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剣樹抄 [読書・歴史/時代小説]


剣樹抄 (文春文庫)

剣樹抄 (文春文庫)

  • 作者: 冲方 丁
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2021/10/06
評価:★★★

 時代は、徳川家康が江戸に幕府を開いて半世紀経った頃。

 主人公・了助(りょうすけ)は幼い頃、無宿人だった父を旗本奴に殺されてしまう。旗本奴とは、将軍家に仕える青年武士の中で、やさぐれた者たちのこと。現代で言うところのチンピラみたいなものか。

 父の仲間だった三吉に引き取られたが、その三吉も、火災で喪ってしまう。明暦3年(1657年)に江戸の町の大半を灰燼に変えた大火災・「明暦の大火」だ。以後、芥(あくた)を運ぶ仕事をしながら我流で木剣の修行をしている。

 もう一人の主人公は、水戸藩第二代藩主・水戸光圀。
 父・頼綱から隠密組織の立ち上げを命じられた光圀は、親を喪って幕府に保護された子どもたちの中で、特殊な技能を持つ者を選抜し「拾人衆(じゅうにんしゅう)」を結成する。

 みざるの巳助。カメラのような記憶力を持ち、1度見たものは絵として完全に再現することができる。
 いわざるの鳩。1度聞いた相手の声を、完璧に真似ることができる少女。
 きかざるの亀一。並外れた聴力を持ち、遠くの声や会話を聞き、覚えることができる。

 「拾人衆」の設立目的は、火付け(放火犯)の摘発。明暦の大火をはじめ、火事は江戸にとって極めて重大な脅威であり、放火は重罪なのだ。

 火付けの容疑者・秋山官兵衛を追っていた光圀だったが、その官兵衛が一人の少年に倒されてしまう現場に出くわす。その少年こそ了助だった。

 光圀によってスカウトされた了助は「拾人衆」のメンバーとなり、様々な事件に関わっていく、というのが本書のあらまし。
 本作はシリーズ化されていて、次巻以降も刊行中だ。


 巻末の解説では、光圀と「拾人衆」を ”明智小五郎と少年探偵団” になぞらえているが、あまりそんな感じはしないかな。なんといっても「拾人衆」は子どもの集団なので、凶悪犯と対峙する事件解決の場に至ると、どうしても大人たちの陰に隠れがちになってしまう。

 もっとも、二十面相みたいにシリーズ共通の敵も登場するので、あながち間違いでもないかも知れないが。

 この作品に登場する光圀は、”ある秘密” を抱えていて、これがシリーズの今後の展開にも関わってきそうだ。
 了助に思いを寄せていそうなお鳩ちゃんも可愛い。このあたりの進展も楽しみだ。


 作者には、10年前に『光圀伝』という長編があるのだけど、そちらの光圀像ともほぼ同じキャラとして描かれているので、そちらからのスピンオフ、あるいは外伝的位置づけとしても楽しむことができる。

 個人的に嬉しかったのは、光圀の正室・泰姫と再会できたこと。『光圀伝』の中でもピカイチに魅力的かつ印象に残るキャラだったので、彼女が登場したシーンでは思わず涙が出てしまったよ(笑)。
 『光圀伝』の方も、未読の方がいたら、ぜひ一読をお勧めする。


 本作はNHKでドラマ化されてる。私は観てないんだけど(おいおい)。
 若き光圀を演じるのは山本耕史。大河ドラマにも出てるね。堀北真希の旦那でもある。泰姫役は松本穂香。『光圀伝』では美人薄命キャラだったけど、こちらはどんなふうに演じてるんでしょうね。
 宿敵となる錦氷ノ介は加藤シゲアキ、水戸家家臣役で西村まさ彦、他にも舘ひろし、石坂浩二、北乃きい、中島朋子など。
 ちなみに了助とお鳩ちゃんはそれぞれ13歳と11歳の子役の方が演じてるみたい。



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魔女の暦 [読書・ミステリ]


魔女の暦 (角川文庫)

魔女の暦 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/09/18
  • メディア: 文庫
評価:★★★

 横溝正史生誕120年記念復刊シリーズの一篇。
 中編2作を収録している。


「魔女の暦」

 浅草六区にある紅薔薇座。そこではレビューが行われている。
 レビューとは舞台上で行われるショーのことで、例えば宝塚歌劇団やSKDなどがその最たるもの。しかしここで行われているのは、作中の表現によると ”インチキ・レビュー”。いちおうのストーリーはあるものの、メインは女性ダンサーたちのストリップ・ショーだ。

 そこに金田一耕助が現れる。彼のもとに、不穏な予告状が届いていたからである。差出人の名は ”魔女の暦”。そこには、この興業中に舞台上で事件が起こると記されていた。

 折しも舞台上では3人のダンサーが魔女に扮して踊っている。その1人、飛鳥京子が突然胸を押さえて倒れてしまう。そこにはどこからか飛来したのか、毒矢が突き刺さっていたのだ・・・

 ここから連続殺人の幕が開くのだが、それぞれの事件の直前に ”犯人” が自らの犯行計画を紙に記し、それを「魔女の暦」と呼ぶ場面が登場する。

 紅薔薇座の3人の女性ダンサーは、それぞれ別々の劇団関係者と内縁関係や愛人関係にあるのだが、それとは別に若手ダンサー・碧川克彦と肉体関係を結んでいる。
 なんとも愛欲渦巻く人間関係というわけで、横溝正史はこういうのが好きというか上手いというか。

 警察による捜査では、皆目見当がつかず、金田一耕助の推理による解決に至るのだが、そこまでの間に犯人はあらかた目的を達してしまっている。
 いつだか「金田一耕助は名探偵じゃない」って書かれた文章を読んだことがあったが、探偵が途中で犯人を止められないのは、ミステリの宿命だよねぇ。


「火の十字架」

 こちらの事件も金田一耕助への殺人予告状から始まるが、事件は既に起こってしまっていた。

 ヌード・ショーの女王として有名な星影冴子。彼女は3人の情夫を持ち、それぞれに浅草、深川、新宿と3カ所のストリップ劇場を経営させていた。
 彼女は1週間ごとに順繰りに3つの劇場に出演し、同時に情事の相手も1週間交代というわけだ。

 こちらも、なんともすごい設定。ホントに横溝正史はこういうのが好きというか上手いというか(笑)。

 ある朝、浅草の劇場から新宿の劇場へ届けられたトランクの中に入っていたのは、全裸の星影冴子だった。死んではおらず、睡眠薬で眠らされていた。

 その同じ朝、浅草の劇場で発見されたのは男の死体。ベッドに縛り付けられ、口に押し込まれたガラス製の漏斗から塩酸を注がれるという、まさに残虐極まりない現場だった。
 塩酸によって顔はただれ、相好の区別がつかない。つまり ”顔のない死体” 状態だ。

 横溝正史はこういう猟奇的な殺人方法も好きだよねぇ。

 さらに殺人は続いていくが、事件の背景には戦時中の出来事が絡んでいるらしいことが分かっていく。
 「戦時中」とはいっても、事件の発生は昭和20年代なので、まだ10年は経っていない昔の出来事でしかない。

 こっちの金田一は、辛うじて犯人の計画完遂を阻止することに成功するんだけどね。


 本書はストリップ劇場というかヌード・ショーがテーマの2編をまとめた作品集、ということなのだろう。



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忘却城 [読書・ファンタジー]


忘却城 (創元推理文庫)

忘却城 (創元推理文庫)

  • 作者: 鈴森 琴
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/02/20
  • メディア: Kindle版
評価:★★★

 舞台は異世界・亀珈(かめのかみかざり)王国。
 ここは死者を蘇らせる ”死霊術” によって栄えた国だ。死霊術士たちの長は「名付け師」と呼ばれ、当代は縫(ほう)という92歳の男が務めている。

 主人公は王都で家庭教師を営む青年・儒艮(じゅごん)。
 ある夜、何者かに拉致され、連れてこられたのは一切の光が入らぬ ”盲獄”(もうごく)と呼ばれる場所。
 そこには彼以外に5人の人物が集められていた。それぞれ少年、青年、壮年、老年の男たち。そして1人の中年女。

 そこに響くのは、自らを名付け師と名乗る男の声。彼の話から、名付け師の代替わりに絡んで、近々王都で開かれる死霊術の祭典・幽冥(ゆうめい)祭で何らかの事件が起こると儒艮は推理する。

 謎の声は告げる。「私の願いを叶えよ」と。しかし願いの内容は口には出されない。さらに「儒艮以外の5人は、今後彼に従え」と告げる。

 解放された儒艮は、まず盲獄に集められた者たちを探し出すことから始めるが、その行く先々で様々な事件が起こっていく。

 名付け師・縫は、死霊術の才能のある者を厚め、弟子としていた。
 彼らは御子(おこ)と呼ばれているが、その中で唯一の女子である千舞蒐(せん・ぶしゅう)、彼女に仕える少年・亨象牙(きょう・しょうが)の2人が、もう一方の主人公となる。
 こちらでは、名付け師の後継を巡る御子内部での確執や、舞蒐の過去が描かれていく。

 この2つのストーリーラインが交互に語られ、最後に一つになるのだが、その背後には王国の第二王太子・氷飛雪(ひょう・ひせつ)の存在があることが次第に明らかになっていく。
 第二王太子自身は既に故人になっているのだが、舞蒐はかつて飛雪の許嫁であったし、儒艮もまた意外な形で飛雪に関わっていたことがわかる。

 そして、クライマックスとなる幽冥祭の日を迎えるが・・・


 とにかく、イメージが豊饒な作品だ。舞台となる国、死霊術をはじめとする風俗描写も詳細だが、登場人物についても一筋縄ではいかない者が多すぎる(笑)。

 ほとんどのキャラは、複雑な過去を抱えている。「実はこの人は・・・」という展開が頻発する。生いたちや職業のみならず、他の人物との意外な関係とかも次々と明らかになっていく。
 もちろん、ストーリー展開に必要な要素ではあるのだけど、そういうものが多すぎると、物語全体が見通しづらいものになってしまう。
 私自身、途中で把握しきれなくなってしまって「こいつ、何者だったっけ?」と思うこともしばしば。

 まあ、記憶力のいい人なら問題ないのかも知れないが・・・二度三度と読み直していけば、スルメのように新たな味わいを発見できるのかも知れないが、そんな人ばかりではないだろう。

 なんだか文句ばっかり書いてるようだが、物語自体は面白い。それは間違いない。でも、もっと理解できれば、もっと楽しめるのだろうなぁ・・・私にはそこまでの読解能力がないなあ・・・って思わされる作品だったりするんだな。

 読書人口や読書時間が減っている昨今、わかりやすさ・読みやすさが求められがちな小説というジャンルにおいて、流れと逆行するような作品ではある。
 でも、こういう作品もあっていいと思う。私ももっと気合いを入れて読まなきゃいけなかったかなあ・・・とちょっと反省していたりする。

 とりあえず、本書には続編が2作出ているみたいなので、そちらも読もうと思ってます。



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探偵は教室にいない [読書・ミステリ]


探偵は教室にいない 真史と歩シリーズ (創元推理文庫)

探偵は教室にいない 真史と歩シリーズ (創元推理文庫)

  • 作者: 川澄 浩平
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/09/21
評価:★★★

 第28回鮎川哲也賞受賞作。

 語り手は海砂真史(うみすな・まふみ)。札幌で暮らす中学2年の女子生徒。
 169cmと高い身長をコンプレックスに感じているが、女子バスケット部で熱心に活動している。

 探偵役となるのは鳥飼歩(とりかい・あゆむ)。真史の幼馴染みの男の子だが、中学校には通っていない、いわゆる不登校状態。しかし頭のキレは抜群だ。
 名探偵キャラの常として、彼もまたかなりの偏屈者だ(笑)。でもスイーツに目がないので、それに釣られて探偵として動き出す。

 真史の周囲、あるいは彼女自身に起こった事件の謎を、歩が解き明かしていく ”日常の謎” 系連作短篇集。


「第一話 Love letter from...」
 1時間目の体育の授業が終わり、教室に帰ってきた真史の机の中に若葉色の封筒が。中身はなんとラブレター。そして無記名。
 誰が差出人なのかわからず、不安感に駆られた真史は、9年ぶりに幼馴染みの歩に連絡を取る。
 真史の話とラブレターの文面から、書いた人物に迫っていく歩。
 わかってみれば他愛ない話なのだが、それを一篇のミステリに仕立てて読ませてしまうのはやはり上手いのだろう。


「第二話 ピアニストは蚊帳の外」
 真史の中学校でクラス対抗の合唱コンクールが開かれる。
 男子バスケット部の岩瀬京介は、ピアノの名手でもあった。彼のクラスは担任の指導の下、熱心に練習していた。
 ピアノ伴奏は京介が務めることになっていたが、彼は途中でその役から降りてしまう。どうやら指揮者を務める望月という生徒とトラブルがあったらしい。
 京介と望月の行動に不審なものを感じた真史は、歩に相談するが・・・
 学校行事で生徒間に軋轢が生じる、なんてのはよくあることだろうが、当事者間でしか分からないようなことを、安楽椅子探偵の歩が説き明かしてみせる。


「第三話 バースデイ」
 男子バスケット部の田口総士(そうし)は14歳の誕生日を迎えた。それを祝って京介、真史、女子バスケット部の栗山絵奈(えな)の4人は余市(よいち)まで遊びに行く。
 その1週間後、部活の練習を終えた真史の前に現れたのは、他の中学校に通う有原奏(ありはら・かなで)という女子生徒。総士の彼女だった。
 最近、総士の様子がおかしい。全く会ってくれないのだという。
 その翌週、真史は総士が奏とは別の女の子と相合い傘をしているシーンに出くわしてしまう。
 総士の態度に腹を立てた真史だが、歩にその話をすると、彼は意外な提案をしてきた・・・
 本書の中ではいちばんミステリとしてよくできてるかな。伏線とその回収がきっちりかみ合ってすっきり終わる。


「第四話 家出少女」
 父親とケンカして、家出をしてしまった真史。原因は歩だったりする。
 幼馴染みとは言え、中学2年の娘が男の子と一緒にあちこち行動してたら、そりゃ面白くないだろう。心配する気持ちも分からなくもないが(笑)。
 夜8時過ぎに絵奈に真史から電話がかかってきた。ある場所にいるが帰る手段がないと告げた直後に通話は切れ、以後の連絡は途絶してしまう。
 絵奈は歩、京介、総士を呼び出し、4人で真史の居場所を推理することに。
 いろんな条件を挙げて真史の居場所を絞り込んでいく歩。だけどこれは何となく見当がついたよ。旅行で北海道を訪れたことがある人なら、わかりやすいかも知れない。


 鮎川哲也賞にしては地味かな。まあこの作品の前には派手な作品が2作続いてたからね。
 でも、小説自体は上手いのは分かる。中学生の日常生活の中からミステリ要素を見つけ、謎に仕立てていく。言うのは簡単だけど、実際にはなかなか難しいことだろう。
 真史の親友の絵奈、モテ男の総士、どうやら真史に気がありそうな京介など、主役の2人以外の人物もよく書き込みされていて、キャラが立っている。

 本書はシリーズ化されていて、続編も刊行されてるみたいだ。文庫になったら読みます(笑)。



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世界の果ての夏 [読書・SF]


世界の涯ての夏 (ハヤカワ文庫 JA ツ 4-1)

世界の涯ての夏 (ハヤカワ文庫 JA ツ 4-1)

  • 作者: つかいまこと
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/11/19
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

 地球の表面に現れた、〈涯て〉と呼ばれる球状空間。そこに飲み込まれたものは再び外へ出てくることはない。
 〈涯て〉は次第に大きさを増し、現在は直径300kmに達している。いくつかの国と海にまたがり、世界を侵食していた。

 〈涯て〉の内側では、こちら側と異なる時間が流れているらしい。そして、生き物が食物を消化して取り込むように、〈涯て〉はこちらの世界を ”処理して取り込む” 作業をしていると考えられていた。

 この ”処理” に干渉できれば、〈涯て〉の増殖を阻止できるのではないか?
そう考えた人類は、ひとつの方法に辿り着く。


 物語は離島で暮らす小学生、”ぼく” の回想から始まる。そこでは、〈涯て〉から逃れて疎開してきた子どもたちが生活していた。

 ある夏の日、ミウという少女が転校生としてやってきた。しばしば奇行に走るミウに振り回されながら、次第に彼女に惹かれていく ”ぼく” の心情が綴られていく。

 しかしその次の章で、この部分はタキタという老人がカプセルの中で半ば眠りながら、過去の記憶を再生していたのだとわかる。
 そして彼のような人間たちが、〈涯て〉の増殖を食い止める働きをしていたことも。

 そしてもう一人の主役となるのが、ゲームの3Dデザイナーをしているノイ。上司のパワハラで会社を辞めた後はフリーランスで働いている。

 その彼のもとに持ち込まれたのは、3Dアバターの製作の仕事。依頼者はタキタ。その内容は、かつて同級生だった少女・ミウの姿をアバター化して再現することだった・・・


 第3回ハヤカワSFコンテスト佳作受賞作。
 まず、私には難しかったですね(笑)。冒頭で説明される、〈涯て〉の増殖を食い止める方法からしてよく分からない(おいおい)。
 〈涯て〉が ”こちらの世界” を ”処理” しているのなら、処理量を増やしてやればスピードは落ちるはず。
 それなら ”こちらの世界” の ”情報量” を増やしてやればいい。
 書いてみて思ったが、極めてコンピュータ的な発想にも思える。作者の本職はゲームデザイナーらしいので、そのあたりも影響してるのかも知れない。
 その方法こそが、本書のSF的アイデアの中心になっているのだろう。

 しかし、上に書いた文章はあくまで私の解釈なので、ひょっとしたら間違ってるかも知れない(おいおい)。

 物語のキーパーソンとなるのは、もちろんミウさん。なかなか不思議な雰囲気を持つ女の子なんだが、それだけではない。物語の終盤では、意外な役回りが明らかに。


 理解不能な存在である〈涯て〉のイメージに加え、ミウという少女、さらにはメインキャラたちも深く描かれている。ただ、ストーリーはやっぱりよく分からない(笑)。
 この手の作品の常かも知れないが、〈涯て〉に飲み込まれること自体が悲劇や破滅とは限らない可能性も示されるし。
 このラストはハッピーなのかアンハッピーなのか。さて。



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大宇宙の少年 [読書・SF]


大宇宙の少年 (創元SF文庫)

大宇宙の少年 (創元SF文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2008/10/10
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

 私の読書体験は、小学生の頃に父が買ってきてくれた『怪人二十面相』に始まった、というのはこのブログのあちこちに書いてきたと思う。
 そこから江戸川乱歩の「少年探偵団シリーズ」にのめり込んだ私を見て、次に父が私に与えたのが「講談社 世界の名作図書館 全52巻」というシリーズだった。たぶんミステリばっかり読んでる私を見て心配になったのだろう(笑)。

 1巻あたり長編2作分くらいのボリュームで、幅広いジャンルの名作を収録してあった。神話・民話からノンフィクションまで、さらにミステリやSFも入っていた。詳しいラインナップは、ググってください(笑)。

 ミステリを収録した巻には、「怪盗ルパン」「名探偵ホームズ」「黄金虫」。もう定番中の定番だ。
 そしてSFにも1巻与えられていて、アシモフの名作「私はロボット」とともに、このハインラインの「大宇宙の少年」も収録されていた。
 私が ”文学” としてのSFに触れたのは、たぶんこのときが初めて。つまり貴重な体験だったわけだ。

 前置きが長くなってしまった。内容紹介に入ろう。


 時代は、月に恒久的な基地が作られている近未来。とは言っても、本書の発表は1958年なので念のため。

 主人公はキップ・ラッセル。卒業間近の高校生だ。月に基地が作られると発表された頃から ”宇宙熱” に取り憑かれ、自分もいつか宇宙に飛び出すことを夢見ていた。

 しかし、一介の高校生にそんな機会が巡ってくるはずもない。そんなとき、石鹸会社の懸賞募集が目に入る。石鹸のキャッチコピーを考えて応募し、1等になれば月世界旅行に招待するというもの。
 キップはせっせと応募を続け、1等は逃してしまうが入選を果たし、賞品として中古の宇宙服を1着もらえることになった。

 高校を卒業し、大学入学前の夏休みを迎えたキップは宇宙服の整備に没頭、なんとか実際の使用に耐えるまでに仕上げる。しかし大学生活にはお金がかかる。宇宙服を高価で買い取りたいという申し出もあり、キップは泣く泣く手放すことを決める。

 最後の思い出にと、宇宙服を着て散歩に出かけたキップ。そのとき、宇宙服の無線に謎の声が聞こえてきた。それは、宇宙船の着陸誘導を求めるメッセージだったのだ。

 キップの声に応えて着陸した宇宙船に乗っていたのは、11歳の少女パトリシア(ちびさん)、豹のような体形の異星人 ”ママさん”。
 ちびさんは月基地で働く科学者の娘で、異形の昆虫みたいな体形の異星人 ”虫けら面” とその手下(地球人)によって拉致されてきたが、ママさんとともに彼らのもとを逃げ出してきたのだった・・・

 ここからキップの冒険の旅が始まる。彼もまた ”虫けら面” に捕らえられてしまうが、それで黙っている主人公ではない。
 ちびさんママさんとともに再びの脱出を敢行、真空の月面を宇宙服で数十マイルも歩いて助けを求めるという無謀な逃避行に挑んだり、救助信号の発信器を設置するために、冥王星の極寒の世界に飛び出していったり。

 ラスト近くでは、多くの異星人たちによって開かれた ”宇宙法廷” の場に臨むことになる。審判の対象はなんと人類。地球の未来はキップの双肩にかかってくるのである。


 ハインラインらしくスケールの大きな物語。敵味方もハッキリしていて読みやすい。とはいっても、文庫で400ページほどある。欧米では分厚いジュヴナイル作品は珍しくないけど(日本にも長大なライトノベルは存在するが)、それを読ませるハインラインの筆力はやはり流石だ。

 前述の「世界の名作図書館」版は、福島正実氏による抄訳だったが、こっちは全訳。抄訳版では省かれていたエピソードがあったりするのはもちろんだが、物語の面白さという点では、福島版は全く遜色ない。まあ、若干の ”思い出補正” が入ってるであろうことは否定しないが(笑)。
 その辺をさっ引いても、福島氏の訳がいかに素晴らしかったかということだろう。巻末の解説でも、この福島版はジュヴナイルSFの名作として語り継がれているという。

 福島版が素晴らしかった証の一つが、本書の翻訳者だ。名翻訳者として名高かった矢野徹氏とともに「吉川秀実」という名がある。
 これも巻末に矢野氏の文章が載っている。当時大学生だった吉川氏は、この「大宇宙の少年」の原書を自分で翻訳したのだという。それを矢野氏のもとに持ち込んできた。その後いろいろ経緯があって、二人の共訳という形でこの名作の全訳版が刊行となったわけだ(初刊は1986年、このときのタイトルは『スターファイター』。なんでこんな邦題になった?)。
 この吉川氏は私とあまり年が違わないようだ。彼が自力での翻訳を思い立った理由にも、福島版を読んだことがあったのだろうと推察する。吉川氏も、福島版を翻訳の参考にしたと矢野氏に語ったらしいし。


 宇宙に憧れていたキップは、思いもよらない形でそれが実現したわけだが、物語のラストではこの事件がきっかけで将来が開けてくる。数年後には、月で働くこともあるかも知れない。その頃には、ちびさん、いやパトリシア嬢も成長していることだろう。

 ちびさんの紹介を忘れてしまっていたな。11歳ながら、極めて元気で勇ましく、気高く、不屈の意志もあり、そして何より頭の回転が速いという、とても魅力的なお嬢さんだ。彼女の行動もまた、物語を動かしていく原動力になっている。

 優れた物語を読んだ後はしばしば思うのだが「登場人物のその後」が知りたくなる。主役の2人は本書の中では18歳と11歳で、キップは専ら ”保護者” 的役回りだったが、数年後はまた変わってくるだろう。その頃の2人の物語が読みたいなぁ・・・なんて思ってしまう。


 ハインラインは30年以上も前に亡くなっているので、それは望めないことなのだが・・・



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紅のアンデッド 法医昆虫学捜査官 [読書・ミステリ]


紅のアンデッド 法医昆虫学捜査官 (講談社文庫)

紅のアンデッド 法医昆虫学捜査官 (講談社文庫)

  • 作者: 川瀬 七緒
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/08/12
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

 「法医昆虫学」とは、死体を摂食するハエの幼虫(いわゆるウジですね)などの昆虫が、人間の死体の上に形成する生物群集の構成や、構成種の発育段階、摂食活動が行われている部位などから、死後の経過時間や死因などを推定する学問のこと。  (by wiki)

 しかし日本ではまだまだ発展途上の分野らしい。
 本シリーズの主人公・赤堀涼子は、日本で法医昆虫学を確立させるべく、日夜捕虫網を振り回して研究に没頭する博士号を持つ昆虫学者。
 ちなみに36歳独身、小柄で童顔(笑)。

 彼女が捜査一課の岩楯祐也警部補とコンビを組んで、難事件に取り組むシリーズの第6作。


 6月3日、東京都内・荻窪の一軒家で夥しい血痕と、左手の小指が3本発見された。うち2本は家主の遠山正和・亜佐子夫妻のもの、残り1本はこの家を訪れた者が残したものと思われた。

 3本とも生きている状態で切断されたことが判明し、その時期は解剖医の鑑定では5月20日前後、しかし赤堀の出した結論は6月1日の午後。
 もう初っぱなから警察の見立てと赤堀の推定が食い違うのだが、これはもう毎回お約束のパターン。後になって赤堀の見立てが正しいことが分かるのだが。

 例によって、赤堀の ”お守り役” を押しつけられる岩楯だが、今までの経験で彼女の線を辿った方が早く真相に到達できることが分かっているので、相棒の鰐川刑事とともに近所の聞き込みに回る。

 周囲の住民たちの描写が上手い。一見、仲の良さそうな地域のコミュニティにも、実は水面下でいろいろな葛藤が渦巻いている。コップの中のような小さい世界であっても、派閥を作ってボスに収まり、周囲に睨みをきかせる人もいたり。
 そんな、事件とは一見関係なさそうな地域住民の人間関係の中にも、しっかり伏線が撒かれてあったりと、ミステリとしてのつくりも抜かりない。

 そして今回、赤堀の身分に変化が。警視庁が新たに立ち上げた「捜査分析支援センター」の正式メンバーとなったのだ。とはいっても、メンバーは彼女の他には2人だけ。

 犯罪心理学を専門とする広澤春美と鑑定技術開発の波多野充晴で、要するに警察内で ”持て余している人材” を集めて放り込んだ部署で、いわゆるリストラのための ”追い出し部屋” みたいなものらしい。
 実際、広澤の提出したプロファイリング結果は、現在の捜査方針を真っ向から否定するもので、そういう意味では赤堀といい勝負だったりする。
 そりゃ、現場の捜査員からすれば ”煙たい” よねぇ。ところが、この ”はみ出しもの集団” が、結果的にいい働きをするのだから痛快だ。

 今回の事件との類似例として広澤が引っ張り出してきたのは、23年前に竹の塚で起こったもの。民家の中で大量の血痕が発見され、その家の妻と客が行方不明になり、現場には2人の足の小指が残されていた。
 岩楯たちは現場へ赴き、被害者の夫・橋爪修一と面会する。事件当時40歳、現在は63歳となり、定年退職後はゲーム廃人(笑)となっていた・・・


 ストーリー・テリングの巧みさはもう折り紙つきだろう。ミステリとしてもかなり意外な展開となり、ちょっと驚きの真相を迎えるのだけど、それ以上にびっくりなのは本書の中で赤堀が岩楯に対して自らの心情を吐露するシーンがあったこと。とは言っても ”愛の告白” ではないので念のタメ。

 でもまあ、この2人の仲は ”愛だ恋だ” という雰囲気は感じられないよねぇ。近づくと思えば離れ、といって離れたままでもない。
 いつまでもこのままで進むとも思えないので、いつか大きく変化するような気もする。そのへんもシリーズのファンとしては気になるところか。



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むかしむかしあるところに、死体がありました。 [読書・ミステリ]


むかしむかしあるところに、死体がありました。

むかしむかしあるところに、死体がありました。

  • 作者: 青柳 碧人
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2019/04/17
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆

 おなじみの日本昔話を、ミステリとして構築し直すというユニークな試みで話題になった作品。


「一寸法師の不在証明」
 ”お椀の舟に箸の櫂” で故郷を出発した一寸法師は、三条右大臣に仕え、その娘の春姫様を鬼の襲撃から救い出す。鬼に飲み込まれ、体の中から針でチクチク刺しまくり、見事に鬼を追い払う。
 鬼が残した ”打ち出の小槌” によって、大きな体となり、春姫様とめでたく結婚することに・・・と、皆様ご存じのお話。
 しかしその同じ日、右大臣の落とし胤と思われる男が殺されていた。現場はほぼ密室状態で、わずか ”一寸” ほどの隙間しかなかったという。しかし一寸法師には、犯行時刻に鬼の体内にいたというアリバイが・・・

「花咲か死者伝言」
 茂吉じいさんが飼っていた犬のシロが ”ここ掘れワンワン”、そこを掘ったら金銀財宝が見つかった。しかしシロは意地悪じいさんの太吉に殺されてしまう。
 茂吉がつくったシロの墓に植えた松の木で作った臼と杵からも金銀財宝が湧いて出た。太吉がその臼を持って行ってしまうが財宝は出ず、太吉はそれを燃やしてしまう。
 茂吉がその灰を撒いたところ枯れ木に花が咲き、それを見たお殿様から金銀財宝を賜った。ところが、太吉は残った灰をみんな持って行ってしまった・・・ご存じ「花咲かじいさん」。
 しかしその4日後、茂吉が死体で見つかる。その右手にはぺんぺん草が握りしめられていた・・・
 意外な犯人、というよりは動機の方が意外だったかな。

「つるの倒叙返し」
 村の庄屋から借金返済を迫られた弥兵衛は、その場で庄屋を殺してしまう。ところがそのとき、弥兵衛の家の戸を叩く音が・・・
 というわけで、弥兵衛のために、おつうさんが自らの羽を使って機織りをする「鶴の恩返し」が始まる、わけなんだが・・・
 これは紹介が難しい。タイトル通り倒叙ものパターンなんだが、それに加えてもうひとひねり。ラストでは唖然。

「密室竜宮城」
 いじめられていた亀を助けた浦島太郎は、竜宮城へ迎えられ、乙姫様をはじめとする魚たちの歓待を受ける。しかしその竜宮城で ”殺人” 事件が起こる。
 魚が殺されて、なんで ”殺人” なのか。それは、竜宮城の中では魚たちは ”人間態” となっているから。
 乙姫様の依頼で、探偵役となった浦島太郎だったが・・・
 竜宮城でしか成立しない密室トリックが炸裂。

「絶海の鬼ヶ島」
 桃太郎とその家来たちの ”襲撃” を受け、壊滅的な被害を受けた鬼ヶ島。
 しかしそれから年月も経ち、生き残った鬼たちの間に新たな子が生まれ、13人(13頭?)まで人数が増えてきた。
 しかしその鬼ヶ島で、殺人(殺鬼?)事件が発生する。一人また一人(一頭また一頭?)と殺されていくのだが・・・
 まさに「そして誰もいなくなった・鬼ヶ島版」(笑)。


 昔話を、「特殊設定ミステリ」として構成し直した作品群。
 一話完結ではあるが、作品間に緩やかなつながりはあって、”特殊アイテム” である ”打ち出の小槌” や、おつうさんが織った ”羽衣” などは複数の作品に登場する。
 物体の大きさを変えてしまう “小槌” など、作品世界だけで有効な ”能力” には、それなりに使用上の制限事項があったりして、それが読者にもきっちりと開示されている(何でもアリではミステリにならないからね)。



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大癋見警部の事件簿 リターンズ 大癋見vs芸術探偵 [読書・ミステリ]


大べし見警部の事件簿 リターンズ 大べし見VS.芸術探偵 (光文社文庫)

大べし見警部の事件簿 リターンズ 大べし見VS.芸術探偵 (光文社文庫)

  • 作者: 深水 黎一郎
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2020/04/14
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

  タイトルの「大癋見」は「おおべしみ」と読む。この変わった姓を持つ警視庁捜査一課の警部の登場する、シリーズ第2作。

 やる気はゼロ。思いつくままの行き当たりばったりの捜査。口を開けば下ネタと暴言が飛び出し、ヒマさえあれば居眠りばかり。
 ところが彼が率いる捜査班は検挙率100%という。不思議な人。

 彼のもとで苦労している(させられている)のが海埜警部補。
 そして海埜の甥が神泉寺瞬一郎。芸術一般に造詣が深い「芸術探偵」として、そちらのシリーズでは主役なんだが・・・


第一部  大癋見vs芸術探偵

「盗まれた逸品の数々」
 元華族・東薗寺(とうおんじ)家に泥棒が入る。87歳の当主は、盗難事件のショックで意識不明の状態に。
 彼が残したメモには、盗まれた物品のリストが書かれていた。中には、本物ならば金銭に換算できないくらいのトンデモナイお宝もあったのだが・・・
 それを見た瞬一郎が、例によって蘊蓄を語り出すのだが、中には ”絶対に実在しないもの” まであるという。
 ラストのオチは脱力系のバカミス。

「指名手配は交ぜ書きで」
 新聞やTVなどで「損失補填」を「損失補てん」、「嗜好品」を「し好品」などと表記されることがあるが、あれが ”交ぜ書き”。要するに常用漢字表を守った表記のことだ。
 大癋見警部が町を歩いているとき、1枚の看板を目にする。そこには
 【伝助と博に注意 東芝山警察署】とあった。
「伝助(でんすけ)と博(ひろし)って誰だ?」疑問に思う大癋見だが。
 これもオチはバカミス。

「大癋見警部殺害未遂事件」
 捜査一課の大部屋で、大癋見は一冊の黒革の手帳を見つける。その中には、なんと ”大癋見警部はコロス” という記述が。
 それだけではない。”棟方もコロス” と、一課所属の他の刑事の名もあった。
 さらに、手帳の後ろの方には ”大癋見警部はぶちコロス” という記述まで。
 いったいこの手帳は誰のもので、どんな意図があるのか・・・
 もうここまでくると脱力すらしないバカミス(笑)。

「ピーター・ブリューゲル父子真贋殺人事件」
 美術評論家の太田垣が自宅で撲殺された。
 現場には、彼が書いたと思われる絵画の鑑定書が落ちていた。そこには「偉大なる大ブリューゲルの画面を子が台無しに」とあった。
 そして瞬一郎の蘊蓄が始まる。ピーター・ブリューゲルは16世紀の大画家だが、同名の息子も画家なので、ブリューゲル(父)・ブリューゲル(子)と表記されることもあるという。
 文庫で100ページほどもあって、本書中で最長の作品で、ミステリとしてはいちばんまとも。でも、最後のページのオチはやっぱりバカミス(笑)。


第二部 「とある音楽評論家の注釈の多い死」

 まず、この作品はページが上下二段に分かれている。
 上の段では、音楽評論家の松浦暢弘(のぶひろ)が殺された事件を捜査する大癋見警部たちの様子が描かれるのだが、下段では、増渕尚志(ひさし)という元・音楽評論家が、上段の文章に好き勝手に注釈をつけていくという構成。
 最初のうちは、捜査に茶々を入れるような感じだったのだが、途中から被害者がPC中に残した文章が出てくると俄然、暴走を始める。
 主に国内で開かれたクラシック・コンサートのレビュー(短評)なのだが、業界内部を知る増渕は、文章の裏に隠された意味を暴いていく。
 雑誌に掲載される文章なので、基本的には褒めているのだが、”一見して褒めているような表現” に、実は裏の意味があることが明らかに。
 例えば〈あるがままの自分をさらけ出した〉→〈下手くそなことがよく分かった〉、〈人間的な温もりのある演奏〉→〈ミスタッチが多くて閉口した〉など。
 この勢いで、被害者が残した文章に隠された ”本音” をバラしていく。
 ミステリとして書かれてるはずが、途中からは音楽評論家の ”褒めていそうで実は貶している文章表現のテクニック大公開” がメインになってしまう。
 まあこれはこれで面白いからいいのだが(おいおい)。



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夜の黒豹 [読書・ミステリ]


夜の黒豹 「金田一耕助」シリーズ (角川文庫)

夜の黒豹 「金田一耕助」シリーズ (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/08/24
評価:★★★☆

 角川文庫から、大量に横溝正史の作品が復刊されてる。なんでも「生誕120年」(1902年5月生まれ)で「没後40年」(1981年12月末に逝去)とのことで、それを記念してのことらしい。

 横溝正史は、1970年代に一大ブームとなった。それは私が高校生から大学生だった頃と丸かぶり。私もブームの渦中にあって、夢中になって読んだものだ。
 当時の小遣いの大半は角川文庫に消えてたような気がする。角川春樹は私に感謝するべきだね(笑)。

 冗談はさておき、当時刊行された作品はたいてい読んでるはずなので、今回『夜の黒豹』も再読のはず。だけど、さっぱり覚えてないんだよねぇ。

 まあ映画化されたような超有名作品は3回くらい読んでるし(もちろん映画も観た)、覚えているのは当たり前なのだが、さすがにちょっとマイナーな作品は覚えてないみたいだ。だって40年前だもんねぇ・・・

 前置きが長くなってしまった。内容紹介に入ろう。


 渋谷のラブホテルの一室で発見されたのは、ナイロンの靴下で首を絞められ、瀕死の状態にある全裸の女だった。しかも両の乳房の間には、青いトカゲの絵が描かれていた。
 見つけたのはベルボーイの山田。しかし解放した彼女から「秘密にしてくれ」と懇願され、そのまま彼女を逃がしてしまう。

 その女と一緒に部屋に入ったのは、漆黒のオーバーに身を包み、黒い帽子、黒いマフラー、そしてサングラスと、黒豹のような雰囲気の男だったことを山田は覚えていた。

 その1週間後、芝高輪のラブホテルで女性の絞殺死体が発見される。首にはナイロンの靴下が巻き付き、乳房の間にはトカゲの絵が。そして、女と一緒に部屋に入ったのは、全身黒ずくめの男だったという。

 死んだ女性の名は水町京子。娼婦だった。
 そして、この殺人事件の新聞記事を読んだ山田は警察に出頭、渋谷で起こった事件のことが明らかになる。
 世間は ”切り裂きジャック” 事件と大騒ぎになるが、そのさなか、山田は何者かに轢き逃げに遭って死亡してしまう。

 そして第3の事件が発生する。被害者は星島由紀。15歳の高校1年生だった。彼女もまた全裸で、乳房の間にはトカゲの絵が。

 由紀は13歳の時、10歳年上の従兄弟・岡戸圭吉と駆け落ち騒ぎを起こしていた。岡戸はいま、丘朱之助(おか・あけのすけ)というペンネームで、低級な週刊誌にエロ漫画を描いていた。
 警察が岡戸のもとを向かうと、すでに姿をくらましていた・・・


 非情に扇情的な事件の連続で、少女偏愛趣味の容疑者まで登場するという物語で、特に第3の事件の被害者・由紀の関係者はそれぞれ一癖も二癖もありそうな、裏の事情を抱えた人物ばかり。一連の事件の犯人も、この中に潜んでいそうだと見当もつくが、人間関係が非情に錯綜していてなかなか全体を見通せない。
 このあたりは、地方の旧家を舞台にした他の有名作品と遜色ないくらいの書き込みだ。

 冒頭の前半部の雰囲気はエロチック路線なのだが(笑)、ミステリとしての骨格はしっかりとしている。
 金田一耕助の謎解きは、非情に論理的で、些細な供述や事実関係の食い違いから、丹念に絡んだ糸を解きほぐしていく。このあたり、ちょっと意外だった。

 この復刊シリーズ、しばらく楽しめそうである。



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