魔道師の月 [読書・ファンタジー]
評価:★★★☆
コンスル帝国皇帝の甥にして皇位継承者・ガウザス。
ある日、彼の元に献上されたのは、
何の変哲も無い漆黒の円筒状の物体だった。
しかし、それこそ太古の時代よりこの世に存在した<暗樹>、
人の心に巣くう "闇" の集合体とも言うべきものであった。
これを持つ者には、いっときの栄耀栄華が与えられるが
突然の破滅と、とてつもない破壊をももたらしてきた。
ガウザス付きの魔道師・レイサンダーは
いち早く<暗樹>の正体を見抜くが、彼の諫言は退けられ、
レイサンダーは失意のうちにガウザスの元を逃げ出す。
魔道書『タージの歌謡集』を自らの手で焼失させてしまった
書物の魔道師・キアルスは、心の傷を癒やすべく彷徨ううちに、
キスプの町で神殿の書記官となり、管理官・カーランと知り合う。
『歌謡集』修復を進めるキアルスだったが、ある日同僚と仲違いし、
逃げる途中でカーランの小屋に入り込むが、そこで
壁に掛かったタペストリーに描かれた世界の中へ飛ばされてしまう。
そこは400年前の世界。
キアルスは<星読み>の少年・テイバドールの生涯と、
彼と<暗樹>との戦いを追体験していく。
一方、ガウザスは皇位に就き、彼を操る<暗樹>の力は
帝国の未来をも闇に呑み込もうとしていた・・・
「夜の写本師」でデビューした作者の第二作。
前作と同じ世界を舞台にしているが、
時代も異なるし直接的なストーリーのつながりはないので、
前作を読んでいなくてもとりあえずは大丈夫。
もっとも共通して登場するキャラはいるので、
読んでないよりはあった方が、より興味は持てるかも知れない。
物語はこの後、現代へ戻ったキアルスとレイサンダーの出会い、
そしてクライマックスの<暗樹>を封印する戦いへと続いていく。
しかし<暗樹>の力は強大だ。
なぜなら、人の心にある "悪意" と "欲" から生まれたものだから。
この世に人が存在する限り、<暗樹>が消滅することはない。
これに対して、魔道師といえども若造が二人。
彼らは何度も自らの無力感に苛まれるが、それでも諦めることはない。
世界設定も緻密だし、キャラも魅力的。特に女性陣がいいなあ。
外見は若いのに何故か老成した雰囲気のカーラン。
魔法のかかったタペストリーを持ってた理由とか、
本書の中では明かされないけど、彼女も何らかの事情を抱えていそう。
400年前の世界では、イスランとリルルの魔道師姉妹がいい。
戦闘力抜群だし男性陣にモテモテだし。
単純な勧善懲悪のヒーローものではないので、
スカっと爽やか、って感じではないけれど
作品世界の中に浸る楽しみは充分に味わうことができる。
海外作品の翻訳もののような雰囲気を漂わせる作風で、
"ファンタジーを楽しむ" ってのは、こういうことなんだろうと思う。
不満をいえば、ラストの<暗樹>との対決が
ちょっとあっけないような気もしたのだが、
作中にもあるとおり、<暗樹>は消滅することはない。
ならばこの物語は、<暗樹>とレイサンダーとキアルスを巡る
"エピソード1" であり、彼らの "その後" も、
いつの日か語られるのかも知れない。
個人的にいちばん知りたいのは、
キアルスとカーランの "その後" だなあ。
作中では素っ気ない素振りの多いカーランだが
内心ではキアルスのことを大事に思っているようだし。
いわゆる "ツンデレ" ですかね?
彼女の正体というか出自は、本編中でも詳らかにされないから
私としてもいろいろ妄想の幅が広がる。
"○○○と何らかのつながりがある" んじゃないか、とかね。
まあこのへんも、いつか書かれることを期待しましょう。
最後に、もうちょっとだけ。
文句というほどではないのだけど、
キアルスが引き取った少年・エブンの台詞。
「ため口(ぐち)」とか「まじ?」とか、今風な言葉遣いに
ちょいと違和感を感じてしまうオジサンなのでした。
まあこのへんは、好みの問題なのかも知ないけど。
あと、タイトルと内容が今ひとつ結びつかない気がするのは私だけ?