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鋼鉄紅女 [読書・SF]


鋼鉄紅女 (ハヤカワ文庫SF)

鋼鉄紅女 (ハヤカワ文庫SF)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2023/05/23

評価:★★★★☆


 異星の機械生命体・渾沌(フンドゥン)の侵略を受けた人類は、巨大戦闘機械・霊蛹機(れいようき)を建造、必死の抵抗を続けていた。
 辺境の娘・武則天(ウー・ゾーティエン)は、ある "目的" を持って軍に入隊、霊蛹機のパイロットとなる。しかし戦い続けるうちに人類社会や軍の秘密を知った彼女は、やがて「大いなる野望」を抱くようになっていく・・・
 2021年 英国SF協会賞 若年読者部門受賞作。


 作者シーラン・ジェイ・ジャオは中国生まれ、10歳頃にカナダへ移民し、現在はバンクーバーに在住とのことだ。


 本書の舞台となる人類世界は華夏(ホワシア)と呼ばれている。登場する人名・地名・文化・風俗をみると、明らかに古代中国をモデルにしているとわかる。
 しかし驚くのはそこではない。冒頭部を読んだだけで分かるのだが、この世界は徹底的な男尊女卑社会なのだ。

 科学技術は現代よりも遙かに進んでいるにもかかわらず、女性にまともな人権は与えられていない。幼少時から纏足(てんそく:分からない人は世界史の教科書を見るかググりましょう)を強要され、まともに歩くこともできない身体にされてしまう。主人公の少女・則天も例外ではない。
 もちろん女性は真っ当な職にも就けず、貧しい農家では口減らしの対象になる。則天の姉が軍に入り、霊蛹機のパイロットとなったのもそのためだ。

 適性検査で "霊圧" と呼ばれる数値が高い者は、霊蛹機のパイロットになれる。だがこの霊蛹機というのも、女性にとっては恐怖のマシンなのだ。

 まず女性パイロットは、男性パイロットの "後宮" に入れられる。後宮ということは、つまりそういうこと。だから女性パイロットは "妾女(しょうじょ)パイロット" と呼ばれる。

 ちなみに、本書はいちおうヤングアダルト枠の作品らしいので(笑)、18禁なシーンは登場しない(かなり際どい描写はあるけど)。

 霊蛹機は男女のペアで搭乗するのだが、男性パイロットは出撃の際に後宮から妾女パイロットを一人選んで霊蛹機に乗せる。そしてここからが凶悪だ。
 霊蛹機はパイロットが発する〈気〉(き)によって操られる。〈気〉が大きいほど、霊蛹機の戦闘力もアップする。
 霊蛹機に妾女パイロットを乗せる目的は、その〈気〉を男性パイロットに供給するため、なのだ。そして妾女パイロットは、そのときにかかる精神的重圧に耐えきれず、多くは戦闘中に命を落としてしまう。
 つまり彼女たちは、一回の出撃ごとに使い捨てにされる。
 則天の姉も、霊蛹機のパイロットとして出撃し、死亡していた・・・。

 その2ヶ月後、18歳となった則天は、自ら望んで軍に入った。それは姉の復讐のため。姉を死に追いやった男性パイロット・楊広(ヤン・グアン)の後宮に入り、彼の ”寝首を掻く” ためだった。

 しかし楊広の後宮に配属されたのもつかの間、渾沌の襲撃が勃発し、則天は楊広とともに初めての出撃を経験する。そしてその戦闘中に、則天は桁外れの ”霊圧” を発生させてしまう。それは楊広の〈気〉を圧倒し、霊蛹機の制御権さえも奪取してしまうほど強力なものだった。

 則天は並の男性パイロットとは組ませられない。軍が彼女の相手に選んだのは李世民(リー・シーミン)。自分の父と兄を殺した死刑囚だったが、最強の〈気〉を持つが故に刑の執行を猶予されている男だった・・・


 パイロットの精神力が搭乗しているマシンのパワーと連動するとか、その他大勢の中にいた主人公が初戦で予想外の潜在能力を示し、一躍、戦力の中核になってしまうとか、日本のロボットアニメによくある展開だ。このように本作には日本製アニメの影響が随所に見られる。これは作者も巻末の謝辞で認めている。ちなみに『ダーリン・イン・ザ・フランキス』(こちらも主役メカに男女のペアが搭乗する)というロボットアニメ作品からインスパイアされたものが大きいという。
 男女ペアのパイロットなら、私は『神魂合体ゴーダンナー』を連想してしまうのだが(笑)。

 本書の霊蛹機は全高50~70mほど。アニメで云うところのいわゆる "巨大ロボット" に相当する。
 渾沌の死骸を材料に創り出されたという設定で、「九尾狐(きゅうびこ)」「白虎(びゃっこ)」「玄武(げんぶ)」と名づけられた各霊蛹機は、名前の通り四つ足状態の "通常形態" から、二本足で立つ "起立形態"、そして最強となる人間型の "英雄形態" へと二段階変形をする。このあたりは『マクロス』のバルキリーを彷彿させる。

 則天と世民が搭乗する「朱雀(すざく)」は "通常形態" が鳥型で、そこから全高100mを超える人間型の ”英雄形態” へ変形していく。ちょっと『勇者ライディーン』を思い出してしまった(歳が分かるなぁ)。
 その勇姿は文庫表紙にも描かれているのだが、これはぜひ本書の巻頭P.10に載ってるイラストを見てほしい。まさに主役メカにふさわしい風格と迫力だ。
 そこには他の霊蛹機のイラストも載っているのだが、「朱雀」はダントツでカッコいいと思う。

 そして日本のアニメの影響はメカ設定だけにとどまらず、ストーリーにも反映されている。詳しく書くとネタバレになるのだが、本書の終盤ではロボットアニメ・ファンなら泣いて喜ぶ(?)展開が待っている、とだけ書いておこう。


 ストーリーと云えば、主役カップル(?)となる則天と世民に加えてもう一人、忘れてならないキャラがいる。華夏で最大級のメディア王・高俅(ガオ・チウ)の息子、易之(イージー)だ。入隊前の則天とは恋仲だったが、彼女は易之に別れを告げて軍に入ってしまった。
 しかし、物語が進んでいくと意外なところで再会し、則天・世民・易之の奇妙な三角関係が始まっていく。このあたりも『マクロス』っぽいが、この3人の関係はいかにも現代的だったりする。


 登場するキャラの名は、中国の歴史上の人物から採ったものが多い。武則天、李世民はもとより、諸葛亮は軍師(人類軍の司令官)を務め、霊蛹機のパイロットには朱元璋、馬秀英などの名もある。
 モデルとなった人物の歴史上の役割が、本作のキャラにも何らかのカタチで投影されているのだろうが、その辺の知識が無くても気にする必要はないと思う。高校時代の世界史の授業では、ほとんど寝てるか内職してた(おいおい)私でも、充分楽しめたし。
 もちろん、好きな人や詳しい人は事前に歴史のおさらいをしてから読むのもアリだろうとは思う。


 主人公の則天は、物語の最初から女性を虐待・弾圧・搾取するこの社会のありように強い憤りと憎しみを抱いている。それは物語が進むにつれてさらに大きくなっていき、やがて「大いなる野望」を抱くようになる。

 文庫で540ページ近い大部である本書のラストでは「華夏世界の○○の○○」という新たな要素まで加わり、さらなる波乱を呼ぶ展開を予感させて「つづく」となる。

 「えー! ここで終わりなのぉ?」って叫んでしまうくらいの鮮やかな "引き" である。自らの「野望」の実現を目指す則天にとって、彼女の ”戦い” はこれから始まると云ってもいい。次巻への期待は否が応でも高まろうというもの。

 巻末の「訳者あとがき」によると、続編は2024年刊行とのことだ。


 最後に『ダーリン・イン・ザ・フランキス』についてちょっと書く。

 実は本編の「謝辞」と「訳者あとがき」を読むまで、このアニメ作品の存在を知らなかった。同じ頃、『Another』(綾辻行人)のアニメ版も見たいと思っていたので、思い切って「dアニメストア」に入ってしまったよ。

 で、肝心の『ダーリン-』を観てみたのだけど、なかなか面白かった。
 ストーリー自体は全くの別物だが、ところどころ「ここの影響を受けたのかな」と思われるシーンもちらほら。いちばんのキーポイントは、男女ペアが乗る特徴的なコクピットの形態というか操縦時の姿勢というか。あれは、思春期の少年少女たちにとっては、ちと刺激が強かろう(笑)。

 青春ロボットアニメとしてはとてもよくできている。特に5人の女性パイロットがそれぞれ異なる性格づけがされていて、そのキャラ立ちぶりも素晴らしい。そしてなおかつ、みんな可愛いというのはポイントが高い(おいおい)。
 一見の価値はある作品だと思う。



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本格王2020 [読書・ミステリ]


本格王2020 (講談社文庫)

本格王2020 (講談社文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/08/12
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 2019年に発表された本格ミステリ短編から選りすぐった7編を収録したアンソロジー。


「惨者面談」(結城真一郎)
 家庭教師のアルバイトをしている大学生・片桐は、派遣会社から連絡を受け、家庭教師を探している矢野家を訪問し、家族と面談することに。
 出迎えたのは母親。小学6年生の息子の家庭教師を希望しているという。しかし難関の中高一貫校を目指しているはずなのに、母親にいまひとつ熱意が見えず、子どももまた受験生っぽくない。この母子はどこかおかしい・・・
 読んでいるうちに「たぶんこうではないか」という予測が立つのだが、真相はそれを超えたもので、驚かされた。
 作者はこれが初めて執筆した短編だという。いやはやたいしたもの。


「アリバイのある容疑者たち」(東川篤哉)
 接待ゴルフを終え、その後の酒宴でしたたかに酔っ払ったサラリーマン・大島聡史(おおしま・さとし)が帰宅すると、家の金庫が開けられていた。驚く聡史は直後に何者かに殴られて意識を失う。
 容疑者として浮上したのは聡史の叔父、兄、従姉妹、恋人の4人。しかしいずれも強固なアリバイをもっていた・・・
 聡史が帰宅に使った、3つの駅しかないローカル線の運行ダイヤが各人のアリバイを成立させていたのだが、それがまたものすごく単純なダイヤ。単純ゆえに崩すのも難しい。最後に明かされる真相は、至ってシンプルなのだが・・・
 犯人当ての懸賞小説として書かれたもので、正解者もいたらしい。当てた人はよっぽど頭がいい人だったんだろうなぁ。私のような凡人には、とてもそこまでは考えが及びません。


「囚われ師光」(伊吹亜門)
 作者のデビュー作(を含む短編集)である『刀と傘』に登場した探偵役・鹿野師光(かの・もろみつ)が主役となる。
 時代は幕末。京都での騒乱に巻き込まれた尾張藩士・鹿野師光は薩摩藩士に捕らえられ、牢に入れられてしまう。別の牢には浪人と思われる先客がいたが、師光は相手と数回言葉を交わしただけで、その素性を言い当ててみせる(まんまホームズですな)。
 相手はかなりの教養人と見えるが、自らの将来を見限って絶望している様子。師光はそんな彼に翻意を促すべく「七日以内にここから脱出してみせる」と宣言する・・・
 作者は脱獄ミステリの古典「十三号独房の問題」(フットレル)の幕末版を狙ったらしいが、その脱出方法以上に、浪人の正体が興味深い。


「効き目の遅い薬」(福田和代)
 主人公はアンクル(おじさん)というあだ名で呼ばれる女性。友人である望田遼平(もちだ・りょうへい)とは、大学時代からの腐れ縁だ。
 彼女が(作中では明示されていないが、おそらく)薬学部に在学していた頃、好きな女性ができた望田から "惚れ薬" を作ってくれと頼まれた。呆れた彼女が、食紅で着色した水(おいおい)を渡したところ、「効いた」という(えーっ)。もっともすぐ別れたが(それはそうだろう)。
 そして大学を卒業して3年。製薬会社で研究員をしているアンクルの元へ、再び望田から「また "あの薬" をつくってくれ」という依頼が。アンクルは、今度は前回とは異なる調合にすることを思い立つ・・・
 冒頭で、服毒死事件が起こっていることが明かされていて、アンクルと望田のやりとりがそれにどのように当てはまっていくのかが次第に明かされていく。
 アンクルと望田の、友人以上恋人未満という状態が、事態を混迷化させていく。このあたりの描写は流石に上手いと思う。


「ベンジャミン」(中島京子)
 "ぼく" は、姉のチサと父さんとの3人で、小さな島で暮らしている。母は家を出てしまっており、"ぼく" は学校で虐められたことから、家にいてチサから勉強を教えて貰っている。
 父さんは小さな動物園を経営していたけど金にはならず、医師免許を持っていることを利用したカウンセリングなどで生活費を工面していた。
 やがて18歳になったチサは大学へ行くために島を出た。一方、動物園の動物たちが死に始め、父さんは精神的に不安定になっていく・・・
 広義の本格ミステリと考えれば、本作がこのアンソロジーに入っていることに納得はできる。作者はあんまりミステリだと意識してないみたいだけどね。
 でも、物語としてはこういうのは嫌いじゃない。


「夜に落ちる」(櫛木理宇)
 『ひかりの森保育園』で、5歳の女児が2階の窓から投げ出されて2カ所を骨折するという傷害事件が起こった。
 週刊誌記者の加藤克樹(かつき)は、取材のために園で保育補助員をしている向坂理香(こうさか・りか)に接触する。
 事件の取材と並行して、克樹の実家の状況が描かれる。心を病んだ家人がいたりと、かなり歪んだ人々の集まりなんだが、終盤でこの二つにはある "共通点" があったことが明らかになる・・・
 ミステリとしての切れ味はいいと思うんだが、ちょっとホラーっぽい結末で、こういう後味の作品はイヤだなぁ・・・。


「時計屋探偵と多すぎる証人のアリバイ」(大山誠一郎)
 浜辺美波主演でドラマ化もされたシリーズの一編。
 衆議院議員・戸村政一(とむら・せいいち)の秘書・名越徹(なこし・とおる)の焼死体が発見される。解剖の結果、犯行時刻は前日の午後6時35分から7時過ぎの間に絞られる。
 捜査が進み、名越が戸村との間に諍いを抱えていたことが明らかになるが、戸村はその日の午後6時から8時までパーティに出席しており、何百人もの衆人環視の中にいたことが判明する・・・
 毎度のことながら、時計屋の娘・美谷時乃(みたに・ときの)によるアリバイ崩しが見事。トリックについては、なんとなく「こうなんじゃないかな」って思いつくんだけど、明かされる真相はその数段上を行くし、論理的にも堅牢。もう脱帽するしかない。



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女警 [読書・ミステリ]


女警 (角川文庫)

女警 (角川文庫)

  • 作者: 古野 まほろ
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/12/21

評価:★★☆


 交番勤務の23歳の女性巡査が上官の男性を射殺、拳銃を持ったままミニパトで失踪するという事件が起こった。
 県警の監察官室長・姫川理代(ひめかわ・りよ)は、警務部長をはじめ県警上層部が異様なまでに事件の決着を急ぐことに不審を覚える。さらに、この事件に関与することからも外されてしまう。
 この扱いに承服できない理代は単独での調査を始めるが、やがて女性警官を取り巻くさまざまな不条理の存在を知る・・・


 事件はA県豊白市で起こった。JRの駅付近で「銃声が聞こえた」という住民の通報があり、駆けつけたパトカーの警官は、駅前の交番で年野健(ねんの・たけし)警部補の銃殺死体を発見する。そして同僚である23歳の青崎小百合(あおさき・さゆり)巡査の行方が分からず、拳銃を持ったままミニパトで逃走したものと思われた。

 県警は直ちに対策会議を開くが、監察官室長・姫川理代は、直属の上司である警務部長をはじめ、県警上層部が異様なまでに事件の決着を急いでいることに不審を覚える。
 どうやら上層部は、犯人と思われる青崎巡査個人にすべての責任をかぶせ、年野警部補の状況を含めた、事件の背後関係の捜査を行わずに済ませてしまおうとしているらしい。その理由は何か?

 A県警のトップは深沼ルミ本部長。彼女は6ヶ月前の着任以来、〈女性の視点を一層反映した警察づくり〉を掲げて改革に取り組んできた。

 採用者に占める女性の割合を上げ、男性警察官の育児休業取得率を上げ、さらには警察専用の保育所・ベビーシッターを整備し、育児中の女性にはフレックスタイム勤務を認める、etc・・・
 現代の大手民間企業なら既に実現している、あるいは実現を目指して努力している項目ばかりだろうが、警察の現場からすれば夢のまた夢のような改革だ。

 もしもこの「警官殺し」が、女性警官が引き起こしたスキャンダルとして処理されてしまえば、深沼本部長の目指す改革にとって大きな障害となってしまうかも知れない。

 改革を進めれば抵抗が生じる。ましてや保守的な警察組織に風穴を開けるのは至難の業。本書の主人公・理代は28歳のキャリア警察官僚なのだが、その彼女でさえ、物語の序盤から壮絶なつるし上げと嫌がらせに遭遇する。もっとも主役だけあって、彼女はそれくらいでひるむようなタマではないのだが(笑)。

 理代は深沼本部長から内々の承諾を得て事件の内偵を始めるが、上層部からはあからさまな妨害が入っていく。
 彼女と同様な女性管理職、ヒラの新米女性巡査、退職した元女警などと接触した彼女は、警察内部での女性の "生きづらさ" を痛感していく・・・。


 本書で描かれるA県警は、徹底的な男尊女卑社会だ。フィクションなので盛ってある部分はあるかも知れない。県によってはかなり異なる状況もあるだろうし、「働き方改革」が叫ばれている昨今だから、改善されつつある部分もあるのだろう。
 それでも、"話半分" いや "話一割" でも、本書で描かれた "実態" は強烈だ。

 ここで描かれるのは、女性に対する偏見に満ち、傲慢で高圧的、さらには無頓着かつ無慈悲な男どもの姿だ。同じ男としてまことに申し訳なく思ってしまう。

 その内容をいちいち挙げることはしないけど、文庫で500ページ近い本書のうち、半分くらいはこの "実態" の描写に充てられている。読んでいる方が辛くなってきてしまう内容も多い。この時点で読むのを投げてしまう人もいるのではないか?


 本書の舞台である、警察組織という超男性優位社会のなかで、女性が生きていくためには、どう振る舞えばいいのか。本書のミステリとしての中核には、これが深く関わっている。
 射殺事件の真相自体は途中でだいたい見当がついてしまうんだが、終盤になり、警察上層部の裏で展開していた暗闘に巻き込まれた理代は、この "女性問題" が意外な形で深く関わっていたことを知る。

 以前、同じ作者の『監殺』の記事で、「これを読んだら警察官志望者が減るんじゃないか?」って書いたんだが、本書にもそれは当てはまる。
 とくに、女性の志願者は壊滅的なまでに激減するんじゃないかと心配になってしまうよ・・・



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クメールの瞳 [読書・冒険/サスペンス]


クメールの瞳 (講談社文庫)

クメールの瞳 (講談社文庫)

  • 作者: 斉藤 詠一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/06/15
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 主人公・平山北斗(ひらやま・ほくと)は、大学の恩師・星野教授から電話を受ける。「預けたいものがある」と。しかしその2日後、星野は不審な死を遂げてしまう。
 友人の栗原均(くりはら・ひとし)と星野の娘・夕子(ゆうこ)とともに教授の遺品整理を始める北斗。恩師の死とメッセージの謎を追う3人は、やがて「クメールの瞳」と呼ばれる秘宝の争奪戦に巻き込まれていく・・・


 大学の理学部で鳥類学を専攻していた平山北斗は、卒業後はIT企業でSEとして働きながら、副業として鳥専門のカメラマンをしていた。ある日、大学の恩師だった星野教授から電話を受ける。「預けたいものがある」と。
 しかしその2日後、星野はフィールドワーク中に崖から転落死してしまう。

 北斗は大学で同期だった友人の栗原、星野の娘・夕子とともに教授の遺品整理を始めるが、その中に星野が北斗あてに残したメッセージを見つける。
 どうやら、何か大事なものがどこかに隠してあるらしいのだが、具体的なことは書かれていない・・・


 物語は、2つのラインで進んでいく。
 ひとつは北斗・栗原・夕子が、星野の死の真相と、彼が隠した遺品に迫っていく、現代のストーリー。
 もうひとつは、19世紀のインドシナ半島から始まる過去編。カンボジアの遺跡で発見された秘宝「クメールの瞳」が辿る、数奇な運命が語られていく。

 「クメールの瞳」は一見すると水晶のペンダントだが(文庫表紙の中央に描かれている)、実は、"不思議な力" が備わっており、それを手にするものには大いなる利益がもたらされる。

 この2つはストーリーが進むとひとつに合流し、北斗たちの恩師の死因を探る行動は、秘宝を巡る争いへと変貌していく。
 「クメールの瞳」奪取を目論む勢力が登場し、北斗たちも生命の危機に晒されていく。星野教授の "高校時代の親友" と名乗る謎の男・塩谷(しおや)の存在も不気味だ・・・


 第64回(2018年)江戸川乱歩賞を受賞した『到達不能極』に続く、2作目が本書だ。

 前作の印象があったから、表紙のイラストを見て、てっきり「こんどはインディ・ジョーンズか!」って思い込んでしまったよ。日本を飛び出して東南アジアあたりのジャングルを駆け巡る秘境冒険小説かな? ってね。

 南極を舞台に、第2次大戦のナチスドイツを登場させるなどスケールの大きな冒険小説だった前作『到達不能極』。
 ただ、終盤に至ると御都合主義的展開が目立って、いささか失速した感は否めなかった。大風呂敷を広げたはいいが、その畳み方が今ひとつだったというか。そのあたりをけっこう叩かれたんじゃないかなぁ・・・と推察する。私だって「いくらなんでも、それはないだろう」って思ったし。

 でも、こういう "壮大な法螺話" って嫌いじゃないんだよねぇ。『終戦のローレライ』(福井晴敏)なんて、私の好きな小説のトップ3に入ってるくらいだから。

 前作で受けた評価のせいかは分からないけど、本書では ”安全運転” になったのかな?というのが読後の第一印象。(過去編はともかく)現代編は国内のみで完結するなど、舞台もずいぶんコンパクトになった。

 現代編のストーリーも、普通の(?)サスペンス・ミステリとして進行していく。終盤ではそれなりにアクション・シーンもあり、そつなく破綻なくまとまってると思う。

 でも、この作者さんに私が期待してたのとはちょっと違うかなぁ。でもそれは私の勝手な思い込みで、わがままな言い分なんだろう。何を書くかは作者が決めることなんだから。

 文句ついでに、もうひとついちゃもんをつけると、主人公カップルである北斗と夕子(いま気がついたけど『ウルトラマンA』みたいなネーミングだ)の関係も、もう一段踏み込んでほしかったなあ。そのへんも、不完全燃焼を感じる理由の一つだ。
 それとも、そこも『A』をなぞってる? まさかね。


 巻末の解説にもあるけど、"この手の話" を書いてくれる作家さんって、いそうでいない。だから貴重だと思う。
 ぜひぜひ、いつかデビュー作を超えるような "壮大な法螺話" を書いてほしいなぁって思ってる。



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優等生は探偵に向かない [読書・ミステリ]


優等生は探偵に向かない 自由研究には向かない殺人 (創元推理文庫)

優等生は探偵に向かない 自由研究には向かない殺人 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2022/07/19

評価:★★★★


 前作『自由研究には向かない殺人』で、5年前の少女失踪事件を見事に解決へ導いた女子高生ピップ。一躍、時の人となってしまうが、友人のコナーから失踪した兄・ジェイミーを探してほしいという依頼をされる。
 前回の事件で懲りたピップは一旦は断るのだが、コナーの捜索願に対して全く動こうとしない警察に業を煮やし、ついに自ら調査に乗り出すことに・・・


 本書の構成について、いくつかの書評などでも触れられているのだが、ここでも書いておこう。

 本作の序盤に於いて、前作『自由研究には向かない殺人』のネタバレがある。ストーリーの展開上、やむを得ない部分もあるのだが、前作を未読の人にはいささか敷居が高くなっている。

 前作に引き続いて登場する人物も多い。前作の失踪事件捜査の途中で、別件で判明した犯罪については裁判が進行中だし、前作で残された謎の一部も今作の中で明らかにされる。
 さらに云えば、本書の中で起こる事件・イベントには、本書の中で解決される部分と次作へ持ち越される部分とがある。

 いま手元に第3作かつ完結編の『卒業生には向かない真実』があって、序盤を読んでいる途中なんだが、登場人物一覧を見ると1作目、2作目に登場した者も多数載っている。
 もっと云うと、『卒業生には-』の冒頭には、本作『優等生には-』のネタバレがあったりする。
 つまりこのシリーズは、3部作を通して "ひとつの大きな物語" を形成している。そして本書は、前作の続編というより全3話の中の第2話、という位置づけなのだろう。

 前作を読まずにいきなり本作から入る人は少ないだろうが、いちおう書いておこう。
 第1作『自由研究に-』を読んでから、本作にとりかかることを強く推奨する。前作も充分に面白い本格ミステリなので、読んで損はないかと。

 前置きが長くなってしまった。内容紹介に入ろう。


 イギリスの田舎町リトル・キルトンを揺るがせた5年前の少女失踪事件を、見事に解決へ導いたピップは一躍、時の人となってしまう。さらに捜査のあらましをポッドキャスト(YouTubeの音声版みたいなもの)で配信したところ大人気となり、60万人ものリスナーを得てしまう。

 そんなとき、友人のコナーから失踪した兄・ジェイミーを探してほしいという依頼をされる。
 ジェイミーは、先日行われた慰霊式典(5年前の少女失踪事件で亡くなった若者たちを弔うもの)に参加し、その夜から家に帰っていない。コナーによると、その2週間ほど前から様子がおかしかったのだという。

 ピップは彼に同情は覚えるものの、前作の事件に関わったことで自分や家族が被ったダメージ、危険や恐怖の体験を思うと、とても引き受けられない。

 しかし、コナーとともに地元の警察に捜索を願い出たところ、日々山積する犯罪捜査で手が回らないと、門前払いされてしまう。業を煮やしたピップはついに自ら調査に乗り出すことにする。

 ピップはSNSの力をフル活用する。60万人のリスナーにも協力を求め、情報を集めていく。やがて、失踪した夜のジェイミーの足取りが徐々に明らかになっていく。彼はどうやら慰霊式典で "ある人物" を見かけ、会いに行ったのではないかと思われた。

 その人物とは誰か? それもまたSNSを介して知り合ったのではないか?
 そしてピップの懸命の捜査は、意外なことに過去に起こった重大犯罪へとつながっていく・・・


 前作でタッグを組んだラヴィ・シンは、今作でもピップの頼れる相棒として登場する。捜査の過程で接触する相手が、第1作とけっこう重複しているのは、やはり小さい街だからかなぁ・・・なんて思っていたんだが、最後まで読み終えてみると、いろいろ考えさせられる。

 前作から登場していた人物の ”裏の顔” が、本作で明らかになったりする。おそらく作者は、第1作を執筆していた時点で、3部作全体を見据えての人物配置をしていたのだろう。
 もちろん本作が初出の人物にも、大きな役回りが振られていたりするのだが。


 当初は、若者にありがちな単純な家出かと思われたジェイミーの失踪が、過去の重大事件へとつながっていく。何が起こっていたかはネタバレなので書かないが、これについてはけっこうスケールが大きくて、本作の中に収まりきれず、その一部は3作目へと引き継がれていくことになる。


 17歳の少女がSNSをはじめ、ネットの力を駆使して情報を集めていく。現代ならではの探偵活動だが、その一方で、ネットで名が挙がればアンチもまた現れる。彼女に対して否定的な書き込みのみならず、中には脅迫めいたものまで。いわゆるネット社会の闇も描かれ、これもまた現代ならでは。
 いくらピップだってハガネの神経を持ってるわけではないので、それなりに傷ついてしまう。かと云って、簡単には挫けないのは流石だが。

 そして、もう一つ感じたのは "司法の限界" ということ。詳しく書くとネタバレになるのだが、(いろんなケースがあるのだろうが)罪を犯しても罰せられない人間というのは存在する。ピップは本書の中でその事実に直面し、ショックを受ける。
 このあたりの描写はけっこう深刻なものがあり、ラスト近くでピップはいささか精神的に不安定な状態になってしまったように見えて、心配になってしまう。

 いちおうはヤングアダルト作品なので、彼女はこの ”壁” を乗り越えてくれると信じてはいるのだが。
 そのあたりもひっくるめて、次作においてシリーズに決着がつくのだろう。



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機龍警察 未亡旅団 [読書・冒険/サスペンス]


機龍警察 未亡旅団 機龍警察〔文庫版〕 (ハヤカワ文庫JA)

機龍警察 未亡旅団 機龍警察〔文庫版〕 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 月村 了衛
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2023/06/06

評価:★★★★☆


 女性だけのテロ集団「黒い未亡人」が日本に潜入した。チェチェン紛争によって家族を失った女性たちによる組織だ。彼女たちが密入国した目的は何か。警視庁特捜部による捜査が始まる。
 一方、特捜部のメンバー・城木貴彦(しろき・たかひこ)理事官は、実の兄である宗方亮太郎(むなかた・りょうたろう)衆議院議員がもつ、ある秘密に気づいてしまう・・・


 大量破壊兵器が衰退し、テロが蔓延する近未来。それに伴って開発された人型近接戦闘兵器・機甲兵装が市街地戦闘の主流となっていた。

 機甲兵装とは、全高3.5~4mほどの "二足歩行ロボット型一人乗り戦車" のような兵器である。
 アニメでいうと『装甲騎兵ボトムズ』のAT(Armed Trooper)か、『ガサラキ』の Tactical Armer が近いか。

 警視庁特捜部も、テロリスト対策のために最新鋭の機甲兵装「龍機兵」を3機導入し、その搭乗員(パイロット)として3人の ”民間人” と契約した。
 日本国籍を持つ傭兵・姿俊之(すがた・としゆき)、アイルランド人で元テロリストのライザ・ラードナー、ロシア人で元モスクワ警察のユーリ・オズノフ。
 この3人は "警部待遇" の身分を持ち、捜査にも加わることになる。
 英語名は Special Investigators, Police Dragoon。犯罪者たちは彼らを「機龍警察」と呼ぶ。

 本作は『機龍警察』『機龍警察 自爆条項』『機龍警察 暗黒市場』に続く、シリーズ第4作である。ちなみに、搭乗員が警察官ではない理由は第2作で語られている。

 閉鎖的・保守的な警察組織の中で、彼ら3人と「龍機兵」は "異物" であり、特捜部自体を異端視し反撥する者は少なくない。しかしながら、機甲兵装を用いたテロ案件は次々に発生していく。
 特捜部は、テロリストという外敵はもちろん、"警察組織" という内なる敵とも戦っていかなくてはならない。そういう宿命を背負った部署なのである。

 さらに、警察上層部・政府の中には、犯罪組織との裏のつながりを持つ勢力が存在している。この〈敵〉による謀略もシリーズ中で描かれてきた。本作でも、思いもよらない妨害工作を仕掛けてくる。

 前置きが長くなってしまった。本編の紹介に入ろう。


「第一章 黒い未亡人」

 神奈川県内で自爆テロ事件が発生、特捜部はテロ集団「黒い未亡人」が密入国を果たしていたことを知る。チェチェン紛争によって家族を失った女性たちによる組織だ。自爆テロで多大な戦果を挙げ、頭角を現してきた。
 リーダーは〈砂の妻〉の異名を持つシーラ・ヴァヴィロワ。そのメンバーには多くの未成年の少女を含むことから、政府は対応に苦慮することになる。

 少女たちはテロリストの一味なのか? それともテロリストに洗脳され利用されている被害者なのか?
 「黒い未亡人」が日本に持ち込んだ機甲兵装エインセルは、未成年が搭乗することを前提に徹底的な小型化に成功したという、凶悪な設計の機体だった。
 テロ制圧の過程でエインセルを破壊することは、未成年の少女を殺害することに他ならない・・・

 自爆テロ事件発生の日、たまたま非番だった特捜部の由起谷志郎(ゆきたに・しろう)警部補は、西麻布の一角で外国人の少女が半グレ集団に絡まれているところに遭遇する。由紀谷は少女を救うべく介入するが、そこで彼女の示した格闘能力の高さに驚かされるのだった。
 
 一方、特捜部の城木管理官は父と兄から呼び出しを受ける。
 父・亮蔵(りょうぞう)は元財務官僚、兄・亮太郎は外務官僚からUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)へ出向の後、大物政治家・宗方与五郎(むなかた・よごろう)の娘・日菜子(ひなこ)の婿となった。しかし、もともと心臓に持病を抱えていた彼女は3年前に逝去していた。
 父・兄と交わした会話から、兄が特捜部の〈敵〉と関わりを持っているのではないかと疑い始める城木。さらに、兄の過去にとんでもない秘密を見つけてしまう・・・

 やがて神奈川県内に「黒い未亡人」が潜伏していることが判明、警視庁と神奈川県警の機甲兵装部隊が制圧に向かうが、外部装甲に爆発物を装備した "自爆仕様" のエインセルによって部隊は壊滅、テロリストの脱出を許してしまう。


「第二章 取調べ」

 「黒い未亡人」の資金ルートを探っていた特捜部は、その拠点を発見、その過程で一人の少女兵を捕らえた。
カティア・イヴレワ、15歳。「黒い未亡人」の連絡要員を務めている。そして、西麻布で由紀谷が助けた少女だった。

 彼女の取り調べに当たる由起谷。
 故郷を追われ、家族を殺され、壮絶な差別と虐待に晒されてきたカティア。由起谷に対し、時に黙秘し、時に侮蔑の嘲笑を浴びせる。
 自分たちを取り巻く世界への憎悪と憤怒に満ちた彼女と対峙する由起谷。彼もまた決して幸福とは云えない過去を背負っていた。
 彼女の前にそれをさらけ出し、自らの信念を彼女の信念にぶつける。由起谷の叫びは、カティアの閉ざされた心に届くのか・・・


「第三章 鬼子母神」

 新潟県で発見された「黒い未亡人」の新たな潜伏地への制圧作戦が決定する。しかし政府の示したテロ対処方針によって、特捜部は圧倒的に不利な状況に置かれてしまう。

 それでも3機の龍機兵と随行する機動隊員は、自らの生還すら期しがたい命令のもと、突入を敢行する。

 ”人としての一線を越えてしまった” シーラたちと、”その一線の手前で、ギリギリ踏み止まろうとする” 者たちとの戦いが始まる・・・


 主役メカである3機の龍機兵には、格闘戦特化の「フィアボルグ」(姿が搭乗)、最大火力を誇る「バンシー」(ライザが搭乗)、敏捷性重視の「バーゲスト」(ユーリが搭乗)と明確な個性が与えられている。さらに、短時間で全エネルギーを解放することによって桁外れの高速機動と反応速度を得るモード(『レイズナー』のV-MAXや『ガンダムOO』のTRANS-AMみたいなもの)が搭載されていたりと、ロボットアニメ的な外連味も充分。

 対する「黒い未亡人」の、〈砂の妻〉シーラをはじめとする3人のリーダーも強敵だ。〈剣の妻〉ジナイーダは巨大な剣を揮い、〈風の妻〉ファティマは短剣の名手。ともに生身でも卓越した戦士であり、機甲兵装のパイロットとしても凄腕。
 シーラ&ジナイーダ&ファティマ vs 姿&ライザ&ユーリ の繰り広げる死闘が終盤のクライマックスだ。

 そして本作では "女性"、そして "母性" がクローズアップされる。

 作中には様々な ”母” が搭乗する。カティアの母、由起谷の母、城木の母。我が子を愛する母も、我が子を蔑ろにする母も。
 実の母を喪ったカティアにとって、シーラは "新たな母" ではあるが、目的のためには "娘たち" の命さえ捧げてしまう "鬼神" でもある。

 そして城木の亡き義姉・日菜子は、シーラのネガとポジが逆転したような、慈愛に満ちた聖母のごとき人物として描かれる。
 しかし、すべてを許し受け入れる彼女の愛が、新たな憎悪を呼び覚ましてしまうと云う皮肉な展開もまた描かれる。


 すべての戦いが終わり、文庫で600ページ近い大長編のラストは、一通の手紙で締めくくられる。
 たいして長くもなく、流麗でもない文章なのに・・・ああ、なんでこんなに心が震えるんだろう・・・涙が止まらないのだろう・・・

 現時点で、「今年読んだ本」暫定第1位。



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SHELTER/CAGE 囚人と看守の輪舞曲 [読書・ミステリ]


SHELTER/CAGE 囚人と看守の輪舞曲 (双葉文庫 お 44-03)

SHELTER/CAGE 囚人と看守の輪舞曲 (双葉文庫 お 44-03)

  • 作者: 織守 きょうや
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2023/03/15

評価:★★★☆


 新人の女性刑務官・河合凪(かわい・なぎ)は、政府委託の民間刑務所で働くことになった。鉄格子の中と外、刑務官と囚人。しかしどちらも同じ人間で、過去を持ち傷を抱えているものばかり。そんな "塀の中" で繰り広げられるドラマとミステリを描いた連作短編集。


 新人女性刑務官・河合凪が働くことになった民間刑務所。そこには様々な囚人が収容されていた。

 阿久津真哉(あくつ・しんや)は自由気ままにふるまい、刑務官への受けを良くしようなど全く思っていない様子。まるで刑務所から出たくないような。しかし囚人たちからは人望があって、どこに回されてもリーダーになってしまう。本書のもう1人の主人公と云える。

 赤崎桐也(あかざき・とうや)は強盗殺人罪で収監されてきた。相手が刑務官であろうと、誰彼構わず暴力を振るう凶悪さのため、独房に入れられている。

 一方、同僚たちにも印象的な人物が配置されている。

 北田楓(きただ・かえで)は凪の先輩となる男性刑務官。まだ20代だが経歴は長く仕事も堅実。クールで感情を表さない。

 西門(にしかど)は刑務所に常駐している若い女医で、凪の良き相談相手。

 鉄格子の中と外、さまざまな人生が交錯する中、新人刑務官・凪の過ごす日々が綴られていく。


「第一話 鉄格子と空 ー 河合 凪」
 凪は、外国人受刑者・フーの身体に不審なあざがあることを発見する。さらにフーは自傷未遂事件を起こしてしまう。
 一方、受刑者が作業する鉄工場でドライバーが1本行方不明になる。そこの管理者は阿久津が務めていた。このままでは阿久津が責任を問われる。何者かの嫌がらせだろうか・・・


「第二話 罪人 ー 阿久津真哉」
 受刑者の寺元を月に1度訪ねてくる女性がいた。彼の裁判を傍聴したのがきっかけだったという。出所が迫ってきた寺元は、彼女にプロポーズすると言い出すのだが・・・


「第三話 贖罪 ー 山本芳史/北田 楓」
 酒に酔って相手を殺した山本は懲役5年となった。刑務所内で、被害者遺族へ謝罪の手紙を書き続ける日々。そんな彼のもとを弁護士・高塚智明(たかつか・ともあき)が訪ねてくる。山本と同時期に入所した受刑者・赤崎桐也のことを聞きたいという・・・
 ちなみに、本書がシリーズキャラクター・高塚弁護士の初登場なのだとか。


「第四話 獣と目撃者 ー 奥田佐奈/高塚智明」
 弁護士・高塚は、強盗殺人で服役中の赤崎の弁護人となった。依頼者は奥田水緒(おくだ・みお)。赤崎が殺害した男の妻だった。依頼内容は赤崎の再審請求。なぜ彼女は夫を殺した男の再審を願うのか・・・
 本書の中でもっともミステリ度の高いエピソード。


「第五話 追放/解放」
 阿久津の出所の日が近づき、釈放前準備が始まった。しかし凪の発した一言がもとで、ひと晩のあいだ保護房(攻撃的な受刑者や興奮した受刑者を一時的に収容するための房)で過ごすことに。鉄格子を挟んでお互いの過去を打ち明け合う2人。そして保護房を出た阿久津の耳に響いたのは、非常ベルの音だった・・・


 物語が進むうちに、登場人物たちの過去が明かされていく。
 阿久津が犯した殺人と、犯行に至った理由。北田が経験した哀しい過去、そしてそれへの後悔が彼を刑務官へと導いた。この2人は対照的だ。きっかけひとつによっては、北田も塀の中にいたかも知れない。
 そして凪自身もまた、幼い頃に "ある犯罪" によって家族が崩壊した影を引きずっている。

 死刑にならない限り、人間は生き続けていく。罪を背負って塀の中にいた者も、いつかは社会の中に戻って、生きていかなければならない。
 受刑者にとってそれは解放なのか、それとも楽園からの追放であり、新たな受難の始まりなのか。

 物語の終盤、阿久津もその日を迎える。だが、彼を見つめる作者の目は優しい。それが救いとなって、穏やかに物語の幕を引く。



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赤刃(セキジン) [読書・歴史/時代小説]


赤刃 (講談社文庫)

赤刃 (講談社文庫)

  • 作者: 長浦 京
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2015/11/13
  • メディア: 文庫

評価:★★★★


 三代将軍・徳川家光の治世。江戸の街に出現した、凄腕の "辻斬り集団" は、2ヶ月で120人を超える犠牲者を出していた。その首魁は元津藩士の赤迫雅峰(あかさこ・まさみね)。
 老中・松平伊豆守信綱によって結成された "掃討使" も彼らには全く歯が立たない。そこで伊豆守は長崎から若き旗本・小留間逸次郎(こるま・いつじろう)を召喚、この凶悪テロ集団の殲滅を命じる・・・


 寛永16年(1639年)、三代将軍・家光の治世。隅田川河畔に現れた謎の浪人は瞬く間に青年武士3人を含む5人を殺害する。この日から、江戸市中に殺戮の嵐が吹き荒れる。
 2ヶ月の間に120人を超える人間が犠牲となり、町奉行所の捜査でも下手人は不明。そんなとき、老中・松平伊豆守の屋敷に文が投げ込まれた。
 送り主の名は元津藩士・赤迫雅峰。一連の事件は自分を含む6人の浪人によるものだとの犯行声明だった。

 赤迫は秀吉の朝鮮出兵に16歳で初陣、戦闘中に行方不明になるも2日後に敵の首を16人分持って生還、大阪夏の陣では、大阪城内に突入して女子どもを容赦なく惨殺。
 太平の世になっても行状は収まらず、刃傷沙汰で多くの人命を奪ってきた。ついには斬首が決まるが、古刹の住職が引き取りを申し出、寺で蟄居の身に。
 しかしその17年後、寺の僧8人を斬り殺して消息を絶っていた。それが今、江戸の街に現れたのだ。

 伊豆守は腕に覚えの旗本たちを招集し、"掃討使" を結成する。伊豆守は彼らを前にして告げる。
「心せよ。これは江戸市中にて行われる合戦である!」

 しかし、期待の掃討使たちも赤迫たちには全く歯が立たず、全滅してしまう。その間にも赤迫一味は大名屋敷を次々と襲撃、嫡男を拉致していく。
 事ここに至り、伊豆守は旧知の旗本・小留間逸次郎を江戸へ呼び寄せる。

 逸次郎は3700石の旗本・小留間家の次男として生まれた。幼少時より武芸の才に優れ、槍・刀・弓・馬の4つすべてが "逸品" とされたことから "四逸" の二つ名を持った。
 14歳の時に16歳の相手から真剣での勝負を挑まれ、あっさり勝つが相手は死亡。はじめての人殺しを経験する。
 その後、父が奉行として赴任している先へ出され、そこで数々の "汚れ仕事" を処理するようになる。
 やがて島原の乱が勃発。参戦した逸次郎は総大将・松平伊豆守の指揮の下、一揆軍が立て籠もる原城内へ突入、百姓浪人はもちろん、女子どもまで容赦なく突き殺す。そして、その掃討戦の中で強い酩酊感を覚えてしまう。彼もまた死に魅入られてしまったのだ・・・

 このときの逸次郎の "獅子奮迅の働き" を覚えていた伊豆守によって、赤迫一味を殲滅する切り札として江戸へ呼び寄せられたのだ。


 欲望のままに殺戮を繰り返す赤迫一味は本書の中では "絶対悪" として描かれる。しかし彼と対決する逸次郎もまた "悪" なのだ。
 本書で描かれる戦いは "悪と悪" の激突。伊豆守の狙いは、"毒を以て毒を制する" ことにある。

 だから彼らの間に "正々堂々の戦い" など存在しない。逸次郎と赤迫一味の戦いでは、緒戦から火薬玉が爆発し毒を塗った吹き矢が飛び交う。
 戦いでは結果がすべて。ゆえに "目的は手段を正当化する"。だから戦場に罠を仕掛けることさえ当たり前のように行われる。どちらが先に相手の息の根を止めるか。まさに 非道 vs 外道 の戦いだ。

 6人の超人的な手練れ集団を向こうに回し、逸次郎は苦戦する。浪人を集め、その中から使える腕をもつ30人を選び、さらにその中の精鋭4人を "馬廻り"(親衛隊) とし、自ら率いて戦いに臨むが、総合力での敵の優位は動かない。

 もとより自らの生還など期待していない。それでも逸次郎は死闘を乗り越え、1人また1人と倒していく。満身創痍の身となりながら、首魁・赤迫を討ち果たすべく、ひたすら戦いに身を投じてゆく・・・


 主役となる2人以外にも魅力的なサブキャラがきら星のごとく登場する。
 赤迫以外の辻斬り軍団も、理性のタガが外れた奴ばかり。対する逸次郎の馬廻り4人組も一筋縄ではいかない曲者が揃ってる。さらに戦いには直接関わらないが、諜報活動や補給を司る後方支援隊にもユニークなキャラがたくさん。

 いちいち紹介しているとキリがないので1人だけ。逸次郎の槍持(やりもち)をしている鎌平(かまへい)という男。
 彼自身も武術の達人だが、戦闘に於いては逸次郎の補佐に徹する。逸次郎も鎌平に背中を預けることで存分に戦える。主従一体とはまさに彼らのこと。逸次郎の危機を何度も救い、最後まで運命をともにする。
 彼こそ、本作における "隠れMVP" だろう。


 本作は第6回小説現代長編新人賞を受賞した、作者のデビュー作。
 この次作が、今夏映画化された『リボルバー・リリー』だ。壮絶なアクション描写は、すでに処女作から確立していたのだね。



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蜃気楼の犬 [読書・ミステリ]


蜃気楼の犬 (講談社文庫)

蜃気楼の犬 (講談社文庫)

  • 作者: 呉勝浩
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/05/15

評価:★★★☆


 県警捜査一課の刑事・番場(ばんば)。管内で起こる事件の謎を、地道な捜査で解き明かしていく。"現場の番場" と呼ばれる、そんな彼の労働意欲の源泉は、二回りも年下で身重の妻・コヨリの存在だった・・・


 6つの事件を収めた、連作短編集。

「月に吠える兎」
 アロマのネット販売をしていた女性・黄谷緑里(おうや・みどり)の死体が彼女のオフィスで発見される。遺体はバラバラにされていたが、右手の薬指と小指だけ、緑里のものではなかった。他人の指だったのだ。
 その後、郊外の一軒家でも女性のバラバラ死体が発見される。被害者は黄谷朱莉(あかり)。緑里の妹でデイ・トレーダー。こちらの右手の薬指と小指も朱莉のものではなかった。二本の指は、二つの遺体の間で交換されていたのだ・・・。
 死体の指が交換されていた、という不可解な謎があり、その理由の解明が犯人に結びつく。わかってみればシンプルで「なるほど」と思わせる。


「真夜中の放物線」
 十字路の中央で死体が発見される。高所から落下したものと思われたが、現場周辺の高層建築は10階建てのマンション一棟しかなく、しかも遺体の場所はマンションから20mも離れていた。
 なぜこんなことが起こったのか? 様々な仮説が立てられては捨てられていく。なかにはけっこう奇想天外なものも。大がかりな物理トリックかなとも思ったが、番場が最後に辿り着いた方法は、単純だがけっこう成功率は高そう。


「沈黙の終着駅」
 介護福祉会社の職員・加島(かしま)が駅の階段から転落死する。訪問介護の相手・多賀(たが)とともに外出中の出来事だった。多賀は数年前に脳梗塞を患い、言語障碍と指の麻痺という後遺症を負っていた。つまり、話すことも文字を書くこともできない。
 多賀に殺意があったのではないかと疑う番場たちは、加島の過去を探り始める。やがて2人には意外な接点があったことが判明するのだが・・・
 そもそも2人はどこへ向かって外出しようとしていたのか? それはどちらの意思によるものだったのか? 加島の行動に解釈の余地をもたせる結末が上手い。


「かくれんぼ」
 秋晴れの午後、日だまり幼稚園に男が侵入した。男は5人の園児と職員の荻野千佳(おぎの・ちか)とともに建物奥の職員室に立て籠もった。
 数時間後、機動隊が突入したとき、5人の園児は目と口・耳をガムテープで塞がれて自由を奪われていた。そして男は死亡しており、その傍らにはナイフを持った千佳が立っていた。千佳に関する聞き込みから、彼女と男は知り合いだったことが浮上してくるのだが・・・
 長時間の立てこもりの間、職員室の中で、本当は何が起こっていたのか。ナイフを持っていた男に襲われた千佳による正当防衛の案件・・・と見えながら、その裏に潜む意外な事情が明らかになっていく。


「蜃気楼の犬」
 雨の朝、市の中心部にあるスクランブル交差点で銃殺事件が発生した。立て続けに4発の銃声が響き渡り、3人が死亡、1人が負傷した。
 かなりの遠距離からの狙撃と思われたが、無差別殺人ではなく、相手を選んでの殺害を意図していたとしたら、犯人はかなりの射撃の技量をもつと思われた。警察上層部では、密かにある人物が "犯人" として浮上してくる。
 そして番場は、4人の被害者をつなぐミッシングリンクを探し始めるが、最初に殺されたのが、バラバラ殺人(「月に吠える兎」事件)の被害者・黄谷緑里のパトロンだったりと、ストーリーが進むにつれて以前の4つの事件に関係した人物が再び登場してくるなど、以前の4つの事件が微妙に絡み合って今回の事件を形成していることが判明していく・・・
 犯人の隠された意図に気づく番場の ”読み” が鋭い。


 最初の4つの事件では、バラバラ死体の(一部)入れ替わり、実現不可能な飛び降り死体、whydunit、whatdunit など、ネタとしては新本格寄りだが、それを刑事の地道な捜査(もちろん番場の柔軟な発想が大きいが)で解決していくという、ちょっと変わった雰囲気の作品。

 番場の妻・コヨリさんも毎回顔を出す。二回りも違うのに夫婦仲は良さそう。彼女の前での番場が、犯罪現場での様子とはかけ離れているのも面白い。
 だが、嫁さんの家族からはよく思われていないみたい(年齢差を考えたら無理もないかなとも思うが)。
 番場を刑事の仕事へと駆り立てる理由には彼女の存在があるのだが、そのあたりがいささか常軌を逸しているところにちょっと危うさも感じさせる。


「No.9」
 同期入社の和俊(かずとし)、英也(ひでや)、昭太郎(しょうたろう)、佳輔(けいすけ)。上司の娘と婚約し、海外勤務と昇進を決めた和俊の送別会が、プールバーを会場に同期4人だけで開かれた。しかしその最中、和俊は苦しみだして死んでしまう。彼の飲んだ酒に何者かが毒を入れたのだ・・・
 会場に駆けつけた番場は、3人の容疑者と個別に事情聴取し、その場で犯人を指摘してみせる。
 事件後に分かることだが、番場が速攻で解決を図った理由にはびっくりさせられる。

 基本的にこの作品集は時系列順に並んでいるのだが、この「No.9」だけがそこから外れている。「目次」には "特別書き下ろし" とあるので、ボーナストラック的位置づけなのだろう。



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Another 2001 [読書・冒険/サスペンス]


Another 2001(上) (角川文庫)

Another 2001(上) (角川文庫)

  • 作者: 綾辻 行人
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2023/06/13
Another 2001(下) (角川文庫)

Another 2001(下) (角川文庫)

  • 作者: 綾辻 行人
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2023/06/13

評価:★★★★


 夜見山北中学校3年3組では、数年おきに《災厄》が起こる。クラスの中に〈死者〉が紛れ込み、クラスメイト、あるいはその親族・関係者の中に大量の死人が発生するのだ。
 前回の《災厄》が起こった1998年から3年後。3年3組となった比良塚想(ひらつか・そう)は、4月の始業式で今年が《災厄》の年になったことを知る。
 それに備えて、特別な〈対策〉を講じたクラスメイトたちだったが・・・


 1998年の《災厄》に立ち向かった見崎鳴(みさき・めい)と榊原恒一(さかきばら・こういち)を描いた『Another』。
 その夏の一週間を描いた『Another エピソードS』で登場し、見崎鳴と出会った少年・比良塚想が、本書『2001』の主役となる。

 『Another』と『Another エピソードS』を読まずにいきなり本書に取りかかる人はまずいないとは思うが、本書はこの二冊を読んでいるのを前提に書かれていると言っていい。
 『2001』から読み始めても理解できなくはないだろうが、いまひとつ面白さが伝わらない気がするので、たいへんもったいないことだと思う。


 これから内容紹介に入るが、前二冊を読んでれば予備知識は充分。事前情報は知らない方が楽しく読めると思う。
 かと云って何も書かないわけにもいかないので、これから少し書くけど、なるべく最小限にしよう。


 『エピソードS』の事件後、両親と別居することになった想は夜見山市の親族の元へ引き取られ、夜見山北中学の生徒となる。
 そして2001年4月。想をはじめ3年3組の生徒たちは、始業式を終えたホームルームで教室の机と椅子が "一組足りない" ことに気づく。
 クラスに〈死者〉が紛れ込んでいる。今年は《災厄》が起こる年なのだ。

 《災厄》は、関係者の記憶の改変を伴う。つまり生徒・教師・家族たちは、〈死者〉のことをはじめからクラスメイトとして存在していた、と認識してしまう。
 さらにいうなら、〈死者〉本人でさえ、自分が死者だという認識がない。
 名簿などの書類・記録の類いも改竄されてしまい、それらから〈死者〉が誰かを知ることもできない。

 そして《災厄》が "終了" すると、記録の改竄は速やかに修正される。個人については、《災厄》のことを忘れていく、という形で修復される(忘却の速度には個人差がある。《災厄》への関わりが薄い者ほど早く忘れていく)。これが《災厄》が大きな問題にならずに放置されている理由だ。

 だから、想たち現在の3年3組のメンバーたちが知っている《災厄》についての情報(主に上級生からの申し送り)は、断片的だったり表層的だったりするものばかり。

 それでも、ひとつの "対策" は伝えられている。すなわち、クラスの誰か一人を "いない者" として扱うこと。彼/彼女の行動を一切無視する、というものだ。
 〈死者〉によって1名増えたクラスの人数を、そうやって "元に戻す"。それによって《災厄》を食い止める。この方法が効果を上げた年もあったようだ。

 3年前に "いない者" を務めたのが見崎鳴。そして途中から "いない者" に加えられたのが榊原恒一だったのだが、この情報が断片的に伝わった結果、「"いない者" を2人にすれば効果が上がるのでは」との意見が出てくる。
 そこで今年の "いない者" は、想と、もう一人の生徒が務めることになった。

 しかし、実際に学校生活が始まると、クラス内に不安や疑心暗鬼が渦巻きはじめ、"いない者" を苦しめるようになっていく。前作の事件で "耐性" が身についたのか(笑)、想くんは順調に勤めを果たすのだが、"もう一人" のほうは、次第に精神的に追い詰められていき、やがて破局がやってくる・・・


 『Another』では、そもそも何が起こっているのか分からない、というところから始まっていた。これは登場人物も読者も同じ。
 しかし本書では、読者はそのあたりは十分承知しているわけで、五里霧中の登場人物たちを、ひとつ上の視点から俯瞰してみているような感覚を味わう。どこから幽霊が出てくるかが分かっているお化け屋敷、というか、往年のバラエティ場組『8時だヨ!全員集合』での「志村うしろ!」って叫ぶ感覚というか(例えが古すぎて分からない人も多そうだ。ゴメンナサイ)。

 だから登場人物の行動に対して「それはやっちゃダメ」「それはやっても無駄」「どうしてそんなことを」「ああ、やっぱり」ってな感じで、いちいちツッコミを入れながら読んでしまう。

 誤解を恐れずに云えば『Another』は初めて入る幽霊屋敷を探検するような感じ、『2001』は勝手知ったる幽霊屋敷の中を歩き回って "楽しむ" という感じ、か。いや、決して人がお亡くなりになるのを楽しんでるわけではないのだけどね。
 《災厄》の "システム" が分かっているぶん、やや余裕を持って読み進められるというか。

 ストーリーについてはもちろん、今年の3年3組のメンバーがメインになるのだけど、見崎鳴さんも要所要所で登場する。いまでも夜見山市在住で、高校3年生になっている。
 ちなみに榊原恒一くんも出てくるのだが、彼が今どうなってるのかは読んでのお楽しみにしておこう。


 『Another』ではミステリ的にも大きなサプライズがあったけど、本書についてはミステリ要素はやや薄めかな。終盤、物語が収束していく先もなんとなく見当がついてしまうし。
 だからといって、つまらないと云うことはない。綾辻行人のストーリーテラーぶりはたいしたもので、ページをどんどんめくらせていき、緊迫のラストまでもっていく。
 そしてすべてが明らかになると、本書は『Another』と対をなす物語であったことが明らかになる。

 作者は「あとがき」で次作(完結編でもある)として『Another 2009』というタイトルを予告している。本書の中にも、それに向けての伏線と思われる描写もある。
 作品内の時間軸としては『2001』の8年後。前2作や本作に登場した人たちのうち、生き残った人(おいおい)も再登場するのだろうなぁ・・・

 もっとも、作者は「館シリーズ」の10作目に当面かかりっきりになると思うので、こちらが書かれるのは早くて数年後かも知れない。こっちの寿命の方が心配になる(切実)。

 「最小限」なんて言いながらけっこう書いてしまった。でも、前2作を読んでる人なら楽しい(怖い?)読書体験が得られるだろうことは間違いない。



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