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蒼海館の殺人 [読書・ミステリ]

蒼海館の殺人 (講談社タイガ)

蒼海館の殺人 (講談社タイガ)

  • 作者: 阿津川辰海
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2021/02/16
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

高校生探偵・葛城輝義が活躍するシリーズ、第2作。

前作『紅蓮館の殺人』を解決した葛城だが、
その際に負ったトラウマのために不登校状態になってしまう。

葛城の親友・田所は、友人の三谷と共に葛城を訪ねることにする。
彼は今、両親の住む『青海館(あおみかん)』で引きこもっているという。
そこは東京から電車とバスを乗り継いで3時間かかる、
周囲を山で囲まれたY村にあった。

2人が到着したその日は葛城の祖父・惣太郎の
四十九日法要が行われていて、”葛城家の一族” が勢揃いしていた。

夫を失った祖母・ノブ子、
葛城の叔母・由美とその夫で弁護士の堂坂広臣、
叔母夫妻の息子で7歳の夏雄。

葛城の父である健次郎は政治家、母・璃々江は大学教授。
兄・正は警察官、姉・ミチルはトップモデル。

なんとも ”華麗なる一族” だが、
なぜか葛城は彼らを ”嘘つきの一族” と呼んでいた。

それに加えて、3人の ”招かれざる客” がいた。
雑誌記者でミチルの元カレでもある坂口、
夏雄の家庭教師である黒田、葛城家の主治医である丹葉。
彼らは何者かから法要への招待状を送られていたのだ。

一堂に会した面々は、和やかな雰囲気で語り合うが、
夏雄の何気ないひとことで場の空気は一変する。
「おじいちゃんは殺されたんでしょう?」

執拗にその話題にこだわる坂口。
躍起になって否定する葛城家の人々。

一方、関東地方に接近する台風によってY村付近は豪雨に見舞われ、
村を流れる川の水位が上昇を始めていた。
村から脱出できなくなった一同は青海館で一晩過ごすことになる。

Y村は、過去にも大雨によって洪水被害に見舞われた土地であり、
青海館は高台に建てられてはいるものの、
過去の最高水位は館の標高を超えてしまうらしい。

 各章の章題の下には【館まで水位○○メートル】とあって、
 刻々と洪水が迫ってくる様子も示される。

そしてその嵐のさなか、殺人事件が起こる。
正の銃殺死体が密室状態の中で発見されたのだ。

殺人はさらに続き、行方不明者まで現れるが
葛城はいっこうに立ち直りを見せず、事件はさらに混迷していく・・・

文庫で600ページを超えるという堂々のボリュームだが、
描かれるのは ”嵐の山荘” での一夜の出来事。

基本的には、視点人物である田所の一人語りで進行していくのだが
登場してくる人物はみなキャラ立ちがはっきりしていて
彼らに対する興味が途切れることなく、冗長さは感じない。

しかも、本来傍観者であるはずの田所自身もまた
事件のピースのひとつとなってしまうという、
サスペンス溢れる展開で、このあたりもなかなか面白い。

終盤にいたり、探偵として立ち直った葛城が
一族の者(それは彼の家族でもある)に対して、
彼らが心の中に二重三重に隠していた、あるいは隠れていた真実を
次々と暴いていくところは本書の読みどころの一つだろう。

偽りの絆で縛られていた家族が、祖父の死をきっかけに
いったんは崩壊するが、葛城の示す ”真実” によって
再生していく過程も素晴らしいと思う。

前作は山火事によって山荘が孤立する、という趣向だったが本作は洪水。
現場を外部から隔絶した状態に置くための設定ではあるのだが、
それすらもミステリの一要素として上手く活用している。

この手のクローズト・サークルものは、
事件が進行していく(人が死んでいく)につれて
容疑者が減っていくというジレンマを抱えているのだが
「名作」と呼ばれている作品群は、
それでもなお ”意外な真相” を提示して見せてきた。

本作もその系譜に連なる傑作の一つになると思う。
少なくとも私は驚きましたよ。いやあ流石です。


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夢と魔法の国のリドル [読書・ミステリ]

夢と魔法の国のリドル (新潮文庫nex)

夢と魔法の国のリドル (新潮文庫nex)

  • 作者: 七河 迦南
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/05/29
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

ヒロイン・神流川杏那(かんながわ・あんな)は、
空手家の両親の下に生まれ、彼女もまた高校で空手部に所属していた。

ある夜、杏那は暴漢に襲われている男性・相田優(ゆう)を助ける。
彼は医師免許を取得して間もない研修医だった。

これをきっかけにつき合い始めた二人だが
仕事が忙しくて休みが取れない優と、大学受験を控えていた杏那では
なかなか会う機会が取れなかった。

しかし杏那も卒業の時を迎え、大学も決まった。
そして3月31日。杏那の高校生としての最後の1日に
2人は ”夢と魔法の国” を謳うテーマパーク、
〈ハッピーファンタジア〉へデートに出かける。

 ハッピーファンタジアのモデルはもちろん、あの ”ネズミの国” だが
 外国発祥のあちらと違い、ハッピーファンタジアは日本人が設立した
 純然たる国産の ”夢と魔法の国” である。
 とはいっても、『ナルニア国』とか『指輪物語』とか
 『イルスの竪琴』とか『デューン 砂の惑星』とか、
 海外産のネタも大量に入っているのは作者の趣味なのか(笑)。

長かった ”おあずけ状態” (笑)を脱し、優との距離を縮めようと
張り切る杏那だが、入園して早々に謎の建造物を発見する。
パーク内の他の建物とは明らかに異なる雰囲気だ。

そこは新しいアトラクションや企画を立案する ”研究所” だった。
本来は「関係者以外立入禁止」のはずなのだが、なぜか遮る者は現れず、
杏那に引っ張られて優も一緒に建物の中に入ってしまうのだが、
そこで2人ははぐれてしまう・・・

ここから物語は杏那のパートと優のパートに別れ、
2人がそれぞれ出くわす ”事件” が並行して語られていく。

迷った杏那が入り込んだ部屋は、書斎のようなつくり。
そこで彼女は何者かに襲われてしまう。
意識を失う直前に杏那が見たのは、
ハッピーファンタジアのキャラクターである
クマのエドガーが何者かに殺される(!)ところだった。

目を覚ました杏那の前に現れたのはリスのフレディ、
ヤギのジョージ、サルのロジャー、ヤマネコのハロルド。
みなハッピーファンタジアのキャラクターたちだ。

彼らが言うには、書斎には魔法の呪文がかけられていて
何者も出入りできなかったはずなのだという。
突然放り込まれた夢と魔法の国で、
杏那は 密室殺人(殺キャラ?)事件に巻き込まれてしまう。

一方、”こちらの世界” に留まっていた優は、
研究所の一室で、男性の死体を発見する。
被害者はハッピーファンタジア運営会社の専務・椎野利雄だった。
しかも現場は密室状態で、誰にも知られずに
出入りすることは不可能だった・・・

杏那のパートは、てっきり着ぐるみによるキャラクターショーで
新しいアトラクションの試行中なのかと思ったのだが
読んでいくとそうではなく、純然たるファンタジー世界での
出来事であることがわかってくる。

見知らぬ世界に放り込まれても、杏那さんは元気いっぱいだ。
なにせ彼女は空手の達人だからね。そこらへんのお嬢さんとは
鍛え方が違うから、アクションシーンも難なくこなす。
そんな杏那さんの波瀾万丈の冒険が綴られていく。

優のパートがなければ、特殊条件下の異世界ミステリに移行したのかと
思うところなのだけど、一方でリアル世界での事件も進行しているわけで
どうやらこれは、杏那の ”夢の世界” での話じゃないかなぁ・・・とは
誰でも考えるところだろう。

そのへんはネタバレにもなるので書かないが、
最終的に杏那は ”あちらの世界” で起こった事件の真相にたどり着く。
このあたりは作者に上手く丸め込まれたような気もするのだけど(笑)。

そして ”こちらの世界” への帰還も果たし、優とも再会する。

”こちらの世界” の事件の真相を解き明かすのは優なのだけど
杏那の持ち帰った ”あちらの世界の情報” も重要な手がかりとなる。

 杏那は ”あちらの世界” ではホームズ役なので、
 本書は「ダブル探偵もの」ともいえるが、
 ”こちらの世界” からみるとワトソン役ともいえる。
 もっとも、こんなに大変な思いをして手がかりを見つけてくる
 ワトソン役というのも珍しいだろう(笑)。

どうやってリアルとファンタジーをつなげるのかが
本作の ”キモ” なのだが、そうやって導かれる真犯人はかなり意外。

作中人物の杏那さん自ら「究極のアンフェアじゃないの?」って
思ってしまうくらいなんだが、実際私も「えーっ」って思った。

伏線を拾っていけば論理的にその結論に至る、って納得するには
ちょっと時間がかかった。人によっては怒り出すかも。
でもまあ、それを堂々と読者に対して仕掛けてきた
作者さんの勝ち、なんだろう。

作中に出てくる魔方陣や暗号など、夢と魔法の世界っぽいアイテムも
とてもよくできていて、楽しい読み物になっているんじゃないかな。

感情豊かで、考えるより先に体が動いてしまうような杏那、
冷静沈着で、試行錯誤を重ねながら思考を続けていく優。
なかなか魅力的なカップルだ。とくに杏那さんがカワイイ。

この2人、本作だけでお終いというのはもったいないなぁ。
長編が無理なら短篇でもいいからまた杏那さんに会いたい。


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ふたえ [読書・ミステリ]

ふたえ (祥伝社文庫)

ふたえ (祥伝社文庫)

  • 作者: 白河三兎
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2018/06/13
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

高校の修学旅行を間近に控えた2年5組に転入してきた生徒、
手代木麗華(てしろぎ・れいか)は、傍若無人な態度と
担任教師さえ言い負かす傲岸不遜な言動で、
一気に ”問題児” のレッテルを貼られる。

当然ながらクラスでも彼女に近づく者はおらず、修学旅行の班分けでは
友人のいない「ぼっち」な者たちが集まった班に入ることに。

どんくさい「ノロ子」、地味な「ジミー」、
弟に将棋でかなわない「劣化版」、
影の薄い「美白」、不気味な「タロットオタク」。

修学旅行中に4日間ある班行動期間のプランを決めるに際し
麗華は彼ら彼女ら5人に対して強引に自分の計画を押し通してしまう。
すなわち4日間の間、彼女の班のメンバーはすべて
「京都国際マンガミュージアム・えむえむ」で
終日マンガを読んで過ごす、というものだ。

 ちなみに、この施設は実在しているみたい。

意外にもこのプランは担任にあっさり受理されてしまう。
そしていよいよ修学旅行が始まったが
麗華はこのプランの裏に、ある計画を潜ませていたのだ。

「第一章 重なる二人」では、以上の経緯が
「ノロ子」の視点から語られる。そして班行動が始まった初日、
彼女は麗華が「えむえむ」から抜け出すのを見つけてしまう・・・

「第二章 素顔の重ねる」では、こんどは別の生徒の視点から
同じく修学旅行中の様子が語られる。

その人物も「えむえむ」から抜け出して単独行動を始めるのだが
ここまで読んでくると、「ぼっち班」のメンバーが章ごとに
代わる代わる視点人物になって修学旅行中に起こったことを
多面的に描いていくのだろう・・・と思った。

基調としては、メンバーそれぞれが今まで自分を縛っていた
”殻” を破って前向きに生きるようになっていく、という ”いい話”。
実際、章も全部で6つあるし。

そういう ”いい話” が進行していくのと並行して、
読者は少しずつ違和感を感じ始めるだろう。
「え? ちょっとここ、前の話と違うんじゃない?」
小さな矛盾から始まり、それはだんだん大きくなって、
最初の予想の範囲からどんどん逸脱していく。

もちろん、最終章ではきっちり辻褄が合うようになってるんだけど
この真相はなぁ・・・

文庫裏表紙の惹句には「二度読み必至」とある。
確かに私も、途中で「第一章」を読み直してしまったし。

「物語が生まれ変わる驚きの結末!」ともある。
たしかにラストまで読むと、各章の物語の意味合いが変わってくる。
でも、明らかにされた真相が心地よいものかどうかは別だ。

本書は、基本的に若者の成長を描いた話なのでねぇ。
この真相はどうなんだろう。
ミステリとしてはよくできているのだろうけど
”物語” としては如何なものか、とも思うんだよねぇ。

私はちょっと哀しかったかなぁ。
「若者は○○○○○○○○」と思う私は、
ミステリ読みとしては甘いのかなぁ。


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豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件 [読書・ミステリ]

豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件 (実業之日本社文庫)

豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件 (実業之日本社文庫)

  • 作者: 倉知 淳
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2021/02/05
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

全6編収録の短篇集。内訳は
ノンシリーズの短篇5編に、「猫丸先輩シリーズ」1編。

「変奏曲・ABCの殺人」
アガサ・クリスティーの代表作の一つ、『ABC殺人事件』。
頭文字Aの町で頭文字Aの人間が殺され、続いて
頭文字Bの町で頭文字Bの人間が殺され、さらに・・・という話で
初読は中学生の頃だったかなあ。真相を読んでびっくりしたものだ。
あの頃はミステリ初心者だったからねぇ(笑)。
主人公・段田(だんだ)富士夫は、殺人事件の新聞記事を見つける。
青原(あおはら)で浅嶺(あさみね)久美というOLが殺され、2週間後に
番小路(ばんしょうじ)町で馬場(ばば)茂昭という老人が殺されていた。
借金で首が回らなくなっていた富士夫は、これを利用して
弟の段田高志を殺してその財産を手に入れることを思いつく。
その前段階として、頭文字Cの町で頭文字Cの人間を
殺すことにするのだが・・・
ラストの展開はなかなか意外。もし『ABCー』が現代に起こっていたら
こういう結末もあったかも知れない。

「社内偏愛」
企業の人事管理にまで高性能AIが導入された世界。
主人公・寺島が働く会社にも、”マザー・コンピュータ”、
略して ”マザ・コン” というAIが稼働しているが、
なぜか ”マザ・コン” は寺島に対して露骨な ”えこひいき” を始める。
原因は不明だが、それに ”忖度” した(笑)同僚や上司たちは、
寺島に対して腫れ物に触るような扱いをするようになって・・・
1970年代に書かれたSFだよ、って言われたら信じてしまいそう。
オチもそれっぽい。

「薬味と甘味の殺人現場」
マンションの一室で女性の扼殺死体が発見される。
被害者はパティシエの専門学校に通う22歳の学生だったが
遺体の傍らには小さなケーキが3つ置かれ、さらに
彼女の口には1本の長ネギが突き立てられていた・・・
犯人が遺体にそんな工作を行った理由が最大のサプライズなんだが
これは誰にも見当がつかないよねぇ・・・

「夜を見る猫」
OL・由利枝は有給をまとめ取りして、祖母の住む田舎にやってきた。
都会を離れてのんびり過ごす由利枝だが、
祖母の飼い猫・ミーコが不審な行動をしていることに気づく。
夜中に畳の上に座り、空中の一点をずっと凝視しているのだ。
祖母によると、由利枝が来る前からそれは始まっているのだという。
オカルトっぽく始まるが、ちゃんとミステリとして着地する。
ミーコの行動から筋道を立てて真相に至る由利枝の推理もいいが
なんといってもミーコがかわいい(笑)。

「豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件」
太平洋戦争終盤の昭和19年12月。
主人公・飯塚は陸軍の二等兵として招集され、
長野県松代の陸軍特殊科学研究所へ配属された。
そこで飯塚は、敗色濃い戦局を一気に逆転すると称して
何やらアヤシげな新兵器の開発をしている正木博士のもとで働くことに。
しかし、その実験棟で殴殺死体が見つかる。
被害者は飯塚と同じ正木博士のもとで働く影浦二等兵。
頭部を何か角張ったもので殴られていた。
実験棟の周囲には雪が積り、人が出入りした足跡はない。
現場は施錠され、凶器になるようなものも存在しない。
唯一、遺体の傍らには粉々になって飛び散った ”豆腐” が・・・
重苦しい時代と現場に対して、豆腐が凶器かも、という脱力ものの謎。
その真相は・・・うーん、バカミスとも言い切れないんだが
これが ”普通のミステリ” としてのオチだったら、ちょっと残念かなぁ。

「猫丸先輩の出張」
衣料品メーカーの本社企画部に勤務する浜岡は、
北関東(明示されてないけど明らかに筑波)にある研究所が開発した
画期的な新素材のデータを本社へ持ち帰るという出張を命じられる。
浜岡は研究室長・室井からデータを受け取ったが、その直後
研究所内で不審な人物が見つかる。室井たちと共に
不審者を追った浜岡だが、廃棄されていた旧研究室棟で見失う。
手分けして旧研究室棟を捜すが、その最中に室井が襲われてしまう。
衆人環視の廃ビルから姿を消した犯人の謎を解くのは、
研究所のPR動画を撮影中だった猫丸先輩だった・・・
文庫で110ページ近い中編。猫丸先輩のキャラはやっぱりいいなぁ。

本書は作品ごとにけっこう好みが分かれた。
総合して星3つくらいかな、って思ったんだけど、
やっぱり「豆腐の角にー」がどうにも気になって
星半分減点してしまいました。

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いつかの少年 吉祥寺探偵物語 [読書・ミステリ]

吉祥寺探偵物語 : 5 いつかの少年 (双葉文庫)

吉祥寺探偵物語 : 5 いつかの少年 (双葉文庫)

  • 作者: 五十嵐貴久
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2015/06/12
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

元銀行員の川庄は現在バツイチ。
コンビニでバイトをしながら小学生の息子・健人を育てている。
その傍ら、いろんな伝手で持ち込まれる探偵依頼も引き受ける。
吉祥寺の街を舞台にしたパートタイム探偵のシリーズ、第5作。

三浦貞雄、28歳無職。第4作『盗まれた視線』で登場し、
女子大生に横恋慕してつきまとっていた冴えない男だ。
いまは ”ダサオ” と呼ばれながら川庄のコンビニで働いている。

そのダサオが恋をした。相手はバイト仲間の下田美奈。
20歳にして4歳の子どもがいるというギャルなんだが、ダサオは本気。

暴走するダサオに振り回されていた川庄だが、
健人の様子がおかしいことにも気づく。
小学6年生になった息子も、恋をしているらしい。

相手はフットサル・クラブの先輩で、中学1年生の阪口深雪。
芸能界からスカウトがきてもおかしくないくらいの超美少女だ。
しかし、間もなくイギリスへ引っ越してしまうのだという。

さらに、第3作『六つの希望』でコンビニジャック事件を引き起こした
暴走老人たちの首謀者・宮田も現れ、川庄に協力を求める。

宮田の知人である老婦人・中村ハナが振り込め詐欺の被害に遭った。
その相談に乗って欲しいという。宮田はハナに惚れているようだ。

警視庁の刑事・工藤によると、近年この地区を中心に
組織的な振り込め詐欺が起こっているという。


宮田は地域の老人たちのネットワーク、そして
元自衛官だった現役時代のコネをフル活用して、
振り込め詐欺組織のデータを積み上げていく。

やがて、詐欺グループの幹部たちの名前が浮上してくるが
その中に、意外な人物の名があった・・・

ミステリ的には振り込め詐欺グループの話になるんだが
謎解き要素はほとんどない。

本書は、ダサオ、健人、そして宮田、3人の ”恋の暴走” に
引っ張り回される川庄のドタバタぶりがメインだろう。
終盤では、健人の思いを遂げさせるために川庄自身が ”暴走” する。
なかなか感動的な展開なんだが、それにつき合わされた
工藤刑事は気の毒としか言いようがない(笑い)。

今までの作品に登場したキャラも多く登場する。
いちおうシリーズ最終作のはずなので、
さながらカーテンコールのようだ。

とはいっても、物語的に区切りがついたわけでもなく
川庄はこれからもコンビニバイトとパートタイム探偵の
二足の草鞋を履いていくだろうから、続編はいくらでもできそう。

別れた妻・由子とは復縁するの?  とか
女性刑事・夏川との関係はこれからどうなるの?  とか
まだまだ知りたいこともあるんだけどね。
いつの日か、また川庄に会えるといいな。


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サイバー・ショーグン・レボリューション [読書・SF]

サイバー・ショーグン・レボリューション 上 (ハヤカワ文庫SF)

サイバー・ショーグン・レボリューション 上 (ハヤカワ文庫SF)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2020/09/17
  • メディア: 文庫
サイバー・ショーグン・レボリューション 下 (ハヤカワ文庫SF)

サイバー・ショーグン・レボリューション 下 (ハヤカワ文庫SF)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2020/09/17
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

本書は第二次世界大戦で日独の枢軸国側が勝利した世界を舞台とした
三部作の第3巻にあたる。

枢軸国側は連合軍側よりも先に原子爆弾を完成、
先制使用したことによりアメリカは降伏する。時に1948年7月4日。

これによりアメリカは、ナチス・ドイツが支配する東半分と
大日本帝国が支配する西半分に分割される。その西半分は
『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン(USJ:日本合衆国)』
と呼ばれ、これが第1作のタイトルとなっている。

この世界には、『ガンダム』のような巨大ロボットが存在し、
それらは ”メカ” と呼ばれていて軍の制式兵器となっている。
第2作『メカ・サムライ・エンパイア(MSE)』は
メカ・パイロットを目指す少年の成長を描いていた。

第1作が1988年、第2作が1990年代半ばに設定されているのに対し、
本書は一気に時間が飛んで2019年に始まる。

 この3部作は、ほとんどストーリー上のつながりはないのだけど、
 本作に関して言えば第1作『USJ』を読んでおいた方が、
 より楽しめるかとは思う。

大戦終了後のこの世界は、”こちらの世界” と同様に
戦勝国である日独が、互いを仮想敵にした ”冷戦状態” にある。

 前作『MSE』のラストでは「これで一気に戦争状態へ突入か」
 とも思ったんだけど、結局戦火の拡大は起こらなかったみたいで、
 本書の2019年でも相変わらず睨み合いの状態が続いている。

主人公・森川励子(れいこ)は軍のメカ・パイロット。
秘密組織〈戦争の息子たち〉のメンバーの1人だ。
組織の目的は、ナチスドイツと癒着したUSJ現総督・多村を倒し、
真の愛国者による新政権を樹立すること。

励子たちによるクーデターは、”伝説のナチスキラー” の異名を持つ
正体不明の暗殺者・ブラディマリーの参加もあって成功し、
大日本帝国首相は組織の指導者である山岡将軍を新総督に任じた。

前総督の暗殺から100日目、〈戦争の犬たち〉は記念祝賀会を行うが
そこに現れたブラディマリーは、なぜか集会のメンバーを殺し始める。

ブラディマリーの殺戮から辛くも生き残った励子は、
高校時代の同級生・若菜ビショップと再会する。
彼は特別高等警察(特高)課員となっていた。

2人に下った新たな命令は、ナチスドイツが支配する ”東側” から
USJへ密輸されているメカ部品の調査だった・・・

物語は、励子とビショップのバディものとして進んでいく。
このあたり、第1作『USJ』での陸軍大尉・石村紅功(べにこ)と
特高課員・槻野昭子のコンビを彷彿させる。

その昭子女史は特高の警視監として登場し、
励子とビショップを指揮する立場になっている。
初登場した第1作から31年も経っているからねぇ。
彼女もしっかり出世してるんだ(笑)。

ちなみに『USJ』で初登場以来、ぶっ飛んだキャラで大活躍した
天才パイロット・久地楽(くじら)も、
前作『MSE』で主人公の同級生だった橘範子も再登場する。

久地楽は変名で出てくるんだけど、特徴的な言動ですぐわかる(笑)。
優等生でエースパイロットだった範子さんの姓が変わってるのは
結婚したのか、どこかに養子にでも入ったのか(まさかね)。
もうアラフォーのはずだが、しっかり少佐に昇進してるのは流石。

物語の終盤は、ブラディマリーの正体とその目的、
そしてUSJを根底から覆そうとする陰謀を巡って、
『MSE』に負けないくらいメカ・バトル満載のシーンが連続する。
第1作と第2作をうまく ”いいとこどり” したストーリーだろう。

ラストでは、アメリカ西半分のUSJと、ドイツが支配する東半分の
双方で大きな変動が起こりそうな予兆が描かれる。

作中から読み取る限り、この世界が辿る(であろう)
いくつかの未来が想像できる。

再び大きな戦争が始まるのかも知れないし、
案外簡単に鎮圧されてしまって現状維持に落ち着くのかも知れないし。
日独の軍政を退け、東西に分割されたアメリカ合衆国が
1つになって再び独立を勝ち取るという、という可能性もありえそう。
果たして歴史は ”修正” されるのか?

とはいっても、作者はこの続きはもう書かないといってるらしいので
この後の展開は読者の想像に任されるということでしょう。

とても面白いシリーズだったので
もうちょっとこの世界で遊ばせてほしかったなあ。
ちょっと残念。


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怨み籠の密室 [読書・ミステリ]

怨み籠の密室 (双葉文庫)

怨み籠の密室 (双葉文庫)

  • 作者: 小島正樹
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2021/02/10
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

岐阜県の謂名(いな)村に産まれた飛渡(ひわたり)優哉は
4歳の時に母・貴子と死別し、その直後に
父・草吾(そうご)とともに埼玉県へ移住してきた。

そして15年の歳月が流れ、昭和61年3月。
大学生となっていた優哉を残し、草吾もガンで死亡してしまう。
「謂名村・・・殺され・・・」という謎の言葉を残して。

生前、ほとんど故郷のことを語らず、里帰りしたことも一度もない父。
優哉は貴子の死因を「病死」と教えられてきたが
ひょっとして殺されたのではないか・・・という疑問に囚われる。

謂名村は岐阜県の山間にある、三方を山に囲まれた鄙びた里で
美濃焼という陶磁器の産地でもあった。

優哉は父の言葉の意味を調べようと、謂名村を訪れる。
両親と暮らしていた当時の家を見つけた優哉は、
周囲の住民に話を聞こうとするが、
みな「飛渡草吾」の名を出した途端に態度が一変する。
余所余所しくなり、過去のことについて一切口をつぐんでしまうのだ。

やがて優哉は、父・草吾が住民たちから ”村八分” 扱いに
なっていたことを知る。どうやら
「逆らってはいけない人に逆らった」のが理由らしい

 当時は昭和40年代。明治や大正の頃ならともかく
 終戦後20年も経って ”村八分” とは大時代だなあ、とも感じたが
 小さな集団だからこそ、権力者に逆らっては生き辛いというのは
 時代に関係なく起こりうることではあるかな・・・とも思った。

草吾の兄で、謂名村で医院を経営している伯父・文雄は
優哉に残された唯一の肉親だったが、彼の態度もまた素っ気ない。

文雄から貴子の死亡時の状況を知らされる優哉。
当時の彼女は美濃焼の工房「狩海(かりかい)窯」で働いており、
遺体もそこで発見された。死因は心筋梗塞だったという。

優哉はそれ以上の調べを断念していったん埼玉へ戻り、
旧知の探偵・海老原浩一と共に再び謂名村を訪れるが、
そこで殺人事件と遭遇する。

被害者は能代貴和子。貴子の陶芸の師匠で
「狩海窯」の経営者である能代勲の妻だった。
現場は完全な密室状態で、警察は自殺と判断するのだが・・・

ガチガチの本格ミステリを書く人なのだけど
本書も気合いが入っている。

密室トリックもなかなか○○いし、
草吾が ”村八分” に至った経緯、というか
飛渡家内部の確執がドロドロしていて凄まじい。

冒頭に登場人物一覧が載っているのだけど、
なにせ20年にもわたる事件であるし、
途中でお亡くなりになっている方も少なくない。
つまり、実質的な登場人物はさほど多くないのだけど、
それでも、この結末を引っ張り出してみせる手腕はお見事。

「意外な真相」というのはミステリの常套句で
読者はいろんな可能性を思い浮かべながら謎解き部分を読む。
ダマされないぞ、って身構えているわけなんだが
このラストには見事にハメられてしまいました。脱帽です。


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開化鉄道探偵 [読書・ミステリ]

開化鉄道探偵 (創元推理文庫)

開化鉄道探偵 (創元推理文庫)

  • 作者: 山本巧次
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/02/12
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

神戸ー京都間に敷かれた鉄道を、滋賀県の大津まで延長すべく
京都と滋賀の間にある逢坂山(標高325m)で
鉄道トンネル建設が始まったのは明治11年8月。
日本初の山岳トンネルだった。

そして明治12年。逢坂山トンネルの工事現場では、
妨害工作と思われる不審な事件が続発していた。

鉄道局長・井上勝から事件の調査を依頼された
元八丁堀同心の草壁賢吾は、工部省鉄道局技手見習の
小野寺乙松(おとまつ)とともに大阪経由で京都へ向かう。

 当時、東京ー大阪間は汽車と蒸気船を乗り継いで3日かかっていた。
 もし全線に渡って鉄道が開通すれば1日で到着できる。
 輸送力増強は明治政府の大目標の1つだった。
 ちなみに工部省というのは、輸送や電信、製造業などに関わる
 社会のインフラ整備を担当する役所で、後の総務省や郵政省、
 農林水産省や経済産業省などの前身に当たる。

しかし到着早々、2人は工事関係者の死亡事故の知らせを聞く。
工事を請け負った民間会社の社員・江口辰由が、
トンネル工事現場の最寄り駅である大谷駅から
京都駅へ向かう終電車から転落、
鴨川で死体となって発見されたというものだった。

当時の鉄道では、車両間・客室間の移動はできない構造になっていた。
車掌の証言で、江口の乗り込んだ車両には他の乗客がいなかったことから
警察は事故と判断していた。

さらに事件は続く。トンネル工事の発破(岩盤を爆薬で破壊すること)で
使われる、火薬の入った樽が盗まれてしまったのだ・・・

死人は出てくるけど、メインはやはり工事の妨害工作の真相だろう。
工事現場の周辺には鉄道で仕事を失った者たちも生活しており、
工事に従事する者たちの中にも出身や職種の違いから生じる対立がある。
探偵役の草壁は、そんな複雑な軋轢がからみあった人間関係を
解きほぐしていき、転落死事件の犯人まで指摘してみせる。

列車内の殺人のトリックは、当時の鉄道だからこそ成立するもの。
ミステリのネタとしてはちょっと弱いかな、とも思うが
それを上回って読ませる原動力となるのは、
背景となる文明開化の時代の姿だろう。

日本全土が鉄道で結ばれる未来を夢見る井上局長と小野寺。
しかしその鉄道によって人生が変わってしまった者たちは少なくない。

この事件に登場してくるのは、そんな人たちばかり。
彼らが取る行動は賛否が分かれるだろうが、
その時代を生きるために必死なのはみな同じだ。

明治維新以後は浪人となっていた草壁も、
事件の捜査を依頼されて悪い気はしないみたいで(笑)、
これ以後はシリーズ探偵として活躍するようだ。

次回作は既に発表されていて、埼玉県の大宮駅が舞台になるらしい。
貨物列車の脱線事故から始まるらしいのだが、
そうすると現場は大宮駅の操車場かな。

いまは「さいたま新都心」になってるけど、
昔あそこには巨大な操車場があったんだよ。
小中学生だった頃、大宮から東京方面へ向かうとき
京浜東北線の車窓から見えるその広大さに
びっくりしたことを覚えてる。
読むのが楽しみだ(笑)。


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おうむの夢と操り人形 年刊日本SF傑作選 [読書・SF]

おうむの夢と操り人形 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

おうむの夢と操り人形 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/08/29
  • メディア: 文庫
評価:★★★

創元SF文庫のアンソロジーも12冊目で、これで打ちきりなんだそうな。
SFを読む絶対量が減ってしまった私にとって
貴重な ”補給源” だったんだけどね・・・

短篇18編(うち2編はマンガ作品)、新人賞受賞作1編、
合計19編を収録している。

●理解できて面白かったもの

「わたしとワタシ」宮部みゆき
40代未婚で普通の会社員の ”わたし” は、久しぶりに実家に帰る。
その玄関に座っていたのは一人の女子高生。
それは、30年前の高校1年生だった ”ワタシ” だった・・・
さすがは安定の宮部みゆき。何を書かせても上手いなあ。

「永世中立棋星」肋骨凹助
マンガ作品。
宇宙に浮かぶ自律小惑星型将棋AI、それが通称 ”棋星” だ。
世界でもトップクラスの演算能力を持ち、その内部では2つのAIが
常に対戦を繰り広げており、その棋譜は公開されている。
しかしその出力データの中には ”SOS” が隠されていると
人権(”人” 工知能の ”権” 利)保護団体は主張する。
依頼を受けた主人公・ソラは将棋AIとの直接対話を試みるが・・・
ちょっぴりJ・P・ホーガンの『未来の二つの顔』を思い出したよ。

「検疫官」柴田勝家
主人公は、ある国の空港で働く検疫官ジョン・ヌスレ。
彼の任務は、あらゆる ”物語” を国内に持ち込ませないこと。
その使命に従いながらも、悩み続けるジョンの一生が綴られる。
一切の ”物語” が禁じられた世界の造形がよくできてる。

「おうむの夢と操り人形」藤井太洋
某携帯電話会社が肝いりで発表した人型ロボット・パドル。
一時期は大量に出回ったが、ブームが去った後は倉庫で山積み状態。
そんなパドルの再利用法を開発した主人公・山科と飛美(ひび)は
IT機器販売会社に雇われ、パドルの改良に勤しむのだが・・・
パドルのモデルはSoftBankのPepper君らしい。
ロボットと言えば「アシモフの三原則」がまず頭に浮かぶが
それ以前の「自律AIを持たないロボット」という設定が面白い。

「三蔵法師殺人事件」田中啓文
TVアニメ『悟空の大冒険』(1967年)のパロディだそうな。といっても
オリジナルを知ってる人は、下限でも60歳近いんじゃないのかなぁ。
wikiでみてみたら、演じた声優さんはほとんど鬼籍に入ってるよ(悲)。

「スノーホワイト/ホワイトアウト」三方行成
女王様が「鏡よ、鏡」と呼びかける相手が
AI搭載の知性化ディスプレイだった・・・というところから始まる。
童話をSFに仕立てるシリーズの一編ということだが、
中盤からどんどんエスカレートして意外な結末へ。
こういうのは嫌いではないなぁ。

「応為」道満晴明
マンガ作品。
江戸時代。葛飾北斎の娘・お栄は山に墜落した物体を探しに行くが、
それは未来からやってきたタイムマシンだった。その乗員から
未来のマンガを見せられたお栄は、描かれた女性の姿に感激する・・・
今どきのマンガは、女性の体のラインなんかもかなり露骨、
かつ誇張されて描かれているが、お栄が見たのはそんな絵だった。
シリーズ作品の中の一編らしいんだけど、他の作品も見たくなる。

「大熊座」坂永雄一
コロラド州ホワイトマウンテンにUFOが来た、といった
三文記事が流れてから、彼の地で熊の異常行動が見られるという。
調査に入った2人の動物行動学者が見たものは・・・
ちょっと小松左京を思わせる話。

「1カップの世界」長谷敏司
アニメ化もされた長編「BEATLESS」の前日譚。
2027年、バロウズ財団の理事長で17歳のエリカは
難病のため人工冬眠に入り、77年後の2104年に覚醒する。
そこは超高度AIの管理する世界になっていて・・・
アニメ本編が見たくなったんだけど、
Netflixでは(今のところ)配信してないみたい。

「グラーフ・ツェッペリン 夏の飛行」高野史緒
小学3年生だった夏紀(なつき)は、訪れた土浦の地で
夕暮れの空を飛行船が飛んでいるところを目撃した。
それは機体番号からグラーフ・ツェッペリン号と思われたが
それが日本の空を飛んだのは90年前のことだった。
海外で研究者をしている夏紀の従兄・登志夫は、
量子コンピュータとVRゴーグルを使って、
世界に残るデータ、人々の記憶から
”夏紀の見た空” を再構成しようとするが・・・
壮大なホラ話なんだけど、こういうの好きなんだよねえ。

●よくわからないけど面白かったもの(笑)

「リヴィアさん」斉藤直子
主人公の女性・”私” と、アドバルーンの監視員(みたいなこと)の
アルバイトをしている彼とが、2人でビルの屋上で会話していると、
不思議なことが起こって・・・
起こっていることはちょっとホラーなんだけど
主人公の語り口がユーモアに溢れてて、
明るい『ウルトラQ』みたいな話になってる。

●理解できたが面白くなかったもの(なんじゃそれ)

「レオノーラの卵」日高トモキチ
工場で働く若い女性・レオノーラが産んだ卵が男か女か、
4人の男が賭けをした、というところから始まる。
SFなんだがストーリー的にはミステリ要素もある。
(実際、ミステリのアンソロジーにも入ってるらしいし)

「アルモニカ」水見稜
18世紀のヨーロッパ。医師のジョゼフ・ギョタンが行っている
”音楽療法” について、パリの王立科学アカデミーは
検証実験を行うことを求めるが・・・
合衆国大使ベンジャミン・フランクリン、彼の発明したアルモニカとか
最近読んだ『アルモニカ・ディアボリカ』(皆川博子)を思い出した。
化学者ラヴォワジエとか、歴史上の実在人物がけっこう登場する。
水見稜氏の30年ぶりの新作だそうな。

「四つのリング」古橋秀之
昔話風に語られる、壮大なスペースオペラ、なんだけど・・・

「「方霊船」始末」飛浩隆
長編『零號琴』のスピンオフ短篇とのことだが、本編を読んでない。
でも本作だけでも、作者が創造した作品世界が
かなりユニークだというのはよくわかる。

●よくわからない上に面白くなかったもの(おいおい)

「東京の鈴木」西崎憲
途中で読むのをやめました。ごめんなさい。

「クローム再襲撃」宮内悠介
元ネタの「クローム襲撃」(ウイリアム・ギブスン)も
「パン屋再襲撃」(村上春樹)も、どっちも読んでない。
それでも大丈夫だろうって思って読み始めたんだけど、
大丈夫じゃありませんでした(笑)。

「幻字」円城塔
この作者さんとは徹底的に相性が悪いようです。
すみませんごめんなさい。

■第10回創元SF短編賞受賞作

「サンギータ」アマサワトキオ
近未来のインドで、ヒンドゥーの ”現人神” として選ばれた
少女サンギータと、彼に使えることになった少年シッダルタ。
文庫で100ページを超える堂々のボリュームで
異形の神の物語を紡いでいき、予想外のラストへとなだれ込んでいく。
スゴい人だなぁと思ったら、「赤羽二十四時」(『NOVA・2019年秋号』)
で、コンビニが怪獣となって暴れ回る話を書いた人だったんだね。

中学時代はミステリばかり読んでいたが、高校からSFも読み始め、
大学時代から20代前半くらいまでは、SFがメインだった。

それが新本格ミステリ勃興によって一気にミステリに戻ってしまい
SFを読む量は激減してしまった。

若い頃は、SFと名がつけばたいていの作品は面白いと思っていた。
でも最近思うのは、「面白い」と思える作品が減ったかな、ということ。

 もちろん馴染みの作家さんのものは今でも面白いと思うし、
 それ以外でもハマる作品はあるけれど。

私のアタマが固くなって「面白い」と感じる作品のゾーンが
狭くなってきたのか、それよりも
最近のSF作品の裾野が広がりすぎて、
「私の考えるところのSF」の範疇から逸脱した作品が増えたのか。
多分両方なのだろう。

そんな中で、「新しくて面白い」作品に出会える可能性を
提供してくれていたアンソロジー・シリーズなので、
終了してしまうのはホントに残念・・・なのだけど、
毎回、文庫で600~700ページという分厚さを前にして
少なからぬ躊躇いを覚えていたのも事実なので、
ちょっぴり安心(?)もしている。

長編なら、長いのは一向に気にならない(むしろウエルカム)んだけど
このシリーズの場合、馴染みのない作家さんの作品も少なくないし、
それが面白いかどうかもわからないわけで
それらがまとまってドーンと出てくるのには、緊張せざるを得ない。

「それがアンソロジーの楽しみじゃないか」
と言われてしまえば、それまでなんだけどね。


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深夜の博覧会 昭和12年の殺人 [読書・ミステリ]

深夜の博覧会 (昭和12年の探偵小説) (創元推理文庫)

深夜の博覧会 (昭和12年の探偵小説) (創元推理文庫)

  • 作者: 辻 真先
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/01/28
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

昭和12年(1937年)5月。

主人公・那珂一平(なか・いっぺい)は、銀座で似顔絵描きをして
生計を立てながら、漫画家になる夢を抱く少年。
田舎から出てきて、銀座で燐寸(マッチ)売りをしている
少女・宰田澪(さいだ・みお)に片思い中だ。

 一平の年齢は作中では明示されないけど、18歳くらいと思われる。
 澪の方は、中盤で15歳と判明する。

ある日、一平のもとへ帝国新報の女性記者・降旗瑠璃子が訪ねてくる。
名古屋で開かれている汎太平洋平和博覧会の取材に同行し、
挿絵を描いてほしいのだという。

超特急燕号で東海道線をくだり、名古屋へ向かう2人は
車内で満州の大富豪・崔桑炎とその愛人・柳杏蓮と出合う。
柳杏蓮は日本人で、本名は宰田杏、澪の姉であった。

名古屋に着いた一平と瑠璃子は宗像昌清伯爵の歓迎を受ける。
彼は帝国新報の社長の大学時代の同期生で、
名古屋一円に土地を持つ資産家であり、英語・中国語にも堪能で、
かつては世界中を放浪していたのだという。

伯爵は博覧会の敷地の隣に『慈王羅馬館』(ジオラマかん)なる
7階建てのビルまで建ててしまった。
内部は伯爵の趣味で蒐集された品々と様々な展示物であふれており、
その最上階からは博覧会場が一望することができる。

一平と瑠璃子が博覧会の取材を始めた頃、
銀座では澪が何者かに薬物を嗅がされ、拉致されてしまう。

銀座五丁目のビルの一室で目を覚ました澪は、姉の杏の姿を目撃するが
再び意識を失い、二度目に目覚めたときには姉の姿は消えていた。
辛くもビルから逃げ出した澪だったが、彼女の目前に
切断された女の片足が降ってきた。これは杏のものなのか・・・?

作者の辻真先は1932年生まれ。本書の刊行時には86歳。
皆川博子さんの時も思ったが、日本の高齢者は元気だ。

とはいっても、本書の舞台の1937年には作者はまだ5歳。
当時のことを書くには、もちろん自分の記憶は無いだろうから
さぞかし大量の資料を読み込んだんだろうと思う。

私ももちろん当時の銀座や名古屋の様子は知らないが、
本書で描かれた銀座や名古屋は、いかにもそれっぽい。

 逆に言うと、「こんな雰囲気じゃない」って
 言える人を捜す方がもう難しくなってるだろう。
 そういう意味では、若い人から見れば
 ほとんど異世界に近いのかも知れない。

資産家の伯爵とか謎の中国人大富豪とか、登場する人物も大時代で
いかにもアヤシげな『慈王羅馬館』内部の雰囲気もクラシック。
起こる事件も人体切断とか、東京-名古屋間の瞬間移動とか、
もう紙面の向こうにセピア色の風景が見えてきそうである。

巻末の解説に「江戸川乱歩の通俗長編を思わせる」ってあるんだが
まさにその通り。明智小五郎や二十面相が出てきても違和感がない。

もちろん最後にはすべての謎が合理的に解かれるのだが
事件の背景には日中戦争勃発の2か月前という時代があり、
国を挙げての戦意高揚の世相なども伏線の一部になっている。

加えて、登場人物の価値観・倫理観もその時代ならではのものがあり
”昭和12年の東京と名古屋” が舞台だからこそ成立する事件でもある。

この事件のあと、日本は長い戦争の時代に突入していくわけだが
エピローグは事件から10年後の昭和22年。
関係者たちの辿った ”その後” が明らかになっていく。
陰惨な事件だったけれど、ラストにはささやかな希望も描かれていて、
快い読後感とともにページを閉じられる。

作者の辻真先は日本のアニメ黎明期から活躍していたシナリオライターで
1972年、40歳の時に小説家デビュー、以後は二足の草鞋を履いてきた。
いまでも「名探偵コナン」のシナリオを書いているらしいので驚く。

たぶん50歳以下の人にとっては、「小説家」と思う人の方が
多いんじゃないかと思うが、私にとってはやっぱり
初期の日本アニメを創り上げた1人、というイメージが強い。

とくに「サイボーグ009」(1968年版。ちなみにモノクロ作品)の
第2話「Xの挑戦」と第16話「太平洋の亡霊」はけっこう記憶にある。
当時小学生だった私は、「X-」では敵のカップルの悲恋に涙し、
「太平洋-」では恐怖に戦慄したものだ。

この記事を書くのでwikiを見ていたら、私が生まれて初めて映画館で見た
劇場アニメ「空飛ぶゆうれい船」(1969年)の脚本も
辻真先だったよ(監督の池田宏と共同だが)。

他にも、参加したアニメ・特撮作品の一覧がwikiに載ってるんだが
60~70年代に彼が関わった作品のほとんどを、私は観ている。
幼少時の私に与えた影響は計り知れない人だったのかも知れない。
なにせ私は「大事なことはみなサブカルから学んだ」からねぇ(笑)。

作者は今年89歳になるはずなんだが執筆意欲は旺盛で
このシリーズの第2作「たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説」は
去年のミステリランキングを総なめにしてる。

この人からみれば、還暦をちょっと出たくらいの私なんぞ
駆け出しの若造だね。もう少し頑張らなきゃいけないかなぁ(笑)。


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