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二千回の殺人 [読書・冒険/サスペンス]

二千回の殺人 (幻冬舎文庫)

二千回の殺人 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 石持 浅海
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2018/10/10
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

主人公は、さいたま市大宮区にある喫茶店「ペーパー・ムーン」で
アルバイト店員をしている篠崎百代。

間もなく、高校の同級生だった須佐達樹(たつき)と結婚し、
二人で故郷に帰って達樹の実家である食堂を継ぐはずだった。
しかしそんなささやかな幸せは突然、断ち切られてしまう。

東京の西部地域を襲ったゲリラ豪雨に巻き込まれ、
達樹が事故死してしまったのだ。

最愛の恋人を失った百代は復讐の鬼と化す。
ターゲットは汐留にある大型ショッピングモール「アルバ汐留」。
そこでの無差別殺人を決意したのだ。
目標は2000人の命を奪うこと。

 なぜ「ゲリラ豪雨」から「無差別殺人」につながるのか?
 なぜ「汐留」なのか? そしてなぜ「2000人」なのか?
 読者はまず、この3つの事項に強烈な疑問を抱くだろう。
 そしてこれが物語を先へと読み進めさせる大きな原動力となる。

そんな彼女の前に5人の協力者が現れる。
みな「ペーパー・ムーン」の常連客だ。

民間企業で生化学の研究員として働く藤間護(ふじま・まもる)は、
皮膚にごく少量触れただけで死に至るという最強最悪のカビ毒、
トリコセテン・マイコトキシンの存在を百代に教え、
採取から培養、そして精製までを指南する。

医学生の三枝慎司(さえぐさ・しんじ)は、その知識を動員して
そのカビ毒を使った最も効果的な殺害方法を考案する、

大学の講師である池田祐也(ゆうや)、
民間のシンクタンク勤務の木下隆昌(たかまさ)は、
経営学やマーケティングの手法と行動心理学を応用して
訓練されていない一人の人間が、効率的に多数を殺傷できる計画を立案。

「アルバ汐留」内に店舗を持つ実業家の辻野冬美は、
職員専用通路や警備システムなど、スタッフのみがが知り得る
モール内の知識を百代に与える。

いつしか彼らは自らを ”五人委員会” と呼ぶようになる。

彼らは百代への同情のみで協力しているわけではない。
彼女への思慕の情を持つ者、純粋に学術的な興味を示す者など
理由は皆それぞれ。中には ”ある野心” を胸に秘めた者も。

あらゆる準備を終えた百代は、ついに決行の日を迎える。
”五人委員会” は百代を送り出した後、
「ペーパー・ムーン」で百代の行動を見守ることになっていたが、
約束の時間になっても木下だけが姿を見せない。

4人のメンバーが木下のアパートを訪れたところ、
首を切られた彼の死体を発見する。

 木下はなぜ、そして誰に殺されたのか?
 これが4つめの謎だ。

非常事態が起こったことにより、4人は百代に対して
計画の中止を連絡しようとするが、電話もメールも通じない。

4人は百代を止めるべく急遽汐留へ向かうが
時既に遅く、百代は行動を開始していた・・・

本書は文庫で670ページほどもある大長編だが、そのほとんどは
冷酷非情な殺人機械と化した百代の、大量殺戮シーンが延々と続く。

百代の行動を追うパートの合間に、「間章」として
準備を積み重ねる百代と ”五人委員会” のパートが
断片的に挿入されている。
上記の3つの疑問の答えも、この中で明かされていく。

もっとも、どんな理由を並べられても、
実際に殺される人々からすれば到底納得できるものではない。
ここで語られるのは、あくまで百代自身が、
自分の気持ちに ”落とし前” をつけるための ”理屈” である。
彼女はこの ”理屈” にすがることで、辛うじて生きているのだから。

 殺される側や読者からしたら ”屁理屈” なのだろうが。

さて、いくら何でも一人の女性が2000人もの人間を殺せるのか?
という疑問も湧くだろう。それに対して、”五人委員会” は
実に緻密な計画を立てていたことが明らかになっていく。

どこを開始ポイントにするのが一番効果的か。
それに対して、周囲の客たちはどう反応するのか。
騒ぎが始まったら警備員たちはどう対応するか。
そして逃げ出す客たちをどこへ誘導するのか。

そんなことは、”五人委員会” ではとっくに検討済みで
百代の行動も、それを織り込んだものになっている。

やがて事態の深刻さを知った客たちがパニックに陥る。
通報を受けた警察が到着してくる。
そして警官たちが百代の ”鎮圧” に出てくる。

しかし、何度もシミュレーションを重ね、それに対抗する
”訓練” を積んだ百代は常に先手を取り続け、
警備員そして警察は翻弄されるばかり。

百代を捕らえるために起こす行動は全て、
”五人委員会” にとっては ”想定の範囲内” なのだから
易々とそれらを打ち破ってしまう彼女を止めるものは存在しない。

特に日本の警官の ”心理的弱点” を突いた行動は
「悔しいがそのとおり」なものばかり。

行動開始直前に仕込んでおいた ”罠” も発動し、
順調に ”数を稼いで” いく百代。

”五人委員会” の大下を除く4人は「アルバ汐留」に到着するが、
彼らもまた百代の引き起こす惨劇に否応なく巻き込まれていく・・・

読んでいたとき、頭に浮かんだのは
「とにかくすごい小説だ」ということ。
大量殺人を描いた作品はあっても、
一人が2000人を殺す話はそうそうないだろう。
それも、爆弾か何かで一度にどかんと殺すのではなく、
百代はあくまで一度に一人ずつ、殺していくのだ。
(だからタイトルが「二千回の殺人」になってる)

どういう風にこの物語が決着するのか、
そして ”五人委員会” はどんな運命を辿るのか。
最後までページをめくる手が止まらない。

テロリストと鎮圧部隊の戦いを描いた物語は数多存在するが
本書はその中でも突出してユニークな作品だと思う。


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