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トッカン -特別国税徴収官- [読書・ミステリ]


トッカン―特別国税徴収官― (ハヤカワ文庫JA)

トッカン―特別国税徴収官― (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 高殿 円
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2012/05/24
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

日本という国に住んでいる限り、国家に対して
税金を払い続けなければならない。
サラリーマンならば源泉徴収というかたちで給料から天引きされ、
毎月の給与明細を見て「こんなに取られてるんだぁ」と嘆くことになる。
持ち家とか自動車を持ってれば、さらにいろいろ取られる。

ところが世の中には税金を払わず、滞納している人たちがいる。
理由は様々なのだが、払わなければならないものを払っていないなら
そんな人たちに対して取り立てを行う者もまたこの世に存在する。
それが本書に登場する「徴収官」という職業だ。

主人公は新米徴収官・鈴宮深樹(みき)、25歳。
しかし職場の人たちはみな彼女のことを "ぐー子" と呼ぶ。
口下手で、言いたいことを上手く言葉にできず
「ぐっ」と呑み込んでしまうところからつけられたあだ名だ。

そしてその名付け親こそ、特別国税徴収官・鏡雅愛(まさちか)、34歳。
"トッカン" こと特別国税徴収官は、悪質な滞納案件がターゲット。
彼は国税局から京橋税務署に出向してきた "徴収のエース" であり
その豪腕ぶりで滞納者からは "死神" と怖れられる存在であり、
そしてぐー子の直属の上司でもある。

物語はぐー子の一人称で綴られていく。

冒頭、ぐー子は5年も税を滞納していながら、世田谷の豪邸に住み
外車を2台も所有しているマダム・下島絵津子に徴収をかけるが
彼女は憤怒の形相で「税金ドロボー!」と叫び、追い払いにかかる。
ぐー子は糠味噌まみれのタクアンをぶつけられ塩まで撒かれてしまう。

徴収官とは「街中のヤミ金よりもヤクザよりも嫌われる公務員」。
一方、裁判所の令状無しに捜索・差し押さえができるなど
警察を超える "国家権力" を行使できる "最強の公務員" でもある。

そこへ現れた鏡は、強硬手段をとることを宣言する。
「これより滞納金の現品徴収を行う。観念しろ!」
現品徴収とは、いわゆる "差し押さえ" のことだ。
金目のものに対して片っ端から「徴収票」を貼り付けていく。
外車、衣類、ブランド品、はては絵津子の飼い犬にまで・・・

本書は、ぐー子が鬼上司・鏡とともに滞納者たちと対決していく物語。
税務署・税務官の仕事と日常が描かれる "お仕事小説" でもあり、
そして何より、ぐー子が徴収官として、人として成長していく物語。

新宿でカフェを経営する三井晴彦、
銀座の高級クラブ<澪>のママ・下川耀子(ようこ)、
京橋で小さな町工場を夫婦で経営する大橋照夫・史子。
何せ相手は悪質な滞納者。中には海千山千の強者もいるわけで
巧妙な脱税工作を巡らしている。
もちろんポッと出の新人徴収官が相手にできるはずもないが
鬼上司の厳しい "指導" のもと、一歩ずつ徴収官として歩んでいく。

京橋税務署の同僚たちもユニーク。
ロールケーキに目がない統括官・金子長十郎、
「ニートになりたい」が口癖の釜池亨、お見合いが趣味の鍋島木綿子など
登場するキャラクターも多彩。

中盤になると、税務大学校時代の同期で
(税務官に採用になると、税務大学校で研修を受けることになる)
かつてはプロレス紛いの取っ組み合いの大ゲンカまでしでかした、
ぐー子にとっては "不倶戴天の敵" ともいえる
国税局調査官・南部千紗が登場するなど波乱の展開(笑)。

でも、なんといってもピカイチなのはヒロインのぐー子さん。
自営業だった父の "ある失敗" から、
経済的に苦しい学生時代を送ったぐー子は
"安定" を求めて公務員を目指すが、ことごとく採用試験に落ちまくり
唯一合格したのが税務官だった。
しかし、"ある失敗" の件で税務署を目の敵にする父からは
親子の縁を切られ、逃げるように実家のある神戸から上京してきた。
トッカン付きとなった今も、やることなすこと失敗ばかりで
鏡との関係も、呆れられたり貶されたりケンカしたりの毎日。

終盤近く、自らの生き方を振り返って独白するシーンがあるのだが
ここが本書の白眉だろう。詳しく書くとネタバレになるんだけど
読んでいて眼がウルウルしてきたことは書いておこう。
ずっとコミカルに描かれてきたぐー子さんにこんな感動を覚えるとは。

滞納者に対しては情け容赦ない人物として登場する鏡。
ラスト近くでは、彼が過去に起こした悲しい "事件" と、
それによって背負うことになった "業" が明かされる。
そして、厳しいだけではない別の一面を持っていることもぐー子は知る。

鏡とぐー子の間の "心の距離" も近づいていく雰囲気もあり
この二人の関係が今後どうなるのか気になるが、
本作はシリーズ化されていて現在4巻まで刊行、
3巻目までは既に文庫になっていて手元にあるので、近々読む予定。

ちなみに本作は2012年にTVドラマになっている(未見だけど)。
ぐー子は井上真央さん、鏡は北村有起哉さん。
まあそんなにかけ離れたイメージではないかな。
三井晴彦は城島茂。大橋(TV版では大島)照夫は泉谷しげる。
いかにも税金を払うのを嫌がりそうな配役(笑)だ。
下川耀子さんのパートはオミットされたみたいだね。
ぐー子の父は塩見三省。頑固な職人という役柄にぴったりか。

作者はライトノベルの世界で活躍してきた人らしいが
コミカルな雰囲気、"キャラ立ち" ばっちりな登場人物、
そして読みやすくわかりやすい文体と描写はそのあたりで培ったものか。
ここ数年は一般向けの作品も書いていて、評判もいいみたい。
しばらく追いかけてみようと思ってる。

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