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獏の檻 [読書・ミステリ]


貘の檻(ばくのおり) (新潮文庫)

貘の檻(ばくのおり) (新潮文庫)

  • 作者: 道尾 秀介
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/12/23
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

大槇(おおまき)辰男は1年前に妻・智代(ともよ)と離婚、
職も失って、小学3年生の息子・俊也(しゅんや)とは
月に一度の面会が認められている身。

その面会日の帰りに駅のホームで待つ間、
辰男は向かいのホームに立つ女性に気がつく。
次の瞬間、彼女は線路に転落し、電車に撥ねられて死亡してしまう。

その女性の名は曾木美禰子(そぎ・みねこ)。

32年前、辰男の生まれ故郷・長野県O村で農業組合長が殺害された。
凶器は辰男の父・充蔵(じゅうぞう)のもので、そのまま父は失踪。
同時に、村の小学校教師だった曾木美禰子も行方不明になってしまう。
彼女は充蔵によって殺されてしまったものと思われた。

”殺人犯の家族” となってしまった充蔵の妻とその息子・辰男は
O村を離れ、その後、二人は姓も変えて生きてきた。そして32年。
美禰子は何処で何をして、何を考えて生きてきたのか。

辰男の別れた妻・智代は再婚を考えており、その相手と旅行に行くという。
その間、俊也を預かることになった辰男は、
32年振りに故郷・O村を訪ねることを決意する。

かつてO村の庄屋を務めていた三ツ森家は、現在でも有数の資産家で、
村の権力者でもあった。その次男の塔士(とうじ)は開業医で
O村出身者の中で唯一、辰男がつき合いを保ってきた人物。

塔士を通じて三ツ森家に滞在することになった辰男と俊也。
しかし到着した夜から辰男は悪夢に苛まれるようになる。

そしてそれは、辰男の幼い頃の記憶を呼び覚まし、
32年間封印されてきた事件の ”真実” をこじ開けていく・・・


各章の終わりに挿入される ”悪夢” の描写は
時にグロテスクで、時にエロチックで、時には抽象的で
何かの真実の投影なのは分かるのだが、
その意味するところは杳として不明のまま、物語は続いていく。

ミステリとしての謎は少なくない。まず現代編では、
O村に滞在する父子の前に現れた青年・彩根(あやね)、
中盤で発生する俊也の誘拐事件における犯人の行動の謎。
過去編では父・充蔵の失踪の秘密、美禰子の失踪の理由とその後の生活、
そしてもちろん、殺人事件の ”真犯人”・・・

辰男が常用する薬物、小学校の頃の集合写真、村の地下を巡る水路など
伝奇ミステリ的なガジェットはけっこう登場するのだが
名探偵が快刀乱麻を断つような物語ではない。

語り手の辰男は、職も家庭も失い、生きることに疲れきっている。
頭に浮かぶのは現実から逃避することばかり。
故郷に帰ってきたらきたで、今度は悪夢に悩まされる始末。
そんな男が、否応なく過去の事件と向き合うことを余儀なくされて
必死にあがいていく様子が描かれていく。

終盤になって、すこしずつ薄皮をはがすように
さまざまな真実が現れてきて、悪夢の断片もまた
パズルのピースのように ”真相” に組み込まれていく。
最終的には、32年前から現代まで続く一連の事件の真実が明かされ、
それが辰男をして、再び自分の人生と向き合わせることを決意させる。

過去の犯罪と現在の悪夢に翻弄される主人公の姿が
延々と綴られていくのだけど、それだけではなくて
事件を通じて辰男が変貌していく過程もまた
読みどころなのではないかと思う。

純然たる犯人当て本格ミステリを期待して読むと
あてが外れるかも知れない。
読む人によって好みが分かれる作品じゃないかなぁ。

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