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ジョーカー・ゲーム [読書・ミステリ]

ジョーカー・ゲーム (角川文庫)

ジョーカー・ゲーム (角川文庫)

  • 作者: 柳 広司
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2011/06/23
  • メディア: 文庫



評価:★★★

歴史上の事件を舞台に、偉人・有名人を探偵役にしてきた柳広司。
本作ではそれまでの作風を一変させ、
ミステリ要素を前面に出したスパイ・サスペンスという、
新しいジャンルに挑戦している。


昭和12年。帝国陸軍中佐・結城の発案で、
極秘裏に設立されたスパイ養成所・"D機関"。

かつて自身も優秀なスパイだった結城中佐の指揮の下、
頭脳明晰な学生が集められ、様々な訓練が行われる。
武器・無線機器の扱いはもちろん、飛行機の操縦、
語学、医学、心理学、物理・化学・生物学、思想、戦術理論、
果てにはスリ・金庫破りの実習、手品、ダンス、変装術・・・
およそスパイに必要と思われるあらゆる技術を叩き込まれていく。

本書の読みどころの第一は、結城中佐の示す
極めて合理的な "スパイの戒律" だろう。

例えば第1話「ジョーカー・ゲーム」の中で、
参謀本部からの監視役を兼ねて "D機関" に派遣されてきた佐久間と
結城中佐が会話をするシーンがある。

結「敵に正体を見破られたらどうする?」
佐「敵を殺すか、その場で自決します」
結「殺人および自決は、スパイにとって最悪の選択肢だ」

後に「生きて虜囚の辱めを受けず」(戦陣訓)として有名になる、
当時の帝国軍人の信条を、結城中佐は真っ向から否定してみせる。
「死ぬな、殺すな、とらわれるな」と。

そんな結城中佐の指揮する "D機関" は、
当然ながら軍内部から猛反発を招くのだが、
結城と彼の "教え子" たちはスパイとして着々と成果を挙げていく。


「ジョーカー・ゲーム」
 スパイ養成所として本格稼働を始めた "D機関" に、命令が下る。
 陸軍の暗号表を盗み出した容疑者である
 アメリカ人技師・ゴードンの邸宅を捜索し、
 暗号表を撮影したマイクロフィルムを回収すること。
 しかしそれを命じた参謀本部には、ある思惑があった・・・

「幽霊(ゴースト)」
 爆弾テロによる要人暗殺計画が明るみに出る。
 容疑者として浮上したのは英国総領事アーネスト・グラハム。
 "D機関" の蒲生次郎に与えられた任務は
 グラハムと事件との関係を探ること。
 次郎は総領事館に出入りする洋服屋の店員となり、
 グラハム個人とチェスを通じて親交を結んでいくが・・・

「ロビンソン」
 "D機関" の伊沢は、日本を発つ時に
 餞別として結城から一冊の本を与えられた。
 それは『ロビンソン・クルーソー』。
 ロンドンで活動していた伊沢はスパイ活動が発覚し、
 英国諜報機関の元締め、ハワード・マークス中佐に捕らえらてしまう。
 "D機関" で叩き込まれた知識と技術を総動員して脱走を謀る伊沢は、
 『ロビンソン・クルーソー』に込められた意味に気づく。

「魔都」
 上海の憲兵隊軍曹・本間は、上司である及川大尉から呼び出され、
 憲兵隊内部にいる敵の内通者を探るという任務を与えられる。
 折しも及川大尉の自宅が爆破され、現場を取材した新聞記者・塩原は
 そこで帝国大学時代の同級生・草薙の姿を目撃する。
 草薙は "陸軍の秘密組織に入った" と噂されていた・・・

「XX(ダブル・クロス)」
 ドイツの有名紙の海外特派員カール・シュナイダー。
 彼に対して、ソ連・ドイツ双方に対して
 機密情報を流している二重スパイ疑惑が浮上する。
 "D機関" の飛崎は、シュナイダーの内偵及び監視を命じられたが
 スパイの証拠をつかんだのも束の間、シュナイダーが謎の死を遂げる。
 自殺か、それとも何者かによる殺害か・・・


5編とも中心となる人物は異なるが、
どの作品にも共通して登場するのが結城中佐。

出番そのものは少ないが、その強烈な個性で印象に残る。
本作の魅力は個々のストーリーが良く出来ていることもあるが、
何と言っても結城中佐のキャラクターが大きい。

自らが信じるところの、極めて合理的で、
冷酷ですらあるスパイとしての信条を "生徒たち" に叩き込む一方、
ふとした瞬間に見せる "人間味" もまたいい。

本作は日本推理作家協会賞を初め、いくつかの賞をもらったとのこと。
名実ともに柳広司の出世作になった。
結城中佐と "D機関" が登場する作品は、あと何冊か続くらしい。
楽しみに次巻を待ちたいと思う。


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