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トレント最後の事件 [読書・ミステリ]


トレント最後の事件【新版】 (創元推理文庫)

トレント最後の事件【新版】 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2017/02/19
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 実業家マンダースンが殺され、画家にして名探偵のトレントが調査に乗り出す。そこで出会ったのは、被害者の妻・メイベル。彼女の美貌にすっかり魅せられてしまったトレントが、最後にたどり着いた真相とは・・・恋愛とミステリが一体となった古典的名作。


 アメリカ実業界で最大の実力者と目されていたシグズビー・マンダースンがイギリスの別荘で射殺死体となって発見された。

 画家でありながら、その鋭い推理力でいくつかの事件の解決に協力してきたトレントは、新聞社の依頼で臨時の特派員となって現地へと赴く。

 彼はまず元銀行家のカブルズ老人に会う。トレントとは旧知の仲で、シグズビーの妻・メイベルの叔父でもあった。
 彼から事件の概要を聞き出したトレントは現場となった別荘へ向かい、シグズビーの2人の秘書、執事、女中と、関係者たちから次々に話を聞くことに。

 そして、ヒロインとなる美しき未亡人・メイベルの登場はその後。なんと文庫で110ページを超えたあたり。全編で310ページほどであるから、満を持しての真打ち(ラスボス?)登場、というところか。

 現地に着いた翌朝、ホテルから散歩に出たトレントは、海岸沿いの崖の上に座る一人の女性と出会う。それがメイベルとの ”運命の出会い” だった。
 洋の東西を問わず、サスペンスには崖の上がよく似合うのだろう(笑)。

 その日に開かれる検死査問会に出席するために喪服に身を包んだメイベルの姿に、トレントはひと目で魅了されてしまう。
 「喪服の女性は美しい」のは万国共通のようだ(おいおい)。

 とにかく、ここでのメイベルの描写は流麗の一語に尽きる。
 白い顔、赤みを帯びた頬、黒い眉、形のよい鼻すじ、豊かな黒髪、靴も帽子も含めて黒一色に統一された装い。
 喪服に身を包んでいても、その瞳は生気に満ちている。彼女の一挙手一投足が魅力的に描かれ、これがミステリであることを忘れそうになってしまう。

 そしてこの瞬間、トレントは運命の恋に落ちてしまうのだ。

 ちなみにこのときトレントは32歳。メイベルは26歳で、夫のシグズビーとは20歳の年齢差があった。

 ミステリとしての本書は、このあと意外な展開を見せる。
 中盤過ぎにおいて、トレントの推理は "ある人物" を犯人として特定するに至るのだが、"ある理由" からそれを封印してしまうのだ。
 警察はシグズビーの事件を自殺と判断し、捜査は終結する。


 もちろん後半になると事態は二転三転、そして真相は明らかになり、トレントとメイベルの関係にも決着がもたらされる。


 読者が気になる最大の注目点は、「メイベルは犯人なのか否か」だろう。
 トレントはメイベルを運命の女性と思い定め、終盤近くでは彼女に対して自分の恋情を切々と訴える場面がある。出会いの時と合わせて、この2つのシーンはまさに恋愛小説の趣き。

 本書の発表は1913年で、ミステリが犯人当ての推理パズルから、ドラマ性を備えた小説へと進化し始める嚆矢となった作品だという。
 探偵が重要容疑者と運命の恋に陥ってしまう、という本書は、ミステリとしての興味と主役カップルの運命が不可分な構造になっていて、物語性が豊かになっているのは間違いない。

 純粋にミステリ的な評価は別として、緊張感に満ち溢れたラブ・ストーリーとしてはまことに面白い。やはり「名作」と銘打たれるだけのことはある作品だと思う。



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怪獣男爵 [読書・冒険/サスペンス]


怪獣男爵 (角川文庫)

怪獣男爵 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/11/22
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 希代の大悪人・古柳男爵は、その悪行のために死刑となる。しかし新たな肉体を得て甦り、復讐と宝石強奪を企む。
 横溝正史・復刊シリーズ、ジュブナイルものの一編。


 古柳冬彦は、世界でも指折りの脳生理学者だった。しかし希代の悪人でもあった。兄・夏彦を殺害して財産と男爵位を乗っ取り、瀬戸内海の孤島・男爵島を根拠地に犯罪に手を染めていた。しかし物理学者・小山田博士の活躍で逮捕され、死刑となってしまう。

 ところが古柳男爵は生前にトンデモナイ技術を完成させていた。人間の脳を他人の体に移植するものだ。古柳男爵の遺体は彼の助手である北島博士に引き取られて、男爵島で密かに手術が行われた。

 男爵の脳は、サーカスから密かに買い取っておいた "ロロ" という生き物の体に移植される。ロロはゴリラのような体を持つが、ところどころ人間ぽい特徴も併せ持つ不思議な生物だった(ロロの正体は終盤で明らかになる)。

 こうして古柳男爵は、屈強な肉体と大悪人の脳髄を併せ持つ怪物・"怪獣男爵" として甦り、自分を死刑に追いやった小山田博士への復讐、そして億万長者・五十嵐宝作からの財宝奪取をはじめ、数々の凶悪犯罪を開始する。

 男爵と対決するのは小山田博士と等々力警部なのだが、ジュブナイル故に3人の若者・少年がメインとなる。
 小山田博士の息子で15歳の史郎、宇佐美恭助は柔道三段の大学生、太一は12歳ほどの少年だ。恭助と太一は両親が亡く、小山田博士が引き取って養育している。

 この3人が瀬戸内海でヨットクルーズをしているとき、突然の嵐に見舞われて男爵島に逃げ込むところから本編は始まる。
 彼らはそこで瀕死の状態の北島博士を発見、怪獣男爵誕生の経緯を知る。しかし時既に遅く、男爵は島を脱出してしまっていた・・・


 江戸川乱歩の場合は、いろんな正体不明な敵が登場しても、たいていは二十面相の変装だったりするのだが、本書に登場する怪獣男爵は完全に "人外"、あるいは "人間以上" の怪物だ。

 もっとも、これでは人間の間に入り込んで悪さをすることはできないから、3人の人間の手下を従えている。3人とも共通して "いかにも悪そう"(笑)な外見をしているのは、ジュブナイル故のご愛敬だろう。
 この "怪獣男爵の一味" vs "史郎たち3人組" の対決が全編にわたって描かれていく。


 実は本書、私はけっこう早い時期に読んでいる。小学校4年のときに父親が江戸川乱歩の『少年探偵団』シリーズを買い与えてくれたことが私の読書人生の始まりだった、てのはこのブログのあちこちで書いてる。
 乱歩に熱中していた息子を見ていた父は、たぶん私を喜ばせようと思って本書を買ってきてくれたのだろう。
 ただ、私は『怪獣男爵』の設定の不気味さに圧倒されてしまって、面白さよりは恐怖を感じてしまったのを覚えている。実際、父はこれ以外の横溝ジュブナイルは買ってくれなかったので、多分顔に出ていたのだろう(笑)。

 思えばこれが私の "初横溝"(笑)だったんだね。今まで、中学生の頃に読んだマンガ版『八つ墓村』(作画:影丸譲也)が最初だと思ってたんだが、すっかり忘れていたよ。怖すぎて記憶の底に封印されていたのかも知れない(笑)。



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探偵は友人ではない [読書・ミステリ]


探偵は友人ではない (創元推理文庫)

探偵は友人ではない (創元推理文庫)

  • 作者: 川澄 浩平
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2022/09/20
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 主人公・海砂真史(うみすな・まふみ)は中学2年生。彼女は奇妙な謎に出会うたび、幼馴染みで不登校児の鳥飼歩(とりかい・あゆむ)を訪ねて力を借りる。
 「依頼人」と「探偵」だった2人の関係が変わり始める、ミステリ・シリーズ第2巻。


  語り手の海砂真史は札幌で暮らす中学2年の女子生徒。169cmと高い身長をコンプレックスに感じているが、女子バスケット部で熱心に活動している。

 探偵役となる鳥飼歩は真史の幼馴染みの男子だが、中学校には通っていない、いわゆる不登校状態。しかし頭のキレは抜群だ。
 名探偵キャラの常として、彼もまたかなりの偏屈者だ(笑)。でもスイーツに目がないので、それに釣られて探偵として動き出す。

 真史の周囲、あるいは彼女自身に起こった事件の謎を、歩が解き明かしていく ”日常の謎” 系連作短篇集、第2巻。


「第一話 ロール・プレイ」
 真史は歩から、彼女の通う中学校の英語講師・水野梨花(みずの・りか)にまつわるエピソードを聞く。
 4年前、歩が小学4年生の時に通っていた塾の講師が梨花だった。同じ塾の生徒で6年生だった鹿取一樹(かとり・かずき)は、彼女が大学で演劇をやっていることを知り、観に行く。しかしそれを周囲に話してしまったことで、梨花の不興を買うことに。
 その3ヶ月後、一樹は梨花から一人芝居の手助けをしてもらうように頼まれる。しかしその公演の日、梨花はなぜか途中で舞台から降りてしまった・・・
 いわゆる What done it (何が起こっているのか?)のミステリだ。明らかになるのは、梨花が演劇に情熱を傾けていたがゆえの事態。
 うーん、青春はややこしい(笑)。


「第二話 正解にはほど遠い」
 真史の前に、鹿取一樹の妹・彩香(あやか)が現れる。中学1年生で真史の後輩でもある彩香は、真史のバッシュ(バスケットシューズ)を借り受ける。
 鹿取兄妹の家は洋菓子店で、クリスマスシーズンに実施する〈お菓子の家〉のプレゼントクイズにバッシュを使うのだという。
 そのクイズは、真史のバッシュが写った数枚の写真で構成されていた。しかし正解が分からない。例によって歩に相談を持ちかけるのだが・・・
 暗号ものの一種だが、これはなかなか難しい。ベースになっているものは至ってシンプルで身近なものではあるのだが、意外と気づけないところにある。


「第三話 作者不詳」
 美術教師・柳の担当する授業を終えた真史は、美術準備室の中に鉛筆書きのデッサンを見つける。それは真史の右手を描いたもののように思われた。なぜそんなものがここにあるのか・・・
 そして新年を迎え、初詣を終えた真史たちは街中で柳に出会う。しかし彩香の聞いた話では、柳は冬休み中ずっと沖縄に行っていたはずだという。
 さらに、美術室の鍵締めを巡って柳の行動に不審なものを感じた真史は、歩に相談するのだが・・・
 これも What done it のミステリだ。歩によって謎のおおかたは明かされるが、残された部分もある。これは次巻以降の伏線になってるのかな?


「第四話 for you」
 冬休みの後半、仙台の祖父母の家へ帰省した真史。そこへ歩から電話がかかってくる。いまアメリカにいて、真史が札幌に帰るのと同じ日に帰国するという。
 空港で待ち合わせをした2人は、互いにお土産を交換するのだが、始業式後に会った彩香は、歩から東京の土産をもらったという。いったい歩は冬休み中にどこに行っていたのか?
 シリーズ初だが、真史が歩の行動を解き明かしていく構成。同時に、これをきっかけに2人の関係が一歩先に動き出しそうな予感を残して全編の終了となる。


 いままで「依頼人」と「探偵」という立場で接してきた2人。しかし本書において鹿取彩香という "撹乱要素(笑)" が登場してきたことで、2人の関係に変化が生じ始める。
 歩へ好意を抱いていることを、行動のはしばしに示す彩香をみて、真史の心は平穏ではない。一方、歩のほうも真史との関係をはっきりさせる必要を感じ始めているようだ。
 積み残し(?)の謎もありそうだし、次巻以降の展開が楽しみだ。



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さらば愛しき魔法使い [読書・ミステリ]


さらば愛しき魔法使い (文春文庫)

さらば愛しき魔法使い (文春文庫)

  • 作者: 篤哉, 東川
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/10/09
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 八王子警察署の刑事・小山田聡介の家にいる住み込みのメイド・マリィは、実は魔法少女。聡介が取り組む事件に毎回介入するが、魔法で犯人が分かっても逮捕はできない。かくして聡介の奮闘が始まる・・・というシリーズの3巻目。


 熟女好きのヘタレ刑事の主人公・聡介、彼の上司・椿木綾乃警部はアラフォーで、事件の関係者の中から金持ちのイケメンを見つけては婚活しようとする。キャラ立ちがバッチリなレギュラー陣も健在。

 魔法というある意味 ”掟破り” の要素を取り入れてるんだけど、謎解き部分は至って正統的。最後には、聡介の推理が犯人のミスをついて引導を渡す。
 このシリーズは、犯人による殺害シーンから始まる倒叙ものなのだけど、最後に聡介が犯人に引導を渡すシーンは『刑事コロンボ』ばりによくできてる。


「魔法使いと偽りのドライブ」
 弁護士・岡田英明には、そっくりな異父弟・高野英夫がいた。英明の父が愛人に密かに産ませた子で、彼の存在を知る者はいない。
 英明は社長夫人・森加代子と英夫に長野県へドライブに行かせて自分のアリバイを作り、その間に加代子の夫・森敬三を殺害するが・・・
 序盤で、加代子と英夫のポルシェと、聡介とマリィが乗る中古のカローラとのカーチェイス(笑)がある。車の対比が笑いを誘うのだけど、これも伏線の一部になってるのは流石。


「魔法使いと聖夜の贈り物」
 人気の映画コメンテーター・西脇雅也は、売れない女優・中澤美奈子との愛人関係を精算すべく彼女を殺害する。美奈子が持っていたカフェのレシートから、アリバイ工作を思いつくのだが・・・
 決め手となるのはある事実なのだけど、これは現代だからこそ成立するもの。まあ、これから先はこれが普通の光景になるのだろうなぁ・・・


「魔法使いと血文字の罠」
 経営するバーの資金繰りに困った高森敦史は、保険金目当てに叔父・健作を殺害する。しかし瀕死の叔父は血文字のダイイング・メッセージを残していた。
 現場を去る前にそれを見つけた敦史は、これを使って他者の犯行に見せかけることを思いつくが・・・
 これも数年前には使えなかったネタだね。ミステリ作家というものは貪欲で、常にミステリに使えるものを探している、ってことか。


「魔法使いとバリスタの企み」
 カフェを経営する有名バリスタ・波佐間健二は、妻の叔父が重役を務める飲料メーカーからコラボ商品の缶コーヒーを出すことになった。
 そのために店員で愛人の愛沢仁美の存在が邪魔になり、殺害してしまう。健二は店の常連客・橋口誠に犯行をなすりつけることを思い立つが・・・
 缶コーヒーと○○。云われてみればよく見た取り合わせではあるが、最近はとんと見かけなくなったなぁ・・・。こういうものもネタになるんだねぇ。


 さて、本書の最後で、マリィは聡介の前から姿を消してしまう。八王子近辺で魔法少女の目撃情報が出ていることがオカルト系の雑誌に取り上げられたためらしいのだが・・・。
 次巻でシリーズ完結らしいので、聡介とマリィの関係がどうなるのか注目だ。



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スイッチ 悪意の実験 [読書・ミステリ]


スイッチ 悪意の実験 (講談社文庫)

スイッチ 悪意の実験 (講談社文庫)

  • 作者: 潮谷験
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2022/09/15

評価:★★★★☆


 女子大生・箱川小雪(はこがわ・こゆき)を含む6人の男女は、奇妙な実験に参加する。ある「スイッチ」を持ったまま1ヶ月間過ごせば、何もしなくても100万円もらえるという。ただし、その「スイッチ」を押すと、幸福に暮らしている一家が破滅するのだという・・・。


 私立狼谷(ろうこく)大学に通う箱川小雪は、先輩から奇妙なアルバイトを紹介される。1ヶ月間、何もしなくても100万円もらえるというものだ。主催者は大学OBで心理コンサルタントをしている安楽是清(あらき・これきよ)。小雪は、友人2人とともにアルバイトに参加することに。

 集まったのは総勢で6人の男女。まず連れて行かれたのは一軒のパン屋。鹿原弘一(しかはら・こういち)とその妻・柚子(ゆずこ)が経営している。売り上げは芳しくないが、夫婦は3人の子どもとともに幸福そうだ。

 大学へ戻ってきた6人のスマホに、安楽はあるアプリをインストールさせる。起動すると、1つの「スイッチ」が表示される。そしてこれを押すと、鹿原一家が破滅するのだという。
 鹿原夫婦の経営するパン屋は、安楽の資金援助でかろうじて存続している。誰かが「スイッチ」を押したら、その時点で鹿原家への援助は打ち切られ、一家は路頭に迷うことになるのだと。

 安楽の目的は『理由のない悪』というものの存在を確かめること。全く利害関係の無い相手を、理由もなく陥れるような悪意を人間は持っているのか?

 6人は「スイッチ」を持ったまま、1ヶ月暮らすことになる。押すも押さないも自由。彼らの意思に任されて。

 誰もスイッチを押すことなく時は流れていったのだが、実験最終日になって誰かが「スイッチ」を押してしまう。スマホアプリなので、誰が押したかは簡単に分かってしまうはずなのだが、押した人物は、ある手段を用いて "匿名性" を確保してしまう。
 この方法については書かないでおく。シンプルだけど「なるほど、この手があったか」って驚き、かつ納得してしまったよ。

 そしてこれがきっかけで、鹿原家に "悲劇的な事態" が勃発する・・・


 物語は、「スイッチ」を押した犯人(作中では "S" と呼ばれる)探しと、物語の語り手でもある小雪の過去から現在へ続く心象風景の変化、この2つのラインで進んでいく。

 小雪さんの設定がユニークだ。幼少期のトラウマがもとで、学校では軽いイジメに遭っていまう。さらに中学生のときに、彼女の行動がもとで起こった事態で心が折れてしまう。
 それ以来、"自分で決断すること" の恐ろしさに囚われてしまい、人生での大事な局面では、悉くサイコロやコイントスなどの偶然に頼るようになってしまった。
 大学生となった今もそれは抜けておらず、物事を決める際には頭の中でコイントスを行ってから選択をする、という行動を続けている。
 もっとも、今までのところ、頭の中でのコイントスに従った結果が悪い方には行ってないようだ。これは無意識のうちに彼女自身が選んでいる結果なのだろうが、残念ながら本人はそう思ってないのが問題だ。

 物語が進むにつれて、小雪の幼少期のトラウマには、実は鹿原弘一が絡んでいたことが明らかになってくる。
 終盤には "S" の正体も判明するが、それによって鹿原家で起こった "悲劇" に秘められていた意外な真実が明らかになり、物語の様相が一気に変わっていく。このあたりはミステリ的にもとても秀逸な展開だと思う。


 思わせぶりなタイトルと、文庫裏の惹句をみて、読む前は「嫌な事件が嫌らしく解決されて、読んだ後にいや~な感じが残る ”イヤミス” なんじゃないか」って先入観があった。
 でも読んでみたら、「人の悪意」と同じくらい「人の善意」にもフォーカスされるストーリーに、(いい意味で)予想を裏切られる。
 事件を経験していく中で精神的な成長を果たしていくヒロイン・小雪の姿も感動的で読む者の心に響く。
 読後感は事前の予想とは真逆で、清々しささえ感じてしまう。


 作者はこれがデビュー作。語りも達者で読みやすい文章で書かれていて、そのぶん物語に没頭できる。とても才能がある人だと思う。
 2作目の「時空犯」で話題になった人らしいけど、こちらも文庫化されていて、いま読んでるところ。



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にぎやかな落葉たち [読書・ミステリ]

 

にぎやかな落葉たち (光文社文庫)

にぎやかな落葉たち (光文社文庫)

  • 作者: 真先, 辻
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2017/02/09
  • メディア: 文庫

 

 


評価:★★★☆

 

 



 北関東の山間にある高齢者向けグループホーム「若葉荘」。しかしその冬一番の雪の日に、密室殺人事件が起こる。積雪で警察が現場に来れない中、住み込みで働く17歳の浜坂綾乃は鋭い洞察力を示して真相に迫っていくが・・・

 

 



 口の悪い人からは「落葉荘」と呼ばれる、高齢者向けグループホーム「若葉荘」。オーナー兼世話人をしているのは野末寥(のずえ・りょう)。20年前、高校3年生の時に短編小説で入賞し、天才少女小説家ともてはやされた。

 しかしその後は伸び悩み、両親の介護をしながら20代を過ごした。そして5年前に一念発起して「若葉荘」を建てたのだった。

 


 主人公は「若葉荘」に住み込みで働く浜坂綾乃・17歳。両親を失い、引き取られた先の親類の家では疎まれ、「若葉荘」に入居している伯父・添田の伝手でここで働くことになった。

 


 「若葉荘」の近くを高速道路が通る計画が持ち上がり、ある冬の日に市会議員・五十嵐規矩(いがらし・きく)がやってくるが、彼女は銛(もり)で射殺された状態で発見される。現場は密室状態で、外部から銛を打ち込むことは不可能だった。

 


 おりしも降雪によって外界と隔離された「若葉荘」。綾乃は元刑事の添田の助けを受けながら事件について調べ始めるが、やがて第2の殺人が起こる・・・

 

 



 入居者には70代・80代の者もいるが、彼ら彼女らも実に生き生きとして描かれていて、全然 "枯れて" ない。このあたりは作者の年齢もあるのだろう(本書の執筆時はなんと83歳!)。

 


 そして主人公の綾乃さんがまたいいキャラだ。不幸な環境で育ったせいか、とっても逞しい。肝が据わっていて働き者で、頭の回転もいいと三拍子そろったお嬢さん。か弱さなんかかけらもない、といったら言いすぎか。

 添田の後輩の若手刑事・名倉と恋仲にあるという設定なのだが、彼女の旦那は生半可な覚悟じゃ務まらなさそう(笑)。

 


 「若葉荘」の住人をはじめ、登場人物はほとんどが地元で育ってきている。同年代の者たちは同じ学校に通い、同じ思い出を共有している。しばしば過去の回想シーンが挿入されるが、どれも事件の背景と切り離せない重要なもの。一見してバラバラな出来事だったものが、最後にはきれいにつながって隠された事実が明らかになっていく。このあたりは流石の職人芸だ。

 


 読み終わってから冒頭を読み返すと、もう既にあちこち伏線が蒔かれているのがわかる。まさに「老練」という言葉が実感できる作品だ。

 

 


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QED 憂曇華の時 [読書・ミステリ]


QED 憂曇華の時 (講談社文庫)

QED 憂曇華の時 (講談社文庫)

  • 作者: 高田 崇史
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2022/09/15
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 安曇野の神社で、神楽の舞い手が怪死する。近くを観光に訪れていた桑原崇と棚旗奈々の薬剤師コンビが事件に巻き込まれることに。人気シリーズ「QED」の一編。


 長野県南安曇郡穂高町。神社で一ヶ月後に行われる夏祭り神楽に備えて、お囃子の練習をしているた鈴本順子、理恵、麻里の美人三姉妹。その前に現れた男は、耳をそがれ、背後から刺された傷で瀕死の状態だった。そして「S」のような血文字のダイイング・メッセージを残して息を引き取る。

 山梨県の石和(いさわ)に観光に訪れていた崇と奈々は、友人の小松崎から呼び出されてこの殺人事件に関わることになる。

 さらに第2の事件が起こる。今度も神楽の関係者の女性で、「黒鬼」という謎の言葉を残して死亡する・・・


 毎回、崇の語る古代史にまつわる蘊蓄に圧倒されるシリーズだが、今回は安曇野を舞台に大いに博覧強記ぶりを見せつける。
 古代海人(わたつみ)・安曇族がこの地に移住してきたことから始まって、古事記・日本書紀での記述から、今に残る穂高神社の奇祭、鵜飼いの風習まで、膨大な情報量で新たな解釈が示され、その勢いは止まるところを知らない。このシリーズ、もう20巻を超えてるのだけど、ネタが尽きないのはスゴいの一言だ。

 ただ、登場してくるネタがシリーズ当初と比べて、だんだんマイナーな分野になってきているような気がする。”新解釈による目から鱗が落ちるような驚き” が描かれていても、それがどれくらいスゴいのかが、私みたいに歴史の知識の少ない者には、今ひとつ伝わらない。気がつけば、崇の長広舌を漫然と読み飛ばしてしまっている自分がいたりする。シリーズのファンからすれば、風上にも置けないトンデモナイ奴だね、私は。

 文庫で420ページほどだが、その大半はひたすら崇が語るシーンが占める。ミステリ部分は添え物とまでは言わないが、読んでいると殺人事件を扱ってることを忘れそうになってしまう(笑)。

 そのミステリ部分だが、ラストで明かされる事件の背景はかなり凝ったものになってる。横溝正史の地方の旧家を舞台にしたミステリに通じるものを感じたりする。
 いにしえから残る因習とか秘められた血縁とか、都会では希薄になってしまった要素が地方ならまだ使えるということか。



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東京ホロウアウト [読書・冒険/サスペンス]


東京ホロウアウト (創元推理文庫 M ふ)

東京ホロウアウト (創元推理文庫 M ふ)

  • 作者: 福田 和代
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/06/14
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 東京オリンピック開幕を控えた2021年7月。配送トラックを狙ったテロが次々に起こり、鉄道・高速道路も妨害行為で走行不能に。東京に向けた物流が一斉に止まるという異常事態が発生する。長距離トラックドライバーの主人公は、仲間とともに危機打開に動き始めるが・・・


 オリンピック開幕を一週間後に控えた東京。新聞社に脅迫電話がかかってくる。東京を走るトラックの荷台でシアン化水素ガス(青酸ガス)を発生させる、と。

 その脅迫通りの事件が発生し、そこから次々にテロ行為が続発していく。東北本線が土砂崩れで不通となり、常磐自動車道のトンネル内で人為的な火災事故が発生、通行止めに。

 東北から東京へ向かう物流ラインが次々と断ち切られ、東京圏3600万人が物資不足に晒される。コンビニ・スーパーの棚は次々に空になっていく・・・。


 主人公は長距離トラックドライバーの世良隆司(せら・たかし)。妻の萌絵はコンビニ店員だ。

 本書のテーマは主に2つ。ひとつはこの国の物流の様相。

 モノを作る人がいて、運ぶ人がいて、それを売る人がいてはじめて我々は商品を手にすることができる。生活を支えるインフラとして物流の重要さとその脆弱さが描かれていく。
 その中で、主人公の職業である長距離トラックに作者は注目している。物流の主役にありながら労働環境は過酷だ。長時間の業務や低い賃金、それに加えてほとんどのドライバーは個人事業者。トラックも自前のものを使っている。
 そしていったん物流が止まると、人々は不安感から買い占めに走る。そのあたりの混乱は、萌絵の視点から語られていく。

 もう一つは、東京(都市部)と地方の歪んだ関係だ。
 東京は物資を飲み込むだけでなく、大量のゴミ・廃棄物を排出する。一部は東京湾に埋め立てられているが、多くは地方に運ばれて埋設処分される。しかし不法投棄も後を絶たない。最近でもそれが原因で災害が起こってるし。
 地方の生産物を都市部が吸い上げ、生じた廃棄物は地方に押しつける。曲がりなりにも都市部の片隅(たぶん)に住んでいる私が言えたことではないが、これは確かにひどいことではある。犯人グループの背景にもこの問題がある。


 主人公・世良はこの緊急事態を、トラックドライバー同士の横の連携で打開しようとする。彼の身近な知人に犯人グループの一人がいたり、世良の弟が警視庁の警部だったり、終盤では犯行グループの首謀者に出くわしたりと、ちょっと都合よすぎる展開もあるけど、それは本書のテーマにとっては些細なことだろう。

 この重大な危機を打開するリーダーであるべき東京都知事が、いささかコミカルかつ無能に描かれているのはご愛敬か。
 まあ、こんな政治家がいるとは思わないけど、なんでこんなのが当選したんだって思う議員さんがいるのは事実だよねぇ(笑)。



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Iの悲劇 [読書・ミステリ]


Iの悲劇 (文春文庫)

Iの悲劇 (文春文庫)

  • 作者: 米澤 穂信
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2022/09/01

評価:★★★☆


 無人になった山奥の集落を再生させるプロジェクトが始動、移住者たちがやってきた。しかし、市役所職員・万願寺(まんがんじ)の懸命の努力にも関わらず、住民間でのトラブルや軋轢が多発して、一人また一人と集落を去って行く・・・


 合併によって誕生した南はかま市。市長の肝煎りで、無人になった山間の集落・蓑石(みのいし)地区を再生させるプロジェクトが始動し、移住者が集まってきた。彼らは空き家となった民家を借りて暮らし始めることになる。本書のタイトルの「I」は「Iターン」のことだ。

 市役所に新設された「甦り課」は、移住の斡旋と移住者への対応をする部署。昼行灯のような上司・西野秀嗣、今どきの若者らしい新人・観山遊香(かんざん・ゆか)と、やる気の無い仲間たちとともに移住者相手に奮闘するのが主人公の万願寺邦和。
 彼は希望して引き受けたわけではなく、プロジェクトが軌道に乗るまで支障なく務めて、早く元の部署に戻りたいとの願望を胸に秘めている。しかし、事態は彼の臨むようには転がっていかない。
 人間が集まればいざこざが起こるのは世の常。万願寺もそれに振り回されることになるのだが・・・


「第一章 軽い雨」
 先行して移住してきた久野家と阿久津家。しかし、久野家から苦情が持ち込まれる。阿久津家から流れてくる騒音に耐えられないと・・・

「第二章 浅い池」
 移住者・牧野は休耕田に水を張り、鯉の養殖を始めた。しかし、鯉の稚魚が何者かに盗まれていると言い出す・・・

「第三章 重い本」
 大量の書物とともに移住してきた久保寺。同じく移住者である立石家の息子・速人(はやと)と仲良くなるが、ある日、速人が行方不明になってしまう・・・

「第四章 黒い網」
 移住者・川崎由美子は現代文明を忌み嫌い、それがもとで周囲の移住者と軋轢を起こしていた。移住者たちの親睦のために秋祭りが行われるが、そこで食中毒騒ぎが起こる・・・

「第五章 深い沼」
 万願寺の弟は東京に出てシステムエンジニアとして働いている。久しぶりに電話で会話する兄弟。そこで弟の口から出たのは、移住プロジェクトへの辛辣な評価だった・・・

「第六章 白い仏」
 移住者の若田夫妻が住んだ古民家の離れには円空が彫ったといわれる仏像があった。移住者・長塚は、それを蓑石の "村おこし" に活用しようと言い出すが、若田夫妻は首を縦に振らない・・・


 蓑石にやってくる移住者たちの目的はそれぞれ。豊かな自然、静かな環境、自由にできる広大な空間・・・。しかし彼らは理想と現実の落差を思い知ることになる。
 街の中心部から車で40分もかかる蓑石地区。コンビニもスーパーもない。小学校も中学校もない。急病人が出ても医者がいない。雪が降ったら除雪車が来るまで家から出られない・・・。人が減っていくのも仕方が無いよなぁ・・・って思ってしまう。
 そして、そんなところでも住民同士のトラブルは起こる。むしろ第三者がいないぶん、過激な形で。

 そんな事態に介入して "火中の栗を拾う" 役回りを押しつけられているのが万願寺。移住民たちから出てくる苦情の波状攻撃に晒されて同情に堪えないが、これも仕事と割り切って取り組んでいく。まさに公務員の鑑(笑)。


 分類すれば、ダークな味わいの "日常の謎" というところか。でもプロバビリティの犯罪とか毒殺とか密室とか、ミステリ的なガジェットがそこかしこにしっかり取り入れられているのは流石。

 「終章」で明かされる、全編を貫く "真相" には暗澹たる気持ちにさせられるが、これも一つの考え方ではあるのだろう。

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ブラウン神父の不信 [読書・ミステリ]


ブラウン神父の不信【新版】 (創元推理文庫)

ブラウン神父の不信【新版】 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2017/05/21
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 本書の初刊は1926年。いわゆる "古典的名作" と呼ばれる作品集。丸顔で小柄で不器用なブラウン神父が探偵役として活躍する、全5巻シリーズの3巻目だ。

 『童心』『智恵』に続く3巻目だけど、前巻からは12年経っている。巻末の解説にはそのあたりの経緯が書かれているけど、本書の歴史的な意義は変わらないだろう。


「ブラウン神父の復活」
 夜道を歩いていたブラウン神父が、何者かに襲われ、医師によって死亡が確認される。しかし葬儀の最中に、棺の中のブラウン神父が息を吹き返す・・・
 この一連の騒動を仕組んだ者がいることも意外だが、その動機も陰険で驚く。神父さんも有名人になってしまったから・・・

「天の矢」
 "コプトの杯" という珍品を持つ資産家が殺されるという事件が続発する。現在の所有者は実業家のマートン。しかし彼も、室内で矢に射抜かれて殺されてしまう。しかし現場の周囲には矢を放てる場所が存在しなかった・・・
 これも現代ミステリではすぐにネタが分かってしまうが、発表されたのは100年前だからねぇ。

「犬のお告げ」
 ドルース大佐が殺される。現場は自宅の庭の東屋で、死因は背後から鋭利な刃物で刺されたこと。しかし現場周囲で凶器が発見されていない。
 密室ものというよりも凶器の隠蔽のほうがメイン。タイトル通り、ワンちゃんが全編にわたって大活躍(笑)。

「ムーン・クレサントの奇跡」
 ムーン・クレサントとは、現場になった高層ビルの名前。ウォレン・ウィンドがその14階のオフィスから衆人環視の中にもかかわらず姿を消し、やがてビルから400m離れた場所で首吊り死体となって発見される。
 古典的なトリックなんだけど、まさに本書はその古典だった(笑)。

「金の十字架の呪い」
 サセックス海岸の教会の地下に古い墓地が発見された。そこへ見学に入り込んだグループの1人が事故死してしまう。他の者たちが呪いによるものではないかと騒ぐうちに、教会の牧師が自殺してしまう。
 オカルト的というか伝奇的な雰囲気の中で、ブラウン神父は現実的な解釈を以て隠された犯罪を暴いていく。

「翼ある剣」
 資産家エールマーが亡くなり、3人の実子が財産を相続した。養子のストレークは相続から外されてしまい、その怒りから実子のうち2人までを殺害してしまう。最後に残ったアーノルドは、襲ってきたストレークを返り討ちにすることに成功するのだが・・・
 これも白魔術・黒魔術とかのオカルト的な味付けがされているが、ブラウン神父は意外かつ合理的な真相を引き出してみせる。

「ダーナウェイ家の呪い」
 七代ごとに当主に悲劇が訪れるというダーナウェイ家。オーストラリアから帰国して来た次期当主がその七代目に当たるが、密室状態のアトリエの中で死体となって発見される。
 ラブ・ストーリーとしては楽しめるけど、ミステリとしてはこのオチじゃ反則だろう(笑)。

「ギデオン・ワイズの亡霊」
 3人の富豪が、遠く離れた別々の場所で同時刻に殺された。1人目スタインは自宅庭に建設中の浴室で、2人目ギャラップは自宅の門番小屋脇の茂みの中で、3人目ワイズは別荘近くの崖から海に突き落とされて。
 しかし、詩人で革命家のホーンがワイズの亡霊を見たと言い出す。しかも、ワイズを殺したのは自分なのだとも・・・
 これはなかなか意外な真相。"構図の逆転" とはこのことか。



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