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よっつ屋根の下 [読書・恋愛小説]



よっつ屋根の下 (光文社文庫)

よっつ屋根の下 (光文社文庫)

  • 作者: 梢, 大崎
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/12/07
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆

 父・平山滋、母・華菜(かな)、息子・史彰(ふみあき)、娘・麻莉香。
 この一家4人の10年間を綴る物語。

「海に吠える」
 小学6年生の史彰は、父・滋の転勤に伴って千葉県の犬吠埼近くの漁師町に引っ越してきた。しかし、母親の華菜は滋との同行を拒み、9歳の妹・麻莉香とともに東京に残っていた。
 医師である滋は銚子の病院に勤務することになり、史彰もまた徐々に田舎の暮らしに慣れ、友人もできてきた。しかしそんなとき、滋についての悪い噂が広まっていることを史彰は知る。
 それは事実とは異なっていたが、噂の出処がいちばん仲良くしていた友人だと聞かされ、ショックを受けるのだった・・・

「君は青い花」
 千葉へ引っ越して5年後。東京へ出てきた滋は、ホテルのバーラウンジで突然、倉科という男から暴言を吐かれる。彼はかつて、華菜と結婚することを望んでいた男だった。そこから、妻との出会いを回想する滋。
 21年前、医学部の6年だった滋は恩師の喜寿を祝うパーティーで22歳の華菜と出会い、たちまち魅了されてしまう。製薬会社の重役を父にもち、”深窓の令嬢” というのを絵に描いたような美女だった。
 倉科をはじめ、華菜の歓心を買おうとする男は少なくなかったが、なぜか彼女は滋を選び、交際が始まった。
 北関東の公務員の息子として生まれ、地方の国立大の医学部に奨学金をもらいながら通っていた滋。
 およそ彼女とは釣り合わないであろう男を、なぜ彼女は選んだのか・・・

「川と小石」
 「君はー」と同じく、別居から5年後の華菜が描かれる。
 学生時代の友人と会った華菜は、自分が少女だった頃を回想する。
 友人と別れた華菜は祖父母の菩提寺を訪れ、祖母と親しかった住職の奥さんから、祖父母のこと、両親のこと、そして自分の結婚を巡って家族内で起こっていたことを聞く。
 そして華菜は、初めて滋の実家を訪れた日のことに思いを馳せる・・・
 前章の「君はー」と、この「川とー」は、実は対になる話になっている。どうつながるかはナイショだが(笑)。

「寄り道タペストリー」
 母と共に東京に残った日から8年後。麻莉香は私立の女子高で2年生になった。母譲りの美貌でたびたび芸能界からのスカウトを受けるが、穏和な性格もあって全て断り、手芸部でタペストリー作りに勤しむ日々。
 そんなとき、クラスメイトの野村から意外なものを見せられる。隣のクラスでバスケット部の仁科翼が、渋谷のクラブで撮られた写真だ。そこは高校生入場不可の場所だった。これが学校に知れたら、最悪の場合は退学処分もあり得る。
 翼は麻莉香にとって親友以上、”憧れの存在” でもあった。麻莉香は野村とともに翼を説得しようとするのだが・・・
 麻莉香が翼に向ける感情は、同性愛とまでは言わないが、女子校には女性同士の ”疑似恋愛” 的なものがあると聞くので、それに近いものなのだろう。
 本書はミステリではないけど、この章はいちばんミステリっぽい。写真を撮ったのは誰か。そしてそれを生徒間に流布させた目的は何か。
 ”探偵役” となって推理を巡らし、真相にたどりつく野村さんなのだが、実は彼女にもある ”秘密” があった。

「ひとつ空の下」
 滋たちが銚子へ移ってから10年。未だ別居は続いていたが、家族それぞれが新しい生活に入っていた。
 滋はあい変わらず銚子の病院で働き、史彰は千葉の大学で院への進学を控え、麻莉香もまた北海道で大学生になり、華菜は東京暮らしを続けている。
 その麻莉香から連絡が入る。祖母が胃の手術をするのだという。慌てて東京へ帰ってきた史彰に、麻莉香は語る。最近、母の様子がおかしいのだという・・・

 上にも書いたように、本書はミステリではないが、要所要所に ”伏線” が仕込んであって、あとあとの物語でそれが効いてくる。

 夫婦が別居に至った理由は物語の冒頭で明かされている。滋は自分の正義を貫いた結果だったのだが、いくら理屈が正しくとも、感情がそれを受け入れないこともある。
 愛し合いながらも、互いに譲れないものがあったがゆえの別居。しかし時が経つにつれて相手の心情を理解できるようになっていく。

 本書はその過程を丁寧に追っていき、
最終話「ひとつ空の下」で4人が選んだ(というか、自然とそういう形に辿り着いた) ”家族の形” を示して終わる。
 これもまた、現代での家族のありようのひとつではあるだろう。


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超動く家にて [読書・SF]



超動く家にて (創元SF文庫 み 2-3)

超動く家にて (創元SF文庫 み 2-3)

  • 作者: 宮内 悠介
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/04/12
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆

 16篇収録の短篇集。
 統一的なテーマはなく、内容もバラエティに富んでいる。


「トランジスタ技術の圧縮」
 かつて『トランジスタ技術』という雑誌があったのは知っている。買ったことはないけど、かつて『ASCII』を購読していた経験から、この手の雑誌にはやたら広告ページが多かったのは想像がつく。
 表題はこの『トラ技』から広告ページを切り取り記事ページだけに再編する、という架空の競技を指す。時間と仕上がりの綺麗さを競うわけだ。
 登場するのはかつてのチャンピオン、そしてそれを打ち破った元弟子。
 主人公はかつてのチャンピオンに弟子入りし、新たなチャンピオンを目指して元弟子と対決することになる。
 シチュエーションは少年ジャンプのバトルものを彷彿させ、対戦シーンでは『包丁人味平』を思いだしてしまったよ。

「文学部のこと」
 この世界の文学とは、発酵食品のようなもの(えーっ)らしいです。

「アニマとエーファ」
 物語を語る能力を与えられた人形・アニマと、人間の少女エーファが、祖国の内戦に巻き込まれていく話。

「今日泥棒」
 小松左京に『明日泥棒』って作品があったが、それとは関係ないみたい。

「エターナル・レガシー」
 主人公の前に現れた男は名乗る。「俺はZ80だ」
 MSXの妖精のようなもの、らしい。といってもZ80やMSXを知ってる人はもう少ないだろうなぁ。私だってよく知らないし(おいおい)。

「超動く家にて」
 密室殺人を扱ったSFミステリなんだけど、これは立派なバカミスだ。

「夜間飛行」
 夜間の偵察飛行しているパイロットが、ナビを務めるアシスタント・インテリジェンスと会話を交わしている・・・のだが。

「弥生の鯨」
 海女さんが海に潜ってメタンハイドレートを採ってくる・・・というイメージが斬新。そんな孤島での、少年と少女の物語。

「法則」
 ”ノックスの十戒”(ミステリにおける「べからず集」)が万物を統べる世界の物語。

「ゲーマーズ・ゴースト」
 駆け落ちした男女を含む4人が乗り込んだ車を、黒塗りのライトバンが追ってくる話。ミステリのようでSF。

「犬か猫か?」
 最後に掲げられた参考文献がオチになっていて、ちょっとびっくり。

「スモーク・オン・ザ・ウォーター」
 隕石が降った翌日、末期癌で寝たきりだった父が失踪してしまう・・・
アンソロジーで読んだことがある作品。

「エラリー・クイーン数」
 wikipediaの記事形式をそっくりなぞってるのが面白い。

「かぎ括弧のようなもの」
 ”「” と ”〈” はどう違うのでしょうか。やっぱり違うんでしょうね・・・

「クローム再襲撃」
 『クローム襲撃』+『パン屋再襲撃』。
 ウィリアム・ギブスンも村上春樹も私とは合わないようです。

「星間野球」
 宇宙ステーションで、地球への帰還権を書けて野球盤で対決する男2人。
 ”消える魔球” が懐かしい。

 この中でベスト3を選ぶとしたら「トランジスター」「アニマとー」「スモークー」かなぁ。


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大日本帝国の銀河 (全5巻) [読書・SF]



大日本帝国の銀河1 (ハヤカワ文庫JA)

大日本帝国の銀河1 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 林 譲治
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2021/01/07
大日本帝国の銀河 2 (ハヤカワ文庫JA)

大日本帝国の銀河 2 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 林 譲治
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2021/04/14
大日本帝国の銀河 3 (ハヤカワ文庫JA)

大日本帝国の銀河 3 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 林 譲治
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2021/07/14
大日本帝国の銀河 4 (ハヤカワ文庫JA)

大日本帝国の銀河 4 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 林 譲治
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2021/10/19
大日本帝国の銀河 5 (ハヤカワ文庫JA)

大日本帝国の銀河 5 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 林 譲治
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2022/01/25


評価:★★★☆

 物語の始まりは1940年(昭和15年)6月。
 ヨーロッパでは39年にドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦に突入、東アジアでは日華事変が深刻さを増している。太平洋戦争が始まる41年12月まであと1年半という時期だ。

 この時代に、地球外文明との接触が起こっていたら・・・というわけで、キャッチフレーズは「架空戦記+ファースト・コンタクト」。
 文庫で全5巻という大部である。

  近未来や遠未来でのファースト・コンタクト作品は枚挙に暇が無いが、20世紀前半以前の時代を扱ったのは珍しいのではないかな。
 何よりこの時代の人間には ”異星人” という概念が乏しい、というかほとんどない。H・G・ウェルズの『宇宙戦争』は発表されていたが世界中の人間が ”火星人” を知っていたわけではないだろうし。
 ましてや、太陽系外、恒星間を渡ってやってくる地球外文明なんてのは想像すらしたことがない。それくらいの認識のギャップに基づく混乱が、物語の序盤では描かれていく。


 昭和15年(1940年)6月、京都帝國大学の教授・秋津俊雄は、和歌山県の潮岬で電波天文台の建設に取り組んでいた。そこに現れたのは、中学で同級生だった武園(たけぞの)義徳海軍中佐。
 彼の招きで横浜へやってきた秋津は、そこで「火星太郎」と名乗る不思議な人物と対面する。

  火星太郎は1か月前に、四発の爆撃機に乗って横浜の飛行場に現れたのだという。それは見るからに日本海軍の爆撃機に見えるのだが、技術的には遙かに進んだエンジン・制御系を持ち、機体は1940年当時の地球には存在しない未知の素材、未知の製法で作られていた。

 乗員はわずか2名。そのうち一人は射殺され、生き残ったのが火星太郎だ。
 死んだ乗員は解剖され、その結果判明したのは、外見こそ人間だが臓器の種類・配置が異なり、しかも明らかに人工の機械と思われる物体が埋め込まれていた。
 武園は言う。「奴はおそらく人間じゃない」

 「火星から来た」といっていた火星太郎だが、秋津との会話で矛盾点を指摘された彼は ”オリオン太郎” と名乗りを改める。オリオン座の方から来た、という意味だという。「消防署の方から来た」と同じ意味合いだね(笑)。
 その後、彼らは自分たちのことを ”オリオン集団” と自称するようになる。

 オリオン集団は日本と同様に、四発の爆撃機でイギリス、ドイツ、ロシアにも使者を送っていたことが判明するが、乗員はみな着陸時に射殺されてしまい、生き残ったのはオリオン太郎のみだった。

 そのオリオン太郎は、日本政府に対して国内に大使館を開設することを要求するが・・・ 


 というわけで、異星人との接触が否応なく人類社会を変えていくさまが描かれていく。もちろん、変革に抵抗する者もいるし、オリオン集団を追い払おうとする動きも出てくる。
 しかしながら、異星人はそれらの抵抗を鎧袖一触、ことごとく撥ねのけていく。何せ恒星間航行を実現している連中だからね。科学技術でも数百年~千年単位の差がありそうだ。

 日本も例外ではなく、この大使館開設要求に対応するため、軍部を抑える強力な政治力が必要とされた。その動きは最終的に憲法(大日本帝国憲法)改正にまで及んでいく。

 そういう人類社会の変化と並行して、オリオン集団の謎も描かれる。

 いちばん大きな謎は、彼らの目的は何なのか? だ。
 地球を植民地にするつもりはないと彼らは再三語る。資源なら宇宙に充分あるから。

 では人類を導くためか?
 実際、オリオン集団の介入によって国家間の軍事衝突は回避されていく。しかしそれが最終目的ではないようだ。

 では人類社会の変革のためか?
 オリオン集団は当初、科学者や軍人など彼らに接触してきた人間の中から選抜して人類との仲介役にしていたが、後には自分たちで独自に選抜を行い始める。
 人類を知的能力で9段階に分け、その中の最高レベルの者を対象に彼らの施設で教育を施す。それは国家や民族、出自や門閥、性別など一切関係ない。
 当時の世界は、未だ封建制度が色濃く残っている。日本なんて女性参政権すら認められていない。そんな時代にあって、平民や女性がどんどんオリオン集団に ”登用” されていく。そしてそれに我慢できない旧態依然とした者たちとの軋轢も生じていく。

 全5巻の物語のうち、前半のメインキャラはほとんど男性ばかりなのだけど、後半になると女性のメインキャラが複数登場してくる。それも、このオリオン集団による ”人材活用” によるものだ。
 しかしこれもまた、彼らの最終目的達成のための手段に過ぎないことがわかっていく。

 1巻から4巻までは、オリオン集団と人類との接触によって生じた様々な変化を描く。既存の権威は失墜し、アジアなどの植民地では民族運動が高まり、一方ではオリオン集団から与えられた技術で全地球的に急速な工業化が進んでいく。

 そして5巻に至り、物語は急展開を迎える。
 舞台は地球を離れ、太陽系内に広がる。オリオン集団の最終目的も、彼らの生物としての ”実体” も明らかになっていく。
 そして、彼らと ”対等の立場” に立とうとする、人類の ”最後の抵抗” も。


 なにぶん長大な物語で、登場するキャラも多く、部分部分でスポットが当たる人物が異なるので誰が主人公とは言えないのだけど、私の一押しのお気に入りは古田暁子さん。

 中盤で、メインキャラの1人である古田岳史陸軍中佐の奥方として登場する。第一印象は「いかにも軍人の妻らしい、凜とした女性」。しかし彼女の運命は大きく変転する。オリオン集団による ”登用” に指名されたからだ。

 しかし彼女の優れた才覚をよく知る岳史は、反対するどころか快く送り出す。その度量の大きさが素晴らしいし、離れてしまっても常に夫を思いやっている暁子さんの愛情もまた素晴らしい。この2人のラブラブぶりも読みどころの一つだろう。そしてまたこの2人は、終盤の展開のキーパーソンでもある。

 「架空戦記」を期待して読み始めると、いささかアテが外れるかな。なにせ上にも書いたが人類とオリオン集団の科学技術の差があまりにもありすぎて、勝負にならないので。
 それよりも、ファースト・コンタクトと、それに伴う人類社会の変貌のシミュレーションとして楽しむのが正解だろうと思う。



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 [読書・ミステリ]


罠 (角川文庫)

罠 (角川文庫)

  • 作者: 深木 章子
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/01/22
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆

 舞台となるのはP県槻津(きづ)市。ここを舞台に起こる事件の数々と、その裏で暗躍する ”便利屋” なる正体不明の男を描いた連作短篇集。

 ”便利屋” とは、いわゆる ”何でも屋” なのだが、依頼されれば何でもやる。それも「アリバイ確保・物品投棄」など非合法なことも請け負う。要するに、金さえ払ってくれれば、事後従犯として犯罪の片棒を担いでくれるというのだ。
 さまざまな窮地に陥った者が、犯罪行為を以てそこから逃れようとするとき、便利屋はその ”背中を押してくれる” というわけだ。

「第一話 便利屋」
 市会議員・権田滋の息子・透が誘拐された。犯人からの要求は5000万円。
 権田は警察に知らせず、秘書の木戸に命じて事務所にある現金5000万円を持ってこさせるが、途中で木戸が襲われ、現金を奪われてしまう。
 その金は権田が賄賂で手に入れた、”表に出せない金” だった・・・

「第二話 動かぬ証拠」
 会社社長・綱島圭介のもとに、匿名の手紙が届く。彼の妻・麻利絵が浮気していると。相手は異母弟・昭彦と睨んだ圭介は、弁護士・藤代(ふじしろ)に相談、浮気の証拠を押さえるために、出張と称して家を空けた。
 しかしその昭彦が自宅で殺されてしまう・・・

「第三話 死体が入用(いりよう)」
 中堅商社の部長・奥田は追い詰められていた。背任や横領などの罪を重ね、発覚は時間の問題だ。彼は便利屋を呼び出し、自分の身代わりとなる死体を用意するよう依頼するが・・・

「第四話 悪花繚乱」
 片倉繭子はカリスマ美容師兼教育評論家だ。その放蕩息子・憲太は「人を殺してしまった」と母親に泣きついてきた。繭子は弁護士・藤代に相談するが・・・

「第五話 替え玉」
 私立向徳院高校の理事長・丸川は、自校の優秀な生徒を使って替え玉受験を行った過去がある。懇意の理事の息子を希望の大学に押し込んだのだ。
 そして今年、丸川は自分の息子を大学に入れるため、再び替え玉受験を画策していたのだが・・・

「第六話 旅は道連れ」
 老舗ゴルフ場の社長・鷲尾は借金取りから逃れるためにある秘策を思いつき、便利屋を呼び寄せる。彼への依頼は、鷲尾になりすまして妻・里加子とともに東北へのツアー旅行に参加すること。
 しかしそのツアーの2日目の朝、十和田湖に水死体が浮かぶ。里加子はその死体を夫だと証言するが・・・

「第七話 飛んで火に入る」
  3年前、槻津信用金庫の理事長・加地は、不正の内部告発を目論んでいた部長・五十田(いそだ)を食中毒を装って殺害した。その片棒を担いだ宴会場社長・飯山は、裏で暴力団ともつながりを持っていた。
 しかし加地のもとへ、3年前の殺人を告発する脅迫状が届く・・・

 本書の舞台となっているP県槻津市は、不正腐敗が蔓延し、警察の上層部もそれらと癒着していて、町全体が背徳の色に染まっている。
 その街で、犯罪者に手を貸す便利屋とは何者なのか。

 連作短篇の形式なのだけど、もちろん個々の短篇はミステリとしてしっかり出来上がっている。その一方、複数の作品に登場する人物もいて、第一話~第七話まで物語は緩やかにつながっている。

 中でもP県警捜査一課の警部補・都築は要所要所で顔を出す、ほぼレギュラーといっていいキャラクター。彼はいわゆる悪徳警官で、事件を利用して私腹を肥やそうと企む役回りなのだが、それにはどうにも便利屋が邪魔になり、その正体に迫ろうとするわけだ。
 後半になると警官を辞して私立探偵となるが、やっていることは基本的に変わらない。というか、官憲でなくなったぶん、より自分の欲に忠実になって行動がエスカレートしていく。
 この都築と便利屋の ”追いかけっこ” も本書の読みどころだろう。

 そして「第八話 狼たちの挽歌」に至り、便利屋の正体、そしてそれまでの七話分の背後に隠された ”企み” が明かされることになる。

 とにかく、各話の登場人物がほとんど悪人・悪党ばかり。それがお互いに欺し、欺されていく話が延々と続く。
 ミステリとしての切れ味は抜群なんだが、時々、誰が誰をどのように欺しているのか混乱するときもあった。
 それくらい技巧を凝らしてあるんだろうけど、私のアタマの処理能力をいささか超えてますね(笑)、これは。



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ミステリー・アリーナ [読書・ミステリ]


ミステリー・アリーナ (講談社文庫)

ミステリー・アリーナ (講談社文庫)

  • 作者: 深水黎一郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/06/14

評価:★★★★

 タイトルの「ミステリー・アリーナ(推理闘技場)」とは、国民的な人気番組のこと。紅白歌合戦に代わって毎年大晦日に放送されている。
 時代は21世紀中葉の頃と設定されている。その頃にTVが今のままであることは考えにくいんだが、そのへんは本筋ではないよね。

 出題される問題(殺人事件)の真相を当てる競技で、挑戦者は厳しい予選を突破した本格ミステリオタクばかり14人という ”濃い” メンバー。
 高額な賞金が設定され、しかも解答者がここのところ出てないこともあって、それがキャリーオーバーになり、今年の優勝賞金は膨大なものになっていた。

 TV番組でのミステリ・クイズなので、問題篇はドラマ形式で提示されるものかと思いきや、なんとテキストのみ。序盤こそ朗読が入るものの、途中からはディスプレイに表示される文章を挑戦者が読んでいくことになる。
 これには意味がある。テキスト形式での提示によって、映像化できないトリック(例えば叙述トリックとか)もOKになるので、より難問と化す。言い換えれば解答の自由度が増すことになるわけだ。

 今年の問題は ”嵐の山荘”。そこに集まった男女の間で殺人事件が起こり、その犯人を当てなければならない。もちろん当てずっぽうではダメで、犯人指摘にいたる論理の筋道、場合によっては使われたトリックの解明もしなければ解答とは認められない。
 挑戦者は真相を喝破したと思ったら、問題篇の途中でもボタンを押して解答することができる。

 そしていよいよ競技開始。けっこう冒頭からポンポン解答が出てくる。何せ、真相が分かっても、同じ内容を先に解答した者がいればそちらが優勝になってしまうからね。
 しかし解答する権利は1回のみなので、自分の推理を述べた後(他の解答者はそれを聞くことができる)は、別室に連れて行かれてそこで待機することになる。

 ・・・という形式で進行していく。
 挑戦者たちの開陳する推理はそれぞれ。直感的なもの、かなり考えられているもの、反則技ぎりぎりなもの、「いくらなんでもそれはないだろう」な珍説まで様々。とはいっても、そのバラエティに富んだ解答の数々は特筆に値するだろう。

 しかし、解答した後の問題篇の展開の中で、新しい事実や証拠が出たりして、それまでの推理が否定されたり、場合によってはいったん否定されたものが復活したりと、なかなか真相に至る道は紆余曲折を辿る。

 司会者は男女2人組で、特にメインMC(男性)のほうはかなりエキセントリックなキャラで、ミステリにも一家言ある。彼と ”歴戦のミステリヲタ” が繰り広げる凄まじい舌戦は本書の読みどころだろう。

 挑戦者は14人だが、文庫版裏表紙の惹句には ”(解決は)何と15通り!” って書いてある。そのあたりは読んでもらうとして、なかなか意表を突いた結末へと読者を運んでくれる。

 多重解決の極限に挑んだ力作(怪作?)なのは間違いない。ミステリ初心者でもそれなりに楽しめるけど、ミステリをたくさん読んできた人には ”ご褒美” 的な作品になってると思う。



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恋と禁忌の述語論理 [読書・ミステリ]


恋と禁忌の述語論理 (講談社文庫)

恋と禁忌の述語論理 (講談社文庫)

  • 作者: 井上真偽
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/12/14

評価:★★★☆

 大学生・森帖詠彦(もりじょう・えいひこ)が遭遇した事件は、みな ”名探偵たち” によって解決した。
 しかし、詠彦の叔母で天才論理学者・硯(すずり)さんの手にかかると、それらはことごとくひっくり返されていってしまう・・・という連作短篇集。

「レッスンI スターアニスと命題論理」
 大学の友人に誘われ、ある女子大のOG会に参加した詠彦。アジアンカフェで行われたその食事会の席で、参加者の一人が嘔吐して倒れ、死亡する。
 検出された毒物はアニサチン。日本国内で自生している「しきみ」の実に含まれる毒物だが、外見が東南アジア料理のスパイスとして使われるスターアニス(別名「トウシキミ」「八角」)によく似ていて、過去には誤食による中毒事件も起こっていた。
 毒物の混入は意図的なものなのか、過失による事故だったのか。花屋の店長にして名探偵、藍前(あいぜん)あやめさんの推理は。

「レッスンII クロスノットと述語論理」
 大学の先輩・中尊寺と共に大阪にやってきた詠彦は、雑居ビルの1階トイレで絞殺死体が発見された事件に遭遇する。犯行時間帯は昼間で、多くの人間が出入りしていた。多すぎる容疑者を前に中尊寺の推理が犯人を指摘する。

「レッスンIII トリプレッツと様相論理」
 雪に閉ざされた洋館の離れで他殺死体が発見される。離れと本館の間には、往復の足跡が一組だけ残っていた。屋敷に住まう双子の犯行かと思われたが、どちらを犯人と仮定しても矛盾が生じてしまう。
 シリーズ探偵・上苙丞(うえおろ・じょう)ほか、レギュラーメンバーが登場して場を盛り上げる(笑)。

 この3つの事件に居合わせた詠彦は、3人の名探偵の推理を硯さんに話す。硯さんは「数理論理学」なるツールを繰り出してその解決を検証しはじめる。
 数学の一種らしいのだが、正直なところよくわからん(笑)。事実関係を論理記号を使って組み合わせて解いていく様子は、さながら計算問題の過程を記述していくようである。実際、硯さんが紙に書いた ”計算過程” が挿入されているんだけど、これもよく分からない(笑)。

 最初の推理が後になって否定される、いわゆる多重解決もの。その否定の根拠として「数理論理学」を持ち出されてくる。
 だけど読み終わって考えてみると、べつに論理学云々を持ち出さなくても、証拠の解釈を変えたり、トリックを追加することで別の解決は導き出せる。
 でもまあ、本格ミステリに論理学を導入して、それを硯さんに延々と講釈させる。「とにかく論理学でミステリを語りたい」という謎の情熱(?)が作者をここまで突き動かしてるのだろうと思われる。その計り知れない労力には敬意を表すべきだろう。

「進級試験 恋と禁忌の・・・?」
 連作ミステリの常として、最後に置かれたこの一篇によってそれまでの3つの短篇がつながり、その裏に隠れていた別の面が明らかになっていく。この流れはなかなか鮮やか。

 硯さんの正体が今ひとつ不明なのだが、いつか続編が出てわかるのかな?



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フェイス・ゼロ [読書・SF]


フェイス・ゼロ (竹書房文庫 や 8-1)

フェイス・ゼロ (竹書房文庫 や 8-1)

  • 出版社/メーカー: 竹書房
  • 発売日: 2021/06/18
  • メディア: 文庫

評価:★★☆

 本書は雑誌発表された後、短篇集に収録されなかった作品を集めたもの。総数90篇あまり(こんなに未収録のものがあるのもスゴいが)の中から13篇を収録している。ちなみに長編も5作くらい本になっていないとか。

 さて、本書は二部構成になっている。

○SIDE A 恐怖と幻想
「溺れた金魚」
「夢はやぶれて(あるリストラの記録より)」
「トワイライト・ジャズ・バンド」
「逃げようとして」
「エスケープ フロム ア クラスルーム」
「TEN SECONDS」

 どれも文庫で20ページ弱の分量。内容は「恐怖と幻想」のとおり、幻想的なホラー小説というところ。
 ただ私はこの手の話はあんまり好きじゃないので、どうしても評価は辛め。

○SIDE B 科学と冒険
「わが病、癒えることなく」
「一匹の奇妙な獣」
「冒険狂時代」
「メタロジカル・バーガー」
「フェイス・ゼロ」
「火星のコッペリア」
「魔神ガロン 神に見捨てられた夜」

 こちらはSF寄りの作品集になっている。

「わが病-」「一匹のー」はどちらも長編になりそうな素材をあえて短篇に凝視したような印象。

「冒険狂-」だけ1978年の作品。この頃はいろんな作家さんがこんな感じのSF短篇をたくさん書いていたような記憶が。

「メタロジカルー」何でもマニュアル化されている時代だが、それが究極まで進んだら・・・という話。

「フェイスー」表題作だけあって、本書の中ではいちばんいい。ロボット工学者が、文楽遣いの人間国宝から依頼されて作った ”無表情の表情” の頭。それを巡って殺人事件が起こるSFミステリ。最新工学と伝統芸能を組み合わせる、こういう発想ができるのがスゴい。

「火星ー」火星から地球へ帰還途中の宇宙船内でのサスペンス劇。

「魔神ガロンー」手塚治虫が書いた作品を小説化するという企画の一篇。とはいっても原作のマンガを読んでないので何とも評価ができないのだが、小説の方はしっかり山田正紀印のSFになってる。

 山田正紀は1974年に24歳でデビューしてるから、今年で作家生活48年、72歳ということになる。いまでも作品発表があるから、まだまだ現役で頑張ってるわけだ。

 この人は「長編型」というイメージがあったのだけど、巻末の解説を読んでやっぱり、となった。デビュー以来、刊行された著作が約180冊、そのうち130冊が長編なのだという。

 今回、短篇集を読んでみて思ったけど、やっぱりこの人は長編がいいなぁ。SFでもミステリでもスケールの大きな、そして面白さ抜群の作品を読ませてくれる。
 絶版になったりして読み逃してるのがけっこうあるので、ぜひ再刊してほしいなぁ。


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『宇宙戦艦ヤマト2205 新たなる旅立ち 後章 -STASHA-』副音声コメンタリー上映 [アニメーション]



 2月11日(金)の上映より、映画館内で副音声コメンタリーが聞けるというので、さっそくやってみました。その経緯について書きます。

 とりあえず、公式サイトに載ってる手順に則って進めてみました。

■事前準備

▼STEP1
スマートフォンアプリ「HELLO! MOVIE」をダウンロードしてインストール。

 これは全く問題なし。

▼STEP2
アプリを起動し、【音声ガイド 映画リスト】より
〈【コメンタリー版】宇宙戦艦ヤマト2205 新たなる旅立ち 後章 -STASHA-〉を選択してダウンロード。

 アプリを起動して映画リストを表示させると、ヤマトは1ページ目に表示されるので、ここから音声データをダウンロード。ちなみにこのリストは公開日順(新しいものが上に来る)に並んでるみたいです。
 私のスマホは5Gじゃないけど、ダウンロードはサクサクすすんであっという間に完了。

 ここまでを、映画を見に行く前の晩(11日の夜)に済ませておきました。

 だけど、ここで「はて?」って疑問が。
 映画館の中ではスマホの電源は切りますよねぇ・・・。最近はCOCOA対応のためにマナーモードが推奨されてるみたいですけど。
 この「HELLO! MOVIE」を利用するときは、当然ながら通常モードではダメですよね。着信があったら音がしちゃうし。イアホンつけてたらコメンタリー中に着信音が混じるのかな? とか悩んでしまったので、Google先生に聞くことに。
 その結果、分かりました! 「HELLO! MOVIE」を利用するときは「機内モード」にするのだそうで。つまり電波の発信受信をしないモードですね。
 公式サイトでも、これくらいは書いておいた方が親切だと思うんですが・・・

 さらにまたもう一つ疑問が。じゃあ、「HELLO! MOVIE」はどうやって画面とコメンタリーを同期させるのだろう?
 でもこれはすぐに分かりました。このアプリはスマホのマイクから外部の音(映画の音)を拾って、それを使って同期しているんですって。だから使用中はマイクを塞がないように、って注意事項が書いてありました。
 いやはや、スゴいですもんねぇ~。

 というわけで、疑問点はみな氷解したので翌日(12日)の上映に臨むことに。

■いざ劇場へ

▼STEP3
劇場に下記をご持参ください。
①「HELLO! MOVIE」を事前にインストールしたスマートフォンやタブレット端末
② イヤフォンもしくはヘッドフォン

▼STEP4
上映前にアプリを起動し、イヤフォンもしくはヘッドフォンでオーディオコメンタリーを鑑賞ください。

 映画館の席についてからアプリを起動すると、ガイド音声が流れます。これを聞いて音量の調節をする、って流れですね。
 この音声ガイドは予告編の上映中はずっと流れてます。しかも同じものを何回も繰り返して。ずっと聞いてるとけっこう鬱陶しいです(笑)。
 ところが、横に座っていたかみさんが「音が漏れてるわよ」って言うもんだから、心持ち小さめに設定したんですが、これが後で問題に(苦笑)。

 あらすじ「これまでの宇宙戦艦ヤマト」が始まると、ガイド音声がぱったり止まるのは流石ですね。そして「SHOCHIKU」マークの富士山が出ると、コメンタリーが始まります。

 そして本編の開始。
 ご覧になった方は知ってると思いますが、後章の冒頭は激しい戦闘シーンなので、当然ながら映画館の中で大音響が轟きます。しかも、我々の席は前から4列目でしたからそりゃもう・・・。
 すると、コメンタリーの音量が小さいと聞こえないんですよ。途中からちょっと音量を上げたんですが、冒頭部の桑島法子さんの声を聴くことができませんでした(泣)。

 そして、大きな音の時にもコメンタリーが聞こえるように音量を上げると、今度は本編の音が聞こえません(コメンタリーの音声データには本編の音は入ってません)。
 まあ、副音声を聞こうという人は、本編を複数回観てる人ばかりでしょうから問題ないと思いますが、BDに収録されてる、”いい案配” で音量が調整されてるコメンタリーのようにはいかないことは知っておく方がいいかと。

 そんなこんなで、映画に合わせて、かつ周囲に気を遣って音量を上下したりしていたら、肝心のコメンタリーの内容があんまり耳に入ってきませんでした(泣)。私のアタマはマルチタスクには対応してないみたいです・・・
 いや、いくつかの内容は憶えてるんですけどね。90分まるまる聞いたはずなのに、長さの割に頭の中にあんまり残ってないんですよ(とほほ)。

 かみさんによると、彼女の後ろに座ってた人もコメンタリーを利用してたみたいで「音漏れが聞こえた」って言ってました。

■終わりに

 周囲に気兼ねなく副音声コメンタリーを利用するには、音漏れしにくいイアホンを使用するか、座る席を考えるかした方がいいかも知れません。
 ノイズキャンセラー機能付きのイアホンを使うといい、って話もネットで見かけました。ちょっと値は張りますけどね。

 というわけで、もう一度コメンタリー上映に行くかどうか、ちょい迷ってる私なのでした。


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贖い [読書・ミステリ]


贖い : 上 (双葉文庫)

贖い : 上 (双葉文庫)

  • 作者: 五十嵐貴久
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2018/09/14
贖い : 下 (双葉文庫)

贖い : 下 (双葉文庫)

  • 作者: 五十嵐貴久
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2018/09/14

評価:★★★★

 東京都で小学6年生の男子児童が行方不明になり、切断された頭部が少年の通っていた小学校の校門で発見される。

 埼玉県では、中学2年の女子生徒が自宅から姿を消し、雑木林の中で刺殺死体となって発見される。

 愛知県では、母親が目を離した隙に1歳の幼児が連れ去られ、駅のコインロッカーの中で死体となって発見される。

 それぞれの所轄の警察官たちは懸命な捜査を行うが、犯人へと至る手がかりを得ることができない。変質者による衝動的な殺人なのか、計画的な犯罪なのかさえも明らかにできないでいた・・・。

 文庫で上下巻、計760ページに及ぼうという大部なので登場人物も多い。しかしその中で、ある人物に焦点を当てた描写が冒頭から散見される。

 日本を代表する大企業・三友商事で本社総務部に勤務する稲葉秋雄。間もなく定年退職を迎える59歳だ。
 若い頃には目覚ましい業績を挙げ、将来の幹部候補と目されていたが、40歳の頃に一時休職したことをきっかけに、昇進を固辞して現場で働き続けることを選んだ。
 周囲からの人物評は絶賛するものばかり。上司からの信頼は厚く、同僚・部下たちからの人望も厚く、ぜひ定年延長で会社に残ってほしいとの声が絶えない。
 家族はなく、生活ぶりはストイックの一語。昼食は会社近くの蕎麦屋で済ませ、退社後はスポーツジムで汗を流し、週に一回だけ訪れるジューススタンドで寛ぐのみ。
 あまりにも聖人君子というか、稲葉の ”完璧超人” ぶりに、逆に薄気味悪さまで感じてしまう。

 とはいっても、ミステリであるからにはこの稲葉が事件に何らかの関わりがあるのは予想できる。多くの読者は「たぶん犯人なんだろう」という推測を抱くだろう。ならば、
「なぜ稲葉は幼い3人の子どもたちを殺害する犯行に走ったのか?」
「3人の子どもたちに共通するもの(ミッシング・リンク)は何なのか?」
という疑問が浮かぶ。ここの解明も本書の大きなテーマになっている。

 この稲葉に対して、警察側の主人公となるのは警視庁の警部・星野だ。
 もともとは特殊犯捜査係で「交渉人」を担当していたのだが、”ある事件” をきっかけに、自らその責任を取る形で捜査一課の強行班へ異動してきた。
 彼とバディを組むのは女性刑事・鶴田里奈。男女雇用機会均等のために捜査一課へ登用されたのはいいが、女性に対する蔑視は根強く周囲の目は冷たい。
 というわけで、星野&里奈のコンビは小学生男子児童殺害事件捜査の主流から外されてしまうのだが、星野はそれを逆手にとって独自の捜査を始める。

 埼玉の女子中学生殺人を担当する捜査陣の中にいる刑事、神崎俊郎と中江由紀。この2人も訳ありなのだが、特に由紀の方は深刻なトラウマを抱えている。

 図らずも愛知の幼児殺害事件に関わることになってしまった坪川直之は、かつては東京の警察に勤務していたが、”あること” をきっかけに周囲から蛇蝎のごとく忌み嫌われるようになってしまい(本人は自分の正義を貫いただけなのだが)、見かねた上司の計らいで愛知へ出向していた。

 この3組の刑事達は目の前の凶悪事件と対峙していくわけだが、その過程で彼ら彼女らは自らの ”刑事としての矜持” を取り戻していく。この部分も本書の大きな読みどころの一つだ。 

 3都県の警察による地道な捜査の結果、少しずつ事実関係が明らかになっていくのだが、犯人につながるものは出てこない。
 そして、各捜査を指揮する上層部は、自分たちの抱える案件が他の事件と関連があるとは夢にも思っていない。

 しかし上巻のラストでは、ついにその3つの事件のつながりが浮上し、下巻では、星野と犯人の息詰まる対決ぶりが描かれていく。

 物証の無い相手に対し、緩やかに包囲を狭めて精神的な圧力を加えようとする星野と、それを柳に風と受け流す犯人。この心理戦も読み応え十分だ。
 並行して事件の動機の解明が進んでいく。ここで明かされる真実は、実に胸に刺さる。殺人という行為自体は許されることではないが、そこまで犯人を追い詰めた事情も充分に納得できるものだ。

 全体的にサスペンスに溢れる作品なのだが、最終盤になってもページを繰る手が止まらない。意外な展開の連続で、物語がどこに着地するかの予想が全く立たない。
 そんな星野と犯人との息詰まる対決の果てに、タイトルの『贖い』の意味が明らかになっていく。

 ラストは一転して穏やかな雰囲気になるが、事件に関わった者たちの『贖い』はここから始まる。

 犯人当てミステリではないけれど、重厚な作品を読んだという満足感は得られる。この作者は、読者の心を揺さぶることに長けているなあとつくづく思う。


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スケルトン・キー [読書・ミステリ]


スケルトン・キー (角川文庫)

スケルトン・キー (角川文庫)

  • 作者: 道尾 秀介
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/06/15

評価:★★

 主人公・坂木錠也(じょうや)は天涯孤独な身の上で、児童養護施設で育った。生まれつき「恐怖」という感情が欠落しており、それが原因でたびたび問題を起こしていた。

 18歳になり、施設を出ることになった錠也は園長から母親のことを聞かされる。18年前、錠也を身ごもっていた母親は、働いていたパブに乱入してきた男に散弾銃で撃たれた。重傷を負った母親は錠也を生んだ後、亡くなったという。

 施設を出た錠也は現在19歳。芸能週刊誌の記者・間戸村(まとむら)の依頼を受けて、芸能人の追跡や張り込みなど潜入捜査を行っている。

 そんな錠也に、養護施設時代の友人・迫間順平(作中では ”うどん” というあだ名で呼ばれる)から連絡が入る。会って話がしたいという。
 彼の話によると、錠也の母親を散弾銃で撃ったのは、順平の父だったのだという。さらに・・・

 物語はここから、凄まじい殺人の連鎖が始まっていく。それこそ ”容赦ない” とはこのことだ、と思わせるくらい。
 「えーっ、このキャラまで殺しちゃうの?」って悲鳴が上がるほど、見境なくぶち殺されていってしまう(おいおい)。

 それまでも主人公・錠也が、幼少期から ”サイコパス” ぶりを発揮する描写はあるのだけど、そんなものはまだまだカワイイ部類だったと思い知らされる。

 では、本書はそういうサイコパスによる無差別シリアル・キラーものなのかというと、そうとも言い切れない。
 なにしろ作者は道尾秀介だからね。ミステリ的な仕掛けもきっちり仕込んである。そのあたりは何を書いてもネタバレになりそうなので、とにかく読んでみてくださいとしか言いようがない。

 どう転んでも悲惨な結末しか見えない物語のようでいて、本書のエンディングは、これはこれでいかにも道尾秀介らしい、とも感じる。
 どう終わるかは書けないけど(笑)。

 作中に散りばめられた、サイコパスや脳の認知機能を巡る蘊蓄などもなかなか興味深く読ませてもらった。

 とは言っても、全編に漂う殺伐として不穏な雰囲気はやっぱり好きになれなくて、星の数はちょっと少なめに。



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