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密室殺人ゲーム2.0 [読書・ミステリ]

密室殺人ゲーム2.0 (講談社文庫)

密室殺人ゲーム2.0 (講談社文庫)

  • 作者: 歌野 晶午
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/07/13
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

本格ミステリはしばしばパズルに例えられる。
「パズラー」という言葉で呼ぶときもあるしね。
でもそれだけでは小説にはならない。
登場人物の描写や舞台/時代設定を織り込んで、
起承転結のドラマが構築されたものを
ミステリファンは楽しんでいるのだと思う。

でも、たまにそういうドラマ要素を抜きにして(ゼロとは言わないが)
パズル的要素を前面に押し出した作品も存在する。
本書もそんな系列につながる作品の一つだろう。

シリーズ第1作「密室殺人ゲーム王手飛車取り」に続く
第2作であるけど、上にも書いたように
全体を貫くストーリーがあるわけではないので
本作から読んでも全く困らない。
実際、私も第1作の内容はすっかり忘れていた(笑)。


5人のミステリマニアがネットを介したAVチャットをしながら
各自が出題するミステリ問題を解き合う、という形式の連作短編集だ。

まずこの5人からして正体不明だ。
本名を名乗らずハンドルネームなのは当たり前として、
webカメラで映るお互いの姿を見ても相手の素性は全く分からない。

〈頭狂(とうきょう)人〉は、ダーズベーダーのかぶり物。
〈伴道善(ばん・どうぜん)教授〉はカツラとめがねで変装した姿。
〈aXe〉(アクス)は、「13日の金曜日」のジェイソンのような
 ホッケーマスクを装着し、
〈ザンギャ君〉の画面には水槽の中にいるカミツキガメが映っている。
〈044APD〉は、プジョー・コンパーチブルの写真。
 これは「刑事コロンボ」の愛車だ。

文中に明言されてないけど、おそらく声も機械を通して
変えてるんじゃないかな。
つまり人相はもちろん、性別・年齢すら不明な5人の集まりなのだ。

そして、各自が「問題」を出題するんだけど、
これがみな密室殺人。しかも実際に起こった事件。
つまり、各メンバーが順繰りに自らが密室殺人を実行して
それを問題に仕立て上げてるわけだ。

そして、他のメンバーがゲーム感覚でそれを解く。
まさに「密室殺人ゲーム」なわけだ。

他のメンバーも、新聞やテレビなどの報道される情報だけに飽き足らず、
自ら現場へ足を運んで調査したり、関係者に話を聞きにいったりする。
もちろんこの時は素顔で相手に接するわけだが・・・

それにしても、この5人のメンバーの持つ情熱は異常なまでに大きい。
真相が露見して逮捕されたら身の破滅だからね。
それでもなおかつ、「密室殺人問題」を作り出しているのだから
まさにミステリにすべてを賭けてるといっても過言ではない。

そして実際、すべてを賭けきってしまうメンバーも現れるのだが・・・


私も本格ミステリは大好きなのだが、ここまでパズル的に
余計なものをそぎ落としてしまったものを読むのはいささか辛かった。

私は「名探偵」も「トリック」も「論理のアクロバット」も
大好きなのだけど、やっぱり「物語」を読みたいのだなあと
改めて自覚した。

いちおう本書も、ミステリに身も心もすべて捧げた人々の
物語ではあるのだけど
私の読みたいものではないみたい。だから星も少なめ。

この手のミステリはたまに読む(1年に1冊くらい)ぶんにはいいけどね。

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 [読書・歴史/時代小説]

弩 (講談社文庫)

弩 (講談社文庫)

  • 作者: 下川 博
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/07/13
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

舞台となるのは南北朝の時代。
主人公は因幡国智土師(ちはじ)郷の百姓・吾輔(ごすけ)。
男やもめで娘の澄(すみ)と二人暮らしだ。
しかしある日、南朝方の落ち武者である義平太と小萩の兄妹と
出会ったことをきっかけに、村の産物である柿渋での商いを思い立つ。

智土師郷の領主は鎌倉近くにある称名寺(しょうみょうじ)。
この寺は幕府の庇護のもとで財力があり、
遠方の土地を手に入れていたのだ。
その称名寺から、智土師郷での雑掌(ぞうしょう:現地責任者)として
僧・性全(しょうぜん)が赴くことになるが、道中で病に倒れてしまい、
性全の弟子である若き僧・光信(みつのぶ)が代理としてやってくる。

智土師郷を桃源郷にしたいという理想に燃える光信は、
持参した金品を惜しみなくなげうって村人を驚かせる。

小萩を妻に迎え、光信の後ろ盾で資金のめども立った吾輔は、
いよいよ自分の望みを叶えるべく、
柿渋の取引がさかんな瀬戸内の因島へ向かう。

結果的に吾輔の商売は大当たりして村を潤すことになり
村の精神的な支柱となった光信とともに
智土師郷は豊かな村として発展を始める・・・というのが第一部。


第二部はその10年後から始まる。


村は豊かになったが、それを奪取しようと画策する武士集団が現れた。
近い将来に起こるであろう襲撃から村を防衛すべく、
吾輔は10年振りに再会した義平太を軍師に迎える。

その義平太が提案したのが「弩(ど)」と呼ばれる兵器の使用だった。
しかし用意できる弩の数が絶対的に足りない。
外敵に対する村人たちの意識も一枚岩ではない。
吾輔と光信は、必死になって敵を迎え撃つ策を巡らすのだが・・・

 「弩」とは、「超弩級」(ちょうどきゅう:桁違いに大きいこと)
 なんて言葉にも使われているが、いわゆる「石弩(いしゆみ)」のこと。
 西洋ではクロスボウと呼ばれるものだ。

素人でも、訓練によって比較的短時間に命中率が向上する兵器だという。
それに加え、吾輔たちは村の地理を最大限に利用した策を練るが・・・


村人が、用心棒として流れ者を雇う・・・って考えると
某有名映画を連想するが、本書のメインはそこではなく
前半では村を豊かにしようと奔走し、
後半ではその豊かさを必死になって守ろうとする
吾輔や光信たちの行動が読みどころになってる。

実際、文庫で400ページほどのうち、
第一部が180ページ、第二部は220ページ。
戦闘シーンはラスト60ページほどである。全体の1/6に満たない。
だからといって手を抜いているわけではなく、
戦いの部分も充分に書き込んであるが。

でも、読んでいて楽しいのは、登場人物たちの人間模様だろう。

異国の血を引いているせいか縁遠かった小萩だが、
吾輔の女房になってからは、その働き者ぶりで村の人望を集めていく。
吾輔の娘・澄は生来聡明で、光信のもとで学問を学ぶことになるが
やがて彼の妻となり、ラストの村の攻防戦でも重要な役を受け持つ。
ともすれば瓦解してしまいそうな村人たちの心を
一つに束ねる役回りの光信だが、彼がいちばんの
弩の使い手になってしまうというちょっと意外な展開も。
しかもそれが意外な悲劇の伏線だったり・・・

戦闘のプロではない市井の人々が、戦いの場に放り込まれて
それでも懸命に自らの使命を果たそうとする姿に感動を覚えるだろう。


日本にも古くから弩自体はあったものの、
兵器の主役にならなかった理由も語られる。
このあたりは武士という戦闘集団のありようにも関わっていて興味深い。

正直言ってあまり期待しないで読み始めたんだけど
意外に(失礼!)楽しめてびっくりしている。

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トオリヌケ キンシ [読書・ミステリ]

トオリヌケ キンシ (文春文庫)

トオリヌケ キンシ (文春文庫)

  • 作者: 加納 朋子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2017/06/08
  • メディア: 文庫
評価:★★★

人間、生きていれば病気くらいする。
場合によっては後遺症に苦しむこともあるだろう。
生まれつき、人と違った "特殊な感覚" を持っている人もいるだろう。
そしてしばしばその特殊さ故に苦しむこともあるだろう。

本書は、そんな人々をテーマにした連作短編集だ。


「トオリヌケ キンシ」
小学生の田村陽(よう)くんは、学校の帰りに好奇心に駆られて
「トオリヌケ キンシ」と書かれた札の向こう側に入り込んだ。
そこにあったのは同級生の川本あずさの家だった。
その日以来、しばしば彼女の家を訪ねるようになったが
学年が上がる従って疎遠になってしまう。
それから数年。高校生になった陽は "引き籠もり" になっていた。
人と会うことに恐怖を覚えるようになったのだ。
そんなある日、あずさがやってきて、
ドア越しにある打ち明け話をする・・・

「平穏で平凡で、幸運な人生」
平凡な女子高生だった “私” だが、実は目に入った情報(視覚)から
音が感じられる(聴覚が刺激される)という謎の能力を持っていた。
しかし高校の生物教師・葉山から
それは〈共感覚〉と呼ばれるものだと知らされる。
そして10年。結婚して一児の母となった ”私” は
夫と共に沖縄へ旅行へ出かけるが
そこで生後10ヶ月の息子を誘拐されてしまう・・・
〈共感覚〉が意外な形で事件解決に役立った、って話なのだが
ラスト3ページでさらにびっくり。
文庫でわずか40ペーほどだが波瀾万丈の ”私” の半生が語られる。
本書でいちばん気に入った話。

「空蝉」
タクミが5歳になった頃、優しかった母は突然 ”豹変” し、
昼夜を問わず虐待を繰り返すようになった。
思いあまったタクミは、友達のタクヤと一緒に
母を "やっつけて" しまう。
しばらく経って、タクミの父は "新しいお母さん" を連れてきた。
義母は細やかに世話をしてくれる人だったが、
タクミはどうしてもなじめない。
そがて大学生になったタクミだが、
義母の中にも "豹変" する兆候を見つけてしまう。
悩んだタクミは、先輩の滝本に相談するのだが・・・
ちょっと島田荘司のミステリみたいな雰囲気もするが
結末はしっかり加納朋子さんらしい締めですね。

「フー・アー・ユー?」
幼い頃から人の顔の識別ができないことに悩んできた佐藤くん。
やがてそれが "相貌失認" という症状であることを知り、
自分と折り合いをつけて生きられるようになった。
高校入学と同時に周囲にカミングアウトしたところ、
なんと同級生の鈴木さんから告白され、
つき合うことになってしまうが・・・
鈴木さんの方にも何か訳ありなんだろうなと思わせる展開で、
実際、彼女も深刻なものを抱えていたりするが
主人公の佐藤くんがとにかくポジティブで
包容力の大きいキャラなおかげで
とてもいいラブストーリーに仕上がっていると思う。
作中で相貌失認は人口の2%を占めてるらしいと書いてある。
けっこう多いと思ったけど、人間は顔以外の要素でも
他人を識別することができるらしいので
実生活に影響のない人も多いんだとか。

「座敷童と兎と亀と」
他のアンソロジーで既読。
40代の主婦・兎野のもとに、近所の老人・亀井が相談に訪れる。
彼は先日、妻を亡くして一人暮らしをしていたのだが、
最近、家の中に座敷童が現れるようになったという。しかし、
亀井宅を訪れた兎野が見たのは、3歳ほどの生身の少女だった・・・
なぜ少女の姿が亀井に見えなかったのかが、合理的に説明されるのが流石。
明るくほのぼのとした結末は、こちらも心が温かくなる。

「この出口の無い、閉ざされた空間で」
大学入試直前に謎の発熱に襲われた伊東くん。
病院へ行ったら即入院となって抗がん剤治療が始まる。
骨髄移植で命を取り留めたが、無菌室で過ごす日々。
そんなとき、隣の病室にいる少女・緑野(ミナノ)と知り合うが・・・
作中では明言されてないけど、伊東くんの病名は急性白血病と思われる。
病と闘う二人の若者の、ほのかな思いを描いた物語。
こういう話は涙なしで読めないので苦手なんだなぁ。
ちなみに伊東くんの友人として出てくる兎野くんは、
「座敷童-」に出てくる主婦・兎野さんの息子と思われる。


作者の加納朋子は2010年に急性白血病を発症するという経験をした。
たぶん今は寛解状態なのだろうと思うが・・・
(現在も継続治療中かも知れない)

おそらくそういう経験がこの作品集に結実してるんだろうなあと思う。
病や後遺症や障害に苦しむ主人公たちへの視線がとても優しい。

私はこの作者のファンなので、体をいたわっていただいて
これからも多くの本を書いてもらえることを願っている。

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かぜまち美術館の謎便り [読書・ミステリ]

かぜまち美術館の謎便り (新潮文庫nex)

かぜまち美術館の謎便り (新潮文庫nex)

  • 作者: 森 晶麿
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/05/27
  • メディア: 文庫
評価:★★★

ゆっくりと過疎が進みつつある香瀬(かぜ)町。

ヒロインの宇野カホリは、叔母が園長を務める保育園で
保育士として働いている。
叔母からは「そろそろ結婚を考えなさい」と言われる28歳だが
18年前に母を、その半年後には兄のヒカリをと家族を続けて亡くし、
それ以来、父・サブローと二人で暮らしてきたカホリは
父を残して嫁いでいくことに抵抗を憶えていた。

そんなとき、隣家に引っ越してきた学芸員の佐久間とその娘・かえで。
保育園でかえでの担任となったカホリは、佐久間とも親しくなっていく。

本書は、香瀬町でカホリが出会ういくつかの事件を、
町の美術館の館長になった佐久間が解き明かしていく連作ミステリだ。

各事件に共通するのは、画家を目指していたヒカリが残した絵が
重要な要素として登場すること。

例えば「第一話 きらわれもの」では、保育園に一通の絵葉書が届く。
差出人は不明で、18年前の8月の消印が押されていた。
そして裏面に描かれた絵はカホリの兄・ヒカリが描いたものだった。

18年前の8月、ヒカリは渓谷で川に落ちた状態で発見された。
死因は心臓発作とされ、事件性は否定された。
しかしその1週間前、一人の郵便局員が失踪していた。
気さくな人柄で "ミツバチ" というあだ名で呼ばれていた彼は
その日の郵便物をすべて持ったまま姿を消してしまったのだ・・・

第二話以降、個々の物語はそれぞれ独立しているのだが、
必ずヒカリの絵が何らかの関わりを持って現れる。

そしてストーリーの進行と共に、佐久間もまた
この町と意外な関係を持つ者だったことも明かされていく。

最終話では、ヒカリの死の真相と "ミツバチ" の行方を含めた、
18年前に起こった一連の"事件"の真相が解き明かされていく。


それぞれの事件の中で、佐久間はヒカリの残した絵を
ピカソやシャガール、ゴッホといった有名画家になぞらえて
その製作意図を解釈していくのだが、
いかんせん私は絵には全くといっていいほど詳しくない。
とは言っても、それでこの作品が楽しめないかといえば
そんなことはないだろう。
詳しい人はよく分かり、詳しくない人はそれなりに、ってことで(笑)。

ミステリとしては最終話で収束するのだが、
登場人物たちの物語はエピローグまで持ち越される。

しかしこの終わり方はなあ。
勝手に思い込んでいたこちらが悪いんだけど。

ベタな終わり方を避けたかったのかもしれないが
ちょっと意地が悪くないですか・・・

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女王 [読書・ミステリ]

女王(上) (講談社文庫)

女王(上) (講談社文庫)

  • 作者: 連城 三紀彦
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/10/13
  • メディア: 文庫
女王(下) (講談社文庫)

女王(下) (講談社文庫)

  • 作者: 連城 三紀彦
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/10/13
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

連城三紀彦は6年前に亡くなっているのだが、
その後も生前に残された作品が刊行されている。
本書は亡くなった1年後の刊行なので、おそらく最後のミステリー長編。

もっとも、まだいくつか書籍化されてない作品があるそうだけど。


この物語には無数の謎が登場してくるのだけど、
その中で大きなものは次の3つだろう。


一つ目は、主人公・荻葉(おぎは)史郎を巡る謎。

幼少時に両親を失った史郎は東京で祖父・祇介(ぎすけ)に育てられていた。
しかし12歳の時に失踪、まもなく福岡の海岸で発見されるが
頭部の負傷によって生まれてから12年間の記憶を失っていた。

その後、無事に成長した史郎は大学を卒業して就職、
古代史研究家だった祇介が亡くなった翌年に、
祖父の助手だった加奈子と結婚した。
しかし披露宴の終盤、式を挙げたホテルが火事になってしまう。
避難した史郎は燃えるホテルと青空を見上げているうちに、
ある光景を思い出す。

見渡す限りの炎の海、燃え落ちる家屋、焼死体の並ぶ中を逃げ惑う人々。
それは「東京大空襲」の記憶だった。
しかし史郎は昭和24年生まれ。空襲の記憶はないはずなのに・・・
その後もしばしば記憶の ”フラッシュバック” に悩まされることに。

昭和54年の冬、30歳になった史郎は
医師・瓜木(うりき)のもとを訪れるが彼にもその記憶の原因は
突き止められず、さらに17年の時間が流れる。

平成8年の1月、史郎は瓜木から手紙をもらい、彼に会いに行く。
末期ガンに冒され、死期が迫っていた瓜木は史郎に告げる。
東京大空襲の日、医学生だった瓜木は、
史郎に会った記憶があるのだという。
それも、30歳ほどの年齢の史郎に・・・


二つ目は、史郎の祖父・祇介に関するもの。

祇介は昭和47年、史郎が23歳の時に亡くなっていた。
その日は大晦日で、突然かかってきた電話を受けた祇介。
内容は彼の研究に関わるような大発見があったということで
「奈良へ行く」と言い残して家を出る。
しかし翌日・昭和48年の元旦に若狭湾の海岸で死体となって発見される。
大量の睡眠薬を飲んでおり、遺体の状況から警察は自殺と判断するが・・・


三つ目は、史郎の父であり祇介の息子でもある、
早世した春生(はるお)のこと。

タイトルの「女王」とは、邪馬台国の女王・卑弥呼のことだ。
それは祇介の研究テーマであり、作中での邪馬台国の在処もまた
大きなテーマとなっている。

春生は、成人前に祇介の蔵書を読破してしまうほどの天才だったが
古代史の研究にのめり込むあまり、
「自分には前世の記憶がある」と口走るようになった

彼の残したノートには、”当時” のことが詳細に描き込まれていた。
南北朝の時代のこと、さらには邪馬台国の時代のことまで・・・


自らの記憶の謎、祖父の不審な死の謎、そして父の前世の記憶の謎。

史郎は妻・加奈子、そして病身の瓜木医師と共に
真相を探るべく、ゆかりの地を訪ねる旅に出るのだが・・・


ここまででも充分なくらいの謎、謎、謎のオンパレードなのだけど
この後の展開も、さらに新たな謎の絨毯爆撃。
一つの謎が解けてもまたそこから新たな謎に生じていく。

本書はSFではないのでタイムトラベルとかの ”裏技” は使えない。
あくまで通常の合理性に則った解釈・真相が用意されてるはずなのだが
ここまで大風呂敷を広げてしまって、どんなふうに畳むんだろう・・・
って心配になってしまうが、なんと作者はきっちり畳んでみせます。

 まあ、しばらく経って落ち着いて考えると
 「そんなこと可能なのかな」と思わなくもないが
 読んでる最中はさほど疑問に思わず
 そのまんま受け入れてしまうんだよねえ。
 やっぱり卓越した描写力と文章力のなせる技なんだろうなあ。
 まさに「連城マジック」。

もう一つ、邪馬台国が何処にあったかについて。
「魏志倭人伝」の記述に、独自の解釈を施していくのだが
これ、古代史の専門家からすればものすごい異論がありそうだが
ミステリ的な仕掛けとすれば充分面白い。
そしてなにより、本編の謎と密接にリンクしてるのがスゴい。

そしてもちろん、連城三紀彦といえば ”女の情念”。
登場する女性たちそれぞれが心に内に秘める
”激しく妖しい熱情” もたっぷり描かれている。

文庫で上下巻、あわせて650ページほどもあり、
しかも舞台が東京・福岡・奈良・京都・若狭と移動して
時間軸も1700年くらいにまたがるというスケールの大きな舞台の上で
「記憶」という精神世界の謎と「殺人」という物質世界での謎を描く。

こういう作品がもう読めないかと思うと、やっぱり悲しいねえ・・・

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「翔んで埼玉」を観てきました [映画]


昨年12月に「ファンタスティック・ビースト」を観に行ったときに
予告編が流れて、かみさんが「これ絶対観たい!」

saitama.jpg

どこが気に入ったのか分からないのですが
とにかく観に行くことになりました。

 ちなみに、私はネイティブな埼玉県人。
 かみさんは茨城の血を引く千葉県人。

どこの映画館で観るか。これはもう二人の意見が一致して
「MOVIXさいたま」しかあり得ない!(笑)。

チケットは水曜の夜に取ったんだけど、けっこう出足が速くて
その2時間後くらいには「残りわずか」になってました。
そして今日映画館に着いたら、私たちの観る回は
すでに「完売」になってたよ。

こんな埼玉をおちょくった映画を大挙して観に行こうなんて
埼玉県人はいったい何を考えているのか。人のことは言えないが(笑)。


この映画は、まず熊谷に住む親子3人組が出てくる。

 彼らが住んでいる世界は、我々が現在住んでいる世界とほぼ同じ。
 東京でも埼玉でも千葉でも、移動も居住も自由な世界だ。

娘の結婚が決まり、結納のために両親とともに軽のワゴンで東京へ向かう。
その道中、3人はNack5(埼玉のローカルFM局)から流れる
ラジオ番組を聴いている。その番組の中で語られるのが
「かつて東京から謂われ無き差別を受けていた埼玉が下剋上を起こした」
という都市伝説の話。この ”伝説” がこの映画の本編になっているわけだ。

 ちなみにこの夫婦、夫は埼玉県人、妻は千葉県人という
 まさにうちの夫婦と同じ組み合わせ。ここは笑ってしまったよ。


さて、これ以上の詳しいあらすじは
公式サイトかwikiでも観てもらうとして・・・

まずこんな馬鹿馬鹿しい内容を真面目に作ってることがまずスゴい。
何がいいかというとキャスティングがいい。

主役の麻実麗をGACKTが演じているのだが、
いくらなんでも高校生役なんて・・・って思ってたが
この映画自体リアリティなんてものをどこかに置き忘れてるもんだから
まったく気にならない。それどころか観終わってみると
もうあの役は彼以外ありえないと思えるくらい映画にハマってる。

東京都知事の息子・壇ノ浦百美(ももみ)を演じるは二階堂ふみ。
これも、素晴らしい演技力で中性的な妖しい魅力を醸し出してる。
序盤では主役の麻美麗と対立する悪役的立ち位置にいるのだが
登場するたびに、邪悪そうなパイプオルガンのBGMが流れるのが
個人的にツボだった(笑)。

ギャグマンガをそのまま映画にしたわけなんだが
全編爆笑の連続というわけでは無く、
ところどころクスリと笑えて、たまに「どひゃあ!」って感じかな。
とは言ってもつまらなくはなく、充分に楽しい映画になってる。

私がいちばん笑えたのは
埼玉県人を見破るための「踏み絵」ならぬ「踏み草加せんべい」。
かみさんは江戸川を挟んでの埼玉解放戦線vs千葉解放戦線のシーンが
気に入ったらしいが。

埼玉解放戦線のなかで、浦和と大宮がいがみ合うシーンがある。
この二つの市は昔から仲が悪い、というか
自分の方が埼玉の中心だとの自負があるのは埼玉県民なら周知のこと。
そこに、与野が止めに入るんだが全く相手にされない。
(与野は、大宮と浦和に挟まれた、とっても小さい市だったからね)
このへんは他県の人には全く分からないんじゃないかなあ。

でも、この3つの市が合併してさいたま市になったんだよ。

群馬の扱いがちょっとアレで・・・どんな場所になってるかは
観てのお楽しみだが・・・群馬県人は怒っていい(笑)
でも、描いてもらっただけ良かったかな。
なにせ栃木と茨城は台詞にちょっと出てきただけだったからねぇ。

ラストシーンは「スターウォーズ EP.4」(1977)のエンディングと
BGMからして雰囲気がそっくり。
オマージュなのかパロディなのか・・・もう何でもアリだね(笑)。

観終わって席を立っても、なかなか外へ出られない。
何せ満席だったから。
見たところ怒ってる人はいなさそう。埼玉県人は鷹揚だねえ。

帰りに売店に寄ってパンフレットを買ってしまったんだが、
私の前後にいる人はみんな買ってて、どんどん減っていくのが分かった。
グッズも売れたんだろうと推測。

埼玉県をテーマにして、このような壮大な茶番劇映画を作ってしまった
(作ってくれた)監督をはじめとするスタッフ・キャスト、
そして映画会社はほんとにごくろうさんなことで。

おかげさまで楽しませて頂きました(笑)。

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恐怖の緑魔帝王 [読書・ミステリ]

([あ]5-3)恐怖の緑魔帝王 (ポプラ文庫)

([あ]5-3)恐怖の緑魔帝王 (ポプラ文庫)

  • 作者: 芦原 すなお
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2017/06/02
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

ポプラ社発行の、「少年探偵団」シリーズへの
オマージュ作品の第4弾。
前回の「少年探偵」も ”変化球” だったが、
こちらもまた異なる方向に振り切った ”クセ球” だ。


ある秋の夕暮れ、少年探偵団の井上君とノロちゃんの前に
一人の老婆が現れる。
緑の服に緑の足袋、緑の鼻緒のついた草履、右手には緑色の杖、
左手には緑色の数珠、そして頭髪までも緑色(!)。
そして何やら不気味で恐ろしげな言葉をブツブツと・・・

 ちなみに横溝正史ではありません。江戸川乱歩の世界です(笑)。

そして探偵団の二人に向かって告げる。
「今日見たことを小林少年と明智小五郎に伝えよ」と。

その頃、港区白金にある資産家・湧水(わきみず)健太郎氏の屋敷に
怪人二十面相から予告状が届く。

内容は、湧水が所有する雪舟の山水画を頂戴すること、
そして、一緒に湧水の一人娘の登喜子も攫っていくこと。

湧水はさっそく明智小五郎に依頼に赴くが
折しも明智は他の事件のために小笠原諸島へ出張中。
そこで、小林少年が明智の代理として二十面相と対決することになる。

しかしその直後、明智探偵事務所を一人の青年が訪ねてくる。
明智の紹介状を持ったその男は天道聖一と名乗り、
小林少年に協力するためにやってきたという・・・


ストーリーだけを取り出すと、正統的な「少年探偵もの」って
感じがするんだけど、読んでみるとかなり雰囲気は異なる。

全編にわたって横溢するのは謎のコメディ感(笑)。

例えば、二十面相からの予告状は
「拝啓」で始まり、「時候の挨拶」へと続き
さらに「突然の手紙を出したことへの無礼の謝罪」へ。
やたら礼儀正しい(笑)手紙に意表を突かれる。

小林少年と湧水氏の会話も、ボケとツッコミの応酬で
漫才かコントを見てるようだ。
地の文にも随所にとぼけた表現があり、
時には自分の文章に自分でツッコミを入れたりと
なんだか噺家が新作落語を語ってるみたいに思えてくる。

と思えば、シリーズの約束事にもツッコんでくる。

予告状を送ってわざわざ仕事の難易度を上げる二十面相とか、
コストパフォーマンスが著しく悪そうな、怪人の纏う異様な風体とか。
そして、そんな格好をして、脅かす相手を延々と待ってるという
想像するだけでその根気強さに頭が下がる行動(笑)、とか。

上のあらすじを見ただけでも、天道というキャラが
胡散臭そうにみえるだろうが
そういうところも読者の期待を裏切らない(笑)。
彼の正体や二十面相との関わりも読みどころ。
私は彼の意外な素性にちょっと驚いたよ。

もちろん終盤では明智も登場して活躍するし、
ミステリの勘所も押さえてあるし
「少年探偵団、ばんざーい!」で終わるところもお約束。

とてもよくできていて、オリジナルへの愛にあふれた、
オマージュと言うよりはパロディというべき作品。

原典の雰囲気を忠実に再現したものもいいけど
こんな作品もあっていい。

この調子でホームズやルパンも描いてくれないかなぁ。
そしたら喜んで読ませてもらうけど。

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美森まんじゃしろのサオリさん [読書・ミステリ]

美森まんじゃしろのサオリさん (光文社文庫)

美森まんじゃしろのサオリさん (光文社文庫)

  • 作者: 小川 一水
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2017/11/09
  • メディア: 文庫
評価:★★★

名前こそ「町」だが、実態は過疎が進む山村である美森(みもり)町。
タイトルの「まんじゃしろ」とは
村の鎮守様を祀った「卍社」(まんじやしろ)のこと。

主人公の岩室猛志は19歳。大学入試に失敗し、
進路に迷っていたところを母に促されて美森町に引っ越してきた。
主が亡くなって空き家となっていた祖母の家に住み、
何でも屋を生業にしている。

もう一人の主人公は貫行詐織(つらゆき・さおり)。
地元出身の21歳の女子大生。
美人で頭も切れるのだが、あまり大学に通っている様子はないようだ。

町に若者の活気を取り入れたい役場は、
この二人が組んだ〈竿竹室士〉というユニットを
”町立探偵” として公認した。

二人が町で起こる不思議な事件に取り組んでいく姿を描いていく。
しかしながら地元の人たちは、事件は皆、”美森様のお使い” と
されるものたち(精霊?妖怪?式神?)の仕業だと噂するのだが。


「まんじゃしろのふしみさん」
農家を営んでいた71歳の樫原多喜子が亡くなる。
しかし翌朝遺体は安置場所から姿を消し
畑の立ち木に設えられたブランコに腰掛けた状態で発見される。
そして周囲には多喜子の足跡だけが残っていた。
樫原家の人々は、美森卍社のお使いである
「伏見さん」の仕業だと言うが・・・

「いおり童子(わらし)とこむら返し」
柴山いちょうは一人暮らしをしている高齢の女性だが。
彼女の隣人が、いちょうの家で
浴衣姿の男の子を見かけたと町役場に相談に来た。
人々は「庵リ童子」がいるのだというが・・・

「水陸さんのおひつ抜き」
一人暮らしの老人に食事を宅配するロボット配食車。
美森で独居する作家・銀嶺照(ぎんれい・てらす)の家に
配達に行ったロボット車が、食事を配達せずに持ったまま
帰って来るという事案が4回も発生する。
銀嶺は「そもそも配達に来なかった」と言うのだが・・・
これも「お櫃を抜く水陸さん」なるものの仕業なのか。

「救母ヶ谷(くもがたに)の武者烟(けむり)」
美森町の一角にある救母ヶ谷には
町外から移住して小さなコミュニティを作っている者たちがいた。
そこに通じる町道が倒木で通れないとの通報で猛志と詐織は出動する。
山の木を切る「小野鈿女(おののうずめ)」の仕業かも知れないと語る
詐織に、小さな ”悪意” を感じる猛志だったが・・・

「美森まんじゃしろの姫隠し」
美森神社の歳祭(としまつり)の実行委員長を引き受けた猛志。
14年前を最後に絶えてしまった祭を復活させるために
詐織とともに奮闘し、どうにか開催にこぎ着ける。
しかし祭の当日、目玉企画だった迷路「迷いの森」で幼女が一人、
行方不明になってしまう・・・


”守護神のお使い” なんていうと伝奇的なものを想像してしまうが
「水陸さんのおひつ抜き」の紹介文でも分かるように
実はこの作品の時代設定は近未来。作中には最新のIT機器や、
近い将来実用化される(かも知れない)技術も登場している。
情報技術の進歩と過疎問題を絡めているのもこの作品のテーマの一つ。

実際、不可解な現象のうちのいくつかはこれで説明されるので、
SFミステリの一種だともいえる。

そしてもう一つは、主役二人の美森に対する思い。

最初は猛志と詐織が恋仲になって
美森で生きて行く物語なのかと思ったがさにあらず。
この二人の心の距離は以外と大きい。

美森に根を下ろし、過疎の町の発展に役立とうとする猛志に対して、
詐織のほうにはまた別の思惑がある。
猛志に対してもしばしば嘘をついたり隠し事をしている。
(彼女の名前に「詐」の字が含まれているのが象徴的だ)

二人の仲が仕事のパートナー以上の関係に進むとしたら、
本書の終わった後の物語になるだろう。

短編でもいいので、”その後” の二人の物語が読みたいなあ・・・

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魔法使いと刑事たちの夏 [読書・ミステリ]

魔法使いと刑事たちの夏 (文春文庫)

魔法使いと刑事たちの夏 (文春文庫)

  • 作者: 東川 篤哉
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2017/05/10
  • メディア: 文庫
評価:★★★

刑事・小山田聡介は父・鉄二と二人暮らし。
その小山田家に、新たな同居者が加わる。メイドのマリィである。
外見はごく普通の十代の少女だが、実は彼女は魔法使いだった・・・
というわけで「奥様は魔女」ならぬ「メイドさんは魔女」。

 うーん、「奥様は魔女」って言っても知らない人も多かろう・・・

聡介が取り組む事件に毎回介入し、
容疑者(犯人)に魔法を掛けて自白を引き出してしまう。
しかし、魔法で犯人が分かっても逮捕はできない。
かくして、聡介の奮闘が始まる・・・というシリーズ。


「魔法使いとすり替えられた写真」
月丘夢子は芸能事務所〈ムーンヒル〉の社長。
所属俳優の片瀬勇樹は近頃人気急上昇中で大スターへもう一歩。
しかし芸能カメラマンの藤崎が片瀬のスキャンダルをつかんでしまう。
片瀬を守るために夢子は藤崎を殺害するが・・

「魔法使いと死者からの伝言」
建設会社社長・岩代のもとを訪れたのは、一級建築士の飯島。
飯島の父は、岩代の会社が過去に行っていた
阿漕な商売の犠牲となって命を落としていた。
飯島は岩代を殺害していったん現場を離れるが、
翌日、凶器のナイフ(父の形見)を回収するために
ふたたび岩代邸にやってくる。そこで発見したのは、
岩代が血で書いたダイイングメッセージだった・・・
うーん、ラストのオチはちょっと疑問。

「魔法使いと妻に捧げる犯罪」
ミステリ作家・早乙女勝也は、ヒット作に恵まれず家計は火の車。
妻・典子の叔母・松浦マキ子は資産家で、
彼女の死亡保険金の受け取り人が典子だった。
勝也は、アリバイ工作をしてマキ子を殺害するのだが・・・

「魔法使いと傘の問題」
資産家の松崎が所有するテナントビルで
紳士用品店〈チャーリー〉を営む篠塚。
しかし松崎はビルの建て替えを決め、
〈チャーリー〉の立ち退きを要求してきた。
篠塚は再考を求めるが受け入れて貰えず、
思い余って松崎を殺してしまうが・・・


魔法というある意味 ”掟破り” の要素を取り入れてるんだけど
謎解き部分は至って正統的。
とはいっても、従来のミステリでは、
探偵役があくまでも推理/推定で行動するのに対し、
このシリーズでは ”確信して” 行動できるという違いはあるが。

とはいえ、最後に犯人を追い詰めるのは犯行時のミスや不合理な証言など、
聡介が自分の推理で到達したものばかり。

ミステリ部分はきっちりと作られていて、
犯人に引導を渡すシーンでは「なるほど!」と思わせる。
極端な話、マリィがいなくてもミステリとして成立するだろう。

ミステリ部分と同じくらい、いやそれを上回るくらい
描写が厚いのが、登場するキャラクターたち。

主人公の聡介からしてドMで熟女好き。
彼の憧れであるアラフォーの上司・椿木綾乃警部は
事件の関係者の中から金持ちのイケメンを見つけて婚活しようとする。
捜査陣がこうだから、事件の容疑者(犯人)たちも
それに振り回されてコミカルな言動をしてしまう。

聡介の父・鉄二がまたロリコンのスケベじじいで、
毎回手酷ししっぺ返しを喰らいながらも
マリィへのちょっかいを止めない(笑)。

 結局、魔女であるマリィが人格的にはいちばんまともなのかも知れない。

マリィがいなくてもミステリになるかも知れないが、
物語としては圧倒的にこちらの方が面白いだろうな。

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ガンルージュ [読書・冒険/サスペンス]

ガンルージュ (文春文庫)

ガンルージュ (文春文庫)

  • 作者: 月村 了衛
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2018/10/06
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

本書は二人の女性が主人公となる。

主人公の一人、33歳の渋谷美晴は中学校の体育教師。
体育大の武道学科在学中からハードロック・バンドでボーカルを務め、
一時期つきあっていた刑事からは護身術の手ほどきを受けていて、
そこらへんのチンピラが束になってかかっても敵わない。
行く末を心配した親類のすすめで中学校の教師になったものの、
竹刀を片手にジャージ姿で、跳ねっ返りの中学生に
”教育的指導” をするものだから
PTAからは ”暴力教師” として目の敵にされていた。

もう一人の主人公、38歳の秋来(あきらい)律子はシングルマザー。
一人息子の祐太朗は中学1年生で、美晴は彼の担任教師だ。
今でこそ温泉宿の清掃係として働いているが、
13年前までは警視庁公安部の捜査官だった。
それも、FBI(アメリカ連邦警察)のHRT(人質対応部隊)で訓練を受け、
最高級の成績を挙げて並み居る教官たちを瞠目させた逸材だった。
しかし、同僚で恋人だった萩原貴之が
作戦行動中に死亡したことをきっかけに辞職、
既に萩原の子を身ごもっていた律子は、
以後警察との接触を一切絶って生きてきた。

そんな二人が暮らしているのは群馬県のみなかみ町。
そこに韓国の特殊部隊が現れる。
この地に潜伏している韓国の要人ペク・サンミンを拉致するためである。

 なぜ韓国の部隊が国外にいる自国の要人を襲うのかは、
 あちらの国の政府内での複雑な勢力争いの産物ということで(笑)

たまたまペクの屋敷の近くにいた律子の息子・祐太朗と、
同級生で幼馴染みの神田麻衣の二人は
特殊部隊の襲撃に巻き込まれ、ペクと共に連れ去られてしまう。

帰ってこない息子を探しに行った律子は、屋敷の襲撃跡から
ペクと特殊部隊の存在を知り、祐太朗たちが拉致されたことを知る。
そして日韓の政治状況から、警察の出動が期待できないことも。

かくして律子は、愛する息子を自らの手で取り戻すため、
13年間の封印を解いて再び銃を手にし、特殊部隊の追跡を始める。
途中で出会った美晴も事情を知り、律子に同行することを決める。

そして、特殊部隊のリーダーはキル・ホグン。
韓国諜報員の中でも最高級のエキスパートであり、
13年前に、律子の恋人であり祐太朗の父でもある
萩原を殺した男だった・・・


山中を移動する特殊部隊と女二人との、壮絶な追撃戦が描かれていく。
追っ手に気づいたキルは、次々に部下を差し向けるのだが
美晴と律子はことごとく返り討ちにしていく。

律子はもちろんプロなので、戦闘シーンはあくまでシリアス。
敵を倒すたびに、相手の武器/装備を手に入れていくのは
この手の作品ではお約束の「ダイ・ハード」展開。

対して美晴の戦いは、素人ゆえの相手の意表を突く行動と
多分に幸運に助けられたもので、かなりコメディタッチ。

中でも、相手の放った×××を×××××で×××××シーンは
ほとんどギャグマンガの世界で「いくらなんでもそれはないだろう」
とも思うが、面白いから許す(笑)。

中学生カップルも忘れてはいけない。

祐太朗君は両親の資質をしっかり受け継いでいて、
過酷な状況でも冷静な判断ができ、麻衣を励ましつつ
なんとか自分たちが助かる算段を巡らす。
君なら将来、立派にお父さんの後が嗣げるよ。
お母さんは反対するだろうけど(笑)。

麻衣ちゃんは典型的なツンデレで、表むきは高飛車でわがままいっぱい。
でも極限状態では祐太朗君への秘めた思いが行動に現れる。
この時の麻衣ちゃんの健気なこと。いやぁいい娘さんじゃないか。


「国際情勢が」とか「リアリティが」とかが
どうしても気になってしまう人には向かない小説だろう。

逆に、難しいことは考えないで、暴走するスーパー女教師と
戦闘マシンと化したシングルマザーの熱い戦いに没頭できたなら、
楽しい読書の時間を得ることができるだろう。

外国部隊によるテロ行為勃発に
警視庁上層部もてんやわんやとなるが、その混乱のさなか、
13年前の萩原の死を巡る真相もまた明らかになっていく。
警察内部の勢力争いも描かれて、このあたりも読みでがある。


巻末の解説によると、続編の構想もあるらしい。
いつの日か美晴と律子、祐太朗と麻衣に再会できる日が来るといいなあ。


最後に余計なことを。

美晴の過去の紹介パートを読むと、某有名作家の
有名ハードボイルドシリーズを連想する人が多いだろう。
私も読んでいて「おいおい、こんなこと書いちゃって大丈夫なの?」
って思ったよ。
作者は印税の何パーセントかを
大○○昌氏に払ったほうがいいんじゃないのかなぁ?(笑)

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