紙鑑定士の事件ファイル 偽りの刃の断罪 [読書・ミステリ]
紙鑑定士の事件ファイル 偽りの刃の断罪 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
- 作者: 歌田 年
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2023/03/07
- メディア: 文庫
評価:★★★☆
紙鑑定士・渡部圭(わたべ・けい)が遭遇する事件を描いたミステリ・シリーズ、第二巻。
* * * * * * * * * *
「FILE:01 猫と子供の円舞曲」
渡部の事務所に現れたのは小学三年生の古戸梨花(ふると・りか)。彼女が持ち込んできたのは ”固まった紙粘土” のような物体。
彼女は新宿で野良猫が怪我をしているのを見つけ、その現場にこの ”紙粘土” が落ちていたのだという。猫の血と毛がついていたので、これが凶器に間違いない。彼女はクラスメイトが犯人ではないかと心配していた。
しかし、渡部の見るところ、学校で使われる紙粘土とは成分が異なるようだ。彼は前作で知りあったプラモデル作家・土生井昇(はぶい・のぼる)のもとへそれを持ち込んだところ、フィギュアの造形に用いる「石粉粘土」と云うものだと判明する。
土生井の伝手で、フィギュア作家・團文禰(だん・ふみね)の協力を得た渡部は、調査を進めるうちに猫襲撃の裏に意外な犯罪が潜んでいたことを知る・・・
9歳ながら、渡部の言動にしっかりツッコみを入れてくる、おしゃまな梨花さんがかわいい。
「FILE:02 誰が為の英雄」
渡部は猫襲撃事件の報告のために團の家を訪れた。彼はアメコミ・ヒーローを題材にしたオーダーメイドの一品ものフィギュアを完成させたところだった。これから納品に行くというので、渡部の車で送ることに。
依頼主は伴地有美(ばんち・ゆみ)という女性。白バイ警官だった夫が2年前に殉職、当時10歳だった息子・翔(しょう)はそれ以来引きこもりになってしまっていた。
有美自身も元警察官で、若い頃は「美人すぎる婦人警官」としてたびたびマスコミに登場する有名人で、渡部もファンだった(笑)。
フィギュアの依頼人は翔だったが、なぜか出来上がりに満足せず、その理由も云わない。そして部屋の中で暴れては、何度も作り直しをさせていた。そんな理解不能な息子の行動に、有美は疲れ果てていた。
渡部は有美のために、翔の行動の理由を突き止めとようとするのだが・・・
終盤、渡部はかつて自分が体験したことを交えて、翔と二人だけで語り合う。その姿はなかなかカッコいい。
「FILE:03 偽りの刃の断罪」
渡部の事務所に現れたのは、前作で知りあった神奈川県警の刑事・石橋。彼は紙の鑑定を依頼しにきたのだった。
それは春見真久(はるみ・まさひさ)という男性から菱谷貴里(ひしや・きり)という女性へ充てたもので、内容は結婚の申し込みだった。
しかし貴里は真久を振り、張本善浩(はりもと・よしひろ)という男と結婚した。しかし貴里の留守中に善浩が刺殺され、家が放火されるという事件が起こっていた。
捜査陣の見立てでは真久が限りなくクロ。しかし彼を十代の頃から知る石橋にはそれが信じられない。そこで渡部の力を借りにきたのだ。
なぜかというと、この事件の関係者三人には、コスプレという共通の趣味があったから(笑)。石橋は「こういうオタク系の事件に渡部は強い」と思っているらしい(結果として間違ってはいないのだが)。
かくして、またまた團の協力を得た渡部だったが、やがて事件の裏に潜むディープな事情が明らかになっていく・・・
前作の土生井に代わり、今回はフィギュア作家の團が大活躍。フィギュアはもちろんアメコミ、コスプレ系の膨大な知識で渡部の調査を大いに助けていく。
渡部自身の紙や印刷に関する蘊蓄も健在で、「FILE:02」の真相解明も彼の知識があればこそ。
そして、今回の三短編に共通するテーマは「○○」らしい。渡部は、元恋人だった真理子との関係が変わっていきそうな予感を覚えつつ、次巻へ。
『ヤマトよ永遠に REBEL3199 第一章 黒の侵略』 メインビジュアル & 本予告 公開 [アニメーション]
去る5月24日、公式サイトが更新され、
「第一章 黒の侵略」のメインビジュアルと本予告が公開されました。
合わせて「CHARACTERS」と「MECHANIC」にも追加情報が記載されました。
■メインビジュアル
パッと目に入るのは、左上の古代と右下の雪。
オリジナルを知っている人なら「ああ、あそこか」と気づくでしょう。
映画『ヤマトよ永遠に』序盤の有名なシーンですからね。
”おじさんホイホイ” を狙ってます(私もしっかり ”ホイホイ” されました)。
そして中央には次の文字が。これがまた意味深。
『もう一緒には生きられない
ーその時、あなたは愛する人になにを伝えますか?ー』
「もう一緒には生きられない」ってどんな時?
・・・不治の病で余命宣告されたりとかしたら、そう思ったりするかなぁ
なにせ人生も残り時間を気にするトシになってしまいましたからねぇ・・・
これは半分は冗談ですが(おいおい)、残り半分は本気だったりする(えーっ)。
そんなことは横に置いといて考えてみれば、
これはもちろん主役である古代と雪の間に起こることでしょう。
旧作では、じつに40万光年と云う壮大なスケールで
離ればなれになってしまった二人ですから、
今作も二人は(いろんな意味で)距離を置いてしまうのかも知れません。
「物理的な距離」ができれば「精神的な距離」も生じてくるでしょう。
昔から「去る者は日々に疎し」なんて云いますからね。
それにひょっとしたら「時間的な距離」も含まれてくるのかも知れません。
なにせ相手が相手ですから。
そんな環境に置かれた古代と雪の行動も今作の見せ場になっていくのでしょう。
そして左には
『果てなき災厄の時代ー
「抵抗」(REBEL)の意思を胸に、新・宇宙戦艦ヤマトが始動する!』
ガミラス、ガトランティス、デザリアムと、次々に災厄がやってくる時代。
ヤマトの旅が再び始まる。
期待しましょう。
■本予告
わずか1分ですが、例によって情報量が多い。
YouTube とかには内容を考察した動画とかも挙がってるみたいですが、
ここではあんまり頭をひねることなく、
動画を見て感じたこと考えたことなどを、
思いつくままに適当に並べていきます。
○BGM「暗黒星団帝国」からスタート
○迫り来るグランドリバース
●ボローズ
「・・・ウラリアの、光」
もとガルマン星総督も、左遷された今は
辺境国家の地球への領海侵犯を繰り返すというセコい任務についてる様子。
ということは、ボラー連邦は太陽系の位置を把握しているということ。
また、ボラー連邦も何らかの形でデザリアムの存在を知っている。
ひょっとするとデザリアムの母星は銀河の中心部にあるのかも知れない。
○グランドリバースが通過していくのは第11番惑星帯。
周辺にガトランティス艦の残骸が見える。
このキャプチャー画面ではよく分からないけど、明度を上げれば
○『果てなき災厄の時代ーー』
○ここからBGMは「巨大戦艦グロデーズ」(新アレンジ版)へと変わる。
オリジナルの映画では序盤と終盤で2回流れた、とても印象的な曲。
●藤堂早紀「何かが地球に迫りつつある。とてつもない何かが」
○北野誠也のアップ。グランドリバース迎撃の指揮を執っている?
●「共鳴波、最大照射!」
○しかし効果は無い。
ゴルバ同様、位相変換装甲を有しているので、波動砲だって効かないはず。
●土門「予め艦にプログラムされていた、これは?」
場所はヤマトの第一艦橋?
○地球防衛軍基地(?)に侵攻するデザリアム艦?
○銃を連射する古代
●藤堂長官「オペレーションDAD、発動だ」
”オペレーションDAD” については別項にて。
ちなみに藤堂の後ろには星名の顔も。
○デザリアム降下兵
○銃を持つ雪
○発砲する降下兵
●「システムダウン、アンコントロール!」
○制御不能に陥ったと思われる無人艦隊群
○大気圏に突入したグランドリバース
●北野誠也
「これは予測された事態だ。
そのために、お前たち経験者をこのアスカに集めた」
○地表に降下していくグランドリバース
それを見ているのは加藤真琴と翼くん
○地上を攻撃する掃討三脚戦車ガバリア
●雪「古代君!」
通路を駆け上がる雪だが銃撃を受けてしまう
このシーンはやっぱり外せません。
●古代「雪!」
●古代「雪!」
○歯を食いしばり、悔しい表情の南部
●南部父「敵はデザリアムだけでないことは、肝に銘じておいてほしい」
○藤堂と向かい合う女性士官(新キャラ?)
○デザリアム艦に突入する銀河、そして藤堂艦長。
いっそのこと、アルカディア号みたいに
艦首に衝角(ラム)でもつけちゃえばいいのでは(えーっ)
●新アナライザー「集結セヨ」
AUO9、ようやく復活ですね。
○島、土門、佐渡、篠原、雷電(たぶん)、坂本、藤堂・芹沢のアップ
篠原は最初誰だか分からなかったよ。
「このロン毛の艦長は何者だ?」って思ってしまった。
○雪へと手を伸ばす古代。乗ってるのはコスモハウンド?
○触れそうで触れられない二人の手をバックに
『「抵抗」(REBEL)の意思を胸に』
○女性の瞳のアップ。
真田さんと思われる姿が映っているので、これはサーシャでしょう
○いずことも知れぬ場所にあるやマトをバックに
『新・宇宙戦艦ヤマトが始動する!』
○満を持して(?)、デザリアム軍情報将校アルフォン少尉の登場
○太陽をバックに「ヤマトよ永遠に REBEL3199 第一章 黒の侵略」
この太陽、やっぱり様子が普通でないような気がするんだけどね。
○そしてヤマト主砲のアップで〆 「7.19 上映開始」
■オペレーションDAD
オペレーションDADとは、まあ素直に考えれば Operation Defence Against Dezalium (対デザリアム防衛作戦)の略だろう・・・と思うんだけどね。
ファンクラブに入っている人なら、情報が一足早く手に入るんで知ってる人もいるかも知れない。
ちなみにデザリアムの横文字表記は当てずっぽうなので違ってるかも(笑)。
これを書いてて思い出したけど、平成ゴジラの「vsシリーズ」に
”DAG (Defence Against Godzilla)” という用語が出て来たのを思い出した。
たしか、対ゴジラ用に開発された兵器の型番にこの文字が使われてた。
おっと閑話休題。
「イスカンダル事変」(ヤマト2205)の終結後、古代・森雪・真田の三艦長が揃って解任され、クルーたちも配置転換されたが、これは懲罰人事のようでそうではないのはみえみえ。
だいたい司令部に逆らって勝手に戦争をおっぱじめるなんて、極刑レベルの軍紀違反のはずだけど、刑務所に入った者はいないし、降格になった者さえいないんだから。
そしてこれは、近い将来に起こりうるデザリアム軍の地球侵攻に備えて、戦力と人材を温存するための処置だった、ということが今回のPVで確定。
北野兄には、”こと” が起こったときに若手ヤマトクルーを集めて廻るという任務が割り振られていたのでしょう。
地球連邦市民が「イスカンダル事変」の内容や「デザリアムの存在」をどれくらい知らされていたのか不明だけど、たとえどんな理由があっても、命令違反した軍人をそのままにしておくことはできないだろう。
だから表向きは懲罰人事の形を取らざるを得なかった。でも、最も大きな理由は敵の諜報活動を心配したのではないかと思う。
かつてガトランティスは、敵の中に送り込んだ ”蘇生体” を通じて情報を手に入れていた、という事実があったからね。
ならば、デザリアムだって何らかの方法で地球の情報を手に入れているかもしれない(ひょっとするとボラーも)。だからこそこんな手段を取ったのだろう。
■サーシャとスカルダート
この二人のCVは今回も発表されませんでした。
来月あたりにもう一本長めのPVが公開されて、そこでお披露目・・・なのかも知れませんけど、「2205」での潘恵子さんみたいに公開までシークレットでいってしまうのかも知れません。
・・・って書いてたら、公式サイトに
『ヤマトよ永遠に REBEL3199 第一章 黒の侵略』
6月12日(水)完成披露舞台挨拶 実施決定! というNEWSが。
ということは、遅くともこの日には明らかになるのでしょう。
■終わりに
このPVを見る限り、序盤は旧作『ヤマトよ永遠に』をなぞりつつ、『ヤマトIII』の要素が入っていくような気がします。
毎回書いてますけど、ヤマトの新作を前に、あーだこーだと妄想を展開できるなんて幸せな時代です。でもそれも、平和あればこそ。
自分がトシをとったせいもあるし、昨今の世界情勢もあるのだけど、エンタメが純粋にエンタメとして楽しめる世の中が続いていってくれることを願ってやみません。
三体 [読書・SF]
1967年。人類に絶望した一人の物理学者によって、あるメッセージが宇宙に向けて放たれた。
そして数十年後、科学者の謎の連続自殺事件が起こる。それを追うことになった研究者は、〈ゴースト・カウントダウン〉という不可思議な現象に見舞われる。
一方、ネットVRゲーム『三体(さんたい)』の中では、複数の太陽が存在する世界での長大な歴史が展開していた。
そしてこれら一連の事態の裏には、外宇宙からの "陰謀" が潜んでいた・・・
世界的ベストセラーとなり、Netflixでも長編ドラマになるなど、話題のSF超大作『三体』三部作。本書はその第一部。
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時に1967年。中国は文化大革命(中国共産党によって引き起こされた、全国規模の政治権力闘争)で揺れていた。
暴動の嵐が吹き荒れる中、若き天体物理学者・葉文潔(イエ・ウェンジュ)は大学教授の父を殺され、彼女もまた大学から追放されることになる。その過程で、葉文潔は「人類」という存在そのものに絶望感を抱いてしまう。
山奥にあって、巨大なパラボラアンテナを有する施設「紅岸基地」に軟禁され、半強制的に働かされることになった彼女は、”人類文明を立て直す” ために基地のアンテナを使って、あるメッセージを宇宙に向けて放つ。
そして60年後。第一線の物理学者が相次いで自殺をするという事件が起こる。ナノテクノロジー研究者の汪淼(ワン・ミャオ)は "作戦司令センター" と呼ばれる組織から依頼を受けて調査を始めるが、自分の視界に数字が現れる〈ゴースト・カウントダウン〉など、不可解な現象が起こり始める。
調査の過程で、汪淼は『三体』というネットVR(仮想現実)ゲームの存在を知る。そのゲームの中では、複数の太陽が存在する世界に興った「三体文明」の長大な歴史が展開されていた。
そして「三体文明」を崇拝する秘密組織「地球三体協会」(ETO)の存在も明らかになる。彼らの目的は、異星人を地球へ呼び込むことだった・・・
タイトルの「三体」とは、物理の「三体問題」に由来する。
宇宙空間に二つの天体がある場合、お互いの重力によってそれぞれがどんな軌道をとるかは、理論的に完全に計算で求めることができる。
しかしこれが三つになると、特殊な場合を除き、これを完全に解く方法は存在しないことが知られている(コンピュータを使って近似解を求めることは可能だが)。これが「三体問題」だ。
特殊な場合とは、たとえば三つの天体が正三角形の頂点位置に存在する場合は、安定な軌道をとることが知られている(『機動戦士ガンダム』で有名になったラグランジェ・ポイントや、太陽・木星・トロヤ群小惑星などがその例)。
本作に登場する「三体文明」は、複数の恒星の周囲を巡る惑星上にある。複数の重力源によって軌道が安定しないため、数十年~数百年間隔で滅亡寸前に陥るほどの天変地異(極端な高温/低温・惑星規模の自然災害など)に見舞われるという難儀な世界(笑)だ。
この文明が、地球から発せられた葉文潔のメッセージを受信したことからすべてが始まる。"安定した世界" を求める "三体人" たちは、地球への移住を目指すことになるのだ。
つまり本作は、"ファースト・コンタクト" と "侵略" をテーマとした超大作SF、ということになる。
さて、以下の文章は本書の後半部の展開(ネタバレを含む)に触れるので、これから本書を読もうという人はここで止めて、本屋さんへ直行しましょう。
それでは続けます。
いままで作者の短編集を読んでも感じたことだが、メインのアイデアとなるものはシンプルで、60~70年代のSFの雰囲気を感じる。
この作者の非凡なところは、それを徹底的に発展させることだ。スケールはより壮大に、細部はより緻密に、キャラクターはより魅力的に。本作でもそれは充分に、というより最も強力に発揮されていると言えるだろう。
そして、科学的描写も現代にふさわしくアップデートされている。その最たるものが、終盤になって登場する "智子"(ソフォン)なるもの。これが実にトンデモナイものなのだ。
三体文明が産み出した "究極兵器" の一種で、その実態は「陽子1個の内部空間を11次元に拡張展開し、その中にスーパーコンピュータの機能を詰め込んだ」という代物。
このあたりの説明は、どこまでが現代物理学に沿っていて、どこからが作者のホラなのか、その境目が私には分からないんだよねぇ(笑)。
分かるのは「機能や構造はよく分からんが、とにかくスゴい兵器だ!」(by ゆでたまご) ということだけ(おいおい)。
なにせ陽子1個だから準光速で移動できる。三体文明は侵略の先兵としてまずこれを地球に送り込んできたのだ。そして "智子" は(たぶん地球の物理法則に介入して)科学実験の結果を自在に操作してしまう(なにせ11次元の産物だから?)。これによって地球の科学技術発展が妨害されてしまうのだ。
〈ゴースト・カウントダウン〉などの一連の不可解な現象も、この "智子" が引き起こしたもの(なにせ11次元の産物だから?)。
さらに高次元の通信機能を有していて、光速の壁を越えたリアルタイム通信(なにせ11次元以下略)で三体文明は地球の情報を入手できるとあっては、もうお手上げである。
もっとも、こんな途轍もない科学技術レベルを持ってるのなら、『妖星ゴラス』(あるいは作者の短編『流浪地球』)みたいに、自分たちの惑星を移動させて、安定な軌道に載せることだってできてしまいそうな気がするんだが、「それは言わない約束」なのでしょう(笑)
三体世界を発進した1000隻もの侵略艦隊の地球到達は400年後。しかし科学技術の発展を止められた地球人に、それを迎え撃つすべはない。さあ、どうする・・・というところで「つづく」となる。
早く続編が読みたくなるハラハラ展開で、第一部での "ツカミはバッチリ" といえるだろう。
以下は蛇足。
人類(地球人)に絶望した人物が、異星人を呼びこむ・・・この『三体』のベースとなるアイデアに既視感を覚えたのだけど、記憶の底を探ったら見つけたよ。
『ウルトラセブン』(1967~68)の第29話「ひとりぼっちの地球人」だ。
ただ、ストーリーはほとんど別物だ。「ひとり-」のほうは、研究成果を認めてもらえなかった若い研究者が、異星人(プロテ星人)の陰謀に乗せられてしまう話で、若者は地球人を嫌っていたわけではない(むしろ物語の終盤では身を挺して守ろうとさえする)。
ちなみに脚本は市川森一。Wikipedia を見ると『セブン』以外にも『怪獣ブースカ』『シルバー仮面』『ウルトラマンA』とかも担当しているのだけど、特撮ものだけでなく、大河ドラマ(1978年の『黄金の日日』)や人気TVドラマも多数書いてた。実はビッグな脚本家だったんだね。
同じアイデアから出発していても、それが悪いわけでは全くない。実際のところ、現代に至っては物語のアイデアやストーリーのパターンなんてほぼ出尽くしているだろう。そこを組み合わせやアレンジや切り口で新味を出していくのが作家さんの腕なのだとも思う。
そういう意味でも、究極的な発展のさせ方で、こんな途方もないスケールに仕上げてしまうあたり、やはり劉慈欣という作家さんは只者ではないのだろう。
八つ墓村 [読書・ミステリ]
金田一耕助ファイル1 八つ墓村<金田一耕助ファイル> (角川文庫)
- 作者: 横溝 正史
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2012/10/01
戦国時代、三千両の黄金を運んでいた8人の落武者が惨殺されたと伝わる "八つ墓村"。
時代は変わり、大正の世。落人襲撃の首謀者の子孫・多治見(たじみ)家の当主が突然発狂し、32人の村人を殺戮して姿を消した。
そして二十数年後。行方知れずだった当主の息子が見つかり、村へ帰ってくることに。それと同時に、陰惨な連続殺人事件の幕が切って落とされる・・・
「横溝ミステリ最高傑作」との呼び声も高く、何度も映像化された超有名作品。
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舞台となるのは、鳥取県と岡山県の県境にある山中の一寒村だ。
戦国時代、武将・尼子義久配下の武者8人が、三千両の軍資金とともにこの村に落ち延びてきた。しかし黄金に目のくらんだ村人たちは8人を惨殺する。しかし黄金は事前に武者たちが何処かへ隠してしまっており、発見できずに終わってしまう。これにより村は "八つ墓村" と呼ばれるようになった。
時は流れて大正時代。落人襲撃の首謀者の子孫で村の名家・多治見家の当主・要蔵(ようぞう)が突然発狂し、32人の村人を殺戮して山に逃げ込み、以後消息を絶つ。村人たちは、8人の落ち武者の "祟(たた)り" だと、震え上がってしまう
要蔵の妾・鶴子(つるこ)は男児を産んでいたが、惨劇より前に子どもとともに村を脱出、姫路の親類を頼って姿を消していた。
そして26年後の昭和2X年に本編の幕が開く。主人公は寺田辰弥(てらだ・たつや)という28歳の青年で、本書は彼の「手記」という形で綴られていく。
新聞記事の「訪ね人」欄をきっかけに、自分を探しているという諏訪弁護士に会いに行った辰弥は、自分が「多治見要蔵の息子」であることを知らされる。
彼の母・鶴子は、辰弥を連れて神戸で結婚、寺田姓となっていたのだ。すでに母は亡くなり、義父とも縁が切れていた辰弥は、八つ墓村へ向かうことを決意する。
しかしその矢先、彼の元へ差出人不明の手紙が届く。そこには「八つ墓村へ帰ってはならぬ。帰ってきたら、八つ墓村はふたたび血の海と化すであろう」という警告が。
彼を迎えに来たのは鶴子の父(辰弥にとっては母方の祖父)である井川丑松(いかわ・うしまつ)だったが、辰弥の面前で突然気を失って倒れ、そのまま事切れてしまう。何者かが彼の持病である喘息の薬の中に毒物を仕込んでいたのだ。
そして八つ墓村へ帰った辰弥の周囲で、次々に人が死んでいくという事態が発生する。”落武者たちの祟り” だと不安に駆られた村人たちの矛先は、やがて辰弥自身に向かっていく・・・
というわけで、連続殺人事件へと発展していくわけだが、当初は全くの無差別殺人と思われていた。しかしやがて「ある法則性」が浮かび上がってくる。
それは「村の中で対立、あるいは並立関係にある二人の人間のうちの片方を殺す」というものだ。二人の博労(ばくろう:牛馬の取引を扱う者)、二人の分限者(ぶげんしゃ:資産家)、二人の坊主、二人の尼、二人の医師・・・などだ。
もちろん犯人にはもう一段深い意図がある。真相が分かると、海外の古典的名作を思い浮かべる人も多いだろう。本作はそれをスケールアップさせたものとも言える。
物語を辰弥による一人称にしたのも効果的だ。ほとんどの犯行が彼の身近で起こり、村人たちからの疑いの目も強まるなど、次第に追い込まれていく。終盤ではついに暴発した一部の村人たちが迫り、身の危険まで感じて逃げ回る羽目になるというサスペンス満載の展開に。
登場人物たちも、彼の視点から描かれる。多くのキャラクターが登場するが、その中でも彼に深い関わりをもつ3人の女性が印象的だ。
まずは森美也子(もり・みやこ)。村では多治見家に並ぶ旧家である野村家の、当主の弟に嫁いだが夫とは死別している。死亡した井川丑松に代わって辰弥を八つ墓村へ招くことになり、その後も公私にわたって彼を導く役回りとなる。
都会的で何事にも積極的な言動をする美人で、異性関係に疎かった(と思われる)辰弥は彼女の魅力に一発で参ってしまう(おいおい)。
二人目は春代(はるよ)。要蔵の正妻の娘で、辰弥とは腹違いの姉。生まれつき身体が弱く、子が産めないために婚家から離縁されて出戻ってきた。
典型的な "日陰の女" 的キャラなのだけど、弟として現れた辰弥に対しては親身になって接し、彼の数少ない味方となって守ることに力を尽くしていく。
身体的なハンデもあって万事控えめな彼女なのだが、終盤に至ると驚くほどの激情と執念を見せる。そして彼女の "真意" を辰弥が知るシーンは、本作の中でも屈指の名場面だろう。
三人目は典子(のりこ)。辰弥にとっては一歳年下の従姉妹にあたる。兄の慎太郎と二人暮らしだ。辰弥の「手記」中の描写では、初対面時の彼女は容姿も言動もパッとせず、お世辞にも好意的とは言い難い。
しかし辰弥に一目惚れした(と思われる)彼女は、そこからどんどん変化していく。積極的な行動で彼への好意を示すようになっていく様子は、蛹から蝶へ変わっていくようだ。
さらに物語の後半へ入ると、意外な(失礼!)聡明さを発揮、冷静な判断力と抜群の行動力を示して、窮地へ陥った辰弥を力強く支える存在となっていく。もちろん「手記」中での描写でも、彼女への評価が "爆上がり"(笑)していく。
もしこれから本作を読まれるのなら、彼女の "変身" に注視していただくのも一興かと思う。
超有名作ゆえに、既読の人や映像等で内容を知っている人も多いだろう。私もそうだったが、今回再読してみて、犯人も真相も知ってるはずなのに、作品世界にすうっと引き込まれ、すっかりハマってしまった。
それはやっぱり「物語として卓越した面白さ」を備えているからだろう。上に三人の女性キャラについて書いたけど、それ以外の登場人物にもそれぞれの過去や背景があり、行動にもきちんと意味がある。端役についても手抜きをしていないところに緻密さを感じる。
そして横溝と云えば、「田舎」「旧家」「因習」が思い浮かぶ人も多いだろう。その点でも、数ある作品群の中で本作は図抜けていると思う。
本作の舞台の八つ墓村(このネーミングだけでシビれてしまう)には、莫大な資産を抱えた旧家があり、謎めいた老婆が君臨している。その屋敷には抜け穴があり、その先につながる鍾乳洞は、村の地下全体に広がっている。まさに "二重の舞台" が用意されてるのだ。
村人たちは、過去に先祖たちが起こした事件の祟りに怯え、新たな殺人の犠牲者が出るたびに集団心理で不安が増幅されていき、やがて爆発していく。
一方、鍾乳洞にも多くの謎が潜んでおり、地上でも地底でも緊迫したドラマが展開されていく。読者を飽きさせない仕掛けがてんこ盛りなのだ。
そして物語全編を彩る怪奇性とホラーな雰囲気。しかし真相解明はあくまでも合理的に。これこそ「ザ・横溝ワールド」だ、と言い切っても異を唱える人は少ないだろう。
それでいて、陰惨な殺人劇が続いた物語のラストでは、これ以上は望めないような素晴らしい大団円を迎えるのだからたいしたもの。
エンタメのお手本のようなエンディングには素直に感動してしまう。
そして今回の再読で気づいたのだが、作者はかなり早い時期から、犯人に対して意外なまでに踏み込んだ描写をしている。「この段階でそこまで書いてしまっていいの?」とも思ったけど、初読の時は全く犯人が分からなかったので、これでいい案配なのだろう。そのあたりのさじ加減は「これぞ匠の技」としか言い様がないが。
金田一耕助は物語の早い時期から登場しているのだけど、影は薄い。語り手が辰弥であるためもあるけれど、本作における物語の面白さを優先させるなら、読者の興味を分散させないために、中途の段階での探偵の介入は少ない方がよかったのも理解できる。
まあそのために、後年「『八つ墓村』での金田一耕助はヘボ探偵」なんてことを言われるようになったのだろうけど。
とにかく、複数回の再読に耐えて、そのたびに新しい発見があり、しかも毎回面白いと感じさせる。そして文庫での約500ページを全く長いと感じさせない本作は「横溝正史の最高傑作」という呼び声に恥じない名品だろう。
天保十四年のキャリーオーバー [読書・冒険/サスペンス]
評価:★★★★
老中・水野忠邦による "天保の改革" の頃。南町奉行・鳥居耀蔵(とりい・ようぞう)によって寄席・歌舞伎など庶民の娯楽は厳しい弾圧を受けていた。
一方、鳥居は陰富(かげとみ:闇賭博の一種)によって私腹を肥やし、百万両もの裏金を貯め込んでいた。七代目市川團十郎(いちかわ・だんじゅうろう)をはじめ、鳥居によって苦しめられた者たちは、その裏金を奪取して鳥居にギャフンと言わせよう(笑)と立ち上がったが・・・
江戸時代末期を舞台にしたコンゲーム小説。
ちなみにコンゲーム(confidence game の略)とは、詐欺やだまし合いをテーマにした犯罪サスペンスのこと。詐欺師などが主役となる場合が多い。TVドラマ『コンフィデンスマンJP』はその典型。
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"享保"・"寛政" と並ぶ江戸時代三大改革のひとつ、"天保の改革"。老中・水野忠邦による倹約令、風俗取り締まりにはじまり、落語・寄席・読本(よみほん:大衆向けの娯楽小説)・歌舞伎などへ厳しい弾圧が行われた。その先兵となったのが南町奉行・鳥居耀蔵だった。
弾圧に反対した北町奉行・遠山景元(とおやま・かげもと:いわゆる「遠山の金さん」のモデル)は大目付へと転任。地位的には昇格だが、これにより現場から外されてしまうことに。
もう一人の反対者だった南町奉行・矢部定謙(やべ・さだのり)は、「大塩平八郎の乱」への関与を疑われて奉行を辞職、やがて自害へと追い込まれてしまう。陰謀によって矢部を葬った鳥居は、後任の南町奉行となった。
時に天保十四年。
鳥居による歌舞伎弾圧によって、江戸から追放の身となった人気歌舞伎役者・七代目市川團十郎は、復讐のために鳥居を襲撃しようとするが、その寸前に鶴松(つるまつ)という青年に止められる。
鶴松は鳥居によって死に追い込まれた矢部定謙の養子だったが、矢部家が改易(領地・財産・身分を取り上げられること)となったために浪人となっていたのだ。
団十郎は鶴松から "ある計画" を聞かされる。鳥居は陰富(闇賭博)によって私腹を肥やし、溜め込んだ裏金は百万両にも及ぶと。そして、それを鳥居から奪い去ることによって、一矢報いようと画策していると。
鶴松の協力者は、落語家・二代目立川談志(たてかわ・だんし)、読本作家・柳亭種彦(りゅうてい・たねひこ)の娘・お葉(よう)。
"改革" という名の弾圧によって談志は高座から追われ、種彦は著書が発禁となり、不遇のまま世を去っていた。もっとも、晩年は娘のお葉が代作していたらしいが。
鶴松は、養父が死を賭して残した "遺書" から鳥居の闇賭博の存在を知ることになった。賭場はなんと南町奉行所の中で開かれ、限られた上客のみを相手にしていた。
しかも溜め込んだ裏金も奉行所の中に隠匿され、さらに鳥居の宿舎も奉行所内にある。当然ながら警備は万全。裏金は潜入不可能な鉄壁の守りの中にあった(現代で云えば、警視庁に盗みに入ろうとするようなものだからね)。
しかし鶴松は云う。「團十郎が加わったことで、計画遂行のための最後の一片(ピース)が揃った」と・・・
作中に登場する陰富とは、当時の公営ギャンブルである富くじ(現代で云うところの宝くじ)の当選番号を利用するもの。陰富の参加者は、それぞれの "番号" の陰富の札を買い、富くじの当選番号に従って賞金を分配する(札の値段も支払われる賞金も、富くじとは桁違いに大きいが)。
富くじと違い参加者が少ないので、当然ながら "当選者無し" の場合もある。その場合は賞金は積み立てられていくことになる。この "貯まった未払い金" が鳥居の手元にある百万両なわけだ。本作のタイトル『天保十四年のキャリーオーバー』は、ここからきている。
しかし改革の一環として、すべての富くじが禁止されることになり、天保十四年の大晦日に行われる湯島天神主催の富くじが最後になった。
鳥居もまた、これを陰富の最終回とし、積み立てた百万両もすべて払い戻し金に充てると賭博客に告げる。しかしながら、本心では全額を自分の懐に入れるべく策を巡らせており、鶴松たちもまた、この最後の陰富を利用して百万両を奪取する計画を立てていた。
物語終盤の展開は、百万両の行方を巡る鳥居と鶴松の "だまし合い" の様相を呈していく。
すべての立案者である鶴松は二十代後半でイケメンの優男。アタマは回るが涙もろい。お葉に惚れているのだが、言い出せないほど気が弱い。
元歌舞伎役者の團十郎は三十代前半。自分から芝居を取ったら何も残らないと思い詰めるほどの役者バカ。
負けん気が強くて気っぷがいいお葉、長屋のご隠居みたいな談志。
この四人が手を組むのだが、鳥居に恨みを持つ庶民は少なくない。終盤では、そんな名もない市井の人々をも巻き込んだ計画が発動していく。
そしてコンゲームではお約束だが、ラスト近くでは大混戦が巻き起こる。それがどう収束していくかは読んでのお楽しみだろう。
ちなみに矢部鶴松も七代目市川團十郎も二代目立川談志も実在の人物だ(お葉の存在は不詳だが、実在していてもおかしくないだろう)。史実の合間を縫って、なかなか壮大なホラ話を構築して見せた作者の手腕は流石だと思う。
エピローグでは、"改革後の顛末" が語られる。團十郎と談志の "その後" にも触れられており、本編中での活躍を読んだ後では、なかなか感慨深いものがある。
ここから後は蛇足。
鶴松とお葉については、ラスト2ページでちらっとだけ語られる。本作中にはそれだけなのだけど、Wikipedia を見てみたら、鶴松は意外な後半生を辿ったようだ。そこにお葉の名はないのだけど、「きっと一緒にいたはずだ」と想像してみるのも楽しいだろう。
バスクル新宿 [読書・ミステリ]
評価:★★★
新宿駅に併設された高速バスの巨大ターミナル、それがタイトルの『バスクル新宿』だ。
このターミナルを発着し、行き交う人々の間に起こる "事件" を綴った、連作ミステリ短編集。
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「1 バスターミナルでコーヒーを」
北川葉月(きたがわ・はづき)は、かつての上司に会いに行くために山形駅から新宿行きの高速深夜バスに乗ることに。
駅の待合で見かけたのは、都会のOL風の垢抜けた女性・榎本(えのもと)。そして彼女をじっと見つめている学生風の若い男だった。
23時30分、高速バスが出発し、やがて唯一の停車地である安達太良(あだたら)サービスエリアに到着する、15分の停車時間を外で過ごすために、何人かの客が下車していく。榎本も学生風の男もその中に。やがて発車時刻が迫ってきて次々に帰ってくるが、なぜか榎本だけが戻ってこない。葉月は乗務員に確認するが、人数は間違っていないといわれ、そのままバスは発車してしまう。
バスクル新宿に到着した五月は、バスで知りあった教師夫婦と共に推理を巡らすが・・・・
榎本はなぜ姿を消したのか、彼女はその後どうなったのか、学生風の男の正体は。深夜バス一本に魅力的な謎のてんこ盛り。でも "事件" はすっきり解決。上手いなぁ。
「2 チケットの向こうに」
岡山出身の大学生・益子哲人(ましこ・てつと)は、同じサークルの磯村恭一(いそむら・きょういち)と共にバスクル新宿にいた。サークル仲間の生駒(いこま)を探すためだ。彼には部費を使い込んだ容疑が掛けられており、四国の丸亀へ向かうとみられていた。
哲人と恭一に声を掛けてきたのは、調査会社(いわゆる興信所)のマネージャーと名乗る柳浦大吾(やなぎうら・だいご)という人物だった。
物語は二人と柳浦の会話の形で進んでいく。同時に、二人の目の前で展開される、ターミナルならではの人生模様も織り込まれて。やがて柳浦の "秘密" の一端が明らかになり、そして哲人もまた・・・
作者はミステリ巧者だけど、人間を描かせてもまた達者。
「3 犬と猫と鹿」
中学生の那須田絵美(なすだ・えみ)の家に、警察がやってくる。刑事が見せたのは封筒とお守り。どちらも二日前まで行っていた京都への修学旅行で絵美が買ったものだ。近所に住む市村(いちむら)からもらったタケノコのお礼として。
市村は孫の崇史(たかふみ)と二人暮らし。崇史は絵美と同じクラスだったので、京都の旅館で彼に託したのだった。崇史に聞くと、旅行の途中でなくしたのだという。
そして絵美は、母から不気味なことを聞く。三日前、市村は崇史の修学旅行に合わせて一泊旅行へ出かけた。しかし誰もいないはずの市村宅に明かりが灯り、猫の鳴き声が聞こえたのだという・・・
バスはどこに行ったと思うかも知れないが、後半になってちゃんと出てくる。お土産が辿った移動経路が極めて意外。そりゃ警察が出てくるわけだ。
「4 パーキングエリアの夜は更けて」
新潟で行われた友人の結婚式に出席した紺野莉香(こんの・りか)は、夜行バスを利用して帰京することに。しかし北陸自動車道で起こった事故渋滞にはまってしまう。
途中の栄(さかえ)パーキングエリアで停車したところ、警察官が現れて「新潟駅で乗車した男性客を探している」という。
莉佳はバスの中で、LINEを通じて勤務先のバーのオーナーや常連客たちと頻繁に連絡を取っていた。彼らが莉佳を心配して、新潟で起こった事件を熱心に検索してくれるのだが、出てくる情報のせいで余計に不安が増してしまう(笑)。
休憩でバスを降りたまま帰ってこない男あり、乗客の中にはなぜか女装している男あり、そして太めな乗客が持つボストンバッグからはみ出ているのは、あれは子どもの手ではないのか(おいおい)・・・いろいろ波乱要素を含みながら莉香のバス旅は続く。
いったいどうなるんだと思っていたら、これが綺麗に丸く収まってしまうのだからたいしたもの。
「5 君を運ぶ」
第一話の一ヶ月後、葉月が再びバスで上京するシーンから始まる。車中で見たネットニュースで、小学五年生の男児が行方不明になっていることを知る。その写真を見て葉月は驚く。前回の上京時にバスクル新宿で見かけた子だったからだ。
実はこの男の子、いままでの4話すべてにちょい役で "出演" し、主役のキャラたちと関わりを持っていた。
このあと、第二話~第四話までのキャラが総出演し、男の子があちこちに残していった手がかりから、その行方について推理を巡らしていく。
一編のミステリでもあり、先行する4話すべての後日譚でもあり、しかも最後はみな笑顔で終わるという、まさに大団円。なかなかの匠の技を見せてもらい、満足しながら本を閉じられるだろう。
受験生は謎解きに向かない [読書・ミステリ]
受験生は謎解きに向かない 〈自由研究には向かない殺人〉シリーズ (創元推理文庫)
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2024/01/11
評価:★★★☆
女子高生ピップは、友人宅で行われる "犯人当てゲーム" に参加する。〈孤島で起こった大富豪の殺害事件〉という設定のゲームに、次第にのめり込んでいくピップだったが・・・
『自由研究には向かない殺人』から始まる三部作の前日譚。
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イギリスの少女ピップが、高校生から大学に入学するまでの間に起こった事件を描いた三部作『自由研究には向かない殺人』『優等生は探偵に向かない』『卒業生には向かない真実』の前日譚。
高校生のピップは、試験後の終末に友人宅で行われる "犯人当てゲーム" に参加する。メンバーは彼女の友人たちとその兄、計7人。
事件の設定は1924年、孤島に建つ館に住む大富豪が殺される、というもの。登場人物(容疑者)は6人。
大富豪の長男で放蕩者のボビー、実質的な後継者になる次男ラルフ、その妻リジー、大富豪に仕える執事ハンフリー、そして料理人ドーラ。
ピップが割り振られたのは〈大富豪の姪だが疎まれている〉という設定のシーリア。29歳で住み込みの家庭教師をして生計を立てているという人物だ。
ゲームはどのように進行するかというと、参加メンバーによる一種の演劇のようだ。各人には "指示書" が配られていて(人物ごとに内容は異なる)、全体のストーリーの進行と、個々の人物の役割(どこのシーンでどんな行動をするかとか、どんな台詞を言うかとか)が細かく決められ、参加者はそれに従って "演じて" いくわけだ。
全体の進行役(すべての流れを把握している人物)が1人いて、これが要所要所で指示を出して、シーンが進んでいく。今回はピップの友人の兄(彼が最年長者なので)が務めている。
指示書は参加者が勝手に先を見ることは許されず、進行役から「ここで次のページをめくって」とか指示が飛ぶ。だから、誰もストーリーの先を知らない。
もっと云えば、ある程度ストーリーが進むまでは各自は自分の演じるキャラの ”秘密” も知らされず、さらに自分が犯人かどうかすら分からないという、とてもスリリングなゲームではある。
ピップが演じるシーリアにもまた、意外な ”正体” が隠されている。
このあたりを読んでると、このゲームをするのは楽しそうだなぁと思える。
この種のゲームの指示書はセットになっていて市販されているらしい。イギリスではこういう集団ゲームで楽しむのがポピュラーなのかなぁ・・・とちょっと意外というか不思議に思いながら読み進んだ。
対象年齢は不明なんだが、長男ボビーと義妹のリジーが不倫関係にあるとか、事件の最中に二人でベッドの中にいたとか、けっこうなまなましい台詞が(笑)。
まあ今時の若い人なら、けらけら笑いながら演じてしまうのだろうが。
最初は斜に構えていて乗り気でなかったピップだが、"ゲーム" が進行していくうちに次第にのめり込んできて、後半になるとけっこう本気で "犯人当て" に熱中していく。
そして真相解明のシーンに至り、参加者が個々に自分の推理を発表する。ピップもまた自分なりの論理の帰結として犯人を指摘することに。
ネタバレなので詳しく書けないが、終盤での彼女の主張には同意する人は多いだろう。
登場人物はみな、三部作に登場してくるキャラばかり。
『自由研究には-』以降、彼ら彼女らには「あんなこと」や「こんなこと」と、たいへんなことが起こっていく。
もちろん、いちばん波瀾万丈な人生を送るのはピップなのだが、そんな "嵐の前" の時期の6人を見てると「二度と帰ってこない時間」というものを感じてしまう。
そして、ラストの展開がそのまま三部作の第一作『自由研究には-』につながるようになってるのは、やっぱりうまい。
本書でのピップと、三作目の『卒業生には-』のラストのピップ。
別人のように変わったようにも思えるし、彼女の "本質" は実はこの頃から完成していて、案外あまり変わっていないのかも知れないとも思う。
どっちにしろ、ジュヴナイル作品でここまで劇的な運命の変遷を迎える主人公というのも珍しいだろう。
星空にパレット [読書・ミステリ]
評価:★★★
第20回鮎川哲也賞(2010年)受賞作家による本格ミステリ短編集。4編を収録。
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「黒いアキレス」
九重高校三年生の楢本(ならもと)ユキは、ミステリー好きが高じて「卒業までに本物の事件を解決したい!」と、二年生の田町浩介(たまち・こうすけ)と刀根(とね)エイミを巻き込んで探偵を始めることに。
彼らが遭遇したのは盗難事件。バドミントン部の合宿費用を持ち逃げされたのだ。黒マスクで顔を隠した犯人は浩介たちに追われ、学校の周囲を巡る坂道を登って逃げていく。最高点は、校舎の屋上のすぐ近くにあった(九重高校は丘を削って造成されたので、すぐ後ろが崖になっている)。そこで犯人は、なんと校舎の屋上へ向かってジャンプ、見事に着地して逃げ去ってしまう。
警察が調査に入ったが犯人は捕まらない。その数日後、再び黒マスクの男が現れる。犯人は同じコースを逃げるが、今度は学校の隣の敷地にある倉庫へ逃げ込む。そこで発見されたのはナイフで刺された犯人の死体だった・・・
ユキの推理で解決かと思いきや、さらにもうひとひねり。
九重高校の独特の "立地条件" が本作のキモなんだが、関東平野に住んでる身としては、高校というのは(伝統校とかの歴史ある学校は別として)田んぼの真ん中にあるというイメージなんだよなぁ(田舎者なんです)。
「夏の北斗七星」
元警官の床平昭治(とこひら・しょうじ)は、甥で探偵の松島弘(まつしま・ひろむ)とともに「ナオミ・ホクト」へとやってきた。そこは7棟のログハウスからなる宿泊施設だ。
しかし到着した夜、3号棟の宿泊客の死体が2号棟で発見されるという事件が起こる。しかも何者かに電話線は切られており、携帯も圏外。犯人は宿泊客+オーナーの中にいるはずだ。
警察が呼べない状況のもと、床平と松島が調査を開始するが・・・
7棟のログハウスの位置関係を土台にした、松島が示す解決のロジックはよくできていると思うけど、本作のメインは実はそこではなく、むしろ "犯人" が指摘されたあとの展開の意外さにある。これには驚いた。
「谷間のカシオペア」
ホラー作家・雷津雲母(らいつ・うんも)のもとへ、"隠元泉" なる人物から短編小説が送りつけられてきた。
舞台はネナというレストランバー。店長に加えて6人の女性店員で回している。しかしある日の開店直前、店員の礼夢(れむ)が更衣室で刺殺死体となって見つかる。小説の中では、警察の捜査によって犯人が指摘されるまできっちり描かれていた。
雷津からその小説を見せられたミステリ作家・呉越晶(ごえつ・あきら)は、一週間前にこれとそっくりの事件が起こっていたことに気づく。しかし現実の事件の方は、未だ犯人は捕まっていなかった・・・
"隠元泉" の正体は誰か、何のために書いたのか、小説と現実の違いは何を意味するのか。いろんな意味でかなり手が込んでいる作品。
「病院の人魚姫」
NT大学病院の看護師・十川早苗(そがわ・さなえ)が4階建ての研究棟から転落、死亡する。状況は自殺とも他殺とも事故とも断定できなかった。
探偵役となるのは為沢弘(ためざわ・ひろし)。歯科医師免許を持ち、歯科医としてNT病院で勤務しながら、医学部の学生でもあるという変わった人物。
明らかになる真相も面白い。ネタバレすれすれかもしれないが、トリックはいまどき珍しい、けっこう大がかりな "力業"。そしてそれを上回るのが、犯人の "正体"。古典ミステリの「○○○○○」を、現代の病院に置き換えるとこうなるということか。
作者は歯科大学を卒業した歯科医らしいので、病院の描写も堂に入っているのだろう。為沢の個性にも幾分かは作者自身が投影されているのかもしれない。キャラも立ってるので、ぜひシリーズ化してほしいなあ。
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マルチエンディング・ミステリー [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
都内のアパート「大泰荘」では8人の若者が共同生活を送っていた。しかしその住人のひとりが密室状態の中で殺された。
Web上で "問題編" が公開され、犯人を投票で選ぶという企画で話題となった作品。単行本刊行時のタイトル『犯人選挙』を文庫刊行時に改題。
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都内のアパート「大泰荘」(だいたいそう)は、格安の家賃で人気のアパート。現在は8人の若者が共同生活を送っている。
その住人のひとり、加藤大祐(かとう・だいすけ)は文学部に通う、小説家志望の青年。同じアパートに住む美大生・蒔丘亜沙美(まきおか・あさみ)に思いを寄せているが、なかなか距離を詰められずに悶々とする毎日。
そんなとき、アパートの一室で殺人事件が起こる。被害者はその部屋の住人・栗林謙吾(くりばやし・けんご)。筋骨隆々で、将来はプロのボディビルダーを目指していた。
部屋のドアは施錠され、窓はカギが開いていたが現場は4階なので人の出入りはほぼ不可能という密室状態。
アパートには門限があり、午前0時になると玄関には内側からチェーン錠が掛けられる。したがって、まずはアパートの住人たちが容疑者として浮上してくることに・・・
ここからさらに住人同士の動きや警察の捜査等が描かれ、手がかりが出そろうまでが "問題編" としてWebに公開された。
謙吾を除く住人7人のうち、語り手の大祐、内面描写のある亜沙美は容疑から外される(本書には叙述トリックの類いはないと作者から明言されている)。
よって、残る住人は5人。複数の共犯もないので、ここで犯人は5通り。さらに「その他の人物が犯人」「犯人不在」のパターンを加えて7通り。
この7通りについて、投票を募ったわけだ。その結果も作中で記されている。
そしてなんと、全部のパターンについて "解決編" が書かれている。驚くべきは密室トリック(というか現場が密室状態になった理由)もまた、それぞれ異なる解決を示していること。しかも、どの解決編をとってもそれなりに説得力があるのだからたいしたものだ。
ネタバレになるので明示はしないが、作者がいちばん書きたかった結末は○○○○が犯人、というパターンではないかな。ただ、この解決は賛否を呼ぶ(かもしれない)ネタかとも思うので、あえて7通りの解決の中に潜ませて、"目立たなくした"・・・のかも知れない(笑)。
大祐くんは料理が得意で、毎回のように作った料理を大好きな亜沙美さんへ分けてあげるなど、献身的に尽くしているんだが、相手にはその思いが一向に伝わらないでいる。
かといって告白する勇気もなく、いつも悶々としている。読んでいると応援したくなってくる好人物だ。
そんな彼は本書の語り手を務める関係で犯人役が割り振られない。ところがその代わり(というわけではなかろうが)、彼にはトンデモないことが起こる。
これもネタバレになるので具体的にどうなるのかは書かないけど、彼の扱いがとっても可哀想なのだ。"解決編" の展開上、必要なのはわかるのだが。
ミステリ的にはとても面白いのだけど、彼の扱いだけが不憫でなあ・・・
ルパンの絆 [読書・冒険/サスペンス]
評価:★★★★
"Lの一族" に生まれた三雲華(みくも・はな)は、刑事の桜庭和馬(さくらば・かずま)と夫婦になり、娘の杏(あん)とともに暮らしていた。
しかし、和馬は女を尾行中に意識を失い、目覚めた時には女の死体が。彼には殺人の容疑がかかってしまう。
一方、杏が何者かに誘拐され、華のもとには「娘を帰してほしければ10億円を用意しろ」との脅迫電話が。
泥棒一家、警察一家、そして探偵一家が入り乱れる(笑)「ルパンの娘」シリーズ、第5巻。
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代々泥棒を生業とする "Lの一族" に生まれた三雲華(みくも・はな)。警察官一家に生まれた刑事・桜庭和馬(さくらば・かずま)。縁あって二人は夫婦となる(諸々の事情で正式に籍を入れられないので事実婚状態だが)。娘の杏(あん)も9歳となった。
某銀行の副頭取の不審死に関係すると思われる女・双葉美羽(ふたば・みう)を尾行中だった和馬は突如意識を失う。目覚めたのはホテルの一室。そして浴室には美羽の全裸死体が。
何者かの陰謀にはめられたと感じた和馬は現場を脱出するが、警察からは追われる身に。
一方、杏が何者かに誘拐され、華のもとには「娘を帰してほしければ10億円を用意しろ」との脅迫電話が。身代金を準備する猶与は三日間。
名探偵と謳われた北条宗太郎(ほうじょう・そうたろう)の娘で、刑事の美雲(みくも)は、双葉美羽殺害事件を受けて警視庁捜査一課に異動、和馬の妹で交通課の婦警である香(かおり)と組んで和馬を追うことになるが・・・
シリーズも巻を重ね、レギュラーメンバーも増えてきた。
主役級である泥棒一家の華、警官一家の和馬、探偵一家の美雲に加え、それぞれの家族も登場する。さらに杏を誘拐した元プロレスラーの実行犯二人を加えると、本書の主要キャラは軽く10人を超えるのではないか。
これだけの人数を登場させ、それぞれに役割を与え、各人に見せ場を作るのはなかなかたいへんだと思うが、そのあたりの作者の "交通整理" は巧みだ。
逃亡する和馬、誘拐事件で身動きの取れない華。おのずと捜査の主体は美雲が担っていくことに。彼女の恋人で華の兄・渉(わたる)は引きこもりだが超一流のハッカーで、要所要所で "いい仕事" をする。
そして物語の後半では、"シニア世代" のキャラたちが "大活躍" する。
華の伯母で、モリアーティのような天才犯罪者の三雲玲(れい)、
華の父で "Lの一族" の総帥・三雲尊(たける)、
そして美雲の父で "日本のホームズ"・北条宗太郎。
みな還暦超えなのだが、極めて元気だ(笑)。さすがは人生100年時代(おいおい)。
その反面、華さんは今回あまりいいところがなかったように思う。
まあ、娘を誘拐されているという途轍もないハンデを抱えていたし、終盤では三雲玲からの ”爆弾発言” もあったので無理もないのだが・・・。もともとは彼女が主役のシリーズだっただけに、今回の扱いはちょっと不憫かな。
杏ちゃんも、泥棒一家と警察一家の血を引くハイブリッドなサラブレッドで、9歳にしては驚くほど気丈なのだが、今回に関しては犯人グループの方が一枚上手だ。
ストーリー自体は本書の中で一区切り着くのだけれど、ここまま終わるのでは華さんも杏ちゃんも不完全燃焼ではないかなあ。
もしも続編があるのならば、本作での鬱憤を晴らすような、二人が大活躍する物語が読みたいな。