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ヴェサリウスの棺 [読書・ミステリ]


ヴェサリウスの柩 (創元推理文庫)

ヴェサリウスの柩 (創元推理文庫)

  • 作者: 麻見 和史
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2012/05/31
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

第18回鮎川哲也賞受賞作。

主人公は東都大学医学部解剖学研究室で助手を務める深沢千紗都(ちさと)。
学生たちによる解剖実習中、遺体から1本のチューブが摘出される。
遺体には手術跡があったことから、生前に埋め込まれたものと思われた。
そして、チューブの中に入っていた紙には
解剖学の園部教授を名指しで脅迫する文章が記されていた。

タイトルにあるヴェサリウスとは、近代解剖学の父と呼ばれた
16世紀の医学者のこと。
千紗都たちは、遺体にチューブを仕込んだ "犯人"(おそらく医師)
のことを便宜的に "ドクター・ヴェサリウス" と呼ぶことにしたのだ。

数日後、医学部で再び異変が起こる。
標本室では生きたままのマウスが液体を入れた瓶に詰められ、
その横には第二の脅迫文が。
そして廃棄物置き場には、チューブが仕込まれていた遺体が持ち出され、
そこにはドブネズミの大群に群がっていた・・・
犯人は医学部の関係者、それも園部の身近にいるのか?
助教授の野口、講師の小田島、技官の近石、事務員の梶井、
そして6人の院生たち・・・

千紗都は梶井と共に真相を突き止めるべく動き始める。
解剖される遺体は、生前に献体登録をした人たち。
千紗都たちがチューブが発見された遺体の過去を探るうち、
それを埋め込む手術をした医師・"ヴェサリウス" にたどり着くが・・・

冒頭、脅迫状を埋め込んだ遺体がその対象である園部の眼前で解剖される。
まさにピンポイントで命中したわけだが、なぜそんなことが可能なのか。
この魅力的な謎で、まずは "つかみはOK"。

一般には馴染みが薄い献体登録という仕組みや、
登録者が亡くなったときに大学が遺体を受け取りに行った際の
遺族の反応など、興味深いエピソードを交えてストーリーはすすむ。

母子家庭で育った千紗都は園部に対して父親にも似た慕情を抱いていた。
彼女が事件の真相を追って奔走する動機もそこにあるわけだが
実は彼女自身も、過去にある秘密を背負っていることが
明らかになってくる。

30歳で独身とあって、好意を示して近寄ってくる男性もいるのだが
ファザコン気味な彼女はなかなか恋愛に踏み切れない。
本作は、事件を通して彼女が "父親離れ" と "過去の自分との訣別" を
果たすまでの成長の物語とも言えるだろう。

この一連の事件を仕組んだ "ある人物" の執念は驚くべきもので
いささか常軌を逸している。
解剖学教室という舞台といい、不気味な人体模型や標本類という
道具立ても相まって、江戸川乱歩並みとまでは言わないが
かなりの猟奇性さえ感じさせる。

本格ミステリとしてはよくできていると思うので鮎川哲也賞受賞も頷ける。
だけど、題材のせいもあるかと思うんだけど、
息抜き的なシーンも少ないし、上にも書いたように
遺体を扱う研究室で展開するとなれば
どうしても鬱屈した思いに陥ってしまう。
星の数が少なめなのもそれが理由だったりする。

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