立待岬の鴎が見ていた [読書・ミステリ]
評価:★★★★
美貌の新進作家・柚木(ゆずき)しおりの執筆した三編のミステリ。それはかつて函館で起こった未解決事件をモチーフとしたものだった。
それを読んだ舟見(ふなみ)警部補は、過去の事件を洗い直すことを決意、ジャン・ピエール少年にも捜査協力を依頼する・・・
『潮首岬に郭公の鳴く』に続く、函館を舞台にしたミステリ・第2作。
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柚木しおりは函館出身。東京でバーのホステスをしていた頃、函館で3つの未解決事件が起こった。その後、編集者と知りあったしおりはミステリを執筆したところ「夏木静子賞」を受賞、期待の新進作家となっていた。
彼女が書いた三編のミステリ『神様のおくりもの』、『はんかくさい女』("はんかくさい" は "愚か" という意味の北海道方言)、『立待岬の鴎が見ていた』を読んだ函館湯の川署の舟見警部補は、この三作が現実に起こった事件をモチーフあるいはヒントにして書かれたものとみて、過去の未解決事件の再捜査を決意、前作で並外れた推理力を示したジャン・ピエール少年にも捜査協力を依頼する。
三つの事件はいずれも起こった時期が近接しており、関係者も一部重複している。
第一の事件は2013年3月8日に起こった。
貨物配送センター職員・弓島敦夫が死体で発見される。自宅へ帰る途中の人通りのない道で何者かに襲われ、遺体は崖下に投げ落とされていた。
弓島はかつて柚木しおりと結婚していたがDVを理由に離婚していた。しかし弓島は諦めず、ストーカー化しつつあった。しおりは従姉妹である辻村葉子(つじむら・ようこ)の伝手を頼って東京へ逃げ、この事件が起こった時はバーのホステスとして働いていた。事件当日の夜も通常どおり勤務しており、アリバイが成立して容疑者から外れていた。
捜査が行き詰まりを見せた3月22日、第二の事件が発生する。
不動産会社社長、大久保美代子が殺害された。自宅二階の部屋で刺殺され、凶器は現場から30mほど離れた路上で発見された。
事件の夜、美代子の自宅には社員の柚木渉(ゆずき・わたる)と松崎正志(まつざき・まさし)、さらに美代子の息子の隼人(はやと)の三人が泊まり込んでいた。柚木渉は柚木しおりの兄だった。
美代子の死亡推定時刻は午前0時から2時まで。しかしその間、3人は三人麻雀に興じていて、誰にも犯行の機会はなかったという。
外部犯が疑われたが、当日は雪が降って現場周囲には積雪があった。大久保宅に向かう足跡はあったものの去った後はない。二階の現場の窓の手すりからロープが垂らされていたが、それを使ったとしても足跡の状態と矛盾してしまう。
こちらも有力な線が浮かばないまま、2日後の3月24日、第三の事件が起こる。
立待岬の駐車場付近で轢き逃げ事件が発生した。被害者は松崎正志。通報者は彼と同行していた辻村葉子だった。松崎は病院へ搬送されたが死亡、しかし辻村の目撃証言から若者二人が逮捕され、裁判で懲役刑が確定した。
柚木しおりが執筆した三編のミステリは、必ずしも事件を反映したものではなかったが、現実の事件から示唆を受けて書かれたものと思われた。
ジャン・ピエールは捜査資料としおりのミステリを読み、意外な真相を引き出すのだった・・・
三つの事件は、関係者が一部重複しているものの基本的には別個の事件かと思われたが、ジャン・ピエールはそれらを細かく解体していき、それを再度組み立てて一つの大きな絵を描いてみせる。
前作でも感じたが、このあたりの論理の進め方は緻密、かつ説得力のあるもの。前作で "目から鱗が落ちる" と形容したけど、本作でも同様の驚きを感じる。
それに加えて、作中作ともいえる三編のミステリにはそれぞれにきちんと解決編(当然ながら、現実の事件とは異なったもの)が示されているわけで、ミステリ濃度が極めて高い。それが文庫240ページに収まっているという、なんともコスパのいい一冊(笑)。
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