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風神の手 [読書・ミステリ]

風神の手 (朝日文庫)

風神の手 (朝日文庫)

  • 作者: 道尾 秀介
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2021/01/07
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

本書は3つの中編と「エピローグ」からなる。
舞台は西取(にしとり)川を挟んで隣接する2つの街、
上上町(かみあげちょう)と下上町(しもあげちょう)。
この街に流れる40年近い時間の中で、3つの物語が綴られる。

「第一章 心中花」
物語は、15歳の藤下歩実(あゆみ)が、母親の奈津実(なつみ)とともに
上上町にある「鏡影館(きょうえいかん)」という写真館を
訪れるところから始まる。病で余命幾ばくもない奈津実は、
ここで遺影を撮ってもらうために来たのだ。
しかし奈津実は、店内に展示されていた1枚の写真を見て驚き
店主に問う。「これはサキムラさんとおっしゃる方ではないですか?」
歩実がこの様子を祖母に伝えたところ、
かつて一度だけ奈津実が口にした言葉を教えてくれた。
「私のせいでサキムラさんが死んじゃった」と。

ここから奈津実の回想に入る。
28年前、中江間(なかえま)奈津実は高校生だった。
彼女の父は中江間建設という会社を経営していたが、
請け負った西取川の護岸工事の最中に川の汚染事故を起こし、
その隠蔽を図ったとして事業継続を打ち切られ、
護岸工事は他の建設会社へと引き継がれた。
中江間建設は倒産し、一家揃って県外へ転居することが決まった頃、
奈津実は漁師修行中の青年・崎村と知り合う。
2人は互いに思いを募らせていくが、奈津実が町を去る日は迫ってくる。
町を挙げての祭りとなる火振り漁の日を
最後の思い出にしようとする奈津実だが、そこで事件が起こる・・・

「第二章 口笛鳥」
小学5年生の ”まめ” は、転校生の ”でっかち” と出会い、親友となる。
でっかちは上上町の写真屋の息子として生まれたが、
両親が離婚し、いまは母親の再婚相手と暮らしていて
義理の父親は西取川の護岸工事の現場で働いている。
しかし、実の父親が経営する写真店に謎の男たちが上がり込み、
店主を監禁しているらしい。
でっかちと共に店主の救出に乗り出すまめだが・・・

「第三章 無常風」
第一章の7年後。15歳だった藤下歩実は成人し、
看護師として働き出している。
歩実が勤務する癌病棟に入院している老女、
野方逸子(のかた・いつこ)が本章の語り手となる。
かつて西取川の汚染事故を起こし、さらにその隠蔽までも画策して
契約を打ち切られた中江間建設。
歩実の母・奈津実の運命を変えた祖父の会社の不祥事の後、
中江間建設に代わって護岸工事を引き継いだのが
当時、逸子が社長をしていた野方建設だったのだが・・・

人間は嘘をつく。些細なものから重大なことまで。
たいていは早々にバレて、大事にならずに済んでしまうものだが
中にはそのままの虚構が一人歩きしていって
多くの人々の運命に関わっていくことも起こりうる。

本書の中では、結ばれた(かもしれない)奈津実と崎村の運命も
大きく変転していってしまうし、
本来、苦しまなくて済んだ人が艱難辛苦に弄ばれてしまうこともある。

ただ、”変えられてしまった” 人生と、”変わらなかった” 人生、
どちらが幸せだったかは一概に言えないし、
ある人を苦しむ運命から救えば、他の人が苦しむことにもなるだろう。
人間すべてに降りかかる喜怒哀楽の総量は変わらないのかも知れない。

とはいっても、自分の人生では苦楽は少ないほうがいいし、
誰かの嘘で自分の人生がねじ曲げられたと知ったら、
穏やかな気持ちではいられないだろうが・・・

3つの章の中で、ある人物が何気なく嘘をついたことによって、
あるいは、それが嘘であることを知りつつも、それを正すことなく
口をつぐみ続けることによって結果的に加担してしまい
多くの人の運命がねじ曲げられていくさまが描かれる。

一つ間違えると、陰湿な物語になりそうなのだが、
哀しみ一辺倒な感じを受けないのは、
奈津実の娘である歩実の存在が大きいだろう。
母が辿った過酷な運命を知りながらもそれを受け入れ、
未来に向かって、まさに名前の通り ”歩んで” いく。

ネタバレになるので名前は挙げないが、第一章から第三章までの
登場人物が一堂に会する「エピローグ」の穏やかさに
ちょっぴり心安らかな気持ちになって、本を閉じられる。


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王国は星空の下 北斗学園七不思議 [読書・冒険/サスペンス]

王国は星空の下 北斗学園七不思議1 (PHP文芸文庫)

王国は星空の下 北斗学園七不思議1 (PHP文芸文庫)

  • 作者: 篠田 真由美
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2017/09/08
  • メディア: 文庫
評価:★★★

タイトルにある「北斗学園」とは、大正時代に創設された全寮制の学校で
中等部~大学院までのキャンパスは武蔵野の面影が残る東京郊外にある。

広大な敷地は東西に分かれていて、特に西側の ”旧ブロック” は
深い森に覆われ、その中には戦前からある旧校舎などの建造物があるが
そのほとんどは立入禁止となっている。

そして北斗学園には、歴代の生徒たちの間で語られてきた
〈七不思議〉なる伝説があった。

「森の中の大理石の像が勝手に動いて位置を変える」
「旧図書館の書庫で人が消える」
「無人のはずの旧音楽堂のパイプオルガンが鳴り出す」・・・
そのほとんどが、”旧ブロック” にある建造物に関するものだった。

主人公は中等部2年生のアキ(清家彬/せいけ・あきら)。
同級生のハル(桂晴樹)、タモツ(青木保)とともに新聞部に所属している。

アキには一つの疑問があった。彼の家のアルバムには、
5歳のアキがどこかの建物の前で撮っている写真があったのだが、
北斗学園に入学後、その建物が学園の旧図書館だったことを知った。

なぜ、立入禁止になっている建物の前で写っていたのか。
なぜ、自分はここに来たのか。そして、何をしていたのか・・・

〈七不思議〉を新聞部のネタとして取り上げると同時に
自らの謎を解く手がかりを得るために、アキたち3人が
深夜の ”旧ブロック” に潜入するところから物語は始まる。

旧図書館にたどり着いた3人が見たのは、
そこに侵入しようとしている正体不明の謎の男だった。

施錠された扉を破れず、引き返していく男を見送った後、
3人はもう一人の人物と出合う。

その男は金髪の白人ながら流暢な日本語を話し、
自らを ”J” と名乗り、北斗学園に所属する者だという・・・

どうやら、学園内でなんらかの騒ぎが起こっているらしい。
現在の北斗学園理事長・東城は、文部科学省から来た天下りの人物だが
その文部科学省は現在、大学の設置認可を巡る汚職事件に揺れていた。
収賄した側の役人は東城のかつての部下であり、
便宜を図ったと思われる国会議員の秘書は失踪している。

秘書の行方に東城が一枚噛んでいるのではないか・・・

若者向けに書かれた作品らしく、登場人物のキャラははっきりしている。

主役3人組も、直情径行のアキ、思慮深いハル、
そして調整役のタモツとバランスのいい配置だ。

女性陣も賑やか。
ハルの幼馴染みで「女ゴジラ」の異名を持つクラス委員・森下静香、
学園長のお気に入り(らしい)パソコン同好会の宍戸万梨奈(まりな)、
高等部2年・不破宙美(そらみ)は彩色兼備で、タモツの憧れのマドンナ。

正体不明の ”J”、旧図書館に潜む ”司書”、
3人組の行く手に現れる死神のような不気味な男など
サスペンスを盛り上げるキャラも。

ミステリというよりは、巻末のあとがきで作者も触れているように
『怪盗ルパン』シリーズのような冒険活劇を目指しているようだ。
私は往年の『少年探偵団』シリーズをちょっと思い出したりするんだが
これはトシだからかねぇ・・・(笑)。

本書はかつて理論社という出版社から刊行されたシリーズだが
そこが倒産してしまい、PHPが引き受けたらしい。
続巻があと2巻刊行されていて、作者はさらにその続きも
書き続けるつもりだったようだが(まあ、順当に考えたら全7巻か)
4巻目以降は未刊。昨今の出版事情が厳しいせいもあるのかな。

とりあえず、続巻の2冊は手元にあるので近々読む予定。

あと、ちょっと思ったことを。

別に表紙のイラストレーターさんに含むところはないのだけど
十代の方々に手に取って欲しいのだったら、この表紙は如何なものか。

同じく若者をターゲットにしているライトノベルと戦うのであれば
もうちょっと華やかな絵にした方が売れると思うよ。
本書の内容は決してつまらなくはないと思うのだけど、
手に取ってもらえないとねぇ。

年に何回か「表紙で損をしている」と思える本に出合うのだけど
本書のその一冊に入りそう。

 


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開かせていただき光栄です -DILATED TO MEET YOU- [読書・ミステリ]

開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―

開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―

  • 作者: 皆川 博子
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2013/02/28
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

舞台は18世紀のロンドン。
外科医のダニエル・バートンは私的な解剖学教室を主宰していた。

当時、解剖学は医学の一環としての市民権を得ておらず、
宗教的にも道徳的にも非人間的な行為と考えられていた。

だから解剖しようにも死体がない。
もちろん、医学のための献体なんて全くないし
犯罪被害者の検視解剖なんてものはずっと後世のことだ。

じゃあどうするのかというと、非合法に手に入れるしかない。
墓荒らしに金を払って死体を掘り出してもらうのだ。
(西洋では火葬にせず、遺体を棺に入れて埋葬する。)

その日、ダニエルが入手したのは准男爵令嬢エレインの遺体。
5人の弟子たちと共にまさに解剖にかかったところに
治安判事の助手アン=シャーリー・モアが現れる。
死体の不法入手を摘発するためだ。

急遽、遺体を暖炉の奥に隠すダニエルたち。
間一髪、危機を逃れたかと思いきや、いつの間にか
暖炉のその奥に、さらに2体の遺体が隠されていた。

1人は四肢を切断された少年、もう1人は顔を潰された成人男性。

というわけで、突如として殺人事件に巻き込まれたダニエルたち。
それと並行して、詩人として世に出ることを夢見て
田舎からロンドンに出てきた少年・ネイサンの物語が
並行して綴られていく。

純朴な少年に都会の風は冷たい。治安は悪く、
下宿代はふっかけられるし、ろくな働き口はない。
原稿を持ち込んだ書店の主はろくに相手にしてくれない。

そんな中、貴族の娘エレインと知り合ったり、
ダニエルの弟子のエドワードとナイジェルと友情を育んだりと
少しずつ都会の暮らしに慣れていくが、やがて彼を悲劇が襲う・・・

2つの物語は中盤過ぎで一つの流れになっていくのだが
さらに密室状態での殺人が起こり、事件は混迷していく。

文庫で500ページ近い大作なのだけど、意外とすいすい読める。
一つには、登場人物のキャラがしっかり立っているのが大きいだろう。

外科医のダニエルもそうだが、彼の5人の弟子もまたいい。
容姿端麗な一番弟子エドワード、
解剖のスケッチを描かせたら天才的な腕前のナイジェル、
おしゃべりなクレランス、太っちょのベンジャミン、細身のアルバート。

盲目の治安判事ジョン・フィールディング。
目は見えなくとも相手の声色で真実と嘘を見抜くと噂される敏腕判事で
本書の探偵役でもある。
彼の姪で助手を務めるアン=シャーリー・モアは
当時の女性としては珍しい職業婦人。
男勝りの行動力で、いかがわしい場所にも果敢に飛び込んでいく。

一向に芽が出ず、将来への不安に押しつぶされそうなネイサンに対し、
彼の前に現れる店主ティンダル、仲買人エヴァンズ、
零細ジャーナルの発行人ハリントンと、みんな一癖も二癖もあって
胡散臭さ全開の方々ばかり(笑)。

18世紀のロンドンというのも、現代のイメージと全く違っていて
路地を一つ入れば無法地帯、だいたい治安を守るべき職にある者に
お上から給料が出ないもんだから当然のことながら賄賂が横行、
刑務所の中の扱いまで金次第とか、もう想像を絶する世界。

そんな舞台の中を、ネイサンやダニエルの弟子たちが駆け抜けていく。
殺人事件の真相も二転三転、もういい加減
ネタが出尽くしただろうと思っていたら、最後の最後でまた・・・

第12回本格ミステリ大賞受賞作も納得の作品なんだが
驚くべきは作者の年齢。本書の初刊は2011年なのだが、
皆川博子女史はなんと1930年生まれ。
80歳を超えてこれだけの大作を書き上げたことになる。
作中の少年たちとは60歳くらい違うのだが
思春期の彼らの葛藤や苦悩を描く筆に年齢差を感じさせない。
これはもう脱帽するしかない。

しかも、2013年には本書の続編『アルモニア・ディアボリカ』を
書き上げてる。こちらは文庫で600ページ近い厚さで、
本書よりも100ページくらい厚い。ものすごいバイタリティだ。
一億総活躍社会を体現している人だねぇ・・・
こちらも手元にあるので、近々読む予定。


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ライオンの歌が聞こえる / ライオンは仔猫に夢中 平塚おんな探偵の事件簿 [読書・ミステリ]

ライオンの歌が聞こえる 平塚おんな探偵の事件簿2 (祥伝社文庫)

ライオンの歌が聞こえる 平塚おんな探偵の事件簿2 (祥伝社文庫)

  • 作者: 東川篤哉
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2018/07/12
  • メディア: 文庫
ライオンは仔猫に夢中 平塚おんな探偵の事件簿3 (祥伝社文庫)

ライオンは仔猫に夢中 平塚おんな探偵の事件簿3 (祥伝社文庫)

  • 作者: 東川篤哉
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2020/04/15
  • メディア: 文庫
評価:★★★

神奈川県の平塚で探偵事務所を営む生野(しょうの)エルザ。
語り手はエルザの助手を務める川島美伽(みか)。
女性コンビの探偵物語、その第2弾と第3弾。

『ライオンの歌が聞こえる』

「第一話 亀とライオン」
逃げ出したカミツキガメを探して欲しいという依頼を受けた2人。
しかしその依頼人が河川敷で死体で発見される・・・
被害者の○○が犯人指摘のヒントになるというのも面白い。

「第二話 轢き逃げは珈琲の香り」
競輪場で知り合った老婦人と意気投合した2人。
しかしその老婦人が轢き逃げにあってしまう。現場に駆けつけた2人は
老婦人の服が珈琲で濡れていることに気づくが・・・
珈琲の件は、分かってみれば ”いかにもありそう” なんだが、
それをミステリのネタにするのは流石。

「第三話 首吊り死体と南京錠の謎」
湘南平のテレビ塔は ”恋人たちの聖地” とよばれていて、
そこの展望台の金網に南京錠を掛けて ”永遠の愛” を誓う、らしい。
女子大生から、元カレとの思い出の錠を外すことを依頼される2人。
しかしその女子大生が密室状態の部屋の中で首吊り死体に・・・
これはしっかりした密室もの。

「第四話 消えたフィアットを探して」
会社員の飯田は、愛車で深夜の海岸を爆走していた。
しかし砂丘を乗り越えた瞬間、眼前に黄色いフィアットが現れる。
1時間後、飯田は松の木に衝突して止まった愛車の中で目を覚ました。
そして現場から消えた黄色いフィアットは山奥のため池で発見される。
中には、老舗ホテルの会長の死体が・・・
飯田が出合ったフィアットの正体は「いくらなんでもそれはないだろう」
なんだけど、このシリーズの雰囲気だと許せちゃうんだよねぇ。

『ライオンは仔猫に夢中』

「第一話 失われた靴を求めて」
会社社長の娘がビルの屋上から等身自殺した。
現場にはベージュのパンプスが残されていた。
社長から娘の死んだ原因調査を依頼された2人は、
娘のアパートから、父から贈られた高価な赤いハイヒールが
なくなっていることに気づくが・・・
犯行の前後、靴が複雑に移動しているという謎が魅力的。

「第二話 密室から逃げてきた男」
大学生の松崎は飲み会で泥酔し、気を失ってしまう。
目覚めたのは、同じサークルの学生・夏希の部屋。
しかも彼女は死体になっていた・・・
この密室トリックも「いくらなんでもこれはないだろう」だなぁ。
バカミスレベルだと思うんだけど、このシリーズなら許せてしまう(笑)。

「第三話 おしゃべり鸚鵡(オウム)を追いかけて」
自宅内で事故死した男。発見者はその娘だったが
その際、男が飼っていた鸚鵡が逃げ出してしまった。
その鸚鵡の捜索にかかる2人だが、その最中に
エルザが何者かにボウガンで襲われてしまう・・・

「第四話 あの夏の面影」
依頼人は銀行員の詩織。英会話講師の寺山とつき合っているが、
最近様子がおかしい。別の女がいるのではないか。
捜査を始めた2人は、寺山の過去の行動を探り始めるが・・・
”いい話” で終わりそうになるところをもうひとひねり。達者だなあ。

ライトなミステリ・シリーズなんだけど、
それぞれの話には毎回魅力的な謎が設定してあって
それがきっちり解かれて真相に至る。
読みやすく親しみやすく、ユーモアに溢れていながら
しっかり ”本格ミステリ” になってて、人気作家なのもよくわかる。


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バチカン奇跡調査官 三つの謎のフーガ [読書・ミステリ]

バチカン奇跡調査官 三つの謎のフーガ (角川ホラー文庫)

バチカン奇跡調査官 三つの謎のフーガ (角川ホラー文庫)

  • 作者: 藤木 稟
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/12/24
  • メディア: 文庫
評価:★★★

カソリックの総本山、バチカン市国。
世界中から寄せられてくる "奇跡" 発見の報に対して
その真偽を判別する調査機関『聖徒の座』。

そこに所属する天才科学者の平賀と、
その相棒で古文書の解析と暗号解読の達人・ロベルト。
「奇跡調査官」である神父二人の活躍を描く第21弾。
短篇集としては5冊めになる。

「透明人間殺人事件」
イタリアの次期首相と目されている国会議員ベルージェ。
彼はホテルで雑誌の取材を受けている最中に突然倒れ、死亡する。
死因は銃殺。遺体の背部には銃創があり、体内から銃弾も見つかるが
なぜか着ている服には銃弾の貫通跡がなかった。
現場を撮影していたビデオにも、犯人らしき者は映っていない。
国家警察隊大佐のアメデオはベルージュ殺害事件の捜査を命じられるが
透明人間の仕業としか思えない不可能犯罪を前に全く目算が立たない。
思い余ったアメデオは、重要犯罪者で脱獄囚のローレンに接触を図る。
ミステリを読みなれている人なら、真相の見当はつくかな。
ただ、○○○○に○○○○を○しておく、というのは如何なものか。

「ダジャ・ナヤーラの遺言」
バチカンで平賀とロベルトのサポートスタッフを務めているシン博士。
彼のもとへ、スリランカに住む従姉妹から連絡が入る。
親類のダジャが亡くなり、息子のアラディブが相続人となった。
しかし、残された遺書は意味不明のアルファベットの羅列になっており
遺産を相続するには2か月以内に遺書の意味を解かなればならない。
シンに頼まれて共に現地へ向かったロベルトは遺書の暗号に取り組むが。
遺書の内容が二重の暗号になっているところがミソか。
金銀に勝る ”財産” を息子に与えようという父の愛が描かれる、
ちょっといい話でもある。

「スパイダーマンの謎」
イタリア内陸部のベニッツェ村。近々ゴミ処理場の建設が決まっている。
ある日の深夜、村の国道沿いの高さ20mに及ぶ巨大看板に
謎の人影が張り付いているところが目撃される。
”それ” は重力を無視するかのように上へ上へと移動していった。
翌朝、巨大看板には処理場建設反対のメッセージと
”スパイダーマン” という署名が描かれていた。
この事件に興味を抱いた平賀は、ロベルトを誘って現地へ向かうが。
超常現象とも思える謎が解明されるのももちろんだが
ロベルトの調理シーンもお馴染み。
毎度のことながら、旨そうなものを作ってる(笑)


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七つの海を照らす星 [読書・ミステリ]

七つの海を照らす星 (創元推理文庫)

七つの海を照らす星 (創元推理文庫)

  • 作者: 七河 迦南
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/05/22
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

第18回鮎川哲也賞受賞作。

舞台となるのは、児童養護施設・七海(ななみ)学園。
鉄道の終点駅から、さらにバスで山道を登っていった先、
景色を眺めれば遥か遠くに海が見えるという片田舎にある。
そこには様々な事情で親と共に生活できない子どもたちが集まっている。

主人公は、そこで働く保育士・北沢春奈、就職して2年目の24歳だ。
それぞれに複雑な事情を抱えた子どもたちを相手に奮闘する毎日だ。

しかし、学園ではいくつかの不思議な事件が起こっていく。
その謎に光明を与えてくれるのは、児童相談所の児童福祉士・海王さん。
ちょっと太めの中年だが、落ち着いた雰囲気のオジさんで
子どもたちからの信頼も抜群、しかも深い洞察力を持っている。

春奈と海王さんが出合う6つの事件を描いた連作ミステリ。

「第一話 今は亡き星の光も」
喘息で体の弱かった葉子は七海学園に来ても居場所がなかったが、
上級生の玲弥(れいや)と知り合い、心を通わせるようになった。
しかし玲弥は問題行動をくり返すようになって別の施設へ移され、
その直後に亡くなってしまう。そしてその知らせを聞いた葉子は驚く。
玲弥が亡くなった2日後に、葉子は彼女の姿を目撃していたのだ・・・

「第二話 滅びの指輪」
浅田優姫(ゆうき)には父親はなく、母親には生活能力がなかった。
11歳の彼女は家を飛び出し、ホームレス生活を送っていたところを
保護されて七海学園にやってきた。
以来6年。高校3年生になった優姫は、専門学校への進学のために
アルバイトに精を出していたが、春奈は彼女の貯金通帳に
驚くほど高額の預金があることを知る・・・

「第三話 血文字の短冊」
沙羅(さら)と健人(けんと)の姉弟の家は父子家庭。
外資系で働く父親は、ウイークデイだけ子どもを七海学園に預け
土日は姉弟とともに家で過ごしていた。
姉弟の母親と離婚した父親は、新しい恋人との再婚を考えていた。
ある日、沙羅は父と恋人が電話で話しているのを聞いてしまう。
その会話の中で父が『私は沙羅が嫌いだ』と語っているのを。
春奈の見るところ、父親が沙羅へ向ける愛情は本物に見えるのだが・・・

「第四話 夏期転住」
七海学園は8月の2週間ほどを山荘で過ごす『夏期転住』を行っていた。
小学5年生の俊樹は、そこで直(なお)という少女と出会う。
夏期転住と同時に入所してきたという彼女とともに
俊樹は楽しい日々を過ごすが、子どもたちが滞在する山荘に
一人の男が現れる。「父親に頼まれて直を探しに来た」と。
その男に見つけられてしまった直は逃げだし、
山荘の非常階段を駆け上がっていく。男も俊樹も後を追うが、
逃げ場がない階段上から彼女は姿を消してしまっていた・・・

「第五話 裏庭」
県内の児童養護施設は、毎年合同で体育イベントを開いていたが
前回の大会でトラブルが起こったことで、今年の開催が危ぶまれていた。
そんなとき、七海学園で暮らす高校生・明が、他の養護施設の女子と
つき合っていることが明らかになる。相手が入っている施設は
規則が厳しいことで有名で、学園へ抗議の電話がかかってくるが・・・

「第六話 暗闇の天使」
学園の子どもたちが通う小学校の近くにあるトンネルには、
女の子6人でトンネルを通ると、いないはずの7人目の声が聞こえる、
という ”伝説” があった。怯える子どもたちのために
伝説の真偽を確かめるべく、春奈は実際に声を聞いたことがあるという
卒業生たちに会いに行くのだが・・・

ここまで、6つの謎が語られてくる。
それぞれの話にはそれぞれの結末で解決が示される。
基本的には ”日常の謎” ミステリなのだが、舞台が児童養護施設だけに
家庭崩壊や児童虐待など人間の暗部にも関わってくるものも含まれる。

オチもそれぞれで、ライトでほのぼのするものから
ダークで深刻、読んでいて胸が痛むものまで。

それでも、読後感が悪くならないのは、
作者が施設で暮らす子どもたちに注ぐ視線が温かいこと、
それを取り巻く春奈の純真さ、海王の頼もしさが
しっかり描かれていることか。

子どもたちを不幸に落とし込むのは大人なのだが
その子どもたちを支えて力になろうとする大人もいる。
それが示されていることが救いになっているのだろう。

各話は独立したミステリ短篇としても素晴らしいが
最終話「第七話 七つの海を照らす星」に至り、
いままでの6つの話に異なる方向から光が当たり、
一つの物語となってつながっていく。

中には、いったんは明らかになったはずの謎に
新たな解釈が示されるものもあるが、このあたりの変転も鮮やかだ。

鮎川哲也賞受賞後第一作として刊行されたのが
『アルバトロスは羽ばたかない』で、内容は本書の続編になっている。
こちらの文庫版も手元にあるので近々読む予定。


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公正的戦闘規範 [読書・SF]

公正的戦闘規範 (ハヤカワ文庫JA)

公正的戦闘規範 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 藤井 太洋
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/08/31
  • メディア: 文庫
評価:★★★

ネットとIT技術の進歩が社会を革新していく近未来を描いたSF短篇集。

「コラボレーション」
インターネットが崩壊し、接続すべてに認証が必要な
〈トゥルーネット〉という新しいネットワークに置き換わった近未来。
しかし旧インターネットの残骸も生き残っていて、旧型のサーバの中で
”ゾンビ・サービス” と呼ばれるプログラム群が未だに稼働している。
主人公は、その中にかつて自分が作った〈ソーシャルペイ〉という
簡易決済システムを発見するが・・・
本書の内容とは全く違うのだが、日々ネットの中を飛び交っている
メールマガジン(ほとんどは広告だろう)は、ユーザーが亡くなっても
そのままメールを延々と送り続けるんだろうか、とか考えてしまった。
日本で一般人がインターネットを使えるようになって20年以上が経つ。
絶対、何パーセントかのユーザーは解約せずに死んでるよねぇ・・・
それとも、受信されない状態が続くと自動的に送信をやめるのかな。

「常夏の夜」
甚大な台風被害を受けたフィリピンのセブ島。
支援物資や復興資材を運ぶドローンが大量に投入されたが
最適な配送ルートの作成が自動化できないでいた。
いわゆる ”巡回セールスマン問題” だが、
これを主人公たちがAIを用いて解決しようとする話。
wikiで見てみたら、難しそうな用語がたくさん並んでいて
これを計算機的に解くのはとてもムズカシいらしい。
本作の中では画期的な方策が見つかるのだが、現実はどうなのだろう。

「公正的戦闘規範」
舞台は近未来の中国。国境周辺では未だに少数民族弾圧が続いている。
一般庶民が遊んでいるスマホ・ゲームが、
対テロ制圧戦に意外な形で利用されているというアイデアもすごいが、
人命を守るために自動化・無人化が進む戦場が、かえって
戦争の理不尽さを増幅させていく、というのにも納得してしまった。
戦争とITが結びつくとこうなっていく、という見本の一つだろう。
表題の ”公正的戦闘規範” とは、その戦場に
”人間” を取り戻すためのルール、という設定なのだが
それによって戦争がなくなることも、減ることもおそらくないだろう。
さて、どちらがいいのか。

「第二内戦」
アメリカがIT技術を駆使した革新的な「合衆国」と、
人工知能を禁止した保守的な「自由領邦」に分裂した世界。
(それ以外にも、この2つの国にはいろいろな違いがあるのだけど)
「合衆国」の私立探偵のハル・マンセルマンは、
アンナ・ミヤケ博士と共に「自由領邦」へ潜入することに。
彼女の開発したAIが「領邦」内の証券取引所で使用されているらしい。
本作が発表されたのは2016年11月で、トランプ政権発足の2か月前。
本作では、その後のアメリカ社会の分断を予測したような、そして
さらにエスカレーションしたような世界を描いている。
技術の進歩や利用を禁じても、人間がそれを捨て去ることは
すくなくとも自発的に捨てることはないのだろうなぁ・・・
と今さらながら思う。

「軌道の環」
本作だけ時代は遠未来。人類は木星圏まで生存域を広めている。
木星大気内で働く女性ジャミラは、事故に遭遇して生命の危機に瀕するが
地球へ向かう宇宙船に救われる。しかしその船の目的は・・・

IT技術の超絶的な進歩と、それによって変貌する近未来を描いた作品は
往々にして悲観的な結末を迎えるものが多いように思うのだけど
本書収録のほぼすべての作品が、ハッピーエンドとは言わないまでも、
明るい未来を予想させたり、希望を感じさせるラストを迎える。

 「公正的戦闘規範」だけはちょっと微妙だが・・・

リアルな将来を予想するなら、AIの進歩によって仕事を奪われるとか
なかなか楽観的になれないのが本当のところかも知れないけど
フィクションの中だけでも明るい未来が見たいし、
テクノロジーと上手く折り合いをつけて
生きていく(生きていける)人類でありたいよねぇ・・・。


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信長島の惨劇 [読書・ミステリ]

信長島の惨劇 (ハヤカワ文庫JA)

信長島の惨劇 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 田中 啓文
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2020/12/10
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

つい先週、NHK大河ドラマでも描かれたが、
天正10年(1582年)6月2日、日本史上最大の下剋上が起こった。
かの有名な「本能寺の変」だ。

天下統一に向けて驀進する織田信長が逗留していた京都の本能寺を
家臣である明智光秀が急襲、信長とその嫡男信忠を討ち取った事件だ。

本書の冒頭50ページほどは、この本能寺の変を含めて
前後の状況が語られる。

安土城で光秀が徳川家康を饗応するところから始まり、
本能寺の変を経て、信長死亡の報を受けた羽柴秀吉が
毛利攻めから急遽引き返して山崎の合戦で明智軍を打ち破る。
そして光秀は落ち延びていく途中で討ち取られる。
これが6月14日。

そしてこの頃から、京の都で不思議なわらべ歌が流行り始める。
それは ”六つの獣が殺される” というものだった・・・

6月27日には、信長の後継者を決める有名な ”清洲会議” が
開かれるのだけど、本書はその数日前に起こった ”事件” を描いている。

舞台となるのは、三河湾に浮かぶ小さな無人島。
周囲の住民が ”のけもの島” と呼ぶその島に、
いつの間にか真新しい寺が建造されており、
その門の上に掲げられた額には「信長」の文字が。

物語は、その島に羽柴秀吉がやってくるところから始まる。
ここに集まってきたのは秀吉だけではない。
続けて柴田勝家、高山右近、徳川家康と3人の武将がやってくる。

みな、謎の手紙によって導かれてきた。
内容は供を連れずに一人でこの島まで来い、というもので
記された花押(署名)の筆跡は間違いなく信長のもの。
そして文面の最後には「余は知っておるぞ」。

もしかしたら、信長は生きているのではないか・・・
信長の ”死” に対して密かに ”負い目” を持っていた4人は、
誘いを拒むことができず、手紙の言いつけ通りに島へやってきた。

武将たちを出迎えたのは、あらかじめ島で待っていた4人の男女。
彼らもまた、さまざまな方法でこの島に呼び寄せられていた。
この4人は武将ではないけれど、みな歴史的な有名人。
こちらもまた意外な組み合わせで、中には
(史実としては)「ここにはいないはず」の者まで。

さらに、”遅れてくる客” がもう一人いるらしい。
しかし、誰が来るのかを知っている者はいない。
この島のどこかに ”生きている信長” が潜んでいるとすると
総勢で10人になる。

武将たちが到着した夜の夕餉の席から、連続殺人事件の幕が上がる。
しかも、みな京の都で流行っているわらべ歌の歌詞の通りに・・・

 孤島に10人が集まって、童謡の歌詞通りに・・・
 ご存じ「そして誰もいなくなった」ですね。
 巻頭にはクリスティーへの献辞まで載ってますし。

殺されていく者の中には、史実では
ここで死なないはずの者まで含まれていて
「おいおい、この人まで殺しちゃって大丈夫なの?」
って心配になるが、作者の筆は容赦ない。

もちろんミステリであるから、終盤には真相が明らかになるのだが
読んでいてところどころ「おいおい」ってツッコミを入れたくなる。
中でも「いくらなんでもそれはないだろう」って要素が2つほどある。

 たぶん歴史に詳しい人、真面目な人ほど怒り出す(笑)と思うんだけど
 まあ、そういう人で本書を読む人は少ないんじゃないかなぁ・・・
 すいません、勝手な思い込みです。

この2点が受け入れられれば、とても楽しいミステリになる。
本書は、おおらかな気持ちで(笑)、”バカミス” と割り切って
楽しむのが正解だと思うよ。
ちなみに私はOKでした。

思いっきり歴史を破壊しまくった物語なんだけど、
終わってみればきれいに片付いて、収まるところに収まってしまう。
このあたり、派手な空中回転の離れ技を演じた体操選手が
きれいな着地を決めるのを見たような気にさせられる。

まあ、無理矢理な力業的なところもあるんだけど(笑)。

最終ページには「補遺」として、この事件後の
歴史の展開やそれに伴う伝承などが語られているんだけど、
本書の結末が、その内容にしっかり合致していくのがすごい。

最後に余計なことを。

この作者は、作品中に ”しょーもないダジャレ” を織り込むので
有名(?)な人なんだけど、本書でも終盤近くに潜んでいる(笑)。
思わず脱力してしまうオヤジギャグなんだが、
これでこそ田中啓文だよねえ(おいおい)。


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私を知らないで [読書・ミステリ]

私を知らないで (集英社文庫)

私を知らないで (集英社文庫)

  • 作者: 白河 三兎
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2012/10/19
  • メディア: 文庫
評価:★★★

主人公は中学2年生の黒田慎平。
父親が頻繁に転勤をするので2~3年ごとに転校をくり返してきた。

慎平は、新たに転入したクラスで不思議な美少女と出合う。
周囲から「キヨコ」と呼ばれ(これは本名ではない)、
あからさまな虐め行為はないが全員から無視されている、という存在。

クラスは、三田(ミータン)という女子を頂点とした
カーストを形成していて、慎平はその ”権力構造” に配慮しつつ、
キヨコとは距離を取って学校生活を始めていく。

この慎平という少年が一筋縄ではいかない。
転校をくり返してきて、距離が遠くなれば、それまでの友人たちとも
簡単に疎遠になってしまうことを何度も経験している。
だからいつも醒めた目で周囲を見ていて、転入先のクラス内の人間関係や
担任の性格などを素早く見抜く能力にも長けている。
信条は、なるっべく他人と係わらず、目立たぬように生きること。
そのためには、時として冷酷にも見える行動を取ることもある。
要するに、他人に対して一片の期待も持っていないのだ。
こういう主人公は困る。読んでいてなかなか好きになれないから(笑)。

 もっとも、彼がそうなってしまったのには
 ちゃんとした理由があるのだが
 それが明かされるのはかなり後の方になる。

そこへ新たな転校生・高野が現れる。
彼は慎平とはおよそ対極的な熱血漢だった。
転校初日から、慎平に対してもどんどんと踏み込んできてくるのだが、
ある話題をきっかけに、慎平は高野から殴られてしまう羽目に。
それは、キヨコを巡る「ある噂」だった。

しかしその日を境に、2人は奇妙な友情で結ばれることになる。

慎平のことを「一筋縄ではいかない」と書いたが
キヨコも高野も負けず劣らずだ。

キヨコが悲惨な家庭環境にあることは序盤から語られているが、
読者は同情こそしても、頑ななまでに他人を拒絶するその態度に
積極的に好きになれる人は少ないだろう。

デビュー作『プールの底に眠る』でも感じたが
作者の創造するキャラクターはみな、
わかりやすさとは無縁の、屈折した性格の持ち主ばかり。
でもまあ、それが作者独特の持ち味ともなっているのだけど。

慎平と高野は、キヨコを巡る「噂」の真偽を確かめるために
休日のキヨコを尾行することを企てるのだが・・・

物語は、この3人を中心に展開する。
彼らの行動が結果的にクラスの雰囲気をも変えていくことになる。
中盤での文化祭のエピソードは青春小説としては感動的だが、
そこがゴールではない。

その後に訪れるクライマックスでは、
キヨコが抱えこんできた、ある秘密が明らかになる。

このあと、ラストについて書く。
ネタバレしないように書くつもりだけど、
これから本書を読んでみようという人は、読まないほうがいいかな。

終盤、キヨコを ”窮地” から救い出すために作者の用意した方法は
正直言って ”意表を突く” どころのものではなかった。
予想の遥か斜め上というか、ウルトラ級の高難易度の技というか・・・
読んでいて、最初は意味がよく分からなかったよ。

キヨコに ”幸福の最大値” を与えるため、なのだろうが
実際には、かなり実現可能性の低い方法だとは思う。
フィクションとしてならば「あり」なのかもしれないが・・・

でもねえ・・・私はちょっとこの結末は好きになれませんでした。

それは、慎平や高野のように、中学2年生の視線から
物語を見ることができないからだろう。
彼らの行動は純粋で、それ自体は理想なのだろうけども。

でも、私はどうしても、彼ら彼女らを取り巻く
大人の立場から考えてしまう。そうすると、この結末には
なかなか受け入れがたいものを感じてしまうんだよねぇ・・・

それは私が、アタマの固いオジさんだから、なのだろうなぁ・・・


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海賊島の殺人 [読書・ミステリ]

海賊島の殺人 (創元推理文庫)

海賊島の殺人 (創元推理文庫)

  • 作者: 沢村 浩輔
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/07/12
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

舞台となるのは、世界中の海を帆船が行き来していた時代。
年代で言えば17~18世紀頃かと思われるのだけど
「イギリス」ではなく〈王国〉と表記されたり、
出てくる地名や街の名もほとんど架空のものだったり、
作中には何カ所かファンタジーっぽい描写があったりと
私たちの世界とは微妙に異なる、別の世界線での物語なのかも知れない。

かつて海賊退治で名を馳せた海軍提督バロウズ卿が誘拐されてしまう。
拉致したのは、海賊連合〈南十字星〉の首魁・リスター。

主人公は、若き海軍大尉アラン。
彼は防諜部のマクミラン少佐から密命を受ける。
海賊に扮して〈南十字星〉に潜入し、バロウズ卿を救出せよ、と。

アランは元役者のソープの指導の下、海賊へと変装し、
伝説の海賊王ハンク・ウィリアムズの遺児・バートと名乗って
乗組員を集め、海賊船ジャッカル・オブ・ザ・シー号の船長として
”海賊デビュー” を果たす。

しかし一向にリスターは接触してこない。
しびれを切らしたバート(アラン)だったが、
ハンクのかつての部下だった男から ”幻影島” のことを聞く。
そこには、ハンクの隠した財宝があるという。
その財宝を手に入れれば、リスターの方から現れるだろう・・・

・・・というわけで、前半はバートによる ”宝探し” が語られる。
さらに、本書に登場する他の海賊たちのエピソードも。

読み始める前、巻頭の登場人物一覧表を見たら
たくさんの海賊やその部下たちの名前がずらりと並んでいて
こんなに覚えきれないよ・・・って思ったのだが、
それぞれ個性的で海賊になった動機や事情もさまざま。
単なる人数合わせでなく、ちゃんとキャラとして立っている。

この前半部のおかげで、メインとなる海賊たちのイメージが
かなりつかめたので、後半に入っても
キャラがごっちゃになることはなかった(と思う)。

”宝探し” を終えたバートたちは、
〈南十字星〉の本拠である ”海賊島” へ招かれる。

しかしそこで起こったのは、謎の連続殺人事件。
バートは図らずも、犯人を探し出さなければならない羽目に・・・

”海賊島” は絶海の孤島であるから、必然的に
犯人はここにいる海賊たちの中にいるはず・・・
というわけで本格ミステリに移行するのだが
犯人当ての興味よりも、なぜ今、この場所で、殺人が起こったのか、
という事件の背景を解明する方に重きが置かれている。

実際、予想外に深い陰謀が潜んでいるのだが・・・

冒険小説として始まり、本格ミステリへと移行した物語は
終盤に至り、再び冒険小説として終幕へ向かう。

とっても面白い作品で、十分楽しませてもらったのだけど
唯一の欠点は女っ気が少ないことかなぁ(笑)。

ジーナという女海賊は出てくるんだけど、
大酒をくらって銃をぶっ放すという、いささか物騒な姐御だ。
まあ、海賊に「物騒でない人」はいないのだろうが・・・

序盤で出てきて、バートの海賊衣装を仕立ててくれた
コニーという女の子が気に入ったんだけど、出番が少なくてねぇ(笑)。


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