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 [読書・歴史/時代小説]

弩 (講談社文庫)

弩 (講談社文庫)

  • 作者: 下川 博
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/07/13
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

舞台となるのは南北朝の時代。
主人公は因幡国智土師(ちはじ)郷の百姓・吾輔(ごすけ)。
男やもめで娘の澄(すみ)と二人暮らしだ。
しかしある日、南朝方の落ち武者である義平太と小萩の兄妹と
出会ったことをきっかけに、村の産物である柿渋での商いを思い立つ。

智土師郷の領主は鎌倉近くにある称名寺(しょうみょうじ)。
この寺は幕府の庇護のもとで財力があり、
遠方の土地を手に入れていたのだ。
その称名寺から、智土師郷での雑掌(ぞうしょう:現地責任者)として
僧・性全(しょうぜん)が赴くことになるが、道中で病に倒れてしまい、
性全の弟子である若き僧・光信(みつのぶ)が代理としてやってくる。

智土師郷を桃源郷にしたいという理想に燃える光信は、
持参した金品を惜しみなくなげうって村人を驚かせる。

小萩を妻に迎え、光信の後ろ盾で資金のめども立った吾輔は、
いよいよ自分の望みを叶えるべく、
柿渋の取引がさかんな瀬戸内の因島へ向かう。

結果的に吾輔の商売は大当たりして村を潤すことになり
村の精神的な支柱となった光信とともに
智土師郷は豊かな村として発展を始める・・・というのが第一部。


第二部はその10年後から始まる。


村は豊かになったが、それを奪取しようと画策する武士集団が現れた。
近い将来に起こるであろう襲撃から村を防衛すべく、
吾輔は10年振りに再会した義平太を軍師に迎える。

その義平太が提案したのが「弩(ど)」と呼ばれる兵器の使用だった。
しかし用意できる弩の数が絶対的に足りない。
外敵に対する村人たちの意識も一枚岩ではない。
吾輔と光信は、必死になって敵を迎え撃つ策を巡らすのだが・・・

 「弩」とは、「超弩級」(ちょうどきゅう:桁違いに大きいこと)
 なんて言葉にも使われているが、いわゆる「石弩(いしゆみ)」のこと。
 西洋ではクロスボウと呼ばれるものだ。

素人でも、訓練によって比較的短時間に命中率が向上する兵器だという。
それに加え、吾輔たちは村の地理を最大限に利用した策を練るが・・・


村人が、用心棒として流れ者を雇う・・・って考えると
某有名映画を連想するが、本書のメインはそこではなく
前半では村を豊かにしようと奔走し、
後半ではその豊かさを必死になって守ろうとする
吾輔や光信たちの行動が読みどころになってる。

実際、文庫で400ページほどのうち、
第一部が180ページ、第二部は220ページ。
戦闘シーンはラスト60ページほどである。全体の1/6に満たない。
だからといって手を抜いているわけではなく、
戦いの部分も充分に書き込んであるが。

でも、読んでいて楽しいのは、登場人物たちの人間模様だろう。

異国の血を引いているせいか縁遠かった小萩だが、
吾輔の女房になってからは、その働き者ぶりで村の人望を集めていく。
吾輔の娘・澄は生来聡明で、光信のもとで学問を学ぶことになるが
やがて彼の妻となり、ラストの村の攻防戦でも重要な役を受け持つ。
ともすれば瓦解してしまいそうな村人たちの心を
一つに束ねる役回りの光信だが、彼がいちばんの
弩の使い手になってしまうというちょっと意外な展開も。
しかもそれが意外な悲劇の伏線だったり・・・

戦闘のプロではない市井の人々が、戦いの場に放り込まれて
それでも懸命に自らの使命を果たそうとする姿に感動を覚えるだろう。


日本にも古くから弩自体はあったものの、
兵器の主役にならなかった理由も語られる。
このあたりは武士という戦闘集団のありようにも関わっていて興味深い。

正直言ってあまり期待しないで読み始めたんだけど
意外に(失礼!)楽しめてびっくりしている。

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