トレント最後の事件 [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
実業家マンダースンが殺され、画家にして名探偵のトレントが調査に乗り出す。そこで出会ったのは、被害者の妻・メイベル。彼女の美貌にすっかり魅せられてしまったトレントが、最後にたどり着いた真相とは・・・恋愛とミステリが一体となった古典的名作。
アメリカ実業界で最大の実力者と目されていたシグズビー・マンダースンがイギリスの別荘で射殺死体となって発見された。
画家でありながら、その鋭い推理力でいくつかの事件の解決に協力してきたトレントは、新聞社の依頼で臨時の特派員となって現地へと赴く。
彼はまず元銀行家のカブルズ老人に会う。トレントとは旧知の仲で、シグズビーの妻・メイベルの叔父でもあった。
そして、ヒロインとなる美しき未亡人・メイベルの登場はその後。なんと文庫で110ページを超えたあたり。全編で310ページほどであるから、満を持しての真打ち(ラスボス?)登場、というところか。
現地に着いた翌朝、ホテルから散歩に出たトレントは、海岸沿いの崖の上に座る一人の女性と出会う。それがメイベルとの ”運命の出会い” だった。
その日に開かれる検死査問会に出席するために喪服に身を包んだメイベルの姿に、トレントはひと目で魅了されてしまう。
とにかく、ここでのメイベルの描写は流麗の一語に尽きる。
そしてこの瞬間、トレントは運命の恋に落ちてしまうのだ。
ちなみにこのときトレントは32歳。メイベルは26歳で、夫のシグズビーとは20歳の年齢差があった。
ミステリとしての本書は、このあと意外な展開を見せる。
もちろん後半になると事態は二転三転、そして真相は明らかになり、トレントとメイベルの関係にも決着がもたらされる。
読者が気になる最大の注目点は、「メイベルは犯人なのか否か」だろう。
本書の発表は1913年で、ミステリが犯人当ての推理パズルから、ドラマ性を備えた小説へと進化し始める嚆矢となった作品だという。
純粋にミステリ的な評価は別として、緊張感に満ち溢れたラブ・ストーリーとしてはまことに面白い。やはり「名作」と銘打たれるだけのことはある作品だと思う。
怪獣男爵 [読書・冒険/サスペンス]
評価:★★★
希代の大悪人・古柳男爵は、その悪行のために死刑となる。しかし新たな肉体を得て甦り、復讐と宝石強奪を企む。
古柳冬彦は、世界でも指折りの脳生理学者だった。しかし希代の悪人でもあった。兄・夏彦を殺害して財産と男爵位を乗っ取り、瀬戸内海の孤島・男爵島を根拠地に犯罪に手を染めていた。しかし物理学者・小山田博士の活躍で逮捕され、死刑となってしまう。
ところが古柳男爵は生前にトンデモナイ技術を完成させていた。人間の脳を他人の体に移植するものだ。古柳男爵の遺体は彼の助手である北島博士に引き取られて、男爵島で密かに手術が行われた。
男爵の脳は、サーカスから密かに買い取っておいた "ロロ" という生き物の体に移植される。ロロはゴリラのような体を持つが、ところどころ人間ぽい特徴も併せ持つ不思議な生物だった(ロロの正体は終盤で明らかになる)。
こうして古柳男爵は、屈強な肉体と大悪人の脳髄を併せ持つ怪物・"怪獣男爵" として甦り、自分を死刑に追いやった小山田博士への復讐、そして億万長者・五十嵐宝作からの財宝奪取をはじめ、数々の凶悪犯罪を開始する。
男爵と対決するのは小山田博士と等々力警部なのだが、ジュブナイル故に3人の若者・少年がメインとなる。
この3人が瀬戸内海でヨットクルーズをしているとき、突然の嵐に見舞われて男爵島に逃げ込むところから本編は始まる。
江戸川乱歩の場合は、いろんな正体不明な敵が登場しても、たいていは二十面相の変装だったりするのだが、本書に登場する怪獣男爵は完全に "人外"、あるいは "人間以上" の怪物だ。
もっとも、これでは人間の間に入り込んで悪さをすることはできないから、3人の人間の手下を従えている。3人とも共通して "いかにも悪そう"(笑)な外見をしているのは、ジュブナイル故のご愛敬だろう。
実は本書、私はけっこう早い時期に読んでいる。小学校4年のときに父親が江戸川乱歩の『少年探偵団』シリーズを買い与えてくれたことが私の読書人生の始まりだった、てのはこのブログのあちこちで書いてる。
思えばこれが私の "初横溝"(笑)だったんだね。今まで、中学生の頃に読んだマンガ版『八つ墓村』(作画:影丸譲也)が最初だと思ってたんだが、すっかり忘れていたよ。怖すぎて記憶の底に封印されていたのかも知れない(笑)。
探偵は友人ではない [読書・ミステリ]
評価:★★★
主人公・海砂真史(うみすな・まふみ)は中学2年生。彼女は奇妙な謎に出会うたび、幼馴染みで不登校児の鳥飼歩(とりかい・あゆむ)を訪ねて力を借りる。
語り手の海砂真史は札幌で暮らす中学2年の女子生徒。169cmと高い身長をコンプレックスに感じているが、女子バスケット部で熱心に活動している。
探偵役となる鳥飼歩は真史の幼馴染みの男子だが、中学校には通っていない、いわゆる不登校状態。しかし頭のキレは抜群だ。
真史の周囲、あるいは彼女自身に起こった事件の謎を、歩が解き明かしていく ”日常の謎” 系連作短篇集、第2巻。
「第一話 ロール・プレイ」
「第二話 正解にはほど遠い」
「第三話 作者不詳」
「第四話 for you」
いままで「依頼人」と「探偵」という立場で接してきた2人。しかし本書において鹿取彩香という "撹乱要素(笑)" が登場してきたことで、2人の関係に変化が生じ始める。
さらば愛しき魔法使い [読書・ミステリ]
評価:★★★
八王子警察署の刑事・小山田聡介の家にいる住み込みのメイド・マリィは、実は魔法少女。聡介が取り組む事件に毎回介入するが、魔法で犯人が分かっても逮捕はできない。かくして聡介の奮闘が始まる・・・というシリーズの3巻目。
熟女好きのヘタレ刑事の主人公・聡介、彼の上司・椿木綾乃警部はアラフォーで、事件の関係者の中から金持ちのイケメンを見つけては婚活しようとする。キャラ立ちがバッチリなレギュラー陣も健在。
魔法というある意味 ”掟破り” の要素を取り入れてるんだけど、謎解き部分は至って正統的。最後には、聡介の推理が犯人のミスをついて引導を渡す。
「魔法使いと偽りのドライブ」
「魔法使いと聖夜の贈り物」
「魔法使いと血文字の罠」
「魔法使いとバリスタの企み」
さて、本書の最後で、マリィは聡介の前から姿を消してしまう。八王子近辺で魔法少女の目撃情報が出ていることがオカルト系の雑誌に取り上げられたためらしいのだが・・・。
スイッチ 悪意の実験 [読書・ミステリ]
評価:★★★★☆
女子大生・箱川小雪(はこがわ・こゆき)を含む6人の男女は、奇妙な実験に参加する。ある「スイッチ」を持ったまま1ヶ月間過ごせば、何もしなくても100万円もらえるという。ただし、その「スイッチ」を押すと、幸福に暮らしている一家が破滅するのだという・・・。
私立狼谷(ろうこく)大学に通う箱川小雪は、先輩から奇妙なアルバイトを紹介される。1ヶ月間、何もしなくても100万円もらえるというものだ。主催者は大学OBで心理コンサルタントをしている安楽是清(あらき・これきよ)。小雪は、友人2人とともにアルバイトに参加することに。
集まったのは総勢で6人の男女。まず連れて行かれたのは一軒のパン屋。鹿原弘一(しかはら・こういち)とその妻・柚子(ゆずこ)が経営している。売り上げは芳しくないが、夫婦は3人の子どもとともに幸福そうだ。
大学へ戻ってきた6人のスマホに、安楽はあるアプリをインストールさせる。起動すると、1つの「スイッチ」が表示される。そしてこれを押すと、鹿原一家が破滅するのだという。
安楽の目的は『理由のない悪』というものの存在を確かめること。全く利害関係の無い相手を、理由もなく陥れるような悪意を人間は持っているのか?
6人は「スイッチ」を持ったまま、1ヶ月暮らすことになる。押すも押さないも自由。彼らの意思に任されて。
誰もスイッチを押すことなく時は流れていったのだが、実験最終日になって誰かが「スイッチ」を押してしまう。スマホアプリなので、誰が押したかは簡単に分かってしまうはずなのだが、押した人物は、ある手段を用いて "匿名性" を確保してしまう。
そしてこれがきっかけで、鹿原家に "悲劇的な事態" が勃発する・・・
物語は、「スイッチ」を押した犯人(作中では "S" と呼ばれる)探しと、物語の語り手でもある小雪の過去から現在へ続く心象風景の変化、この2つのラインで進んでいく。
小雪さんの設定がユニークだ。幼少期のトラウマがもとで、学校では軽いイジメに遭っていまう。さらに中学生のときに、彼女の行動がもとで起こった事態で心が折れてしまう。
物語が進むにつれて、小雪の幼少期のトラウマには、実は鹿原弘一が絡んでいたことが明らかになってくる。
思わせぶりなタイトルと、文庫裏の惹句をみて、読む前は「嫌な事件が嫌らしく解決されて、読んだ後にいや~な感じが残る ”イヤミス” なんじゃないか」って先入観があった。
作者はこれがデビュー作。語りも達者で読みやすい文章で書かれていて、そのぶん物語に没頭できる。とても才能がある人だと思う。
にぎやかな落葉たち [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
北関東の山間にある高齢者向けグループホーム「若葉荘」。しかしその冬一番の雪の日に、密室殺人事件が起こる。積雪で警察が現場に来れない中、住み込みで働く17歳の浜坂綾乃は鋭い洞察力を示して真相に迫っていくが・・・
口の悪い人からは「落葉荘」と呼ばれる、高齢者向けグループホーム「若葉荘」。オーナー兼世話人をしているのは野末寥(のずえ・りょう)。20年前、高校3年生の時に短編小説で入賞し、天才少女小説家ともてはやされた。
しかしその後は伸び悩み、両親の介護をしながら20代を過ごした。そして5年前に一念発起して「若葉荘」を建てたのだった。
主人公は「若葉荘」に住み込みで働く浜坂綾乃・17歳。両親を失い、引き取られた先の親類の家では疎まれ、「若葉荘」に入居している伯父・添田の伝手でここで働くことになった。
「若葉荘」の近くを高速道路が通る計画が持ち上がり、ある冬の日に市会議員・五十嵐規矩(いがらし・きく)がやってくるが、彼女は銛(もり)で射殺された状態で発見される。現場は密室状態で、外部から銛を打ち込むことは不可能だった。
おりしも降雪によって外界と隔離された「若葉荘」。綾乃は元刑事の添田の助けを受けながら事件について調べ始めるが、やがて第2の殺人が起こる・・・
入居者には70代・80代の者もいるが、彼ら彼女らも実に生き生きとして描かれていて、全然 "枯れて" ない。このあたりは作者の年齢もあるのだろう(本書の執筆時はなんと83歳!)。
そして主人公の綾乃さんがまたいいキャラだ。不幸な環境で育ったせいか、とっても逞しい。肝が据わっていて働き者で、頭の回転もいいと三拍子そろったお嬢さん。か弱さなんかかけらもない、といったら言いすぎか。
添田の後輩の若手刑事・名倉と恋仲にあるという設定なのだが、彼女の旦那は生半可な覚悟じゃ務まらなさそう(笑)。
「若葉荘」の住人をはじめ、登場人物はほとんどが地元で育ってきている。同年代の者たちは同じ学校に通い、同じ思い出を共有している。しばしば過去の回想シーンが挿入されるが、どれも事件の背景と切り離せない重要なもの。一見してバラバラな出来事だったものが、最後にはきれいにつながって隠された事実が明らかになっていく。このあたりは流石の職人芸だ。
読み終わってから冒頭を読み返すと、もう既にあちこち伏線が蒔かれているのがわかる。まさに「老練」という言葉が実感できる作品だ。
QED 憂曇華の時 [読書・ミステリ]
評価:★★★
安曇野の神社で、神楽の舞い手が怪死する。近くを観光に訪れていた桑原崇と棚旗奈々の薬剤師コンビが事件に巻き込まれることに。人気シリーズ「QED」の一編。
長野県南安曇郡穂高町。神社で一ヶ月後に行われる夏祭り神楽に備えて、お囃子の練習をしているた鈴本順子、理恵、麻里の美人三姉妹。その前に現れた男は、耳をそがれ、背後から刺された傷で瀕死の状態だった。そして「S」のような血文字のダイイング・メッセージを残して息を引き取る。
山梨県の石和(いさわ)に観光に訪れていた崇と奈々は、友人の小松崎から呼び出されてこの殺人事件に関わることになる。
さらに第2の事件が起こる。今度も神楽の関係者の女性で、「黒鬼」という謎の言葉を残して死亡する・・・
毎回、崇の語る古代史にまつわる蘊蓄に圧倒されるシリーズだが、今回は安曇野を舞台に大いに博覧強記ぶりを見せつける。
ただ、登場してくるネタがシリーズ当初と比べて、だんだんマイナーな分野になってきているような気がする。”新解釈による目から鱗が落ちるような驚き” が描かれていても、それがどれくらいスゴいのかが、私みたいに歴史の知識の少ない者には、今ひとつ伝わらない。気がつけば、崇の長広舌を漫然と読み飛ばしてしまっている自分がいたりする。シリーズのファンからすれば、風上にも置けないトンデモナイ奴だね、私は。
文庫で420ページほどだが、その大半はひたすら崇が語るシーンが占める。ミステリ部分は添え物とまでは言わないが、読んでいると殺人事件を扱ってることを忘れそうになってしまう(笑)。
そのミステリ部分だが、ラストで明かされる事件の背景はかなり凝ったものになってる。横溝正史の地方の旧家を舞台にしたミステリに通じるものを感じたりする。
東京ホロウアウト [読書・冒険/サスペンス]
評価:★★★
東京オリンピック開幕を控えた2021年7月。配送トラックを狙ったテロが次々に起こり、鉄道・高速道路も妨害行為で走行不能に。東京に向けた物流が一斉に止まるという異常事態が発生する。長距離トラックドライバーの主人公は、仲間とともに危機打開に動き始めるが・・・
オリンピック開幕を一週間後に控えた東京。新聞社に脅迫電話がかかってくる。東京を走るトラックの荷台でシアン化水素ガス(青酸ガス)を発生させる、と。
その脅迫通りの事件が発生し、そこから次々にテロ行為が続発していく。東北本線が土砂崩れで不通となり、常磐自動車道のトンネル内で人為的な火災事故が発生、通行止めに。
東北から東京へ向かう物流ラインが次々と断ち切られ、東京圏3600万人が物資不足に晒される。コンビニ・スーパーの棚は次々に空になっていく・・・。
主人公は長距離トラックドライバーの世良隆司(せら・たかし)。妻の萌絵はコンビニ店員だ。
本書のテーマは主に2つ。ひとつはこの国の物流の様相。
モノを作る人がいて、運ぶ人がいて、それを売る人がいてはじめて我々は商品を手にすることができる。生活を支えるインフラとして物流の重要さとその脆弱さが描かれていく。
もう一つは、東京(都市部)と地方の歪んだ関係だ。
主人公・世良はこの緊急事態を、トラックドライバー同士の横の連携で打開しようとする。彼の身近な知人に犯人グループの一人がいたり、世良の弟が警視庁の警部だったり、終盤では犯行グループの首謀者に出くわしたりと、ちょっと都合よすぎる展開もあるけど、それは本書のテーマにとっては些細なことだろう。
この重大な危機を打開するリーダーであるべき東京都知事が、いささかコミカルかつ無能に描かれているのはご愛敬か。
Iの悲劇 [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
無人になった山奥の集落を再生させるプロジェクトが始動、移住者たちがやってきた。しかし、市役所職員・万願寺(まんがんじ)の懸命の努力にも関わらず、住民間でのトラブルや軋轢が多発して、一人また一人と集落を去って行く・・・
合併によって誕生した南はかま市。市長の肝煎りで、無人になった山間の集落・蓑石(みのいし)地区を再生させるプロジェクトが始動し、移住者が集まってきた。彼らは空き家となった民家を借りて暮らし始めることになる。本書のタイトルの「I」は「Iターン」のことだ。
市役所に新設された「甦り課」は、移住の斡旋と移住者への対応をする部署。昼行灯のような上司・西野秀嗣、今どきの若者らしい新人・観山遊香(かんざん・ゆか)と、やる気の無い仲間たちとともに移住者相手に奮闘するのが主人公の万願寺邦和。
「第一章 軽い雨」
「第二章 浅い池」
「第三章 重い本」
「第四章 黒い網」
「第五章 深い沼」
「第六章 白い仏」
蓑石にやってくる移住者たちの目的はそれぞれ。豊かな自然、静かな環境、自由にできる広大な空間・・・。しかし彼らは理想と現実の落差を思い知ることになる。
そんな事態に介入して "火中の栗を拾う" 役回りを押しつけられているのが万願寺。移住民たちから出てくる苦情の波状攻撃に晒されて同情に堪えないが、これも仕事と割り切って取り組んでいく。まさに公務員の鑑(笑)。
分類すれば、ダークな味わいの "日常の謎" というところか。でもプロバビリティの犯罪とか毒殺とか密室とか、ミステリ的なガジェットがそこかしこにしっかり取り入れられているのは流石。
「終章」で明かされる、全編を貫く "真相" には暗澹たる気持ちにさせられるが、これも一つの考え方ではあるのだろう。
ブラウン神父の不信 [読書・ミステリ]
評価:★★★
本書の初刊は1926年。いわゆる "古典的名作" と呼ばれる作品集。丸顔で小柄で不器用なブラウン神父が探偵役として活躍する、全5巻シリーズの3巻目だ。
『童心』『智恵』に続く3巻目だけど、前巻からは12年経っている。巻末の解説にはそのあたりの経緯が書かれているけど、本書の歴史的な意義は変わらないだろう。
「ブラウン神父の復活」
「天の矢」
「犬のお告げ」
「ムーン・クレサントの奇跡」
「金の十字架の呪い」
「翼ある剣」
「ダーナウェイ家の呪い」
「ギデオン・ワイズの亡霊」