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invert 城塚翡翠倒叙集 [読書・ミステリ]


invert 城塚翡翠倒叙集 (講談社文庫)

invert 城塚翡翠倒叙集 (講談社文庫)

  • 作者: 相沢沙呼
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/11/15

評価:★★★★


 『medium 神霊探偵城塚翡翠』は発売当時、各種ミステリランキングを総ナメにした話題作。その続編である本書は倒叙推理小説となった。
 城塚翡翠(じょうづか・ひすい)は相棒の千和崎真(ちわざき・まこと)と共に、完全犯罪を目論む犯人たちと対決する。

* * * * * * * * * *

 本書は中編3作を収録。

「雲上の晴れ間」
 ITベンチャー企業ジェムレイノルズ。そこで働くシステムエンジニア・狛木繁人(こまき・しげひと)は、社長の吉田直正(よしだ・なおまさ)を殺害した。
 二人は幼馴染みであったが、中学時代の "事故" によって狛木は吉田に対して負い目を感じるようになり、それ以後、長年にわたって吉田に顎で使われる身となってしまった。その間に積もり積もってきたものが爆発したのだ。
 その数日後、狛木のマンションの隣室に引っ越してきた美女は城塚翡翠と名乗り、自分には霊感があるのだと言い出す。不思議な魅力を持つ彼女に、次第に惹かれていく狛木だったが・・・


「泡沫の審判」
 元校務員の田草明夫(たぐさ・あきお)は盗撮常習犯だった。児童や教職員を盗撮した映像を売ったり、脅迫の材料にしていた。
 被害者のひとりだった小学校教師・末崎絵里(すえざき・えり)は、田草に協力する振りをして自分の勤務校に呼び出し、殺害してしまう。
 事件の数日後、絵里の学校に新たなスクールカウンセラーが着任する。白井奈々子(しらい・ななこ:正体はもちろん翡翠)と名乗るカウンセラーに、胡散臭いものを感じる絵里だったが・・・


「信用ならない目撃者」
 元刑事で探偵会社の社長・雲野泰典(うんの・やすのり)は、仕事上知り得た秘密を使って、不正行為を行っていた。その証拠を握る部下・曽根本(そねもと)を銃で殺害するが、現場となった部屋の窓から50mほど先の雑居ビルに人影を見つける。目撃されたかも知れない。
 数日後、雲野の探偵社に警察がやってくる。その中にひとり、若い女がいた。彼女は城塚翡翠と名乗り、捜査に協力しているという。
 警察から「顔は分からなかったが、拳銃を持った男を見た」という目撃証言があると聞いた雲野は、雑居ビルを訪ねて目撃者と接触する。それは涼見梓(すずみ・あずさ)という30代の独身女性だった。
 後半は、涼見を挟んでの雲野と翡翠の駆け引きが描かれる。
「拳銃を持っていたのは雲野だった」という証言を引き出したい翡翠、色仕掛けで涼見に迫り、証言をねじ曲げようとする雲野。最悪の場合には彼女を殺害することさえも海野は考えはじめる。
 元刑事ゆえに警察の動きを完璧に読んでいる雲野に常に先手を取られ、さすがの翡翠も苦戦を強いられるのだが・・・


 探偵役の翡翠が魅力的なのはもちろんなのだが、倒叙ものでは犯人もまた印象的だ。

「雲上の-」での狛木は、吉田のために常に日陰の人生を歩むことを強いられてきた。吉田を殺すことで開放感にひたり、さらに目の前に美女が現れるという、まさに「この世の春」状態。まあ、結末は哀しいのだが、彼に同情する人は多かろう(私もそうだ)。

「泡沫の-」での絵里は小学校教師。近年、SNSの発達のおかげか小中学校教員の労働環境のブラックぶりがすっかり世間に広まり、おかげで教員採用試験の倍率は下がる一方だ。
 絵里は自分の母親も小学校の教員で、ブラックぶりが分かっているのにあえて教師になったという、ある意味筋金入りの教師。作中でも多忙ぶりが描かれていて、そのたいへんさが伝わってくる。
 それに加えて、子どもたちへの愛情もひとしお。だからこそ盗撮という行為が許せない。殺人という方法は間違っていたが、彼女の思いに一定の理解を示す人はいるだろう。

「信用ならない-」の雲野は、本書の中ではいちばん冷酷非情なのだが、そんな彼にも意外な面がある。彼が不正行為に手を染めた原因のひとつが愛妻に先立たれたことだ。
 目撃者となった涼見に会った雲野は、彼女に亡き妻の面影を見いだす。犯罪隠蔽のために接近し、場合によっては彼女を排除(殺害)する必要性を考えながらも、同時に彼女と共に生きる未来をも夢想し始めるという、人間くさい一面を見せたりする。まあ当然ながらそんな未来は実現しないのだが。


 本書の特徴は「読者への挑戦」があること。どの犯人も逮捕につながる物証を残していない、あるいは見つけられていない。だから翡翠に追求されても、のらりくらりと逃げ回ってしまう。
 しかし、終盤になると彼女はついに "チェックメイト" が宣言できる証拠に辿り着く。「そこに至るまでの彼女の推理」の中身を当ててみよ、というわけだ。
 もちろん私は見当もつきませんでしたが・・・(笑)。


「雲上の-」「泡沫の-」はどちらも文庫で約140ページの中編。
「信用ならない-」に至ってはおよそ240ページと、ほぼ長編といってもいいボリューム。読み応えもミステリとしてのインパクトも抜群だ。



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