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トオリヌケ キンシ [読書・ミステリ]

トオリヌケ キンシ (文春文庫)

トオリヌケ キンシ (文春文庫)

  • 作者: 加納 朋子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2017/06/08
  • メディア: 文庫
評価:★★★

人間、生きていれば病気くらいする。
場合によっては後遺症に苦しむこともあるだろう。
生まれつき、人と違った "特殊な感覚" を持っている人もいるだろう。
そしてしばしばその特殊さ故に苦しむこともあるだろう。

本書は、そんな人々をテーマにした連作短編集だ。


「トオリヌケ キンシ」
小学生の田村陽(よう)くんは、学校の帰りに好奇心に駆られて
「トオリヌケ キンシ」と書かれた札の向こう側に入り込んだ。
そこにあったのは同級生の川本あずさの家だった。
その日以来、しばしば彼女の家を訪ねるようになったが
学年が上がる従って疎遠になってしまう。
それから数年。高校生になった陽は "引き籠もり" になっていた。
人と会うことに恐怖を覚えるようになったのだ。
そんなある日、あずさがやってきて、
ドア越しにある打ち明け話をする・・・

「平穏で平凡で、幸運な人生」
平凡な女子高生だった “私” だが、実は目に入った情報(視覚)から
音が感じられる(聴覚が刺激される)という謎の能力を持っていた。
しかし高校の生物教師・葉山から
それは〈共感覚〉と呼ばれるものだと知らされる。
そして10年。結婚して一児の母となった ”私” は
夫と共に沖縄へ旅行へ出かけるが
そこで生後10ヶ月の息子を誘拐されてしまう・・・
〈共感覚〉が意外な形で事件解決に役立った、って話なのだが
ラスト3ページでさらにびっくり。
文庫でわずか40ペーほどだが波瀾万丈の ”私” の半生が語られる。
本書でいちばん気に入った話。

「空蝉」
タクミが5歳になった頃、優しかった母は突然 ”豹変” し、
昼夜を問わず虐待を繰り返すようになった。
思いあまったタクミは、友達のタクヤと一緒に
母を "やっつけて" しまう。
しばらく経って、タクミの父は "新しいお母さん" を連れてきた。
義母は細やかに世話をしてくれる人だったが、
タクミはどうしてもなじめない。
そがて大学生になったタクミだが、
義母の中にも "豹変" する兆候を見つけてしまう。
悩んだタクミは、先輩の滝本に相談するのだが・・・
ちょっと島田荘司のミステリみたいな雰囲気もするが
結末はしっかり加納朋子さんらしい締めですね。

「フー・アー・ユー?」
幼い頃から人の顔の識別ができないことに悩んできた佐藤くん。
やがてそれが "相貌失認" という症状であることを知り、
自分と折り合いをつけて生きられるようになった。
高校入学と同時に周囲にカミングアウトしたところ、
なんと同級生の鈴木さんから告白され、
つき合うことになってしまうが・・・
鈴木さんの方にも何か訳ありなんだろうなと思わせる展開で、
実際、彼女も深刻なものを抱えていたりするが
主人公の佐藤くんがとにかくポジティブで
包容力の大きいキャラなおかげで
とてもいいラブストーリーに仕上がっていると思う。
作中で相貌失認は人口の2%を占めてるらしいと書いてある。
けっこう多いと思ったけど、人間は顔以外の要素でも
他人を識別することができるらしいので
実生活に影響のない人も多いんだとか。

「座敷童と兎と亀と」
他のアンソロジーで既読。
40代の主婦・兎野のもとに、近所の老人・亀井が相談に訪れる。
彼は先日、妻を亡くして一人暮らしをしていたのだが、
最近、家の中に座敷童が現れるようになったという。しかし、
亀井宅を訪れた兎野が見たのは、3歳ほどの生身の少女だった・・・
なぜ少女の姿が亀井に見えなかったのかが、合理的に説明されるのが流石。
明るくほのぼのとした結末は、こちらも心が温かくなる。

「この出口の無い、閉ざされた空間で」
大学入試直前に謎の発熱に襲われた伊東くん。
病院へ行ったら即入院となって抗がん剤治療が始まる。
骨髄移植で命を取り留めたが、無菌室で過ごす日々。
そんなとき、隣の病室にいる少女・緑野(ミナノ)と知り合うが・・・
作中では明言されてないけど、伊東くんの病名は急性白血病と思われる。
病と闘う二人の若者の、ほのかな思いを描いた物語。
こういう話は涙なしで読めないので苦手なんだなぁ。
ちなみに伊東くんの友人として出てくる兎野くんは、
「座敷童-」に出てくる主婦・兎野さんの息子と思われる。


作者の加納朋子は2010年に急性白血病を発症するという経験をした。
たぶん今は寛解状態なのだろうと思うが・・・
(現在も継続治療中かも知れない)

おそらくそういう経験がこの作品集に結実してるんだろうなあと思う。
病や後遺症や障害に苦しむ主人公たちへの視線がとても優しい。

私はこの作者のファンなので、体をいたわっていただいて
これからも多くの本を書いてもらえることを願っている。

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