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1968 三億円事件 [読書・ミステリ]


1968 三億円事件 (幻冬舎文庫)

1968 三億円事件 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 日本推理作家協会・編
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2018/12/06
  • メディア: 文庫
評価:★★★

タイトル通り「三億円事件」をテーマに競作されたアンソロジー。

若い人には「三億円事件」と言ってもピンとこないかも知れない。

タイトルにもあるとおり、1968年(昭和43年)12月10日に
東京都府中市で、現金輸送車に積まれた東芝従業員のボーナス
約3億円が、白バイ警察官を装った犯人に奪われた事件。
鮮やかな手口はまさに「事実は小説より奇なり」。

犯人が一切暴力を使わず、計略だけで強奪に成功していて
7年後には刑事事件としての時効が、
20年後には民事事件としての時効が成立するなど、
見事に ”逃げ切った” ことで「完全犯罪」ともいえる事件になった。

当時私は小学生だったが、TVが連日大騒ぎをしていたのを憶えている。

ちなみに事件の7年後、THE ALFEE(当時はALFIE) が
この事件を題材に『府中捕物控』という曲を吹き込み、
時効成立日の12月10日に発売しようとしたのだけど
直前になってレコード会社側がビビったのか、
自主規制で発売中止になってしまったのは有名な話だ。

 私は発売直前の頃、ラジオで流れたのを聞いたのだけど
 今から思えばレアな体験だったなぁ。

ちなみに作詞作曲は山本正之。「ヤッターマン」など
「タイムボカン・シリーズ」で有名なアニソン歌手である。

YouTube を探せば、何年か前に THE ALFEE が
コンサートで歌った映像が見られるけど、
何せ発売(中止)以来、40年くらい経ってるので、
歌詞もそれに合わせて微妙に変えてあり、オリジナルとは異なる。

閑話休題。


本書には、犯行時や時効成立後の犯人たちを描くもの、
奪われた三億円の行方を描くもの、
事件が後世に与えた影響を描くものなど、なかなか多彩な5編を収録。

「楽しい人生」下村敦史
不良仲間の平野則文と望月敬一は、
府中のクヌギ林の中に駐めてあるカローラを発見する。
早速盗み出そうとしたところに、もう一台の車が現れて・・・
冒頭の作品の役目なのか、大まかな「三億円事件」の流れが
描かれているので、詳しくない人もこれで概要を把握できるだろう。

「ミリオンダラー・レイン」呉勝浩
笠井芳雄は自動車整備工として働く日々に鬱々としたものを感じていた。
そんなとき、友人の藤本からサカキという男を紹介される。
サカキは芳雄に「三億円を手に入れる仕事」に協力するよう誘うが・・・

「欲望の翼」池田久輝
受験浪人を重ね、三流医大に滑り込んだものの
留年を繰り返していた伊東真一は「三億円事件」の発生を知り、
すべてが馬鹿馬鹿しくなって大学をドロップアウト、
香港へやってきて無免許の医者として生活を始めた。
そして7年。ある日彼のもとへ、銃で撃たれた男が担ぎ込まれる。
その男は三億円事件を報じる日本の新聞を持っていた・・・

「初恋は実らない」織守きょうや
11歳だった千果子は、通院のために学校へ遅れて登校していた。
その日は「三億円事件」が起こった日で、
千果子はたまたま犯行現場に出くわしてしまう。
彼女は、その場にいた若い警察官(犯人)に一目惚れしてしまう。
そして12年。23歳になった千果子は、
兄の紹介で川本浩という青年と交際を始めるのだが・・・

「特殊詐欺研修」今野敏
府中市の警察大学校で、全国から集めた新任警部500人を対象に開かれた
特殊詐欺研修の一環として、コンテストが開かれることになった。
研修の講師を務める九条管理官と城戸警部を相手に
”特殊詐欺” を仕掛け、見事成功した者に
賞金と賞状を与える、というものだ。
しかし詐欺捜査のベテランである二人は、そうそう騙されない・・・

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落日の門 連城三紀彦傑作集2 [読書・ミステリ]


落日の門 (連城三紀彦傑作集2) (創元推理文庫)

落日の門 (連城三紀彦傑作集2) (創元推理文庫)

  • 作者: 連城 三紀彦
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/12/12
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

最近、連城三紀彦の作風を見事に言い表した文章を発見した。

広澤吉泰(ひろざわ・よしひろ)氏による
『ベスト本格ミステリTOP5 短編傑作選001』(講談社文庫)の
解説のなかで紹介されているもので、引用元(出典)は
『ミステリ読者のための連城三紀彦全作品ガイド』(浅木原忍)から。

「大胆極まりない逆説と構図の反転、
 驚天動地のホワイダニット。
 それらを支える、あまりにも過激すぎる奇想。
 それらを流麗な美文によって作品世界を取り囲み、
 極度の人工性を隠蔽する類い希な小説技巧」で創り上げられている、
とある。

いやあこれ以上、何も付け加えることはありませんね。

傑作集の2巻目である本書には16編が収録されている。
○がついてるのは、今回初読のもの。他は短編集やアンソロジーで既読。

「ゴースト・トレイン」
意外なことに赤川次郎と連城三紀彦は同い年なのだという。
雑誌の企画で、お互いが相手の作品を材料に
短編を書き下ろすという趣向で発表されたもの。
連城は赤川の「幽霊列車」のヒロイン・永井夕子を自作に登場させ、
こちらも一人の男の記憶に残る ”幽霊列車” の謎を彼女に解かせる。
赤川次郎の「幽霊列車」のほうも読んだはずなんだけど、
よく覚えてないんだよねぇ・・・でも、こちらの夕子さんの方が
ちょっと謎めいた感じで色っぽいと思う(笑)。

○「化鳥」
幼女が橋の上から川に落下するのが目撃され、やがて溺死体で見つかる。
嘆き悲しむ母親の元へ一通の手紙が届く。差出人の名はなく、
”女の子を殺したのは、私の飼っている一羽の鳥です。”
という書き出しから、差出人である女の半生が語られるが・・・
読むほどに恐怖感が増していくホラー。こういうものも書くのですね。

○「水色の鳥」
新しく恋人を見つけた母。離婚を告げられた息子は中学2年生。
父もまた、既に再婚する相手を見つけていた。
息子はそんな両親の間を行きつ戻りつ、成長していく。
家族小説、なのかな?
すくなくともミステリではないのは間違いない(笑)。

○「輪島心中」
夫の浮気に腹を立て、プチ家出をした有子は
能登半島の輪島へと向かう列車の中でストリッパーの女と出会う。
彼女は、今付き合っている男から
一緒に死のうと言われているのだという・・・
これもラストで意外な展開が。


次の「落日の門」から「火の密通」までの5作は、
二・二六事件を題材に描いた連作短編。

 ちなみに二・二六事件とは、昭和11年(1936年)2月26日に起こった
 陸軍将校たちによるクーデター未遂事件である。
 総理大臣を含む複数の閣僚たちが襲撃を受け、
 多くの死者・負傷者が出た。政府は彼らを「反乱軍」として鎮圧し、
 首謀者たちの多くは銃殺刑に処せられている。

○「落日の門」
”決起メンバー” の一人、村橋はある日突然、首謀者の一人である
安田から「裏切り者」と罵られ、決起から外されてしまう。
村橋が襲撃対象の閣僚の一人・桂木謙太郎の娘・綾子と
交際していたからである。
自宅で鬱々と過ごしている村橋のもとへ綾子が訪ねてくるが・・・

○「残菊」
昭和33年、売春防止法が施行されて吉原の遊郭は軒並み廃業と決まる。
そのひとつである「菊浪」もまた、施行の前に店を閉めることにした。
そこへ、反物の行商人として出入りしていた女性・ミネが現れ、
最後に来た客の相手を私にさせてくれ、と言い出す。
ミネの夫は祝言の直後、初夜を迎える前に出征してしまい、
生還はしたものの戦傷で女を抱けない体になっていた。
このまま男を知らずに老いていくのは寂しい・・・と。
女将は彼女の希みを聞き入れ、やがて一人の男が現れる・・・

○「夕かげろう」
”決起” の首謀者の一人、安田一義に死刑判決が下る。
一義の弟・重希(しげき)はその知らせをもって兄嫁の保子に会う。
しかし保子は言う。一義が一番愛していたのは新橋の芸者・梅吉だと。
そして保子は、今では重希のことを愛しているのだと・・・

○「家路」
新潟の旧家に生まれた根萩(ねはぎ)岳史は、ある ”病気” のために
生後すぐに実家から遠ざけられ、ずっと東京で過ごしてきた。
63歳を迎えた岳史は、5歳年上の兄・貞夫が危篤との知らせを受け、
新潟に向かうが、岳史の胸にはある ”疑惑” があった・・・
うーん、この話の根底になる設定は、流石に無理があるような気も。

○「火の密通」
陸軍下士官の藤森は、生後すぐに母を喪い、天涯孤独の身となっていた。
士官学校で安田の5期後輩だった彼もまた ”決起” に加わり、
死刑を宣告される。しかし、刑の執行を待つ彼の元へ
”母” と名乗る女が面会に現れる・・・

各話とも一話完結で、「残菊」と「家路」に至っては時代まで異なるが
各編に登場する人物たちには、実は大きなつながりがある。
また、前作の内容を受けての展開もあるので
この5編は、まとめて味わうべき作品群だろう。
(だから本書でも全編を収録してるんだと思う。)


○「それぞれの女が・・・」
年齢も境遇も異なる3人の女、
萩江(はぎえ)・幸子(さちこ)・厚美(あつみ)。
それぞれが嫁姑の確執や愛人とのトラブルを抱えているさまが
個々に描かれていくうちに、それぞれのピースがかっちりハマって
一つの絵になっていく。これもなかなかの技巧。

「他人たち」
中学生ユイ子の家族は、同じマンションの別の部家に暮らしている。
母は隣に、兄は下に、祖父は上に、父は・・・多分どこかの部屋に。
ユイ子は祖父に上手く取り入り、兄を貶め、
そして両親を離婚に追い込もうとする。
そんな恐ろしい女の子の話なんだが、
彼女をそういう風に追い込んだのは、その家族なのだね・・・

○「夢の余白」
息子・達夫の嫁である敦子と、孫の養育を巡ってなにかと対立する光江。
その光江のもとへ、達夫の愛人と名乗る女から電話がかかってくるが。
視点人物が次々と入れ替わり、思いもよらない結末へ。

○「騒がしいラヴソング」
返還前の香港に滞在していた日本人の ”俺” は、
友人の柳仔(ラウチャイ)と共に訪れたライブハウスで
ユンリンという女性と知り合う。
彼女と一緒にタクシーで向かった先は、なぜか病院だった・・・

○「火恋」
新聞社に勤めていた呉真偉(ウ・チェンウェイ)は、
天安門事件をきっかけに政府から追われる身となり、
妻の秀文(シウウェン)を置き去りにして台湾へ渡った。
そして20年。台湾で新たな生活を築いていた真偉に、
日本人ビジネスマンのヤスダから秀文の消息がもたらされる。
香港の対岸である深圳(しんせん)で暮らしているのだという。
ヤスダを通じて秀文が会いたがっていることを知った真偉は
香港で彼女に会うことを決意する。中国への返還が間近に迫り、
今を逃すと、もう会うことはできないだろう・・・
ここでも終盤の逆転が鮮やか。

「無人駅」
新潟の無人駅で降りた一人の女。
彼女を乗せたタクシーの運転手・大島は、彼女の言動から
15年前に強盗殺人を起こした指名手配犯との、
何らかのつながりを感じ取る。
知らせを受けた刑事は、彼女の後を追い始めるが・・・

「小さな異邦人」
一代(かずよ)の母は、彼女を産んで間もなくなくなった。
その後、父は秋彦という男の子を連れた女性と再婚、
二人の間には三郎、龍生(たつお)、奈美、晴男(はるお)、雅也、弥生と
続けて子が生まれ、8人兄妹となってしまった。
しかしその直後に父は事故死してしまい、
それから母は昼夜の別なく働いて8人の子どもたちを育ててきた。
そんなある日、母の元へ一本の電話がかかってくる。
「子どもの命は俺が預かっている。返してほしければ三千万円用意しろ」
しかし子どもたちは一人も欠けず、8人全員がそろっていた・・・
この ”誘拐された子ども” が誰なのか、これは分からないよなぁ。

巻末には、作者が『キネマ旬報』に寄稿したエッセイから5本を収録。

「トリュフォーへのオマージュ」「原作・衣笠貞之助」
「『ラストシーン』は永遠に」「『MUGO・ん 色やねん』」
「地上より永遠に」

作者が描く物語には、映画が多大な影響を与えていることがよくわかる。
ただまあ、このエッセイで挙がっている作品は
私はほとんど観たことがないものばっかりなのだよね・・・

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宇宙軍士官学校 -前哨- 7~12(完結) [読書・SF]


宇宙軍士官学校─前哨─ 7 (ハヤカワ文庫JA)

宇宙軍士官学校─前哨─ 7 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 鷹見 一幸
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/03/20
  • メディア: 文庫
宇宙軍士官学校─前哨─ 8 (ハヤカワ文庫JA)

宇宙軍士官学校─前哨─ 8 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 鷹見 一幸
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/07/23
  • メディア: 文庫
宇宙軍士官学校─前哨─ 9 (ハヤカワ文庫JA)

宇宙軍士官学校─前哨─ 9 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 鷹見 一幸
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/11/20
  • メディア: 文庫
宇宙軍士官学校―前哨― 10 (ハヤカワ文庫JA)

宇宙軍士官学校―前哨― 10 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 鷹見 一幸
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/03/24
  • メディア: 文庫
宇宙軍士官学校―前哨― 11 (ハヤカワ文庫JA)

宇宙軍士官学校―前哨― 11 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 鷹見 一幸
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/07/22
  • メディア: 文庫
宇宙軍士官学校―前哨― 12 (ハヤカワ文庫JA)

宇宙軍士官学校―前哨― 12 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 鷹見一幸
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/11/26
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

2012年7月から始まった、大河スペースオペラ・シリーズ。
全12巻を以て、第一部が完結した。

以前、前半部の6巻分を記事にしたので今回は後半部について書く。

まずは前半のおさらい。

西暦2015年。
人類は異星人アロイスとファースト・コンタクトを
果たすが、しかしそれはアロイスを含む
ヒューマノイド型生物の連合体である ”銀河文明評議会” と、
”粛正者” と呼ばれる謎の勢力との間で太古から続く星間戦争に、
人類もまた巻き込まれることを意味した。

アロイスが地球人に対して供与したオーバーテクノロジーの代償は、
優秀な若者/子どもたちを戦士として提供すること。

人類は、近い将来に想定される ”粛正者” による太陽系侵攻に備え
地球防衛のための軍備を急ピッチで進めることになる。

そして2030年。
主人公・有坂恵一は、地球各地から集められた若者たちの一人。
彼らは宇宙軍士官学校の1期生として、宇宙ステーション・アルケミスで
過酷な訓練の日々を迎えることになる。

その中で、恵一は素晴らしい成績を上げ続け、
やがて同期生たちのリーダーとなっていく。

5巻では、ついに太陽系に ”粛正者” の探査機が現れ、
実戦投入された恵一たちは本格的な戦闘を経験する。

そして6巻では、恵一たちは ”銀河文明評議会” へ地球防衛のための
さらなる増援を求めるべく、アロイスよりもさらに上位の種族である
ケイローンのもとへ向かう。

 ちなみに評議会は完璧な階層構造になっていて、
 上位にある種族は姿さえ簡単には拝めない。
 そして新参者の地球人は ”途上種族” 扱いである(笑)。

ケイローンから新たな艦船とその指揮権を与えられた恵一は
地球軍独立艦隊総司令官に任命されるが、その直後、
地球と同じ途上種族であるモルダー人の星系に
”粛正者” が侵攻してくる。

ケイローンは直ちに援軍を送ることを決定し、
恵一たち地球軍も他の途上種族の艦隊と共にそれに加わることに。


ここまでが前半6巻分。

7~8巻では、このモルダー星系防衛戦が描かれるのだが
地球軍の奮戦も及ばず、”粛正者” が投入してきた
新兵器・恒星反応弾が星系の母恒星に打ち込まれてしまう。

 「宇宙戦艦ヤマトIII」に登場したプロトンミサイルだね。
 恒星内部の核融合反応を暴走させ、星系にある惑星は焼き尽くされる。

恒星表面に起こる大爆発、惑星に降り注ぐ熱と放射線、
そして荒れ狂う宇宙嵐によってモルダー星系は壊滅してしまう。

そして撤退中の恵一のもとへ、”粛正者” による
太陽系侵攻が始まったとの知らせが・・・

ラストの9~12巻は、クライマックスである太陽系防衛戦が描かれる。

太陽系侵攻のために転移してくる ”粛正者” の艦隊は、
8隻から始まり、撃破されるたびに16隻、32隻・・・と
倍々に増えていく。その無限とも思われる物量、
そして次から次へと繰り出される新兵器に
太陽系防衛軍は苦戦を強いられる。

頼みの綱は評議会からの援軍だったが、”粛正者” たちは
評議会を構成する主要星系にも同時に侵攻をかけており
上位種族には援軍を送る余裕はない。地球はまさに孤立無援状態。

やがて ”粛正者” の艦隊規模は3万隻を超え、
ついに1250発の恒星反応弾が太陽に向けて発射される。
人類の運命はまさに風前の灯火に・・・


スペースオペラなので、戦闘シーンが多いのは当たり前で
実際、後半6巻はほぼすべてが戦いの描写に当てられている。

その中で、ところどころに挿入されるのが、いわゆる ”銃後” の社会。
”粛正者” の侵攻に備えて、広大な地下シェルターを築く者たち、
脱出のための宇宙船を建造する者たち、
太陽爆発に備えたシールドを構築/維持しようとする者たち。
物資供給/避難民移送のための亜空間ゲートを死守する者たち。
彼らの ”戦い” もまた本シリーズの重要なピースになっている。

このあたりの描写は、最初の頃は軽く読み飛ばしていたんだけど(失礼!)
太陽系防衛戦に入ると、俄然彼らの活躍がクローズアップされてくる。

もちろん物語の主体は恵一たち防衛軍の戦いなのだけど、
彼らを含めて、戦場となってしまった地球圏で、命がけで最後まで
自分の仕事を全うしようとする者たちの行動が胸を熱くさせる。


さて、戦争を扱う物語ならば、キャラが戦死するのは避けられない。
しかし本書では、恵一をはじめとする上級士官たちには
”アバター” というシステムが導入されている。
すなわち、クローン体のような ”予備の肉体” が用意されていて、
戦闘で命を落とした士官は、戦死直前までの記憶が
新たな肉体に移植されて蘇生してくる、というものだ。

 物資は補給できても、時間と手間をかけて養成した
 指揮官たちの補充は容易ではないから、ということだ。
 もちろん、戦闘艇のパイロットのような一兵卒にはそんなものはない。
 彼らは、一度死んだらそこでお仕舞いだ。

でも読んでいて最初の頃は、こういうシステムだと
人の生死が軽くなってしまうんじゃないか・・・
と思っていたんだけども、意外とこの設定が泣かせるので驚いた。

死を何度も経験するということは、
愛する者との別れを何度も経験するということ。
たとえ生き返ってきても、それは100%同じ人間ではないし、
目の前で愛する者の命が散っていくのを経験した記憶は消えない。

劇中、若いカップルがこれを経験するのだが、
これがけっこう涙腺を刺激するんだよなあ・・・
トシをとって涙腺が緩くなってきたせいかねぇ・・・(笑)。

そして、お約束ではあるのだけれど、
劣勢に追い込まれた地球軍の、
絶望的な状況下における不撓不屈の戦いぶりも目を潤ませる。
なにせ昭和の人間なものでねえ・・・


恵一をはじめとする宇宙軍士官学校の1期生たちは、
シリーズを通じて成長を続け、最終的には
太陽系防衛の要となる地球軍独立艦隊の幕僚にまで上り詰める。

そして全12巻を以て太陽系をめぐる防衛戦は終結するが
彼らの戦いは終わらない。

”銀河文明評議会” は太陽系防衛戦を経て
防戦から攻勢へと転じることを決定、
”粛正者” が支配する銀河系へと、戦闘能力を持つ攻勢偵察部隊を
送りこむことになる。そして、恵一たちもまた、
その艦隊の指揮官として作戦に加わることに。

この「宇宙軍士官学校 第二部 ー攻勢偵察部隊ー」は
現在5巻まで刊行されているので、楽しみはまだまだ続きそうだ。

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サナキの森 [読書・ミステリ]


サナキの森 (新潮文庫)

サナキの森 (新潮文庫)

  • 作者: 彩藤 アザミ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/10/28
  • メディア: 文庫
評価:★★★

2014年の第1回新潮ミステリー大賞受賞作。

主人公は荊庭紅(いばらば・こう)という27歳の女性。
大学卒業後にいったんは教師になったものの、
辞めてしまって現在はニート。

100歳を超えていた祖父が亡くなり、遺品を整理していた紅は
本棚から『サナキの森』という怪談小説を発見する。
売れない小説家だった祖父が、60年ほど前に書いたものらしい。
さらに、その本に挟まれていた封筒は紅へ向けた ”遺言” だった。

「遠野市の佐代(さよ)村にある祠に隠してある鼈甲の帯留めを見つけて、
 じいちゃん(自分)の墓へ供えてほしい」

佐代村を訪れた紅は遺言にあった祠を探るが、帯留めは見つからない。
しかしそこで村の旧家・五条家の娘である
中学生の泪子(るいこ)と知り合い、彼女から意外な事を聞く。

泪子の曾祖母・龍子(たつこ)が亡くなったとき、彼女の遺品の中から
見つかった手紙は、紅の祖父が出したものらしい。

そして80年前、龍子の姑にあたる女性が密室の中で殺されていた・・・

物語は、この現代のパートと、紅の祖父が書いた小説『サナキの森』が
交互に語られていく。

この『サナキの森』は怪奇幻想ホラーなのだけど、
<冥婚>という旧習が描かれている。

未婚のまま亡くなった男性を哀れんで、”妻” をあてがうというもので
絵馬や人形で済ますこともあるが、
生きた若い娘を本当に妻にしてしまうこともあったという。

この『サナキー』で扱われる<冥婚>では、
”妻” となった女性は、”婚姻” が済むと、生涯、”婚家” から
外へ出ることができないというなんとも凄まじいもの。

この<冥婚>で嫁いできた女性のモデルこそ、泪子の曾祖母の龍子。
紅の祖父は、この小説で何を描こうとしたのか・・・

横溝正史的な伝奇ミステリに、27歳の紅と14歳の泪子が立ち向かう。
キャラが立ってる二人の掛け合いが面白くて、楽しく読み進められる。

一方、『サナキー』のほうは、なんと旧仮名遣いで書かれていて
ちょっと読むのに難儀(笑)だが、
こういうおどろおどろしい雰囲気は好きなので気にならない。

探偵役となるのは紅でも泪子でもなく、”陣野せんせー” なる人物。
紅が高校生の時に通っていた美術系の予備校の講師で
彼女はこの ”陣野せんせー” に片思い中だ。
計算すると10年くらいになるので、なんとも一途なことである(笑)。


トリックとかに目新しいものはないけれど、
ストーリーテリングが巧みなので、
最後まで興味を持って読み終えられる。
この作家さん、もう何冊か読んでみようかと思っている。


最後にどうでもいいことを。

作中、紅は「私は ”陣野せんせー” にフラれた」って言ってるけど、
そんなことはないんじゃないかなぁ。

好きでもない女の子と1時間もの長電話はしないだろうし
わざわざ現地まで行って事件を解決したりしないだろうし。

でも、”せんせー” の方にも、
なかなか積極的になりにくい事情はあるよなぁ・・・

・・・というふうに私は読んだんだけど、
そのあたり、読者に想像させる余地を残すのも上手いと思う。

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阪堺電車177号の追憶 [読書・ミステリ]


阪堺電車177号の追憶 (ハヤカワ文庫JA)

阪堺電車177号の追憶 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 山本巧次
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/09/21
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

「阪堺電車」とは、大阪の南部を走る路面電車のことだという。
関東に住んでいる人間にはいまひとつピンとこないのだけどね。


「プロローグ ー平成29年3月ー」
阪堺電車のなかでも現役最古のモデル161形177号。
老朽化によって廃車・解体が決まった ”彼” が、
85年にわたる ”現役時代” に見続けてきた沿線の人々、
乗務員たちの営み、そして彼らの間に起こった事件を回想し始める。

「第一章 二階の手拭い ー昭和8年4月ー」
車掌として177号に乗務していた辻原は
沿線の商家・松田屋の二階の欄干に、
1枚の白い手拭いが干してあることに気づく。
その手拭いは干しっぱなしなのではなく
毎日毎日、改めて欄干に掛けられているらしい。
ところがある日、白い手拭いは青筋の柄物に替わっていた・・・
辻原の恋人・美弥子は、彼の話から意外な犯罪を見つけ出す。

「第二章 防空壕に入らない女 ー昭和20年6月ー」
男手の少ない戦時下で、運転手を務める雛子(ひなこ)は
空襲警報が発令されたので乗客たちを防空壕へ誘導する。
しかしその中で、信子という女だけは防空壕の中へ入らず、
逃げ出してしまう。彼女を追った雛子は墓地へと入り込み、
そこで彼女から防空壕に入れない ”事情” を聞くことになるが・・・

「第三章 財布とコロッケ ー昭和34年9月ー」
レストランの厨房で調理師をしている章一は、
通勤中の車内で見かける美人に思いを寄せていた。
ある日、その女性が車内に財布を落とし、それを拾った小学生が
自分のポケットにねじ込んでしまうのを目撃する。
章一はその少年・典郎(のりお)を問い詰めるがシラを切られてしまう。
改めて財布を落とした女性・奈津子に事情を話し、
章一は彼女とともに典郎の元へ向かうが・・・
ミステリというよりは人情噺。本書の中で一番好きな話だ。

「第四章 二十五年目の再会 ー昭和45年5月ー」
雛子は、天王寺駅前の横断歩道で25年ぶりに信子と出くわす。
「第二章」の後日談。信子が防空壕に入らなかった本当の理由、
そしてその後の25年間の人生が綴られる。

「第五章 宴の終わりは幽霊電車 ー平成3年5月ー」
アユミがホステスとして働いている店に、客として現れた男・相澤は
かつてアユミの一家を破産へと追い込んだ悪徳不動産業者だった。
アユミはホステス仲間2人の協力を得て、
なんとか相澤に一泡吹かせようと画策するのだが・・・

「第六章 鉄ちゃんとパパラッチのポルカ ー平成24年7月ー」
現役最古の阪堺電車の車両161形をカメラに収めるべく、
沿線で待機する青年・幸平。
その近くに駐車しているSUVの中で張り込んでいるのは、
駆け出しの芸能人専門カメラマン・勝間田。
人気女子アナ・山田彩華(あやか)の後を追いかけ、彼女が
沿線にあるマンションの一室を訪れたのを突き止めたのだが・・・

「エピローグ ー平成29年8月ー」
廃車・解体処分になったはずの177号だが・・・
なんとも感動的なフィナーレを迎える。
読んでいて、目頭が熱くなってしまったよ・・・


個々の話もとても面白いし、ミステリとしてもよくできてるのだけど
同時に本書は、85年にわたる ”大河ドラマ” でもある。
「第一話」で赤ん坊として登場した人物に、
「エピローグ」では曾孫がいるなど、時の流れも感慨深い。

「第五章」「第六章」では、主役を務めている人物に過去の話との
意外なつながりがあることが明かされて、読んでいて驚いたり喜んだり。

作者の山本巧次は初めて読んだんだけど、
笑わせて泣かせて、ストーリーテラーとしての腕も見事。
新作が楽しみな作家さんですね。

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黒猫の回帰あるいは千夜航路 [読書・ミステリ]


黒猫の回帰あるいは千夜航路 (ハヤカワ文庫JA)

黒猫の回帰あるいは千夜航路 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 森晶麿
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/09/21
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

探偵役は〈黒猫〉と呼ばれる青年。
24歳で大学教授になった才人であり、
〈黒猫〉とは彼の恩師がつけたあだ名。誰も本名では呼ばない。
今はパリの大学で客員教授を務めている。

語り手は〈付き人〉と呼ばれる女性。
〈黒猫〉とは大学時代の同級生で、現在は博士課程を終えて
博士研究員となっている。

そんな二人が出会う事件を描くシリーズの第6作で、
前作「-遡行未来」から1年後が舞台となっている。
このシリーズの特徴なんだけど、二人ともなぜか
本名が明かされないまま、今まで物語が進行してきた。


「第一話 空とぶ絨毯」
パリで大規模な交通事故が発生し、〈黒猫〉の安否を気にする〈付き人〉。
そんなとき、〈付き人〉の大学の小柴教授が失踪する。
たまたま大学構内にいた5歳ほどの男の子は、
「おじちゃんが空に昇っていった」と語り、
教授の ”内縁の妻” である舞踏家・今子夏美(いまこ・なつみ)は
「小柴は空飛ぶ絨毯でここを去った」というのだが・・・

「第二話 独裁とイリュージョン」
かつて黒猫と交際していた女性・ミナモが現れる。
人形作家・羽瀬川稗流(はねせがわ・べる)のモデルをしているが
彼女をモデルに製作された人形が盗まれたのだという・・・

「第三話 戯曲のない夜の表現技法」
劇作家・鞍坂岳(くらさか・がく)が亡くなり、お別れの会が開かれる。
その席で、鞍坂が演出を務めていた劇団・螺(ら)の
専属女優・今利舞衣(いまい・まり)は
「私は騙されたんです」と語り始める・・・

「第四話 笑いのセラピー」
〈黒猫〉の姉の冷花(れいか)が語るのは、中学生時代の思い出。
当時13歳だった彼女は、一人の青年と出会い、
一目惚れしてしまったのだが・・・

「第五話 男と箱と最後のセラピー」
四国で開かれるシンポジウムに参加する〈黒猫〉に同行して、
豪華客船<ユイットル号>で旅をすることになった〈付き人〉は
その船上で乙矢奏一(おとや・そういち)という青年と知り合う。
彼の不可解な言動に不吉なものを感じる〈付き人〉だったが・・・

「第六話 涙のアルゴリズム」
著名なジャズ作曲家が24時間で作曲したものと
荒畑瑞子(あらはた・みずこ)教授が開発したAIが
わずか8分間で作曲したものを聞き比べようという
試聴比較実験に参加することになった〈付き人〉だが・・・


このシリーズは、〈黒猫〉がホームズ役、〈付き人〉がワトソン役という
連作ミステリなのだけれど、
この二人の関係の変化を描いていく恋愛小説でもある。

〈付き人〉の視点から描かれる〈黒猫〉は、
同級生から始まり、やがて恋愛の対象へと変わっていく。
それからは、近づきそうでななかな近づかない二人の仲を
やきもきしながら過ごしていく、”片思い” な日々。

離れて暮らす二人の前に起こる個々の事件の展開や真相よりも、
二人の仲がどう進展していくのかが気になってしまう読者も多かろう。
私もそうだ(笑)。

〈黒猫〉のほうも、彼女を憎からず思っているのは感じられていたが
それが明確に描かれたのが前作だった。

そして1年後の本作、二人の仲にやっと ”決着” がつく。

いやあ長かったねえ〈付き人〉さん。
研究者としての自分の行く末も定まらない不安に加えて
のらりくらりしてる男を追いかけるのはさぞかし大変だったでしょうな。

本書で「第一期・完結」らしい。
いつの日か第二期が始まるのだろうけど、
立ち位置が変わった二人がどんな風に登場するか楽しみになる。

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ジェリーフィッシュは凍らない [読書・ミステリ]


ジェリーフィッシュは凍らない (創元推理文庫)

ジェリーフィッシュは凍らない (創元推理文庫)

  • 作者: 市川 憂人
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/06/28
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

2016年、第26回鮎川哲也賞受賞作。

舞台はパラレルワールドのアメリカ。

”我々の世界” では、飛行船は航空機としては絶滅危惧種で、
特殊な用途(広告とか)のために細々と使われているだけだ。
日本でも、普通に暮らしている人なら1年間に1回見るかどうかだろう。

本書の ”作品世界” では、”真空気嚢” という新技術が開発され、
飛行船が身近な交通手段として普及している。

 真空気嚢とは、真空を極軽量の材質で包み込むもので
 要するに飛行船を超軽量化・小型化する技術と思えばいい。

 長編SF「ふわふわの泉」(野尻抱介)にも
 同様のアイデアが描かれている。
 ちなみに、こちらはその新技術によって世界が変貌していく姿を
 発明者の高校生たちとともに追っていくという作品で
 2002年の第33回星雲賞を受賞している
 
 本書「ジェリー-」は、その真空気嚢を用いた飛行船を
 作品舞台の構成要素として取り入れたSFミステリだ。

新技術を用いた飛行船は、その形状から
〈ジェリーフィッシュ〉(クラゲ)という愛称で呼ばれている。
(文庫版の表紙イラストに描いてあるのがこれ)

 上でSFミステリって書いたが、
 〈ジェリーフィッシュ〉以外には架空の要素は
 一つもないので、SFが苦手という人でも全く問題なく読めると思う。

時代は1983年。〈ジェリーフィッシュ〉の発明者である
ファイファー教授とその研究室のメンバーたちは、
新型〈ジェリーフィッシュ〉に乗り込んで
長距離航行の最終試験を開始した。

しかし新型〈ジェリーフィッシュ〉はその途中で消息を絶ち、
やがて雪の山中に不時着している状態で発見される。

不時着地の地元警察署のマリアと九条漣(くじょう・れん)のコンビが
現場に到着すると、そこには搭乗者全員の死体が。
飛行船の船内で殺人事件が起こったとみた二人は捜査を始める・・・


物語は、マリアと漣の捜査パートと、
〈ジェリーフィッシュ〉の船内で次々に起きる殺人を描くパートが
交互に語られ、その合間合間に、真犯人のものと思われる
短い回想シーンが挿入される、という構成。

飛行船内という閉ざされた空間、搭乗員は全員死亡していて、
しかも不時着した場所は雪山の中、しかも崖に囲まれた窪地と
外部からの犯人の出入りはあり得ない二重のクローズトサークル。

ガチガチの本格ミステリで、しかも新人のデビュー作なんだけど
リーダビリティは抜群にいい。
搭乗員が一人ずつ殺されていく船内は暗いサスペンスにあふれ、
マリアと漣の捜査は、一転して明るくユーモアいっぱいに描かれる。

何事もぐうたらでいい加減なマリアのボケに
几帳面で真面目な漣がツッコミを入れる。
息の合った夫婦漫才を見ているようだ。

マリアと漣の掛け合いに笑っているうちに、
読者は〈ジェリーフィッシュ〉開発の裏に
卑劣な陰謀が隠されていたことを知るだろう。

そして最後まで読み終わると、物語の核に
〈ジェリーフィッシュ〉が据えられていた理由も分かる。

読みやすくて分かりやすくて、アイデア/トリックも素晴らしい。
新人賞受賞も納得の作品になってる。

作者は、マリアと漣が活躍する長編をさらに2作発表していて、
こっちも評判はいいみたいだ。
文庫になったら読みます(笑)。

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呪い殺しの村 [読書・ミステリ]


呪い殺しの村 (双葉文庫)

呪い殺しの村 (双葉文庫)

  • 作者: 小島 正樹
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2018/03/14
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

本書の探偵役・海老原公一は、日本各地に伝わる
『不思議な力を持つ一族』のことを調べている。
なぜそんなものを調べているのかは、本文中に説明がある。

調査の一環として、大学時代の恩師の娘・沙川雫美(さがわ・しずみ)と
ともに宮城県南部の不忘(ふぼう)村を訪れた海老原は、
村の旧家・糸瀬家の当主・俊一郎が
”千里眼” を行う儀式に立ち会うことになる。

「仙台市内でムラオカトシオという男が刺された」

俊一郎が儀式を行った芝居小屋は、
外部との通信手段が完全に断たれた建物で、
彼はそこにいながら、村から40km以上離れた場所で起きた
刺殺事件を ”透視” してみせたのだ。

糸瀬家は代々、「千里眼」「予知」「呪殺」の ”三つの奇跡” を
自在に操ってきたのだという。そのため、
”憑き筋の家” と呼ばれ、村人たちから忌み嫌われてきた。


一方、東京都内の一軒家で、染矢幹雄という男の死体が発見される。
捜査陣は自殺と判断するが、管理官の鴻上心(こうがみ・しん)は
納得できず、独自の捜査を始める。

さらに幹雄の妻・芙由美(ふゆみ)が密室状態のもとで殺害されるに及び、
犯人の動機は血縁にあるのではとの疑いを持った鴻上は
芙由美の出身地である不忘村へ向かう。

鴻上は、村で出会った海老原に反発を覚えながらも
捜査を進めようとするのだが・・・


”千里眼”、密室以外にも、多彩な謎がてんこ盛りだ。
東京では、芙由美の娘・織女(おりめ)の周囲に現れる謎の男、
彼女が行きつけのケーキ店で知り合った年配の女性の不可解な行動。
不忘村では、過去に幼女の失踪事件があり、
旧弊な染谷家と糸瀬家の長年にわたる確執と
それに伴って起こった事件も多々あり、
さらには深い洞窟まで存在していて、まさに横溝正史の世界。
終盤に現れる ”空飛ぶ雪だるま”(笑)の謎は、島田荘司的か。

一つの謎の裏には、いくつもの過去の経緯が積層していて
それが複雑につながっているのだけど
海老原の推理がすべてをきれいに解き明かしていく。

トリックも手が込んでるけど
密室トリックはかなりタイトでアクロバチック。
まあ可能性を云々するジャンルではないので、これはこれでOK。
でも、さすがに ”千里眼” のトリックは奇抜すぎるかなぁ・・・
さすがは ”やりすぎミステリの伝道師”(笑) だね。

私はこの手の話は大好きなので、これからもどんどん、
ぶっ飛んだミステリを読ませてもらいたいなあ。

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シャーロック・ノート 学園裁判と密室の謎 [読書・ミステリ]


シャーロック・ノート: 学園裁判と密室の謎 (新潮文庫nex)

シャーロック・ノート: 学園裁判と密室の謎 (新潮文庫nex)

  • 作者: 円居 挽
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/03/28
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

剣峰成(つるみね・なる)は、屈指のエリート校として知られる
鷹司(たかつか)高校に入学するが、同級生の凡庸さに辟易する日々。

しかしある日、同級生が生徒会の上級生と
トラブルになっているところに遭遇、それがきっかけで
クラスメイトの太刀杜(たちもり)からんと言葉を交わすようになる。
ちなみにからんは京都の名家出身のお嬢様。
さらに、生徒会長の大神五条(おおがみ・ごじょう)とも知り合うことに。


本書の舞台はパラレルワールドの日本。
探偵能力に秀でたものは「探偵士」の称号が与えられ
さまざまな特権を与えられる。
その代わり、活動するためには中央官庁の現衛庁(げんえいちょう)か
半官半民の日本探偵公社への所属が求められる。

そして、成の入学した鷹司高校は日本に2校しかない
探偵士の養成学校だったのだ。もっとも、
卒業しても探偵士になれるのはわずか一握りらしいが。

そしてなにより、古今の名作に登場する名探偵が
この世界では実在しているのだ。
鷹司高校の校長の明智は現衛庁のトップを兼任していて、
成の後見人は、同じく現衛庁所属の鬼貫(!)。
本書には登場しないが、次巻には金田一探偵や千草検事まで登場する。

さらに、この作者の他のシリーズとも世界を同じくしているらしい。
ということは、ルヴォワール・シリーズもこの世界の話なのか?

「第一章 学園裁判と名探偵」では、
五条と知り合った成は、新入生歓迎行事の一環として行われる
「星覧(せいらん)試合」に出場し、からんとともに
五条と対決することになる。

星覧試合とは、生徒同士で行われる模擬裁判ゲームである。
検事役と弁護士役に分かれて論理と論理をぶつけ合う。

このあたり、ルヴォワール・シリーズの流れを汲んでいるのだろうが
激しい論理の攻防を ”法廷劇” として描く手腕はたいしたもの。
ときに強引さも感じるけど、読者を納得させてしまうのだから。

「第二章 暗号と名探偵」は、中学時代の成の物語。
彼の家庭事情、鬼貫と関わることになったきっかけ、
そして鷹司高校へ入るまでの経緯が語られる。

そして「第三章 密室と名探偵」では
成は鬼貫、からんとともに連続爆弾犯と対決することになる。

ライトノベルのレーベルではあるけれど
凝った設定と全編にあふれるサスペンスで読ませる。
強烈な個性を持った、面白い作家さんだと思う。

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あぶない叔父さん [読書・ミステリ]


あぶない叔父さん (新潮文庫)

あぶない叔父さん (新潮文庫)

  • 作者: 麻耶 雄嵩
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/02/28
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

霧ヶ町。北を海に、他の三方を山に囲まれ、
名の通り、濃い霧の立ちこめる鬱々とした小さな町だ。
そこで暮らす高校生・斯峨優斗(しが・ゆうと)が本書の語り手。

優斗の叔父は35歳。20代の頃は全国を放浪していたらしいが
5年前に戻ってきて、優斗の父が住職を務める寺の離れに住み着き、
”なんでも屋” をやっている。人手が足りないときの人数あわせなど、
声がかかればどんな用事でも引き受けている。

小さな霧ヶ町だが、そこに次々と発生する奇妙な殺人事件。
優斗が叔父さんに事件について話を振ると、
「あれはね」と真相を語り始める・・・

と書くと、叔父さんがホームズで優斗がワトソンの
探偵譚かと思うだろうが、
麻耶雄嵩がそんな単純なことをするはずがない(笑)。


「失くしたお守り」
町の水産業を握る鴻嘉(こうか)家の一人娘・恭子は19歳。
その資産家のお嬢様が駆け落ちした。相手は30代の中学校の国語教師。
しかしその直後、城跡の公園の四阿で二人の死体が発見される。
町の人々は心中だと噂しあうのだが・・・

「転校生と放火魔」
町で放火が連続して起こる。そして3件目にして死者が出た。
しかし、被害者となった農協の事務員・潟田祥子(かただ・さちこ)の
死因は焼死ではなく、後頭部への殴打だった・・・

「最後の海」
町で一番大きな病院を経営する枇杷(びわ)家。
病院は院長である枇杷均(ひとし)の長男・理(おさむ)が
継ぐはずだったが、彼は不祥事を起こして失踪してしまう。
そのため、次男の司に後継者のお鉢が回ってくる。
司はもともと画家志望だったので、父の均から急遽、
医学部への進学を命じられて悩んでいた。
理が密かに町に舞い戻ってくるという噂の流れる中、
海が見える神社の鳥居で、均が首吊り死体が発見される・・・

「旧友」
叔父さんの旧友・柳ヶ瀬伸司が株でひと山当てて、東京から帰ってきた。
事業に失敗して没落していた汐津(しおつ)家から土地を買い取り、
”ハイカラ御殿” と呼ばれる豪邸を建てて夫婦で暮らしていた。
しかしその二人が殺される。
その直後、汐津家では当主・雅之の自殺死体が発見されて、
町の人々は雅之の逆恨みだと噂するのだが・・・

「あかずの扉」
霧ヶ町は秋まつりの日を迎え、観光客が集まる時期になった。
叔父さんとともに、地元の「おだに旅館」で
二日間のアルバイトを終えた優斗だが、旅館の大浴場で
町の名士・奥実秀夫(おうみ・ひでお)の死体を発見してしまう・・・

「藁をも掴む」
放課後の高校で、優斗は女生徒二人が校舎から転落する場に遭遇する。
直ちに病院に運ばれたが二人は死亡し、遺書もなく理由は不明。
その高校では、かつて校舎の屋上から投身自殺した女生徒がいたことから
今回もその幽霊に呼ばれたのだろうとの噂が・・・


文庫判の表紙のイラストでも、本文中での描写でもわかるのだが
”叔父さん” の容姿は明らかに「金田一耕助」をモデルにしている。

日本でも最も有名な探偵の五指に入るだろうキャラなのだが
案外 ”無能” なのではないか、との論をたまに見かける。
犬神家でも八つ墓村でも、犯人による連続殺人が終わるまで
真相に気づけないんだから・・・という内容だ。

まあ、その論に従えばたいていの名探偵は
みんな ”無能” になってしまうよねえ。
「第一の殺人」が終わったら犯人が分かってしまうのでは
連続殺人事件なんか描けないし・・・

ミステリにおいては、探偵は自ずと
その ”能力” に一定の制限が加えられるものだ。


さて、この「あぶない叔父さん」はどうか。
本書が凡百のミステリと異なるのは、この叔父さんの位置づけ。

詳しく書くとネタバレになるのだけど、
従来のイメージの探偵の枠に収まらない。

読者は、1話目の「失くしたお守り」を読んで「え!?」って思うだろう。
2話目の「転校生と放火魔」を読んでさらに「ええーっ!?」。

さすがに3話目からは、読者も分かってきて(笑)
今度はどんなオチを見せてくれるか、逆に楽しみになるだろう。

ミステリとしてはきちんと(?)してる。
意外な犯人も、ひねられたトリックもあるのだが、
それに加えて、予測不能な××の××があるので、
ミステリとしての着地点は、常に読者の予想の斜め上をいく。

ただまあ、思いっきり変化球過ぎて
私の好みにはいまひとつ合わないかなあ・・・

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