SSブログ

流浪地球 / 老神介護 [読書・SF]


流浪地球 (角川文庫)

流浪地球 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2024/01/23
老神介護 (角川文庫)

老神介護 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2024/01/23

評価:★★★★


 『三体』で話題の中国のSF作家・劉慈欣の短編集。日本語翻訳版は二巻構成だが、原書は一巻本なので、まとめて記事にする。

* * * * * * * * * *

〈 〉内の文章は、文庫表紙見返しにある各編の惹句を引用した。


『流浪地球』


「流浪地球」
〈人類は太陽系で生き続けることはできない。唯一の道は、べつの星系に移住すること。連合政府は地球エンジンを構築、太陽系脱出計画を立案、実行する。〉
 400年後、太陽の核融合が加速して赤色巨星化が始まると予測した人類は、太陽系を脱出、4.3光年離れたプロキシマ・ケンタウリ星系への移住を決定する。巨大なエンジンを建設し、地球そのものを巨大な宇宙船へと変え、2600年に及ぶ長大な旅程へと。
 "地球を動かす" というアイデア自体は東宝映画『妖星ゴラス』(1962年)で描かれたが、映画が "地球移動作戦" そのものの成否を描いてるのに対し、本作は長期間にわたる移動に伴う民衆の生活の変化や感情の動きに焦点を当てている。そういう意味では「ゴラスのパクリ」という評価は当てはまらないだろう。


「ミクロ紀元」
〈恒星探査に旅立った宇宙飛行士は《先駆者》と呼ばれた。帰還した先駆者が目にしたのは、死に絶えた地球と文明の消滅だった?〉
 ところがどっこい、人類と文明はしっかり生き延びていた、という話。ただし、思いも寄らない形態となって。


「呑食者」
〈世代宇宙船《呑食者》が太陽系に迫っている。国連に現れた宇宙人の使者は、人類にこう告げた。「偉大なる呑食帝国は、地球を捕食する。この未来は不可避だ」〉
 過去、呑食帝国に "捕食" されたエリダヌス座イプシロン星系人の残したメッセージを頼りに、呑食者への抵抗を試みる人類の戦いを描く。
 短編集『円』(ハヤカワ文庫SF)収録の「詩雲」の前日譚。


「呪い5.0」
〈歴史上最も成功したコンピュータ・ウイルス「呪い」は進化を遂げた。酔っ払った作家がパラメータを書き換えた「呪い」は、瞬く間に市民の運命を変えてしまう・・・〉
 最初はちょっとした "おふざけ" をするだけだったウイルスが、関わった者たちによって次第に変貌していく。基本的にはコメディなんだが、笑い飛ばしきれないものも感じてしまう。


「中国太陽」
〈高層ビルの窓ガラス清掃員と、固体物理学の博士号を持ち、ナノミラーフイルムを独自開発した男。二人は、ともに人工太陽プロジェクトに従事する。〉
 作中の人工太陽プロジェクトとは、宇宙に展開したナノミラーフイルムが巨大な鏡を形成(『機動戦士ガンダム』のソーラ・システムみたいに)して、それが地球のある地域を集中的に照らして気象をコントロールしようとする計画。
 そのフイルムのメンテナンスに必要なのが、高層ビルの窓ガラス清掃員だったという、"ギャップ" が楽しい。そして物語はそれだけに収まらず、さらにスケールを広げていく。


「山」
〈異星船の接近で突如隆起した海面、その高さ9100メートル。かつての登山家は、単身水の山に挑むことを決意、頂上で、異星人とコミュニケーションを始めるが。〉
 映画『未知との遭遇』でも山(デビルズタワー)がファースト・コンタクトの舞台となったが、やっぱりこの手の話は高いところの方がサマになるのかな。異星人が語る、諸々の "蘊蓄" が楽しい。


『老神介護』


「老神介護」
〈神文明は老年期に入り、神は地球で暮らすことを望んでいた。国連事務総長は、老神の扶養は人類の責任と認めるが、ほどなく両者の蜜月は終わりを告げた。〉
 人類を創造した神(異星人)が高齢化し(笑)、人類に扶養を求めてくるという話。いやあ、「この発想はなかった」よ。
 神といっても外見は人間そっくり(寿命だけは数千年と長いが)。一人ずつ地球人の家庭に厄介になるのだが、そこでの行動も普通の老人と同じ。ちょっと "ボケ" が入った親と同居する子供世代の葛藤と丸かぶりである。


「扶養人類」
〈神文明が去って3年、世界で最も裕福な13人が、プロの殺し屋を雇ってまで殺したいと願うのは、最も貧しい3人だった。〉
 「老神介護」の後日談。地球人以前に "神" が創造した人類(いわば地球人の "兄" 文明)が、地球を占領しようとしていた・・・というのが本作の背景。
 主人公の殺し屋に仕事を依頼した大富豪たちの "思惑" がいかにもSF的。


「白亜紀往事」
〈蟻と恐竜、二つの世界の共存関係は2000年以上続いてきた。しかし蟻世界が恐竜世界に核兵器廃棄を要求、拒絶されると、蟻はストライキに突入した。〉
 白亜紀末に恐竜が絶滅した舞台裏を描いた一編。
 恐竜と蟻は、お互いの 頭脳的/肉体的 な 長所/短所 を補い合って、高度な文明(現在の人類文明に匹敵する)を築いていた。しかし恐竜たちの仲間割れと、同時期に起こった蟻のストライキが、結果的に大惨事を引き起こしていく・・・
 かつて恐竜が高度な文明を築いていた、という作品はいくつかあるが、本作はひと味違ってユニークだ。


「彼女の眼を連れて」
〈ぼくが休暇を取る条件は、眼を連れていくこと。宇宙で働いている人は、もうひと組の眼を地球に残し、地球で過ごす人を通し、仮想体験ができるのだ。〉
 主人公の "ぼく" が "連れていく" ことになった眼の持ち主は、大学を出たばかりに見える若い女性だった。"彼女の眼" とともに過ごすうちに、奇妙なことに気づく。彼女との通信にはほとんどタイムラグがないのだ。彼女はかなりの低軌道にいるのだろうか? しかし "眼" の管制センターの主任は、彼女がどこにいるのか教えてくれない・・・
 哀切感あふれるラブ・ストーリーで傑作だと思うのだけど、作者は「自分の書きたいSFではない」と語っているとか。作者が望むものと読者の望むものにギャップがあるのは何処も同じか。


「地球大砲」
〈人工冬眠から目覚めた時、地球環境は一変していた。資源の枯渇と経済的衰退から逃れようと、「南極裏庭化作戦」が立案、実行されていたのだ。〉
 画期的な新物質の発見により、それを材料として地球中心を貫くトンネルの建設が可能となった。しかしそれは地球環境に激変を起こす引き金になってしまった・・・
 地球中心を貫いて北京と南極を結ぶ、って作中にあるんだけど、北京から真下に掘ったら南米の何処かに出ると思うんだけどね。中心部でカーブを描いてるのかな、とも思ったけど、主人公がトンネルを通っていくシーンにそういう描写はなかったよ。そこだけ疑問。
 ちなみに「彼女の眼を連れて」と同一世界の話のようだ。


 短編集『円』の記事でも書いたけど、スケールの大きな話が多い。アイデアも骨太で、私としては昭和の日本SFのテイストもちょっと感じる。

 巻末の解説を読んだら、「SF」という言葉は日本では「空想科学」と訳されてきたが、中国では「科学幻想」と訳すのだそうだ。
 日本や欧米のSFでは、実在の国家や政治・社会をシニカルに風刺する作品群も大きな一角を占めている。しかし中国ではそれは許されない。中国のSFは「科学幻想」の名の通り、あくまでファンタジーでなければならないのだそうだ。

 だから劉慈欣の描くSFのスケールの壮大さ発想の雄大さも、そこに起因しているのかも知れない。そういうある意味 "窮屈" な環境の中でも頑張っているのは、たいしたものだとも思うが。



nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 5

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント