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異次元の館の殺人 [読書・ミステリ]


異次元の館の殺人 (光文社文庫)

異次元の館の殺人 (光文社文庫)

  • 作者: 芦辺 拓
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2016/09/08
  • メディア: 文庫
評価:★★★

弁護士・森江春策が探偵役として活躍するシリーズの一編。

シリーズの準レギュラーとも言える検事・菊園綾子。
彼女が最も尊敬する、恩師ともいうべき
名城政人(めいじょう・まさと)検事が殺人罪で逮捕され、現在服役中。
しかし彼は無罪を主張し、再審を請求していた。
綾子は、犯行に使われたとされる毒物が、
名城に入手可能なものであったかどうかを鑑定してもらうために、
世界最大級の粒子加速器を擁する
放射光研究施設<霹靂Ⅹ>(へきれきテン)を訪れる。

 作中でも、和歌山毒入りカレー事件で使用された亜ヒ酸の鑑定に
 放射光施設SPring-8が使用されたことが言及されている。

その後、綾子は春策と共に
事件の関係者が集う西洋館『悠聖館』へ向かう。
しかしそこで二人を待っていたのは密室の中の刺殺死体。
さっそく捜査を始めた綾子は犯人の特定に至り
全員の前で推理を披露し始めるのだが・・・

折しも毒物を鑑定中だった<霹靂Ⅹ>の加速器が暴走を始め、
綾子は異次元の世界へ飛ばされてしまう・・・

飛ばされた先の世界は、一見すると何の変化も無いようだが
微妙なところで異なっている。
例えば、彼女の知る世界では「春策」と呼ばれていた弁護士は
"こちら" では「夏策」という名だったりする。

"こちら" の世界でも殺人事件は起こっており、綾子は捜査の結果
"元の世界" での推理は誤りであることに気づく。
新たに特定した犯人について、再び全員の前で推理を披露し始めると、
綾子は再び異なる世界へ飛ばされてしまうのだった・・・

どうやら彼女が誤った推理を口にするたびに
異世界に飛ばされてしまうらしい。
彼女が元の世界に戻るためには、正しい推理で
"真犯人" を見つけるしかないようだ。
しかし、飛ばされるたびに、たどりつく世界は
どんどん元の世界と異なったものに変わっていく。

果たして綾子は元の世界に戻ることはできるのか?


並行世界というかパラレルワールドをミステリに持ち込むのは
かなりリスクがありそうな気がする。
世界が異なればなんでもアリになってしまうから
世界Aで成立した推理が世界Bでは成立しないなんてことが
普通に起こりうるわけで、ヘタをすると収拾がつかなくなってしまう。

まあ、作者もその辺はよく分かっているようで
舞台を屋敷一つの中に限定して、登場人物も最小限、
経過時間も短くして事件をそのものをコンパクトにまとめて
読者が混乱しないように配慮していると思う。

そもそも何のためにこんな設定を持ち込んだのだろう?
って考えながら読んでた。
世界が変わるごとに綾子は推理をやり直すので、
基本的には "多重解決もの" の一種といえるだろうが
それだけのためにこんな大がかりな仕掛けが必要かなぁ・・・
なんて思ってたら、最後の最後に背負い投げを食らいました。
そうかあ、これがやりたかったんですねぇ・・・

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キャロリング [読書・その他]


キャロリング (幻冬舎文庫)

キャロリング (幻冬舎文庫)

  • 作者: 有川 浩
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2017/12/06
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

タイトルの「キャロリング」とは、
クリスマス・イブにキリストの生誕を賛美歌を歌って
告げ知らせることだという。

主人公・大和俊介(やまと・しゅんすけ)が勤める
『エンジェル・メーカー』は東京・月島の集合ビルに事務所を構える、
従業員わずか5名という子供服専門の零細企業だが、
取引先である量販店が閉店になったあおりを受けて倒産することに。
廃業日は12月25日。"クリスマス倒産" に向けて
社員たちは残務整理と自らの再就職先探しに奔走することになる。

俊介は以前、同僚の子供服デザイナー・折原柊子とつきあっていた。
しかし不幸な家庭環境で育った俊介は "親" というものに
不信感を抱いており、子供を持つことに自信が持てない。
柊子との結婚にも踏み切れずに、
結果として別れることになったという苦い過去があった。

倒産したら社員も皆ばらばらになり、もう柊子と逢うこともなくなる。
俊介の中にはまだ未練があったが、言い出せるはずもない。

『エンジェル・メーカー』は副業として
小学生を預かる学童保育も行っていたが、こちらも廃業が決まり、
子供らも倒産までに他の保育所に移っていくことになった。

その中の一人、田所航平は小学6年生。
キャリアウーマンの母・圭子と別居している父・祐二との間に
離婚話が持ち上がっており、心を痛める航平は
なんとか両親を仲直りさせたいと願い、俊介と柊子に相談する。

二人は航平の願いを叶えるべく、父親の暮らす横浜へ向かうが・・・


有川浩の作品は、登場人物のキャラ立ちがはっきりしていて
とてもわかりやすく、かつ親しみやすいのが特徴かと思う。

『エンジェル・メーカー』社長の西山英代は、
夫の急逝後に会社を引き継いだ。子供のいなかった英代は
幼い頃から知る俊介を自分の子のように思っている。

柊子と共にデザイナーを務める佐々木勉は39歳。
タヌキのような体型だが明るく陽気で楽天的な人柄。
営業担当の朝倉恵那に毎度ちょっかいを出してはその逆鱗に触れている。

その朝倉は東大卒で美人で巨乳というなんだかスゴい33歳(笑)。
卒業後に入った会社のセクハラに耐えかねて退職、
『エンジェル・メーカー』に入ったという経歴。
とにかく何かあるとすぐに僻む性格。

 シリアスなシーンが続いた後に、この二人の
 漫才みたいな掛け合いが入ると心が和む。

航平の父・祐二は絵に描いたようなダメ親父。
部下と浮気して会社を辞め、相手と別れたはいいが
働き出した横浜の整骨院では、院長の冬美を相手に鼻の下を伸ばしている。

その冬美は、祖父が借金をした「赤木ファイナンス」から
悪質な取り立てを受けている。
連日のように糸山・石田というチンピラ二人が店に現れては
嫌がらせをするのだ。

しかし、ファイナンスの経営者・赤木、チンピラ二人も
ステレオタイプのヤクザもどきではなく
意外な一面を持っていることが早々に明かされる。


誰にとっても、流れる時間は同じ。
本書は、様々な人々が様々な思いで辿るクリスマスまでの日々を描く。

『エンジェル・メーカー』の社員たち、航平の両親、
整骨院の院長・冬美と常連客たち、
そして切羽詰まった赤木たちが引き起こす "大事件"。
それに巻き込まれていく俊介と柊子の運命は・・・


基本的にはコメディなのだが、その底流には
苦いものもいっぱい描かれている。

こんな両親のもとで育ったら、そりゃ人間が歪むよなあ・・・
って思わせる俊介の家庭環境。
しかしこんな家庭は現代日本では決して珍しくはないだろう。

価値観の違いを埋められず別れを選択せざるを得なかった俊介と柊子。

"使えない夫" と "できる妻" の格差とすれ違い。
そんな二人の諍いに巻き込まれる航平。

頼りない部下と愛する女を守るために、
あえて凶悪犯罪に手を染めようとする赤木。

そして、航平とその父を巡る事件に巻き込まれた俊介と柊子は、
いま一度、"夫婦とは"、"親子とは" を自らに問うことになる。
本書は二人の成長の物語でもある。

ラストシーンはクリスマス。
物語に登場した人はみな、それぞれの幸福を求めて生きている。
しかしすべてがハッピーに丸く納まるわけではない。
苦い結末を迎える者もいるが、それはその人たちにとって必要な
"次の人生へのステップ" なのだろう。

俊介と柊子が出した結論がどんなものかは、読んでいただくほかないが
文庫で460ページもの大部をものともせず、
最後までつき合ってきた人が裏切られることはないと思う。
私はここで涙腺が崩壊してしまったことを告白しておこう。

楽しく笑わせ、しんみり泣かせる。有川浩はホントに達者だ。


wikiによると、本書のストーリーは
もともと劇団『キャラメルボックス』の上演用に書かれたものらしい。
実際に舞台化され、その後2014年には8話連続のTVドラマにもなった。
ちなみに俊介は三浦貴大(百恵と友和の息子だ!)、柊子は優香。
航平は鈴木福くん。英代は中田喜子。
なんとミッキー・カーチスまで出てる(笑)。
ちょっと観て見たい気もしてきたなあ・・・

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トッカン -特別国税徴収官- [読書・ミステリ]


トッカン―特別国税徴収官― (ハヤカワ文庫JA)

トッカン―特別国税徴収官― (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 高殿 円
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2012/05/24
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

日本という国に住んでいる限り、国家に対して
税金を払い続けなければならない。
サラリーマンならば源泉徴収というかたちで給料から天引きされ、
毎月の給与明細を見て「こんなに取られてるんだぁ」と嘆くことになる。
持ち家とか自動車を持ってれば、さらにいろいろ取られる。

ところが世の中には税金を払わず、滞納している人たちがいる。
理由は様々なのだが、払わなければならないものを払っていないなら
そんな人たちに対して取り立てを行う者もまたこの世に存在する。
それが本書に登場する「徴収官」という職業だ。

主人公は新米徴収官・鈴宮深樹(みき)、25歳。
しかし職場の人たちはみな彼女のことを "ぐー子" と呼ぶ。
口下手で、言いたいことを上手く言葉にできず
「ぐっ」と呑み込んでしまうところからつけられたあだ名だ。

そしてその名付け親こそ、特別国税徴収官・鏡雅愛(まさちか)、34歳。
"トッカン" こと特別国税徴収官は、悪質な滞納案件がターゲット。
彼は国税局から京橋税務署に出向してきた "徴収のエース" であり
その豪腕ぶりで滞納者からは "死神" と怖れられる存在であり、
そしてぐー子の直属の上司でもある。

物語はぐー子の一人称で綴られていく。

冒頭、ぐー子は5年も税を滞納していながら、世田谷の豪邸に住み
外車を2台も所有しているマダム・下島絵津子に徴収をかけるが
彼女は憤怒の形相で「税金ドロボー!」と叫び、追い払いにかかる。
ぐー子は糠味噌まみれのタクアンをぶつけられ塩まで撒かれてしまう。

徴収官とは「街中のヤミ金よりもヤクザよりも嫌われる公務員」。
一方、裁判所の令状無しに捜索・差し押さえができるなど
警察を超える "国家権力" を行使できる "最強の公務員" でもある。

そこへ現れた鏡は、強硬手段をとることを宣言する。
「これより滞納金の現品徴収を行う。観念しろ!」
現品徴収とは、いわゆる "差し押さえ" のことだ。
金目のものに対して片っ端から「徴収票」を貼り付けていく。
外車、衣類、ブランド品、はては絵津子の飼い犬にまで・・・

本書は、ぐー子が鬼上司・鏡とともに滞納者たちと対決していく物語。
税務署・税務官の仕事と日常が描かれる "お仕事小説" でもあり、
そして何より、ぐー子が徴収官として、人として成長していく物語。

新宿でカフェを経営する三井晴彦、
銀座の高級クラブ<澪>のママ・下川耀子(ようこ)、
京橋で小さな町工場を夫婦で経営する大橋照夫・史子。
何せ相手は悪質な滞納者。中には海千山千の強者もいるわけで
巧妙な脱税工作を巡らしている。
もちろんポッと出の新人徴収官が相手にできるはずもないが
鬼上司の厳しい "指導" のもと、一歩ずつ徴収官として歩んでいく。

京橋税務署の同僚たちもユニーク。
ロールケーキに目がない統括官・金子長十郎、
「ニートになりたい」が口癖の釜池亨、お見合いが趣味の鍋島木綿子など
登場するキャラクターも多彩。

中盤になると、税務大学校時代の同期で
(税務官に採用になると、税務大学校で研修を受けることになる)
かつてはプロレス紛いの取っ組み合いの大ゲンカまでしでかした、
ぐー子にとっては "不倶戴天の敵" ともいえる
国税局調査官・南部千紗が登場するなど波乱の展開(笑)。

でも、なんといってもピカイチなのはヒロインのぐー子さん。
自営業だった父の "ある失敗" から、
経済的に苦しい学生時代を送ったぐー子は
"安定" を求めて公務員を目指すが、ことごとく採用試験に落ちまくり
唯一合格したのが税務官だった。
しかし、"ある失敗" の件で税務署を目の敵にする父からは
親子の縁を切られ、逃げるように実家のある神戸から上京してきた。
トッカン付きとなった今も、やることなすこと失敗ばかりで
鏡との関係も、呆れられたり貶されたりケンカしたりの毎日。

終盤近く、自らの生き方を振り返って独白するシーンがあるのだが
ここが本書の白眉だろう。詳しく書くとネタバレになるんだけど
読んでいて眼がウルウルしてきたことは書いておこう。
ずっとコミカルに描かれてきたぐー子さんにこんな感動を覚えるとは。

滞納者に対しては情け容赦ない人物として登場する鏡。
ラスト近くでは、彼が過去に起こした悲しい "事件" と、
それによって背負うことになった "業" が明かされる。
そして、厳しいだけではない別の一面を持っていることもぐー子は知る。

鏡とぐー子の間の "心の距離" も近づいていく雰囲気もあり
この二人の関係が今後どうなるのか気になるが、
本作はシリーズ化されていて現在4巻まで刊行、
3巻目までは既に文庫になっていて手元にあるので、近々読む予定。

ちなみに本作は2012年にTVドラマになっている(未見だけど)。
ぐー子は井上真央さん、鏡は北村有起哉さん。
まあそんなにかけ離れたイメージではないかな。
三井晴彦は城島茂。大橋(TV版では大島)照夫は泉谷しげる。
いかにも税金を払うのを嫌がりそうな配役(笑)だ。
下川耀子さんのパートはオミットされたみたいだね。
ぐー子の父は塩見三省。頑固な職人という役柄にぴったりか。

作者はライトノベルの世界で活躍してきた人らしいが
コミカルな雰囲気、"キャラ立ち" ばっちりな登場人物、
そして読みやすくわかりやすい文体と描写はそのあたりで培ったものか。
ここ数年は一般向けの作品も書いていて、評判もいいみたい。
しばらく追いかけてみようと思ってる。

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虹果て村の秘密 [読書・ミステリ]


虹果て村の秘密 (講談社文庫)

虹果て村の秘密 (講談社文庫)

  • 作者: 有栖川 有栖
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/08/09
  • メディア: 文庫
評価:★★★

上月秀介(こうづき・しゅうすけ)は12歳。父親は刑事。
同級生の二宮優希(ゆうき)の母はミステリ作家。
秀介の将来の夢はミステリ作家になること。優希の夢は刑事になること。

二人は、優希の母・ミサトの持つ別荘がある西畑村、
通称 "虹果て村" で夏休みを過ごすことになる。
しかし一緒に行くはずだったミサトは仕事の都合で遅れたため、
二人だけで先に村に到着、ミサトの従姉妹で
役場で働く藤沢明日香の世話になることに。

折しも虹果て村には、高速道路の建設計画が持ち上がっていて
村民は賛成派・反対派に二分された状態だった。

そんなとき、建設反対派の郷土史研究家が密室状態の中で殺される。
さらに、上陸してきた台風のために村に通じる唯一の道路が
土砂崩れで普通となり、秀介も優希も村人たちも犯人と一緒に
閉じ込められてしまう。

刑事志望とミステリ作家志望の二人は
知恵を振るって犯人の正体に迫ろうとするが・・・


講談社の「ミステリーランド」という
ジュブナイル・ミステリのブランドから刊行された作品。
殺人は起こるけれども、生々しい描写は控えめで、
それでも密室ありダイイングメッセージありと

いかにも小中学生向けのミステリー入門書、という作品。
登場人物も、いかにも凶悪な人は出てこないのだけど、
裏がありそうな人ばかり。
理解のありそうな大人のように見えて、実は・・・とか、
いかにも怪しげな風体なんだけど実は・・・て人もいるし。
まあミステリだから当たり前だけど。

とはいってもこの作者のことだから、手がかりをもとに推理を進めて
犯人を導き出す、きっちりしたミステリになってる。
登場する密室トリックも、
古参のミステリファンからすればチャチなものかも知れないが、
子供視点で考えれば充分にわくわくできるんじゃないかな。
それに、密室にしなければならなかった理由も納得できるものだ。

さて、読んでいて実は一番気になったのは、犯人でもトリックでもなく、
秀介と優希の関係だったりする(笑)。
保護者もなしに二人で旅行してるし(後から合流する予定だけどね)
普通の友人でもないが恋人同士でもないし(小学校6年だしね)
でもまあ、そこはジュブナイルですから、
そのへんはスルーしておくのがお約束(笑)なんだろう。

そして一番驚いたのは、犯人の正体でもなく虹果て村の秘密でもなく
巻末に収録された「ミステリーランド版あとがき」だった(おいおい)。
ここに書かれた作者の奥さんに関するエピソードでびっくり。
いやはや、有栖さんはなんて幸せな人なんでしょう。
ミステリ作家冥利に尽きますねぇ。

これを読んでしまうと
秀介と優希が俄然、有栖川氏と奥さんに重なって見えてくる。
もっとも、作中で切れ味鋭い推理を披露するのは優希の方で
秀介はもっぱらワトソンの役回りだけど(笑)。
あ、でもそういえば有栖川有栖はどちらのシリーズでも
ワトソン役だったよねえ・・・

これはぜひ、続編を書いて欲しいなあ。
中学生編とか大学生編とかでもいいので書き継いでもらって
成長した二人に再会したいものだ。

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福家警部補の再訪 [読書・ミステリ]


福家警部補の再訪 (創元推理文庫)

福家警部補の再訪 (創元推理文庫)

  • 作者: 大倉 崇裕
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/07/21
  • メディア: 文庫
評価:★★★

日本ではあまり見かけない "倒叙ミステリ"。
まず犯人の側から犯行の経緯が語られ、
続いて、犯人が巡らしたトリックを探偵側が突き崩していく。
往年の名作TVドラマ「刑事コロンボ」のパターンである。
若い人なら「古畑任三郎」と言った方が分かりやすいかも知れない。

その「コロンボ」の日本版とも言えるのがこの福家警部補シリーズ。
本書はその2巻目で前巻同様、4編を収録している。


「マックス号事件」
警備会社社長・原田は、零細探偵社を経営していた10年前、
フリーの調査員・直巳(なおみ)と組んで恐喝をはたらき、
巻き上げた資金を元手に会社を大きくしてきた。
最近になって直巳が口止め料を増額してきたのを機会に
彼女を排除することを決意する。
現場に選んだのは、フェリー船<マックス>。
東京沖をクルーズ中の船内で原田は直巳を殺害する。
たまたま別件の捜査のために<マックス>に乗り込んでいた
福家警部補が捜査にあたることになるが・・・
タイトルを見て、『ウルトラセブン』の第4話を連想した人。
あなたは私の同類です(笑)。

「失われた灯」
映画脚本新人賞を受賞してデビューした人気シナリオライター・藤堂。
しかし受賞作は盗作だった。
それを知る古美術商・辻から脅迫されていた藤堂は
売れない役者・三室を使って架空の誘拐事件をでっち上げて
アリバイを作り、首尾良く辻を殺害した。
さらに三室をも始末して、後顧の憂いを絶ったかに見えたが・・・

「相棒」
漫才師 "山の手のぼり" こと立石、"山の手くだり" こと内海。
二人は人気漫才コンビだったが、
立石はコンビを解散してピンでの活動を目論んでいた。
しかし相棒の内海は頑として解散を認めようとしない。
思いあまった立石は、稽古場として借りた一軒家で
話し合いをしようとするが、はずみで内海を殺してしまう・・・
ラストで、内海が解散に応じなかった理由も明らかになるが
なんとも切ない事情だったりする。

「プロジェクトブルー」
玩具の企画専門会社社長・新井は
学生時代に有名玩具の違法コピーを製造していた。
町工場を営む造形家・西村から過去の犯罪行為について
法外な口止め料を要求された新井は、
事故に見せかけて西村を殺害することに成功するが・・・
タイトルを見て、『ウルトラセブン』の第19話を連想した人。
あなたは私の同類です(笑)。
この作品では怪獣の玩具がキーアイテムになっている。
「ソフビ人形」なんて単語、久しぶりに聞いたなあ・・・


コロンボ警部(原語を直訳すると "警部補" らしいが)は
ヨレヨレのコートを着た風采の上がらない、
冴えない中年刑事の姿で犯人の油断を誘っていた。

本書で登場する福家警部補は小柄で童顔、縁なしメガネを愛用し
現場ではよく一般人に間違われ、
犯人からも警官だと信じてもらえないこともたびたび、
というキャラクター。
しかし頭脳の切れは抜群で、意外に雑学(特にオタク系)の知識が豊富で、
現場に残された物証や供述の細かい矛盾点を丹念に突いて
犯人の偽装工作を切り崩していく。
このあたりは "本家" コロンボに勝るとも劣らない。
犯人がみな、功成り名を遂げたひとかどの人物であるところも、
ラストで福家警部補にトドメを刺されたときに
慌てたり激高したりせず、静かに負けを認めるところも
本家を踏襲している。

福家警部補シリーズは過去に2度ドラマ化されている。

まず2009年に「オッカムの剃刀」(第1巻に収録)が
NHKの単発ドラマになっていて、この時の福家は永作博美さん。
これは観た。けっこうイメージに合ってるかなと思う。
ちなみにこの時の犯人は草刈正雄だったなあ。

2回目は2014年。フジテレビ系で全11回の1クール作品。
この時の福家は檀れい。
うーん、彼女に恨みがあるわけじゃないがちょいと華やかすぎないか?
あ、永作さんが地味というわけではないので念のタメ(^^;)。


シリーズ第3巻も既に文庫化されていて手元にある。
これも近々読む予定。

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真夏の異邦人 超常現象研究会のフィールドワーク [読書・SF]


真夏の異邦人 超常現象研究会のフィールドワーク (集英社文庫)

真夏の異邦人 超常現象研究会のフィールドワーク (集英社文庫)

  • 作者: 喜多 喜久
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2014/09/19
  • メディア: 文庫
評価:★★★

主人公は東王大学<超常現象研究会>に所属する1年生・星原俊平。
部長の天川(てんかわ)創一朗、先輩部員の月宮秋乃、
日野劉生(りゅうせい)ら3人と共に、謎の現象が起こっているとの
ネットの書き込みがあった冥加(みょうが)村へ調査に赴くことになる。
そこは俊平が小学校時代までを過ごした故郷でもあった。

到着した夜、実家のベランダから空を見ていた俊平は
謎の飛行物体を目撃する。
物体が落下したと思われる場所へ向かった俊平が見つけたものは
棺のような形をした漆黒の謎の物体だった。
そして、その中から現れたのは白い肌に金髪碧眼の美少女。

少女を保護して実家へ連れ帰るが、彼女は日本語を解しない様子。
身振り手振りで意思疎通を図るうち、
彼女は "ユーナ" と呼ばれることになった。

<超現研>の一行はユーナを伴って村の調査を始めるが
村はずれで人間の手首が発見されたとの報せが。
そこは、俊平がユーナを見つけた場所でもあった・・・


異星人(らしき)少女・ユーナとのファーストコンタクトSFであり、
彼女に恋してしまった俊平くんがひたすら頑張るラブコメでもあり
切断された手首の謎を解く本格ミステリでもあり、
そしてなにより、中学校時代のトラウマから、
オカルト・超常現象に対して心を閉ざしてしまっていた俊平くんが、
再び "不思議なものへの憧れ" を取り戻す "成長" の物語になっている。

ベースはSFなのだけど、手首の謎を巡る "犯人" は、
きっちりと論理的に導かれる。
もっとも、メインの謎であるところの
「なぜ犯人は手首を切断したのか」「なぜ手首だけ残していったのか」
この真相は本書ならではのユニークなもの。
詳しく書くとネタバレになってしまうのが歯がゆいが
SFもミステリも好きな人なら一読の価値があると思う。

SFで始まり、ミステリとして展開し、そのミステリが解決した後、
物語はSFとして終結を迎える。

俊平君に訪れたひと夏の "恋"。
「初恋は実らぬもの」と言われるけれど、
希望を残したエンディングが心地よい。

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おんみょう紅茶屋らぷさん ~式神のいるお店で、おかわりをどうぞ~ [読書・ファンタジー]


おんみょう紅茶屋らぷさん ~式神のいるお店で、おかわりをどうぞ~ (メディアワークス文庫)

おんみょう紅茶屋らぷさん ~式神のいるお店で、おかわりをどうぞ~ (メディアワークス文庫)

  • 作者: 古野 まほろ
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/01/25
  • メディア: 文庫
評価:★★★

大学4年生の6月、就活に失敗した佐々木英子は、
吉祥寺の紅茶屋 "らぷさん" でアルバイトを始めた。
店主の本多正朝は、なんと平成の世に生き残っている陰陽師だった。
"らぷさん" を訪れた客の悩みを、
式神を駆使して解決していくシリーズの第2弾。

「第一章 真実のローズヒップ」
"らぷさん" にやってきた女子高生・美加。
吉祥寺警察署の刑事をしている父親と、
弟・勉が朝に飲むお茶を巡って大喧嘩をした。
何が問題かを調べようにも、勉は急須を綺麗に洗ってしまい、
お茶っ葉を残さない。
しかも、茶筒からは茶葉が全く減っていないことも分かった。
いったい勉はどんな茶を淹れていたのか?
何せ探偵役が陰陽師だから、途中経過は
ややファンタジーかホラーがかっているが
最後にはまっとうな "日常の謎" 系ミステリとしての真相が明かされる。
そして、たぶんシリーズを通しての悪役となる、
正朝にとっての "不倶戴天の敵" もまた姿を見せる。

「第二章 こだわりのラプサン・スーチョン」
外務省に勤務する牧原礼子は、
英国公使ホールドハースト卿を茶会に招いた。
親友の学芸員・園部里見が担当する「漱石書画展」に、
公使が所蔵する2点の絵画を借り出す交渉のためだった。
しかし公使はなぜか機嫌を損ね、早々に帰ってしまう。
里見の心中を思い悩む礼子は、"らぷさん" へと導かれてやってくるが。
毎回毎回、紅茶についての蘊蓄が延々と語られる。
本作はラプサン・スーチョンという特別な茶葉が
テーマとなっているのだから、いつにもまして蘊蓄も大増量。
でも、普段紅茶を飲む習慣のない私には、
やっぱり縁のない世界だなあ・・・と思ったりした。

「第三章 あこがれはアールグレイ」
らぷさんに突然現れた直衣姿の男。
彼こそ正朝にとっての "不倶戴天の敵" だった。
その男の呪詛によって意識を失ってしまう正朝。
万事休した英子は、正朝の姉を呼び出すが・・・
正朝とその姉の過去が明かされ、アルバイトだった英子との関係も
一歩進み始めるきっかけとなるエピソード。


うっかりするにもほどがあるが、正朝の姉さんって
作者の別シリーズでヒロインを務めてる "あの人" だったんだね。
全く気がつきませんでした(←鈍感)。
本文中ではぼかされていたんだけど、
作者による「あとがき」で明言されたので間違いない。
前巻での姉さんの描写ではあまりそう思えなかったんだけど、
この巻では確かに "あの人" っぽく描かれてる。

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誤解するカド ファーストコンタクトSF傑作選 [読書・SF]


誤解するカド ファーストコンタクトSF傑作選 (ハヤカワ文庫 JA ノ 4-101)

誤解するカド ファーストコンタクトSF傑作選 (ハヤカワ文庫 JA ノ 4-101)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/04/06
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

ファーストコンタクトを扱ったSFアニメ『正解するカド』と
タイアップしたSFアンソロジー。
もっとも、私はこのアニメは未見。
これを機会に見てみようかなと思ってるんだが(笑)。

内容は、国内作品6編、海外作品4編を収録。


「関節話法」筒井康隆
たぶん20代の頃に読んだんじゃないかと思うんだけど
すっかり中身は忘れてた(笑)。
関節をポキポキ鳴らすことで会話する異星人との
交渉役を無茶振りされた男の苦闘を描く。
SFに執筆の重心を置いていた頃の筒井康隆らしい奇想が炸裂する。
本人が悲壮なまでに頑張れば頑張るほど喜劇的になってしまう展開は流石。

「コズミックロマンスカルテット with E」小川一水
他のアンソロジーで既読。
生命が存在する異星を目指して航行を続ける宇宙船。
乗組員は外交官の田村雅美(男性です)ただ一人。
ところがその宇宙船に美少女の姿をした謎の生命体が侵入、
田村に結婚を迫ってくるが・・・
ライトノベルによくありそうな異種婚姻譚の設定だが、
このあとの展開が予想できる人は少ないんじゃないかと思う。
終始笑いが絶えない、楽しいラブコメSFでもある。

「恒星間メテオロイド」野尻抱介
恒星間飛行が実用化された22世紀。
食料プラントの爆発事件の原因究明を依頼された
高木惣七と佐伯美佳の二人は、爆発を引き起こしたと思われる物体を
追跡して太陽系外へと向かうが・・・
ワープ航法は存在しないので、宇宙船は基本的に亜光速航行。
なので、1ヶ月の旅に出たつもりが地球では14年経ってるとかの
相対論的時間差が普通に存在する世界。
調査航行に行くたびに時間差が生じ、
やがて知人はみんな死んでしまうはずなんだが
二人はそれが仕事なのか気にしないようだ。
特に美佳さんが動じないのはすごい。
ガチガチのハードSFなんだが、主役二人の
まったりした雰囲気のおかげで堅さを感じさせない。

「消えた」ジョン・クロウリー
月軌道上に現れた巨大なマザーシップからやってきたのは
エルマーと呼ばれる異星人。
人間の家庭を訪ね、雑用をすすんで行ってくれる彼らの真の目的は不明。
何か見返りを要求するわけでもなく、ただ "善意チケット" と呼ばれる
アンケート用紙を差し出すだけだった・・・
ストーリーはわかるんだけど、
結局のところ作者は何を言いたかったのかよく分からない(笑)。
理解力がなくてスミマセン。

「タンディの物語」シオドア・スタージョン
主人公のタンディは、三人兄妹の真ん中の女の子。
兄のロビンと妹のノエルの間でもめ事ばかり起こしていた。
しかし、雨ざらしのぬいぐるみ・ブラウニーと出会った日から、
タンディは変わり始める・・・
SFといえばSFなんだが、ちょっと不気味なホラーな感じも受ける。

「ウーブ身重く横たわる」フィリップ・K・ディック
宇宙船の乗組員ピ-タースンは、ある星に立ち寄った際、
現地人からウーブという巨大な豚に似た生物を食料として買う。
しかし宇宙船が出発し、ウーブを調理しようとしたとき、
突然ウーブが語り出す。
「船長、他にも話し合うべきことがあると思うんだがね」
高度な知性を持つ豚を食料として買い込んでしまった船員たちは・・・
藤子・F・不二夫あたりが書きそうな話だなあって思いながら読んだ。

「イグノラムス・イグノラムビス」円城塔
やっぱり私のアタマでは
この人の作品を理解することはできないようです。

「はるかな響き Ein leiser Ton」飛浩隆
映画『2001年宇宙の旅』に登場する、人類の先祖に進化を促した
謎の黒い石版(モノリス)の正体に迫る・・・という作品なんだが
これもよく分かりません。

「わが愛しき娘たちよ」コニー・ウィリス
小惑星に建設された良家の子女向けの全寮制の学校で
一部の生徒が "テッセル" という謎の生物を飼い始める。
テッセルの正体はよく分からないんだが、これを飼うことによって
生徒たちにある変化が現れていく・・・
解説によると、発表時に賛否両論が巻き起こった問題作らしい。
じっくり読み込めば面白いのかも知れないが
ヒロインかつ語り手のタヴィが、あまりにも "あばずれ" 過ぎて
読み続けようという気力を削ぐこと夥しい。
内容を鑑みれば、この手法が効果的なのは分かる。
でも、オジサンにとってはこの手の女の子につき合うのは苦痛だなあ。
理屈ではわかっても感情が受け付けない。そういう作品もあるんです。

「第五の地平」野崎まど
他のアンソロジーで既読。
地球上をことごとく征服したチンギス・ハーンが
宇宙空間で生育する "宇宙草" の開発に成功、
太陽系内の黄道平面を "大平原" に変え、
さらなる版図の拡大を目指す・・・という途方もない展開。
まあ、「あり得ないような壮大な法螺話」ってのも
SFとしては "アリ" だと思うので、これはこれでいいんだが
ただ、それを面白がってくれる人がいるかどうかが問題。
私にとっては今ひとつだったかな。
あと、ふと思ったのだけどこれのどこが
ファーストコンタクトなんだろう?
解説では、編者の大森望氏が
「これはファーストコンタクトものの傑作です!」
って断言してるんだけど、私にはそう思えないんだよなあ。


大森氏が編んだアンソロジーを、今までにかなりの冊数読んできた。
前々から思ってたけど、アンソロジストとしての大森氏の評価基準は
私のそれとかなり異なるようだ。

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屍人の時代 [読書・ミステリ]


屍人の時代 (ハルキ文庫)

屍人の時代 (ハルキ文庫)

  • 作者: 山田 正紀
  • 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
  • 発売日: 2016/09/01
  • メディア: 文庫
評価:★★★

短編集「人喰いの時代」に登場した探偵、
呪師霊太郎(しゅし・れいたろう)が遭遇する4つの事件を描いた短編集。
いずれも主な舞台は大正~昭和初期~終戦頃までの北海道&東北。

「神獣の時代」
昭和14年、根室から海路で吐裸羅(とらら)島にやってきた霊太郎は、
海岸の漁師小屋で美しい少女・カグヤと出会う。
彼女の父で漁師の長であるトガシは告げる。
「ウエンカムを捕殺した者にカグヤを与える」と。
ウエンカムとは "オホーツクの悪霊" の異名を持つ巨大なアザラシ。
名乗りを上げたのは択捉漁団の漁場監督・カワグチ、
日ソ漁業協会書記にしてクマ猟の名人・五十嵐。
カグヤはオサムという少年と将来を誓った仲だったが、
オサムはトガシの怒りを買い、島の仲間から追放されていた。
しかしオサムもまたこのとき、島に戻ってきていた。
カグヤからの申し出で、オサムもまた
ウエンカム捕殺の一員に加えられるが、なぜか霊太郎までが
「自分もその中に加えてくれ」と言い出すのだった・・・
なんだかミステリっぽくない出だしだが、
ちゃんとこのあと殺人事件が起こる。
その解決も二転三転、途中まではかなり理詰めですすむんだが、
最終的な "真相" に至ると「いくらなんでもそれはないだろう」
ま、このラストはおまけみたいなもんだと思えばいいのだけど。

「零戦の時代」
平成6年(1994年)8月、劇団員の緋口結衣子は
ある映画の主演女優を選ぶオーディションを受ける。
それは終戦直後を舞台にした零戦を巡る恋愛映画だったが、
なぜか結果の通知が来ず、連絡先とされた電話番号にかけても通じない。
さらに彼女の部屋からは連絡先を書いたメモが盗まれ、
思い余って駆け込んだ警察署では何者かに脚本まで持ち去られてしまう。
そんなとき、結衣子のところにかかってきた電話。
相手は呪師霊太郎と名乗った・・・
そして物語は昭和20年(1945年)にさかのぼり、終戦間近の
北海道を舞台に海軍航空基地で起こった事件について語られる。
そしてここにも、呪師霊太郎は登場している。
50年近い時を隔てた二つの事件をつなぐ真相を彼が解き明かすんだが
平成の部の謎解きは思わず「えーっ」って叫びそう(叫ばなかったけど)。

「啄木の時代」
大正8年(1919年)、霊太郎は函館にやってきた。
石川啄木ゆかりの歌人・宮崎郁雨について、ある調査をするために。
そして時は流れて昭和36年(1961年)、プリマ・バレリーナを目指す
榊智恵子は、大叔父の潤三から啄木にまつわる話を聞く。
ここからさらに潤三の回想は明治45年(1912年)に飛ぶ。
物語中の時系列が頻繁に前後するのでわかりにくいが、
要するに啄木の死の翌年(1913年)、
函館の海岸で発見された銃殺死体に行き着く。
啄木の歌に込められた秘密と死体の謎を縦糸に、
昭和36年に起こったある事件を横糸に絡めて
霊太郎が40年にわたる謎を解く。
詳しく書くとネタバレになりそうなんだが、
物語に絡んでくる要素が驚くほど多彩、というか
こんなところからも引っ張ってくるんだなあ、と言う印象。

「少年の時代」
昭和8年(1933年)。霊太郎は岩手県の花巻温泉に逗留していた。
北海道と東北を中心に出没する怪盗、"少年二十文銭"。
その怪盗から実業家の竹内氏に犯罪予告状が舞い込む。
氏が所有する「白鳥の涙」なるダイヤモンドを頂戴すると。
竹内氏は霊太郎にダイヤの守護を依頼するが、
"少年二十文銭" はまんまと強奪に成功してしまう。
怪盗の名が明らかに「怪人二十面相」のもじりだったり、
明らかに岩手出身の某有名人の作品をなぞった怪事件が続発したり、
終盤では列車を使った大がかりな立ち回りがあったりと
本作がいちばん虚構性が強いかと思うんだが、時代設定のせいか
あまり不自然さを感じずに読めてしまうのは作者の筆力なのか。
最後に明かされる怪盗の "真の目的" は、かなり意表を突いたもの。


すべての作品に登場する呪師霊太郎。
なぜか、どの時代にあっても風貌が全く同じなのだが、
作者は敢えてそのように描いているのだろう。
それについての説明は一切ないので、その意図は不明。

となると読者はいろいろ想像するだろう。
例えば「親子代々同じ名前を受け継いでいる」とかね。
私は「霊太郎が実はタイムトラベラーだった」ってのに一票(笑)。

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ヴェサリウスの棺 [読書・ミステリ]


ヴェサリウスの柩 (創元推理文庫)

ヴェサリウスの柩 (創元推理文庫)

  • 作者: 麻見 和史
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2012/05/31
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

第18回鮎川哲也賞受賞作。

主人公は東都大学医学部解剖学研究室で助手を務める深沢千紗都(ちさと)。
学生たちによる解剖実習中、遺体から1本のチューブが摘出される。
遺体には手術跡があったことから、生前に埋め込まれたものと思われた。
そして、チューブの中に入っていた紙には
解剖学の園部教授を名指しで脅迫する文章が記されていた。

タイトルにあるヴェサリウスとは、近代解剖学の父と呼ばれた
16世紀の医学者のこと。
千紗都たちは、遺体にチューブを仕込んだ "犯人"(おそらく医師)
のことを便宜的に "ドクター・ヴェサリウス" と呼ぶことにしたのだ。

数日後、医学部で再び異変が起こる。
標本室では生きたままのマウスが液体を入れた瓶に詰められ、
その横には第二の脅迫文が。
そして廃棄物置き場には、チューブが仕込まれていた遺体が持ち出され、
そこにはドブネズミの大群に群がっていた・・・
犯人は医学部の関係者、それも園部の身近にいるのか?
助教授の野口、講師の小田島、技官の近石、事務員の梶井、
そして6人の院生たち・・・

千紗都は梶井と共に真相を突き止めるべく動き始める。
解剖される遺体は、生前に献体登録をした人たち。
千紗都たちがチューブが発見された遺体の過去を探るうち、
それを埋め込む手術をした医師・"ヴェサリウス" にたどり着くが・・・

冒頭、脅迫状を埋め込んだ遺体がその対象である園部の眼前で解剖される。
まさにピンポイントで命中したわけだが、なぜそんなことが可能なのか。
この魅力的な謎で、まずは "つかみはOK"。

一般には馴染みが薄い献体登録という仕組みや、
登録者が亡くなったときに大学が遺体を受け取りに行った際の
遺族の反応など、興味深いエピソードを交えてストーリーはすすむ。

母子家庭で育った千紗都は園部に対して父親にも似た慕情を抱いていた。
彼女が事件の真相を追って奔走する動機もそこにあるわけだが
実は彼女自身も、過去にある秘密を背負っていることが
明らかになってくる。

30歳で独身とあって、好意を示して近寄ってくる男性もいるのだが
ファザコン気味な彼女はなかなか恋愛に踏み切れない。
本作は、事件を通して彼女が "父親離れ" と "過去の自分との訣別" を
果たすまでの成長の物語とも言えるだろう。

この一連の事件を仕組んだ "ある人物" の執念は驚くべきもので
いささか常軌を逸している。
解剖学教室という舞台といい、不気味な人体模型や標本類という
道具立ても相まって、江戸川乱歩並みとまでは言わないが
かなりの猟奇性さえ感じさせる。

本格ミステリとしてはよくできていると思うので鮎川哲也賞受賞も頷ける。
だけど、題材のせいもあるかと思うんだけど、
息抜き的なシーンも少ないし、上にも書いたように
遺体を扱う研究室で展開するとなれば
どうしても鬱屈した思いに陥ってしまう。
星の数が少なめなのもそれが理由だったりする。

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