたい」ってかみさんに云ったら、意外にも食いついてきて「え? どこで?」「川口で」「川口ってどれくらい遠いの?」
 かみさんは千葉県出身で、埼玉の地理にはあまり詳しくない。
「うーん、ここからだと1時間ちょっとくらいかなぁ」
「だったら行ってみたいな。チケット取ってよ」
 さっそく申し込んだんだけど、もうけっこう売れてたみたいで、取れたのは2階席の後ろの方でした(笑)。ちなみにコンサートの前日に川口リリアへのアクセスを確認しようと公式サイトを見たら、完売してました。

 さて当日。川口リリアに参集してきた皆さんの年齢層はやはり高め。私とかみさんは、年齢的にはけっこう下の方だったのではないかと思います。
 席が後方だったのであまり期待してなかったのですが、意外とステージ全体がよく見える席でちょっとテンションが上がりました。
lilia.jpg

 そんなこんなで17:00開演。
 OPは『マイ・ウェイ』から。続いて『君は薔薇より美しい』。
 年齢を感じさせない声量と歌唱力で、流石の貫禄です。

 デビューして50年以上なので、持ち歌/ヒット曲も豊富。今回のコンサートで歌われたものだけを挙げても『霧の摩周湖』『愛は不死鳥』『愛の詩を今あなたに』『シクラメンのかほり』『落ち葉が雪に』『カルチェラタンの雪』・・・
 でもまあ、有名曲はだいたい、中盤でのメドレー形式での披露。ワンコーラスずつなのでちょっと物足りないかな。

 『仮面ライダー響鬼』(2005年)のEDテーマ『少年よ』も歌われました。これは紅白歌合戦でも歌われた曲だったしね。でも個人的には後期OP『始まりの君へ』のほうが好きだったんだけど、そちらの歌唱はありませんでした。残念。

 コンサートの主体は そのヒット曲メドレーの前後を挟んで、オリジナル曲をじっくり聞かせるパート。まあ正直に言うとあまり馴染みのない曲が多かったんだけど、それでも、ずば抜けた歌唱力で聞かせる。やっぱり布施明はダテじゃない。
 例えば『ピエロ』って曲は、CDでは聴いたことがあったんだけど、そのときはあまり印象に残らなかった。でも、今回ナマの歌唱を聴いたら「こんなにいい曲だったんだ」って評価が変わった。

 前半の途中で、ワンコーラスだけマイクを使わずに歌う、ってシーンがあった。2000人以上が入るホールで、人間1人が肉声のみで歌を聴かせる。でも、我々がいるのは2階席の後ろの方だっただけど、声はしっかり届いたよ。
 けっこう前に、和田アキ子が同じようなことをしてたのをTVで見た記憶があるんだが、いやあそれと同じものを見るとは。

 歌がうまいのはもちろんだが、あの声量はほんとに半端ない。後で聞いたんだけど、かみさんの斜め前の席に座っていた男性が「バケモノだな、あれは」ってつぶやいていたそうだ・・・

 布施明という人は、あまりMCに時間をかけない人みたいで、話しは短め、その分、歌を聴かせるというスタンスみたいだ。

 その中で印象的だったのは、コロナ禍でショービジネスが打撃を受けて、音楽業界でも離職してしまった人が多かったらしいこと。
 あと、この業界にもAIが進出してきて、いつの日か、歌手もミュージシャンも不必要になってしまうんじゃないか、と心配してるとか。

 自分のコンサートスタイルも、いかにも ”昭和” な感じだけど、それでもこのままでいきたい、と。
 確かに、バックダンサーもいないしステージ上に派手な演出があるわけではないし。ステージ後方のスクリーンに映る背景が、曲ごとに変わっていくんだけど、それもごくシンプルなもの。
 あくまで ”布施明の歌唱” を前面に出した構成で、それでも2時間弱、観客を飽きさせずに聞かせるんだからたいしたものだ。
 そして「まだこれからも続けるつもり」「なぜなら『やりきっていない』って思うから」御年75歳にしてこの心意気。頭が下がります。

 「また聞きに来たい」って思わせる、素晴らしいコンサートでした。


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リーガルーキーズ! 半熟法律家の事件簿 [読書・ミステリ]


リーガルーキーズ! (新潮文庫 お 114-1)

リーガルーキーズ! (新潮文庫 お 114-1)

  • 作者: 織守 きょうや
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2023/05/29
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 本書の主人公は司法試験に合格した司法修習生たち。彼ら彼女らは1年間の研修を受ける。その中には、弁護士・検事・裁判官の下で実際の事件に触れながら学ぶことも含まれる。
 法律だけでは割り切れない人の心の機微を知り、理想と現実の違いに直面していく修習生たち。さらにプライベートでも、同期生との絆を深めていく。
 そんな彼ら彼女らが出会った4つの "事件" を描く、連作ミステリ。


「第一章 人は見かけによらない」

 語り手は鳥山法律事務所に所属する若手弁護士・澤田花(さわだ・はな)。そこへやってきた修習生・藤掛千尋(ふじかけ・ちひろ)は、明るい茶髪に真っ赤なフレームの眼鏡で派手な顔立ち。一見するとホストか若手のお笑い芸人にしか見えない青年だった。指導担当となった花は彼の外見に戸惑うことに。
 しかし、実家が客商売をしていたせいか、藤掛は抜群のコミュニケーション能力を持っていた。藤掛と接していくうちに、花は彼の中に弁護士としての資質を見いだしていく。

 そんなとき、交通事故の和解で顧客となっていた千葉瑤子(ちば・ようこ)という女性から、別件で依頼を受ける。
 夫が浮気をしているらしいと云うのだが・・・

 法律的な実務能力はもちろんだが、弁護士に必要なことは当事者たちの心に寄り添うこと、なのだろう。それが自然にできる藤掛はいい弁護士になりそうだ。
 サブ・ストーリーとして花のプライベートも描かれているのだが、これも本筋と微妙にリンクしていて、上手いと思う。


「第二章 ガールズトーク」

 語り手は裁判所書記官の朝香夏美(あさか・なつみ)。彼女の前に現れた修習生・松枝侑李(まつえだ・ゆうり)は、25歳ながら童顔で化粧っ気もなく、何事に於いても真面目で熱心な女性だった。現在は家庭裁判所で少年審判を傍聴している。

 窃盗で補導された西口(にしぐち)きららは中学2年生の女子、同級生を金属バットで殴って負傷させ、金を巻き上げた田上樹(たがみ・いつき)は男子高校生。
 審判中の態度にも反省の様子は見られず、裁判官の言葉も心に届かない少年たちがここにはやってくる。そんな彼らにどう向き合えばいいのか悩む侑李。

 だが、そんな侑李が樹に言葉を掛けるシーンを読んだら、ちょっと驚いた。単なる優等生キャラではなく、芯の通った思考をもち、"自分の言葉" で話すことができる彼女なら、いい裁判官になりそうだと思わせる。
 再犯を繰り返す大人、反省しようとしない少年たちに対して、「裁判」は無力かも知れないが、無意味ではない。そう読者に感じさせる。

 ラスト、語り手の夏美の心の中にもある変化が訪れるのだが、これも侑李の影響だろう。少年審判を扱った作品だが、読後感はとてもいい。


「第三章 うつくしい名前」

 語り手は検事・君塚(きみづか)。司法修習のために検察庁にやってきた修習生たちの指導担当だ。その中にいたのが柳祥真(やなぎ・しょうま)。18歳で司法試験に合格したという天才少年だ。
 検察の司法修習では、実際の事件の事情聴取も実習生が行う(もちろん、指導担当の検事が横に控えているのだが)。柳は傷害事件の被疑者の供述から矛盾点を見つけ出し、その能力を示してみせる。

 司法試験に合格しても、検事というのは採用数が少ない狭き門らしいのだが、上層部は柳のことを聞いて「是非、検察にほしい」と言い出し、君塚に勧誘を任せてきた。柳と接していく内に、君塚は彼の意外な生い立ちを知ることになる。

 次の修習は、殺人事件の公判前整理手続きの傍聴。40代の女性が出産直後の嬰児を殺害した事件だ。彼女は10代の頃から10回近く妊娠しており、少なくとも過去に3回、嬰児殺害を行っていた。
 君塚は修習生全員に論告求刑を書かせる課題を出す。修習生たちは、彼女にどんな刑を求めるのか・・・

 法廷ミステリでは、検事というのは得てして悪役として描かれることが多い。容疑者を責め立てる鬼のような存在として。まあ罪の立証を役目としているのだから当たり前ではあるのだが。
 でも本作を読んで、いささか認識を改めた。検事は罪を償わせるだけでなく、更生までも見通した視野を持っている。裁判官も弁護士も検事も、法律の中で最善を尽くしていることに差はないのだと。三者の最終目標は "人間を救う" ことなのだろう。
 君塚を通して検事の仕事の "深み" を知り、変わっていく柳が本作の読みどころか。


「第四章 朝焼けにファンファーレ」

 語り手は修習生の長野。修習も終盤を迎えた頃、司法研修所の寮にある彼の部屋が荒らされるという事件が起こる。さらにインターネットの個人ブログに、『現在、研修所で学ぶ修習生の中には、すねに傷を持つ者がいる』という記事が上がっていたことが明らかに。

 現在修習生たちは集合研修中。すなわち、弁護人チーム、裁判官チーム、検察官チームに別れ、さらには被告人、被害者、証人役を割り振られた者もいて、要するに全員で模擬裁判を行うというものだ。
 裁判の実習とともに "犯人捜し" も進行していくのだが・・・

 第一章~第三章までの登場人物も総登場し、いかにも “最終回” っぽい展開だが、最もミステリ要素の濃い話でもある。

 ラストでは、彼ら彼女らが修習を終え、法律家として巣立っていくところまで描かれる。各章の主役を務めた藤掛、侑李、柳は長編の主役だって務まりそうなほどキャラ立ちも素晴らしく、これだけで終わったらもったいないと思わせる。ぜひどこかで3人に再会したいものだ。



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