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水魑の如き沈むもの [読書・ミステリ]


水魑の如き沈むもの (講談社文庫)

水魑の如き沈むもの (講談社文庫)

  • 作者: 三津田 信三
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/05/15
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

怪奇幻想作家・刀城言耶(とうじょう・げんや)が探偵役を務める
ミステリシリーズ、その長編第5作。
第10回(2010年)本格ミステリ大賞受賞作。


寡婦である宮木左霧(くき・さぎり)は大陸で終戦を迎えた。
ソ連兵の追跡を逃れ、3人の子ども(鶴子・小夜子・正一)を抱えて
命からがら日本へ引き揚げてきた。
身寄りの無い左霧は、かつての養父である
水使龍璽(みずし・りゅうじ)を頼ることになる。

奈良の山奥、波美(はみ)地方。そこには
”水魑”(みづち) が棲むという伝説がある沈深(ちんしん)湖があり、
そこを源流とする深通川(みつがわ)沿いに4つの村が開拓された。
上流から順に五月夜(さよ)村、物種(ものだね)村、
佐保(さほ)村、そして青田(あおた)村。

 「水魑」とは、龍神の別名と解釈していいだろう。

村にはそれぞれ水魑を祀る神社が建立され
これも上流から順に水使(みずし)神社、水内(みずち)神社、
水庭(すいば)神社、そして水分(みくまり)神社。

これら4つの神社は古くから深通川の水利権を握り、
村人たちに対して絶大な権勢を誇っていた。
その中でも最上位にある水使神社の宮司が水使龍璽。
いわばこの地方の最高権力者である。

かつて、故あって養父・龍璽のもとを逃げ出した左霧は、
心ならずも再び故郷へと戻ることになった。

しかし、鶴子に対して何らかの ”思惑” を巡らせ始めた龍璽、
いにしえからの因習に染まった村人たちによって、
左霧たちは数奇な運命を歩んでいくことになる。

そして時は流れて昭和29年。

刀城言耶は、民俗学者・阿武隈川烏(あぶくまかわ・からす)から、
奈良の波美地方で行われる雨乞いの儀式のことを聞く。

沈深湖で行われたその儀式では、過去2回にわたって
不可思議な事件が起こっていた。
23年前に執り行われた儀式では宮司・水分辰男が
湖に潜ったまま行方不明になり、
13年前に執り行われた儀式では、同じく宮司の水使龍一(龍璽の長男)が
死体となって発見されていた。
そして、その儀式が今年も執り行われるという。

担当編集者の祖父江偲(そふえ・しの)とともに現地へ赴いた言耶だが
彼の目の前で展開したのは、湖に浮かぶ船の中で宮司が刺殺されるという
”湖上の密室” ともいうべき衆人環視の中の不可能犯罪。

そしてそれは、宮司たちを標的とした
連続殺人事件の始まりだった・・・


物語は、正一の視点から語られる過去編、
言耶の視点から語られる現在編が交互に進むが
この過去編の中にもすでに謎と怪奇がてんこ盛り。

そして殺人事件が起こってからは、いわゆる
クローズト・サークル&特殊状況下ミステリとなる。

頑なに公権力の介入を拒む暴君・水使龍璽。
医師も駐在も彼には逆らえず、村の青年団も龍璽の ”親衛隊” と化して
4つの村は、因習に縛られた ”独裁国家” の様相を呈していく。

近代日本にこんな場所がある訳ないと思う人もいるだろうが、
本書を読むならそんなことは忘れて素直に物語に浸りましょう。

終戦後間もないという時代ならではの村の風俗、そして小道具。
狭い閉鎖環境ならではの複雑な愛憎関係。
そんな時と場所でこそ成立する、謎と怪奇に彩られた犯罪が綴られる。

そんな中、偲を人質に取られた言耶は、
真犯人を見つけ出す役割を強要されるが・・・

 ちなみに本作の中の偲さんは、
 「言耶さん大好きオーラ満開女子」なんだが
 はて、彼女ってこんなに可愛らしいキャラだったかなあ。
 とは言っても、言耶くんはいささか素っ気ないのでちょっと可哀想。
 もっとかまってあげなよ~とか思いながら読んでた。


ラストに至り、言耶は事件の解釈を述べ始めるのだが
これが真相か、と思われるとさにあらず、
彼は自らそれを否定して次の推理を構築し始めるという、
いわゆる多重解決ものでもある。

次から次へ犯人が入れ替わって「もう候補がいないじゃないか」
そう思わせるんだが、最後には納得の ”意外な真犯人” が指摘される。
これはもう脱帽。流石としか言えない。

しかも、謎解きシーンと並行して波美地方を豪雨が襲い、
深通川が氾濫を起こすという、まさに文字通りの ”怒濤の展開”(笑)。
物語としてもとても面白い。


そして最後の最後、わずか2ページほど割かれた「終章」。
事件後の村人たちの様子が描かれるのだが、
この長大で陰惨で非道な物語を読んで来た人は、
ここで心が温かいもので満たされるだろう。
「救い」と「希望」を感じさせる、素晴らしい幕切れだと思う。


とにかく文庫でおよそ720ページというボリュームに
まず圧倒される。そしてその中で展開する内容が
横溝正史を遙かに超える幻想&怪奇&本格ミステリの世界。

いやあ、この手の話は私の大好物。
大長編も基本的に嫌いじゃないし、
この人の作品はリーダビリティ抜群なのでぐんぐん読めた。
まさに至福の読書の時間を満喫しました。

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