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夜光怪人 [読書・ミステリ]


夜光怪人 (角川文庫)

夜光怪人 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/10/24
  • メディア: 文庫

評価:★★☆


 蛍火のような光を放つ怪人が夜の東京で様々な凶悪犯罪を引き起こす。
 短めの長編である表題作に加え、短編2作を収録。
 横溝正史・復刊シリーズ、ジュブナイルものの一編。


「夜光怪人」

 つば広の帽子、ダブダブのマント、能面のような仮面、そしてどれもがボーッと蛍火のような光を放つ。そんな装束に身を包んだ怪人が世を騒がせていた。

 中学3年生の御子柴進(みこしば・すすむ)少年は、ある夜、上野公園で全身から光を放つ犬に追われる少女と出くわす。とっさのことで彼女とともに樹上へ隠れるが、そこへ現れたのが夜光怪人だった。
 怪人の言葉から、少女が財宝の隠し場所を握っていることを進は知る。しかし彼女は進の隙をついて逃げ出してしまう。

 半月後、銀座のデパートで防犯展覧会が開かれる。新聞記者・三津木俊助(みつぎ・しゅんすけ)とともに会場に訪れた進は、そこで夜光怪人に追われていた少女を目撃する。しかし彼女は『人魚の涙に気をつけろ』という伝言を残して姿を消してしまう。

 『人魚の涙』とは、真珠王・小田切準造(おだぎり・じゅんぞう)が所蔵する真珠の首飾りの名。三津木俊助は、彼に請われて『人魚の涙』の警備の一員として加わることになるのだが、夜光怪人は易々と盗難に成功、殺人まで犯してしまう。

 続いて夜光怪人は古宮元伯爵主催の仮面舞踏会に現れ、元伯爵の令嬢・珠子を掠ってしまう。古宮元伯爵によると、夜光怪人の正体は大江蘭堂という悪人で、考古学者・一柳博士が発見した財宝を狙っているという。
 一柳博士は財宝の隠し場所を二人の子に託した。その一人が夜光怪人に追われていた少女・藤子だったのだ・・・

 前半は夜光怪人に翻弄される俊助たちが描かれるのだが、トリック自体はジュブナイルだけにわかりやすい(笑)。
 後半になると真打ち・金田一耕助が登場し、夜光怪人が探し求める財宝をめぐる物語へと変わり、夜光怪人との対決、そしてその "真の正体" へと迫っていく。

 文庫で200ページ弱という分量に、多くの登場人物に加え、これでもかといろんな材料をぶちこんだ感がある。流石にベテランだけあって読みにくくはないけど、もう少し余裕がほしいかなとも思った。


「謎の五十銭銀貨」

 主人公の小説家・駒井啓吉は、昭和16、17年頃に易者から手に入れた五十銭銀貨を大事に持っていた。ひねると表裏が外れ、中に数字の羅列が書いてある紙が入っていたからだ。

 そのことを雑誌社が記事にしたところ、啓吉の家に賊が入る。しかしこれは敬吉の仕掛けた罠で、賊は何も盗めずに逃げだす。だがその際に、何者かに殺されるという事件が起こる・・・

 暗号ミステリだが、この暗号自体は初歩的で難しくはない。銀貨のことを公にすることで真相を突き止めようとする啓吉の活躍が鮮やか。


「花びらの秘密」

 両親を失った美絵子は、祖父と2人暮らし。しかしある夜、家に置いてあった幻燈に脅し文句が映し出されているのを発見する。

 幻燈とは、いまでいうところのスライドプロジェクターのようなもので、映像を記録したガラス板やフィルムからスクリーンに映し出す機械だ。

 気丈な美絵子は、数日後、幻燈に細工をしようとしている若い男を発見する。男は逃げ去ったが、花びらのような形の奇妙な金属板を落としていった。
 それは、昨年亡くなった美絵子のおじ・藤倉博士の遺品の中に残されていたものと同じだった。

 生前、藤倉博士はロケット機PX号の設計を完成させており、それを狙って各国のスパイが周囲を暗躍していたらしいが、設計図はどこからも見つからなかった。博士がいずこかに隠したものと思われていたのだが・・・

 横溝正史にスパイものとは珍しい。終盤では事態が二転三転するが、最後に決着をつけるのが美絵子さんとは畏れ入る。
 作品中に美絵子さんの年齢は記されてないんだが、なんとなく十代前半~半ばくらいかと思われる。
 勇気と知略を兼ね備えたすばらしいお嬢さんで、彼女を主役にした作品が読みたくなったよ。



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サーチライトと誘蛾灯 [読書・ミステリ]


サーチライトと誘蛾灯 (創元推理文庫)

サーチライトと誘蛾灯 (創元推理文庫)

  • 作者: 櫻田 智也
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2020/04/20

評価:★★★☆


 昆虫オタクの青年・魞沢泉(えりさわ・せん)が探偵役を務める連作短編集。ちなみに彼の本職は不明だ。惚けたキャラながら、チョウやナナフシなど、昆虫をモチーフにした事件を鋭く解決していく。
 第10回ミステリーズ!新人賞受賞作を含む短編集。


「サーチライトと誘蛾灯」
 定年後のボランティアで、夜の公園の見回りをしている吉森。最近、公園の治安が悪いようだ。
 ある夜、見回りの途中で昆虫オタクの青年・魞沢と私立探偵・泊(とまり)と出会う。魞沢から、様々な人間が夜の公園を徘徊していることを聞き出す吉村。さらには、公園の樹木の上で寝泊まりしているホームレスまでいるという。
 そして翌朝、公園内で泊の他殺死体が発見される・・・
 雑多な情報が錯綜するのだが、魞沢の推理でそれらがきれいに一つにまとまっていくのは見事だ。


「ホバリング・バタフライ」
 奥羽山脈にあるアマクナイ岳をトレッキングしていた瀬能丸江(せのう・まるえ)は、チョウを捕まえようとしていた青年・魞沢と出会う。
 20年前、アマクナイ岳の観光地化を目的にボランティア団体・アマクナイ倶楽部が発足したが、法人化をきっかけに倶楽部の雰囲気も変わり、メンバーも分裂や脱退が相次いでいた。
 瀬能と行動を共にすることになった魞沢は、彼女が尾行するアマクナイ倶楽部のメンバーの不審な行動から、重大犯罪の匂いを嗅ぎ当てる・・・
 ささいな事実の積み重ねから意外な事実を引き出してみせる魞沢の推理が秀逸。


「ナナフシの夜」
 バー・〈ナナフシ〉を訪れた魞沢は、保科敏之をはじめとする客たちと意気投合、昆虫のナナフシについての蘊蓄を語りだす。
 やがて敏之の妻・結(ゆい)が現れる。いつも仕事の帰りに待ち合わせをしているのだという。
 その翌朝、保科敏之が殺され、妻が殺人犯として逮捕されたというニュースが流れる・・・
 魞沢自身が「事件の発端を作ったのは自分だ」と言い出し、終盤の展開は意外の一言。しかし伏線は序盤からしっかり張られ、何気ない会話の中にも手がかりは潜んでいる。魞沢の言葉も、説明されてみれば「なるほど」となる。


「火事と標本」
 近所で火事を目撃した旅館主・兼城譲吉(かねしろ・じょうきち)は、宿泊客の魞沢に、35年前の出来事を語り始める。
 写真家志望の青年・二ツ森祐也(ふたつもり・ゆうや)と知り合った譲吉少年。祐也は病気の母と二人暮らしで、日雇いの仕事を続けながら写真雑誌への投稿を繰り返していた。その努力が報われ、写真集の刊行が決まりそうになったと語る祐也は東京の出版社へ出かけていったのだが・・・その後、途方もない悲劇を経験する譲吉だったが、魞沢の推理はそれに新たな解釈をもたらす。
 終盤にいたって事件の様相が一変する展開は、(恋愛要素は皆無なので方向性は異なるが)連城三紀彦に通ずるものを感じる。登場人物の限りない悲哀を描く点もまた然り。本書中では最高の出来だと思う。
 第71回日本推理作家協会賞短編部門にノミネートされたというのも頷ける。


「アドベントの繭」
 表題作の後日談的作品。住吉台教会の牧師・鎌足大地(かまたり・だいち)の遺体が集会室のクローゼット内で発見された。現場の扉の前には聖書が置かれ、牧師の一人息子が行方不明になっていた。
 発見者は朝の礼拝に訪れた5人。その中には魞沢もいた。ちなみに魞沢は信者ではない。表題作に登場する人物を通じて、牧師とつながりがあったのだ。
 鎌足は5年前に妻を通り魔殺人で失い、それによって信仰に揺らぎを覚えてしまった。結果的に教会の運営も上手くいかず、多くの信者が離れていってしまっていたのだが・・・
 魞沢が導き出した真相は哀切極まりないものだが、ラストに一片の救いが残される。



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魔法使いと最後の事件 [読書・ミステリ]


魔法使いと最後の事件 魔法使いマリィシリーズ (文春文庫)

魔法使いと最後の事件 魔法使いマリィシリーズ (文春文庫)

  • 作者: 東川 篤哉
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2022/10/05

評価:★★★☆


 八王子警察署の刑事・小山田聡介の家にいる住み込みのメイド・マリィは、実は魔法少女。聡介が取り組む事件に毎回介入するが、魔法で犯人が分かっても逮捕はできない。かくして聡介の奮闘が始まる・・・というシリーズ。
 前巻のラストで失踪してしまったマリィは無事に帰還するのだが、今度は聡介との関係が進展する(進展させられる?)展開で、本書にて完結となる。


「魔法使いと幻の最終回」
 売れないピン芸人・服部富雄は、人気時代小説作家で叔父の服部憲次郎を、保険金目当てに殺害することに。憲次朗の仕事場に忍び込んだ富雄は首尾良く犯行に成功するが、その直後、憲次郎の妻に発見されそうになる。そこで得意のモノマネで被害者の声を偽装、事なきを得るが・・・
 今回のオチも、現代ならではのネタ。防犯カメラの普及とか、技術の進歩によってミステリが書きにくい状況にもなりつつあるが、一方、その時代ならではの新たなアイテムも使えたりする。ミステリ作家さんは勉強熱心でないとやっていけないね。


「魔法使いと隠れたメッセージ」
 熊田司郎はしがない塾講師。一方、妻の美幸(みゆき)は大学の経済学准教授。時流に乗って人気者となり、ワイドショーのコメンテーターとして引っ張りだこだ。そんな中、些細な口喧嘩がきっかけとなって、司郎は美幸を殴り殺してしまう。現場を去る直前、司郎は妻が書き残したダイイング・メッセージを発見、無事回収するのだが・・・
 後半、そのダイイング・メッセージを使って第三者へ罪をなすりつけようと画策する司郎の陰謀を逆手にとり、聡介が逆に追い込んでいく展開はとてもよくできている。


「魔法使いと五本の傘」
 音無辰哉(おとなし・たつや)は、社内恋愛のもつれから先輩社員・松山健人(けんと)を殺害してしまう。犯行の夜は雨だったが、音無は現場から間違えて松山の傘を持って帰ってきてしまう・・・
 タイトルに "五本の傘" とあるように、あと3本の傘が登場する。いつどこで事件に関わってくる傘なのかは読んでのお楽しみだが、それぞれの傘の移動を追うことで真犯人に行き着くまでの聡介の推理が秀逸。個人的にはこの短編集でいちばん好みの作品。


「魔法使いと雷の奇跡」
 高岡祐一は親の資産をネットトレーディングにつぎ込むが、食い潰すばかり。無職の従兄弟・和田剛(つよし)と組んで資産家の叔父・高岡源次郎を殺害することに。源次郎と体型の似た剛に叔父を演じさせてアリバイを作り、見事犯行に成功するが・・・
 源次郎を殴り殺すのに使われた薪をめぐる推論が犯人に迫る決め手になる。しかし、正直言って、そこまで凶器にこだわる理由がいまひとつ伝わってこない気もするが・・・まあ面白ければいいか(えーっ)。


 本編の進行と並んで、聡介とマリィの関係も進展していく。「-幻の最終回」で、マリィが残していった婚姻届が聡介の手違いによって役場で受理されてしまい(本来、戸籍も苗字も持たないマリィとの婚姻が成立するはずはないのだが、そこはそれ "魔法少女" ですから)、だんだんと外堀を埋められていく聡介の周章狼狽が笑いを誘う。

 往年の海外ドラマ『奥様は魔女』では、娘が生まれてからのエピソードもあったはず。聡介とマリィも、数年後のエピソードが読めたら楽しそうなんだけど。



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錬金術師の密室 [読書・ミステリ]


錬金術師の密室 (ハヤカワ文庫JA)

錬金術師の密室 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 紺野 天龍
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2020/02/20

評価:★★★★


 錬金術師フェルディナンド三世は、「不老不死」を実現したと発表、公の場でそれを実演してみせることに。しかしその公開式前夜、彼の死体が発見される。現場は三重の密室の中。
 公開式に招かれていた錬金術師テレサと青年軍人エミリアは殺人の容疑をかけられることに・・・。
 ファンタジー世界で展開される本格ミステリ、シリーズ第1作。


 作品の舞台となる異世界は、動力としては蒸気機関が主力と、こちらの世界でいうところの19世紀くらいの技術レベルかと思われるが、一番の特徴は、元素の変換(鉛を黄金に変えるなど)を可能にする "錬金術" が実在していること。

 主人公エミリア・シュヴァルツデルフィーネは、アスタルト王国の新任少尉。彼が辺境の任地から首都に呼び戻されるところから本編は始まる。
 新たな配属先は軍務省錬金術対策室。そして彼の上司となるのはその室長を務めるテレサ・パラケルスス大佐。スタイル抜群(笑)な若い女性で、それに加えて世界に7人しかいない錬金術師のうちの一人だ。

 エミリアの最初の任務は、水上蒸気都市トリスメギストスで行われる ”神秘公開式” に招待されたテレサの付き人兼お目付役だ。

 トリスメギストスは大企業メルクリウス・カンパニーが支配する地。そしてメルクリウスが擁する錬金術師がフェルディナンド三世だ。
 彼は、元素変換よりもさらに上位の "技術" である「不老不死」を実現したと発表し、公の場でそれを実演してみせることになった。それがこの神秘公開式だ。

 しかしその式の前夜、フェルディナンド三世の惨殺死体が発見される。現場は彼の研究室で、そこに至るには守衛がいる三つの関門を超えなければならない、文字通り三重の密室の中。

 そして捜査を始めた警察は、テレサとエミリアを容疑者として拘束してしまう。不可能犯罪を実行できるのは錬金術師しかいない、という論法だ。
 2人は自らの身の潔白を証明するため、事件の捜査を始めることに・・・


 ファンタジー世界で、魔法やら錬金術やらというと、何でもありになってしまうんじゃないかと思いきや、そこはきちんと設定されている。
 錬金術をはじめ、”こちらの世界” にない技術については「何ができるか」「何ができないか」「どこまでできるのか」が厳密に明らかにされる。
 作中にはホムンクルス(人造人間)も登場するが、これについてもきちんと設定が記述されているなど "何でもあり" にならないように配慮がされている。

 もちろん、わざわざ異世界を舞台に選んだのだから、上記のような実在しない技術・物体を使ったトリックも「あり」なわけだが、これもきちんと設定に乗っ取って展開される。
 架空の技術・架空の物体を使ってロジカルに推理する、というのが本作の特徴なのだが、上述のように、ミステリ的には "フェア" な作品と言えるだろう。


 もうひとつ特徴を上げれば、キャラ設定も面白い。
 ワトソン役となるエミリアは基本的には真面目人間で、対するホームズ役のテレサは享楽的で大酒飲みでだらしない。
 まあこれくらいならよくある設定なのだけど、実は2人とも、内に大きな秘密と事情を抱えていて、これが終盤近くになって明らかになる。

 密室トリックについてはラスト近くで解明されるのだが、そのあとにさらにもうひと捻り。架空の特殊設定のもとで、多重解決をもやってしまうという、なかなかに手の込んだ作り。

 文庫カバーの著者紹介では、作者は2018年にデビューしたとあるが、本書は2020年の刊行。wikiでみてみたら、単著としては3冊目らしい。3冊目にして、既になかなか堂に入った書きっぷりなので、かなり筆力のある人とお見受けする。
 シリーズ2作目「錬金術師の消失」も手元にあるので、近々読む予定。



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義経号、北溟を疾る [読書・ミステリ]


義経号、北溟を疾る (徳間文庫)

義経号、北溟を疾る (徳間文庫)

  • 作者: 真先, 辻
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2017/06/02
  • メディア: 文庫

評価:★★★★


 明治14年、北海道を行幸する明治天皇の乗ったお召し列車への妨害計画が企てられていた。警視総監は、計画の黒幕を暴き、妨害工作を未然に防ぐべく、2人の密使を派遣する。
 小樽ー札幌間の鉄道を舞台に剣戟、銃撃、西部劇さながらの追撃戦、そして殺人事件の真相解明まで盛り込んだ歴史冒険推理小説。


 幕府が崩壊して明治の世となり、俸禄を失った士族たちの一部は北海道へ渡って屯田兵となった。しかし厳しい自然と劣悪な待遇に不平不満を募らせる者も多かった。

 明治14年、北海道開拓使を務める黒田清隆は、大久保利通・西郷隆盛亡き後の薩摩閥を率い、ゆくゆくは総理大臣の座に就くものと思われていた。
 しかし、黒田をスキャンダルが襲う。彼が屯田兵・千代木市之進(ちよぎ・いちのしん)の妻・信恵(のぶえ)を抱き、その後、彼女は首吊り死体となって発見されたのだ。
 しかし、死体を見聞したところ他殺の疑いがあるという。黒田自身が自殺へと偽装したのか? それとも他に殺人犯がいるのか?

 折しも、明治天皇の北海道行幸が予定されており、天皇の乗ったお召し列車への妨害計画が企てられているらしい。さらに札幌へと潜入させておいた密偵が謎の死を遂げるに至り、警視総監は妨害計画阻止と殺人事件の真相究明のために、2人の男を現地へ派遣する。

 一人は藤田五郎、かつては新撰組三番隊隊長を務め、斉藤一(さいとう・はじめ)と名乗っていた男だ。
 そしてもう一人はかつての大侠客・清水次郎長(しみずのじろちょう)の子分で、元山伏という経歴の法印大五郎(ほういん・だいごろう)。

 2人は札幌の屯田兵の村へ入り込み、市之進をはじめとする不平不満を抱く屯田兵たちの動向を探り、併せて信恵の死の真相を調べ始めるのだが・・・


 まず、キャラ造形が素晴らしい。
 主人公の藤田はホームズ役も兼ねる。百戦錬磨の剣士なのだが、沈着冷静で鋭い洞察力を見せる。
 彼の相棒でワトソン役が法印大五郎。硬派の藤田に対してこちらは軟派。お調子者で酒と女に目がない。彼の視点での語りは読者への説明も兼ねていて、そのおかげですんなりストーリーに入っていくことができる。

 "容疑者" となる5人の屯田兵。みな元は江戸で同心を務めていたのだが、それぞれちゃんとキャラが書き分けられているのは流石。
 なかでもユニークなのは市之進の妹・春乃。兄から武芸を仕込まれ、まだ10代半ばほどなのに、人並み以上の戦闘力を秘めたお嬢さんだ。

 さらに強烈な女子キャラがもう1人。メホロという、こちらも春乃とほぼ同じ年頃のお嬢さん。なんと幼い頃にオオカミに育てられていたという設定。今は人間界に戻り、ちゃんと人間の言葉を発して暮らしているが、野生の本能そのままに、人並み外れた知覚能力・身体能力を持つ "超人"(笑)である。

 中盤あたり、春乃とメホロが1対1で、組んず解れつの派手な格闘戦を展開するシーンがある。ここはなかなか迫力十分で本書の読みどころのひとつになっている。
 とはいってもこの2人、単なる "賑やかし要員" ではない。2人の能力も、ストーリー上の必要性があって付加されている。そのあたりもちゃんと計算されているのはベテランの味か。
 上記以外の、ちょい役かと思われた人物も意外なところで大事な役回りを果たしたりと、余計な登場人物がほとんどいないのもたいしたものだ。

 ミステリとしても、ストーリーの中で起こる様々なイベントの中に手がかりがさりげなく埋め込まれていたり、キャラ同士の間で交わされるちょっとした話題の中に重要な伏線があったりと、もうこのへんは巧みの技ですな。

 終盤ではいよいよ明治天皇が小樽へ上陸し、札幌へ向けてお召し列車が走り出す(タイトルの「義経号」というのはその列車を引く機関車の名)。そして妨害工作阻止のため藤田と法印が奔走することに。

 列車襲撃、銃撃戦、馬を駆っての追撃戦など西部劇を思わせるアクションシーンが続き、クライマックスでは、列車襲撃の主犯と死闘を繰り広げる法印の大活躍あり、"真犯人" と剣を構えて対峙する藤田による謎解きありと、これも冒険活劇のフルコース。


 文庫で500ページと、決して薄くはないけれど、どんどんとページをめくらせてくれて、楽しい読書の時間を過ごせる本だと思う。



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名もなき星の哀歌 [読書・ミステリ]


名もなき星の哀歌(新潮文庫)

名もなき星の哀歌(新潮文庫)

  • 作者: 結城真一郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2021/09/29

評価:★★★★


 人の脳から記憶を "抽出" し、小瓶に入れて売買する「店」で働く良平と健太。ある日2人は路上ライブをしている歌姫・星名(ほしな)と出会う。
 彼女の歌に魅せられた2人は、星名のことを調べ始めるが、やがて意外な事実にぶち当たる・・・。2018年新潮ミステリー大賞受賞作。


 新卒銀行員の岸良平、漫画家志望の田中健太は、"裏の仕事" を持っている。人の記憶を売買する「店」で働いているのだ。

 記憶を売る・・・「店」では、客の持つ記憶を買い取ってくれる。値段はそれぞれ。需要が多そうな記憶は高く売れ、興味を引かなそうなものは安く買い叩かれる。
 そしてもちろん、記憶を "売って" しまえば、売った本人の脳からその記憶は失われてしまう。

 記憶を買う・・・「店」は、買い取った記憶を他者へ売っている。記憶は香水のような瓶に液体の形で収められていて、その液体を顔に向かって吹きかけると、しばしの間、その記憶を脳内に "再生" できる、というわけだ。もちろん、その液体がなくなってしまえばお終いである。


 ある日2人は、路上ライブをしている歌姫・星名と出会う。彼女の歌う歌はみな、一つの世界観のもとにあり、その内容は特定の誰かへのメッセージともとれるもの。ファンの間では、星名はその誰かを探しているのではないか、と思われていた。

 すっかり星名の歌に魅せられてしまった2人は、彼女のことを調べ始める。星名は日本中を飛び回って路上ライブ活動を行っているが、移動距離を考えると毎月かなりの交通費が必要。しかし、ライブと移動時間を合わせると自由時間はほとんどなく、とてもそれだけの金額を稼ぎ出すことは不可能に思えた。

 彼女には、資金援助をしているパトロンがいるのではないか? 彼女の過去を探っていった良平と健太は、なんとか彼女の出身地と思われる場所を探り出した。そこでは、かつて病院を経営していた一家が1人を残して全員焼死するという事件が起こっていた。
 生き残ったのは、放蕩者で勘当されていた息子だけ。全財産を相続したその男が星名のパトロンなのではないか・・・

 しかしそんな二人のもとに脅迫状が舞い込む。「これ以上星名に関わるな」という内容の・・・


 人を、その人たらしめているのは、その人が持つ記憶に他ならない。もしその人がすべての記憶を失ってしまったら、その人は "その人" であり続けることはできない。
 本書の根幹のテーマは "記憶" であるのだが、作中には、人の記憶の操作を可能とする「店」が登場する、いわば "特殊設定ミステリ" である。

 この設定に基づき、作中に登場する人物の中には記憶を操作されている者がいる。しかし当然ながら本人には "記憶を操作された" という記憶はない(!)。
 いささかややこしいのだけど、記憶をどの程度まで操作(あるいは改竄)できるのかは、作中できっちり明らかにされているので、そこのところを踏まえて読んでいく必要がある。

 個人的な感覚だが、"記憶の操作" を可能にする、というのはいささか反則技に近い手法だと思う。
 良い方に捉えれば、ミステリとしての幅というかトリックの可能性を広げる、ともとれるけれど、悪くいえば、乱用すると "なんでもあり" で無法状態なストーリーになってしまいそうな危惧を覚える。
 本書についていえば、まあギリギリのラインで留まってるかな、とは思うが「いくらなんでもこれはないだろう」って感じる人もいるんじゃないかな。
 ミステリだと思うからいろいろ悩むので、SFとして割り切った方がすっきり読めたのかなぁとも思ったり。

 終盤になると物語は星名の "探し人" の正体、そしてその人物の所在の謎に収斂していくが、同時に星名を巡るラブ・ストーリー要素の比重も大きくなってくる。
 そしてラストシーン。この結末がハッピーなのかアンハッピーなのか。私はちょっと判断に苦しんだことを書いておこう。

 どうも私のアタマの堅さが邪魔をしてるみたいで、もっと柔軟に考えられる人はまた違った感想を持つのかもしれない。



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梟の一族 [読書・冒険/サスペンス]


梟の一族 (集英社文庫)

梟の一族 (集英社文庫)

  • 作者: 福田和代
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2022/04/07

評価:★★★


 常人を超えた身体能力をもつ梟(ふくろう)の一族。彼らがひっそりと暮らす山中の集落が何者かに襲撃され、住人はいずこかへ連れ去られてしまう。唯一、難を逃れた少女・榊史奈(さかき・ふみな)は一族の奪還と事態の真相を究明するべく、”敵” の正体を探っていく・・・


 〈梟〉と呼ばれる民がいた。常人を超える身体能力に加え、一切の睡眠を必要としない特殊な体質をもつ彼らは、太古の時代からさまざまな勢力に仕え、歴史の中で大きな役割を果たしてきた。いわゆる "忍者" にも、多くの人材を供給してきたらしい。

 彼らは滋賀県の山中の集落に暮らしてきたが、現代になってからは、多くの者が "一般人" との婚姻を機に集落を去り、今では10名あまりが暮らすだけ。
 主人公・榊史奈は16歳。集落で最後の十代の若者だ。〈梟〉の〈ツキ〉(長)を務める祖母とともに暮らしている。

 ある夜、集落を謎の一団が襲撃、1人が殺され、残りの者はすべてどこかへ連れ去られてしまう。

 祖母の機転で唯一難を逃れた史奈の前に現れたのは、長栖(ながす)諒一・容子の兄妹。2人は、12年前に一家そろって集落を出ていた。長栖家も襲われ、父親(一般人)は負傷、母親(〈梟〉出身)は拉致されたのだという。

 史奈は2人とともに東京へ向かい、連れ去られた一族の奪還を目指して行動を始めることになる・・・

 このあと、史奈には様々なイベントが起こる。
 父親との再会、失踪した母親の探索、そして集落を襲った集団の背後には「郷原(さとはら)感染症研究所」という組織があることを知る。
 史奈は一族奪還のために研究所に潜入することになるのだが、そこでは意外な展開が待っていた・・・


 どうも私のような昭和脳(笑)の人間は、こういう設定をみるとどうしても往年の少年マンガや、平井和正のハードアクションSFを連想してしまう。
 〈梟〉の一族をさらったのは、その秘密を分析し、"眠らない兵士" を創り出そうとする陰謀があるのではないか、とか。襲ってきた集団も、自衛隊や在日米軍の特殊部隊、あるいは外国(中・ロ・北朝鮮)の諜報部隊じゃないか、とか(おいおい)。
 戦闘シーンでも、史奈さんは最新科学機器に身を固めた突撃兵をも身一つで次々に無力化していってしまうほど超絶な技を見せるんじゃないか(えーっ)とか、いろいろ妄想が暴走してしまう(笑)。

 しかし残念ながら、そんな派手な展開にはならず、至って現実的なルートに乗ってストーリーは進行する。戦闘、というか格闘シーンもなくはないが比較的穏当なものだ。

 リアリティという面では順当なのだろうけど、私からすればちょいと物足りないんだなぁ。
 まあ、昭和脳のわがままな老害ジジイが、勝手な妄想を抱いて文句を垂れてるだけです。作者さんゴメンナサイ。
 うーん、「昭和は遠くになりにけり」ということですね(おいおい)。


 〈梟〉の一族がもつ力の源泉は何なのか、というのもテーマの一つ。さらには、超常の力と引き換えの "宿命" みたいなものも描かれ、サイエンス・ミステリ的な側面も持つ。

 ラストでは、物語にいちおうの幕引きがなされるのだけど、その気になれば続編が作れなくもない形。
 私としては、もうちょっとアクション増し増しの続きが読みたいんだけど、無理ですかねぇ・・・



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ノワール・レヴナント [読書・青春小説]


ノワール・レヴナント (角川文庫)

ノワール・レヴナント (角川文庫)

  • 作者: 浅倉 秋成
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/09/18

評価:★★★★


 互いに面識のない4人の高校生たち。彼ら彼女らに届いたのは東京の有明ビッグサイトで開かれる5日間のイベントへの招待状。呼んだのは誰か? 何のために集められたのか? そして4人に託された "願い" とは?


 まず、本の厚さに驚いてしまう。文庫で750ページを超えるという、往年の京極夏彦みたいなつくり。流石にこれで殴っても人は殺せないだろうが、コブくらいは作れそうだ(笑)。

 内容についても、一口で言うのが難しい。いちおう ”青春小説” に分類したけれど、SF、ミステリ、サスペンス、ファンタジーなど様々な要素が入り交じり、甚だジャンル分けしにくい。


 主人公となるのは4人の男女。みな高校生なのだが、共通するのは一種の "特殊能力" を備えていること。

 大須賀駿(おおすが・しゅん)は高校2年生。彼は他人の背中に "数字" が見える。
 その数字は、その人物の今日一日の "幸運度" ともいうべきもの。それは云ってみれば "偏差値" みたいなもので「50」が "普通"、それを上回れば幸運、下回れば不運ということになる。

 三枝(さえぐさ)のんは高校1年生。無類の読書好きな彼女の能力は、本の背をなぞるだけで、本の内容をすべて記憶できる、というもの。しかしこれは体力を消耗するのでちょくちょくは使えない。

 江崎純一郎(えざき・じゅんいちろう)は高校2年生。彼には毎朝、不思議な声が聞こえてくる。それはその日のうちに彼が耳にすることになる "台詞" だ。
 その数は5つ。しかし誰がいつ口にするのかまでは分からない。かなり中途半端な "予知能力" ともいえる。

 葵静葉(あおい・しずは)は高校3年生。彼女の能力は "破壊"。心に念じることで、触れたモノを壊してしまうことができる。

 この4人のところへ、招待状が舞い込む。夏休み中に東京の有明ビッグサイトで開かれる5日間のイベントに参加できるというもの。
 当然ながら、イベントに合わせてビッグサイトに隣接したホテルに5日間宿泊もできるという、至れり尽くせりの招待状だ。

 しかし開催初日にビッグサイトへやってきた4人は、これはイベントへの招待ではなく、何者かが意図的に彼ら彼女らをこの場所に集めたらしい、ということを知る。
 ホテルへの宿泊は有効だったので、4人はホテルに陣取り、自分たちが集められた目的を探ることにする。

 4人の受け取った招待状に共通しているのは、主催者とおぼしき「株式会社レゾン電子」という記載。社長・黒澤孝介のもと急成長を遂げてきた会社だ。
 さっそくレゾン電子にあたる4人だが、どうやら招待状はレゾン電子が出したものではないらしい。では、誰が、何のために4人を集めたのか? そして、なぜ "この4人" だったのか?


 4人の "能力" は生来のものではなく、4年前の "ある日" を境に現れたものだった。
 レゾン電子を探るうちに、黒澤孝介の過去が明らかになり、4年前の "ある日" には、彼の身に "ある事件" が起こっていたこともわかってきた。
 どうやら4人の "能力" は、黒澤孝介の遭遇した "ある事件" と関わりがある。そして招待状の "差出人" は、4人に "何事か" をやらせるために集めらたらしい・・・


 タイトルの「ノワール・レヴナント」について。
 「ノワール」は "黒"、「レヴナント」は "死から甦ってきたもの" という意味になるが、本書ではいくつかの意味を含めている。

 4人がレゾン電子を探るうちに見つけ出したのは、一連の事態の背後で、1人の少女が謎の死を遂げていたこと。まずはこの少女を指すのだろう。たぶん文庫版の表紙イラストの少女もこの子だ。

 もう一つ、作中に登場するカード・ゲームの名前が「ノワール・レヴナント」だ。おそらく架空のゲームで、かなり変わったルールで勝ち負けが決まるが、終盤ではこのゲームを使った勝負の場面があり、ここがクライマックスの一つにもなっている。


 本書がこんなに厚い理由はいくつかあるだろうが、一つには4人の背景を深く掘り下げられていることがあるだろう。
 キャラクターというのはストーリーの登場時点で生まれるのではなく、ちゃんと生まれてから今日までの物語を背負っているわけで、4人についてはかなり突っ込んだ描写がある。
 例えば葵静葉は、かつて衝動的に "能力" を行使してしまったことによって、深く苦しんでいることが描かれる。他の3人も程度の差はあれ、自分に与えられた能力について葛藤を抱えている。
 ページ数は増えてしまうが、このあたりを深く描写しておくことで、物語中での彼らの行動や選択について、説得力を与えているといえる。


 さて、物語の進行とともに、のん・純一郎・静葉の "能力" は大活躍するのだが、駿くんにはほとんど能力行使の見せ場がない。まあ、そういう能力なのだから仕方がないといえばそうなのだが。
 しかしエピローグにいたって、彼がこの "能力" を与えられた意味が明らかになっていく。案外、"差出人" がいちばん期待していたのは彼かも知れないと思ったりする。

 また、エピローグでは他の3人も、未来への選択をする様子が描かれる。

 元々ストイックだった静葉さんはさらに孤高の道を歩むことに。そこまで自分を追い詰めなくてもいいかとも思うが、延々と700ページ越えで描いてきた物語の結末としては、納得できる選択ではある。
 純一郎くんもまた、選択をするのだが・・・これはやめておいた方がいいんじゃないかと思うのだけど、これもまた本書で描かれてきた純一郎くんなら、仕方がないかなとも思う。
 のんさんがいちばん平穏な結末かな(笑)。

 ジャンル分けが難しい作品だが、文庫で750ページという大部を破綻させず、最後まで読ませる筆力は只者ではない。そしてこれがデビュー作だというのだから畏れ入る。この作者、しばらく追いかけてみようと思う。



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ブラウン神父の秘密 [読書・ミステリ]


ブラウン神父の秘密【新版】 (創元推理文庫)

ブラウン神父の秘密【新版】 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2017/07/20
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 いわゆる "古典的名作" と呼ばれるミステリ作品集。丸顔で小柄で不器用なブラウン神父が探偵役として活躍する、全5巻シリーズの4巻目。


「ブラウン神父の秘密」
 犯罪者から探偵へと転身したフランボウは、スペインの小城で引退生活に入っていた。そこをブラウン神父とアメリカ人観光客チェイスが訪れる。
 なぜ数々の事件の真相を見抜くことができたのか、と問うチェイスに、神父はかつて手掛けた事件を語り出す・・・というわけで、この短編集全体の "プロローグ" になっている。


「大法律家の鑑」
 ハンフリー・グイン判事が射殺された。現場に駆けつけた警官たちは、弾丸の装填された判事の銃を発見、どうやら彼は襲撃を予想していたらしい。
 現場近くの壁に掛かった鏡が割られていたことから、ブラウン神父は犯人を割り出していく。


「顎髭の二つある男」
 レオポルド・ブルマン卿が住むブナ屋敷で盗難が発生、夫人の宝石が奪われる。時を置かずに、近所に住むバンクス家にも謎の人物が侵入、家人に射殺される。死体は養蜂業を営むスミス老人だったが、ブラウン神父は彼は窃盗犯ではないという・・・
 文庫で約30ページしかないのに登場人物がかなり多く、"犯人" の行動も不可解。ちょっと詰め込みすぎかなぁ。この倍のページ数でじっくり書いてほしかった。


「飛び魚の歌」
 ペリグリン・スマート氏自慢のコレクションは、黄金製の金魚。しかし彼がロンドンへ出かけた夜、スマート邸に異国の衣をまとった謎の人物が現れ、金魚を奪って去ってしまう。
 ミステリ的にはわかりやすいかなとも思うが、改めて、欧米の人は中近東~インドあたりに対して神秘なイメージを強く持ってるんだなぁ・・・と思った。


「俳優とアリバイ」
 芝居『醜聞学校』の稽古中、劇場支配人マンドヴィルが殺される。俳優陣に容疑がかかる一方、最近マンドヴィルのもとを女が訪ねてきていた、という証言も出てきて・・・
 これも文庫30ページそこそこなのだが、犯人が自分の犯行時間をひねり出していた方法とか、舞台稽古の進行の仕方がわかっていないと書けないのではないか。動機も独特で、長編にもなりそうなネタ。


「ヴォードリーの失踪」
 アーサー・ヴォードリー卿は、自宅屋敷近くの村落へ散歩に出かけたまま、行方不明になってしまう。残されたのは、屋敷に厄介になっていた2人の若者、エヴァン・スミスとジョン・ドールモン。そして、卿が後見していたシビル・ライ嬢。
 単純な失踪事件かと思われたが、ブラウン神父は事件の背後にあった意外な陰謀を見抜く。


「世の中で一番重い罪」
 ブラウン神父の遠縁の娘エリザベスに縁談が持ち上がる。相手はマスグレーヴ大尉。
 一方、弁護士のグランビーは大尉から多額の借金を申し込まれていた。弁済は大尉の父親ジョン・マスグレーヴ卿が請け負うという。グランビーはそれを確認するために神父とともに卿に会いに行くのだが・・・


「メルーの赤い月」
 マウンティーグル卿は、自宅の屋敷に世界的に名高い占い師《山岳尊師》を招いた。数人の招待客が屋敷の庭に張った《尊師》のテントを訪れたあと、宝石の盗難事件が起こる。
 犯行の一部始終を目撃した人物が捕まえた犯人は《尊師》だった。しかし彼の体のどこからも舗石が見つからない・・・
 《山岳尊師》がどこの国の人かは書いてないんだが、彼の付き人がインド人とある。やっぱりイギリス人はインド好き?


「マーン城の喪主」
 ピクニックに出かけた一行は、天候の悪化によって帰り道を急ぐ。その彼らの前に現れたのは、マーン侯爵の城だった。
 マーン候は、30年前に最愛の弟を亡くし、失意のために城に籠もるようになり、《誰も知らない貴族》と呼ばれるようになっていた・・・
 このシリーズではよく使われているネタではある。現代ではまず無理だが、この時代なら可能だったのだろう。


「フランボウの秘密」
 この短編集の "エピローグ"。チェイスの問いに対して、ある"答え"を返す神父。
 現代のミステリならば、同様のことを口にする探偵役は少なくないと思うが、ブラウン神父は100年前のこの時代からそれを表明していたとは畏れ入ることだ。



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オニキス -公爵令嬢刑事 西有栖宮綾子- [読書・ミステリ]


オニキス―公爵令嬢刑事 西有栖宮綾子―(新潮文庫nex)

オニキス―公爵令嬢刑事 西有栖宮綾子―(新潮文庫nex)

  • 作者: 古野まほろ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/01/10

評価:★★★☆


 超大富豪にして日本皇室と英国王室の血を引く西有栖宮綾子(にしありすのみや・あやこ)。その肩書きは警察庁監察特殊事案対策官。司法権力掌握を目論む検察庁の裏組織〈一捜会〉が引き起こす警察の重大不祥事に介入し、極秘かつ迅速に解決していく。


 主人公メアリは皇族を母に、英国王の親族を父に持つ。正式名はメアリ・アレクサンドラ・綾子・ディズレーリ。"超" がつく資産を持ちながら、警察庁長官直属の監察特殊事案対策官の肩書きで、階級は警視正。

 タイトルの "オニキス" とは黒瑪瑙(くろめのう:宝石の一種)で、メアリの黒い瞳の形容詞として作中に登場する。

 検察庁裏組織〈一捜会〉は、警察の威信を地に落とし、司法権力を一手に握らんと全国の警察組織に様々な陰謀を仕掛け、"重大不祥事"を引き起こしている。

 箱崎警察庁長官の勅命によって、その "重大不祥事" を極秘裏かつ迅速に解決していくことがメアリの使命。そしてそのために彼女が執る手段は、奇想天外だ。


「第1章 消えた八五七三万円を追え」
 I県警中央警察署の署内から、拾得物として保管していた現金8573万円が消えるという事件が起こる。警察署故に外部犯の可能性はなく、容疑は総数361名の署員全員にかけられた。
 事件発生は極秘とされたが、マスコミに漏れるのは時間の問題。メアリは44時間と時限を切り、361人中360人の容疑を晴らして犯人を絞り込んでみせると宣言する・・・
 「犯人ではない」という証明は「犯人だ」という証明よりも桁違いに困難、というかおよそ不可能だ。いわゆる "悪魔の証明" というやつだから。しかしメアリは有り余る財力によってそれを可能にしてみせる。
 いやはやこれには驚いた。よく "現ナマで顔をたたく" というが、彼女がやるのはまさにこれ。でも、ここまで徹底してやってみせられると、清々しささえ感じてしまう。


「第2章 "警察に不祥事なし"」
 O県警鹿川(しかがわ)署は山間の僻村にある小さな警察署。しかしそこの署長が、署内で不倫相手とお楽しみ中に腹上死(おいおい)してしまうという事件が起こる。
 不倫相手は〈一捜会〉に買収された署員で、さらに検察庁長官の懐刀・鬼塚検事が現地へ向かっているという。このままでは事件が明るみに出るのは時間の問題だ。メアリたち対策官一行は一足先に現地へ飛ぶ。
 鬼塚検事が鹿川署に到着したとき、署内はもぬけの殻。さらに村人の姿もない。代わりに自衛隊員が展開し、村を外部から封鎖しようとしていた。〈ハーキュール・ポイロットブルク出血熱〉なる高致死性のウイルスのアウトブレイクが起こっているとのこと。そして数時間後には、在日米軍の焼夷弾攻撃で村が焼き払われるのだという・・・
 いやあこれもスゴい。一人の人間の不祥事を隠すのにここまで壮大かつ徹底的なペテンを打つのは。ワケのわからない事態に翻弄される鬼塚検事が、だんだん可哀想になってくる(笑)。


「第3章 あの薬物汚染を討て」
 L県警察本部前で警察本部長が爆弾テロに遭う。現在L県警内部で薬物汚染が進んでおり、薬物乱用・薬物依存の状態にある者は現在67名。これは全警察官の1%におよぶ。テロに遭った警察本部長は薬物汚染の調査のために2週間前に赴任してきたばかりだった。
 箱崎長官の命でL県に赴いたメアリは、薬物汚染の元凶と思われる人物に対して罠を仕掛けるのだが・・・
 張本人を割り出す方法がまるっきり違法で、これでいいのかとも思うのだが、この手のエンタメにリアリティを求めるのは野暮というものだろう。違法薬物に関しては囮捜査も許されてるし(えーっ)。


 ミステリ要素なんてどこにあるのかと思われそうだが、要所要所でメアリの推理がきっちりと "犯人" を追い詰めていく。もっとも、読んでいると彼女の立ち位置は "探偵" というよりは "必殺仕事人" に近いように思えるが(笑)。

 メアリの力の "源泉" は、まず無尽蔵の資金。父親の有り余る資産は使い放題。数十億単位の現金を右から左へ動かすことなど造作もない。
 そして権力。警察に対してはもちろんだが、裏社会との取引も厭わず、清濁併せ飲むこともできる。
 自衛隊や在日米軍の司令官ともツーカーの仲で、必要とあらば彼らを手足のように自由自在に使いこなす(おいおい)。
 彼女とその部下たちの移動は自家用オスプレイで。その格納庫には10トン分の現金(!)が積み込まれ、今日も日本各地を駆け巡る・・・

 『水戸黄門』をベースに、あるときは『富豪刑事』、あるときは『コンフィデンスマンJP』、そしてまたあるときは『必殺仕事人』。
 そしてもちろん天才的な頭脳をも兼ね備えたメアリはスーパーヒロインだ。

 あまり深く考えず(笑)、頭を空っぽにして読めば、楽しい読書の時間が過ごせるのは間違いない。2巻も出ていて手元にあるので近々読む予定。



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