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群青のカノン / 薫風のカノン [読書・ミステリ]


群青のカノン: 航空自衛隊航空中央音楽隊ノート2 (光文社文庫)

群青のカノン: 航空自衛隊航空中央音楽隊ノート2 (光文社文庫)

  • 作者: 和代, 福田
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/01/11
  • メディア: 文庫
薫風のカノン 航空自衛隊航空中央音楽隊ノート 3 (光文社キャラクター文庫)

薫風のカノン 航空自衛隊航空中央音楽隊ノート 3 (光文社キャラクター文庫)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/10/10
  • メディア: 文庫
評価:★★★

ヒロインの鳴瀬佳音(かのん)は、
音楽大学を卒業後、好きな音楽を続けるために
航空自衛隊に入隊、中央音楽隊のアルトサックス奏者となった。

ちょっぴりドジっ娘でトラブルメーカーだが憎めないキャラで、
毎日の練習に励み、演奏会に臨む日々を送っている。
そんな彼女の周囲に起こる様々な ”事件” と、
その背後に潜む "謎" を描いた連作短編集「碧空のカノン」の続編だ。

「群青のカノン-」(2巻目)
 「希望の空」
 「恋するダルマ」
 「ナンバーワン・カレー ー吉川美希の場合」
 「行きゅんな加那」
 「恋するフォーチュンクッキー ー松尾光の場合」
 「ラ・フィエスタ」

「薫風のカノン」(3巻目/完結編)
 「サクソフォン協奏曲」
 「ルージュの伝言」
 「ゲット・イット・オン ー室郁子の場合」
 「空みあげて」
 「星に願いを ー土肥諒子の場合」
 「インディペンデンス・デイ」

前作「碧空ー」の記事でも書いたけど、いわゆる
"日常の謎" 系ミステリなのだが全体的にミステリっぽさは希薄。
どちらかというと自衛隊と音楽を絡めた "人情噺" という趣。
自衛隊の、しかも ”音楽隊” という、
特殊な職場における "お仕事小説" でもある。
主人公を始め、女性キャラも多く登場するので
「女性のワークライフバランス」というテーマも見え隠れする。

 作中、「~の場合」と題されているのは、
 それぞれのサブキャラを主役にした短篇。
 佳音以外の音楽隊のメンバーも個性的で楽しい人たちばかり。
 みなキャラが見事に立っているので、こういう短篇が成立する。
 作者がメインキャラ以外の脇役たちにも
 愛情を注いで描いているのがうかがえる。

そして、それと並行して描かれるのが主人公・佳音をめぐるラブコメ。
彼女は、高校の同級生で今は同じ音楽隊メンバーになっている
渡来(わたらい)俊彦から好意を寄せられていても、全く気づかない。

彼が佳音に寄せる好意は、周囲の人々ほぼ全員が知っているのに、
肝心の佳音本人だけが気づかないという、まあお約束の展開ではある。

2巻目の「群青ー」では、後輩もできて
ちょっぴり頼もしくなった佳音の日常が描かれる。
一方、沖縄県の那覇基地にある南西航空音楽隊へ転属となった渡会には
同隊の女性隊員が熱を上げ、佳音に対して一方的にライバル宣言をする。
一方、佳音の方にも彼女を慕う後輩男子が現れ、
彼女を巡る恋愛模様は ”三つ巴” ならぬ ”四つ巴” の様相を呈していく。

3巻目の「薫風ー」では、さすがの佳音も渡会の感情に気づくのだが
彼との関係に結論を出すことができず、ぐずぐずと時間だけ経っていく。
そんな二人を見かねた周囲の音楽隊員たちがひと肌脱ぐのが
最終話「インディペンデンス・デイ」。
高校時代から数えれば10年以上のつきあいとなる二人の仲も、
ここにめでたく大団円を迎える。

いやあ、こんな長きにわたって一途な愛を貫いた渡会くんは素晴らしい。

作者は巻末の「あとがき」で、スピンオフの可能性に言及してるけど
ぜひ、実現してほしいなあ。音楽隊の皆さんにまた会いたい。

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自薦 the どんでん返し3 [読書・ミステリ]


自薦 THE どんでん返し3 (双葉文庫)

自薦 THE どんでん返し3 (双葉文庫)

  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2019/01/10
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

あらかじめ ”どんでん返しがあります” って銘打って、
ものすごくハードルを上げてる(笑)アンソロジー、その第3弾。


「偶然」折原一
一人暮らしの老女・房枝のもとにかかってきた1本の電話。
それは10年前に家を出て行った一人息子と名乗り、
ヤクザとトラブルを起こして1000万円必要になったのだと告げる。
事情があって家から出られない房枝は、家まで取りに来てくれと言う。
房江のパートと振り込め詐欺犯のパートと交互に描かれ、
最後に意外な展開が。おお、これはかなり驚いた。

「さくら」北村薫
還暦を迎えた老女が、自分の人生を振り返る独白が綴られる。
読んでいくうちに、なにやら不気味な様相を呈してくるのだが
これは文章でないと味わえない ”怖さ” だろう。

「富士参り」鯨統一郎
武蔵国美里藩藩主の姉・りん姫(20歳)は、ある陰謀で暗殺されかかる。
間一髪、脱出に成功するが、その途中で負傷して記憶を失ってしまう。
そこを江戸で居酒屋〈鈴屋〉を営む半助に救われ、
姫は居酒屋の看板娘 ”おりん” として働き始めることになる。
探偵役はこのおりんさんなのだけど、聞き込みと証拠で推理する、
という展開をたどらないので純粋なミステリとは言いがたいかも。
呉服屋の番頭・雄吉の妻おようが殺されるという事件が起こる。
その犯人を突き止めたおりんさんは、
なんと自らの手で下手人を ”成敗” に乗り出していくという、
『必殺仕事人』と『桃太郎侍』を合わせて女性版にしたような話。
本作は『鬼姫人情事件帖』というシリーズの第1話とのこと。
全話を読もうとは思わないけど、
最後にりん姫がどうなるのかは知りたいかも。

「ハガニアの霧」長岡弘樹
グアム島で実業家として暮らす甲野は、
買い取った民家の物置から1枚の絵画を発見した。
それは有名な女性画家の描いたもので、現存する作品が少ないことから、
世界中の画廊から買い取りの申し出が殺到した。
しかし甲野はどんな高価格を提示されても絵は売らなかった。
そんなとき、甲野のオフィスに電話がかかってくる。
それは彼の息子を誘拐したという知らせだった・・・
誘拐事件の真相は見当がつくけど、そのあとさらにひとひねり。

「拾ったあとで」新津きよみ
ストーリーは1人の女性の独白で綴られる。
彼女はある晩、現金を拾った。その額は242万円。
警察に届けたが拾い主は現れず、半年後にそっくり彼女のものとなる。
しかしそれから彼女の人生は、坂道を転がるように転落していく。
要するに ”あぶく銭” は身につかない、って話なんだが
まわりまわって最初のところに戻ってくるのはよくできてる。

「九州旅行」麻耶雄嵩
短編集で既読。”銘” 探偵メルカトル鮎シリーズの一編。
ミステリ作家・美袋(みなぎ)のマンションを訪ねてきたメルカトル。
二人で外へ出た途端、メルカトルは「血の臭いがする」といって
同じ階の別の部屋へ向かい、そこで刺殺死体を見つけてしまう。
遺体を前に推理を巡らす美袋とメルカトルだが・・・
ミステリとしてのオチではなく、物語としてのオチに驚く話かな。
今回再読してみたら、内容があまりにも
「九州旅行」というタイトルと関係がないことに改めて驚いた(爆)。

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葬偽屋は弔わない 殺生歩武と5つのヴァニタス [読書・ミステリ]


葬偽屋は弔わない: 殺生歩武と5つのヴァニタス (河出文庫)

葬偽屋は弔わない: 殺生歩武と5つのヴァニタス (河出文庫)

  • 作者: 晶麿, 森
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2018/04/06
  • メディア: 文庫
評価:★★★

語り手の高浜セレナは社会人2年目の24歳、生命保険の調査員だった。
しかし仕事で成果を上げられず、
両親がつくった借金返済を肩代わりさせられ、
極めつけに、恋人だった貴史が交通事故で死亡してしまう。

人生に絶望したセレナは仕事を辞め、歩道橋の上から投身自殺を図る。
しかしその寸前、彼女に声をかけた者がいた。

声の主は殺生歩武(せっしょう・あゆむ)。
阿佐ヶ谷にある臨済宗煩悩寺(!)の住職を務める傍ら、
”葬偽屋”(そうぎや)を営んでいた。

”葬偽屋” は、生きている人間を死んだと偽って葬式を行う。
「自分が死んだ後、周囲の者たちが
 どんな反応をするか見てみたくないか」
そんな要望に応えるのが仕事だ。

歩武に拾われたセレナはとりあえず自殺を4か月猶予し、
”葬偽屋” の受付嬢兼雑用係として働き始める。


「第一話 シャボン玉、消えた」
依頼人は16歳の少年・稔(みのる)。祖母と二人暮らしだ。
銀行員の父は6年前に鳥取支店長へ異動となり、一家三人で引っ越した。
しかし3年前から母親が奇行をくり返すようになってしまった。
2年前に東京に戻ってきたものの奇行は収まらず、
彼女は単身で鳥取へ戻ってしまう。
1年前に父親が亡くなったときも、葬儀に現れない。
稔は自分の ”葬偽” を行うことで、母親に再会することを願っていた。
歩武の命で、稔の母を探し出すためにセレナは鳥取へ向かうが・・・

「第二話 蝶々、遊べや止まれ」
依頼人は銀座の会員制倶楽部の経営を任されているユマ。
オーナーは大手企業の創業者・島崎。
彼は、「妻が死んだら君と結婚する」と言うが、
それが本心なのか知りたい。それがユマの目的だった。
しかし彼一人だけを ”葬偽” に呼ぶのは難しい。
そこで、歩武の発案でセレナがそれとなく島崎に接近するために
ユマの店でホステスとして働くことになってしまう・・・
いやぁ、このラストは予想できませんでした。女性は強かですねぇ。

「第三話 砂時計、さよなら、こんにちは」
依頼人は石貝奈々子という女性。
忘れられない初恋の人への思いを断ち切るために、
”彼” の ”葬偽” をしてほしいという。
しかし相手は14年前に同級生だった<キョウちゃん>。
当時10歳の小学生で、今どこで何をしているのかも知らないという。
セレナは<キョウちゃん>を探して浜松へ向かうが、
なぜか地元の人は<キョウちゃん>のことは黙して語らない・・・
これも予想外のラスト。意外なところでセレナの過去に関わりも。

「第四話 頭蓋骨のためのレクイエム」
依頼主は暴力団の組長・尾藤(びとう)。
末期癌で余命幾ばくもないが、組の内部に裏切り者がいるらしい。
”葬偽” を行えば、そいつが正体を現すはずと踏んだのだ。
しかし、”葬偽” の前日、尾藤が暗殺されてしまう・・・

「第五話 貝殻鳴らそ」
依頼人は平野大樹というサラリーマン。しかし彼こそ、
セレナが仕事を辞めるきっかけとなった保険金事件の関係者だった。
大学准教授・水島桐人(きりと)が失踪し、7年後に死亡宣告がなされた。
彼の妻・美穂子は保険金を受け取った後に再婚した。その相手が平野。
しかし美穂子は平野にまで多額の保険金をかけていた。
彼女の ”愛” を確かめたい、というのが平野の目的だった・・・


サブタイトルにある ”ヴァニタス” とは、
wikiによると「人生の空しさの寓意」を表す静物画のこと。
描かれた静物の中に、頭蓋骨や腐ってゆく果物などを置き、
観る者に対して虚栄のはかなさを喚起する意図をもつ絵画を指す。

作中、歩武は事件に関わる事柄について ”ヴァニタス” に絡めた蘊蓄を
長々と語るのだが、これが実は彼の正体に絡んでくる。

”葬式” がテーマなのだが、セレナ嬢が無理矢理
ホステスに仕立て上げられたり、
調査に赴いた先で殺されかけたりと
なかなか波瀾万丈な体験を披露してくれる。
それらを巡る歩武とのやりとりも喜劇的で、
暗くなりがちな物語の雰囲気を救っている。

セレナ嬢自身も、歩武とともに他人の ”葬偽” を見ていくうちに
自らの生への希望を取り戻していく。

物語は「エピローグ」で一区切りつくので、
続編は無さそうだな、って思ってたんだけど
どうやら続巻が出ているみたい。これもいつか読もうと思う。

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神の気まぐれ珈琲店 [読書・ファンタジー]


神の気まぐれ珈琲店 (二見サラ文庫)

神の気まぐれ珈琲店 (二見サラ文庫)

  • 出版社/メーカー: 二見書房
  • 発売日: 2018/07/11
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

タイトルだけ見ると、いったいどんな話なのか
見当もつかないかもしれないが
そのものズバリ、神様が経営する喫茶店の話である(おいおい)。

まあ日本には八百万の神様がいるわけで、
その中にはコーヒーが好きな神様もいるかも知れないし、
ならば喫茶店を営業してみようという神様がいてもいいではないか。

というわけで、3人の神様が経営するコーヒー店の話だ。
もちろん客の前では、”彼ら” は人間の姿をしている。
スタイル抜群で爽やかな雰囲気の ”青葉”、
格闘家と見紛うマッチョな ”大河”、
人形のような美貌ながら冷ややかな迫力を持つ ”翡翠”、
しかもみなそろって長身でイケメンとくる。

それに加えて、本職(笑)も忘れない。
客の願いはきちんと叶えてくれるという
霊験あらたかなコーヒー店なのだ。


「エデンのタルトタタン」
25歳を迎えるも、さっぱり結婚の当てがないOL・杏沙(あずさ)。
たまたま入った神様の珈琲店で、半信半疑ながら
”縁結び” をお願いしたところ、杏沙が出くわす男性が次から次へと
彼女に結婚を申し込み始めるという謎の事態が勃発してしまう・・・
ラストの着地点は早めに予想がつくけど、楽しいラブコメ。

「ホットケーキで地獄巡り」
家を空けがちな母と二人暮らしをしている尊(たかし)。
彼の望みは、就職すること。正社員になって安定した収入を得ること。
しかし仕事の種類は問わないと言いながら、けっこうえり好みが(笑)。
そこで、3人の神様は尊にいろいろな仕事を体験させてみるのだが・・・
ラストには、ちょっとミステリ的な仕掛けもある。

「黄昏ビスコッティ」
神様の喫茶店に茶トラの猫・コウメが現れる。
その猫を追ってきたのは園沢修介という初老の男性。
コウメは修介の兄・銀二の飼い猫だったが、
錦二が病気で他界してしまい、修介が飼うことになった。
コウメもまた癌に冒されていて、余命幾ばくもない。
しかしコウメは、毎日夕刻になると家を抜け出してしまう。
どうやら、何かを探しているらしいのだが・・・
よく「子どもと動物には勝てない」とはいうけれど、本作もそれ。

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スキュラ&カリュブディス 死の口吻 [読書・その他]


スキュラ&カリュブディス―死の口吻―(新潮文庫)

スキュラ&カリュブディス―死の口吻―(新潮文庫)

  • 作者: 相沢 沙呼
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/03/27
  • メディア: 文庫
評価:★★

変わったタイトルだけど「スキュラ」も「カリュブディス」も
どちらもギリシア神話に登場する怪物の名。

 wikiによると、英語には「スキュラとカリュブディスの間(あいだ)」
 という言葉がある。「進退窮まった状況」という意味で
 「前門の虎、後門の狼」と同義語なんだそうだ。


街では、若い女性の変死事件が相次いでいた。
狼に食いちぎられたような凄惨な遺体を残して。
同じ頃、”プーキー” と呼ばれる麻薬も広まっていた。

主人公は、此花(このはな)ねむりという女子高生。
外国人の血を引き、人形のような整った顔立ちをもつ金髪の少女だ。
(文庫版表紙のイラストが彼女)
なぜか自ら死を求めて、夜の巷を彷徨する日々を送っている。

彼女のクラスメイトの鈴原楓は、
些細なことからねむりと言葉を交わすようになる。
家庭内不和を抱える楓は次第にゆかりと親しくなっていくが、
それによって彼女もまた事件に巻き込まれていく。

変死事件を調べている探偵・雪紫(すすぎ・ゆかり)は、
楓の同級生の戸塚裕一郎に接触する。
一方、ねむりは ”プーキー” の流通を握っていると思われる
少女・瀬崎秋架(しゅうか)の行方を追う。

やがて明らかになるのは ”プーキー” の意外な成分、
そしてねむりの正体は・・・


文庫本裏表紙の惹句には「背徳の新伝奇ミステリ」とある。

性(エロス)と死(タナトス)が表裏一体であるように、
死が横溢する本作の中にも、エロティックなシーン、描写が多々ある。
今までこの作者が書いてきた路線とは毛色の異なる作品なのは間違いない。

でも、「ミステリ」と銘打つのは如何なものかとは思う。
ラストで明らかになる事実のいくつかはミステリ的ではあるけれど
それがメインではないから。

「伝奇ホラー」というのが一番ぴったりくるかな。
今は亡きSF作家・平井和正の某シリーズを彷彿させるものもある。

ただ、私はこの手の話(ホラー系)は苦手。
星の数が少ないのもそれが理由。

だけど、ヒロインの此花ねむりさんの行方は気になる。
本作で全ての謎が語られたわけでもないし、
もし続きがあるのなら、読んでみたいなとは思う。
でもまあ、本書が出て6年くらい経ってるので、続編はナシ、かな。

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鳥籠の家 [読書・ファンタジー]

 

鳥籠の家 (創元推理文庫)

鳥籠の家 (創元推理文庫)

  • 作者: 廣嶋 玲子
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2017/12/11
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

時代はよく分からないんだけども、
文中の表記によると大正時代の初めくらいか。もっとも、
物語の九割方は地方の豪商・天鵺(あまぬえ)家の屋敷の中で進行し、
”外の世界” の描写はほとんどないんだけど、
全体的に封建的な雰囲気に溢れていて、”時代” を感じさせる。

その天鵺家で、嫡子・鷹丸(たかまる)の ”遊び相手” を
選ぶことになり、9人の娘たちが集められた。
主人公・茜もその中の一人。鷹丸と同い年の13歳だ。

全員が広間に集まったとき、突然一羽の蝶が現れ、
鷹丸に向かって一直線に飛んできた。
それに不吉なものを感じて大声を上げてしまった茜だが、
鷹丸に届く寸前にその蝶を捕らえたのは、8歳ほどの幼い少女だった。

みすぼらしい着物を着て、全身に傷を負ったその娘の名は雛里(ひなり)。
彼女は ”鳥女(とりめ)” と呼ばれる天鵺家の ”守り神” であり、
天鵺家の者以外には見えない存在なのだという。

9人の中でただひとり ”鳥女” の姿を見ることができた茜は、
鷹丸の ”遊び相手” として選ばれ、天鵺家で過ごすことになる。

茜の ”仕事” は、鷹丸の話し相手として一緒に過ごすことだけなのだが
代々伝わる謎めいたしきたりに従わなくてはならないし、
屋敷の外へ出ることもできない。
あまりにも自由のない生活に茜は戸惑うが、
経済的に傾いた彼女の実家は天鵺家の財力で支えてもらっているので
屋敷から逃げ出すこともできない。

しかし、鷹丸は同世代の遊び相手を得たことで喜びを隠さない。
いささか世間の常識とズレたところはあるものの、
彼が純真で優しい心根を持つ少年であることを茜は知っていく。

天鵺家には、嫡子の成長に伴ってさまざまな儀式があった。
それに従い、13歳の鷹丸は ”羽ぞろえの儀” に臨むことになった。
その日は一家そろって屋敷を離れ、村の中心にあるお堂で一晩過ごす。
茜には ”守りのお方” という役が割り振られた。
”羽ぞろえの儀” の間、誰もいない屋敷にたった一人で留まるのだ。

そしてその儀式の夜、屋敷の背後にある森から化け物が現れ、茜を襲う。
しかし化け物の真の狙いは鷹丸の命。
その正体は、かつて天鵺家の先祖が富を手に入れるのと引き換えに
森の妖魔への生け贄として捧げた娘・揚羽姫の怨霊だった・・・


当主・天鵺燕堂(えんどう)、その息子にして鷹丸の父・椋彦(むくひこ)。
その妹で鷹丸の叔母・千鳥。
天鵺家の者たちが昆虫を嫌い、みな鳥の名を持っているのは
一族に仇なす揚羽姫の怨霊が、昆虫を自らの眷族として使役するからだ。
(鳥は昆虫を捕食する存在だからね)
異様な因習の数々も、揚羽姫の呪いから逃れるため。

そんな中に放り込まれた少女・茜が、
持ち前の明朗快活さと行動力で、天鵺家を大きく揺さぶっていく。


天鵺家の人々にとって最も大事なのは、家の存続。
「天鵺家にあらざれば人にあらず」的な価値観のもとに行動していく。
茜が ”遊び相手” として選ばれた真の理由もまた、実に外道なものだ。

その中でも、鷹丸の世話係をしている静江は、
天鵺家の旧弊を代表するような存在で、表向きは ”世話係” だが
実はとんでもない ”能力” を隠し持っていて、
物語中盤までは、茜にとって最強の ”敵役” となる。

千鳥は、精神的に病んでいるような女性なんだが
この人も一筋縄ではいかない。
時には敵、時には味方のように振る舞い、最後まで茜たちを翻弄する。

そして、”鳥女” である雛里もまた重要な役どころ。
人の心を失い、”人外の身” になってしまったはずの彼女だったが、
悲しい過去を持っていて、茜との触れあいによって少しずつ変わっていく。


終盤、茜と鷹丸は、天鵺家を縛る呪いの鎖を断ち切るべく、
森の妖魔&揚羽姫との対決に臨む。

怨霊の使い魔である昆虫の描写はグロテスクで
全体的にホラーな雰囲気に溢れているけれども、
物語は未来への希望を感じさせるエンディングを迎える。

物語はここで幕を閉じるけれど、二人の新しい物語がここから始まる。
鷹丸にとっては辛く苦しい道のりになるけれど、
彼の傍らには、ずっと茜が一緒にいてくれるのだろう。

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高座の上の密室 [読書・ミステリ]


高座の上の密室 (文春文庫)

高座の上の密室 (文春文庫)

  • 作者: 愛川 晶
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/06/10
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

老舗の寄席「神楽坂倶楽部」の内外で起こる事件を描いた
”日常の謎” 系ミステリ・シリーズ。その2巻め。

31歳独身の編集者・武上希美子(たけがみ・きみこ)は
幼い頃に両親が離婚、父が家を出た後に母は早世、
今は祖母・道代と二人暮らしである。

希美子が務める出版社が落語家の本を出すことになり、
その編集担当になったことがきっかけで
神楽坂倶楽部へ出向することになり、3か月という期間限定ながら
席亭代理として働き始めたのが前巻。
ちなみに ”席亭” とは、寄席の経営者のこと。

落語にはずぶの素人だった希美子は、寄席や演芸の世界の
専門用語やしきたりに悩まされながらも、日々奮闘している。


「高座の上の密室」
神楽坂倶楽部の高座に上がるはずだった高齢の芸人が
体調不良で突然入院してしまい、
急遽、藤島天翔斎という女性手品師が代役を務めることになった。
彼女は29歳で美貌のシングルマザーで、娘の小桃ちゃんも美少女。
得意の演目は「葛籠(つづら)抜け」。
蔦を編んだ籠の中に小桃が入り、さらに外から紐で結んで
開閉できなくした中から、見事抜け出すというもの。
天翔斎は、ある事情で長い間寄席から遠ざかっていたのだが、
美人母娘が演じる高座を観た客の中にたまたま有名人がいたことから
一気に話題になり、なんとTVの取材が入ることになってしまう。
しかし、当日に演じた「葛籠抜け」で、籠から脱出した小桃は
そのまま行方不明になってしまう・・・

「鈴虫と朝顔」
高座の上で曲芸を演じる太神楽(だいかぐら)を継承する『鏡太夫社中』は
亀川鏡太夫・鏡之進の親子芸人だ。
太神楽という名は知らなくても。「海老一染之助・染太郎」なら・・・
って書いてみたけど、この二人を知らない人も多くなってきただろうな。
その鏡太夫親方が希美子のもとへやってくる。
「”鏡太夫” の名を息子・鏡之進に譲りたい。ついては慣例に従い、
 神楽坂倶楽部の席亭(つまり希美子)に鏡之進の芸を判定してもらって
 襲名の可否を判断してほしい」と。
難題を押しつけられた希美子は、その突然の申し出の裏にある
事情を探り始める。そこで浮かび上がってきたのは、
鏡之進にはかつて ”芸の天才” と評された姉がいたこと、
そして彼女は若くして芸の道から退いてしまったことだった。
そんなこんなで、鏡之進が希美子の前で芸を披露する日がやってくる。


このシリーズの探偵役は、寄席の下足番を務める義蔵さんなんだが
「鈴虫ー」では希美子自身が鋭い洞察力を見せ、
襲名問題も亀山家の家庭問題もひとまとめに解決してしまう。

すっかり ”席亭” ぶりが板についてきた様子で、
これならいつ ”代理” の字がとれても大丈夫なようにも見えるのだが、
ことはそう簡単ではなさそうだ。
次の3巻めでこちらも片がつくのかな?

「芸は生き物」とはよく言ったものだ。
同じ人が演じても日が変われば、そして観客が変われば変わっていく。
まさに変幻自在。これが高座の良さなんだろうなと思う。

今までの人生で、寄席には一回しか行ったことがないんだけど、
「神田紅梅亭シリーズ」も、この「神楽坂倶楽部シリーズ」も、
また寄席に行ってみたいという気にさせる作品群だ。

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未来恐慌 [読書・SF]


未来恐慌 (祥伝社文庫)

未来恐慌 (祥伝社文庫)

  • 作者: 機本伸司
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2018/02/15
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

物語の始まりは、2029年初夏の日本。

半年後に開かれる ”web万博” に向けて、準備が進んでいる。
ネット内の仮想空間に ”会場” を構築、
各国のパビリオン(おお、懐かしい単語だなあ)もそこに ”建設” し、
観客も世界中からネット経由で ”web参加” してもらおうという企画。
VRゴーグルを装着して各施設の中を見学し、
他の ”観客” ともコミュニケートできる。

主人公・別所暉(べっしょ・ひかる)は、大学を出て2年目の若手。
IT企業に就職したが、入社直後から
”web万博「日本館」” 企画部へ出向、既に1年が経とうとしている。

「日本館」展示の目玉は「スパコンによる未来予測」。
通称 ”E計画” と呼ばれているこのプロジェクトは、
T大学教養学部准教授・大竹亜礼(おおたけ・あれい)が率いている。

日本国内にあるスーパー・コンピュータを用いて、
空前の大規模シミュレーションを敢行、気象などの環境変化のみならず、
社会情勢の変化までも描き出そうというものだ。

しかしそのシミュレーションが導き出したのはとんでもない未来だった。

株価の大幅下落、次いで燃料費の大幅な高騰。
これを皮切りに1929年の世界恐慌を上回る ”大恐慌” が始まる。
輸出入が止まり、物流が滞り、企業は倒産、失業率は跳ね上がる。
電気・水道・ガスなどのインフラが不安定化し、
貨幣価値が暴落、市民の不安/不満は国へ向かう。
全国で暴動や反政府デモが巻き起こり、
恐慌開始から1年以内に日本国民は一億総難民化する。

しかもこれが、今後10年以内に起こるという・・・

初期条件を様々に変化させてシミュレートし直しても、
結果は大同小異で、どっちに転んでも ”大破局” は避けられない。

しかし、大竹のチームからこの報告を受けた実行委員会および
万国博スポンサー企業の幹部たちはシミュレーション結果を握りつぶす。

大竹は更迭され、プロジェクト・チームのメンバーは
人事異動で散り散りにされてしまう。

しかし2029年10月22日、ニューヨーク市場で株価の大暴落が始まる。
そこからシミュレーション結果をなぞるように世界中が大不況に陥り、
日本も坂道を転がり落ちるように大混乱に陥ってしまう。

プロジェクトから去る前に、大竹が構想していた
”E2計画”(大恐慌からの脱出シミュレーション)に希望を託し、
暉をはじめとするプロジェクトの旧メンバーたちは、
大竹の行方を追って暴徒があふれる東京の街を奔走する・・・


本書のモデルは、「あとがき」で作者も書いてるけど
小松左京によるSF大作「日本沈没」だ。
流石に日本列島が水没することはないが、その代わりに
日本という国が、経済的に ”轟沈” してゆく様が描かれる。

 「E計画」「E2計画」のネーミングは、明らかに「日本沈没」での
 「D-1計画」「D-2計画」のオマージュだろう。
 大竹教授は田所博士の役回りだね。

40年前の「日本沈没」では、地球内部の変動が
日本列島が沈んでいく引き金になったが
(「マントル対流」って言葉はこの作品で覚えたよ)
本書では、IT技術の進歩にその役が割り当てられている。
わずかな時間に膨大な株の取引を可能にした
”高速自動取引システム” が、株価の大変動を引き起こす。
その陰には、ハード/ソフトを含めた巨大IT企業の存在もあるのだが。


全体的によくできてると思うんだけど、
株価の大暴落から東京の治安悪化までがあっという間で、
ちょっと早すぎな感もする。
まぁ、ページ数の都合(笑)もあるのかな。

上の粗筋を読んでると、主人公たちが首尾よく ”E2計画” の
シミュレーション結果を手に入れ、そこから
破局脱出の突破口を見つける・・・って展開になりそうなんだが
そう簡単な話ではない。この ”E2計画” がはじき出す
”不況克服に最も効果的な方法” なるものがまたねぇ・・・うーん。

大恐慌を放置するか? E2計画の結果を受け入れるか?
最後の最後、主人公たちが下した決断は・・・

ラストはいささか楽観的な感じもするが、
エンタメとしてはこれが正解でしょう。


中盤以降、主人公たちは暴徒が跋扈する世界へと変貌してしまった
東京の街を、さらには日本の各地を駆け巡る話になっていく。

ともすれば悲観的で暗い雰囲気に陥りそうになるのだけど、
それを救っているのが灘城小梅(なだしろ・こうめ)ちゃんだ。

”web万博”「日本館」のマスコット・ガールに選ばれた女子高生で、
弱冠16歳ながら元気溌剌、黙っていれば美人なのに、口を開けば
(天然なのか狙ってるのか分からないが)突飛な言動で周囲を振り回す。

物語の序盤で、登場早々からなぜか暉くんにはやたら懐いてくる。
後半になって、深刻なシーンが続くようになっても
彼女だけは変わらずにあっけらかんとギャグをかましてくる。
そのギャグが笑えないものばかりなのが玉に瑕なのだが(笑)。

 もっとも、かなり ”くせの強い” お嬢さんなので
 好き嫌いはかなり分かれるかも知れない。
 (私も彼女のキャラに慣れるまで時間がかかりました)

株式とかITとかの専門用語も出てくるけど、あまり難しく考えずに、
暉くんと小梅ちゃんのラブコメと割り切って読むのが、
本書を一番楽しく読む方法なんだと思うよ。


作中で発生する大恐慌の背景には、
行き過ぎた経済至上主義や進み過ぎたIT技術があるんだけど、
中盤以降、それらに背を向けた生活様式を選んだ人々も登場する。

ただまあ、この手の現代文明を批判的に描こうとする作品には
よく出てきそうな類型的なものに留まってるように思う。
”自然に還れ” ば全て丸く収まる、ってわけでもないだろうし。

現代文明へのアンチテーゼとして、
この物語には欠かせない存在と作者は判断したのだろうけど、
こういう存在を登場させるのならば、
もう少し新しい切り口のものがみたかったなぁ。

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語り屋カタリの推理講戯 [読書・ミステリ]


語り屋カタリの推理講戯 (講談社タイガ)

語り屋カタリの推理講戯 (講談社タイガ)

  • 作者: 円居 挽
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/02/22
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

舞台は、”エリア” と呼ばれる、何処とも知れぬ場所。
読んでいくと分かるが、かなり広大で
高い建造物や大がかりな仕掛けも仕込んである。
本書はそこで行われる ”推理ゲーム” を描いている。

「フーダニット・クインテット」
「ハウダニット・プリンシプル」
「ワイダニット・カルテット」
「ウェアダニット・マリオネット」
「ウェンダニット・レクイエム」
「ワットダニット・デッドエンド」

各章のタイトルから分かるように、
「Who」「How」「Why」「Where」「When」「What」 という
5W1H の各ジャンルから ”事件が出題” され、
それを ”プレイヤー” が推理して解いていくという ”ゲーム” 形式。

しかし、プレイヤー自身が被害者になる(殺される)こともあるという、
物騒なゲームでもある。

いったい何でこんなことが行われているかというと、
このゲームの模様はネットで中継されており、
”主催者” はそれによって大儲けしているらしい。
だからもちろん、プレイヤーの傍らには常にカメラマンもいる(笑)。

プレイヤーは手首に ”バングル” と呼ばれるリング上の器具を装着する。
そこには6つの穴が開いており、プレイヤーが ”事件” を推理して
”解決” すると、そこに1つずつ点灯していく、というつくり。

プレイヤーが 5W1H の6つの ”事件” を ”解決” し、
6つの点灯を果たせば ”ゲームクリア” となって莫大な報酬を手にする。
(そうじゃないと、こんな命がけのイベントに参加する人はいない)

プレイヤーが示す ”推理” は、必ずしも正しくなくてもいい。
例えばひとつの事件に対して二人のプレイヤーから
異なる ”推理” が提示された場合は、
より ”観客” の支持を集めた方が勝者となるのだ。

 このあたりは、同じ作者の「ルヴォワール」シリーズや
 「シャーロック・ノート」シリーズにも通じる設定である。

正しいけど地味な真相より、間違っているけど
派手で受けがいい真相のほうが受け入れられることもあるわけだ。


主人公は、中学生と思われる少女・ノゾム。
彼女は、ゲームの報酬をある難病の治療薬開発に充てるために
参加してきたのだが、海千山千の参加者たちの中にあっては
生き残ることさえ容易ではない。

そんな彼女の前に現れたのが、カタリと名乗る奇妙な青年。
たやすく ”ゲームクリア” できそうな卓越した推理力を持つのだが、
あえてクリアせずに ”エリア” に居残っているようだ。
彼は「君に謎の解き方を教えよう」と、目の前で起こった事件を題材に
ノゾムに対して推理のレクチャーを始めるのだが・・・


通常のミステリと比べて虚構性とゲーム性が強い。
それゆえに、通常なら「いくらなんでもそれはないだろう」という
トリックが堂々と使える。

「ハウダニット・プリンシプル」での殺害方法とか、
「ウェアダニット・マリオネット」での殺害場所なんかは
”バカミス” のレベルさえも越えていて
通常のミステリで使ったら怒り出す人がいそうな真相だけど
この作品世界内なら、堂々と使えてしまう。

ミステリとしてはかなり過激な作品でそれなりにスゴいとは思うんだけど
物語の最終的な着地点が私の好みではないので、星の数は少なめ。

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1984年のUWF [読書・ノンフィクション]


1984年のUWF (文春文庫)

1984年のUWF (文春文庫)

  • 作者: 健, 柳澤
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2020/03/10
  • メディア: 文庫
1981年4月、一人の覆面レスラーが現れた。
その名は「タイガーマスク」。

 後に、他の団体などにも同様の虎のマスクのレスラーが現れたため、
 しばしば ”初代” と呼ばれることになる。

当時はアントニオ猪木率いる新日本プロレスのTVにおける全盛期で、
毎週金曜日午後8時というゴールデンタイムに
レギュラー放送の枠を持っていた。

それを中継するアナウンサーたちの筆頭には古舘伊知郎。
独特のハイテンションで熱く叫ぶそのアナウンスは、
視聴者を否が応でも沸き立たせたものだ。

そこに現れたタイガーマスクは、その華麗な空中殺法で
観客を熱狂させ、その人気は猪木をも超えるものだったという。

 私も、TVの前にかじりついて見ていたクチだ。
 もちろん、猪木よりもタイガーマスクの方が目当てだった。
 彼の正体が「佐山聡(さとる)」という若手レスラーであったことは
 かなり後で知ることになった。


しかし人気絶頂だった83年8月、タイガーマスクは
突如新日本プロレスとの契約を自ら解除し、引退してしまう。

84年4月、新団体UWFに現役復帰して参加するが、
UWFが85年9月に活動休止してからは、
プロレスの世界に戻ることはなかった

その後、旧UWFのレスラーたちは新日本プロレスのリングに上がるが、
その中の一人、前田日明は88年2月に契約解除される。

88年5月、前田はUWF(第2次)を再結成する。
しかし90年12月、第2次UWFは解散し、3団体に分裂した・・・


UWFという団体はTV中継を持たなかった。
今ならネットや衛星放送など多様な媒体が存在するが
当時、TVがないというのは致命的で、ほとんど情報が入ってこない。

実際にUWFの試合に足を運んでいるコアなファンならともかく
私のようなTVでしかプロレスの情報が入ってこない人間にとっては
何が起こっているのか知る術はなかった。

「週刊プロレス」のような活字媒体はあったが、
毎週買うほどのこだわりを持たなかったし。

私的な事情を書くと、このあたりは私が就職して最初の数年間にあたり
仕事に集中しなければいけない時期でもあった。
そういう慌ただしい時間を過ごす中で、
自然と「タイガーマスク(佐山聡)」「UWF」という存在から
だんだんと離れていってしまったのも仕方がなかったのだろう。
でも、多くの疑問が心の中に残っていたのも事実だ。


一番大きな疑問は、

・なぜタイガーマスク(佐山聡)は、人気絶頂のさなかに
 新日本プロレスを離れたのか?

そして、それに続いて浮かぶ疑問は

・なぜ佐山聡はUWFに参加したのか?
・そもそもUWFとはどういう目的の団体だったのか?


私が本書を読んだのは、上の疑問の答えが知りたかったからだ。
そしてそれは十分かなえられるのだが、それに加えて、
UWFという ”ムーヴメント” が
日本のプロレス界にもたらしたものをも教えてくれる。

・第1次/第2次UWFの旗揚げに関わった前田日明とは、
 どんなレスラーだったのか?
・なぜ佐山聡は第2次UWFに参加しなかったのか?
・佐山聡が目指していたことは何だったのか?


全ての始まりは、プロレスラーとプロレスファンが
「同床異夢」の関係にあったことだろう。

 何がどう異なっていたかはここには書かない。

プロレスファンが求める ”理想” に、
レスラーの側から近づこうとしたのがUWFだった。


本書の前半は、天才的なセンスと並外れた運動能力を持つ佐山聡が、
新しい格闘技(後の「シューティング」)の姿を求めて
次第にプロレス界から逸脱していく様が描かれる。

全編を通して名前が出てくる前田日明は、
前半では理想に燃える好青年として、
後半ではUWF人気に沸くマスコミに祭り上げられて
やや ”増長” した ”ヒール” 風に描かれる。

 当然ながらノンフィクションと言っても
 著者のフィルターを通して描かれる訳なので、
 当事者からしたら「これは違う」という意見もあるだろう。

他にも、人気レスラーが多く登場する。
藤原喜明とその奥さんのエピソードには感激するし、
高田延彦が後にPRIDEで「出てこいやー!」って叫んだり
ハッスルで ”高田総統” に扮したりする行動が
なんとなく理解できるようになった気もする(笑)。
(UWF時代と同じ人間がやってると思えなかったんだけど)


今でも、プロレスもエンターテインメントの一角として
根強く人気を保ち、総合格闘技もすっかりメジャーな存在となったが
UWFが存在したことが日本の総合格闘技の普及に
大きく関わったことも本書は記している。


いちおう老婆心ながら付け加えておくと、ひょっとして
本書の内容にショックを受ける人もいるかも知れない。

まあ、本書を読む人で ”プロレスとはどういうものか” を知らない人は
いないと思うのだが、念のタメ。

プロレスラーとプロレスファンの「同床異夢」の内容を
すべて白日の下にさらしてしまった
『流血の魔術 最強の演技』(ミスター高橋)
を読んでる人なら大丈夫ですが(笑)。

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