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眼球堂の殺人 ~The Book~ [読書・ミステリ]


眼球堂の殺人 ~The Book~ (講談社文庫)

眼球堂の殺人 ~The Book~ (講談社文庫)

  • 作者: 周木 律
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/09/15
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

第47回メフィスト賞受賞作。

放浪の数学者・十和田只人(とわだ・ただひこ)が招かれたのは
建築学者・驫木煬(とどろき・よう)が莫大な私財を投じて築いた
巨大建造物・"眼球堂" 。

只人は、駆け出しのルポライター・陸奥藍子(むつ・あいこ)と共に
人里離れた山中に建つ異形の"館"へと向かう。

彼らと共に招かれたのは
精神医学者・深浦征二、芸術家・三沢雪、
編集者の造道(つくりみち)静香、物理学者の南部耕一郎、
そして政治家の黒石克彦。

各界を代表するような人々を集め、驫木は言い放つ、
「建築学は、あらゆる学問に対して優位にある」のだと。
それを証明するためにこの"眼球堂"を建設したのだと。

しかし翌日の朝、驫木の死体が発見される。
高さ10mに及ぶ尖塔の先端に串刺しとなって。

1カ所しかない建物の出入り口はロックされ、何人も出入りは不可能。
密閉空間に閉じ込められた彼らをさらなる惨劇が襲っていく・・・


ある意味典型的なクルーズド・サークルもので
死者が出るたびに容疑者が減っていく・・・というパターン。
しかし、メフィスト賞を受けただけあって、
定番の展開に新たな切り口を見せてくれる。
メイントリックだけを見れば、某有名作品に前例があるのだけど
それが実現できるのもこの "眼球堂" だからこそ。

館ものミステリのお約束として "眼球堂" の見取り図が挿入される。
でも、この手の図面がトリックの解明や
犯人指摘の手がかりとかにつながることは滅多にない(笑)。
しかし、ラストの謎解きの場面では
この図面は大きな意味を示すようになるんだが・・・
普通の人は気がつかないよねえ(笑)。
まあこれでバレるようならメフィスト賞は貰えないだろうし。

只人はエキセントリックな言動で藍子を振り回すのだが、
探偵役としてはある意味定番の設定。

 ちなみにタイトルにある「The Book」というのは
 只人が生涯をかけて捜している書物の名。
 それはこの世に無数に存在する定理のすべてが載っているという書。
 定理の数は無限なので、ページ数も無限という
 いささか常軌を逸した "目標" なのだが
 本人は真面目に取り組んでいるようである。

当然ながら、最後は彼の推理によって
犯人もトリックも暴かれるんだけど・・・
最後の最後にもう一段のうっちゃりが待っている。

うーん、私はこのオチはあまり好きじゃないなあ・・・
確かに、伏線もしっかり張ってあったんだけどねぇ・・・

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星読島に星は流れた [読書・ミステリ]


星読島に星は流れた (創元推理文庫)

星読島に星は流れた (創元推理文庫)

  • 作者: 久住 四季
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2016/08/31
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

天文学者サラ・ローウェル博士は、
彼女が所有するボストン沖に浮かぶ孤島、
《星読島》(ほしよみじま・スターゲイザーズアイランド)で
毎年、天体観測会を開いていた。

この島にはなぜか数年に1回という超高頻度で隕石が落ちてくるという。
そしてその隕石は観測会の参加者の一人にプレゼントされるのだ。
そのため毎年、参加希望者が殺到していた。

観測会に応募していた医師・加藤盤(ばん)は、
高倍率を突破して島に招待されることになる。

参加者は彼を含めて7名。
サラ博士の教え子でNASA職員のエリス・バーナード、
日系アメリカ人で情報工学博士号を持つ天才少女、
美宙(みそら)・シュタイナー、
隕石回収業者のコール・マッカーシー、
ニートのデイヴィッド・グロウ、
スミソニアン博物館職員のアレク・クレイトン博士、
陰鬱な雰囲気を漂わせる女性、サレナ・カーペンタリア。

もし隕石が見つかったら、誰に贈られるかはサラ博士の胸三寸。
隕石の大きさによってはひと財産になるため、参加者の間には緊張が走る。
そんな中で迎えた滞在3日目の朝、参加者の一人が死体で発見される・・・


孤島という非日常の世界を舞台にしたクローズド・サークルもの。
大向こうを唸らせるような派手な作品ではないけれど
きっちりつくられた本格ミステリ、という雰囲気。

孤島という変化の少ない舞台なのだけど
視点人物となる加藤のもつ悲劇的な過去をはじめ、
登場するキャラそれぞれが抱えた複雑な事情が
物語の進行とともに明かされていき、単調になりがちな展開を救って
終盤へ向けての興味をつないでいく。

エピローグでは、事件解決後に生き残った人々が
再び日常の世界へ戻ったあとの生活が語られる。
ここのエピソードでちょっぴりほっとさせてくれるので、
読後感は悪くない。

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神様の裏の顔 [読書・ミステリ]


神様の裏の顔 (角川文庫)

神様の裏の顔 (角川文庫)

  • 作者: 藤崎 翔
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2016/08/25
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

第34回横溝正史ミステリ大賞受賞作。

生涯にわたり、中学校の教師として理想の教育を追い求めた藤井誠造。
定年退職後も恵まれない子供たちを支援するNPOに参加し、
さらには自分の家の広い庭に退職金を元手にアパートを建設、
赤字すれすれの安い家賃で提供するなど
周囲の誰からも尊敬され、感謝される人であった。

「神様のような人」
そんなふうにまで評された誠造が逝去し、しめやかに通夜が行われる。

彼の人生に関わった様々な人々が参列し、「神様」との思い出を振り返る。
教え子の斎木直光、元同僚の根岸義法(よしのり)、
誠造の隣家の主婦・香村広子、
教え子でかつ誠造のアパートの店子である鮎川茉希(まき)。
同じく店子である売れないお笑い芸人・寺島悠。
喪主は誠造の娘で小学校教師の晴美、そしてその妹・友美。

誠造の遺影を見ながら思い出される "記憶"。
しかしその中には不審な事件が続発していた。
斎木の同級生の投身自殺、根岸の息子の交通事故、
広子の夫が命を落とした事故は通り魔殺人が疑われ、
茉希の部屋では盗聴器が見つかり、
そして晴美の教え子が受けた暴行事件・・・

弔問客同士で誠造の思い出を語り合ううちに、
不審な事件は "ある疑惑" へと変貌していく。
すなわち、「神様」と慕われた誠造は、
実は「悪魔」のような凶悪犯罪者だったのではないか?

"探偵役" となるのはお笑い芸人の寺島。
この中ではいちばん誠造との関わりが薄いのだが
そのぶん第三者的な立場から "事件" を見ることができ、
新たな解釈を示していく。

さて、誠造が本当に「神様」だったのか「悪魔」だったのかは
読んでのお楽しみ。
これ以上書くとネタバレになりそうなんだが、
物語は一筋縄ではいかず、二転三転していくことは書いておこう。


この人、すごい才能があると思う。
この作品は普通の小説と異なり、登場人物それぞれの一人称での述懐が
断片的に羅列されていくかたちで進行していくのだけど、
その中で "聖人君子" が "疑惑の人" へと変貌していく過程、
そしてその疑惑が "解明" されていく過程、
さらにラストの "驚き" までが不自然さのない流れで示されていく。
この構成力はホントたいしたもの。

デビュー作でこれだけのものを書ききってしまうんだから只者ではない。
作者は元お笑い芸人(ネタ担当)で、
しかもコントネタを得意としていたそうなので
それが生かされているのかも知れない。
あちこちにくすりと笑わせる描写が挟まれるのも "芸風" か(笑)。

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忘れ物が届きます [読書・ミステリ]


忘れ物が届きます (光文社文庫)

忘れ物が届きます (光文社文庫)

  • 作者: 大崎 梢
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2016/08/09
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

"記憶" をテーマにした短編集。とはいっても
各編それぞれ独立していて共通な登場人物とかは存在しない。

タイトルにある「忘れ物」とは、過去の記憶を掘り起こし、
そこに新たな解釈が施されたときに明らかになる
"真実" のことを指しているのだろう。

「沙羅の実」
主人公の小日向弘司(こひなた・ひろし)は不動産会社の営業マン。
顧客宅を訪問したところ、そこの主である森は元小学校の教員で
小学生時代の弘司のことを覚えているという。
昔話を語り合ううちに、話題は20年前の事件のことに移っていく。
当時6年生だった弘司は、謎の手紙におびき出されて行方不明になり、
翌日の朝に河川敷の物置小屋で見つかったのだ。
そしてこの拉致事件があった夜、弘司の同級生・佐々木の父親が
不審な事故死を遂げていたのだ・・・
森が語る事件の "真相" で決着がつくかと思いきや、
さらにそのあとにもうひと捻り。

「君の歌」
高校の卒業式を終えた芳樹は、下校の途中で同級生の高崎に出会う。
高崎は芳樹に対して、なぜか3年前に彼の母校である中学校で起こった
ある "事件" について語り出す。
当時3年生だった女生徒が友人のメモで美術準備室に呼び出され、
そこで何者かに襲われて怪我をしたのだ。
犯人として疑われたのは3人組の不良生徒たち。
彼らは犯行を否定するが、3人組以外に
現場に出入りできる者はいなかったのだ。
密室状態からの犯人消失の謎を "解き明かす" 芳樹なのだが、
そもそも高崎は、なぜ出身中学校の異なる芳樹に対して
この事件の話をしたのか?
最後に明かされる意外な事実もそこに絡んでくる。

「雪の糸」
喫茶店の語り合うカップル、祥吾と晴香(はるか)は、
1年半にわたる同棲生活を解消して別れることを決めたところ。
二人は半年前の春の思い出話をしていたが
やがて祥吾は花見の夜、職場の先輩・谷本からの
不可解な頼み事を思い出す・・・
二人の会話を聞いていた店員・比呂美がその謎を解き明かす。
谷本の抱えた意外な事情に驚くと同時にちょっと同情。

「おとなりの」
住宅街・桂ヶ丘に暮らす小島邦夫。
近所の床屋の主人・立川と話をしているうちに
話題は10年前の事件になった。
同じ住宅街で侵入強盗があり、その家では人が一人亡くなっていた。
そして立川は、事件のあった日の昼、
邦夫の長男・准一(当時は高校生)の姿を見かけたのだという。
現場にはレンタルショップの会員証が落ちていて、
それが準一のものだったことから、警察から容疑者扱いされたが、
邦夫の隣家の奥さんがアリバイを証言してくれて事なきを得ていた。
准一は実は犯人だったのか?
もしそうなら隣家の奥さんはなぜ偽証したのか?
高校生にもなれば、男の子は親父と話なんかしないよねぇ、
とか自分のことを思い出しながら読んだよ。

「野バラの庭へ」
ヒロイン・中根香留(かおる)は企画会社の新米社員。
彼女は資産家の未亡人・外山志保子に逢うことになる。
73歳の志保子は個人的な回想録の作成を希望していたのだ。
鎌倉の外山邸へ通う香留は、志保子の記憶を書き留め続ける。
60年前の昭和30年、志保子は不思議な人間消失事件に遭遇していた。
当時23歳だった志保子の兄・宗太郎は、
21歳の女子大生・神坂統子(こうさか・とうこ)に恋していた。
実業家だった双方の家も政略結婚として歓迎し、
二人の縁談を進めようとしていた。しかし結納も近づいたある日、
鎌倉の家で開かれたパーティー会場から統子は姿を消し、
そのまま失踪してしまったのだった。
建物の出入り口は衆人環視の中にあり、統子の姿を目撃した者はいない。
いくたびか志保子のもとへ足を運んで話を聞き、
まもなく記録が終わろうという頃。
香留は志保子が亡くなったという知らせを受ける・・・
このあと、"事件" の様相を一変させる展開があり、
密室状態の屋敷からの人間消失の謎解きがあり、
60年の時を超えて現れる "真犯人"、
そして迎える "解決" まで一気に進む。
充分に長編のネタにもなりそうなんだけど、
出し惜しみしないで注ぎ込んでくる。

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「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気 [読書・ノンフィクション]


「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気 (講談社+α文庫)

「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気 (講談社+α文庫)

  • 作者: 牧村 康正
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/12/21
  • メディア: 文庫
ヤマト関係の書籍はいろいろ出回っているが、
西崎義展という個人をここまで掘り下げたものはないだろう。

日本のアニメ史上に燦然と輝く「宇宙戦艦ヤマト」。
その爆発的な人気は多くの熱狂的なファンを産み出し、
アニメの概念を書き換えた伝説的な作品。
それを世に送り出した不世出のプロデューサーの評伝だ。

なにぶん文庫で400ページを超える大部であるので
目次に沿って簡単に紹介しよう。


文庫版まえがき

本書の親本である単行本から文庫化される際、エピソードの追加、
新たな取材に基づく加筆・修正もされているとのこと。

文庫版で追加されたこの「まえがき」で特筆されるのは
リメイク作品「宇宙戦艦ヤマト2199」総監督の出渕裕氏の証言。
西崎氏が生前、「2199」のプロットに
3カ所だけダメ出しをしたというのは有名な話のようだが、
その後の展開も語られている。
その内容から察するに、西崎氏が健在であったなら
「2199」は未完成に終わったか、
たとえ完成しても全く異なった作品になっていただろう。
「ヤマト復活編」のような "西崎イズム" 満開の作品に。

西崎氏が最後まで執念を燃やし続けた「ヤマト」だが、
彼抜きで制作されたものが評価されたというのは皮肉なことだ。


序章 いつ消されてもおかしくない男

2010年に亡くなった西崎氏の訃報を聞いて、
他殺ではないかと疑う人は少なくなかったという。
経営会社の破産、公開した「復活編」の興行不振、
覚醒剤・銃刀法による服役、暴力団との関係、
松本零士氏との「ヤマト」著作権裁判と
怨まれる理由には事欠かなかったからだ。
この章では、その「ヤマト」第1作から「復活編」までの
毀誉褒貶に満ちた彼の人生を概観している。


第一章 アニメ村の一匹狼

1970年、虫プロ商事に36歳の西崎氏が現れたところから始まる。
この会社を踏み台に、わずか3年ほどで
借金まみれの状態から、まとまった金を動かせる
独立プロデューサーへとのし上がるまでが描かれる。


第二章 芝居とジャズと歌謡ショー

時間軸を出生までに巻き戻し、幼少期からの生い立ちが語られる。
父親との確執、受験の失敗、そして芸能界に飛び込み、
歌手の地方興行を請け負うようになる。
しかし創設した会社(第一期オフィス・アカデミー)が不渡りを出して
借金を逃れるためヨーロッパに逃亡するとか、
のっけから華々しい(笑)人生を歩んでる。


第三章 ヤマトは一日にしてならず

73年、いよいよ「宇宙戦艦ヤマト」の企画に着手する。
このあたりからはさまざまな媒体で伝えられていることが多いが
本書ではそれがより深く掘り下げられている。


第四章 栄光は我にあり

75年、「ヤマト」劇場版の制作が始まる。
その成功から「さらば」の爆発的な人気を得て、
西崎氏が43歳にしてマスコミの寵児となるまで。


第五章 勝利者のジレンマ

TVアニメ「宇宙戦艦ヤマト2」(78年)以降、
西崎氏の神通力も陰りを見せ始める。
TVアニメ「宇宙空母ブルーノア」(79年)は39話予定が24話に短縮。
映画「ヤマトよ永遠に」(80年)の興行収入は
「さらば」の半分にとどまり(それでもたいしたものだが)、
TVアニメ「宇宙戦艦ヤマトⅢ」(80年)は1年間の放映予定が半年に短縮。
スタッフや社員との衝突も増え、彼のもとを去る者も増えていく。


第六章 砂上のビッグ・カンパニー

不振を打開すべく、多方面に手を出し始める。
しかし海外映画の買い付け、実写映画への進出も上手くいかない。
一方で遊びや愛人には湯水のように金を使う日々。
しかし西崎氏の凄いところは、
作品の制作にも自分の金を惜しみなくつぎ込んでいること。
「散財よりも蓄財に熱心な個人プロデューサーに、
 誰が魅力を感じるだろうか」
文中のこの言葉には頷かざるを得ない。


第七章 破滅へのカウントダウン

オフィス・アカデミーの後継(借金対策?)として設立された
ウエスト・ケープ・コーポレーションもまた、
巨額な負債を抱えて倒産する。そして債権者たちとの壮絶な攻防。
西崎氏の愛人たちのうち、何人かにも言及している。
けっこう重要な役どころを占めている人も。


第八章 獄中戦記

97年、覚醒剤所持で逮捕。そして保釈期間中に
銃刀法違反で二度目の逮捕を受け、ついに収監される。
そして「ヤマト」の著作権を巡る松本零士氏との裁判へと続く。
西崎氏の獄中生活を支えた支援者の一人として登場するのが、
後に西崎氏の養子となる彰司氏。


第九章 復活する魂

出獄した西崎氏は、ただちに「ヤマト復活編」の制作に着手。
ここでも彰司氏は作品制作はもちろん、
西崎氏の私生活まで面倒を見ることになる。
「復活編」は2009年に公開されるが興行収入2億円に終わる。
翌年には実写版「SPACE BATTLESHIP ヤマト」が公開されるが、
ここでは原作料を巡る西崎氏と東宝側の攻防が興味深い。
そしてこの実写版の公開直後、
小笠原の海で事故死して75歳の生涯を終える。


終章 さらば、ニシザキ

本書の執筆のために取材した人々からの証言を掲げている。
さすがに死者を悪し様に言う人はいないが、それを差し引いても
みな西崎氏の功績は認めているし哀惜の念を示す人も多い。


解説 西崎義展と「SPACE BATTLESHIP ヤマト」

実写版の監督、山崎貴氏の寄稿である。
彼は西崎氏と直接触れあうことはなかったので、
実写版を製作するにあたっての姿勢、のようなものを語っている。

どんなヤマトを作っても山のようにアンチは現れる。
しかし山崎氏はそれに臆することなく、
彼なりの "理想" と "勝算" をもって製作にあたり、
結果的に大ヒットとなったわけで
「アンチの声は聞きすぎないほうがいいのだろうと思っている」
は、実際に作った人の実感なのだろう。

私も実写版は受け入れられない作品ではあるが、
この文章を読んで彼の製作姿勢自体には納得した。


本書の執筆者である牧村康正氏は1953年生まれ。
第1作のTV放映時(74年)に21歳、映画「さらば宇宙戦艦ヤマト」の
公開時(78年)には25歳くらいと思われる。
これは私の勝手な思い込みなのだが、年齢的に見て
牧村氏は「ヤマト」という作品の熱心なファンではないのではないか。

 ヤマトファンの上限は74年の時点で高校生(18歳以下)くらいの
 世代じゃないかなあ、って思ってるんで。
 そういう意味で当時21歳というのはかなり微妙だと思う。
 ひょっとするとファンですらないかも知れない。

実際、本文を読んでいても「ヤマト」という作品への
過度な思い入れは感じない。しかしそれは、
本書を執筆する上では良い方向に作用しているのではないかと思う。
「ヤマト」と適度な距離感を保ちつつ、
西崎義展という人物を追っていくにはいい塩梅なんじゃないか。
(もし熱烈なファンだったとしたら、この執筆姿勢は賞賛に値すると思う)

西崎氏は、なにかと批判されることの多い人だし、
そう言われても仕方ない行状の人だったが
筆者の目は極めて公平で、業績と手腕、
そして多岐にわたる業界人との交流なども含めて
客観的にみて評価すべきところはきちんと評価していると思う。

 年齢のことが出たついでに書くけど、
 「さらば宇宙戦艦ヤマト」という作品への評価も、
 初見時の年齢が大きいんじゃないかなと個人的に思ってる。
 映画の公開時でもTV放映時でもいいんだが、
 初見時に大学生以上(19歳以上)だった人(私もこれに含まれる)には
 否定派が多く、中学生以下(15歳以下)は肯定派が多くて、
 高校生(16~18歳)だった人は半々くらいなんじゃないかなあ、
 ってこれも勝手に思ってる。

本書を読み終わってみて、西崎義展という人物に対して
抱いていたイメージが大きく変わった、ということはないが
より深く実感できたとは言える。
山はより高く、谷はより深く(笑)。
独立プロデューサーとして毀誉褒貶に満ちた人生を送り
まさに空前絶後の人だった。
たしかに、こういう人がいなければ
画期的で斬新な作品というのは生まれてこないのだろうとも思う。

 「一発大ヒット」を狙うより「リスク回避」を最優先する
 (製作委員会方式というのはその象徴だろう)
 現在は、こんな人は存在すること自体が
 極めて難しい時代になってしまったのだろう。


新たなこともいくつか知ることができた。

「さらば」以降のヤマトの続編は、
キャラを安易に死なせることが半ば常態化した。
これらの作品群について、私は西崎氏の
「こんな話にすれば視聴者は感動するだろう」という "計算" のもとに
作られてきたと思っていた。
言ってみれば「さらば」で得られた "勝利の方程式" に則って。
しかしどうやらそれは違うらしい。

西崎氏はあくまで「自分が見たいヤマト」
「これこそヤマトだと自分が信じるもの」を作り続けてきたらしい。
"計算" ではなく、本気の "思い込み" だったのだ。
自らが監督した「復活編」が惨敗に終わったとき、
スタッフが「時代の流れ」「感覚の古さ」を進言しても、西崎氏は
「そんなことはない。ならディレクターズ・カット版をつくる」
と言って、自分の感覚に最後まで自信を持っていたという。

自分の思い通りに作品を作り続けることができた
西崎氏本人は幸せだったのかも知れない。
それが時代に、そしてファンに受け入れられ続ければ
みんながハッピーだったのだけどねぇ・・・


西崎氏は生涯3度の結婚と3度の離婚を経験している。
実子も複数いるのだが、見事なまでに本書に登場してこない。
それだけ家族との縁が薄かったのだろう。
本書の中でいちばん印象的だった言葉が
「西崎氏は、金と権力で人間関係を支配していた」というもの。
まさに彼は他者に対して、終生その姿勢を変えなかった。
しかし家族にはその理屈は通用しない。
だから家族からは距離を置いていた(端的に言えば家族から逃げていた)。

そしてこの言葉は次のような文章に続く。
「西崎氏の人間関係には、敵か使用人しかいなかった」
ということは、西崎氏の周囲にいた人々から見れば、
氏は「自分の敵」か「自分を支配する者」でしかなかったことになる。

西崎氏は、自分が嫌われ者であることは百も承知で、
そういう目で見られることについて全く意に介さなかったものの、
一方では無類の寂しがり屋でもあったという。
そんな、人間としてのさまざまな側面も描かれている。

この強烈な個性が、70年代に於いては無類の輝きを放った。
徹頭徹尾、「生きたいように生きた」男の一代記だ。


 でも、もしもこんな人を上司に戴こうものなら
 私なんぞあっという間に胃に穴が空いて入院するか
 出社拒否に陥ってしまうだろうなあ・・・

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いつもが消えた日 お蔦さんの神楽坂日記 [読書・ミステリ]


いつもが消えた日 (お蔦さんの神楽坂日記) (創元推理文庫)

いつもが消えた日 (お蔦さんの神楽坂日記) (創元推理文庫)

  • 作者: 西條 奈加
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2016/08/20
  • メディア: 文庫
評価:★★★

主人公・滝本望は中学3年生。両親の仕事の都合で、
神楽坂で祖母の津多代と二人暮らしをしている。
津多代はみんなから "お蔦さん" と呼ばれている。
これは彼女の芸名で、祖父と結婚するまでは
神楽坂で芸者をしていたのだ。
粋で鯔背なお蔦さんだが、ときおり鋭い洞察力を示す。

神楽坂の街で起こる様々な "事件" をお蔦さんが解決していく
<お蔦さんの神楽坂日記>シリーズの第2弾。
日常の謎系の短編集として始まったはずのシリーズなんだが、
2巻目にして長編、かついささか日常とは離れた不穏な事件が勃発する。


その日、料理が得意な望は幼なじみの木下洋平、同級生の森彰彦、
後輩の金森有斗(ゆうと)を招いて夕食を振る舞った。
しかしその夜、有斗を残して彼の家族3人(両親と姉)が失踪する。
しかも家の中には大きな血溜まりまで。

有斗の父は45歳にして住宅会社の取締役についており
年収は1000万を超えているという。
しかし息子の有斗はサッカーのクラブチームにも入れず、
所有していた自家用車も売却するなど
なぜか経済的には困窮していたらしい。さらに親類とも絶縁状態。

やがてDNA鑑定の結果から血痕は有斗一家のものではないことが判明、
失踪事件には家族以外の何者かが関わっていたことに。

一時的に有斗を預かることになったお蔦さんだが、
望と有斗の前にやくざ者のような男たちが現れて・・・


有斗と彼の一家は様々な逆風にさらされる。
叔母夫婦は有斗を預かることを拒否し、
マスコミはスキャンダラスに報道し、
学友たちは心ない噂を口にする。

一方、お蔦さんをはじめとするご近所ご町内の人々は
団結して有斗を守っていく。

一家失踪の謎を追うミステリなのだが、
事件に関わった人々の人間模様もまた大きな要素を占めている。

事件の背後には、有斗の父親の過去が絡んでいて、
終盤で明らかになるそれは周囲、とくに有斗にとっては
大きな衝撃となるのだけど、それでもなお
前向きで生きていこうとする彼の姿に救われる。


全体的に重苦しい雰囲気の展開が続くのだけど、
その中にあって一服の清涼剤とも言えるのが
望のガールフレンド、石井楓ちゃん。
落ち込む有斗を励ますために、望といっしょに
三人デートを企画するなんて、いい娘さんじゃないか。

残念ながら登場シーンが少ないんだが、
中学3年生で高校受験を控えてるのでは致し方ないね。
ちなみに望たちは中高一貫校に通っているので受験がない
(だから事件に関わっていられる)。

望は楓ちゃんにべた惚れで、彼女の方も満更でもなさそうな様子なので、
このカップルの先行きも楽しみだ。

おそらく次巻では二人とも高校生になるので、
揃って活躍するシーンも出てくるのではないかな。

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顔のない肖像画 [読書・ミステリ]


顔のない肖像画 (実業之日本社文庫)

顔のない肖像画 (実業之日本社文庫)

  • 作者: 連城三紀彦
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2016/08/03
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

作者は2013年に逝去されたが、最近になって再刊が相次いでいる。
本書もその一つ。初刊は1993年である。


「瀆(けが)された目」
入院中の築田静子は、病室で医師・村木にレイプされたと訴え出た。
村木は冤罪を主張するが、静子の妹・雪子は姉を信じて動き出す。
関係者の証言を連ねるかたちで進んでいき、
ラストでは意外な陰謀が明らかに。

「美しい針」
カウンセラーの "私" は、36歳の女性患者から、
彼女が12歳の時に受けた性的体験を聞き出すが・・・
いささかエロチックな展開で、いったいどうなるんだろうと思ったが
ラストでは思いっきり背負い投げを食らう(笑)

「路上の闇」
深夜、広告会社で部長職にある山岸は帰宅のためにタクシーを拾う。
そこでカーラジオから流れてきたのは
複数のタクシーを襲った連続強盗犯が逃走中、というニュース。
折しも山岸は愛人と別れ話の修羅場を終えたばかり。
手首に怪我をしてコートの下は血だらけだった。
そしてどうやらタクシーの運転手は、
山岸のことを強盗と勘違いしているらしい・・・
ブラックなコメディの雰囲気で、最後のオチまでコントみたいだ。

「ぼくを見つけて」
その日警視庁にかかってきた電話は、
小学生くらいの男の子の声で「イシグロケンイチ」と名乗る。
そして「ボクはユーカイされている」と続けるのだった。
男の子が告げた電話番号は、医師・石黒修平の自宅のもの。
彼の一人息子・健一は9年前に誘拐され、死体で発見されていた・・・
うーん、確かにこれも誘拐には違いない。

「夜のもうひとつの顔」
平田雪絵が経営する画廊で働く葉子は、
雪絵の夫・紳作と不倫関係にある。
雪絵が伊豆に出かけた夜、紳作から呼び出された葉子は
突然別れ話を切り出され、思わず彼を殺してしまう。
自宅へ帰り着いた葉子のもとへ、帰宅した雪絵から
「家に夫の死体がある」との連絡が入り、
葉子は再び現場へ戻ることになるが・・・
死体を前にして、自分から容疑をそらすために
なんとか雪絵を誘導しようとする葉子。
この二人の女の対決が本編の読みどころなんだが・・・女って恐い(笑)。
しかしストーリーは二転三転、ラストはウルトラCみたいな離れ業。

「孤独な関係」
アラサーOLの野木冴子は、ある日遊園地で
上司の白井部長の一家と出会う。
そこで懇意となった白井の妻から、冴子はある頼み事をされる。
夫の浮気相手が、冴子の職場にいるらしい。
冴子以外の6人の女性職員の中から
浮気相手を見つけてほしいのだという・・・
ラストで明らかになる "愛人" の正体は・・・気持ちは分かるなあ。
ちょっとした度胸と金があれば・・・って私も思わなくもない(笑)。
ちなみに冴子自身が愛人だった、ってオチではないので年のタメ。

「顔のない肖像画」
美大生・旗野康彦は画家・荻生仙太郎の未亡人からある依頼をされる。
近々、荻生の絵のコレクター・弥沢俊輔が、
所蔵するコレクション32点を一斉に競売にかける。
康彦にそのオークションに参加し、
ある作品を競り落として欲しいというのだ。
弥沢は萩生の前妻の父親で、ある理由から萩生を憎んでおり、
萩生の遺族は競売に参加させないのだという。
依頼を受けてオークションに望んだ康彦だが、
次々に競り落とされる様子を見ているうちにある疑問を抱き始める・・・
終盤で物語がひっくり返る構成は見事だと思うけど
そこで明らかになる萩生の "絶筆" となった作品は・・・
ちょいと捻りすぎな感がするなあ。

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アルスラーン戦記 5~8 [読書・ファンタジー]


征馬孤影・風塵乱舞 ―アルスラーン戦記(5)(6)  カッパ・ノベルス

征馬孤影・風塵乱舞 ―アルスラーン戦記(5)(6) カッパ・ノベルス

  • 作者: 田中 芳樹
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2003/08/21
  • メディア: 新書
王都奪還・仮面兵団 ―アルスラーン戦記(7)(8)  カッパ・ノベルス

王都奪還・仮面兵団 ―アルスラーン戦記(7)(8) カッパ・ノベルス

  • 作者: 田中 芳樹
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2003/11/28
  • メディア: 新書
大河ファンタジー・シリーズ、「アルスラーン戦記」の記事その2。
今回は第5巻から第8巻までを採り上げる。

前の記事に倣って初刊の発行年を掲げてみると

5巻「征馬孤影」(1989年)、6巻「風塵乱舞」(1989年)
7巻「王都奪還」(1990年)、8巻「仮面兵団」(1991年)

おお、このあたりもまだまだ順調に出ていたんだねえ。
『銀河英雄伝説』も完結し、こちらに注力できた頃なのかな。
ちなみに2016年7~8月に放映されたTVアニメ第二期は
この第5巻・第6巻の部分。
第一部完結編である第7巻は未だ映像化されていない。
第二部を含めて全編がアニメ化される日は果たして訪れるのか・・・


さて物語の行方だが、

ルシタニアの侵略により王都を失ったアルスラーン一行は
パルス国内最大の残存戦力が駐屯する
東部国境ペシャワール城塞にたどり着く。

しかしここから王都に向けて進撃するには
東の隣国・シンドゥラの動向が問題。

折しもシンドゥラは王位を巡って内乱状態にあり、
アルスラーン一行はこの内戦に介入して
王子・ラジェンドラに協力、彼を王位に押し上げる立役者となる。
この功を以てラジェンドラとの同盟締結に成功するのだが
まあ要するに恩を売りつけたわけだ。

後顧の憂いをなくして「さあ、ルシタニア討伐へ向けて進撃開始!」
というところで4巻が終わる。

しかし5巻に入ってもアルスラーンの苦難は続く。

東北の遊牧民族国家・トゥラーンが侵攻してきたり、
囚われの父王アンドラゴラスがなんと脱獄に成功して
パルス軍に合流したり、その父によってアルスラーンは
南方の地へ追放されてしまったりと波瀾万丈な日々(笑)。

もっとも、彼に付き従う臣下たちはそんなことは何処吹く風とばかり、
南海の港町ギランを舞台に、王太子を王位に就けるべく
着々と準備をすすめていくのだから、たいしたものだ。

そしてルシタニア軍、アンドラゴラス率いるパルス軍、
そしてアルスラーンが新たに組織した王太子軍の三者が入り乱れて
最終決戦へと突入していく。

激しい戦いの末、ついにルシタニア軍は壊滅、
そしてアルスラーンの出生の秘密もまた明らかになる・・・

というこの第7巻「王都奪還」をもって第一部完結となる。


そして第8巻「仮面兵団」から第二部の開始である。

アルスラーンがパルス王に即位して3年後から物語は始まる。
国民からの圧倒的な支持を背景に、
18歳の若き王による新たな国造りは順調かと思われたが、
そのパルスを狙う新たな陰謀も蠢動を始める。

パルスの西南に位置する国・ミスル、
そして東北の峻険な山地にあるチュルクが相次いで侵攻してきたのだ。
この2国は3年前の動乱に加わっておらず、国力を温存していた。
そしてルシタニアのギスカール、かつての銀仮面卿ヒルメスなど、
3年前の戦いで敗北した面々もまた雪辱の機会を窺う。

新旧の敵が胎動を始め、アルスラーンとパルスの上に
新たな戦乱の気配が漂ってくる・・・


巻末には外伝「東方巡歴」を収録。
これは本編開始の数年前、黒衣の戦士ダリューンが
はるか東方の「絹の国」へと旅し、美姫と出会うというお話。
長編の序章みたいな感じなんだけど続きは書かれるのかなあ・・・

第一部と第二部の間の3年間にも、
アルスラーンの治世を覆そうという陰謀があったり
十六翼将たちにも様々なエピソードがあったみたいなんだが
このあたりの話も書いて欲しいなあ。
なんと言っても本編が終わったわけだし。

作者は未完シリーズをまだまだ抱えてるはずなんだが
とりあえず「タイタニア」と「アルスラーン」を完結させてくれたので
良しとするかな。私個人としては、これ以上は望みません(笑)。

「創龍伝」はどうするのかなー、とか言いませんから(おいおい)

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水底の棘 法医昆虫学捜査官 [読書・ミステリ]


水底の棘 法医昆虫学捜査官 (講談社文庫)

水底の棘 法医昆虫学捜査官 (講談社文庫)

  • 作者: 川瀬 七緒
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/08/11
  • メディア: 文庫
評価:★★★

「法医昆虫学とは法医学・科学捜査の一分野であり、
 死体を摂食するハエなどの昆虫が、
 人間の死体の上に形成する生物群集の構成や、
 構成種の発育段階、摂食活動が行われている部位などから、
 死後の経過時間や死因などを推定する学問のことである。」

上の文はwikiからの引用。
しっかり項目があるくらいだからちゃんとした学問なんだが
アメリカが先進的で裁判の証拠にもなるくらい信頼性があるみたい。
翻って日本ではまだまだ発展途上の分野らしい。

本シリーズの主人公・赤堀涼子は、
そんな日本で法医昆虫学を確立させるべく、
日夜捕虫網を振り回して研究に没頭する博士号を持つ昆虫学者。
ちなみに36歳独身、小柄で童顔(笑)。

第三作となる本書では、
涼子自身が死体の第一発見者となるところから始まる。


大量に発生したユスリカの駆除に協力するため、
東京湾の荒川河口近くの河川敷にやってきた涼子。
そこの中州で見つけたのは男の死体。
死んでかなり時間が経ったらしくウジや動物に食い荒らされていた。

解剖の所見では絞殺された後、川に捨てられて
河口に流れ着いたと思われたが
涼子は殺害現場について全く異なる見解を示す。

彼女とタッグを組むのは岩楯祐也警部補。
最初は捜査本部で持て余されていた涼子のお守り役を押しつけられて
いやいや相手をしていたのだが、
やがて涼子の示す知見に一目置くようになり、
いまでは協力して捜査に当たるようになっている。

被害者の身元特定の手がかりは、所持していた特殊なドライバー、
そして腕にあった入れ墨の痕跡らしきもののみ。

昆虫オタクが白衣を着て歩いているような涼子、
彼女に全面的な信頼を寄せ、地道な捜査を続ける岩楯。

乏しい物証から身元確認は難航するが、
涼子と岩楯はお互いがつかんだ情報を交換しながら真実に迫っていく。
二人で一組の探偵役と言えるだろう。

この二人以外にも、
何かあると猛烈にノートに書き込むメモ魔の刑事・鰐川宗吾、
解剖所見で涼子と真っ向から対立するエリート解剖医・九条和人、
その助手で密かに涼子に協力する石黒由美など、サブキャラも多彩。


前2作もそうだが、このシリーズは
事件 → 容疑者 → 捜査 → 手がかり → 犯人逮捕 という
いわゆるミステリの定型からは逸脱している。

本作においては、被害者の身元と犯行現場がまずわからない。
そして物語の終盤近くまで、この2つの探索行で占められているのだ。
でも、この過程をけっこう面白く読ませる。
キャラの魅力もあるし、昆虫の生態関係の蘊蓄も興味深いし、
刑事たちが足で稼ぐ捜査ぶりもいい。
そして、この2つが判明した時点で、犯人はもうすぐそこにいるのだ。

前2作ではラスト近くで突然、命がけのサスペンス劇になるんだが
本作もまた然り。誰がどんな危機に陥るかは読んでのお楽しみ。

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静かな炎天 [読書・ミステリ]


静かな炎天 (文春文庫)

静かな炎天 (文春文庫)

  • 作者: 若竹 七海
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2016/08/04
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

前作「さよならの手口」に続く、
女探偵・葉村晶(はむら・あきら)の活躍を描くシリーズ。
調布のシェアハウスに住み、書店のアルバイト店員をしながら
本職の探偵業に勤しんでいる。
そんな彼女が巻き込まれた事件を描いた6編を収録している。

「青い影 七月」
出勤途中の葉村は、交差点での事故に遭遇する。
停車中のバスを含む車列にダンプカーが突っ込んだのだ。
混乱する現場の中、彼女は事故車の中から
ハンドバックを盗んで逃走する女を目撃する。
数日後、警察に呼び出された葉村は、
事故で娘を亡くした門脇という女性に引き合わせられる。
彼女の娘が持っていたはずのハンドバッグが見つからないという・・・

「静かな炎天 八月」
ひき逃げで依頼人の息子に重傷を負わせた男・袋田の
素行調査を請け負う葉村。しかし調査を始めた直後に
袋田が飲酒運転するところを録画に成功。
続けて入った依頼は、音信不通の従姉妹の探索。
ところがこれもたちまち解決。
続けざまにどんどん入ってくる依頼に、
ふと不審なものを感じる葉村だが。
脈絡のない事件の連続のように見えて、実は・・・
いやあこれはよくできてる。

「熱海ブライトン・ロック 九月」
大人気作家・設楽創(したら・そう)が23歳の若さで失踪して35年。
最近になって復刊が相次ぎ、再評価されるようになってきた。
葉村は、設楽創特集を組むことになった雑誌の編集者から
失踪の謎を調査することを依頼される。
手がかりは失踪直前の設楽の日記に残された5人の名前のみ。

「副島さんは言っている 十月」
書店でバイト中の葉村にかかってきた電話は、
かつて所属していた探偵事務所時代の同僚・村木。
大至急、ホシノクルミなる女の子とを調べて欲しいという。
返事をする前に電話は切れたがその直後、
星野久留美という女性が殺されたとのニュースが流れる・・・
本作で一番のドタバタコメディ。

「血の凶作 十一月」
三鷹のアパートが火事になり、焼死体で発見された男・"角田"。
しかし彼の戸籍謄本は、人気作家・角田のものだった。
作家の角田から、15年にわたって他人の戸籍を使っていた
"角田" の正体を探るよう依頼された葉村だが。
コミカルな展開から、ラストはちょっとしんみり。

「聖夜プラス1 十二月」
葉山の働く書店では、クリスマスの深夜に
ミステリ本のオークションを開催する。
今年の目玉となるのは、元外交官・園田が所有する
ギャビン・ライアルの『深夜プラス1』原書初版サイン本。
本を引き取るために葉村は園田邸へ向かうことになるが
連絡の手違いにより、都内を転々と引き回される。
さらには行く先々で届け物を言付かったりと
なかなか帰り着くことができない。
オークション開始時間は刻々と迫ってくるが・・・


物語が進行するにつれてどんどん難題が発生し、
雪だるま式に自体が複雑化していくが、あることがきっかけで
それらが雪崩式に綺麗さっぱり解決してしまう・・・という構成を、
とっても達者に書き切ってしまうのが若竹七海さん。
「静かな-」「副島さん-」「聖夜-」の3編はそれが顕著。
とくに表題になっている「静かな-」は傑作だ。

サザエさん時空と異なり、葉村晶は時代とともにしっかり年をとる。
初登場時に20代だった彼女も本書では40代。
四捨五入すればおそらく半世紀になろうと思われる。
「怪我の治りは遅くなり」「走れば膝を痛め」「腹筋すれば腹がつる」
さらには四十肩にまで悩まされるなんて、どうにも笑えない独白が続く。
私も寄る年波で同じような身体の変調を抱えているし、
10年程前には肩を痛めて塗炭の苦しみを味わったりもしたので
とても他人事に思えない。

口を開けばぼやきと愚痴ばかりなんだが、
それでも、くじけずに前向きに生きている。
身の不運をブツブツ呟きながら調査に勤しむ様子には
そこはかとないユーモアも感じられる。
前作のように命の危険を感じるような羽目にはならなくても、
犯人に殴られて気を失うこともあったりして
波瀾万丈な人生は相変わらずだ。
退屈とはほど遠い人生なのも間違いないが・・・

人並みな幸せをつかんで平穏な生活に入って欲しいなあという
気持ちもあるんだが本編を読む限り、それはかなり無理っぽい(笑)。
やっぱり彼女は事件の中でこそ輝くのだろう。
続巻を願うと言うことはとりもなおさず、
彼女のさらなる受難を願うということなんだが・・・(笑)

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