他殺岬 有栖川有栖選 必読! Selection 5 [読書・ミステリ]
有栖川有栖選 必読! Selection5 他殺岬 (徳間文庫)
- 作者: 笹沢左保
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 2022/06/08
- メディア: 文庫
評価:★★★☆
ルポライター・天知昌二郎(あまち・しょうじろう)は、美容研究家として人気絶頂の環千之介(たまき・せんのすけ)の悪徳商法を暴露する。その結果、千之介と娘のユキヨは自殺してしまう。しかしユキヨの夫・日出夫は、報復として天知の息子を誘拐、5日後に殺害すると予告してくる。
ユキヨの死が他殺であると証明できれば、日出夫を思いとどまらせることができるのではないか。天知はそう思い立つが、タイムリミットまでは120時間しかない・・・
ルポライター・天知昌二郎は36歳。妻に先立たれ、保育園に通う息子・春彦と2人暮らしだ。やもめの天知が仕事と子育てを両立できるのは、宝田真知子のおかげである。
真知子は28歳の独身女性で、天知が住むマンションのオーナーだ。子ども好きな真知子は春彦の世話を自ら買って出てくれていた。
天知は6月に雑誌『婦人自身』に署名記事を載せた。美容研究家・環千之介が行っている悪徳商法を告発するものだった。
環は美容業界のカリスマと呼ばれ、TV・ラジオで10本近いレギュラー番組を持つ売れっ子であり、新宿に自社ビルを構えて広く事業展開をしていた。
雑誌発売と同時に環は表舞台から姿を消して引きこもってしまい、7月8日には自宅で縊死。警察は自殺と断定する。
さらに8月8日、環の一人娘・ユキヨが高知県の足摺岬で死亡。これも警察によって投身自殺と断定された。このとき、ユキヨは妊娠中であった。
そして8月下旬、春彦の通う保育園で事件が起こる。園内で保母(女性保育士)の死体が発見されたのだ。
さらにその5日後、今度は春彦が誘拐される。犯人はユキヨの夫・日出夫。保育園の職員を巧みに欺いて春彦を連れ出してしまったのだ。
天知への電話で日出夫は告げる。
「俺の子をあんたは殺した。だから俺もあんたの子を殺す」
「処刑は5日後だ。それまで、身を削られる思いをして苦しみ続けろ」
日出夫に殺害を思いとどまらせるにはどうしたらいいのか。
ユキヨの死が自殺ではなく、他殺だと証明すればいいのではないか?
だが、警察が自殺と断定したものをひっくり返すのは不可能ではないか?
ユキヨは死んだ父親の遺骨を持って故郷の高知にある菩提寺に赴き、日出夫と2人だけで法要を済ませ、その夜に足摺岬の断崖から身を投げた。しかし、その瞬間を目撃した者はいない。
天知は『婦人自身』編集部員の協力を受けて情報を収集。その結果、ユキヨ殺害の動機をもつと思われる者が3人浮上する。しかしいずれも犯行時には強固なアリバイがあった・・・
なかなか極限的なシチュエーションである。
自殺を他殺へとひっくり返すだけでなく、真犯人の指摘と確固な証拠を示さなければ日出夫は納得しないだろう。そしてタイムリミットは120時間。もちろん睡眠や移動の時間もあるから、実際の捜査に使えるのはその何分の一もない。
だが、"つかんだ" と思った糸も、虚しく途切れていく。しかし我が子の命がかかっているからには諦めるわけにはいかない。真相を求める天地の、必死の探索行が続いてゆく。
ヒロインの宝田真知子は、天知の調査に同行するなどストーリーに大きく関わっていくようになるが、2人の関係の変化も読者の興味を引くだろう。
次第に明らかになっていく事件の根の深さ、全てを仕組んだ者の強烈な悪意、それによって運命を狂わされた者たちの悲哀。いずれも多くの読者の予想を超えるものだろう。
真相は意外だが、それを納得させる伏線は作品冒頭から張られており、終盤でそれらが天知によって一気に回収されていく。このあたりは見事。
最後までサスペンスが途切れることなく読ませる。語りの巧みさは流石だ。
ベスト6ミステリーズ2016 [読書・ミステリ]
評価:★★★
2016年に発表された短編ミステリから、日本推理作家協会賞短編部門受賞作を含む6編を収録したアンソロジー。
「黄昏」(薬丸岳)[日本推理作家協会賞短編部門受賞作]
アパートの一室で腐乱した遺体が発見される。死んだのは幸田二美枝(こうだ・ふみえ)。80代の老女で、40代の娘・華子と同居していた。
遺体はポリ袋でくるまれてスーツケースに入っており、死後3年ほど経っているとみられた。華子が母親の年金を不正受給するために死体隠匿をしていた思われたのだが・・・
私自身、老いた母親を抱え、年金生活者でもある。考えたくないことだが、老親を "看取る" 日はいつか必ずやってくる。離れて住んでいるので、その場に立ち会えるかどうかは分からないが・・・。そんなことを考えると、なかなか他人事には思えない話になってる。
「影」(池田久輝)
何でも屋の "俺" は、知り合いの刑事・間宮から、強引に仕事を押しつけられる。病院で受付をしている女性・白石由里を尾行すること。なぜか理由は教えてくれない。
いやいやながら尾行を始めた "俺" は意外な光景を目にする。由里は間宮と接触しているようなのだ。
一方、"俺" には別の仕事も舞い込む。山岸というサラリーマンが、彼の婚約者・櫻井愛子の浮気調査を依頼してきたのだ。しかし、依頼内容がどうにも胡散臭い・・・
いわゆる whatdunit 、「何が起こっていたのか」がテーマのミステリ。分かってみれば極めて今風の問題が浮き上がってくる。
「旅は道連れ世は情け」(白川三兎)
"僕" は、伊豆諸島の式根島に向かう客船の中で、過去を回想する。
高校生だった "僕" は、同じマンションに住む若妻・倉科桃恵(くらしな・ももえ)と知り合う。家庭教師として勉強を教えてもらううち、次第に彼女に対して慕情を抱いていく "僕"。そんな中、桃恵が夫から激しいDVを受けていることを知る。
そしてある日、桃恵からの手紙が届く。そこには近々、夫と二人で式根島へ旅行に行くこと。そこで夫を殺すつもりであることが記されていた・・・
過去と現在が交互に語られていくのだが、それがすばらしく効果を挙げてる。そしてラストの意外性と切れ味は抜群。
「鼠でも天才でもなく」(似鳥鶏)
緑川礼(れい)は高校生。父は画廊経営者で、礼自身も画家を目指して美術部で活動している。
「御子柴現代美術館」で〈真贋展〉(真作と贋作を並べて展示する)が開催されることになり、彼も父の手伝いで駆り出されていた。
しかし展示室の床にペンキがぶちまけられ、さらに異臭が発生するという騒ぎが起こり、それに紛れて画壇の大御所・大園菊子の作品が損壊されるという事件が発生する。しかしその作品に近づくには、床のペンキの上を歩かなければならない。
”ペンキの密室” による不可能犯罪だが、礼は同じ美術部員の千坂桜(ちさか・さくら)の行動から事件の謎を解く糸口をつかむ・・・
他のアンソロジーで既読。後に「極彩色を超えて」と改題・改稿されて、画廊の息子・礼と天才的な画力を持つ少女・桜の、高校時代から社会人までを綴った連作ミステリ短編集『彼女の色に届くまで』の一編として収められた。
とにかく主役カップルが可愛くて大好きだ。絵画を扱ったミステリとしても一級品、ラブ・ストーリーとしても一級品。似鳥鶏の作品では一番好きな一冊。
「言の葉(コトノハ)の子ら」(井上真偽)
語学留学の一環として保育園で働いているエレナは、子どもたちから大人気。そんな中、年長クラスにいる福嗣(ふくし)くんは行動に粗暴さが目立っていた。
ある日保育士の一人が、福嗣くんが "お絵かきボード" に『ふくくんはなおとさんがきらい』と書いているところを目撃する。園にいる男性保育士の尚登(なおと)を嫌っているのだろうか?
エレナは、ある推測を立てて福嗣くんの母親と話をすることに・・・
近未来に実現する(であろう)科学技術をテーマにしたSFミステリ連作集『ベーシックインカムの祈り』で既読。
いずれも ”ミステリとして驚き、SFとして驚く”、「一粒で二度おいしい」(古いキャッチコピーだねぇ。若い人は知らないかも)作品集になってる。
「みぎわ」(今野敏)
臨海署管内で強盗致傷事件が発生した。犯人は被害者を刺して逃亡するが、防犯カメラの映像から身元が明らかになり、聞き込み情報から自宅アパートに潜伏していることまで判明する。
強行犯係長の安積(あずみ)は、4人の班員を率いて現場に向かう。被疑者は一人暮らしであることから、直ちにアパートに踏み込むべきという意見が多いなか、班員の1人である村雨は反対する・・・
警察小説としてはとてもよくできてると思うけど、ミステリとしてはちょい物足りないかなぁ・・・。
タグ:国内ミステリ
金色の魔術師 [読書・ミステリ]
評価:★★★
横溝正史・復刊シリーズ、ジュヴナイルものの一編。
東京に金色のフロックコートにシルクハットで "魔術師" と名乗る怪人が現れ、次々と子どもたちを掠っていく。
しかし肝心の金田一耕助は、関西で療養中であった・・・
主役となるのは立花滋。『大迷宮』事件("怪獣男爵シリーズ" の2作目)で活躍し、一躍学校で人気者になってしまった。滋の周囲には冒険好きな少年が集まり、その中の村上達哉・小杉公平の2人と共に "少年探偵団" を結成する。
ある日、彼らが通う学校の校門の前に怪しげな人物が現れる。
年齢は50か60か。鼻の下には白い八の字髭、顎の下には山羊のような逆三角形の白髭。加えて髪の毛まですべて真っ白。鷲鼻に鼻眼鏡、金色のフロックコートにシルクハットで、自らを "魔術師" と名乗り、こう告げる。
「これから7人の少年少女をもらい受けるつもりじゃ」
滋たちのクラスメイトの山本少年は、家に帰る途中に "魔術師" の姿を見つけ、後をつけていく。"魔術師" は、近所から幽霊屋敷と呼ばれている家に入っていく。山本少年も後に続くが、そこで "魔術師" の罠にはまり、行方不明に。
山本少年を探す滋たち "少年探偵団" は幽霊屋敷を突き止める。しかしそこに入った3人が見たのは、"魔術師" が山本少年の体を薬品で溶かしてしまう(!)光景だった。
滋たちから話を聞いた等々力警部は、一枚の写真を見せる。そこに写っていたのはまさに "魔術師"。警部によるとこれは赤星博士という人物の写真だという。
博士はかつて悪魔崇拝の宗教を立ち上げて大金を集めていたが、警察に摘発されたときには既に精神に異常を来していたという。集めた資金は宝石に変えてどこかに隠匿していたが、その場所の記憶もなくしていたらしい。
彼は一時期精神科に入院していた。現在は退院して自宅にいるが、そこは警察の厳重な監視下にあるという。
しかし、それにも関わらず "魔術師" は出没し続け、子どもたちが掠われていく・・・
"魔術師" が誘拐を繰り返す理由には、ちょいと首をひねってしまう。また等々力警部に代表される警察陣もけっこうボンクラに描かれる。まあ両方とも、ジュヴナイル作品ということを考えれば許容範囲か。
毎度のことながら、度重なる怪奇現象もきっちり合理的に説明されていく。大がかりな物理トリックも登場する。大人向け作品では陳腐に見えてしまうが、少年向けならOKだろう。
この手の作品だと、たいていは「どこかで見たような」ものになりがちなんだけど、今作でのそれは(実現可能性は別にして)けっこうユニーク。
なかなか出てこない金田一耕助の代わりに登場してくる "黒猫先生" というのも人を食ったキャラ。現代ミステリではすっかりご無沙汰になってしまった ”変装トリック” も随所で挿入され、なかなか賑やか(笑)。
病気療養中のため、事件に介入できない金田一耕助、だが実は・・・というのも "お約束の展開" だろう。
文庫で180ページほどの中に、エンタメ要素を詰め込んだ巨匠の創作姿勢は、やっぱりたいしたものだろう。
タグ:国内ミステリ
探偵は追憶を描かない [読書・冒険/サスペンス]
評価:★★★
売れない画家・濱松蒼(はままつ・あお)は、姿を消した恋人・フオンを追って故郷の浜松へ戻ってきた。
12年前、高校生だった蒼は女優・石溝光代(いしみぞ・みつよ)の肖像画を描いたが、今になってその絵を追う組織が現れる。彼らの目的は不明だが、蒼もまたその騒動に巻き込まれていく。
浜松を舞台にしたハードボイルド・シリーズ第2巻。
自ら姿を消した恋人・フオンを追って浜松に戻った蒼は、友人の小吹蘭人(おぶき・らんと)の家に居候していた。蘭人の父親は暴力団小吹組の組長だが、蘭人自身は堅気でアロマテラピストを生業にしている。
浜松出身の女優・石溝光代のデビューは40年以上前。以後十数年に渡って売れっ子であり続けたが、実力の割に評価されず、賞とは無縁であった。
30年前にスキャンダルを起こして表舞台からは去ったが、地元浜松で大衆演劇の一人芝居に活路を見いだし、いわゆるローカルタレントとして生きてきた。
そんな彼女も70歳を超え、浜松で行われる大衆演劇祭を目前に世を去った。
そしてその一週間後、蒼は医師の澤本亮平から奇妙な依頼を受ける。12年前に蒼が描いた石溝光代の肖像画を探してほしい、高値で買い取るから、という。
当時高校生だった蒼は父親に連れられて大衆演劇祭へ行き、そこで石溝光代に引き合わされ、その場で肖像画を描いたのだった。
高額の報酬を示されて引き受けるが、絵を探し始めた蒼の前に、ガラの悪い男たちが現れる。静岡で小吹組と勢力を二分する暴力団である篠束(しのづか)組が動いているらしい。
蒼は舘山寺(かんざんじ:浜名湖畔の観光地)に向かう。そこには大衆演劇祭の会場となっている〈舘山寺アコーホテル〉があった。そして、12年前に蒼が光代の肖像画を描いたのもそのホテルであった・・・
石溝光代の肖像画をめぐる、一種の "宝探し" の物語。蒼の絵自体にはさほど価値はないが(笑)、しかしその絵の存在自体に何らかの意味があるらしい。
そして、それを取り巻く様々な登場人物たちがまた訳ありそうなのばかり。
かつて光代のマネージャーを務めていた鈴木は、彼女から「ピンハネ野郎」と呼ばれていたらしく、胡散臭い男だ。
光代が結婚した相手の連れ子・邦義(くによし)は、南米在住のはずなのだが、日本に帰ってきて、何か画策しているようだ。
彼女の実子・光輝(みつき)は高校教師をしているが、教え子を監禁した容疑で逮捕・拘留中(おいおい)。もっとも彼自身は「自分はどんなときも高校教師としての自己を全うしている」と語るのみで、何か事情がある様子。
そして〈舘山寺アコーホテル〉のオーナー・赤河瀬莉亜(あこう・せりあ)は、かつてフオンとも関わりのあった女性で、中盤以降のストーリーのキーパーソンとなる。
前作は "人捜し" だったが、今回は "モノ探し"。それも自分が描いた絵を自分が探すという、奇妙というか間抜けというか(笑)。
そして、事件を通して明らかになるのは、一人の女優の生きた "軌跡" と、彼女が残した "波紋" の大きさだ。
ラストで、蒼は絵に対する情熱を取り戻し始めたように見える。シリーズがこれからも続くのなら、いつかフオンとの再会も描かれるのだろう。
ノッキンオン・ロックドドア2 [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
不可解な謎専門の御殿場倒理(ごてんば・とうり)、不可能な謎専門の方無氷雨(かたなし・ひさめ)。大学のゼミ仲間だった2人が設立した探偵事務所「ノッキンオン・ロックドドア」に持ち込まれる奇妙な事件を描く連作ミステリ・シリーズ、第2巻。
「穴の開いた密室」
石住茂樹(いしずみ・しげき)という男が殺される。被害者はDIY好きで自宅の離れを作業場にしており、遺体もそこで発見された。
ドアは施錠されており、鍵は遺体のポケットに。典型的な密室殺人かと思いきや、現場の壁にはチェーンソーで巨大な穴が開けられていた(おいおい)・・・
穴を開けた理由が解明されると、それがそのまま犯人の絞り込みにつながる。上手い。
「時計にまつわるいくつかの嘘」
公園で女性の死体が発見される。容疑者は彼女の恋人のバンドマン。
彼女が身につけていた腕時計は、7時40分を指したまま壊れていた。この時計、精密機器メーカーと大手時計メーカーがコラボして制作した完全受注品で、一度時間を設定したら電波による自動修正で、"死ぬまで一切狂わない" のがウリ。当然、手動で時間をずらすなんてことは不可能。つまり犯行時刻は7時40分で確定。しかしその時刻に容疑者はライブハウスで演奏中だった・・・
"壊れた時計による偽装" ネタを新しい視点でアップデート。アリバイ崩しの後に、さらにもうひと捻り。
「穿地警部補、事件です」
倒理・氷雨と大学のゼミ仲間だった穿地決(うがち・きまり)警部補。レギュラーキャラの彼女が主役を張る。
ジャーナリストがマンションの7階から転落死する。死者の部屋の様子から他殺が疑われた。捜査が進み、目撃情報が出る。近隣のマンションの住人が、被害者が転落した10分後にその部屋のベランダに女の姿を目撃していた。
容疑者の女性が捕まり、ここで倒理・氷雨が登場して、"犯人が弄したトリック" を解明するのだが、穿地はそのさらに上をいく "真相" を見破る。
ミステリにおいて、探偵の相棒を務める警官はワトソン役がせいぜい。だが彼女はそんな "枠" に収まらない。
警察の上級幹部に連なる身分なのだが、それゆえの "しがらみ" もある。しかし彼女はそんなものには縛られない。いやあ、素晴らしいキャラだ。
「消える少女追う少女」
探偵事務所に現れた女子高生は、人捜しを依頼する。親友の潮路岬(しおじ・みさき)が失踪したという。二日前、駒込駅で線路の向こう側にいた岬を見つけた。声を掛けたら彼女は地下通路(線路の下を通って両側をつなげる連絡通路)に入っていった。しかし、こちら側へ出てこない。彼女は通路の中で消えてしまったのだ・・・
いわゆる "人間消失"。トリックだけを取り上げたら拍子抜けしてしまうレベルなんだが、この部分の解明が事件全体の様相を一変させるという構成が巧み。
「最も間抜けな溺死体」
話題のIT社長が変死する。現場は会員制プール。発見は朝8時。検死の結果、頭に傷はあったが死因は溺死、水に8時間使っていたことが判明。しかし、プールは午前0時に注水が始まったことから、死亡時にはほとんど水がなかったことがわかる。
泥酔していたIT社長がプールの状態に気づかずに飛び込んだところ、頭を打って気絶してしまい、そのまま水位の上昇で溺死した、という間抜けな死に方をしたと思われたのだが・・・
トリックを弄する犯人は勤勉だ(笑)。今作でも、自分が容疑から逃れるために実によく動き回る。たいしたものだ(おいおい)。
「ドアの鍵を開けるとき」
御殿場倒理・方無氷雨・穿地決。この3人に加えてもう1人のゼミ仲間だった男・糸切美影(いときり・みかげ)は、ホームズものにおけるモリアーティのように、過去のいくつかの事件において、黒幕として暗躍していた。
その美影が突然、探偵事務所「ノッキンオン・ロックドドア」に現れる。大学在学中に4人の間に起こった "事件" の謎解きを依頼しにきた、と云って。
氷雨は回想する。"卒業試験" として指導教授から示された "課題" の調査を、そしてアパートの一室で倒理が何者かに襲われた事件を・・・
この短編集の最後を締める本作で、美影との "暗闘" にも一区切り着いたようにみえる。ここで完結なのかも知れないとも思うし、続くとしても今までとは違う雰囲気になりそうな予感もする。
一編が文庫で40ページほど(「ドアの-」だけは80ページ)とコンパクトだが、本格ミステリとしての密度が高いシリーズなので、続きは読みたいな。
いつになるか分からないけど期待してます。
タグ:国内ミステリ
僕が殺された未来 [読書・SF]
評価:★★★★
大学生・高木は、ミス・キャンパスの小田美沙希に片思い中。しかし美沙希は失踪してしまう。そんなとき、高木の前に現れた少女・ハナは「60年後の未来からやってきた」と語り、美沙希は誘拐されたと告げる。さらに「高木と美沙希は誘拐犯に殺され、事件は迷宮入りしてしまう」のだと・・・
ミス・キャンパスの小田美沙希が失踪した。彼女に片思い中だった大学生・高木の前に、ハナと名乗る15歳の少女が現れる。
彼女は語る。自分は60年後の世界からやってきたのだという。もちろんでたらめだと思った高木だったが、彼女が翌日の出来事をピタリと言い当てたことから信じざるを得なくなる。
ハナは60年後の世界で "ある人物" に頼まれ、高木を救うためにやってきたらしい。
彼女によると美沙希は誘拐されており、11月28日に遺体で発見される。さらに、高木もまたその前日の27日に誘拐犯によって殺されてしまうのだという。事件は迷宮入りし、犯人は捕まっていない。
そしてカレンダーでは既に25日。あと2日で事件を解決し、自分が殺されることを防ぎ、美沙希を救出しなければならない。
高木は、未来世界からハナが持ってきた捜査資料(60年後の世界では情報公開されているらしい)をもとに、犯人捜しを始めるのだが・・・
過去に戻って、殺されるはずだった人間を救う。タイムトラベルでは定番のシチュエーションだが、いったい誰に殺されるのか(つまり殺人犯の正体)を探り出す部分がミステリというわけだ。
自分の生死が関わる深刻な話なのだが、トボけた高木とずけずけモノをいうハナのコンビは、さながら漫才のボケとツッコミのようで、この二人の会話が実に楽しい。殺人事件を扱っているのだけど雰囲気はまるっきりコメディだ。
誘拐犯(殺人者)の正体も気になるが、もう一つの謎はハナの出自だ。
本筋とは別に、ストーリーのあちこちに宮本佳菜(みやもと・かな)という女性がちょこちょこ登場する。高木の大学の後輩なのだが、挙動不審な謎キャラだ。
作中におけるハナの言動を読んでいくと、佳菜とハナの間に何らかの関係があると想像はできるのだが、それが何なのか当てるのはちょい難しいかもしれない。
ちなみに、60年後の世界ではタイムトラベルが実用化され、歴史上の事件などを観に行くのが人気らしい(おいおい)。とはいっても、個人が簡単に過去に戻れるようではタイムパラドックスが頻発しそうなものだが。
そして、ハナのタイムトラベルに於いてもパラドックスは発生する。60年前に戻って高木の死を回避できたら、そもそも過去へ戻る理由が消滅してしまうわけだから。
終盤に至ると、誘拐事件の解決とは別に、この "ハナのパラドックス" もストーリーの要素として浮上してくる。
まあ、このあたりをどう辻褄を合わせるのかが作家さんの腕なのだろう。厳密に考えればこの "結末" には首をかしげる人もいるかも知れないけど、コメディですから温かい目で見てあげましょう(笑)。
最後ではハナちゃんの健気さに感激してしまい、思わず涙腺が(ちょっとだけ)緩んでしまった。
私は嫌いじゃないよ。この "決着" のつけ方は。
ベーシックインカムの祈り [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
AI(人工知能)、遺伝子改良、VR(仮想現実)など、日進月歩の科学技術。それらが広く実用化された近未来を舞台に描かれるSFミステリの連作集。
「言の葉(コトノハ)の子ら」
語学留学の一環として保育園で働いているエレナは、子どもたちから大人気。そんな中、年長クラスにいる福嗣(ふくし)くんは行動に粗暴さが目立っていた。
ある日保育士の一人が、福嗣くんが "お絵かきボード" に『ふくくんはなおとさんがきらい』と書いているところを目撃する。園にいる男性保育士の尚登(なおと)を嫌っているのだろうか?
エレナは、ある推測を立てて福嗣くんの母親と話をすることに・・・
「存在しないゼロ」
刑事の高杉は、妻子と友に知人の田尻が営むペンションにやってきた。高杉はそこで、かつて自分が経験した事件について語り出す。
限界集落に引っ越してきた一家3人(夫婦+娘)が、一ヶ月の間豪雪に閉じ込められてしまう。救出されたとき、夫は死亡していた。遺体は右腕を失い、死因は失血死だったが、血痕が少ないことなど不審な点が多々あった。妻は事故死を主張したが警察は殺人の疑いを強めていく。しかし夫の遺書が発見される。
いちばんの謎は、妻と娘は夫の遺体の一部を ”食べて” いたらしいこと。だが家の中には大量の食料が残されていたのだ・・・
「もう一度、君と」
AI開発者の "私" は、ひと仕事終えて現在休職中。妻と共に "全身没入型VR(仮想現実)体験装置" でVRソフトを楽しむ日々を送っている。しかしある日、妻が失踪してしまう。
妻と一緒に観て(”体験” して)いたのは『雪下飴乞幽霊(ゆきのしたあめごいゆうれい)』。鑑賞型VRソフトの人気シリーズ『鎌倉怪談』シリーズの一編だった。
"私" は、このVRソフトの内容に妻が失踪した原因があるのではないかと疑うのだが・・・
「目に見えない愛情」
主人公の敏郎は、盲目の娘・今日子と二人暮らし。技術の進歩によって、"バイオニック・アイ"(人工網膜)の実用化が近づいているらしいが、手術を受けるには数千万円の資金が必要だった。
しかし、アメリカの医療ベンチャーが日本での臨床データをとるための被験者を募集しており、手術料も割安なことを知る。
敏郎は伝手を辿り、今日子を被験者にしてもらうことができた。資金も親類から調達できたのだが・・・
ここまでの4作に共通しているのは「SF」であり「ミステリ」であるということ。
それぞれの作品には2つの "オチ" がある。たとえばある作品は、まずミステリとしての解明があり、それに驚かされる。しかしそのあとに今度はSFとしてのラストが続き、作品全体の様相が一変してしまう。つまり ”驚き” が二度あるわけだ。
4作全部がこういう構成というわけではないが、二つの要素によって、驚きが倍加する仕組みになっていることに変わりはない。
「ベーシックインカムの祈り」
主人公の "私" は女性作家。AIや遺伝子操作、VRなど未来技術を扱った短編を書いている(つまりここまでの4作を書いたのは "私" だという設定だ)。
ある日、大学時代の恩師である教授が訪ねてきた。"私" が卒論の題材に選びながら、短編の題材として扱わなかったテーマ『ベーシックインカム』について、二人の間で議論が始まる。
話はそこから、大学の研究室からの現金盗難事件につながっていく。研究棟の受付、オートロックのドア、金庫の暗証番号と三重の "壁" に阻まれた不可能犯罪。しかも首尾良く盗み出せても、現金を外に持ち出すのは困難だ。
短編集の最後に配置されたこの作品は全体の締めくくりも兼ねているが、いちばんミステリ要素も大きい。
私なんぞは「SFミステリ」というと、1950年代あたりのアイザック・アシモフがまず思い浮かぶ(古すぎるか?)んだが、70年経つとずいぶん様変わりするものだね。
伊勢佐木町探偵ブルース [読書・ミステリ]
評価:★★★
主人公・桂木圭一(かつらぎ・けいいち)は横浜・伊勢佐木町で私立探偵を生業にしている。しかし小料理屋を営む母親が、県警本部長と再婚してしまう。そして、義理の弟となった一ノ瀬脩(いちのせ・しゅう)は伊勢佐木署の刑事だった!
というわけで、義兄弟となったコンビが、反目しながら(笑)伊勢佐木町で起こる事件に立ち向かう連作ミステリ。
「第一話 過ちの報酬」
クラブ『胡蝶』のホステス・高森涼子から、失踪した飼い猫探しを依頼された桂木は、助手の黛真琴(まゆずみ・まこと:ちなみに男性)とともに奔走するが、既に交通事故で死んでいたという情報を入手する。
しかし報告を受けた涼子はクラブを辞めて失踪してしまう。桂木は涼子の足取りを追いながら、彼女の奇妙な行動の意味を探るのだが・・・
IT時代ならではのネタかなあ。便利になりすぎるのも考えものか。世の中には知らない方が良いこともある。
「第二話 尾行の顛末」
今回、桂木が受けた依頼は尾行。相手は上杉雅美(まさみ)という魅力的な "美女" だ。しかし実はれっきとした男性で、女装趣味があったのだ。
"彼女" がイタリア料理店に入ったところで、依頼主である雅美の姉・麗華(れいか)に連絡、"現場" にやってきた姉と弟の間で激しい口論が始まる。
その翌週、悪徳ジャーナリストの半田俊之が殺される。容疑者として上杉雅美が浮上するが、その日の彼は桂木とは別の探偵に尾行されていて、完璧なアリバイを持っていた・・・
このトリックはなかなか巧みで面白い。その補強のためにITが使われているのも、「第一話」に続いて今どきらしい。
「第三話 家出の代償」
家出人の捜索を依頼された桂木。相手は三田園拓也(みたぞの・たくや)、16歳の高校1年生だ。近所に住む母方の祖父・天馬耕一(てんま・こういち)が刺殺され、その日から行方をくらましたのだという。
首尾良く拓也を見つけ出した桂木は、事件の夜のことを聞き出す。祖父の家には行ったが、死体には気づかなかったこと、預けておいた携帯音楽プレイヤーを持ち帰ったこと。しかしその直後、拓也は何者かに襲われてしまう・・・
カセットテープにICプレイヤーと新旧の音楽メディアが出てきて、今回もITの進歩を取り入れたストーリーになっている。
「第四話 酷暑の証明」
依頼者は横浜の高級ホテルを経営する若王子勝信(わかおうじ・かつのぶ)。内容は妻・美幸の浮気調査だ。尾行を始めたした桂木は、彼女が金が入ったと思しき封筒を男に渡しているところを目撃するが、相手を見失ってしまう。
先月には、勝信の母・敏江が熱中症で死亡していた。美幸の行動はそれと関わりがあるのか? 桂木は再度、美幸を尾行するが、その途中で彼女は何者かにナイフで刺されてしまう・・・
冒頭、若王子邸に居候している青年・木田が痔に苦しむシーンがある。しょっぱなからシモネタかぁ、って思ったがこれもしっかり伏線になってるのには畏れ入る。
かたやしがない私立探偵、かたやエリート刑事。水と油のような二人が何の因果か義兄弟となる。時には諍いながらも、最後は協力して事件を解決に導く。
桂木の一人称で語られるので義弟・脩の出番はあまり多くないが、話数を重ねるごとに、お互いの存在を認めあうようになっていく。
ベタな展開ではあるが、ベタ故に安心して読み進めることができるともいえる。ユーモア・ミステリとしてもよくできているし、読んで裏切られることはないエンタメだ。
Another [読書・その他]
主人公・榊原恒一(さかきばら・こういち)は夜見山(よみやま)北中学校3年3組へと転校する。しかしクラスメイトたちは、なぜか一人の女生徒を執拗に無視し続けていた。彼女の名は御崎鳴(みさき・めい)。不思議な存在感をもつ美少女だった。
やがて恒一と鳴は、3年3組に起こる凄惨な事件に巻き込まれていく・・・
1998年4月。父親の海外勤務に伴い、祖父母のいる夜見山市へやってきた榊原恒一。しかし転居早々、肺を患ってしまい、入院することになってしまう。
転校先の夜見山北中学校への登校は退院後、ゴールデンウィーク明けの5月からになった。しかし恒一は転入先の3年3組の雰囲気の異様さに困惑する。
クラスメイトたちは、なぜか女生徒の一人を執拗に無視し続けて("いない者"として扱って)いるのだ。彼女の名は御崎鳴。左目に眼帯をつけた、不思議な存在感をもつ美少女だった。
彼女に惹かれた恒一は、鳴と接触を試みる。口数が少ない彼女ではあったが、次第に会話ができるようになっていく。
そんなとき、クラス委員の桜木ゆかりが事故死する。そしてそれをきっかけに、クラスメイトやその関係者の間で死者が続出し始める。
それは26年前の "ある出来事" がきっかけだった。それ以来、夜見山北中学校3年3組は "死に取り憑かれて" しまった。
何年かごとに、クラスの生徒や親族などの関係者に、死者が大量に発生するという "災厄" がやってくるのだ。クラスメイトたちが鳴を "いない者" として扱っていたのも、これに関わりがあった。
恒一と鳴は、"災厄" の謎を探り始める。"死の連鎖" を食い止める方法を探して・・・
作家・綾辻行人の代表作のひとつで、メディアミックスで話題となったホラー・ミステリ。文庫版の初刊が2011年の秋で、その頃に一度読んでいるはずだから、12年ぶりの再読となる。
なんで再読したのかというと、近々『Another 2001』が文庫化されるとアナウンスされたから(実はこの文章を書いてるのが 2023/6/13 で、この日が発売日だ)。
手元にはスピンオフ的な続編『Another エピソードS』(文庫版)があったのだけど、これを買ったときには『Another 2001』の雑誌連載が始まっていたと記憶してる。
じゃあ『Another 2001』が文庫になったときに一緒に読もうと思って放置しておいたら、連載がなかなか終わらず(それゆえに文庫化もずいぶん後になって)、ここまで来てしまった、というわけだ。
12年ぶりに再読してみて、相変わらず面白いなぁ上手いなぁ、って思った。何より文章が読み易い。とにかくするすると読める。”この内容” をこういうふうに書けるだけで作者は天才だと思う。
その一方で、驚いたのは内容をかなり忘れていたこと。
全体の設定や序盤~中盤のストーリー(文庫で言うと上巻にあたる部分)はかなり覚えてたのだが、下巻に入ってからは、ほとんど記憶にない展開で、初読みたいな感覚を味わったよ。
当然ながらクライマックスの決着も、"オチ" もすっかり忘れていて、もう一度 "驚く" ことができました(おいおい)。
読者としては楽しめて良かったのだけど、自分の記憶力がいかに当てにならないかを痛感して呆然としてしまいました。
道徳の時間 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
ビデオジャーナリスト・伏見祐大(ふしみ・ゆうだい)の住む町内で有名陶芸家が死亡し、現場には殺人をほのめかす落書きが見つかる。
同じ頃、彼のもとに、かつて地元の小学校で起きた殺人事件のドキュメンタリー映画を撮影する依頼が入る。しかしその監督・越智冬菜(おち・ふゆな)は、何かを企んでいるようだ・・・
第61回(2015年)江戸川乱歩賞受賞作。
近畿の地方都市、鳴川市では不審な事件が続いていた。最初は単なる悪戯かと思われたが次第にエスカレートしていった。
まず小学校で買っていたウサギが殺され、現場には『生物の時間を始めます』という落書きが。続いて公園の鉄棒に細工されて女児が怪我をし、そこには『体育の時間を始めます』という落書きが。
そして市内に住む陶芸家・青柳南房(あおやぎ・なんぼう)の服毒死体が自宅で発見され、そこには『道徳の時間を始めます』という落書きが残されていた。
主人公・伏見祐大はビデオジャーナリスト。取材内容の撮影・編集・ナレーションなどの全行程を一人で行い、映像作品として発表するのを生業としていた。
しかし仕事でドジを踏んでしまい、鳴川市に帰郷して妻・朋子と小学生の息子・友希(ともき)と一緒に暮らしていた。
そんなとき、伏見に仕事の依頼が入る。それは地元の鳴川第二小学校で過去に起こった殺人事件に関するものだった。
13年前の9月、小学校で開かれていた講演会で、講師の正木昌太郎(まさき・しょうたろう)が殺されるという事件が起こった。
講演中、聴衆の一人であった向晴人(むかい・はると)が立ち上がって正木のもとへ歩み寄り、二人の体が接触した。
その直後、駆けつけた教員・宮本由起夫によって向は引き離されたが、既に正木の胸にはナイフが突き立っていた・・・
向は裁判では黙秘を貫き、懲役15年の刑が確定した。
彼が裁判で語った唯一の証言は『これは道徳の問題なのです』の一言だった。
刑に服していた向は、近々仮釈放になるという。それに合わせて、事件のドキュメンタリー映画が企画され、伏見はそのスタッフの一員として撮影を任された。監督は新人である越智冬菜が務める。
しかし、制作が進行していくにつれて、伏見は疑問を抱き始める。
当時小学生で、事件の現場に居合わせた人々へのインタビューにおいて、彼ら彼女らに対する発問の仕方、そして引き出そうとする回答を見ていると、そこに監督である越智の、かなり偏った方向性を感じたのだ。
彼女は「向は犯人ではない」「真犯人は宮本である」という主張を映画に込め、観客の意識をそちらへ誘導しようとしているのではないか・・・?
作中でも語られているが、ドキュメンタリーや報道というものは、情報の取捨選択や編集によって、いろんなメッセージを込めることが可能だ。製作側に既に ”ストーリー” ができあがっていて、それに沿った ”作品” になっていることも多い。そういう意味では純粋な事実の伝達だけに止まらず、「創作物」になっているといえる。
つまり私たちが日々、さまざまなメディアから受け取る ”情報” は、みな程度の差はあれ「創作」(制作者側の意図)が含まれているということだ。
それが良いか悪いかということではなく、ドキュメンタリーや報道とは「そういうもの」なのだ。これは本作のテーマのひとつでもある。
ドキュメンタリー制作の一方で、伏見は青柳南房の服毒死事件で警察が友希をマークしているらしいことを知る。現場に残された落書きは、子どもでなくては入れない場所に書いてあったのだという・・・
伏見は公私ともに『道徳の時間』という言葉がキーワードの事件に巻き込まれていく。
服毒死事件も講師刺殺事件も、どちらもストーリーの進行とともに登場人物の "隠された顔" が次第に明らかになり、事件の様相が大きく変わっていく。
とくに、刺殺事件における正木・宮本・向の過去のつながり、そして暴かれていく事実はかなり意外なもの。
そして、全編にわたって伏見と対立することになる越智だが、彼女自身が本作に於ける最大の ”謎” だ。彼女の人物造形が本作の成功要因だろう。
物語の最後に至り、彼女の "真意"、というか映画制作の "本当の目的"。それが明かされ、彼女の "抱えていたもの" を知ったとき、言葉を失ってしまう人は少なくないのではないか。
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