神様の罠 [読書・ミステリ]
評価:★★★
2020~21年に雑誌掲載された作品を直に書籍化した、文庫オリジナルのミステリ・アンソロジー。6篇を収録。
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「夫の余命」(乾くるみ)
物語は、時原美衣(ときはら・みい)という女性が病院の屋上から身を投げるシーンで始まる。地面に激突するまでの時間、いわゆる "走馬灯タイム" がやってくる。彼女は愛する夫と過ごした、短いが幸福だった日々を回想していくのだが・・・
最後のオチまで来たら、最初に戻ってあちこち読み返してしまったよ。よくできていると思うけど、このタイプのオチは私の好みではないなぁ。
「崖の下」(米澤穂信)
群馬県の鏃岳(やじりたけ)スキー場から警察に遭難事故の連絡が入る。埼玉県から来た5人連れの客のうち、4人が戻ってこなかったのだ。
捜索の結果、遭難者のうちの二人、後東陵汰(ごとう・りょうた)と、水野正(ただし)が発見される。現場はスキー場のコースから2kmほど離れた崖の下。突発的な雪のため、崖から転落したものと思われた。
水野は存命していて救急搬送されたが、後東は既に死亡していた。それも他殺死体となって。凶器は先の尖ったものと鑑定されたが、彼らはスノーボードのためストックは所持しておらず。現場にもそれらしいものは見つからない。捜査の結果、水野には動機があったことがわかるが、凶器の問題が立ちはだかる・・・
この "ハウダニット" に取り組むのは群馬県警捜査一課の刑事・葛(かつら)。頭は切れて捜査能力は抜群だが人望はないという設定。ラストで明らかになる、意外すぎる凶器に驚かない人はいないのではないかな。
「投了図」(芦沢央)
美代子(みよこ)は、27年連れ添った夫と共に、義父から受け継いだ古書店を経営している。二人が暮らす町で将棋のタイトル・棋将戦が開かれることになった。
しかし時はコロナ禍の最中。町にはマスコミや将棋ファンが押し寄せてくるだろう。そんなとき、会場となる旅館に「棋将戦を中止せよ。ウイルスを持ち込むな」という手書きの張り紙が。その字を見て「夫の字と似ている」と感じた美代子だったが・・・
この作者さん、まだ30代だと思うのだが、最近読んだ『ただ、運が悪かっただけ』や本作といい、長年連れ添った夫婦の間の機微を描かせたら抜群に上手い。たいしたものだ。プロの作家なんだから当たり前と云えばそれまでなんだが、スゴいと思う。
「孤独な容疑者」(大山誠一郎)
作者の短編集『記憶の中の誘拐 赤い博物館』で既読。
『赤い博物館』とは警視庁付属犯罪資料館の通称。そこは、発生から一定期間が経過した事件の資料を保管する倉庫。
館長・緋色冴子(ひいろ・さえこ)警視の命令のもと、過去の事件の再捜査が行われ、意外な真相が明らかになっていく・・・というシリーズの一編。
1990年3月、32歳の会社員が殺害された。被害者は同僚や上司相手に高利貸しのようなことをしており、借金の返済に苦しんで恨みを抱く者は多数に上ると思われた。
ストーリーは犯人の一人称による ”倒叙形式” で始まるのだが、もうこの段階で作者の仕掛けは始まっていて、ラストに至ると見事な背負い投げを食らってしまった。なんとも油断のならない作品だ。
「推理研 vs パズル研」(有栖川有栖)
学生アリス・シリーズの一編。
居酒屋で推理研のメンバーとパズル研のメンバーが鉢合わせ、時ならぬミステリ&パズルの論争が始まる。「小説のに登場するような名探偵なんていない」と主張するパズル研から、推理研に対して "ある問題" が投げかけられる。
例によって推理研部長の江神二郎は、あっという間に正解に辿り着くが、「それだけではつまらない」とばかり、さらに深掘りした解答を導き出していく。
実は江神の解説を読んでもすぐには理解できなかった。時間を掛けてあれこれ頭を捻ってやっと納得できたのだが、自分には論理的思考というのができないんじゃないかって真剣に悩んでしまった(おいおい)。
「2020年のロマンス詐欺」(辻村深月)
せっかく大学に入ったものの、コロナ禍のせいで実家の商売が左前になり、仕送りが減らされてしまった加賀耀太(かが・ようた)。
そんなとき、幼馴染みの奥田甲斐人(おくだ・かいと)から "オンラインでできるバイト" に誘われる。しかしそれは、いわゆる "ロマンス詐欺" の片棒を担ぐ仕事だった。
渡されたリストにある女性に連絡を取り、こちらは架空の身分を名乗って相手の歓心を誘い、それを信頼感、さらには恋愛感情まで育て上げ、相手から金を引き出したり高価な物品を売りつけるというものだった。
罪悪感を感じながらも、耀太は数人の女性とネット上でやりとりをし、その一人で「未希子」と名乗る女性と親しくなる。
裕福な夫と暮らす専業主婦らしいのだが、ある日彼女から「助けて。夫に殺される」というメッセージが入ってきた・・・
軽い気持ちではじめたネット詐欺が、次第にのっぴきならない展開を迎え、耀太ががんじがらめに捕らえられていく、という重苦しい展開が続き、読み進めるのが正直辛い。
派手に破滅していく結末を予想していたのだが、作者が用意した結末はいささか予想外。ちょっと甘いような気もするが、このエンディングはコロナ禍に苦しんだ若者たちへのエールなのかも知れない。
タグ:国内ミステリ
命の砦 [読書・冒険/サスペンス]
評価:★★★★☆
12月24日の夕刻、クリスマスセールで賑わう新宿駅地下街で、同時多発的に火災が発生する。これは多人数のグループによる計画的な放火事件だった。地上への出口が閉ざされた地下街には数万に及ぶ人々が取り残されてしまう。
未曾有の大火災に、東京都を含む近隣から消防士たちが総動員されるが、地下街には水と化学反応を起こして爆発する物質が大量に集積されていることが判明する。
消防士・神谷夏美(かみや・なつみ)が所属する銀座第一消防署は、救難・消火活動の中枢を担うことになるが・・・
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女性消防士・神谷夏美を主人公とするシリーズ・第3作。
ハンドルネーム・"エンジェル" という人物が「自殺を止めるため」と銘打って立ち上げたウェブサイト・"ノー・スーサイド"。
そこには苛めや虐待に悩む者、人生に理不尽さを感じて生きる気力を失っている者たちが集まってきた。"エンジェル" は彼ら彼女らの心を掴み、不平不満を巧みに煽って、自らの "計画" への賛同者を増やしていった。途中で去って行った者もいたが、最終的に30名ほどの者が残った。
そして1ヶ月後の12月24日。クリスマスセールで賑わう新宿駅地下街で同時多発的に火災が発生する。"エンジェル" の計画が発動したのだ。
参加メンバーたちは事前に地下街の防災センターを襲撃、さらに随所に用意されている消火器を使用不能の状態にしておいたため、火災は地下街全域に広がっていき、数万人の人々が地下街へ閉じ込められてしまう。
新宿近縁の消防署が出動するが、あまりの規模に全く太刀打ちができない。
東京を大災害から守るために設立された銀座第一消防署(通称ギンイチ)にも、地下街での大火災発生の知らせが入ってくる。1000人もの精鋭消防士を率いる村田大輔(むらた・だいすけ)消防正監は、直ちに総員出場を命じる。
その日、新宿地下街の飲食店に3人の男女が集まっていた。2年半前のファルコンタワー火災(シリーズ第一作『炎の塔』)から生還した倉田秋絵(くらた・あきえ)、大学講師で夏美の恋人の折原真吾(おりはら・しんご)、そして夏美の先輩消防士の柳雅代(やなぎ・まさよ)。雅代は村田の婚約者でもあった。
夏美の到着を待っていた3人だが、火災の発生によって地下街に閉じ込められてしまう。そして3人の元へ向かっていた夏美は、火災の発生によってギンイチへ呼び戻され、そのまま村田の指揮の下、消火活動の最前線へと突入していくことになる。
大火災の物語と並行して、放火犯を扱う警視庁捜査一課第七強行犯係の活動も描かれる。火災調査官の小池洋輔(こいけ・ようすけ)はいち早く現場に人員を投入、火事見物の野次馬の中に放火犯の一人を発見する。そこから首謀者の存在を知った小池は、現場にいるはずの "エンジェル" を追い始める。その意外な正体も本書の読みどころだろう。
ギンイチが消火活動を開始したのも束の間、驚愕の事実が判明する。
その日、新宿地下街の特設ブースではIT機器のセールが行われていて、PCやタブレットなどが大量に搬入されていた。IT機器の筐体や部品に用いられているマグネシウム合金は高温に晒されると発火し、しかも水を加えると化学反応を起こして爆発するのだ。
もし現場に集積されたマグネシウム合金が一斉に大爆発を起こした場合、被害は地下街だけに留まらない。地上のビル群も倒壊して新宿駅の周辺一帯が壊滅することになる。
消火活動の最大の武器である ”水” を封じられた消防士たちは、苦闘を強いられることになる。
多くのキャラクターが登場するが、その中で印象に残る筆頭は村田消防正監だろう。消火活動の総指揮を執る立場にあるが、時と場合によっては現場へ出ることも厭わない。今回の現場には婚約者の柳雅代もいるのだが、私情を挟むことも一切ない。
時に独断専行することもあるが傑出した消防士であり、特別功労賞で表彰4回というのは他の追随を許さない。消防士としての能力は折り紙付きだが、自分が指揮する現場では部下に対して絶対服従を要求する。
だが、下にも厳しいが上にも厳しく、納得できない命令には公然と無視もする。だから功績の割に昇進が遅い(笑)。いつでも辞表を出す覚悟で職務に取り組むなど、信念の塊のような男。その心の中には熱い ”消防士魂” が燃えていて、昭和の浪花節がよく似合う。
夏美は三作目にして消防士長へと昇進し、小隊を率いることになる。そのメンバーの一人、溝川征治(みぞかわ・せいじ)は、総務省の事務職からの出向で、消防署勤務は省への復帰までの腰掛けだと思っている。だから今まで現場への出場を拒んできた。しかし今回の火災では全職員動員となったので、初めての現場となった。
大災害を前にして、文句と泣き言ばかり吐いていた溝川だったが、夏美を始めとする消防士たちの活動に次第に感化されていく。消防士として ”覚醒” した彼の、終盤での奮闘ぶりもまた本作の読みどころだろう。
大混乱に陥った地下街にあって、必死に生存の道を探る倉田秋絵や柳雅代についても書きたいことはたくさんあるのだが、もういい加減、長い文章になったのでやめておこう。
後半では、最大のマグネシウム合金の集積場所となる区画・イーストスクエアの攻防が描かれる。ここに迫る火災を一気に鎮火させるという起死回生の作戦が立案されるが、成功の可能性は限りなく小さく、危険は限りなく大きい。
夏美の率いる小隊は、この分の悪すぎる作戦の中核となって噴煙渦巻く焦熱地獄の中へ飛び込んでいく・・・
大災害の中、多くの消防士たちが斃れていく。自らの身を挺して他者を救う者たちも。涙で文字が追えなくなってしまうこともしばしば。
しかし斃れた者の後には、必ず続く者がいる。生き残った者は使命や責任を受け継ぎ、背負っていくことになる。
今まで上司や先輩に育てられ導かれてきた夏美だったが、これからは夏美自身が後輩を育て導く立場になっていくことを予感させて本編は幕となる。
当初このシリーズは "三部作" とアナウンスされてきたが、「あとがき」によると、もともとは五部作の構想だったらしい。ここで作者は三部作構想を変更し、さらに書き継ぐ(おそらく最低でも残り二作)ことを宣言している。
そして第四作は森林火災を描くらしい。第五作の内容については語られていないが、ギンイチの設立目的からすると、首都圏を襲う巨大地震が舞台となるのではないかと予想している。
それとは別に、夏美の新人時代を描いたスピンオフ長編『鋼の絆』も刊行されている。もうしばらく、このシリーズを楽しめそうだ。
タグ:サスペンス
機巧のイヴ 新世界覚醒篇 [読書・SF]
評価:★★★
人間そっくりの機巧人形(オートマタ)・伊武(イヴ)を巡る物語、第2巻。
1892年、万国博覧会開催が迫る新大陸の都市ゴダム。会場ではパビリオン建設が進んでいる。万博の利権を巡り、人間たちの権謀が渦巻く。
そんな中、日下國のパビリオンに眠っていた伊武が覚醒する。
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”こちらの世界” でいうところの幕末期の江戸(作中では ”天府”)を舞台にした前作からおよそ100年後の1892年。
場所は世界コロンビア博覧会(いわゆる万国博)の開催が一年後に迫った新大陸の都市・ゴダム(モデルはアメリカのシカゴ)。
伊武は日下(くさか:日本)国を離れ、博覧会会場に建設中の日下國パビリオン「十三階」(前作に登場した建物を移築したもの)の最上階で眠って(機能停止して)いた。
ゴダムには、万国博覧会を巡って様々な思惑や目的を持った人間が集まってくる。
日向丈一郎(にゅうが・じょういちろう)は、日下に残した妻子のために、ある仕事を請け負う。「十三階」から伊武と、機巧人形が詳しく図解されている文書を盗み出すことだ。
八十吉(やそきち)は15歳ほどの少年で、パビリオン建築現場で見習いをしている。「十三階」の中で伊武を目撃した八十吉は、その美しさに "一目惚れ" してしまい、それ以後は毎晩、真夜中になると最上階まで忍んでいき、ひたすら伊武を眺める日々を送っていた。
ある夜、八十吉はいつも通り最上階で伊武を眺めていたが、そこには日向も忍び込んでいた。その時、伊武は突如として目を覚まし、活動を再開する。
そしてもう一人の重要キャラがマルグリッド・フェル女史。
新大陸では、商業電力の送電方式で争いが起こっていた。交流送電を推し進めるテクノロジック社と、直流送電を主張するフェル電器産業がしのぎを削っている、そのフェル電器の社主がマルグリッドだ。まだ20代の若さでありながら大企業を率いる身。
彼女も万博会場の送電方式をフェル電器で握るため、ゴダムへとやってきた。
ほぼ主役的立ち位置にいるのは日向だろう。新大陸に渡る前は、軍事探偵として大陸の華丹国(モデルは中国か)に潜入していた。このときの彼の行動は作中で明かされていくが、時には非道な振る舞いも行っていて、それがトラウマとなっている。
伊武と出会うことによって、彼もまた予想外の道へと進んでいくことになる。
本作では連作短編集から長編へと形式も変わったが、いちばんの変化はコメディ要素の増加だろう。
前作では神秘的な雰囲気を纏っていた伊武さんなのだが、今作ではトボけた言動をみせるようになる。もともとこういう性格(?)だったのか、それとも100年にわたる機能停止のせいなのかは分からないが、読んでいてこちらの方が断然楽しく、彼女への感情移入度も増していく。
マルグリッドは、眼鏡なしでは目の前にいる人の顔すら判別できない極度の近眼という設定で、彼女が出てくるシーンでは、毎回見当違いの相手に話しかけるのが "お約束のギャグ" になっている。
幼少時から天才的なエンジニアの才能を開花させていたマルグリッドだが、伊武の存在を知ってからは「機巧人形」という、ある種のオーバーテクノロジーにのめり込んでいくことになる。
万博都市・ゴダムを舞台に機巧人形・伊武の争奪戦が展開され、目覚めた伊武に関わった人々の運命が変転していく様が描かれていく。
ちょっと先走るが、続巻の『機巧のイヴ 帝都浪漫篇』では本作の25年後が描かれる。八十吉、マルグリッド、そして日向の妻と息子も重要キャラとして登場し、日下と大陸を舞台に新たな物語が綴られる。
こちらも読了しているので、近々記事に書く予定。
タグ:ファンタジー
世界でいちばん透きとおった物語 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
藤阪燈真(ふじさか・とうま)は人気ミステリ作家・宮内彰吾(みやうち・しょうご)の愛人の子として生まれた。その宮内がガンで死亡し、彼の長男から連絡が入る。
「親父が死ぬ間際に書いていた『世界でいちばん透きとおった物語』という小説を知らないか?」
編集者の深町霧子(ふかまち・きりこ)の協力を受け、父親の遺作となった原稿を探しはじめる燈真だが・・・
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藤阪燈真は母親の恵美(めぐみ)と二人暮らしだった。
母は大学を出たばかりの二十代で、妻子持ちのミステリ作家・宮内彰吾と愛人関係になった。やがて妊娠した恵美は宮内と別れ、燈真を産んだ。フリーランスの校正者として生計を立て、女手ひとつで燈真を育ててきた。
しかし燈真が18歳の冬、恵美は交通事故で急死してしまう。もともと大学へいくつもりはなかった燈真は、母の残した貯金と書店のアルバイトで食いつなぐ日々を送っていた。
そんなとき、宮内彰吾がガンで死亡したという知らせが入る。燈真としては、いまさら親子関係の認知を求める気もなかった。
しかし松方朋晃(まつかた・ともあき)という男から連絡が入る。彼は宮内の正妻の息子で、燈真にとっては腹違いの兄だった。
朋晃の話では、宮内が残したメモによると、彼は死の間際に長編小説を書き上げたらしいという。その長さは原稿用紙600枚を超える(宮内は今どき珍しい手書き派だった)。
そのタイトルは『世界でいちばん透きとおった物語』。しかしその原稿が、どこを探しても見つからない。
朋晃からの依頼を受け、燈真は父親の遺作原稿を探し始めるのだが・・・
燈真にとって、宮内彰吾というのは、自分の生物学上の父親であり、それ以上の意味も思い入れも全くない人間だった。それどころか、女性関係が派手で愛人をとっかえひっかえしていたなんて聞くと、それだけで最低野郎だと思っていた。
だから死んだと聞いても何も感じず、葬儀にも出なかったし、ましてや遺産の請求なんて考えたことすらなかった。
そんな燈真が行きがかりとはいえ父親の遺作原稿探しを始めることに。
彼は宮内の愛人だった3人の女性たち、宮内の担当だった編集者や、亡くなる直前を過ごしたホスピスの職員など、多くの人物に会い、そして父の様々なエピソードを聞いていく。
行く先々で「お父さんに似ている」と云われて閉口してしまう(笑)のだが、それでも、生前の父親を知る人たちによって、図らずも宮内彰吾という男の素顔を知っていくことになる。
それと並行して、燈真が暮らすマンションに何者かが侵入したり、原稿の在処と思われた宮内の仕事場で放火騒ぎが起こったりと、正体不明の妨害者が出没し始める。火災現場に駆けつけた燈真の前から犯人が消えてしまうなど、ミステリ要素も。
登場人物は多いが、本書の中で印象に残るキャラの筆頭は深町霧子だろう。
母・恵美を担当していた編集者で、燈真が高校生二年生の時に新入社員だったから6歳ほど年上だと思うのだが、燈真はほのかな想いを寄せているような描写がある。共に遺稿を探す中で、ある時は燈真を支え、ある時は導いていく役回りとなる。
本書の中盤で、実在する某作家さんの名が出てくるのだが、ある程度のミステリファンだったら、ピンと来るものがあるだろう。ページをめくり返してしまう人もいるだろう(私がそうだった)。
もちろん終盤では『世界でいちばん透きとおった物語』というものがどんな作品だったかが明らかになる。そして読者は「たしかにタイトル通りの物語だ」と納得することになる。
中盤で大きなヒントを与えているのは、読者に「当ててもらう」ことを狙っているように思える。なぜなら、その先に「なぜこんな小説を書いたのか」という、さらに大きな謎が控えているからだ。
こちらは、本文中にちゃんと伏線が張ってあったんだが、私は分かりませんでした(笑)。
本書は意外かつ大がかりな仕掛けを含む作品で、意欲作であるのは間違いない。これを完成させるために作者が費したであろう並々ならぬ努力には、素直に敬意を表したい。
ただまあ、この仕掛けを使えるのはこれ一回こっきり。いわゆる「一発芸」に近いものだろう(笑)。
本書を読み終わった人は、きっと燈真くんの行く末が気になるだろう。
先日刊行されたアンソロジー『嘘があふれた世界で』(新潮文庫nex)に、作者は『君がため春の野に』という短編を寄せている。これだけでも独立した作品として読めるのだが、本書の後日談でもある。これを読むと、燈真くんの「その後」がわかるようになっている。
タグ:国内ミステリ
メルカトル悪人狩り [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
シルクハットのタキシード姿の悪徳 "銘探偵"・メルカトル鮎(あゆ)が、ミステリ作家・美袋三条(みなぎ・さんじょう)を相棒に活躍する短編集。
文庫でわずか3ページのものから80ページまで、長さも内容もバラエティに富んだ8編を収録。
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※( )内は文庫におけるページ数。
「愛護精神」(26)
美袋の住むアパートの大家・多美(たみ)の飼い犬が死んだ。家の庭に死骸を埋めながら、多美は語る。犬は毒殺されたのだと。そして犯人は夫の先妻の子・徹(とおる)なのだと。
2年前に家を飛び出した徹は、多美を殺して夫の遺産を手に入れようとしているらしい。
美袋から事情を聞いたメルカトルは、意外な推論を展開してみせる。
「水曜日と金曜日が嫌い」(62)
アンソロジー『7人の名探偵』(講談社文庫)で既読。
山中で道に迷った美袋(みなぎ)は、一軒家の洋館に辿り着く。そこは高名な脳科学者・大鏡博士の屋敷で、彼が養子にした4人の男女が逗留していた。博士は既に亡くなり、遺産はその4人が分割相続する。しかし屋敷の離れで大量の血痕が見つかり、やがて死体が・・・
長編なみのネタが仕込んであるけど文庫で60ページほど。
メルカトル鮎は語る。「私は長編には向かない探偵なんだよ」
まさにその通りのスピード解決(笑)。
「不要不急」(3)
コロナ禍の元、ホームステイする探偵たちについてメルカトルが言及する掌編。ラスト3行の意味がよく分からないんだが・・・
「名探偵の自筆調書」(5)
なぜ屋敷で人殺しが起こるのか。メタ的に云えば "ミステリ作家の都合" なのだろうが、メルカトルが語るとそれも面白く読める。ラストの切れ味もいい。
「囁くもの」(62)
メルカトルと美袋は鳥取市にある貿易会社・若桜(わかさ)商事へやってきた。社長の若桜利一(としかず)の自宅に泊まった二人だが、その夜、社長秘書の郡家浩(こおげ・ひろし)が殺される・・・
今回のメルカトルはミステリの神がかり的にキレッキレ。言い換えれば不自然なくらい先が見える行動をとってる。でもまあ「メルカトルだからねぇ・・・」で済んでしまうあたり、さすが "銘探偵"?
「メルカトル・ナイト」(47)
女性作家・鵠沼美崎(くげぬま・みさき)はホテル暮らし。その彼女のもとへ不審なトランプのカードが届き始める。まずダイヤのK(キング)が送られてきて、翌日にはQ(クイーン)、その次はJ(ジャック)、10、9、・・・そしてA(エース)まできたら、その翌日からはハートのK、Q、J・・。いまはハートの4まできた。
ハートのAが届いた日の夜、メルカトルの指示で、美袋は美崎の寝室の前で寝ずの番をすることになったのだが・・・
すべてを見通していたメルカトルの行動にあっと驚く一編。
「天女五衰(てんにょのごすい)」(58)
丹後の観光地、真名井瑚へやってきたメルカトルと美袋。天気が崩れ、二人は天女堂の中で雨宿り。そこで死体が入りそうな大きいトランクを見つける。
劇団『皿洗い』の一行とともに知人の別荘に泊まった二人だが、翌朝、劇団所属の俳優・牧一政(まき・かずまさ)が死体で発見される・・・
メルカトルの推理で、二人が前日にトランクを見つけたことが、事件の様相に大きな影響を与えていたことが明らかに。
「メルカトル式捜査法」(80)
体調を崩したメルカトルは、静養を兼ねて美袋と共に乗鞍高原へやってきた。過去の事件で知りあった神岡翔太郎(かみおか・しょうたろう)の別荘に泊まることに。
神岡は5年前に妹の美涼(みすず)を病で亡くしていた。いま別荘には美涼の大学時代の友人たちが滞在しているという。
その翌日の夕刻、美凉の友人たちの一人の猪谷拓真(いのたに・たくま)が金属バットで撲殺されているのが発見される・・・
メルカトルの組み立てる推理は意外な犯人を指摘する。このラストシーンには大抵の読者は驚かされるだろう。
メルカトルは探偵だから事件を解決するのはもちろんなのだが、彼の場合はそれだけで終わってない疑惑がある。
事件の様相や犯人の目論見に、周囲の人間よりも早く気づいてしまうがゆえに、裏で何かしてるんじゃないか・・・って疑われるのだ。犯人の邪魔をしたり、逆に煽って事件を大きくしてしまうとか。何らかの形で事件に関わって、その進む方向をねじ曲げていそうな。
たぶん「そのほうが面白そうだ」って考えてるからだろう。全く始末が悪い(おいおい)。
まあ、そのとばっちりを真っ先に浴びるのが美袋くんで、毎回苦労が絶えないことについては、同情を禁じ得ないが(笑)。
タグ:国内ミステリ
潮首岬に郭公の鳴く [読書・ミステリ]
評価:★★★★
函館でも有数の資産家・岩倉松雄(いわくら・まつお)。その孫娘のひとり、咲良(さくら)が死体で発見された。その傍には血のついた鷹のブロンズ像が。
事件の前、岩倉家には芭蕉の俳句を記した手紙が届いており、咲良の犯行はその俳句に見立てたものと思われた。やがて事件は連続殺人へと発展していく。
少年探偵ジャン・ピエール・プラットが事件の謎を解く、シリーズ第一作。
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函館で有名な企業である岩倉商事。その会長・岩倉松雄の3人の孫娘は、美人三姉妹として知られていた。その三女で16歳の咲良が行方不明になり、やがて潮首岬(函館の東方にあって津軽海峡に面している)で死体となって発見された。その傍には血のついた鷹のブロンズ像が。それは岩倉家の屋敷に飾られていたものだった。
事件の前には、松雄の元へ「芭蕉の名を汚す者ども、皆滅びよ」と記された手紙が届き、そこには芭蕉の句を四つ記した短冊が同封されていた。
その句のひとつは「鷹ひとつ 見つけてうれし 伊良湖崎(いらござき)」。咲良の殺害はこの句の "見立て" と思われた。
ということは、あと3人殺されるということを意味する。
湯の川署の舟見俊介(ふなみ・しゅんすけ)警部補を中心とした捜査の結果、被害者の咲良は、松雄の経営する岩倉病院の医師たちと、いわゆる "援助交際" を行うなど奔放な異性関係を持っていたことが判明する。
次女の柑菜(かんな)は19歳の医学生、長女の彩芽(あやめ)は21歳で、婚約者と共に函館市内でデザイン会社を経営していた。
松雄自身は男子に恵まれず、後妻であるしのぶの連れ子・健二(けんじ)を養子に迎えていた。しかしなんと三姉妹は過去に、みな健二と(時期は重ならないが)性交渉を含む交際をしていたという。
そして健二自身も咲良と同じ16歳ながら、ケロッと三姉妹との関係を認めてしまうなど、なかなかのタマである。
事業を大きくしていく中で松雄に対して恨みを持つ者は少なくない。過去には愛人も多くいたようで、この方面も同様。
松雄自身も78歳で、事業の継承や財産の相続に絡む人間も多い。
事件はさらに俳句に見立てた死者が出て、連続殺人事件へと発展していく。容疑者は次々と現れるものの決め手に欠け、捜査は行き詰まっていく。
探偵役のフランス人ジャン・ピエール・プラットは、健二の友人として登場する。若干17歳ながら、過去に警察が難渋した事件を解決したことがあり、舟見警部補は彼に協力を仰ぐことに・・・
地方の名家の美人三姉妹を殺人鬼が襲う、しかも芭蕉の俳句の見立てで。これはもう『獄門島』のオマージュそのものだ。
もちろん、事件の真相は "本家" とは全く異なるが、犯人を殺人へと駆り立てる「動機」の異様さは負けてない。
本家『獄門島』のほうの動機も、尋常ではないが、あの時代 / あの島だからこそ成立したものだろう。
『潮首岬-』のほうも、この時代、そして "あの家" だからこそ成立するもの。『獄門島』の時代には想像すらできなかった理由ではあるが、それゆえにその異様さは本家に匹敵する。
事件の解決に必要な手がかりや事実関係は、すべて警察の捜査資料に含まれていた。ジャンは資料を読み込み、推理することで真相に到達してみせる。
大量の情報の中から、過去に起こった些細なエピソードや読み逃してしまいそうな小さな事実を組み合わせていくことで、意外な真相が姿を現していく。
読んでいて、"目から鱗が落ちる" という感覚を実感した。まさに "快刀乱麻を断つ" とはこのことだ。
事件の中で犯人が仕掛けるトリックの一つは、『獄門島』よりもむしろ『○○○○○○』を思わせる。そして物語の中では、封建的な地方の名家にありがちな "血の呪縛" が随所に顔を出す。そういう意味でも "横溝風味" は少なくない。
ジャンの登場するシリーズは続巻として『立待岬の鴎が見ていた』『葛登志岬の雁よ、雁たちよ』の二冊が刊行されている。
『立待岬-』のほうは文庫化されていて、既に読了しているので近く記事を書く予定。こちらも、とてもよくできた本格ミステリになってる。
タグ:国内ミステリ
不可逆少年 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
狐の面をつけた少女が、監禁した大人を次々に殺害していく動画がネット上に公開された。「私は13歳。法では裁かれない存在。だから、今しかないの」
家庭裁判所調査官の瀬良真昼(せら・まひる)は、上司の早霧沙紀(さぎり・さき)とともに世間を震撼させた狐面の少女・神永詩緖(かみなが・しお)の事件に関わっていくが。
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現行法では、13歳以下の少年に成人と同様の刑罰を科すことはできない。
ネット上で中継された動画の中で、狐の面をつけた少女は「私は13歳。法では裁かれない存在」と語りながら、監禁していた大人たちを次々に殺害していく。刺殺、撲殺、絞殺、毒殺・・・
物語は家庭裁判所調査官・瀬良真昼のパートと、茉莉(まり)という女子高生のパートが交互に綴られていく。
動画の中で面を外し、素顔を晒した少女は当然ながら補導された。彼女の名は神永詩緖、13歳の中学生だった。精神鑑定の後、少年審判のために家庭裁判所に送られた。最終的には鑑別所に収容されることになる。
本書の最も大きなテーマは「罪を犯した少年はやり直せるか」。
家庭裁判所の調査官は、彼ら彼女らに向かい合う、いわば "最前線" にいる。
主人公の家裁調査官・瀬良真昼は、更生は可能だと信じて職務に取り組んでいるのだが、上司の早霧はいささか異なる見解を持っている。
彼女は、社会的な要因を取り除いても、なおかつ更生不可能な少年が一定数存在する、という立場だ。本書のタイトル『不可逆少年』は、そんな少年たちを指す言葉(もちろん早霧の造語)だ。
真昼はそんな早霧に時に反発を覚えつつも、ともに神永詩緖の事件に関わっていく。"真昼" という変わった名にも実は理由があり、彼の過去も作中で明かされていく。
もう一人の主人公である茉莉は旧姓・桜川。母親の再婚により雨田茉莉となった。彼女は定禅寺(ていぜんじ)高校の1年5組に在籍しているのだが、神永詩緖事件の被害者は、みなこのクラスの関係者だった。
茉莉の義父(母の再婚相手)は刺殺、クラスメイトの佐原漠(さはら・ばく)の父親は撲殺、担任だった教師は絞殺されていた。
そして同じくクラスメイトである神永奏乃(かの)は、詩緖の姉。詩緖に毒を注射されたが命は取り留めていた。
茉莉のパートは、茉莉、佐原漠とその兄の砂(すな)、そして神永奏乃が中心となる。ちなみに佐原兄弟は二人併せて 佐原砂/漠、すなわち "サハラ砂漠" というふざけたネーミングになるが、これも兄弟の父親のせいだろう。
茉莉と佐原兄弟は、義父や父親から虐待を受けており、その模様も語られていく。詩緒に殺された担任教師もまた、かつて一人の生徒を死に追いやったという過去があった。
つまり詩緒の犠牲となった大人たちにはみな、そういう共通点があった。だから当然のことながら、茉莉たちは大人に対して信頼も期待もなく、あるのは嫌悪感のみ。
茉莉たちの物語と並行して、朝のラッシュアワーの電車内で女子高生の髪が切られる事件が連続して起こっており、こちらも中盤で茉莉たちに関わってくることになる。それと同時に、茉莉のパートは急展開を見せ始める。
最終的に真昼のパートと茉莉のパートは一つになる。重いテーマを持った社会派の物語であると同時に、自分の命に価値を見いだせない若者たちが暴走するサスペンスでもあり、そして最終的には本格ミステリとしてもきっちり着地してみせる。
本書は作者の小説家デビューからわずか二作目なのだが、いくつもの要素を巧みに組み合わせて堅牢な構造物のような物語を紡いでみせる。すでにベテランのような風格さえ感じさせるその堂々とした書きっぷりには驚かされる。
「罪を犯した少年はやり直せるか」
これは少年犯罪に関わる者にとっては永遠のテーマかも知れないが、本書の最後の一行に書かれた真昼の台詞が、そのまま作者の答えなのだろうと思う。
そして読者もまた、この台詞に心を打たれながら本書を閉じることだろう。
酔いどれ探偵/二日酔い広場 日本ハードボイルド全集6 [読書・ミステリ]
酔いどれ探偵/二日酔い広場: 日本ハードボイルド全集6 (創元推理文庫 M ん 11-6)
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2021/07/21
- メディア: 文庫
評価:★★☆
日本ハードボイルド小説の黎明期を俯瞰する全集、第6巻。
本書では都筑道夫の短編集2冊を合本して収録している。
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「酔いどれ探偵」
エド・マクベインの創造した探偵カート・キャノンの贋作(パスティーシュ)として雑誌に連載されたシリーズ。出版に当たっては「贋作であることを明示すること」という契約があったとのことで、主人公の名をクォート・ギャロンと変えてある。
ギャロンは妻と親友に裏切られ、私立探偵の認可証も取り上げられた。いまはニューヨークの裏町で、ルンペンたちと一緒に酒に溺れる日々を送っている。
「第一章 背中の女」
酔い潰れたギャロンが目覚めたとき、目の前には椅子に縛り付けられた全裸の女。さらには身に覚えのない殺人容疑まで着せられていた・・・
「第二章 おれの葬式」
公園のベンチで時間を潰していたギャロン。そこへやってきた男は、ギャロンを探しているという。誰に頼まれたのか聞いたら、男はギャロンのかつての妻の名を出した・・・
「第三章 気のきかないキューピッド」
安宿に泊まっていたギャロンを訪ねてきたのは、旧知の女・キット。失踪した恋人・マイクを探してくれと云うのだが・・・
「第四章 黒い扇の踊り子」
裏町の道ばたで酒を飲んでいたギャロン。そこへ現れたチャイナ服の女はチャーリィ・ルウを助けてほしいという。彼の家で殺人事件が起こり、容疑者として捕まってしまったのだ・・・
「第五章 女神に抱かれて死ね」
ギャロンが飲んでいた酒場で乱闘騒ぎが起こり、バーテンが斧で客の腕を切断してしまう。バーテンが逃げたあと、店に入ってきた赤毛の女は私立探偵のジュディと名乗るが・・・
「第六章 ニューヨークの日本人」
9月の宵、季節外れのサンタクロースの服を着た男が倒れるところに出くわしたギャロン。介抱された男はユミオ・オオイズミ。商社員で、服を盗まれたのだというが・・・
事件に関わったギャロンが捜査を始めて真相に近づいていくと、たいてい殴られて気を失い、犯人に捕まるというパターン(おいおい)。情けなさが先立って、お世辞にもカッコいいとは言えない。まあそれでも最後には解決してしまうのだから有能なのだろう。
舞台になじみがないせいか、読んでいてもストーリーがなかなか頭に入ってこない(笑)。私とは相性が良くないシリーズみたいだ。
「二日酔い広場」
元刑事の私立探偵・久米五郎を主役としたシリーズ。久米は交通事故で妻と娘を喪っていた。彼の甥・暁(さとる)は弁護士で、桑野未散(くわの・みちる)という若い女性事務員を雇っている。彼女は時折、久米の助手として駆り出されて事件に関わっていく。
「第一話 風に揺れるぶらんこ」
久米は商事会社社長・新見優(にいみ・まさる)から妻・智子の浮気調査を依頼され、彼の兄・新見猛(たけし)を尾行する。しかし猛のアパートで智子の死体が見つかる・・・
「第二話 鳴らない風鈴」
酒場で飲んでいた久米は、自分は尾行されていると主張する青年・小牧洋一と知りあう。小牧から調査を依頼されたのも束の間、彼は路上で銃撃され、命を落としてしまう・・・
「第三話 巌窟王と馬の脚」
往年の時代劇俳優・中川余四郎(なかがわ・よしろう)。酒場で知りあった浅田純子という女のマンションで一晩過ごすが、翌朝、女は死んでいた。酔っていて記憶がないという中川から調査を依頼された久米だったが・・・
「第四話 ハングオーバー・スクエア」
商社員の柏木英俊から妻・倭文子(しずこ)の浮気調査を受けた久米。尾行中に倭文子が歌舞伎町のディスコに入っていった。久米は未散を呼び出し、二人で中へ入るのだが・・・
「第五話 濡れた蜘蛛の巣」
還暦間近の織田要蔵(おだ・ようぞう)。週末になると決まって外出するのを不審に思った妻からの依頼を受けた久米。要蔵に問うと、末娘の素行を心配しているのだと云うが・・・
「第六話 落葉の杯」
広瀬勝二(ひろせ・かつじ)には、かつて妻を殺して自殺を図ったという過去があった。刑期を終えた後は更生して塗装業を営んでいる。だが、再婚したことが原因なのか、娘が家を出て行方知れずになったという。娘の捜索を依頼された久米だったが・・・
「第七話 まだ日が高すぎる」
警察から桑野未散という女性が殺されたと連絡を受けた久米。しかし死んだのは別の女で、なぜか未散のショルダー・バッグを所持していたのだった・・・
都筑道夫という作家さんにハードボイルドのイメージはなかった。どちらかというと本格ものの作家さん。でも本書で、けっこうハードボイルド好きだったことを知った。
巻末のエッセイは香納諒一氏、都筑氏と同じく編集者を経て作家になったという共通点から、いろいろな思い出を語っている。いままでの巻末エッセイの中ではいちばん長いんじゃないかな。それくらい思い入れがあったのだろう。
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かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖 [読書・ミステリ]
評価:★★★
明治41年、23歳の若き詩人・木下杢太郎(きのした・もくたろう)は、北原白秋らと「牧神(パン)の会」を結成した。料理店に集まって芸術家仲間と語り合う会だ。
会員たちが持ち込んできた "不思議な事件" についても推理を闘わせるが、謎は解けない。
そんなとき、店の女中・あやのが「ひと言よろしゅうございますか、皆様」
と口を挟み、見事に謎を解いてしまうのだった・・・
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主人公である木下杢太郎は本名・太田正雄(おおた・まさお)。詩人・劇作家としても多くの作品を残すが、後の世では皮膚科の医学者として世界的に有名となった人だ。本書では23歳の若き日の杢太郎が描かれる。
明治41年、杢太郎は歌人・小説家・洋画家・版画家などと共に「牧神(パン)の会」を結成する。両国橋ちかくの西洋料理店「第一やまと」に集まり、芸術について語り合う会合だ。
しかしそこには会員たちが見聞きした "不思議な事件" も持ち込まれてくる。メンバーたちはそれについて推理を闘わせるが誰も謎を解くことができない。
そこに店の女中・あやのが「ひと言よろしゅうございますか、皆様」と口を挟み、謎を解いてしまう。
レストランに集ったメンバーが謎について推理し、最後は給仕のヘンリーが真相を言い当てる、というのはアメリカの作家アイザック・アシモフのミステリ・シリーズ「黒後家蜘蛛の会」のパターンだが、本書はそれを ”本歌取り” した連作短編集だ。
「第一回 菊人形異聞」
団子坂の見世物小屋に展示されていた乃木将軍の菊人形に、日本刀が突き立てられるという事件が起こるが、犯行がいつ行われたのか分からない。客の目もあり、店番もいたので外部からの侵入者も考えられないというが・・・
「第二回 浅草十二階の眺め」
凌雲閣、通称 "浅草十二階" にやってきたのは、印刷局勤務の桐野泰(きりのやすし)とその同僚・竹富仁蔵(たけとみにぞう)、そしてその妻のとしの三人。泰と仁蔵は最上階の展望台に上ったが、そこから仁蔵が転落死してしまう。泰が疑われるも、事件時の展望台には多くの人がいて、見られずに突き落とすのは不可能だった・・・
「第三回 さる華族の屋敷にて」
華族にして外交官の池田兼済(いけだ・けんさい)。臨月を迎えていた妻の亮子(りょうこ)が陣痛を訴えたので産婆が呼ばれ、池田邸内で出産することに。
しかし生まれた赤子が殺害されるという事件が起こった。出産を終えて亮子が眠っている間に赤ん坊は絞殺、さらに臀部の肉が切り取られ、両目がえぐられるという猟奇的な犯行だった・・・
「第四回 観覧車とイルミネーション」
上野公園で行われた東京勧業博覧会。そこで銃撃事件が起こった。死んだのは軍人・佐藤正董(さとう・まさただ)。犯人は見つからなかったが、後日になって不可解な目撃証言が出てくる・・・
「第五回 ニコライ堂の鐘」
ロシア正教の寺院・ニコライ堂。ある日の夕刻、日曜の朝にしか鳴らないはずの鐘が鳴った。それを聞いた二人の司祭が鐘楼を登ったところ、その中でフョードル司祭が死んでいるのを発見する。しかし犯人の姿はない。鐘楼からの逃げ場はないはずなのだが・・・
「最終回 未来からの鳥」
陸軍士官学校の校長が青酸カリを飲んで死亡する。状況から自殺と思われたが、検視にやってきた森鴎外は疑問を抱く。その後ひとりの学生から、昨夜多くの生徒や教官が揃って不可解な夢を見たという・・・
「第一回」から「第五回」までは、きっちりとしたミステリになっているのだが、特筆すべきはこの時代ならではの犯罪になっていること。それは舞台であったり、動機であったり。あるいは、この時代の価値観でなければ起こらなかった事件だったりする。
その中でも「第三回 さる華族-」は、発端の怪奇性と結末の合理性が見事に両立していて、本書の白眉だと思う。
「最終回」だけはちょっと毛色が異なる。超常的な現象も発生するので、この一編だけはSFと思って読んだ方がいいだろう。
北原白秋、森鴎外、石川啄木、与謝野晶子など、実在の有名人がちょい役で顔を出すのも楽しい。
そしてなんといっても注目は探偵役の "あやの" さん。頭の回転が速いのはもちろんだが、かなりの博識でもあり高度な教育を受けていることが窺われる。
「最終回」ではそんな彼女の "素性" も明らかになる。意外ではあるが、納得の "人選" だろう。
泳ぐ者 [読書・ミステリ]
評価:★★★
『半席』に続く時代ミステリ・シリーズ第二作。
幕府が開かれて200年あまり。日本の周辺に異国の船が現れはじめ頃。
江戸の街で元勘定組頭が刺殺される。下手人は3年半前に離縁した元妻。なぜ彼女は犯行に及んだのか?
毎日、決まった時刻に大川(隅田川)を泳いでいた男が斬り殺される。下手人は下級の幕臣。なぜ彼は犯行に及んだのか?
徒目付(かちめつけ)・片岡直人(かたおか・なおと)は事件を調べるうちに、人の心に潜む、狂おしいまでの悩み、そして "闇" を知っていく・・・
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主人公・片岡直人はまもなく30歳を迎える徒目付。徒目付とはいわゆる監察官のことで、片岡のお役目は主に幕府役人等の内偵や調査だ。
勘定組頭を病で退いた藤尾信久(ふじお・のぶひさ)が刺殺されるという事件が起こる。被害者は既に寝たきりの状態の68歳。下手人は3年半前に離縁した元妻・菊枝(きくえ)。
彼女は元夫を刺した理由を黙して語らない。直人はその動機を探りはじめる。
信久は越後で百姓の身分から身を起こし、代官所で元締手代に取り立てられた。その有能ぶりを気に入った代官が江戸へ戻るに際して連れ帰った。
その後、信久は正規の幕臣ではない普請役を振り出しに謹厳実直に勤め上げ、ついには役高350俵の勘定組頭まで出世を果たした。
私生活では由緒ある大番家(幕府の上級武官)の三女・菊枝を娶り、嫡男を儲けた。しかしなぜか、3年半前に彼女を離縁していた。
嫡男をはじめ菊枝の周囲にいた者たちに話を聞き、信久の故郷の越後まで足を伸ばした直人は、ある "仮説" を組み上げていく。
信久が菊枝を離縁した理由も、菊枝が信久を刺した理由も説明できる。直人はその "仮説" を菊枝にぶつけるのだが・・・
このあと、刺殺事件自体には "決着" がつくのだが、直人は菊枝の反応から、自分の "仮説" に疑いを抱いてしまう。
納得できないままの直人の前に、さらなる事件が起こる。
毎日、決まった時刻に浅草あたりの大川(隅田川)の両岸を、泳いで往復する男がいるという。見物に行った直人は、簑吉(みのきち)という男の名と、その目的を聞き出す。商売繁盛の願掛けで、あと二日泳げば満願なのだという。
しかしその最終日、川から上がった簑吉は、その場で一人の武士に斬り殺されてしまう。
下手人は川島辰三(かわしま・たつぞう)。身分は御徒(おかち)、幕府の警護を担当する下級武士だった。捕まった川島は精神に安定を欠き、「お化けを退治した」と口走るばかり。
周囲の者に聞いたところ、川島には水練の稽古中に、相方の仁科耕助(にしな・こうすけ)を苛め殺したという過去があった。そして簑吉が大川を泳ぎだした頃から、川島は耕助の亡霊に怯えるようになっていったという。
簑吉の身上調査を始めた直人は、「商売繁盛」と語っていた目的が偽りだったことを知る。さらに、彼の出自には意外な秘密があったことが明らかに・・・
前作『半席』での直人は、出世を目指しながらも、事件が起これば調査に没頭する男だった。いくつかの事件で、なぜ下手人が犯行に及んだのか、納得できる理由を見つけるまでとことん追い続ける。そのうちに、出世よりもお役目を全うすることに自分の ”道” を見いだすまでが描かれた。
本作でもそれは変わらず、まず「元勘定組頭刺殺事件」の "なぜ" を探求するが、直人がいまひとつ納得できないまま事件は終結する。
続く「泳ぐ者事件」の調査で、簔吉の過去を探っていくうちに、人の心に潜む悩み、そして闇を知っていく。それをきっかけに、菊枝の心のうちにあった "悲哀と辛苦" に思いが至り、夫を刺した真の動機を知ることになる。
直人自身は出世の道を自ら外れたと思っているが、彼の有能さを知る上司は多いようで、今作でも出世の誘いがかかる。いまのところ直人にその気はないようだが。
本書の背景となるのは異国船が出没して海防の機運が高まってきた頃。これから幕末へと向かい始める世相の中で、直人は200年以上続いてきた幕府の中で起こる事件に取り組むという、ある意味 "内向き" の人生を送っている。
もし続編があるのなら、この時代背景がより一層クローズアップされてくるのかも知れない。そんな世界で直人はどう生きていくのか知りたいところだ。
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