いくさの底 [読書・ミステリ]
評価:★★★
第二次世界大戦時のビルマ(現ミャンマー)北部の山村に、40名ほどの日本陸軍の部隊が駐屯することになった。しかし、部隊の指揮官が殺害されるという事件が起こる。
中国軍の存在が見え隠れする中、部隊内部で犯人捜しが行われるが、やがて第二の殺人が起こる・・・
第71回(2018年) 日本推理作家協会賞(長編部門)受賞作。
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本書に物語の年代は明記されていないのだが、巻末の解説で千街晶之氏が考察している。
1941年の太平洋戦争開戦と同時に日本陸軍は東南アジアに侵攻、蒋介石率いる中国軍(中華民国軍)への補給路(いわゆる「援蒋ルート」)を断つためにビルマを占領した。
しかし1943年末から連合軍の反撃が始まり、1945年の終戦までには奪還されてしまう。本書の物語は日本軍がまだ優勢を保っていた頃と思われるので、43年の初頭ではないかと千街氏は推定している。
ミャンマー北部にあるヤムオイという名の山村に、40名ほどの陸軍部隊がやってくる。周辺に出没する重慶軍(中国軍)に対する哨戒任務のためだ。
本編の語り手は民間人の依井(よりい)。「扶桑綿花」(ふそうめんか)という商社の社員だが、現地語に堪能なため、通訳として部隊に同行していた。
指揮官の賀川(かがわ)少尉は、過去にもヤムオイ村に駐屯していたことがあり、村長たちは彼を歓迎する。
しかし部隊が到着した夜、賀川少尉が何者かに殺害されてしまう。遺体は首を切りつけられていることから、凶器は鉈(なた)に似たビルマの刃物・ダアと思われた。
隊のナンバー2の杉山准尉は賀川の死を伏せ、「少尉はマラリヤに罹患したので後方に搬送する」と偽って遺体を連隊本部へ運ばせる。
代わりに本部からは事態の収拾と調査のために連隊副官の上條(かみじょう)がやってくるが、やがて第二の殺人が起こる・・・
物語はほぼ100%、村の中で進行するが、戦地を舞台にしていながら戦闘はほとんど起こらず、描かれるのはもっぱら部隊の内部と、村人たちとの関わりだ。
混乱を防ぐためとはいえ、人の死を隠蔽してしまう軍という組織。占領者である日本人と支配されているビルマ人との間の微妙な緊張感。
平和な日常とは異なる世界に暮らす人々の様子が綴られていく。
終盤に至って明らかになるのは、賀川少尉が死ななければならなかった理由、そしてヤムオイ村に隠されていた秘密。どちらも「戦争」という、異常で特殊な状況でなければ生まれなかったもの。この時代、この村だからこそ起こった犯罪の全貌だ。
示される真相も意外性は充分で、本格ミステリとして高く評価されたのも理解できる。
ただ、太平洋戦争時の東南アジアが舞台で、日本軍が関わるという展開は好みが分かれるかも知れない。この状況でしか語れない物語であることは間違いないのだが。
そして、(考えてみれば当たり前のことなんだが)改めて日本人もビルマ人も中国人も、みな「アジア人」なのだと云うことを思い知らされるし、本書はそういう部分すらもミステリの要素として取り込んでしまっている。これはそういう作品だ。
タグ:国内ミステリ
2024-05-13 22:00
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