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ウィンディ・ガール/ストーミー・ガール サキソフォンに棲む狐Ⅰ/Ⅱ [読書・ミステリ]


ウィンディ・ガール~サキソフォンに棲む狐I~ (光文社文庫)

ウィンディ・ガール~サキソフォンに棲む狐I~ (光文社文庫)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2014/11/20
  • メディア: Kindle版
ストーミー・ガール: サキソフォンに棲む狐II (光文社文庫)

ストーミー・ガール: サキソフォンに棲む狐II (光文社文庫)

  • 作者: 田中 啓文
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2017/02/09
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

主人公・永見典子は須賀瀬高校の吹奏楽部に所属する1年生。
2年前、典子が中2の時に父の光太郎は新宿で変死し、
今は母の瑤子と二人暮らしである。

典子は中1の時にアルトサックスと出会い、その魅力に取り憑かれて
吹奏楽部を3年間続けた。高校でも入学と同時に
質屋で中古のアルトサックスを見つけ、格安で手に入れた。

しかしそんな典子に対し、なせか瑤子はいい顔をしない。
ことあるごとに吹奏楽をやめ、サックスを手放すように言い続ける。
理解のない母親との間に口論が絶えない毎日である。

本書についた変わったサブタイトルだが、
実は典子が持つサックスにはキツネが "住んでいる" のだ。

楽器の管に入るくらい小さくて、人の言葉を話し、
自らを "クダギツネのチコ" と名乗る。
もちろん典子以外の人間には見えない。
どうやら妖怪か妖精の一種のようで、"本人" 曰く
「永見家は代々のキツネ持ち」なのだそうだ。

とは言っても本書は伝奇小説の類いではなく、
チコも超常の力を示したりはしない。
もっぱら典子の漏らす愚痴の聞き役である。

高校の吹奏楽部でサックス演奏に打ち込むうちに、
典子は次第に吹奏楽からジャズへと興味が拡がり、
やがて学校外へ演奏の場を求めるようになる。

その間、いくつかの事件に遭遇していくのだが
その都度、チコは推理を巡らせて典子に真相を囁いてくれる。
本書はなんと "妖怪" が探偵なのだ。

そして物語が進むうちに、彼女は少しずつ父の死の真相に近づいていく。

典子の音楽的な、そして精神的な成長の物語を
ミステリがらみで綴られていく連作短編集である。


「ブラックバード Blackbird」
典子の通う高校の近くに、
全身黒ずくめの怪人 "カラス男" が出没するという。
単なる噂だと典子たちは思っていたが、
吹奏楽部の練習中、部員の美登里祥子が何者かに襲われる。
そして彼女の唇にはカラスの羽が刺さっていた。

「ミッドナイト Midnight」
典子は、深夜の学校で楽器を演奏する音が聞こえたという話を聞く。
そんなとき、学校に耐震補強工事が入ることになり
吹奏楽部は2日間の活動休止に。しかし県大会が迫っているため
各自が家で練習することになっていた。
しかし典子はマウスピースを学校に置き忘れてしまっていた。
深夜の学校に忍び込む羽目になった典子は、意外な光景に出会う。
棚にしまってあったはずの楽器類が引き出され、
音楽室の床じゅうに散乱していたのだ。

「フェイバリット Favorite」
須賀瀬高校吹奏楽部は県大会を突破、
西関東支部大会へ出場することになった。
しかしアルトサックス担当の上級生が骨折してしまっため、
急遽、ソロパートの演奏者を決めるために
部内でオーディションを行うことになり、典子も候補となる。
自分の音に満足できない典子は新しいマウスピースを手に入れるために
新宿の楽器店を訪れるが、そこでジャズのプロ奏者・坂木と出会う。
彼が主催するジャズセッションへの参加を勧められた典子だが・・・

物語はこのあと、さらに5編の短編が続く。

「オーニソロジー Ornithology」
(ここまでが「ウィンディ・ガール」収録)

「チェイス Chase」
「ウォーキン Walkin'」
「ジューク Juke」
「エピストロフィー Epistrophy」
(この4編が「ストーミー・ガール」収録)

西関東支部大会をきっかけに典子は吹奏楽部を辞め、
楽器店から紹介されたプロ奏者・長谷部に師事することになる。

レッスン代を稼ぐためにジャズ喫茶でアルバイトを始め、
メンバーを募集していた学生ジャズバンドに参加し、
新宿でさまざまなプロ・アマの演奏者に刺激を受けながら
自らの音を求めて練習にのめり込んでいく。

目指すは、楽器メーカーが主催するジャズコンペでの優勝だ。

一方、父の死に絡んで謎の男たちが彼女の周囲に現れ、
やがて典子の持つサックスの来歴、父親の意外な過去、
そしてチコの "正体" が明かされていく。

ジャズを巡る連作ミステリであり、
父の死の真相に迫っていくサスペンスでもあるけれど
いちばんの読みどころは、典子の成長だろう。

彼女の前には次から次へと(音楽的な)障害が現れ、
必死に乗り越えたと思ったら、次の壁が立ちふさがったり
乗り越えたつもりが全くできていなかったり。
雑草のような努力家である典子に対し、物語の後半で現れる
ライバル・水之江由加里はエリートタイプだったり。
このあたりは昭和のスポ根ものを彷彿とさせる。

最後に明かされる、彼女の両親を巡る秘密には
あまり意外性はないけれど、
青春小説としてみればそれは重要ではないだろう。


上巻である「ウィンディ・ガール」を読み終わった段階では、
正直言ってあまり評価は高くなかった。
ミステリとしてはともかく、典子と瑤子の激しい確執が随所に描かれ、
読んでいて、とっても暗ーい気持ちになってしまったので(笑)。
何度か読むのをやめようかとも思った(おいおい)。

しかも、典子は吹奏楽部を辞めてしまい、
学校からも離れて校外に演奏の場を求めていく。
このまま学校生活からもドロップアウトしてしまい、
母親との関係もいっこうに改善されないままなんじゃないか?
彼女は何処へ向かうのか、いささか心配になってしまったよ。

しかし下巻である「ストーミー・ガール」のラストで、
作者は広げた風呂敷をきれいに畳んで見せる。

吹奏楽部から始まった典子の物語は、
再び吹奏楽部を舞台にして大団円を迎える。
典子は部員たちとの関係や母親との関係を修復し、
そして自らの将来の目標まで見つけていく。

物語がぐるっと一周回って、始まりの場所で締めるという
この構成、私は好きだなあ。

楽器修理を生業にしている尾之上や吹奏楽部の顧問・高垣など
魅力的なサブキャラも多いのだけど、
もうけっこう書いてきたのでそろそろ終わりにしよう。


最後に余計なことを。

私はジャズについては全くの素人である。
だから、全編に渡って頻出するジャズ用語や高名な演奏家の名前とかは
(いちおう巻末に解説は載っているものの)正直さっぱり分からない。
じゃあどうしたかというと、
そういうところは適当に読み飛ばしてしまったんだけど(おいおい)、
本書を楽しむにはとくに支障は無かったように思う(笑)。

もちろん、ジャズの知識や演奏経験がある人なら、
いっそう楽しめると思います。

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