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マルチエンディング・ミステリー [読書・ミステリ]


マルチエンディング・ミステリー (講談社文庫)

マルチエンディング・ミステリー (講談社文庫)

  • 作者: 深水 黎一郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/12/15
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 都内のアパート「大泰荘」では8人の若者が共同生活を送っていた。しかしその住人のひとりが密室状態の中で殺された。
 Web上で "問題編" が公開され、犯人を投票で選ぶという企画で話題となった作品。単行本刊行時のタイトル『犯人選挙』を文庫刊行時に改題。

* * * * * * * * * *

 都内のアパート「大泰荘」(だいたいそう)は、格安の家賃で人気のアパート。現在は8人の若者が共同生活を送っている。

 その住人のひとり、加藤大祐(かとう・だいすけ)は文学部に通う、小説家志望の青年。同じアパートに住む美大生・蒔丘亜沙美(まきおか・あさみ)に思いを寄せているが、なかなか距離を詰められずに悶々とする毎日。

 そんなとき、アパートの一室で殺人事件が起こる。被害者はその部屋の住人・栗林謙吾(くりばやし・けんご)。筋骨隆々で、将来はプロのボディビルダーを目指していた。
 部屋のドアは施錠され、窓はカギが開いていたが現場は4階なので人の出入りはほぼ不可能という密室状態。

 アパートには門限があり、午前0時になると玄関には内側からチェーン錠が掛けられる。したがって、まずはアパートの住人たちが容疑者として浮上してくることに・・・

 ここからさらに住人同士の動きや警察の捜査等が描かれ、手がかりが出そろうまでが "問題編" としてWebに公開された。


 謙吾を除く住人7人のうち、語り手の大祐、内面描写のある亜沙美は容疑から外される(本書には叙述トリックの類いはないと作者から明言されている)。
 よって、残る住人は5人。複数の共犯もないので、ここで犯人は5通り。さらに「その他の人物が犯人」「犯人不在」のパターンを加えて7通り。
 この7通りについて、投票を募ったわけだ。その結果も作中で記されている。

 そしてなんと、全部のパターンについて "解決編" が書かれている。驚くべきは密室トリック(というか現場が密室状態になった理由)もまた、それぞれ異なる解決を示していること。しかも、どの解決編をとってもそれなりに説得力があるのだからたいしたものだ。

 ネタバレになるので明示はしないが、作者がいちばん書きたかった結末は○○○○が犯人、というパターンではないかな。ただ、この解決は賛否を呼ぶ(かもしれない)ネタかとも思うので、あえて7通りの解決の中に潜ませて、"目立たなくした"・・・のかも知れない(笑)。


 大祐くんは料理が得意で、毎回のように作った料理を大好きな亜沙美さんへ分けてあげるなど、献身的に尽くしているんだが、相手にはその思いが一向に伝わらないでいる。
 かといって告白する勇気もなく、いつも悶々としている。読んでいると応援したくなってくる好人物だ。

 そんな彼は本書の語り手を務める関係で犯人役が割り振られない。ところがその代わり(というわけではなかろうが)、彼にはトンデモないことが起こる。
 これもネタバレになるので具体的にどうなるのかは書かないけど、彼の扱いがとっても可哀想なのだ。"解決編" の展開上、必要なのはわかるのだが。

 ミステリ的にはとても面白いのだけど、彼の扱いだけが不憫でなあ・・・



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ルパンの絆 [読書・冒険/サスペンス]


ルパンの絆 ルパンの娘 (講談社文庫)

ルパンの絆 ルパンの娘 (講談社文庫)

  • 作者: 横関大
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2024/02/15

評価:★★★★


 "Lの一族" に生まれた三雲華(みくも・はな)は、刑事の桜庭和馬(さくらば・かずま)と夫婦になり、娘の杏(あん)とともに暮らしていた。
 しかし、和馬は女を尾行中に意識を失い、目覚めた時には女の死体が。彼には殺人の容疑がかかってしまう。
 一方、杏が何者かに誘拐され、華のもとには「娘を帰してほしければ10億円を用意しろ」との脅迫電話が。
 泥棒一家、警察一家、そして探偵一家が入り乱れる(笑)「ルパンの娘」シリーズ、第5巻。

* * * * * * * * * *

 代々泥棒を生業とする "Lの一族" に生まれた三雲華(みくも・はな)。警察官一家に生まれた刑事・桜庭和馬(さくらば・かずま)。縁あって二人は夫婦となる(諸々の事情で正式に籍を入れられないので事実婚状態だが)。娘の杏(あん)も9歳となった。

 某銀行の副頭取の不審死に関係すると思われる女・双葉美羽(ふたば・みう)を尾行中だった和馬は突如意識を失う。目覚めたのはホテルの一室。そして浴室には美羽の全裸死体が。
 何者かの陰謀にはめられたと感じた和馬は現場を脱出するが、警察からは追われる身に。

 一方、杏が何者かに誘拐され、華のもとには「娘を帰してほしければ10億円を用意しろ」との脅迫電話が。身代金を準備する猶与は三日間。

 名探偵と謳われた北条宗太郎(ほうじょう・そうたろう)の娘で、刑事の美雲(みくも)は、双葉美羽殺害事件を受けて警視庁捜査一課に異動、和馬の妹で交通課の婦警である香(かおり)と組んで和馬を追うことになるが・・・


 シリーズも巻を重ね、レギュラーメンバーも増えてきた。
 主役級である泥棒一家の華、警官一家の和馬、探偵一家の美雲に加え、それぞれの家族も登場する。さらに杏を誘拐した元プロレスラーの実行犯二人を加えると、本書の主要キャラは軽く10人を超えるのではないか。
 これだけの人数を登場させ、それぞれに役割を与え、各人に見せ場を作るのはなかなかたいへんだと思うが、そのあたりの作者の "交通整理" は巧みだ。

 逃亡する和馬、誘拐事件で身動きの取れない華。おのずと捜査の主体は美雲が担っていくことに。彼女の恋人で華の兄・渉(わたる)は引きこもりだが超一流のハッカーで、要所要所で "いい仕事" をする。

 そして物語の後半では、"シニア世代" のキャラたちが "大活躍" する。
 華の伯母で、モリアーティのような天才犯罪者の三雲玲(れい)、
 華の父で "Lの一族" の総帥・三雲尊(たける)、
 そして美雲の父で "日本のホームズ"・北条宗太郎。
 みな還暦超えなのだが、極めて元気だ(笑)。さすがは人生100年時代(おいおい)。

 その反面、華さんは今回あまりいいところがなかったように思う。
 まあ、娘を誘拐されているという途轍もないハンデを抱えていたし、終盤では三雲玲からの ”爆弾発言” もあったので無理もないのだが・・・。もともとは彼女が主役のシリーズだっただけに、今回の扱いはちょっと不憫かな。
 杏ちゃんも、泥棒一家と警察一家の血を引くハイブリッドなサラブレッドで、9歳にしては驚くほど気丈なのだが、今回に関しては犯人グループの方が一枚上手だ。

 ストーリー自体は本書の中で一区切り着くのだけれど、ここまま終わるのでは華さんも杏ちゃんも不完全燃焼ではないかなあ。
 もしも続編があるのならば、本作での鬱憤を晴らすような、二人が大活躍する物語が読みたいな。



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いくさの底 [読書・ミステリ]


いくさの底 (角川文庫)

いくさの底 (角川文庫)

  • 作者: 古処 誠二
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/01/23

評価:★★★


 第二次世界大戦時のビルマ(現ミャンマー)北部の山村に、40名ほどの日本陸軍の部隊が駐屯することになった。しかし、部隊の指揮官が殺害されるという事件が起こる。
 中国軍の存在が見え隠れする中、部隊内部で犯人捜しが行われるが、やがて第二の殺人が起こる・・・
 第71回(2018年) 日本推理作家協会賞(長編部門)受賞作。

* * * * * * * * * *

 本書に物語の年代は明記されていないのだが、巻末の解説で千街晶之氏が考察している。

 1941年の太平洋戦争開戦と同時に日本陸軍は東南アジアに侵攻、蒋介石率いる中国軍(中華民国軍)への補給路(いわゆる「援蒋ルート」)を断つためにビルマを占領した。
 しかし1943年末から連合軍の反撃が始まり、1945年の終戦までには奪還されてしまう。本書の物語は日本軍がまだ優勢を保っていた頃と思われるので、43年の初頭ではないかと千街氏は推定している。


 ミャンマー北部にあるヤムオイという名の山村に、40名ほどの陸軍部隊がやってくる。周辺に出没する重慶軍(中国軍)に対する哨戒任務のためだ。

 本編の語り手は民間人の依井(よりい)。「扶桑綿花」(ふそうめんか)という商社の社員だが、現地語に堪能なため、通訳として部隊に同行していた。

 指揮官の賀川(かがわ)少尉は、過去にもヤムオイ村に駐屯していたことがあり、村長たちは彼を歓迎する。
 しかし部隊が到着した夜、賀川少尉が何者かに殺害されてしまう。遺体は首を切りつけられていることから、凶器は鉈(なた)に似たビルマの刃物・ダアと思われた。

 隊のナンバー2の杉山准尉は賀川の死を伏せ、「少尉はマラリヤに罹患したので後方に搬送する」と偽って遺体を連隊本部へ運ばせる。
 代わりに本部からは事態の収拾と調査のために連隊副官の上條(かみじょう)がやってくるが、やがて第二の殺人が起こる・・・


 物語はほぼ100%、村の中で進行するが、戦地を舞台にしていながら戦闘はほとんど起こらず、描かれるのはもっぱら部隊の内部と、村人たちとの関わりだ。

 混乱を防ぐためとはいえ、人の死を隠蔽してしまう軍という組織。占領者である日本人と支配されているビルマ人との間の微妙な緊張感。
 平和な日常とは異なる世界に暮らす人々の様子が綴られていく。


 終盤に至って明らかになるのは、賀川少尉が死ななければならなかった理由、そしてヤムオイ村に隠されていた秘密。どちらも「戦争」という、異常で特殊な状況でなければ生まれなかったもの。この時代、この村だからこそ起こった犯罪の全貌だ。
 示される真相も意外性は充分で、本格ミステリとして高く評価されたのも理解できる。

 ただ、太平洋戦争時の東南アジアが舞台で、日本軍が関わるという展開は好みが分かれるかも知れない。この状況でしか語れない物語であることは間違いないのだが。

 そして、(考えてみれば当たり前のことなんだが)改めて日本人もビルマ人も中国人も、みな「アジア人」なのだと云うことを思い知らされるし、本書はそういう部分すらもミステリの要素として取り込んでしまっている。これはそういう作品だ。



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福家警部補の考察 [読書・ミステリ]


福家警部補の考察 福家警部補シリーズ (創元推理文庫)

福家警部補の考察 福家警部補シリーズ (創元推理文庫)

  • 作者: 大倉 崇裕
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2023/12/11

評価:★★★★


 警視庁捜査一課の福家(ふくいえ)警部補は、小柄で童顔、縁なし眼鏡にショートカット、一見して年齢不詳でOLか就活中の女子大生に間違われることも。
 およそ刑事らしくないドジっ子だが、ひとたび殺人事件の捜査に臨むと抜群の切れ味を発揮し、容疑者をじわじわと追い詰めていく。
 そんな福家警部補の活躍を描く倒叙ミステリ・シリーズ、第5巻。本書は4編を収録。

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「是枝哲の敗北」
 アンソロジー『ドクターM(ミステリー) ポイズン』で既読。
 聖南総合病院の皮膚科医師・是枝哲(これえだ・さとし)は、つき合いのある製薬会社のMR(医療従事者相手の営業職)を利用して病院を抜けだす。そして首尾良く愛人関係にあった足立郁美(あだち・いくみ)を殺害し、事故死を偽装するのだが・・・
 福家は是枝の些細なミスから犯行を証明していく。そしてラストに至り、彼女によって告げられた "事実" が、是枝にとっての "トドメの一撃" となる。


「上品な魔女」
 中本誠(なかもと・まこと)は太陽光パネルを扱うベンチャー企業を経営しているが、赤字が続いていた。誠は妻のゆかりを殺害して生命保険金を騙し取ろうと画策するが、逆にゆかりの罠にはまり、自ら命を落とす羽目に。
 ゆかりの学生時代の友人は「あの人は魔女」と語る。彼女と関わった者は悉く不幸になってきたという。
 一見すると穏やかで上品な言動で、"お嬢様" 育ちのように見えるゆかり。だが、内に秘めた闇はなかなか深い。シリーズ中でも屈指の印象的な犯人だろう。


「安息の場所」
 浦上優子(うらかみ・ゆうこ)はバーテンダー。女ひとりで「BAR ソリティア」を経営している。
 かつて世界的なバーテンダー・原町卓(はらまち・すぐる)に師事していた優子は、兄弟子でもあった久義英二(ひさよし・えいじ)を殺害するが・・・
 周到な準備を経て犯行に及んだものの、バーテンダーとして身についた習性が意外なところで現れる。それを見逃さない福家。


「東京駅発6時00分 のぞみ1号博多行き」
 早朝の東京湾岸の倉庫街。証券マンの蓮見龍一(はすみ・りゅういち)は、恋人を自殺に追いやった男・上竹肇(うえたけ・はじめ)を銃で殺害する。しかしまだ復讐は終わっていない。
 残る "仇敵" を倒すべく、蓮見は東京駅に向かい、博多行きの新幹線のぞみに乗り込む。そのとき、蓮見の隣に座った女性は「警視庁捜査一課の福家」と名乗った。
 蓮見を怪しいと睨んだ福家は(その理由は終盤で明かされる)は、警視庁の同僚たちと連絡を取り、情報を集め始める。それは名古屋の警察に送られ、停車時に福家に。タイムリミットは蓮見が降車する京都駅に到着するまで。
 警察の組織力をバックに推理を巡らす福家と、さらなる計画を進めようとする蓮見との対決が綴られていく。
 ミステリとしてもサスペンスとしても一頭抜きん出た本作は、本書の白眉だろう。

 福家は "人材交流" の一環として京都行きを命じられたとのことなので、しばらくあちらに滞在するようだ。次巻は「京都編」になるのかも知れない。



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紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人 [読書・ミステリ]


紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人 (宝島社文庫)

紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人 (宝島社文庫)

  • 作者: 歌田年
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2021/02/04

評価:★★★★


 紙鑑定士・渡部圭(わたべ・けい)のもとへ持ち込まれたジオラマ(情景模型)。彼はプラモデル造形家・土生井昇(はぶい・のぼる)の助けを得てジオラマを調べていくうちに、大量殺人計画の存在を知る・・・
 第18回(2019年)『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。

* * * * * * * * * *

 主人公・渡部はかつて紙を扱う会社で働いていたが、"ある事情" から退職、新宿で紙鑑定事務所を開業した。
 持ち込まれた紙のメーカー、銘柄、厚み等の鑑定を行うのはもちろんだが、主な仕事は書籍などの紙を用いる製品に、最適な紙の素材を提案し、納品するという営業活動だ。

 冒頭では、米良杏璃(めら・あんり)という女性のエピソードが語られる。"紙鑑定" を "神探偵" と勘違いした彼女は、恋人の浮気調査を依頼してきたのだ。手がかりは一枚の写真だけ。それは戦車のプラモデルを使ったジオラマの写真だった。

 戸惑いながらも、渡部は依頼を受け、人づてにプラモデル造形家・土生井を紹介してもらう。土生井は伝説的なプラモデル造形家だったが、大手模型会社に楯突いたために仕事を干されてしまい、八王子のゴミ屋敷のような自宅に逼塞しているという人物。
 渡部と土生井は、ジオラマの写真から意外な事実を引き出し、見事に杏璃の恋人の浮気を証明する。

 この冒頭部で、渡部と土生井の背景や人となりを紹介し、かつタッグを組んだ二人の "探偵能力" もバッチリ示され、「ツカミはOK」というわけだ。

 続く依頼人が、本書のメインの事件となる。

 杏璃の紹介で渡部の事務所にやってきたのは、商事会社の秘書・曲野晴子(まがの・はるこ)。彼女の妹・英令奈(えれな)は19歳の大学一年生。しかし三ヶ月前に失踪してしまった。
 妹の部屋に残されていたのは、家のジオラマだった。昭和の時代を思わせる平屋で、内部まで精巧に作られていたが、そこに立つフィギュアはライフルを手にしており、床には無数の銃器が置かれていた。

 ふたたび土生井の助けを借りた渡部は、ジオラマのモデルとなった家の在処を突き止めるべく調査を始める。やがて失踪事件の背後には大量殺人計画が潜んでいることが明らかに・・・


 「紙鑑定士の事件簿」って銘打ってあるけど、紙鑑定自体はあんまり事件解決に関わらない。もちろん、渡部が持つ紙の知識は桁違いで、時に蘊蓄が滔々と語られるんだけど。

 むしろ渡部の強みは「人脈」にあるようだ。専門外で自分の手に負えないモノにぶつかった時、”その道” に詳しく適任な人がいれば、意地を張ったりプライドに拘ったりすることなく、素直に助けを求める。
 それも「知り合いの知り合いは知り合いだ」とばかりに、人脈をフル動員して目的の人物に辿り着き、その協力を引き出していく。その際たる者が本書の土生井だけど、彼以外にも、作中でちょこちょこと "助け" を求めていく。

 そのとき頼りになるのがSNSだ。土生井は八王子の家からほとんど動かないのだけど、メールやLINEを通じて渡部とつながり、ジオラマに関する推理や調査のヒントを与えてくれる。いわば引きこもりのホームズ土生井と、行動力抜群のワトソン渡部のコンビ探偵、といえるかも知れない。

 やがて事件の根底には大量殺人計画が潜んでいることが判明する。終盤に入ると、計画を完遂すべく突っ走る犯人と、それを阻止すべく必死の追跡をする渡部のタイムリミット・サスペンスへと移行していく。
 そしてここに至り、渡部には "最強の助っ人" が現れる。これももちろん彼の人脈上にいる人物なのだが、このあたりは読んでのお楽しみだろう。


 本書はシリーズ化され、続巻が文庫で2冊出ている。主役の渡部はもちろん、土生井や "最強の助っ人" も引き続き "出演" しているようなので楽しみだ。
 どちらも手元にあるので、近々読む予定。



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むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。 [読書・ミステリ]


むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。 (双葉文庫 あ 66-04)

むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。 (双葉文庫 あ 66-04)

  • 作者: 青柳 碧人
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2023/11/15
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 日本昔話の世界で本格ミステリを展開させる、という突飛な発想で話題になった前作に続く第二弾。

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「竹取探偵物語」
 堤重直(つつみ・しげなお)は、竹を取って暮らしている。ある日、相棒の有坂泰比良(ありさか・やすひら)とともに竹取に出かけたところ、光る竹を見つけた。それを切ったところ、中から親指ほどの女の子・かぐやが現れた。
 かぐやは美しい娘に成長し、やがて五人の求婚者が現れた。かぐやは五人それぞれに異なる「ゆかしき物(不可思議な力を持つ宝物)」を持ってくるように命じる。期限は来年8月15日。
 そして8月14日。求婚者たちが「ゆかしき物」を手に入れて帰ってきた。しかしその夜、泰比良が火事に遭って焼死してしまう・・・
 「ゆかしき物」の力を行使して不可能犯罪を起こしたのではないか、という視点もユニークだけど、かぐやの正体もひと味違う。


「七回目のおむすびころりん」
 隣の米八(よねはち)じいさんが、昼飯のおにぎりをうっかり落としてしまう。しかしそれが転がりこんだ穴に住んでいた鼠たちから、お礼として金銀財宝をもらってきた。
 それを聞いた欲深い惣七(そうしち)じいさんは、米八のまねをしておむすびを転がし、首尾良く鼠たちの暮らす穴に入り込むが、何故かその途中で時間が巻戻り、おむすびを転がす前の時点に。
 二度目におむすびを転がし、再び鼠の穴に入り込んだところ、今度は密室の中で鼠が殺される事件に遭遇してしまう。そして再び時間は巻戻り・・・いわゆるタイム・ループものの展開へ。ループするたびに状況が変化していくのはお約束だが・・・
 状況がだんだん複雑化していくのに私のアタマがついていけず、途中でほとんど脱落状態に(おいおい)。そういう読者のためか、途中でまとめの表がでてくるのはありがたい(笑)。
 本書の中ではいちばんミステリ的に凝った作品なのだろうけど、結局よくわかりませんでした。スミマセン。


「わらしべ多重殺人」
 行商人・八衛門(はちえもん)のDVに悩む妻は、夫の顔をぬか床に押しつけ、窒息死させてしまう。
 主の娘と旅に出た壮平(そうへい)は、襲ってきた山賊・八衛門を谷底に突き落としてしまう。
 原口源之助(はらぐち・げんのすけ)は、自分を侮辱した高利貸し・八衛門を撲殺してしまう。
 三人の人物に殺された "八衛門" という人物が登場するが、この謎自体は、作中に登場する、ある "アイテム" がカギとなって説明される。それよりはタイトルにある「わらしべ長者」の話とどうつながっていくのかがメインのように思う。


「真相・猿蟹合戦」
 「猿蟹合戦」で栗・蜂・臼・牛の糞に殺された猿の息子、栃丸(とちまる)。
 「カチカチ山」で兎に殺された狸の弟、茶太郎(ちゃたろう)。
 父の仇をとるつもりの栃丸は、茶太郎を仲間に引き入れようとするのだが、その前に茶太郎の知恵の程度を確かめたい。そこで茶太郎に改めて「猿蟹合戦」の”真実” を語り、「俺が殺したいのは誰か当ててみろ」と問いかける・・・
 栃丸の語る ”真説” がなかなか斬新。ファンタジー的お伽噺が、複数犯による殺人(殺猿?)計画に姿を変えてしまう。そして主犯の凶悪さにも驚かされる。


「猿六とぶんぶく交換犯罪」
 「真相・猿蟹合戦」とは前後編となっている。
 猿たちが暮らす赤尻平。そこの猩々(しょうじょう)屋敷の敷地内には沼があり、中に浮かぶ小島に住んでいた南天丸という猿が絞殺死体となって発見される。
 解明に立ち上がったのは頭脳明晰な猿六(さるろく)。語り手は医者の猿で綿(わた)さんと呼ばれていて・・・とくればもうおわかりの展開だろう。
 猿六はきっちり事件を解明してみせるのだが、最後に至ってもうひとひねり。伏線は「真相-」から既に張られてあったんだけど、気づかなかったよ。



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流浪地球 / 老神介護 [読書・SF]


流浪地球 (角川文庫)

流浪地球 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2024/01/23
老神介護 (角川文庫)

老神介護 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2024/01/23

評価:★★★★


 『三体』で話題の中国のSF作家・劉慈欣の短編集。日本語翻訳版は二巻構成だが、原書は一巻本なので、まとめて記事にする。

* * * * * * * * * *

〈 〉内の文章は、文庫表紙見返しにある各編の惹句を引用した。


『流浪地球』


「流浪地球」
〈人類は太陽系で生き続けることはできない。唯一の道は、べつの星系に移住すること。連合政府は地球エンジンを構築、太陽系脱出計画を立案、実行する。〉
 400年後、太陽の核融合が加速して赤色巨星化が始まると予測した人類は、太陽系を脱出、4.3光年離れたプロキシマ・ケンタウリ星系への移住を決定する。巨大なエンジンを建設し、地球そのものを巨大な宇宙船へと変え、2600年に及ぶ長大な旅程へと。
 "地球を動かす" というアイデア自体は東宝映画『妖星ゴラス』(1962年)で描かれたが、映画が "地球移動作戦" そのものの成否を描いてるのに対し、本作は長期間にわたる移動に伴う民衆の生活の変化や感情の動きに焦点を当てている。そういう意味では「ゴラスのパクリ」という評価は当てはまらないだろう。


「ミクロ紀元」
〈恒星探査に旅立った宇宙飛行士は《先駆者》と呼ばれた。帰還した先駆者が目にしたのは、死に絶えた地球と文明の消滅だった?〉
 ところがどっこい、人類と文明はしっかり生き延びていた、という話。ただし、思いも寄らない形態となって。


「呑食者」
〈世代宇宙船《呑食者》が太陽系に迫っている。国連に現れた宇宙人の使者は、人類にこう告げた。「偉大なる呑食帝国は、地球を捕食する。この未来は不可避だ」〉
 過去、呑食帝国に "捕食" されたエリダヌス座イプシロン星系人の残したメッセージを頼りに、呑食者への抵抗を試みる人類の戦いを描く。
 短編集『円』(ハヤカワ文庫SF)収録の「詩雲」の前日譚。


「呪い5.0」
〈歴史上最も成功したコンピュータ・ウイルス「呪い」は進化を遂げた。酔っ払った作家がパラメータを書き換えた「呪い」は、瞬く間に市民の運命を変えてしまう・・・〉
 最初はちょっとした "おふざけ" をするだけだったウイルスが、関わった者たちによって次第に変貌していく。基本的にはコメディなんだが、笑い飛ばしきれないものも感じてしまう。


「中国太陽」
〈高層ビルの窓ガラス清掃員と、固体物理学の博士号を持ち、ナノミラーフイルムを独自開発した男。二人は、ともに人工太陽プロジェクトに従事する。〉
 作中の人工太陽プロジェクトとは、宇宙に展開したナノミラーフイルムが巨大な鏡を形成(『機動戦士ガンダム』のソーラ・システムみたいに)して、それが地球のある地域を集中的に照らして気象をコントロールしようとする計画。
 そのフイルムのメンテナンスに必要なのが、高層ビルの窓ガラス清掃員だったという、"ギャップ" が楽しい。そして物語はそれだけに収まらず、さらにスケールを広げていく。


「山」
〈異星船の接近で突如隆起した海面、その高さ9100メートル。かつての登山家は、単身水の山に挑むことを決意、頂上で、異星人とコミュニケーションを始めるが。〉
 映画『未知との遭遇』でも山(デビルズタワー)がファースト・コンタクトの舞台となったが、やっぱりこの手の話は高いところの方がサマになるのかな。異星人が語る、諸々の "蘊蓄" が楽しい。


『老神介護』


「老神介護」
〈神文明は老年期に入り、神は地球で暮らすことを望んでいた。国連事務総長は、老神の扶養は人類の責任と認めるが、ほどなく両者の蜜月は終わりを告げた。〉
 人類を創造した神(異星人)が高齢化し(笑)、人類に扶養を求めてくるという話。いやあ、「この発想はなかった」よ。
 神といっても外見は人間そっくり(寿命だけは数千年と長いが)。一人ずつ地球人の家庭に厄介になるのだが、そこでの行動も普通の老人と同じ。ちょっと "ボケ" が入った親と同居する子供世代の葛藤と丸かぶりである。


「扶養人類」
〈神文明が去って3年、世界で最も裕福な13人が、プロの殺し屋を雇ってまで殺したいと願うのは、最も貧しい3人だった。〉
 「老神介護」の後日談。地球人以前に "神" が創造した人類(いわば地球人の "兄" 文明)が、地球を占領しようとしていた・・・というのが本作の背景。
 主人公の殺し屋に仕事を依頼した大富豪たちの "思惑" がいかにもSF的。


「白亜紀往事」
〈蟻と恐竜、二つの世界の共存関係は2000年以上続いてきた。しかし蟻世界が恐竜世界に核兵器廃棄を要求、拒絶されると、蟻はストライキに突入した。〉
 白亜紀末に恐竜が絶滅した舞台裏を描いた一編。
 恐竜と蟻は、お互いの 頭脳的/肉体的 な 長所/短所 を補い合って、高度な文明(現在の人類文明に匹敵する)を築いていた。しかし恐竜たちの仲間割れと、同時期に起こった蟻のストライキが、結果的に大惨事を引き起こしていく・・・
 かつて恐竜が高度な文明を築いていた、という作品はいくつかあるが、本作はひと味違ってユニークだ。


「彼女の眼を連れて」
〈ぼくが休暇を取る条件は、眼を連れていくこと。宇宙で働いている人は、もうひと組の眼を地球に残し、地球で過ごす人を通し、仮想体験ができるのだ。〉
 主人公の "ぼく" が "連れていく" ことになった眼の持ち主は、大学を出たばかりに見える若い女性だった。"彼女の眼" とともに過ごすうちに、奇妙なことに気づく。彼女との通信にはほとんどタイムラグがないのだ。彼女はかなりの低軌道にいるのだろうか? しかし "眼" の管制センターの主任は、彼女がどこにいるのか教えてくれない・・・
 哀切感あふれるラブ・ストーリーで傑作だと思うのだけど、作者は「自分の書きたいSFではない」と語っているとか。作者が望むものと読者の望むものにギャップがあるのは何処も同じか。


「地球大砲」
〈人工冬眠から目覚めた時、地球環境は一変していた。資源の枯渇と経済的衰退から逃れようと、「南極裏庭化作戦」が立案、実行されていたのだ。〉
 画期的な新物質の発見により、それを材料として地球中心を貫くトンネルの建設が可能となった。しかしそれは地球環境に激変を起こす引き金になってしまった・・・
 地球中心を貫いて北京と南極を結ぶ、って作中にあるんだけど、北京から真下に掘ったら南米の何処かに出ると思うんだけどね。中心部でカーブを描いてるのかな、とも思ったけど、主人公がトンネルを通っていくシーンにそういう描写はなかったよ。そこだけ疑問。
 ちなみに「彼女の眼を連れて」と同一世界の話のようだ。


 短編集『円』の記事でも書いたけど、スケールの大きな話が多い。アイデアも骨太で、私としては昭和の日本SFのテイストもちょっと感じる。

 巻末の解説を読んだら、「SF」という言葉は日本では「空想科学」と訳されてきたが、中国では「科学幻想」と訳すのだそうだ。
 日本や欧米のSFでは、実在の国家や政治・社会をシニカルに風刺する作品群も大きな一角を占めている。しかし中国ではそれは許されない。中国のSFは「科学幻想」の名の通り、あくまでファンタジーでなければならないのだそうだ。

 だから劉慈欣の描くSFのスケールの壮大さ発想の雄大さも、そこに起因しているのかも知れない。そういうある意味 "窮屈" な環境の中でも頑張っているのは、たいしたものだとも思うが。



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時空旅行者の砂時計 [読書・ミステリ]


時空旅行者の砂時計 〈竜泉家の一族〉シリーズ (創元推理文庫)

時空旅行者の砂時計 〈竜泉家の一族〉シリーズ (創元推理文庫)

  • 作者: 方丈 貴恵
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2023/09/28

評価:★★★★


 謎の難病に冒され、余命幾ばくもない妻・伶奈(れな)を救うため、加茂冬馬(かも・とうま)は2018年から1960年へとタイムトラベルをする。
 この年、伶奈の先祖である竜泉(りゅうぜん)家の者たちが大量殺人の犠牲となる事件が起こっていた。伶奈に取り憑く "竜泉家の呪い" を解くためには、この事件を阻止しなければならない。しかし冬馬が竜泉家に到着したとき、既に惨劇は始まっていた・・・
 第29回(2019年) 鮎川哲也賞受賞作。

* * * * * * * * * *

 ライター・加茂冬馬の妻・伶奈は肺炎を発症するが、なぜか治療が効果を示すことなく病状は悪化を続け、医師からは「ここ三日がヤマ」と告げられる。

 打ちひしがれる冬馬に突然、彼のスマホが語りだす。"マイスター・ホラ" と名乗ったその声は『竜泉家の呪いは実在する』と告げる。
 伶奈の旧姓は竜泉。彼女は竜泉家の末裔だった。


 竜泉家は、戦前戦後を通じて大きく成長を果たした実業家の一族で巨大な資産を築いた。しかし1960年(昭和35年)、N県にある別荘に一族郎党合わせて10人が揃ったところで連続殺人事件が発生した。そして生き残った者も、その直後に起こった土砂崩れに巻き込まれて全滅してしまう。

 伶奈の祖母である竜泉文乃(あやの:当時13歳)は、竜泉家当主の知人に預けられていたため惨禍を免れて全財産を相続したが、竜泉家の "呪い" をも受け継いでしまう。10年もしないうちに彼女は財産のほとんどを騙し取られ、さらに自分自身も30歳の時に強盗に殺されてしまった。


 冬馬はマイスター・ホラとともに過去に向かう。伶奈に取り憑く "竜泉家の呪い" を解き放ち、彼女を救うには、すべての始まりである1960年に起こった殺人事件を解決するしかない。
 しかし冬馬が竜泉家の別荘に到着したとき、惨劇はもう始まっており、既に2人が殺されていた。

 竜泉家のひとり、文香(あやか:文乃の双子の姉)の理解を得た冬馬は、「探偵」と称して別荘に入り込むことに成功するが、殺人の連鎖は止まらない・・・


 主人公が過去の世界に跳んで、そこの事件を解決する、というミステリは少なくないが、たいていの場合、タイムトラベルは主人公を過去に送り込むときと帰ってくるとき、最初と最後にだけ発動するというパターンがほとんどだろう。
 つまりタイムトラベルは現在とその時代の往還のみに機能し、事件そのものには関わらない。

 しかし本書がそれらと異なるのは、タイムトラベルがミステリ要素として事件の中に組み込まれているということだ。

 だからマイスター・ホラという超常的な存在も、神とか悪魔とか妖精とかのファンタジー要素ではなく、SF的に合理的な出自が設定してあり、物語の進行とともに、次第に明らかになっていく。
 また、本書に登場する時空移動についても "なんでもアリ" な万能な能力ではなく、欠点や限界や行使に必要な条件などが細かく規定されていて、これも作中できちんと開示、説明される。これによりタイムトラベルを "手がかり" や "伏線" に組み込むことが可能になっている。

 ・・・と書いてきたのだが、未読の人にはよく分からないだろう(笑)。ぜひ読んで、この面白さを確かめてほしいと思う。
 ややこしく感じる人もいるかも知れないが、作者の語り口は丁寧でわかりやすいので、”迷子” になってしまうことはないだろう。タイムトラベルという要素が加わった本作は、最近流行の特殊設定ミステリの中でも、群を抜く傑作になっていると思う。


 そして、タイムトラベルと言えばタイム・パラドックスの扱いが問題になる。そもそも、冬馬が過去に戻って事件を解決(歴史を改変)したら、現在もまた変わってしまうはず。本作でもそれは避けて通れないのだが、そこのところも読んで確かめてほしいと思う。
 ガチガチのタイムトラベル・オタク(そんな人がいるのか?)だったら怒り出すかも知れない。よーく考えたら「あれ?」と首をひねってしまう部分もあるのだが、エンタメ作品の "締め" としては、この結末は大正解だろう(そもそも完全に矛盾のないタイム・パラドックス処理なんて不可能だろうし)。そして何より、私はこのエンディングは大好きだ。

 ミステリとしても素晴らしいし、SFとしても面白い。楽しい読書の時間を過ごせるだろう。



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ドクターM(ミステリー) ポイズン [読書・ミステリ]


医療ミステリーアンソロジー『ドクターM』ポイズン (朝日文庫)

医療ミステリーアンソロジー『ドクターM』ポイズン (朝日文庫)

  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2021/11/05
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 「医療」をテーマにしたミステリ・アンソロジー。7編を収録。

* * * * * * * * * *

「片翼の折鶴」(浅ノ宮遼)
 末期ガンを患う妻・響子は、夫で獣医である達也が用意した睡眠薬を飲み、昏睡状態となった。彼女は病院に搬送されたが、達也はなおも病院内で妻の殺害を画策するのだが・・・
 なぜ達也は余命幾ばくもない妻を殺さなければならないのか? 響子は何を考えているのか? そして彼女が折っていた鶴の意味は?
 救急救命センターの医師・西丸を探偵役とするシリーズの一編。響子の抱えた意外な事情に驚かされる


「老人と犬」(五十嵐貴久)
 キャリア警察官の立花令子は大学卒業後、わずか一年ちょっとの研修後に南武蔵野署の副署長に着任したが、実際は "お飾り" で仕事らしい仕事がない。
 地元企業の会長・小山田伝一郎(おやまだ・でんいちろう)は警察OBだったが、最近『自分を殺そうとしている人間がいる』と訴えていた。
 小山田の苦情を聞く係を頼まれた令子は彼の自宅を訪れる。そこで、小山田の飼い犬の往診に来ていた獣医・土井と知りあうが・・・
 獣医・土井徹(どい・とおる)を探偵役としたシリーズの一編。犬の病状をきっかけに小山田の身辺で進行している陰謀を嗅ぎ出す土井。令子さんも魅力的。このシリーズ、ちょっと読んでみたくなる。


「是枝哲の敗北」(大倉崇裕)
 聖南総合病院の皮膚科医師・是枝哲(これえだ・さとし)は、つき合いのある製薬会社のMR(医療従事者相手の営業職)を利用して病院を抜けだす。そして首尾良く愛人関係にあった足立郁美(あだち・いくみ)を殺害し、事故死を偽装するのだが・・・
 警視庁捜査一課の女性警部補・福家(ふくいえ)を探偵役とするシリーズの一編。小柄で縁なし眼鏡にショートカット、一見して年齢不詳で就活中の女子大生に見えないこともない。およそ刑事らしくない言動をしているが、容疑者をじわじわと追い詰めていく。
 今回も、是枝の些細なミスから犯行を証明していく。そしてラストで福家によって明かされる "事実" が、是枝にとっての "トドメの一撃" となる。


「ガンコロリン」(海堂尊)
 極北大学の倉田教授が開発した新薬は、ガンの特効薬であり予防薬にもなるという、画期的なものだった。新薬はあっという間に認可されて『ガンコロリン』と命名されて発売、あらゆるガンを圧倒していくが・・・
 新薬に振り回される医療業界から始まり、皮肉な結末まで喜劇調で描かれていく。ミステリではなくSFだね。それもちょっと懐かしい昭和の頃の雰囲気の。


「笑わない薬剤師の健康診断」(塔山郁)
 神楽坂のホテルに勤める水尾爽太(みずお・そうた)は、水虫がなかなか完治しなかった。しかし薬局を訪れた爽太が、毒島(ぶすじま)という薬剤師からもらったアドバイスに従ったところ快方へ向かう。彼女と語り合う中で、若い後妻をもらった爽太の伯父が最近体調を崩していると語ったところ・・・
 薬剤師・毒島花織を探偵役としたシリーズの第一作。インパクトのある苗字にまずびっくりするが、本人は黒縁眼鏡をした妙齢の女性。タイトル通り愛想はないが、沈着冷静で判断も的確、薬剤師としての腕も確か。シリーズは好評らしく、既刊が三冊あるとのこと。


「リビング・ウィル」(葉真中顕)
 女子大生・千鶴の祖父・雄三が川へ転落、病院へ搬送されたが植物状態となってしまう。集まってきた親族たちに医師が問う。「患者さんのリビング・ウィル(生前の意思)が知りたい」と。祖父が生前、万一の場合の延命治療を望んでいたか否か。
 雄三はかつて、千鶴に対して「俺は尊厳死を望む」と話していた。しかし親族一同の理解は得られず、人工呼吸器が外されることはなかったが・・・
 伯父夫婦の思惑や従姉妹の抱えた事情など、ミステリ要素もあるが、終盤に入るとちょっと恐ろしい展開を迎える。これはある種のホラーでもある。
 「植物状態」「尊厳死」という言葉が実感を持って迫ってくる年齢になってしまった。植物状態のまま、年単位で生き続けてしまったら、そのときの家族の負担(肉体的・精神的・経済的)は計り知れないだろう。
 かといって「尊厳死を望む」とは、なかなか決断できないよねぇ・・・。もう少し年齢が上がると、また考えも変わってくるのかな?


「夜光の唇」(連城三紀彦)
 主人公の藤木は整形外科医。彼も妻・華江も異性関係は奔放で、結婚生活は形骸化していた。職場に華江からかかってきた電話で、今日が結婚記念日であることを思い出したくらいだ。
 その日、藤木の前に現れた女性・田村葉子は、8年前の自分の顔に戻してほしいと言い出す。彼女が示した過去の写真は、明らかに今よりも洗練さを欠き、垢抜けない顔だった。
 彼女に興味を示した藤木は、夜のホテルに呼び出し、男女の仲になった。すると葉子は告げた。「奥さんの紹介で来たんです」・・・
 単純な不倫の話かと思いきや、葉子の抱えた意外な秘密が明らかになると、物語が大きく様変わりしていく。恋愛も、作者にかかるとミステリの絶品に変わる。



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