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完盗オンサイト [読書・冒険/サスペンス]

完盗オンサイト (講談社文庫)

完盗オンサイト (講談社文庫)

  • 作者: 玖村 まゆみ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/08/09
  • メディア: 文庫



評価:★★★

第57回江戸川乱歩賞受賞作。

前回の記事で書いた「よろずのことに気をつけよ」と
同時受賞だったんだけども、両者には共通点が2つある。

一つはどちらも作者が女性だったこと。
(「乱歩賞史上初の女性ダブル受賞!」って当時は騒がれたらしいけど。
 歴史が長いせいか「乱歩賞初」って言葉がホント好きだよねぇ。)

もう一つは、どちらもいわゆる "普通の" ミステリではないこと。
(ここで言う "普通" ってのは、殺人事件が起こり、容疑者がいて、
 探偵なり警察の捜査があって、最後に犯人が明らかになる、
 っていう流れがあるミステリ、ていう意味。)


前置きが長くなってしまった。内容紹介に入ろう。

世界中の山を巡っていたフリークライマー・水沢浹(とおる)は、
パートナーだったプロクライマー・伊藤葉月との別れを機に、
日本へ帰ってきた。

金がない浹は、野宿しようとした公園で会った僧侶・岩代に導かれ、
彼が住職を務める寺に逗留することになる。
そこで出会った幼い少年・斑鳩(いかる)。
両親の愛情を受けられずに暮らす彼は、心を閉ざしていた。

食い扶持を稼ぐため、建設現場へ働きに出た浹は、
なまった体を鍛えようと工事用エレベーターの支柱をよじ登る。
その様子を見ていたのは、工事の発注主である
國生(こくぶ)地所の社長・國生環(たまき)だった。

環は、ある "仕事" を浹に持ちかけてきた。
『皇居内にある樹齢550年の盆栽「三代将軍」を盗み出してほしい。』
依頼人は環の兄にして國生地所会長の肇。報酬は一億円。

いったんは返事を保留した浹だが、葉月と再会した夜に、
彼女がスポンサーとの契約トラブルで
3000万円の違約金支払いを迫られていることを知る。

葉月のために、仕事を受けることを決意する浹だったが・・・


メインのストーリーラインと平行して、
瀬尾貴弘という男のパートが断片的に挿入される。

この男が斑鳩の父親であることは、かなり早い段階で明かされるが、
瀬尾は、精神の平衡をどんどん失いつつあり、
その行動も次第に常軌を逸していく。
このあたりはもうサイコ・サスペンスである。

彼がメインのストーリーと絡んできたとき、
どんなアクシデントが勃発するか、読む方は戦々恐々。
瀬尾という "時限爆弾" を抱え、ストーリーは進んでいく。


「オンサイト」という言葉は、登山用語で、
自分が一度もトライしたことのないルートを、初見で完登すること。

今回は、誰も潜入したことのない皇居を「オンサイト」し、
みごと「完登」ならぬ「完盗」を目指すわけだ。

でも、こういうタイトルをつけられたら、当然ながら
盆栽奪取を目指す浹の活躍がメイン、と思うよなあ。
遅くとも物語の中盤あたりで潜入し、
後半は皇宮警察との追いつ追われつの大騒ぎ、
なーんて「ルパン三世」みたいな展開を勝手に思い描いていた。

ところが我らが浹くんは、っていうよりストーリーが
なかなか皇居潜入までたどり着かない。

ページ数の残りが気になるくらいまで物語が進行しても、
いっこうに "仕事" が始まらないので、
「やっぱ皇居に盗みに入るなんて不届きな話はまずいのかなぁ」
「出版したらあちこちからいろいろ突かれそうだしなぁ」
「だから結局は皇居への潜入は "無し" よ、なんてことになったりして」
とかいろいろ考えてたんだけど、
大丈夫、ちゃんと浹くんは "仕事" します(笑)。

それも、斑鳩くんの行く末やら、
盆栽奪取を命じた肇の真の目的やら、
葉月の違約金をめぐるゴタゴタやらの、
物語上の "諸々のこと" に対して一気にカタをつけてしまうという、
実に "いい仕事してます" (by 中島誠之助)。


「よろずのことに気をつけよ」の時と同じことを今回も書く。
いわゆる普通のミステリではないけれど、
読み物としてはとても面白い。

なにより「皇居に盆栽を盗みに入る」って発想が素晴らしい。
とんでもなく突飛で、とんでもなくリスキーで。
でも、とんでもなくオモシロそうじゃないか。

新人作家さんらしい、フレッシュな感性のサスペンス小説だ。


最後に余計な一言を。

主人公の「浹」って名前、どうしても馴染めなくて
最後までいっても「浹」って字を素直に「とおる」と読めなかった。
今更ながら自分の頭の固さを痛感した。
でも、やっぱり主人公の名前はもっと読みやすいのがいいなあ。
「徹」でも「透」でも物語上で支障は無いでしょう?
それとも作者は、「浹」って字に深~い思い入れでもあるのかなぁ?


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