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恋する弟子の節約術 [読書・ファンタジー]

恋する弟子の節約術 (二見サラ文庫)

恋する弟子の節約術 (二見サラ文庫)

  • 作者: 真未, 青谷
  • 出版社/メーカー: 二見書房
  • 発売日: 2020/07/13
  • メディア: 文庫
評価:★★★

製菓学校を卒業し、憧れのパティスリーに就職した笹谷文緒。
しかしわずか1か月後にその店は閉店し、
住んでいたアパートは火事になって、身ひとつで放り出されてしまう。
両親は既に亡く、育ててくれた伯母夫婦にはこれ以上頼れない。

しかも最近、原因不明の立ち眩みに襲われることが多くなってきていた。
焼け出されて途方に暮れていたときにも発作が起こり、
危うく自動車に轢かれそうになってしまう。

間一髪、彼女を事故から救ってくれた青年を見て文緒は言葉を失う。
三ノ宮宗隆(さんのみや・むねたか)と名乗った彼こそ、11年前に
文緒の父が入院していた病院で出合った少年の成長した姿だった。
彼女にとって宗隆は ”恩人” であり、初恋の相手でもあった。

「幻香師」という謎の職業に就いている宗隆だったが、
文緒を助けるときに怪我をしてしまい、仕事ができない状態に。
そこで彼女は、”弟子” として彼の家に住み込み、
ハウスキーパーとして働き始める。

しかし宗隆は経済感覚ゼロで、入ってくる金を湯水のように使ってしまう。
もちろん貯金もゼロで、その日の食事代にも事欠く有様。
一念発起した文緒は、徹底的に出費を抑えた生活を始めるのだが・・・

タイトルにある「節約術」の理由がここにある。
幼い頃に極貧生活を送ってきた文緒の繰り出す
”超低コスト食事” の数々にまず驚かされる。
詳しくは書かないが、道端に生えてる雑草を食べるなんてのは序の口だ。

宗隆の世話をしていくうちに、自らの初恋の思いが再燃していく。
彼女はそれを隠しているつもりなのだろうが、端から見ればダダ漏れだ。

さらに、「幻香師」なるものの仕事の中身も次第に明らかに。

全体としてはラブコメがベースのライト・ファンタジーで
それなりによくできてるとは思うけど、
前作『鬼の当主にお嫁入り』と比べると
全体的に少しばかりあっさりめな感じかなと思う。

 もっとも、前作よりも軽く読めるものを、って意図で
 書かれたものかも知れないが。

物語的には一段落ついているので、これで完結なのかも知れないけど
いくつか決着がついていないんじゃないかなぁ・・・
って思うところもちらほら。

ひょっとすると続編の構想があるのな。
そのときはまた評価も変わってくるかも知れない。

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キャプテン・フューチャー最初の事件 [読書・SF]

キャプテン・フューチャー最初の事件 (新キャプテン・フューチャー) (創元SF文庫)

キャプテン・フューチャー最初の事件 (新キャプテン・フューチャー) (創元SF文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2020/04/30
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

『キャプテン・フューチャー』といえば、
今は亡き野田昌宏氏の翻訳でハヤカワ文庫から出ていた
スペース・オペラ・シリーズ。
とは言っても、一冊も読んでないんだが(笑)。

私にとっては、アニメ版のほうが馴染みがある。
『未来少年コナン』の後番組として
1978年から1年間、NHKで放送されたほう。
こっちはたぶん全話観てる。
ヒデ夕樹の歌う主題歌「夢の船乗り」もよく覚えてる。

配役を見ると懐かしい名前が並ぶ。
キャプテン・フューチャーは広川太一郎、ジョーンは増山江威子、
グラッグは緒方賢一、オットーは野田圭一
そしてサイモン・ライト教授は川久保潔。

 広川さんと川久保さん、そしてヒデさんは既に鬼籍に・・・(T_T)。

さて本書は、往年の人気作『キャプテン・フューチャー』シリーズを
現代的に ”リブート” しようという試みだ。

 2009年に始まった『スター・トレック』と同じだね。
 もっともあちらは映画3作で終わってしまいそうな成り行きだが(涙)。

物語は、主人公カーティス・ニュートンが20歳を迎えた頃に始まる。

生後間もなく両親を失ったカーティスは、月面のチコ・クレーターの
地下につくられた ”家” で、仲間とともに暮らしている。

かつて高名な科学者だったサイモンは、
今は脳だけの存在になって生き続けており、
オットーは人造細胞から生まれた合成人間、
グラッグは怪力無双のロボットで、
カーティスは彼ら ”三人” を家族として成長してきた。

月面で発見された異星人の遺跡を保護・保存することが決まり、
その記念式典が挙行される。
その式典に潜り込んだカーティスは、演題に立って演説する
月共和国選出の議員ヴィクター・コルボの姿を目にする。

彼こそ、20年前にカーティスの両親を殺した張本人だった。
それを知ったカーティスは、コルボへの復讐を誓う。

式典警護に当たっていた惑星警察機構のジョオン・ランドールは、
式典での不審な行動からカーティスのことをマークする。

一方、太陽系連合主席ジェイムズ・カシューは月を訪れ、
コルボとアームストロング・クレーターで会うことになる。
ジョオンを含め、惑星警察機構が護衛するその会見場を、
カーティスは襲撃しようとしていた・・・

孤児であったカーティス・ニュートンが
「キャプテン・フューチャー」となり、彼の仲間たちが
「フューチャーメン」と呼ばれるようになるまでの物語で、
いわば ”エピソード0”。
諸々の設定も21世紀の現代にふさわしく見直され、
あるいはリニューアルされていて、古くさい感じは全くない。

サイモンが脳だけの存在になった経緯も、
オットーが創られた目的も、
グラッグの出自もまた新たに ”語り直され” ていく。

カーティスの幼年期~少年期の成長のエピソードに絡めて
「キャプテン・フューチャー」というネーミングの由来も明かされる。
カーティス本人が、その呼称を嫌がっていたという設定も面白い。
そうそう、彼らの乗艦がなぜ「コメット号」となったのかも。

おそらく往年のファンからすると、「かゆいところに手が届く」
ような描写が多いのだろうと推測する。

メインヒロインとなるジョオンもいい。
凜とした振る舞いに有能さを窺わせる。
カーティスよりもやや年上に設定されているようだが
物語の展開上、これもうまく効いていると思う。
二人の仲の進展も楽しみだ。

ちなみにジョオンは、本書では黒髪のおかっぱに描かれている。
(表紙イラストの中央で銃を構えているのが彼女)
原典ではどうだか知らないがアニメ版ではもっと長めで金髪だった。
未来世界のことだから、髪の色なんか
いつでも自由に変えられるのだろうが、
私はこちらの方が好みなので大歓迎(笑)。

ストーリーは月から始まるが、やがて外惑星へと広がっていく。
カーティスたちやジョオンには危機また危機が訪れるが
それをひとつひとつ打ち破っていく冒険活劇だ。

もっとも、こういうリメイク/リブートものの常で、
何をどう創っても文句を言う人は一定数いるだろうから
本書もそれなりに批判されてるんだろうなあとは思うが
私は原典に対してほとんど思い入れがないので、
とても楽しく読ませてもらった。

本国では既に続編が書かれているそうだが、
そちらも読みたくなってきた。早く翻訳してほしいなあ。

ちなみに、原典の方も一冊くらい読んでみようかと思って
ネットで検索してみた。20世紀のハヤカワ文庫版に替わり
2004年から2007年にかけて
創元SF文庫から全作が刊行されてるのだが・・・

どうやらみんな絶版状態(T_T)のよう。
やっぱ、本は見かけたときに買っておかないと
手に入らないものなのだね。

電子書籍なら入手可能かも知れないが、
もうちょっと紙の本で頑張りたいなあ私は。

それにしても、やっぱりスペース・オペラは面白い。

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恍惚病棟 [読書・ミステリ]

恍惚病棟 (祥伝社文庫)

恍惚病棟 (祥伝社文庫)

  • 作者: 山田正紀
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2020/07/15
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

タイトルを見て、昔『恍惚の人』って小説があったのを思い出した。
wikiで見てみたら、1972年刊行の有吉佐和子の長編。
テーマは認知症(当時は痴呆症って呼ばれてたが)で、
映画やドラマにもなって介護問題がクローズアップされるようになる
きっかけともなった作品だ。

タイトルの「恍惚」とは、これもネット辞書からの引用で恐縮だが
「物事に心を奪われてうっとりするさま」「意識がはっきりしないさま」
そして「老人の、病的に頭がぼんやりしているさま」をいう。
(ちなみに「ぼけ」は漢字で「惚け」と書く。)

もちろん「恍惚の人」でも本書「恍惚病棟」でも、
3つめの意味で使われている。

ヒロイン・平野美穂は心理学を専攻する大学3年生。
週に4日、認知症の老人を収容し治療を行っている
聖テレサ医大病院の老人病棟で看護師や心理士の
アシスタントとしてアルバイト勤務をしている。

美穂が担当する女性患者4人が日中を過ごすデイルームのテーブルには
おもちゃの電話機が4台置かれている。
美穂の発案で、症状が進んだ患者たちのために用意されたものだ。
患者たちはどこにも通じていないその電話機で
誰かと ”話” を始めるようになり、”通話” している間は
目に見えて生気を示すようになっていく。
看護師たちはその様子を ”テレフォン・クラブ” と呼んでいた。

しかしある日、”クラブ” のメンバーの一人・伊藤道子が行方不明になり
近所のスーパーマーケットの駐車場で倒れていたところを発見される。
彼女の死因は心筋梗塞によるものと診断されるが
美穂はこの事件に不審なものを感じる。

やがて同じ病棟の患者たちに次々と事故が起こるようになっていく。
病院内を調べ始めた美穂は、患者たちから
「死者から電話がかかってきた」という証言を得るのだが・・・

本書の発表は1992年なので、まだ携帯電話は一般に広く
普及していないし、作中での看護師の呼称も「看護婦」だったりする。

犯罪が起こっているという確証は持てないが、
何かが病院の中で起こっている。
病院というのはしばしばお化け屋敷のモチーフに用いられたりするが
本書でもじわじわと恐怖感が募ってくる。

医師の川口教授、看護婦長の澤田、患者の親族たちと
多くの人物が出てくるが、患者たちもまた強い印象を残す。
詳しく書くとネタバレになってしまうのだが・・・

中でも入院患者の一人で、食品会社の社長だった野村恭三の
息子の嫁である妙子さんは特筆もの。
金銭目当てで野村家に近づいたことを全く隠さないし
自分の欲望に忠実で、彼女なりに首尾一貫した行動は実に強かで、
いっそ気持ちがいいくらい。悪女なんだが不思議と憎めないキャラだ。

中盤から登場する研修医の新谷登(のぼる)も、
とぼけた性格の好青年のようでいて、なんとなく胡散臭くもあり、
こちらも一筋縄ではいかない。

終盤で明らかになる真相は、この時代にしては
ちょっと先走りな感があって、見ようによってはSF的でさえあるが
現代の目で見てもさほど古びていないのは、さすが。
2020年の読者でも違和感はないだろう。

ラストには意外な ”大技” が炸裂して
きっちり本格ミステリとして着地する。

本書のもう一つの要素として、認知症患者の実態描写がある。
世間一般のイメージと異なるところも多く、認識を改めた部分も多い。

2025年の日本では、高齢者の5人に一人が認知症になるという
統計もあるらしい。私も他人事ではないので(おいおい)、
このあたりは実に興味深く、というか
「明日は我が身」って思いながら読んでた(笑)。

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ベスト8ミステリーズ2015 [読書・ミステリ]

ベスト8ミステリーズ2015 (講談社文庫)

ベスト8ミステリーズ2015 (講談社文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/04/16
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

「日本推理作家協会賞 短篇部門」を受賞した2作(○印)を含めた、
2015年に発表された短篇ミステリ8作を収録したアンソロジー。

○「おばあちゃんといっしょ」大石直紀(おおいし・なおき)
冒頭は、ある人物の回想。その中で ”その人物” は
将来、詐欺師になることを決意する。
そして本編。主人公は詐欺師を生業にする竹田美代子。
現在はインチキ新興宗教を立ち上げて信者からお布施をかき集めている。
冒頭の人物イコール美代子、なんてのじゃひねりがなさ過ぎだから、
作中にもう一人詐欺師が潜んでるんだろうなぁ、
よおし騙されないぞ、そいつを見つけてやるぞ・・・
なぁんて思いながら読んでたんだが・・・
いやあ見事に背負い投げを食らってしまいました。
流石は受賞作。

○「ババ抜き」永嶋恵美(ながしま・えみ)
『アンソロジー 捨てる』(文春文庫)で既読。
会社の保養所へ泊まりに来た女性社員3人組。
負けたら一つずつ秘密を打ち明ける、という縛りをつけて
ババ抜き(作中では「ジジ抜き」なんだが)を始めるのだが・・・
明かされる内容がどんどんエグくなっていって、
3人の間に意外な因業があることが明かされていく。
一つ部屋に3人しかいない状況で
どんどんサスペンスを盛り上げていく技巧がスゴい。

「リケジョの婚活」秋吉理香子
東京の電機メーカーでロボット開発を担当する後藤恵美(30歳独身)は
TVの人気婚活番組に参加する。
目標は舘尾典彦(たてお・のりひこ)を ”落とす” こと。
彼は地方の水産加工会社で次期社長の座が約束されている32歳独身だ。
事前のあらゆるデータを収集し、万全のシミュレーションを経て
いざ番組本番に臨み、数多のライバルを相手に奮闘するのだが・・・
ラストのオチがリケジョらしくて秀逸、って書くと
リケジョの皆さんから「偏見よ!」って怒られてしまうかな。
リケジョの皆さん全部がこんな行動を取るとは思わないが
文系理系に関わらず、女は怖いのは確か(笑)。

「グラスタンク」日野草(ひの・そう)
竹宮美咲は高校時代の友人・大場結衣子(ゆいこ)に呼び出される。
二人にとって大事な友人であった菅野希(すがの・のぞみ)は
高校3年生の5月に溺死体で発見されていた。
警察は事故死と断定したが、結衣子はそれに納得していなかった。
彼女は義波(ぎば)という男に真相解明を依頼し、
その結果、希を死へ追いやった男の存在が明らかになった。
結衣子はこれから、義波とともにその男へ ”復讐” するのだという・・・
“復讐代行業” なるビジネスを描いた連作集の一編。
終盤で尻上がりにサスペンスが高まっていく様は迫力十分。
このシリーズ、読んでみようかな。

「十五秒」榊林銘(さかきばやし・めい)
ヒロインの薬剤師は、背後から銃で撃たれてしまうが
その瞬間、時間が止まり、彼女の前に猫の姿をした ”死神” が現れ、
“死神” は彼女の余命を「15秒」と宣告する。
しかし彼女はその15秒の間に、時間の流れを自由に ”再開” したり
”一時停止” する権限を与えられる。
彼女はその「15秒」の間に自分を撃った犯人を確かめ、
そしてその名をダイイングメッセージとして残すべく
必死になってアタマを絞るのだが・・・
いやあこういうミステリもアリなんですねえ。
こんな発想ができるのが作家さんなのでしょう。
ユニークさでは文句なく本書No.1。
ヒロインもリケジョなので、科学知識も総動員。
なんとか犯人に一矢報いんと踏ん張るのだけど、
最後の最後のオチがまた素晴らしい。
「15秒」の物語で文庫70ページを費やす。でも一気読み。

「サイレン」小林由香
舞台は「平等応報罪業法」という法律が成立した世界。
この法律は、被害者が犯罪者から受けた被害と同じ内容を、
犯罪者に対して合法的に執行できる、つまり同害報復を認めたもので
別名 ”復讐法” とも呼ばれる。
刑の執行に立ち会う「応報監察官」鳥谷文乃(あやの)が
今回担当するのは、息子を殺された会社員・天野義明。
3か月前、彼の16歳の息子・朝陽(あさひ)は、
壮絶な肉体損壊を受け、凄惨な死を遂げていた。
主犯の堀池剣也(ほりいけ・けんや)に対する ”応報” を認められた義明は
4日間かけて彼を ”なぶり殺し” にする権利を得るが・・・
義明が剣也に与える ”応報” は、読んでいる方が辛くなるほど凄絶。
それと並行して明らかになる親子の関係が哀切極まりない。
物語の奇想ぶりでは上記の「十五秒」と双璧。

「分かれ道」大沢在昌
ご存じ(?)新宿署の刑事・鮫島が活躍する『新宿鮫』シリーズの短篇。
張り込み中の鮫島は、福島から上京してきたばかりの
大出(おおいで)ともかという娘と知り合う。
母を探している彼女に、鮫島は協力することにするが・・・
都会に出てきたともか嬢の変転ぶりが
あまりにもお約束通りで哀しくなるなあ。

「静かな炎天」若竹七海
同名の短編集で既読。
ひき逃げで依頼人の息子に重傷を負わせた男・袋田の
素行調査を請け負う葉村。しかし調査を始めた直後に
袋田が飲酒運転するところを録画に成功。
続けて入った依頼は、音信不通の従姉妹の探索。
ところがこれもたちまち解決。
続けざまにどんどん入ってくる依頼に、
ふと不審なものを感じる葉村だが。
脈絡のない事件の連続のように見えて、実は・・・
いやあこれはよくできてる。
NHKでのドラマ「ハムラアキラ」の第2話の原作になった。
長谷川初範が出てたんだよねぇ。


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秋霧 [読書・冒険/サスペンス]

秋霧 (祥伝社文庫)

秋霧 (祥伝社文庫)

  • 作者: 大倉崇裕
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2020/07/15
  • メディア: 文庫
評価:★★★

上尾誠三は、町工場を一代で世界的大企業に育て上げた伝説的な経営者。
しかし末期癌に冒され余命幾ばくも無い状態にあった。

前作『夏雷(からい)』の主人公で、月島で ”便利屋” を営む倉持は
その上尾から依頼を受ける。内容は八ヶ岳連峰にある天狗岳に登り、
その登山下山の全行程をビデオ撮影してくること。

引き受けた倉持はさっそく天狗岳に登るが、
何者かが彼の行動を追っていることに気づく。

一方、元自衛隊特殊部隊員の深江は山中で隠遁生活をしていたが、
警視庁の儀籐(ぎとう)と名乗る男から接触を受ける。

”霧”(フォッグ)と呼ばれる凄腕の殺し屋が、国内で活動しているという。
深江は儀籐から ”霧” の追跡を強要される。

本作で倉持とともにダブル主役を務める深江は
同じ作者の山岳サスペンス『凍雨』の主人公だった人。

 作者の他のシリーズ間でも、キャラのクロスオーバーが
 しばしば描かれているので、この二人も
 福家警部補や薄圭子や白戸修くんと同じ世界の住人なのかな。
 いつの日か「オールスター・キャスト」の作品が書かれると
 いいなあ・・・なんて思ってるが、
 この二人が加わったらまたひとつスケールが大きくなりそう。

下山して上尾に報告を終えた倉持も、”霧” の追跡を開始した深江も、
それぞれ何者かの襲撃を受ける。

上尾が倉持に与えた依頼の、真の目的は何か。
そして ”霧” の、次の標的は誰なのか。

主役級のキャラ二人が共演するので
文庫本の惹句には ”傑作バディ・サスペンス” とあるけど
これはちょっと言いすぎかなぁ。
中盤過ぎまでこの二人はほとんど別行動で、
組んで行動するのは終盤になってからだもの。

とは言っても、それぞれ長編で主役を張るくらいだから、
単独行動のパートも十分面白いんだけどね。

腕っ節のほうはからきしで、もっぱら ”痛めつけられ役(笑)” の倉持と
ゴルゴ13なみにタフで、圧倒的な戦闘力をもつ深江と
二人の ”活躍” も対照的。
『凍雨』の後日談もちょっぴり語られるのも嬉しいところ。

”敵” となる勢力も複数登場するし、
”いったい何が起こっているのか” がなかなか明らかにされずに
ストーリーは混迷するが、最後にはすべて ”謎解き” される。
このあたりは、さすがミステリが本業の人だけある。

さてこの二人、これからはコンビで登場するのかしら。
そうなれば惹句どおり、”傑作バディ・サスペンス” になりそうだが。


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花髑髏 [読書・ミステリ]

花髑髏 (角川文庫)

花髑髏 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/06/12
  • メディア: 文庫
評価:★★★

由利麟太郎シリーズのTVドラマ化に伴う復刊、その4冊目。
長めの中編(というか短めの長編)1作と短篇2作を収録。

「白蝋変化(びゃくろうへんげ)」
文庫で約360ページある本書のうち、およそ230ページを占める。
日本橋の老舗小間物店・べに屋は、跡継ぎの男子が病死したため
娘の梨枝(りえ)に親族の男子の中から婿養子を迎えることになった。
選ばれた慎介は芸術家肌の男で、しかも声楽家・六条月代と
恋愛関係にあって近く結婚することになっていたが
親族一同の圧力に屈してしまい、梨枝と夫婦となった。
しかし1年後、梨枝が姿を消し、地下室の竈(かまど)から
人間一人分の骨、歯、そして灰が発見された。
妻の殺害犯人として慎介は逮捕され、裁判で死刑が宣告される。
彼の無罪を信じる月代は、驚くべき計画を実行する。
パリで知り合った伝手を利用して監獄の下までトンネルを掘り、
慎介を脱獄させようというのだ。
しかしトンネルが貫通したまさにその日に囚人の入れ替えがあり、
慎介の代わりに別の人間を獄舎から解き放ってしまう。
その男こそ ”白蝋三郎” と呼ばれる希代の大悪人だった・・・
物語はこの ”白面の怪人” を皮切りに、美しき声楽家・六条月代、
月代を我が物にせんと企む狡猾なる医学博士・鴨打(かもうち)、
肉体美を誇示するレビューの女優・花園千代子、
そしてなぜか鉄格子の中に監禁されていた謎の美少年と
次々にアクの強いキャラが登場し、先の展開が全く予想できない。
物語の進行もスピーディで、
横溝正史のストーリーテラーぶりが堪能できる。
中でも活躍が目立つのは白蝋三郎。
冒頭での登場から衝撃のラストまで ”持っていって” しまい、
ほとんど主役級の扱い。
さしもの由利先生と三津木俊助も影が薄くなるほどだが、
そもそもの発端である梨枝殺害事件の意外な真相を暴くところは流石。

「焙烙(ほうろく)の刑」
”焙烙” には、「素焼きの土鍋の一種」という意味と
「火あぶりの刑」の二つの意味があるらしい。
この作品ではもちろん後者を指すのだろう。
日東映画のスター俳優・桑野貝三(くわの・かいぞう)は
又従姉妹の瀬川葭枝(よしえ)から助けを求められる。
彼女の夫・直人が何者かに捕らえられていて、
身代金を持って迎えに来てくれと言っているのだ。
貝三は指示のあった場所へ向かうのだが・・・
本作には「珠実」という女性が登場するのだが、
他の作品にも(キャラとしては全く無関係だが)
同名の女性が登場していた記憶があるし、
あの「犬神家の一族」のヒロインも「珠代」さんだったよなあ。
横溝正史は「珠」という字が好きなのか。

「花髑髏」
由利先生のもとへ ”花髑髏” と名乗る人物から ”挑戦状” が届く。
由利先生と三津木俊助が指示された場所へ赴くと、
そこには荷車に長持ちを積んで運ぶ二人の男が。
そしてその長持ちの中に拘束されていたのは
高名な精神病学者・日下瑛造の養女・瑠璃子だった。
そして日下邸に向かった一行が発見したのは、瑛造の刺殺体だった・・・
「百蝋変化」といい、この「花髑髏」といい、
ラストの決着のつけ方は横溝正史らしいというか
昭和期のミステリにはこういう結末が多かったような・・・


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賛美せよ、と成功は言った [読書・ミステリ]

賛美せよ、と成功は言った (祥伝社文庫)

賛美せよ、と成功は言った (祥伝社文庫)

  • 作者: 石持浅海
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2020/03/13
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

未来の火山学者を目指す若き女性・碓氷優佳(うすい・ゆか)を
探偵役とするミステリ・シリーズ、第5作。

優佳は、15年ぶりに再会した高校時代の友人・武田小春とともに
同窓会に参加することになった。

同窓会といっても高校ではなく、予備校の同期生たちである。
彼ら彼女らの通っていた予備校の講師・真鍋宏典(まなべ・ひろのり)は
多くの教え子たちに慕われ、自然と彼を中心に生徒の集まりができた。

彼らの中には、大学進学後もしばしば真鍋のもとを訪れ、
進路について相談したりアドバイスを求める者も多かった。

その中の一人、湯村勝治(ゆむら・かつじ)は
大学卒業後に大手商社に入り、手がけたロボット開発事業によって
経済産業省から「日本ベンチャー大賞」を受賞した。

今回の同窓会は彼の受賞を祝うためで、
湯村、優佳を含めて9名の同窓生が集まることになった。

しかし、和やかに進む酒宴のさなか、
出席者の一人・神山裕樹(かみやま・ゆうき)が突然、
ワインボトルで恩師の真鍋を殴り殺してしまうという事件が発生する。

神山自身は、警察の調べに対して
頭に血が上って発作的に犯行に及んでしまったと語るが、
優佳は参加者の一人に疑いの目を向ける。
その人物は、自らのいくつかの行動を通じ、神山に犯行を誘発させる
お膳立てをすることが可能だったのではないか?

同窓会の会場だったホテルに残った8人のメンバーは、
酒を飲みながら祝宴の様子を振り返るが
優佳は ”黒幕” と思われる人物に対して
密かな ”論戦” を仕掛けていく・・・

本書のメインは、この8人よる ”集団討論” シーンだ。

優佳は、”黒幕” に対してあからさまな告発はせず、言外に
”あなたが仕組んだことではないか?” という意味合いを匂わせる。
”黒幕” もまた敏感にそれを察して堂々と受けて立ち、
こちらも言外に ”反論” を含ませる。

その場にいる ”聴衆” を自分の側につけようと、
言葉による丁々発止の攻防が繰り広げられる。
この二人の ”論戦” が本書最大の読みどころだ。

他の同窓生たちは二人の ”対決” に全く気づかない。
唯一、事前に ”黒幕” の存在を優佳から知らされていた小春だけが
二人のやりとりをハラハラしながら見つめる。

小春の役回りは読者に対する ”実況中継&解説” 役。
本書の語り手が彼女に設定されてるのはこのためだったのだね。

一見して意味不明なタイトルも終盤近くでしっかり回収される。

本書に登場する ”同窓生たち” は、優佳を含めて
旧帝大クラスへ現役合格できるくらいの超優秀(高偏差値)な集団。

学生時代はそれぞれでかい夢を持っていたし、
実際それが実現できる道へ進んだ者がほとんど。
東大に入った者もいれば医学部に入った者もいる。
優佳だって東工大に現役合格してる。

しかし大学を出て10年もすれば、それぞれの人生の浮沈も出てくる。
学生時代の夢をかなえた者もいれば、早々に脱落した者も。
なかでも、自分のせいならともかく、
周囲の状況で夢を断念せざるを得なかった者は
さぞかし悔いが残るのではないか・・・

”黒幕” の動機はある程度見当はついたが
こういう形で自分の不満を晴らすというのはねぇ・・・

卓越した能力を持つがゆえに、夢を追い続ける(追い続けられる)ことは
果たして幸福なのか。こういう人たちは得てして
自らの高い能力ゆえに、より実現困難な夢を持つだろうし。
叶う確率が高いとは必ずしも言い切れないところが難しいね。

自分の能力を過信せずに、身の丈に合った人生を早々と選んだ凡人と
どっちが幸福なのだろう。


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文化祭オクロック [読書・ミステリ]

文化祭オクロック (創元推理文庫)

文化祭オクロック (創元推理文庫)

  • 作者: 竹内 真
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2012/11/11
  • メディア: 文庫
評価:★★★

東天高校文化祭初日。
物語はこの日の校内の出来事を時系列に沿って語られる。

体育館で開かれた文化祭開会式の直後、校内の生徒に向けて
『FM東天』という謎のラジオ放送が始まる。
”DJネガポジ” と名乗る男子生徒の軽快なMCに加えて
携帯電話を用いたリレーインタビューが続いていく。

最初に登場したのは、野球部の元エース・山則之(山ちゃん)。
「(壊れて動かなくなってる)時計台の時計を動かしたら、
 斎藤優里(ユーリ)さんがつき合ってもいいって言ってるよ」
という ”DJネガポジ” の言葉に乗せられ、
時計台の針に向けて渾身の剛速球をぶつけ始める。

 今まで山ちゃんは何回もユーリに告白してきたのだが
 ことごとく玉砕してきていたのだ。

一方、勝手に名前を使われたユーリは怒り心頭。
”DJネガポジ” をとっちめてやろうと、
文芸部の古浦久留美(コーラ)とともに放送室へ押しかけるが
そこに ”DJネガポジ” の姿はない。
”彼” を見つけるどころか、放送ブースの場所さえ分からない。

FM東天は放送部のみならず、複数の部活動や
文化祭参加団体が関わった一大プロジェクトであるらしい。
放送部員の寺沢祐馬(メカオ)は
「DJネガポジの正体はトップシークレット」と言い放つ。

”DJネガポジ” なる人物の正体は?
そして『FM東天』の目的は?

ストーリーは、ユーリたちの ”DJネガポジ” 探索行と、
FM東天の放送が引き起こす校内での騒動が並行して語られる。

探偵役は、ミステリ好きの文芸部員コーラ。
ユーリと共に行動して情報を集めているうち
放送ブースの意外な在処を突き止めることに成功し、
二人は ”DJネガポジ” の正体までも知ることになる。

軽快な語り口で進行する物語なのだが、真相は決して軽くはない。

とは言っても、基本的には若さとバカさで突っ走る明快青春ミステリ。
楽しい読書の時間を過ごさせてもらいました。


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鹿の王 水底の橋 [読書・ファンタジー]

鹿の王 水底の橋 (角川文庫)

鹿の王 水底の橋 (角川文庫)

  • 作者: 上橋 菜穂子
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/06/12
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

大河ファンタジー『鹿の王』、その続編。

とは言っても、孤高の戦士ヴァンの物語ではなく、
ストーリー上の直接のつながりもない。

『鹿の王』でヴァンとともに ”ダブル主演” を務めていた
オタワル聖領の医師ホッサルとその助手ミラルが本書の主役を張る。

前作でも描かれていた、オタワル医術と祭司医術の確執が本書のテーマ。

強大な武力で平原を支配する東乎琉(ツオル)帝国を襲った
伝説の病・黒狼熱(ミッツァル)の危機が去って間もない頃。

科学的な知見をベースに進歩してきたオタワル医術は
ここ10年ほどの間に、帝国臣民の間に広く知られるようになっていたが
帝国の国教・清心教の教えをバックボーンに持つ祭司医術者たちは
オタワル医術を ”異端” とみなし、激しい敵意を隠さない。

現皇帝・那多琉(なたる)はオタワル医術に理解を示しており、
祭司医術者を束ねる宮廷祭司医長・於津那(おつな)は
争いを好まぬ穏健派であった。
しかし二人とも高齢であることから、近い将来に代替わりする。

二人の次期皇帝候補を巡り、宮廷内では5人の選帝侯たちを含めて
熾烈な多数派工作が展開されていた。

オタワル医術の存続を認める方針が維持されるのか、弾圧に向かうか。
どちらが新皇帝になるかでオタワル医術の運命は決する。
ホッサルの祖父にしてオタワル医師の総帥であるリムエッルもまた
新皇帝を巡る混乱の渦中にあった・・・

というのが本書の物語の背景だ。

医師ホッサルは祭司医・真那(まな)から誘われ
彼の故郷・安房那(あわな)領を訪れていた。
真那の姪・亜々弥(ああや)が難病に冒されていたのだ。
しかしオタワル医術を以てしても有効な治療法はない。

そのとき、真那の父である安房那侯(安房那領の領主)から、
この病の特効薬が ”花部(かべ)” の地にあると聞く。

ホッサルたちは花部の地へ赴くが、そこで知ったのは
祭司医術の意外なルーツだった。

安房那領に戻ったホッサルは、安房那侯の招きで
『鳴き合わせ、詩(うた)合わせ』の儀式に参列する。

しかし、二人の次期皇帝候補、そして選帝侯たちも列席する祝いの席で
食中毒を装った暗殺未遂事件が起こってしまう・・・

前作での宿題というか積み残しとなっていた、
”オタワル医術vs祭司医術” の対立が描かれる。

物語の構成としては、
歴史的な禁忌に囚われず、常に新しい知見を求めるオタワル医術、
呪術の尻尾を引きずり、進歩を拒否する旧態依然とした祭司医術、
こう書いてくると前者が ”善” で後者が ”悪”、という
役回りになりそうに思える。実際それに近い展開にはなるのだが
ことはそう簡単ではない。

物語の中でホッサルは次第に ”医術” のありようを考えるようになる。
彼は、人間の ”生死” に対してどう臨むのかという
医術が持つ究極の問に直面することになるのだ。

はたしてオタワル医術がすべて正しいと言えるのか?
祭司医術はすべて否定されるべきものなのか?

回復が難しく、余命幾ばくも無い患者に対して、
1%でも可能性があれば、徹底的な延命治療を施すのが正しいのか?
家族とともに穏やかな死を迎えられるように案配するのが正しいのか?
本書の読者は ”死の迎え方” についていろいろ考えさせられるだろう。

 プライベートなことを書くと、私の実父と義父(かみさんの父)は
 亡くなる直前にはまさに上記のような状態にあった。
 二人の ”見送り方” は、まさに対照的だったと今になって思うのだが
 どうするのが正しかったのか、私の中でも答えは出ていない。

医術を巡る大きな物語と共に、ホッサルとミラルの仲にも変化が訪れる。

貴人の血を引き、天才医師と謳われたリムエッルの孫でもあり
オタワル医術の次期リーダーと目されるホッサルと、
平民のミラルでは身分差が大きく、正式な結婚は望めない。
だから二人は ”内縁” のままでいたわけで、
その関係は本作でもそのまま引き継がれている。

このあたりも、前作で残された ”宿題” ではあった。

ホッサルは、持ち込まれる縁談をことごとく断ってきたのだが
なんと今作では、安房那候の娘(真那の姉)との縁談が持ち上がる。

オタワル医術が迎えつつある危機を考えたら、
有力者の後ろ盾は喉から手が出るほど欲しい。

ホッサルもまた、次期皇帝選びから逃れることはできない。
そして物語の終盤近く、ミラルもまたある決断を下す。

そのあたりは書かないけど、作者が用意した二人の結末は
多くの読者が納得できるものだろう。

私もそうだったけど、続編が書かれるなら
ヴァンの物語を期待していた人はちょっとがっかりかなとも思うが、
考えてみれば彼自身の物語は前作で完結しているからね。

何もなければユナとサエと3人で平和に暮らしているはず。

とは言っても、短篇でもいいからヴァンたちの話が読みたいなあ。
いつか書いてくれないかなぁ・・・


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この空のまもり [読書・SF]

この空のまもり (ハヤカワ文庫JA)

この空のまもり (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 芝村裕吏
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2012/10/25
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

仮想現実からもう一段進んだ ”強化現実” 技術が実用化された近未来。

技術革新について行けなかった日本政府は、
諸外国に決定的な差をつけられ、技術立国日本は崩壊してしまった。
そんな「平成の世が終わって15年ほど経った時代」が舞台だ。

 もっとも、本書が刊行されたのは平成24年頃で
 平成がいつ終わるのかもまだ分かってなかったが。

強化現実メガネやスマホのカメラを通すと、
ありふれた日常の風景は一変する。

空間を半透明のウインドウが埋め尽くし、カラフルな文字が舞い、
看板は動き回り、バニーガールが客を呼び込もうとする。

みな ”仮想タグ” と呼ばれる仮想現実のグラフィックなのだが
なかには罵詈雑言などの悪意に満ちた ”悪性タグ” も存在する。
最近では、外国勢力によってあらゆるモノに
無数の ”悪性タグ” が貼り付けられるようになってしまっていた。

しかし日本政府の反応は鈍く、実質的な放置状態が続いていた。
これに業を煮やした一部のオタクたち、そして
コンピュータソフトウェア産業が崩壊して
行き場を失っていた技術者たちが自警団を組織し、
”悪性タグ” の一斉除去に取り組み始めた。

”自宅警備員” と失業者たちによるこの組織は
やがて ”架空軍” と改称し、やがて政治部門が分離し
”架空総理大臣” まで生まれるに至って
政治離れしていた若者たちを一気に吸収、”架空政府” となっていった。

つまりこの物語の日本は、リアルな政府と、仮想空間内の架空政府の
二重構造になっているわけだ。

物語の主人公は25歳の青年・田中翼。
自警団創設時から中心となって活動していた天才的な技術者で
”架空政府” 内では、10万人の ”架空防衛軍” を率いる
”架空防衛大臣” の要職にあった。

しかし現実世界での彼は、引きこもりのさえないニートで、
幼馴染みの七海(ななみ)からは、早く定職に就けとせっつかれるばかり。

ちなみにこの時代、”幼馴染み” という単語は大きな意味を持つ。
東京でも小学校の1クラスの人数が一桁という極端な少子化が進み、
独身でいる成人男女に対しては、”幼馴染み” という言葉は
ほぼ ”許嫁” と同義になっているのだ。

七海自身、翼と一緒になる気は十分あるようで
翼の身の回りの世話もよくしてくれるし、
結婚したら子どもをバンバン産むと宣言してる頼もしい女性。
ところが、翼の方がどうも煮え切らない・・・という状況が続いていた。

しかしある日、翼が指揮した ”悪性タグ掃討作戦” が大戦果を上げる。
その結果、”架空軍” への志願者が一気に増加したが
それに加えて、戦果に舞い上がってしまった一部の市民が
国内に住む外国人を排斥しようと、暴動を引き起こしてしまう・・・

物語は翼だけでなく、大学生や小学生、教師、主婦など
さまざまな人物の視点から綴られていく。

仮想現実や流入する外国人など、現在の日本から地続きにあると思える
状況の中で、起こりうる事態を描いていく。

迫害される外国人たちの描写など、物語内で起こる出来事は
かなり深刻なのだけど、あまりそう感じさせないのは
翼を始め、登場する人物たちが悲観的なものの見方をしないからだろう。

現実世界の有り様を素直に認めて受け入れ、
その中で自分のできることをやろうとする。

「あとがき」で、作者はもっと悲惨なラストを考えていたらしいけど、
諸々の事情で結末は変更になったらしい。
私もこの着地点で正解だと思う。

それにしても、七海さんはいい女だなぁ。


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