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求婚の密室 有栖川有栖選 必読! Selection 6 [読書・ミステリ]


有栖川有栖選 必読! Selection6 求婚の密室 (徳間文庫)

有栖川有栖選 必読! Selection6 求婚の密室 (徳間文庫)

  • 作者: 笹沢左保
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2022/08/09
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 東都学院大学教授・西城豊士(さいじょう・とよじ)の所有する軽井沢の別荘に集まった13人。その場で発表されるのは、豊士の娘で女優の富士子(ふじこ)の結婚相手。莫大な資産と美貌の花嫁を手にするのは誰か?
 しかし発表当日、豊士とその妻・若子(わかこ)の死体が密室状態の地下貯蔵庫で発見される。この難事件に挑むのはルポライター・天知昌二郎(あまち・しょうじろう)。『他殺岬』に続いての登場である。


 西城富士子は27歳。美貌かつ上品で知的な雰囲気のある女優として知られ、これまでスキャンダルとは無縁の存在だった。

 彼女の父・西城豊士は大学教授だったが、先代の残した財産を元に株の取引で成功し、巨大な資産を形成していた。
 妻の若子との間には子ができなかったが、たまたま事故死した親友の遺児を養子に迎えることになった。それが富士子である。
 しかしその後、若子が妊娠した。40代後半という高齢出産だったが無事に娘が生まれ、サツキと名付けられた。富士子とサツキは21歳違いの(血のつながらない)姉妹となった。

 そして今年、豊士はすべての活動から引退することを表明、軽井沢の別荘で隠居を祝うパーティが催されることになった。さらに、そこで富士子の結婚相手を発表するのだという。
 いささか時代錯誤な成り行きだが、富士子にとって豊士は育ててもらった恩人であるし、彼の選んだ相手と結婚することは、芸能界に入る時の条件でもあったという。

 隠居に当たって豊士はすべての財産を処分・整理し、それを富士子とサツキに二分して与えることにした。富士子への贈与分は25億円にのぼる。ちなみに現在の物価に換算すると40億円くらいらしい(本書の刊行は1978年)。

 富士子の結婚相手については、以前から豊士と交流があった医師・石戸昌也(いしど・まさや:35歳)と弁護士・小野里実(おのさと・みのる:34歳)の2人に絞られていた。

 別荘には石戸・小野里を含む13人の客が集められたが、発表予定の日に豊士と若子の服毒死体が地下貯蔵庫で発見される。内部から厳重に施錠された堅固な密室状態の中で。

 集められた客たちは、豊士に友好的な者ばかりではない。大学内での派閥争いで敵対した者だったり、かつて豊士が引き起こした女性スキャンダルの関係者だったりと、恨みを抱く者もいる。しかし "すべてを精算する" ということでパーティに呼んだらしい。

 駆けつけた警察によって別荘内に足止めされた招待客たち。豊士が花婿を指定する前に亡くなったことから、石戸と小野里は勝手に「事件の真相を解明した者が富士子と結婚する」という取り決めをしてしまう(おいおい)・・・。


 本書は文庫で370ページほどあるのだが、序盤を除く300ページは、ほぼ別荘内でストーリーが進行する。しかもその大半が、招待客たちによる推理とその検討に充てられているのだ。
 新本格における館ミステリの典型みたいな展開だが、本書の刊行は『十角館の殺人』(綾辻行人)に先立つ9年前のことだ。時代を先取りしていた作品と云えるかも知れない。

 「第一章 密室の死」では、事件の発生が語られ、「第二章 心中説」では夫婦そろっての自殺の可能性が論じられ、「第三章 他殺説」では他の犯人の存在が検討される。
 心中にしては矛盾点が多く、他殺とするには鉄壁の密室トリックを打ち破らなければならない。

 そして「第四章 真犯人」に至り、混迷する事件を解き明かしていくのは、招待客の一人であるルポライター・天知昌二郎。彼は石戸と小野里の "花婿争い" に割って入り、真相究明を目指す。
 実は、富士子は密かに天知に想いを寄せており、彼もまたそれに応えようとしていたのだ。だからこの "戦い" に負けるわけにはいかない・・・

 というわけで、本書は密室殺人とラブ・ロマンスの同時並行で綴られていく。


 巻頭にある有栖川有栖による Introduction では、作者である笹沢左保は本書の密室トリックにかなりの自信を持っていたことが語られている。
 たしかに、大向こうを唸らせるような "びっくり仰天系" なものではないが、読者の盲点を突く意外性を備えていて「なるほど!」と納得させる、よく考えられたものだと思う。
 これならタイトルに謳っても文句を言う人はいないんじゃないかな。



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火のないところに煙は [読書・その他]


火のないところに煙は(新潮文庫)

火のないところに煙は(新潮文庫)

  • 作者: 芦沢央
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2021/06/24

評価:★★☆


 「神楽坂を舞台に怪談を」との依頼を受けた作家の〈私〉。かつて体験したことを題材に、短編1作のみで終わるはずが、次から次へと怪異が続き、続編を執筆することに・・・
 ドキュメンタリー形式で語られるミステリアスな怪談。


「第一話 染み」
 「怪談」をテーマに、『小説新潮』から短編小説の依頼を受けた "私" は、過去の体験をもとに小説化することに。
 8年前、"私" は友人の瀬戸早樹子(せと・さきこ)の紹介で角田尚子(つのだ・なおこ)という女性と会った。
 尚子は結婚を考える男性がいて、『神楽坂の母』と呼ばれる評判の占い師を訪ねたところ、「不幸になる」「結婚しない方がいい」と断言されてしまった。
 しかし相手の男性は別れ話に対して怒り出し「別れるなら死んでやる」と言い出した。男の行動は次第にエスカレートするが、ある夜、交通事故で死亡してしまう。
 "私" から相談を受けたオカルトライターの榊桔平(さかき・きっぺい)は、死亡事故の状況から、ある推理を組み立てるのだが・・・
 作中に登場する、ある "アイテム" が実に怖い。それが文庫本の裏表紙にも載ってるので二度びっくり。


「第二話 お祓いを頼む女」
 フリーライターの鍵和田君子(かぎわだ・きみこ)のもとに、ある日突然、平田千恵美(ひらた・ちえみ)という女性から電話がかかってくる。お祓いをお願いしたいという。「私、祟られているんです」
 夫は交通事故に遭い、息子も様子がおかしいという。
 お祓いはできないというと、できる人を紹介しろという。どう話しても会話がかみ合わない。なんとか電話を切るがその数時間後、こんどは本人が君子の家に現れる。
 君子から話を聞いた榊は、ある推理を提示する。それですべて解決かと思われたのだが・・・
 ミステリ的な解決がなされたと思ったら、さらに(ホラー的に)ひとひねり。


「第三話 妄言」
 新婚の塩谷崇史(しおや・たかふみ)は埼玉県の郊外に家を買った。条件のよい物件で喜ぶが、ある夜、帰宅した彼を妻は詰問する。隣家の主婦である前原寿子が、崇史の浮気現場を目撃したというのだ。
 寿子の処へ抗議に向かうが、彼女は「絶対に間違いない」との一点張り。どうやら彼女は、そのように "信じ込んでいる" らしい。
 「とんでもないところへ家を買ってしまった・・・」後悔する崇史だが、妻は次第に寿子に感化されていってしまう・・・
 このあと悲惨な出来事が起こり、それを取材した榊によって、寿子がとった行動の "理由" が推測されるのだが・・・。こんな "迷惑な隣人" がホントにいたら恐怖そのものだなぁ。


「第四話 助けてって言ったのに」
 ネイルサロンで働く智世(ともよ)は、夫・和典の実家で義母・静子と同居していた。姑との仲は良好だったが、同居を始めた頃から奇妙な悪夢を見るようになった。
 家が火事になり、炎と煙に追われて焼け死ぬというものだ。それを聞いた和典は驚く。それと全く同じ悪夢を、かつて静子も見ていたのだという。
 悪夢の原因が住んでいる家にあるのではないかと考えた和典は、家を売りに出す。幸い、買い手がついたのだが・・・
 榊の推理は、関係者の "善意"(悪意ではない)を明らかにするが、善意が必ずしも人を救わないという哀しい話。


「第五話 誰かの怪異」
 千葉県内の大学に入学した岩永幹男(いわなが・みきお)は、格安の古アパートで一人暮らしを始めた。しかし、やがて怪異に見舞われるようになった。
 風呂場の排水溝に大量の毛髪(明らかに自分のものではない)が詰まっていたり、突然TVのチャンネルが切り替わったり、洗面所の鏡の中に見知らぬ高校生くらいの少女が映っていたり。仲介の不動産屋に問い合わせたところ、過去にアパートの隣室で4歳の少女が亡くなっているという。
 友人に怪異を話したところ、"霊が見える" という男・岸根を紹介される。アパートにやってきた岸根は、「ここには霊がたまりやすくなっている」というのだが・・・
 このあと物語は二転三転して、明らかになるのは死者ではなく、生者の悲しみ。


「最終話 禁忌」
 五話目まで書き終わった "私" は、まとめた原稿を榊に送る。彼に書評を書いてもらうためだったが、彼と話をしているうちに、"私" は5つの話に意外なつながりがあることに気づくのだった・・・


 巻末には、"榊桔平が書いた書評" まで載っている。もちろんこれも作品の一部となっており、芸が細かいというか・・・


 総じて、どの話も奇怪な事態が発生する。その一部は榊によって解き明かされるのだけど、それでも謎は残り、それによって、より恐怖感が増すという作り。
 ミステリ要素とホラー要素の比は 4:6 というところかな。謎が解けても全然安心できないのはイヤだなぁ。やっぱり私はホラーが苦手です。



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仮面城 [読書・ミステリ]


仮面城 「金田一耕助」シリーズ (角川文庫)

仮面城 「金田一耕助」シリーズ (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/08/24

評価:★★☆


 横溝正史・復刊シリーズ、ジュブナイルものの一冊。
 表題作である中編1作に加え、短編3作を収録。


「仮面城」

 小学6年生の竹田文彦は、TVの "尋ね人" コーナーで、自分を探す者がいることを知って驚く。探しているのは大野健蔵という人物。彼に会うべく世田谷の成城へでかける文彦。
 しかし辿り着いた屋敷で見つけたのは、頭を負傷した健蔵と、彼の娘・香代子だった。健蔵は小箱を託し、今度は自分から会いに行くという。

 文彦が家に帰ると、なんとそこには金田一耕助が。TVを見て不審に思ったのだという。

 うーん、TVでは文彦の住所までは云ってないはず(住所を知ってれば、そもそも "尋ね人" コーナーを利用しない)。金田一耕助が独力で文彦の家を探し出したのか、お母さんの方から依頼があったのか。まあ、後者だろうなぁ。

 あらためて金田一とともに成城の健蔵宅へ向かう文彦。その途中、なんと西洋甲冑が歩いている姿を目撃する。それは健蔵の家に飾ってあったものだった。甲冑は野原で姿を消す。そこに行った二人は古井戸を発見、そこを調べると、横穴があって健蔵宅へつながっていた。
 そして甲冑の中には、文彦と同年代の少年・三太が入っていた。彼は上野で靴磨きをしていたが、怪しげな老婆によって "銀仮面の城" へ連れて行かれた。そこは世にも恐ろしいところだという・・・

 物語は、健蔵と文彦の父が開発した「人造ダイヤ製造法」を狙う怪盗・銀仮面の一味と金田一耕助の対決が描かれていく。ジュブナイル作品ではおなじみの一人二役もきっちり描かれ、さて銀仮面の正体は? となる。
 終盤では伊豆の山中における大活劇まで盛り込まれ、サービス満点の冒険篇。このへんの展開はまさに "秘密基地を巡る攻防戦" で、昭和の特撮ドラマを彷彿とさせる雰囲気。なんとも懐かしかったね。

 ちなみに、wikiによると人工ダイヤの合成が実用化されたのが1950年代の前半だったらしいので、まさに本作が書かれた頃。横溝正史はそういう最新の海外ニュースにも、ちゃんとアンテナをたててたのだろう。


「悪魔の画像」

 良平少年の叔父・清水欣三(きんぞう)は売り出し中の小説家。ある日、古道具屋で一枚の絵を買う。それはやたらを赤い色を用いた不気味な絵で、自殺した画家・杉勝之助(すぎ・かつのすけ)の作品だった。
 しかしその絵を高価で譲ってほしいという者が現れる。欣三が断ると、捨て台詞を遺して去っていった。

 一方、欣三の執筆活動の助手を務めている森美也子(もり・みやこ)は、杉の絵だと聞くと真っ青になってしまった。彼女とその家族は、杉に対して何らかの恨みを抱えているらしい・・・

 探偵役を務める欣三が真相を突き止め、最後は万事丸く収まる。いちばん得をしたのは、後半で登場する美少女とお近づきになれた良平くんかも知れないが(笑)。

 ちなみに長編『八つ墓村』にも「森美也子」という女性は登場するけど、もちろん別人。どちらも才色兼備だが、性格はかなり違うみたいだ。
 ちなみに『犬神家の一族』のヒロイン「珠世」と同名の女性も他の作品に出てたような記憶が(当たり前だがこちらも別人だ)。どちらも作者の好みの名前なのかも知れない。


「ビーナスの星」
 横溝のジュブナイルものでは準レギュラーとも云える新聞記者・三津木俊助が学生だった頃の話。
 夜の11時過ぎ、国電(JRの前身)に乗っていたK大生の俊助は、15歳ほどの少女から助けを求められる。「悪人に狙われているので、吉祥寺まで降りないで一緒にいてほしい」という。俊助は彼女を家まで送りながら、事情を聞き出す。
 瀬川由美子と名乗った少女は、発明家の兄と二人暮らし。両親は既に亡いが、おばの鮎川里子が面倒を見てくれていた。里子は有名な声楽家で海外で活動していたが、彼女もまた最近亡くなったという。
 文庫で25ページほどの作品だが、なぜ瀬川兄妹が狙われているのか、タイトルの「ビーナスの星」とは何なのか。それがラスト5ページで一挙に判明する。


「怪盗どくろ指紋」
 現場に残された独特の指紋から、"どくろ指紋" と呼ばれる怪盗が跳梁していた。
 その日、蔵前国技館で行われていたサーカス興業に、突如警官隊が乱入する。人気曲芸師・栗生道之助(くりう・みちのすけ)の指紋が、"どくろ指紋" と合致するとの密告があったのだった。
 その会場には宗像美穂子(むなかた・みほこ)の姿もあった。彼女の父で大学教授の禎助(ていすけ)の書斎には、道之助にそっくりな青年の写真が飾ってあったことから、彼の姿を見に来ていたのだ・・・
 事件を解き明かすのは、由利麟太郎と三津木俊助。由利先生は主に戦前の作品で活躍していたんだけど、久しぶりの登場かな。でも、本編開始以前からこの事件に関わってたりするなど、アドバンスがあるのはちょっとズルい気もする(笑)。



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自由研究には向かない殺人 [読書・ミステリ]


自由研究には向かない殺人 (創元推理文庫)

自由研究には向かない殺人 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/08/24

評価:★★★★


 女子高生・ピップが暮らす街リトル・キルトンでは、5年前に17歳の少女が失踪する事件が起こっていた。交際相手だった男子が自殺したことから、彼が殺害したものとされていた。
 しかしそれに納得できないピップは、自由研究を口実に独自の調査を始める。やがて少女の意外な秘密が明らかになり、容疑者が続々と現れる・・・


 2017年の7月。主人公・ピップは夏休みを迎えた。9月にはグラマー・スクール(日本の高校に相当)の最上級生へと進級する予定だ。
 そして彼女は "自由研究" に取り組むことにした。テーマは「2012年、リトル・キルトンにおける行方不明者(アンディ・ベル)の捜索に関する研究」。

 5年前、17歳の少女アンディが失踪した。その4日後、彼女の同級生で交際相手でもあった少年サリル(サル)・シンの死体が発見された。遺体の状況から彼は自殺したものと判断され、アンディはサルに殺されたとの結論で事件は終結した。

 生前のサルと面識があり、彼の人となりを知っていたピップはそれに納得できず、自らも17歳になった今、独自の調査を始めることを決意したのだ。
 作中では明言されていないが、このあたりの描写から察するに、ピップにとってサルは "初恋の相手" に近い存在だったのかも知れない。

 ちなみに "自由研究" といっても、いわゆる "夏休みの宿題" ではなく、EPQ(Extended Project Qualification)「自由研究で得られる資格」と呼ばれるもので、高校卒業資格のように、れっきとした "資格" が与えられるようだ。しかも題材は自由だ。


 この事件により、シンの一家は殺人犯の家族として周囲から白い目で見られ、苛烈な誹謗中傷に晒されてきた。ピップの ”自由研究” は、彼らの家を訪ねるところから始まる。
 サルの弟・ラヴィの協力を取り付けたピップは、アンディとサルのかつての同級生たち、警官、記者たちへのインタビューを続けていく。

 さらに、現代の高校生らしく、メールやフェイスブックなどのSNSを駆使して情報を集めていく。作中にはメールやテキストメッセージのやりとりが図版として載っていたりする。
 調査の区切りごとにWordで書いたまとめの文章が記される。その最後には浮上してきた容疑者の名が挙げられるのだが、ストーリーが進むにつれてどんどん増えていってしまう(笑)。

 それでも、終盤に入るとだんだん絞られてくるので、地道な捜査から犯人に至るのかなぁ・・・と思っていたら、ラストはきちんと本格ミステリとして着地し、真相とともに意外な真犯人が明らかになる。


 ミステリとしてもよくできているのだけど、それに加えて興味を引くのは、イギリスの高校生たちの生活だ。

 舞台となるグラマー・スクールはそれなりの進学校のようで、ピップ自身もケンブリッジ大学への進学を目指す優等生だし、作中での授業内容もけっこうハイレベルに思える。

 しかし学校外へ出れば、かなりやんちゃな連中もいるようで、友人宅に集まってどんちゃん騒ぎ(”カラミティ・パーティ” と呼ばれる)をしてる奴もいる。
 高校生が集団で羽目を外せば、そこにはレイプなどの性犯罪や、薬物の売買なども発生しうる。作者はそんなダークな面もきっちり描いているし、事件解決の鍵もその中に潜んでいたりする。

 ピップ自身はそういうメンバーとは距離を置いているのだが、手がかりを得るためにあえてそういう "パーティ" に潜入するシーンもあり、読者はけっこうハラハラさせられる。私なんかすっかり親目線で心配してしまったよ(笑)。

 あと驚いたのは、高校生なのに車を乗り回していること。イギリスでは17歳から運転免許が取れるのでおかしくはないのだけど、最初はびっくりした。
 総じて作中に登場する高校生たちの行動は、日本での大学生のそれに近いように感じられる。


 上記のように、ピップの周囲は必ずしも優等生ばかりではない、というか(物語の構成上必要なのだろうが)問題を抱えている者も少なくない。そしてそれは必ずしも本人の責任とばかりは言いきれない。
 家族からの過干渉、あるいは放置、ときには虐待など、複雑で過酷な家庭環境に置かれた者もいる(これもまた事件の背景になってるのだが)。このあたりは洋の東西を問わないようだ。

 ともすれば陰鬱になりそうな要素が多いが、それを救っているのはピップのキャラクターだろう。彼女は極めて明朗快活、そして健やかな少女として描かれている。時には猪突猛進だったりもするんだが(笑)
 父を早くに亡くし、母が再婚した相手はアフリカ系の黒人。その後生まれた弟は、当然ながらピップとは肌の色が違う。しかしそれを当然のこととして育ってきた彼女は、人種や民族の違いによる偏見や差別とは無縁だ。
 物語のキーとなるシンの一家は、姓からも分かるようにインド系だが、サルの弟ラヴィとピップは、物語が進むにつれて信頼関係を深めていく。

 まあ、ときには親友のお姉ちゃんのPCに無断で入り込んで情報収集したり(おいおい)と、”よい子の皆さんはやってはいけないこと” をするんだが、その辺は目をつぶってあげよう(笑)。

 真相に迫っていくにつれて、彼女の周囲もきな臭くなってくる。捜査を中止せよとの脅迫文が届いたり、終盤には実際に身の危険にさらされたりするんだが、それでも、真実に向かって突っ走るピップの冒険から目が離せない。


 本書は『優等生は探偵に向かない』『卒業生には向かない真実』と続き、三部作となっている。
 実はこの文章を書いている現在(2023/7/26)、次作『優等生は-』を読み終わってる。こちらも面白いんだけど、物語は本書を超えてダークかつハードなものへとなっている。これを読んじゃうと、完結編となる『卒業生には-』を読みたくなってくる。このあたり、作者はうまいなぁって思ってしまう(笑)。



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絞首商會 [読書・ミステリ]


絞首商會 (講談社文庫)

絞首商會 (講談社文庫)

  • 作者: 夕木春央
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/01/17

評価:★★★★


 1920年(大正9年)の東京。帝国大学の医学教授・村山鼓堂(こどう)博士が刺殺される。捜査は難航し、業を煮やした遺族は外部の人間に調査を依頼する。その相手はなんと、かつて村山邸に盗みに入った元泥棒・蓮野(はすの)だった・・・


 第一次大戦終結の翌年、1920年(大正9年)の東京。帝国大学の人類学教授・村山梶太郎が心不全で急死する。
 彼は姪・水上淑子(みなかみ・としこ)、遠縁でこちらも帝大医学部の法医学教授・村山鼓堂と同じ屋敷内に暮らしていた。しかし梶太郎の死から2ヶ月後、鼓堂の刺殺死体が敷地内で発見される。しかも遺体の状況から、別の場所で殺されてから運ばれてきたものと思われた。

 捜査は難航。業を煮やした淑子は、外部の人間に調査を依頼することに決めたが、選ばれたのはなんと、3年前に村山邸に忍び込んだ泥棒・蓮野だった。

 この蓮野という男、容姿端麗で頭が切れる。帝大法科を卒業後、一度は銀行に勤めたが、生来の人間嫌いが高じて5ヶ月で退職、その後は泥棒に "転職" した。泥棒としては優秀だったらしいが3年前に逮捕、投獄されてしまった。

 彼の数少ない友人の一人が画家の井口。本作の語り手でもあり、いわゆる "ワトソン役" でもある。
 出所した蓮野は、井口の周囲で起こったいくつかの事件を解決した。中でも、井口の姪・峯子(みねこ)が誘拐されたときには、即刻で彼女の救出に成功したことで探偵としての能力を示したのだった。

 蓮野を訪れた淑子は意外なことを告げる。村山梶太郎博士は無政府主義者で、「絞首商會」(こうしゅ・しょうかい)なる秘密結社のメンバーだったという。さらに鼓堂博士の殺害には、この結社が関与しているらしい。すなわち、結社の命を受けた者が実行犯で、それは梶太郎の身近にいた人物だという。

 梶太郎博士の交友関係から浮かんだのは、淑子を含めて4名の容疑者。しかし、調査を進めるうちに、峯子が何者かに襲撃される事件が起こり、さらに第二の殺人が起こる・・・


 "政治的な秘密結社" と云われても現代ではあまりピンとこないが、世界大戦が終結したばかりで、世界情勢が流動的なこの時代では、それなりに "体制にとっての脅威" だったのだろう。
 とはいっても、本書はスパイものではなく、あくまでミステリとして決着する。蓮野の推理が導き出すのは、過去の意外な因縁、そして殺人に至った動機。これはこの時代ならではのものだろう。


 文庫で570ページほどもある大部だが、飽きさせない工夫も凝らされている。
 身分を偽って潜入捜査に入る羽目になった井口が、バレそうになったところを "画家ならではの技" で切り抜けたりとか、謎の暴漢に襲われて追い詰められた峯子嬢(女学校卒の18歳)が果敢に逆襲するところとか、終盤では井口の妻・紗江子さんが錠前破りの特訓をさせられたり(おいおい)とか。
 とにかく蓮野の周りの人々が、事件に無理矢理巻き込まれていってしまうというエピソードの数々がいちいち楽しい(笑)。

 本書の中で触れられた、蓮野が過去に解決した事件、とくに峯子嬢の誘拐事件とかも、いつかは語られるのだろうか。
 いまのところ蓮野は他の作品には登場していないようだが、彼をはじめ、井口・紗江子さん・峯子嬢など魅力的なキャラばかりなので、彼ら彼女らの活躍をもっと読みたいなぁ・・・って思ってたら、『時計泥棒と悪人たち』という短編集がもう出ていたんですね。これはうっかりしてました。文庫になったら読みます(笑)。



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谷根千ミステリ散歩 中途半端な逆さま問題 [読書・ミステリ]


谷根千ミステリ散歩 中途半端な逆さま問題 (角川文庫)

谷根千ミステリ散歩 中途半端な逆さま問題 (角川文庫)

  • 作者: 東川 篤哉
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2023/06/13

評価:★★★


 主人公・岩篠(いわしの)つみれは二十歳の女子大生。彼女の兄・なめ郎は東京・谷中にある居酒屋『鰯の吾郎』を経営している。
 店に持ち込まれる怪事件を解決するのは、なめ郎の親友である竹田津優介(たけだつ・ゆうすけ)。つみれとともに谷根千の街を歩きながら、事件解決の糸口を見つけ出す。


 父・吾郎が遺した居酒屋『鰯の吾郎』を継いだ岩篠なめ郎。妹のつみれは大学に通いながら店を手伝う日々。
 店に舞い込むのは、ご近所で起こった怪事件。それを解決するのは、開運グッズショップ『怪運堂』の店主・竹田津優介。なめ郎は「奴は俺の大親友」というのだが・・・
 つみれが語る事件の概要を聞くと、2人で谷根千のあちこちを歩きながら、情報収集を始める。その中で、竹田津は優れた洞察力で真相を見抜いていく。


「第1話 足を踏まれた男」
 つみれの先輩・高村沙織は、サークルで行われたBBQ大会に参加する。酔った沙織はふらついてしまい、そのとき背後で悲鳴が。
 振り返ると上級生の倉橋稜(くらはし・りょう)が右足を押さえていた。どうやら沙織は倉橋の足を踏んでしまったらしい。彼女自身には、他人の足を踏んだという感触はなかったのだが、"サークルの王子様" と呼ばれる倉橋に嫌われたと思い、落ち込む沙織。
 一方、近所の石材店に泥棒が入ったが、何も盗らずに逃げていったという事件が起こっていた。
 一見すると無関係に思われる事件が、ある ”もの” に着目することで、綺麗につながっていくのは流石の出来。


「第2話 中途半端な逆さま問題」
 滝口久恵は70代で一人暮らし。しかし彼女が一泊二日の伊豆旅行から帰ったとき、家の居間に異変が起こっていた。
 部屋にあった写真立て、本棚の本、掛け時計などは上下が逆に、DVDプレーヤーや固定電話機は前後が逆向きに。とはいうものの、全く動かされていないものもあるという中途半端さ。しかも、盗まれたものは何もない・・・
 作中でも言及されているが、『チャイナ橙(だいだい)の謎』(エラリー・クイーン)が連想される。現場にあったものがことごとく "逆さま" にされていた、という謎が魅力的なミステリ。読んだのは中学校の終わりことだったかな。細かいところは忘れてしまったが、その理由については覚えていたよ。
 本作では、元ネタの "解答" を超えて、さらにひとひねり。実際にはそんなに上手くいかないんじゃないかなぁとも思ったが、ミステリとしてはアリだろう。


「第3話 風呂場で死んだ男」
 『鰯の吾郎』に来た客・寺島が店に名刺入れを置き忘れていった。つみれは忘れ物を届けようと彼の家に行くが、玄関に鍵がかかっていない。中に入った彼女が発見したのは、浴槽に浸かった寺島の死体。しかも "犬神家のアレ" みたいに両脚を上に突き出した状態で。
 遺体や現場の状況が異様なのだが、最後まで読んでいくと、そのすべてに綺麗に説明がつくのは毎度のことながらたいしたもの。軽く読み流してしまうような描写の中にしっかり伏線が張られていて、それらがつながっていくとするすると真相が導き出されていく。匠の技だね。


「第4話 夏のコソ泥にご用心」
 つみれは、友人の宮本梓のアパートを訪れる。おりしも梓は「泥棒が入ってきた!」と大騒ぎの最中だった。肝心の泥棒は窓から逃げていったということだが、警察に連絡することに。
 『鰯の吾郎』の客・板山は、逃げ去る途中の泥棒に遭遇したという。その証言から容疑者が浮上するが、その男にはアリバイがあった・・・
 複数の証言から、犯人の行動は分単位で判明するが、逮捕に至れない。竹田津は意外なところに着目し、犯人の正体を見破ってみせる。


 作者の持ち味であるユーモアはますます磨きがかかっている。第4話の冒頭など喜劇映画のワンシーンのよう。つみれのトボけた言動も笑いを誘うし、なめ郎をはじめとした周囲の人々も、コメディ専門の劇団員みたいである。
 なおかつ、ミステリとしてはきっちりできていて、読み手の予想を上回る真相を見せてくれるのだから、スゴいとしか言い様がない。



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神々の宴 [読書・ファンタジー]


神々の宴 オーリエラントの魔道師たち 〈オーリエラントの魔道師〉シリーズ (創元推理文庫)

神々の宴 オーリエラントの魔道師たち 〈オーリエラントの魔道師〉シリーズ (創元推理文庫)

  • 作者: 乾石 智子
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2023/01/10

評価:★★★


 異世界オーリエラントで、市井に生きる魔道師たちの姿を描く5篇を収録したファンタジー短編集。


「セリアス」
 かつてホーサの民は、邪な魔法を使う異民族という誹りを受けて虐殺された。それを逃れてきたイザベリウスとロルリアの魔導師夫婦は、羊を飼い、農場を耕し、"修復" の魔法で村人を助けながら平穏に暮らしていた。
 しかし新たな総督代理人ボツモスは、2人の財産の没収を目論む・・・
 主役の二人が、辛い過去を抱えているにも関わらず、それを感じさせないのがいい。


「運命女神(リトン)の指」
 闘技場の花形・剣闘士。しかしその実態は奴隷で扱いは過酷だ。剣闘士バルカスを含む10人は逃亡を図り、3人の女魔導師のもとへ駆け込んでくるが・・・
 "紡ぎ手" のユーディット、"糸の切り手" のマレイナ、"織り手" のエディア。生まれも育ちも異なる3人組だが、彼女らが産み出す布地には魔法の力が宿り、剣闘士たちを救う。
 いわゆる "シェアハウス" 住まいの彼女らの言動がけっこう現代風なのも楽しい。


「ジャッカル」
 ギデスティンの魔道師(本の魔導師)・ケルシュは、ある夜、1人の少年を保護する。彼は狐に似た獣(ジャッカル)を連れていた。
 少年の名はミルディウス。小貴族・ナステウス家の長男だったが、父親の経営する瓦工場を破壊した容疑を着せられ、逃亡していたのだった・・・
 ジャッカルの正体は早々に明らかになるが、ファンタジーらしい設定。エピローグというか後日談が、なかなか良い余韻を響かせる。


「ただ一滴の鮮緑」
 チャファは "生命の魔導師"。今まさに死にゆかんとする者を冥府女神(イルモア)から呼び戻し、命を救う力を持っている。しかしその代償として、力を振るうたびに、彼女自身から若さが失われていく。それでも、目の前に死に瀕した者がいれば救わずにはいられない。
 チャファによって死の淵から生還した若者・モールモーは、老いが進みゆく彼女に寄り添いつづけるのだが・・・
 このまま終わってしまったら哀しすぎるよなぁ・・・と思っていたのだが、作者はしっかり、納得できる着地点を用意している。


「神々の宴」
 版図拡大を目指すコンスル帝国。妾腹に生まれた第四皇子・テリオスは14歳。ものの道理と公平さを身につけ、繊細な心を持っていたが、自らの意に反して小国ヴィテス征服の任を与えられる。
 軍勢を指揮するメビサヌスは、"所詮は田舎の豪族" と侮っていたふが、地の利を得るヴィテスの民によって散々に翻弄されてしまう。戦いを嫌うテリオスは意を決し、単身でヴィテス女王との会見へ臨むが・・・
 征服戦争の話ではあるのだが、テリオスの健やかさに癒やされる。彼の "その後" を語るエピローグがまた、よくできている。
 タイトルにある "神々" とは、物語中に登場する3人の男女神のこと。戦いを眺めながら酒盛りをするなど、意外と人間くさい(?)。神と云うよりは中国の物語に出てくる仙人みたいなイメージだなぁ。


 5篇に共通するのは、読後感の良いものがそろっていることか。読み終わった後、ちょっぴり元気がでるというか。
 ファンタジーには、ファンタジーだからこそ醸し出せる雰囲気や余韻があり、面白さがある。それこそが私がファンタジーを読んでる理由なのだろう。



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ロスト [読書・ミステリ]


ロスト (講談社文庫)

ロスト (講談社文庫)

  • 作者: 呉勝浩
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/01/16

評価:★★★★☆


 通販の電話申込を受け付けるコールセンターに「村瀬梓を預かった」という電話が。無断欠勤が続いているアルバイト女性を誘拐したと告げる犯人は、身代金1億円、受け渡し役に100人の警官を要求。各自に100万円ずつ持たせ、それぞれ指定された場所へ向かえと告げる。犯人の不可解な要求に、警察も梓の "関係者" たちも混乱の渦に巻き込まれていく・・・


 TVの通販番組の電話受付を担当する大阪のコールセンター。クレーム電話への対応に出た社員・下新地直孝(しもあらち・なおたか)に、電話の向こうの声は告げる。
「村瀬梓を預かっている」「早く警察に連絡しろ」「でないと村瀬は死ぬよ」

 梓の本業はタレントで、弱小芸能事務所ショーゲキに所属している。しかしアルバイトで働いているコールセンターを、ここ3日間無断欠勤していた。

 誘拐犯は、奇妙な要求を突きつける。
「身代金は1億円。その受け渡しのために100人の警官を用意せよ」。
 そしてその100人をSNSに登録させ、SNS経由で指示が出される。

 すなわち100人に100万円ずつ持たせ、別々の場所へ向かうように命じたのだ。近い者は大阪近郊だが、遠くは千葉県まで行かされる者も。そして個別に制限時間が設定される。遅れた者がでたら村瀬の身の安全は保証しないという脅迫付きだ。


 なんとも異例ずくめな誘拐なのだが、意外にも、かなり早い段階でこの誘拐劇は "結末" を迎える。
 本書は文庫で約600ページ(!)という厚さなのだが、200ページまでいかないうちに誘拐事件自体は "決着" するのだ。しかし犯人は捕まらないし、この奇妙な誘拐を引き起こした目的もまた不明のまま。

 そしてここからは、この誘拐の裏に潜む "秘密" が解き明かされていく。誘拐事件は、この物語の壮大な "前振り" であると同時に、"巨大な謎" となって物語の中心にそびえ立つことになる。


 なにぶん長大な作品ゆえ、多くの登場人物がいるのだが、その筆頭は梓が所属する芸能事務所ショーゲキの社長・安住正彦(あずみ・まさひこ)だろう。

 本書の序盤、どこかに監禁された安住が、室戸勤(むろと・つとむ)という男から虐待を受けているシーンがある。室戸はこの10年、時おり安住の前に現れ、虐待の限りを尽くしては去って行く、ということを繰り返していた。
 安住にも、コールセンターとは別に犯人から脅迫の連絡が入る。彼は自分の資産に加えて借金までして1億円を用立てる。売れないタレント一人を、なぜそんなに大事にするのか。その理由が、室戸と安住の過去の "因縁" に起因することが物語の進行とともに明かされていく。

 麻生と三溝(みつみぞ)は2人組の刑事。誘拐事件の初動捜査に加わるが犯人逮捕に至らず、やがて捜査方針が変更され、誘拐事件から外されてしまう。しかしそれに納得できずに独自捜査を続けていく。

 北川留依(きたがわ・るい)は、芸能事務所ショーゲキの副社長にして安住の私的なパートナーでもある。しかし、梓について何らかの事情を知っているような節も。

 コールセンターの社員・下新地直孝は、密かに梓へ想いを寄せていた。しかし犯人と直に話したにもかかわらず、逮捕については全く役立たず。
 彼もまた自ら、犯人特定の努力を始める。彼の同僚の淵本(ふちもと)も、なかなかいい味をだしてる。

 そして村瀬梓本人も、謎を秘めている。タレント活動をしていながら、なぜかあまり売れようという意欲を見せない。家族についても黙して語らず。
 誘拐ならば、通常は真っ先に家族にかかってくるはずの脅迫電話が、職場と安住にかかってきたのも異様だ。犯人は梓の家庭環境を知っていたのか?


 重層的な物語の中を多くの人物が動き回り、パズルのピースは周辺部からどんどん埋まっていくのだが、中心部の絵がなかなか浮かんでこない。
 そんな中、過去の自分と対峙しながら、単独で誘拐事件を調べ続ける安住は、真相へと肉薄していく。
 その過程で明らかになるのは、梓も犯人も、凄惨な過去の記憶、底知れぬ悲しみ、そして巨大な絶望に囚われていたこと。それは読む者の心に激しい痛みを感じさせるだろう。


 第61回江戸川乱歩賞(2015年)を受賞した『道徳の時間』に続く第2作。
 奇妙な誘拐は魅力的な謎に包まれ、読み手を牽引していく。その後に明らかになるのは、なんとも悲惨で壮絶な物語。しかしそれでも、ページを繰る手が止まらない。
 一連の事態に決着がつき、台風の過ぎ去った翌朝のような、一抹の不安を含みつつも平穏なエピローグを迎えるまで、一気に読ませる。

 本書は大藪春彦賞の候補にも挙がったという。惜しくも受賞は逃したが、読み応え十分なサスペンス・ミステリの傑作だと思う。



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黒真珠 恋愛推理レアコレクション [読書・ミステリ]


黒真珠-恋愛推理レアコレクション (中公文庫 れ 1-4)

黒真珠-恋愛推理レアコレクション (中公文庫 れ 1-4)

  • 作者: 連城 三紀彦
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2022/12/21
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 大胆な仕掛けと叙情性豊かな文章で、「恋愛」と「ミステリ」を融合させた傑作を数多く遺し、2013年に逝去した連城三紀彦。
 単行本に未収録だった短編・掌編24作の中から、14作を収録した作品集。


I (短編)


「黒真珠」
 恭子は7歳年上の妻子ある男・上村と不倫状態になって2年。ある日突然、恭子のもとを上村の妻が訪ねてきて、意外なことを告げる。実は好きな男がいるので、上村と別れたいのだと・・・
 文庫で30ページほどで登場人物はこの2人だけ。それなのに状況が二転三転し、最後に意外な着地点。たいしたもの。


「過剰防衛」
 小田は、一人娘・美世の交際相手の大学生・東を刺殺、殺人容疑で逮捕・起訴された。小田は先に相手が襲いかかってきたので、とっさに反撃したまでだと、過剰防衛を主張した。しかし公判当日、被害者は自殺したのだと言い出す。その証拠に、彼の遺書も持っているという・・・
 文庫でわずか7ページの作品なのだが、この展開からは想像もできないオチが待っている。


「裁かれる女」
 弁護士・藤野有紀子のもとを、矢田圭一という男が訪れる。殺人で逮捕されそうなので弁護を依頼したいという。自宅マンションの浴室に妻の死体があって、犯人は妻の浮気相手なのだと・・・
 巻末の解説では、複数のアンソロジーに収録された作品だという。たしかに終盤で事件の様相が一変する展開は "連城マジック" そのものだ。


「紫の車」
 井川直之は、浮気相手の弓絵と伊豆へ旅行に出かける。しかしその晩、井川の妻・優子がひき逃げに遭って死亡してしまう。その一週間後、直之の携帯に電話がかかってくる。相手は鈴木と名乗り「残金の75万円を支払え」と云う。鈴木は優子の殺害を150万円で引き受けたらしいのだが・・・
 意外な事実が次々と明らかになり、直之は少しずつ真相に近づいていくのだが、最後に手にした真実は哀しくやるせない。


「ひとつ蘭」
 元OLの柚子(ゆうこ)は7年前、湯河原の旅館へと嫁いできた。ある日、立松比奈子と名乗る老女が宿泊に訪れる。柚子は彼女と語るうち、8年前のことを回想する。
 柚子は不倫中の上司とともにこの旅館へ泊まり、それをきっかけに女将・喜世(きよ)との交流が始まり、やがて息子の浩之との縁談が持ち上がった。
 しかし比奈子は意外なことを語り出す。喜世の夫で柚子の舅・辰治は、かつて自分の夫だったのだと・・・
 喜世のキャラが強烈なのだが、その過去がまた凄まじい。"女は死ぬまで女" ということなのだろう。そして明らかになった真実を前に、柚子もまた決断を迫られる。


「紙の別れ」
 「ひとつ蘭」の7年後の物語。
 かつて柚子と不倫をしていた桐沢。妻との離婚を考えていた彼は、15年ぶりに柚子と連絡を取り、会うことになった。場所は北陸、山代温泉の旅館。
 現地へ向かう途中、この15年間を回想する桐沢。そして宿に着き、部屋へ通された彼を待っていたのは、和紙で折られたいくつかの鶴や風車。仲居によると、"連れの女性" は桐沢の来る前に急用で帰ったというのだが・・・
 これも最後に意外な "逆転" が待っている。巻末の解説によると、柚子の物語は連作としてもう何作か書かれる予定だったらしい。


「媚薬」
 73歳のタエは最近、山下薬局の主人といい仲らしい。2人は幼馴染みで、お互いに連れ合いを亡くしている身。再婚するんじゃないかとタエの息子夫婦である昭夫と角子(すみこ)は噂する。
 昭夫は小学校の頃に父親から聞いた話を思い出す。薬局で瓶入りの薬を買った父は、昭夫にこう告げた。『母さんが薬局のおじさんを愛していて、自分を愛してくれないからこの薬を飲ませる』と。『媚薬』という言葉を知ったのはもっと成長してからだったが・・・
 "老いらくの恋" をめぐるご近所コメディ、という趣き。不穏な出だしから、笑顔とともにちょっぴりホロリとさせるエンディングへ至る。こういうのは連城作品では珍しいだろう(笑)。
 不倫とか浮気とか "かなり重め" なテーマが続くこの短編集の中で、ここにこの作品があるのは絶妙の配置かな。


II (掌編)


「片思い」
 酒屋の主人・雅夫は最近、女遊びをしているようだ。妻の伸江は不満を募らせるが、そんなとき、店員の良二が若い娘に金を渡しているところを目撃する。そういえば、最近レジの残金が合わない・・・


「花のない葉」
 夏子は、リストラ候補の夫と浪人生の息子を抱え、内職に励む日々。そんなとき高校時代の友人・安美から電話が入る。『今度大金が入ったから、200万円くらいあげるよ』・・・


「洗い張り」
 26年前、父の浮気が原因で家を出た母に会いに行った里津は、一着の留袖を渡される。そして今、里津は自分の娘の結婚式にその留袖を着て出席した。式が終わり、留袖を洗い張り(和服の糸を抜き、布地の状態に戻して洗うこと)に出したところ・・・


「絹婚式」
 結婚12年目の祐子は、銀座のデパートからの帰り、夫が女と一緒に歩いている姿を目撃する。女は夫へ告げる。『あとで、部屋の鍵を渡すから』。夫の浮気を確信した祐子だったが・・・


「白い言葉」
 中学3年生の娘・直美が白紙の答案用紙を提出したという。担任から連絡を受けた母・佳子は、驚くと同時に自らの過去を思い出す。独身の頃、佳子のもとへ白紙の手紙が何通も届いたことを・・・


「帰り道」
 京都へ向かうべく東京駅で発車間際の新幹線に乗り込んだ矢崎は、見知らぬ女性から封筒を託される。京都駅のホームで待っている男性に渡してほしいと告げ、彼女は下車してしまったのだが・・・


「初恋」
 妻とは既に死別し、76歳になった舅が、60年前の初恋の相手のことを調べてほしいと言い出す。嫁の安代は戸惑いながらも探偵社に調査を依頼、その結果が判明するのだが・・・


 第II部はいずれも文庫で5~10ページほどの長さだが、きっちり恋愛要素を織り込み、かつ意外なオチをつけて物語を逆転させる。連城三紀彦のミステリ巧者ぶりは長さに関係ない。いやはや、たいしたもの。



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サーモン・キャッチャー the Novel [読書・冒険/サスペンス]


サーモン・キャッチャー the Novel (光文社文庫 み 31-5)

サーモン・キャッチャー the Novel (光文社文庫 み 31-5)

  • 作者: 道尾秀介
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2022/12/13
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 屋内釣り堀「カープ・キャッチャー」。そこは、釣れた魚によってポイントが与えられ、景品と交換できる。
 この釣り堀を舞台に様々な人間の運命が交錯する、"グランド・ホテル形式" ならぬ "グランド「釣り堀」形式" 小説。


 "グランド・ホテル形式" とは、ホテルや船や列車など、物語が展開される空間が、ある一つの場所に限定されているものをいう。
 wikiによると、語源は1932年公開の同名のアメリカ映画らしい。そこに挙がっている例の中で、私が知ってるのを挙げると、映画では「ポセイドン・アドベチャ-」「タワーリング・インフェルノ」「THE 有頂天ホテル」、小説では「青列車の秘密」(アガサ・クリスティ)など。

 個人的には、「オリエント急行の殺人」(同)みたいな、クローズト・サークル・ミステリも入れることができるんじゃないかとも思うが・・・
 とはいっても、本書「サーモン・キャッチャー」は殺人を扱ったミステリではない。まあ、広く考えればミステリに入れられなくもないかな、とは思うが。
 閑話休題。


 本書はこの「カープ・キャッチャー」を中心に多くの人物が登場する群像劇だが、彼ら彼女らは本来ならばまず関わらないであろう人たち。それが、この「カープ・キャッチャー」を巡って行動をはじめ、お互いの存在を知り、運命が交錯していく。


 これから内容紹介に入るのだが・・・紹介が難しいんだよねぇこの小説は。

 まずはキャラクターを挙げていこう。

 内山聡史(うちやま・さとし)は23歳。フリーター歴5年。対人恐怖症で、まともに口をきけるのは妹の智(とも:高校2年生)だけ。

 大洞真実(おおほら・まこと)は52歳。8年前に離婚している。何でも屋を生業に、いろいろな雑用を引き受けて糊口を凌いでいる。
 現在は資産家・桐山美紗(きりやま・みさ)の家で、鯉の餌やりと池の掃除を引き受けている。

 春日明(かすが・めい)は女子大生。「カープ・キャッチャー」でアルバイトをしている。大洞真実の娘だが、両親の離婚に伴い、母の旧姓になっている。
 ネットでヒツギム語会話のレッスンを受けていたことから、一連の "事件" に巻き込まれていく。ちなみに「ヒツギム」はアフリカの地方言語の一つ。

 河原塚(かわらづか)ヨネトモ。若い頃は800m走のオリンピック強化選手だったが、70歳を迎えた今は、年金をすべて「カープ・キャッチャー」での釣果に注ぎ込んでいる。その腕前で、周囲からは "神" と呼ばれる存在に。

 柏手市子(かしわで・いちこ)は一人暮らしの専業主婦。夫はアメリカで不動産業を営んでいる。一人息子も成人・独立し、ネットを使った外国語会話教室を運営している(明が受講してるのもここ)。


 物語のきっかけは、「カープ・キャッチャー」のシステム。ここは、釣れた魚によってポイントが与えられ、景品と交換できる。
 最低の1ポイントでもらえる駄菓子「すごい棒」から、ポイントが増えるに従ってジュース・小物グッズ・電化製品と変化し、500ポイントを超えると各種ブランド品がもらえる。
 そして最高峰の1000ポイントでもらえる景品は、表面には何も記載がない謎の白い箱に入っている。

 アルバイトの明は、その中身が知りたいと思っているのだが、店主はどうしても教えてくれない。それを知った大洞は、なんとか娘の希望を叶えようとささやかな "陰謀" を巡らす。

 一方、明の方もトラブルに遭遇する。ネットでヒツギム語会話のレッスンを受けている最中、画面(PC)の向こうにいる講師の男性(ヒツギム人)が、突然乱入してきた一団(こちらもヒツギム人)に拉致される場面を目撃してしまったのだ。
 さらに、一味の一人がPCのカメラ越しに明の存在を知る。明は謎のヒツギム人一味に追われる身となってしまう・・・


 これ以外にもいくつものサブ・ストーリーがあるのだが、それらがみな「カープ・キャッチャー」を媒介につながっていく。

 本書の特徴は、登場人物の大半が「ダメ人間」であること。過去にトラウマがあったり性格に問題があったり自堕落な生活を送っていたり。それが何の因果か互いに関わりを持つことになり、紆余曲折の後、終盤ではなぜか力を合わせてひとつのことに立ち向かうことに。
 終わってみると、一人一人が劇的に変化するわけではないが、"事件" 以前よりはちょっぴり、半歩くらいは前進したかな、という結末を迎える。

 基本はコメディなので、あまり深く考えずに、頭を空っぽにして読むのが正解だろう。作中に出てくる "ヒツギム語" なるものが妙におかしいのもご愛敬。
 あと、タイトルの「サーモン・キャッチャー」の意味も。作中では「カープ」(鯉)なのに「サーモン」(鮭)とはこれいかに?
 この意味はラストに明らかになるんだが・・・これには思わず脱力すること間違いなし(笑)。


 なお、タイトルに「the Novel」とあるのは、小説版と映画版の企画が同時進行していたかららしい。巻末の解説では、映画の方は現在 ”鋭意制作中” とのことなので、近い将来、完成する・・・のかも知れない(笑)。



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