時空旅行者の砂時計 [読書・ミステリ]
時空旅行者の砂時計 〈竜泉家の一族〉シリーズ (創元推理文庫)
- 作者: 方丈 貴恵
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2023/09/28
評価:★★★★
謎の難病に冒され、余命幾ばくもない妻・伶奈(れな)を救うため、加茂冬馬(かも・とうま)は2018年から1960年へとタイムトラベルをする。
この年、伶奈の先祖である竜泉(りゅうぜん)家の者たちが大量殺人の犠牲となる事件が起こっていた。伶奈に取り憑く "竜泉家の呪い" を解くためには、この事件を阻止しなければならない。しかし冬馬が竜泉家に到着したとき、既に惨劇は始まっていた・・・
第29回(2019年) 鮎川哲也賞受賞作。
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ライター・加茂冬馬の妻・伶奈は肺炎を発症するが、なぜか治療が効果を示すことなく病状は悪化を続け、医師からは「ここ三日がヤマ」と告げられる。
打ちひしがれる冬馬に突然、彼のスマホが語りだす。"マイスター・ホラ" と名乗ったその声は『竜泉家の呪いは実在する』と告げる。
伶奈の旧姓は竜泉。彼女は竜泉家の末裔だった。
竜泉家は、戦前戦後を通じて大きく成長を果たした実業家の一族で巨大な資産を築いた。しかし1960年(昭和35年)、N県にある別荘に一族郎党合わせて10人が揃ったところで連続殺人事件が発生した。そして生き残った者も、その直後に起こった土砂崩れに巻き込まれて全滅してしまう。
伶奈の祖母である竜泉文乃(あやの:当時13歳)は、竜泉家当主の知人に預けられていたため惨禍を免れて全財産を相続したが、竜泉家の "呪い" をも受け継いでしまう。10年もしないうちに彼女は財産のほとんどを騙し取られ、さらに自分自身も30歳の時に強盗に殺されてしまった。
冬馬はマイスター・ホラとともに過去に向かう。伶奈に取り憑く "竜泉家の呪い" を解き放ち、彼女を救うには、すべての始まりである1960年に起こった殺人事件を解決するしかない。
しかし冬馬が竜泉家の別荘に到着したとき、惨劇はもう始まっており、既に2人が殺されていた。
竜泉家のひとり、文香(あやか:文乃の双子の姉)の理解を得た冬馬は、「探偵」と称して別荘に入り込むことに成功するが、殺人の連鎖は止まらない・・・
主人公が過去の世界に跳んで、そこの事件を解決する、というミステリは少なくないが、たいていの場合、タイムトラベルは主人公を過去に送り込むときと帰ってくるとき、最初と最後にだけ発動するというパターンがほとんどだろう。
つまりタイムトラベルは現在とその時代の往還のみに機能し、事件そのものには関わらない。
しかし本書がそれらと異なるのは、タイムトラベルがミステリ要素として事件の中に組み込まれているということだ。
だからマイスター・ホラという超常的な存在も、神とか悪魔とか妖精とかのファンタジー要素ではなく、SF的に合理的な出自が設定してあり、物語の進行とともに、次第に明らかになっていく。
また、本書に登場する時空移動についても "なんでもアリ" な万能な能力ではなく、欠点や限界や行使に必要な条件などが細かく規定されていて、これも作中できちんと開示、説明される。これによりタイムトラベルを "手がかり" や "伏線" に組み込むことが可能になっている。
・・・と書いてきたのだが、未読の人にはよく分からないだろう(笑)。ぜひ読んで、この面白さを確かめてほしいと思う。
ややこしく感じる人もいるかも知れないが、作者の語り口は丁寧でわかりやすいので、”迷子” になってしまうことはないだろう。タイムトラベルという要素が加わった本作は、最近流行の特殊設定ミステリの中でも、群を抜く傑作になっていると思う。
そして、タイムトラベルと言えばタイム・パラドックスの扱いが問題になる。そもそも、冬馬が過去に戻って事件を解決(歴史を改変)したら、現在もまた変わってしまうはず。本作でもそれは避けて通れないのだが、そこのところも読んで確かめてほしいと思う。
ガチガチのタイムトラベル・オタク(そんな人がいるのか?)だったら怒り出すかも知れない。よーく考えたら「あれ?」と首をひねってしまう部分もあるのだが、エンタメ作品の "締め" としては、この結末は大正解だろう(そもそも完全に矛盾のないタイム・パラドックス処理なんて不可能だろうし)。そして何より、私はこのエンディングは大好きだ。
ミステリとしても素晴らしいし、SFとしても面白い。楽しい読書の時間を過ごせるだろう。
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